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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2016年02月01日

ドラッカー「顧客の創造」の意味に関する私的解釈


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 企業の目的は何かという問いは非常に奥が深い。経営学的には、株主価値極大化説、利益最大化説、共同利益目的説(顧客、社員、金融機関、株主、地域社会など、組織に関係する全ての者の利害を最大にする)、社会的責任論説(社会的制度体としての企業は、社会に対する責任を果たすべきだ)などがある。だが、株主価値極大化説に立つと、株価を吊り上げるために手段を選ばなくなる。リストラをすれば短期的には株価は上がる。また、自社株買いをしても株価は上昇する。しかし、リストラや自社株買いをいつまでも続ければ、企業が消滅してしまう。

 利益最大化説は、株主価値極大化説に比べると受け入れられやすいかもしれない。ところが、これも利益を上げるためならば何でもよいことになってしまう。極言すれば、事業をせずに株式投資に走ってもよい。しかし、全ての企業が同じように株式市場に投資するようなことがあったら、社会が機能しなくなることは明らかである。そもそも、ドラッカーが言うように、利益というものは実際には存在しない。利益は将来の投資に回るという意味で、将来のコストである。投資=コストには最適水準が存在するだけであり、それを最大化するという発想は適切ではない。

 共同利益目的説や社会的責任説は聞こえがよい。しかし、顧客、社員、金融機関、株主、地域社会というあらゆるステークホルダーのバランスを取ることは非常に難しい。昔、経営戦略論の大家であるイゴール・アンゾフの著書を読んでいた時に、ステークホルダーの多様性を考慮して企業の目的を複数設定するべきだという主張を見かけて戸惑った記憶がある。アンゾフは、どうやって異なる目的間のバランスを取ればよいのかまでは書いていない。かといって、社会的責任説が言うところの社会的責任は、逆に抽象的すぎて範囲がよく解らない。

 そう考えると、やはりドラッカーの「顧客の創造」説は最も説得力があるように思える。人間はいつの時代も、より豊かな生活を希求する。かつては、人々に豊かな生活を約束するのは国家(政治)の役割であった。しかし、国家がその役割を果たすには限界があることが明らかになり、他方で企業が台頭したことによって、国家の役割が現代では企業に移行している。企業は、豊かな生活を享受できる人を量的に増やさなければならない。さらに、単なる量的拡大だけではなく、豊かさの質を向上させる必要がある。その意味で、企業の目的は顧客の創造である。
 事業の目的として有効な定義はただ一つである。それは、顧客を創造することである。市場は、神や自然や経済的な力によって創造されるのではない。企業人によって創造される。
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 最近、企業は社員のものであるという論調を見かける。『日本でいちばん大切にしたい会社』シリーズで知られる坂本光司氏は、企業が大切にすべき人に順位をつけ、社員とその家族こそ最重視しなければならないと説く(1.社員とその家族、2.外注先と仕入先、3.顧客、4.地域社会、5.株主)。坂本氏によれば、企業の目的は社員にやりがいのある仕事を与えることとなる。

 これは、「社会が人々に役割と地位を与える時、社会は最もよく機能する」という、これもまたドラッカーがしばしば主張していたことに影響されているのかもしれない。だが、役割と地位は、他人から求められることによって生まれるものである。誰にも必要とされない役割や地位には意味がない。企業の中で社員が役割と地位を得るのは、それを誰が必要としているためかと言えば、顧客に他ならない。したがって、社員重視の経営は、顧客の創造に従属する。

 「顧客の創造」説には以上のような意味があるというのが、私の今までの考えであった。だが、さらに深い意味があるのではないかと、自分の考えを推し進めてみた。企業は顧客から得た対価の一部を給与として社員に支払う。社員はもらった給与を持って市場に参加し、今度は顧客として振る舞う。顧客たるに十分な給与を企業が支払うこともまた、顧客の創造につながる。

 マルクスによれば、労働者の価値である賃金は以下の3つから構成されるという。①労働者が次の1か月間働けるだけの体力を維持するに足るお金。食料費や住居費、被服費、レジャー代などが含まれる。②労働者階級を再生産するお金。すなわち、家族を持ち、子どもを育てて労働者として働けるようにするためのお金。③どんどん進歩する科学技術に合わせて自分を教育するためのお金。元外交官で作家の佐藤優氏によれば、この考え方は「マルクスの最大の貢献」で「いまだに打ち破られていない重要な基礎論理」だという(『世界史の極意』より)。

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 ①にあるように、企業は社員が顧客として行動するのに十分な給与を支払う必要がある。加えて、②にあるように、社員が子どもを産み育てるのに十分なお金も提供しなければならない。最近は、給与の見通し金額よりも子育てのコストが上回っているとの理由で、結婚しない、あるいは結婚しても子どもを作らない人が増えている。給与を抑えた企業は短期的に利益を増やせるかもしれないが、長期的に見れば消費者階級が再生産されず、市場が縮小してしまう。

就業者1人あたり現預金・人件費・設備投資推移
 (※)財務省「法人企業統計調査」、総務省「労働力調査」より作成。

 上図は、就業者1人あたりの現金・預金、人件費、設備投資の金額について、2004年を100とした場合の推移をグラフ化したものである。現金・預金が1.3倍に増加しているのに対し、人件費はほぼ横ばいとなっている。設備投資は、2008年に大きく落ち込んだ後、2004年の水準まで回復したことがない。企業は利益を給与に還元することも、設備投資に回すこともなかったのがこの10年だと言える。この期間中、日本は深刻なデフレであった。デフレとは、モノ余り、カネ不足の状態を指す。モノ余りであるため設備投資を抑制したことは理解できる。だが、カネ不足に対しては、企業はもっと早くから賃上げなどによって対処するべきだった。

 大雑把に言えば、企業は顧客より獲得したお金から原材料費を除いた残りについて、いくらを人件費として配賦し、いくらを設備投資に使うか意思決定をする。人件費を極端に削ってその分を設備投資に回せば、生産量は増えるものの、その製品を購入する人がいなくなる。言い換えれば、モノ余り、カネ不足のデフレ状態となる。逆に、設備投資を極端に削って人件費に回すと、購買余力は増える半面、それによって買えるものがなくなる。つまり、カネ余り、モノ不足のインフレ状態となる。企業はインフレにもデフレにもならない最適点を探す必要がある。

 以上は顧客の量的な拡大に関することである。これとは別に、企業は顧客の質的向上にも貢献しなければならない。具体的には、社員が自社の外で市場に参加した際には、節度ある顧客として振る舞うように、十分な意識づけを施す必要がある。顧客は往々にして、企業に対し無理難題を突きつける。企業がその無理難題に無理やり応えようとすると、社員を搾取し、取引先に値引きを飲ませ、環境に過剰な負荷を与えることになる。

 どうやら人間は、自分がやられたことは他人にもやってやろうと考えるようである。アメリカでは児童虐待が問題になっているが、自分の子どもを虐待する母親は、幼少期に虐待を受けたケースが多いとされる。「顧客からの値引き要求が厳しい」と嘆いていた私の昔のクライアント企業は、一方で仕入先を一生懸命買い叩いていた。私は学生時代にコールセンターでちょっとだけインターン生として働いたことがある。私を担当した社員は、「いつも顧客からのクレーム処理に追われているから、自分が製品不良に出くわした時はめちゃくちゃ苦情を言う」と豪語していた。

 企業は顧客の過度な要求をどこかでストップさせなければならない。そのためには、社員が自社にとっての”一線”を十分に認識することが必要である。このラインを超えると、社員や取引先の搾取、環境汚染につながるというラインのことである。そして、その一線を超えないように、顧客と交渉する能力を社員に習得させることも不可欠である。節度ある取引を経験した社員は、自分が顧客の立場に立った時、今度は相手企業の”一線”を意識できるようになる。そうすれば、社会資源の浪費につながるような無理難題は次第に影をひそめていくに違いない。

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