プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2016年03月14日

『震災から5年「集中復興期間」の後で/日本にはなぜ死刑がありつづけるのか(『世界』2016年3月号)』―「主権者教育」は子どもをバカにしている、他


世界 2016年 03 月号 [雑誌]世界 2016年 03 月号 [雑誌]

岩波書店 2016-02-08

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 (1)
 1970年代からはイランのパーレビ体制を支えてペルシャ湾の秩序を維持していた。ところが、1979年ホメイニ師率いるイスラム原理主義革命によってパーレビ体制は崩壊、衝撃を受けた米国は、隣国イラクのサダム・フセインを支持して、1980年9月から8年間にわたるイラン・イラク戦争に側面強力、1990年には増長したサダム・フセインがクウェートに侵攻して湾岸戦争に至り、ついには自らが育てたモンスターというべきサダムを処断することになった展開が9.11後のイラク戦争であった。
(寺島実郎「2016年への視座―宗教とマネーゲーム」)
 アメリカは同盟関係を世界中に広げるが、逆に言えば敵もそれだけ多いということだ。アメリカは敵を意図的に作り出すことができる。まず、同盟を結んだ味方に深く介入する。一方で、潜在的な敵が出現するのを黙認する。しばしば、同盟国に対する支援は敵対勢力に横流しされるのだが、アメリカはそれでも黙ったままである(最近で言えば、サウジアラビアへ輸出した武器は、同国内のイスラム原理主義組織の手に渡り、それがシリアに流れてISを助長させたとされる)。

 そして、敵が同盟国の手に負えないほど巨大になって初めて、アメリカは軍事的行動に出る。アメリカは、アメリカの軍事行動を支持する国と新たに同盟関係を結ぶ。その後の過程は先ほどと同じである。だから、アメリカは永遠に軍事的対立を止めることができない。日本人は、アメリカが他国に介入しなければ、こうした負のサイクルは容易に断ち切ることができるはずだと考えてしまう(私も、以前「ドネラ・H・メドウズ『世界はシステムで動く』―アメリカは「つながりすぎたシステム」から一度手を引いてみてはどうか?」という記事を書いてしまった)。だが、これは小国的な発想であり、アメリカのような大国は小国とは全く異なる論理で動いているようだ。

 (2)
 共産主義思想というのは少なく見積もって二千年の歴史があります。共産主義的な考えは、理想的な正しい国家について説いたプラトンにも、「すべてのものが共有される」時代を夢見たアリストテレスにも見られます。
(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「負け戦」)
 以前の記事「栗原隆『ヘーゲル―生きてゆく力としての弁証法』―アメリカと日本の「他者との関係」の違い」で、神と人間の双方に完全性、無限性を認める社会は全体主義になると書いた。人間は神の下で自由であり平等である。しかし、唯一絶対の神に似せて創造された人間が平等であるためには、あらゆる個性を否定し、等質な存在を想定しなければならない。また、人間が自由を手にしているとはいえ、どんな種類の自由でもそれをひとたび発揮すれば、他人の自由を多少は侵害せざるを得ない。それを回避するためには、お互いに孤立するしかない。

 私有財産を認めると、財産の配分をめぐって必ず争いが生じ、格差につながる。したがって、財産は全人類の共有とする。彼らは政治的主体として、等しく政治に参加するために、民主主義を支持する。ところが、差異のない個人が政治的判断を下すのだから、個人の意思決定は社会全体の意思決定となり、結局民主主義は全体主義と等しくなる。近代において、社会民主主義という国家が成立したのは、このような過程に基づく。ドイツのファシズムも性質的には同じだ。ナチスは極右とされるが、アーリア人のみが神の下で平等だと叫び、私有財産を禁じ、授権法により民意をヒトラーの意思と等しくしたという意味では、極左の共産主義と変わらない。

 現代においては、ISなどのイスラム原理主義が全体主義である。唯一神アッラーを絶対視し、アッラーに従う者は平等に扱う反面、従わない者は激しく排斥する。ただし、アッラーに選ばれたとしても、クルアーンやシャリーヤによって均質な人間に仕立て上げられる。元々イスラームは欧米と異なり、共有財産の文化である。集団で遊牧をしながら生活するため、財産は共有という意識が強い。その財産の処分をめぐっては、全員で意思決定をする、すなわち民主主義で決めるのが彼らの伝統である。ここでもまた、個人の意思は集団の意思と等しくなる。

 ピーター・ドラッカーは、ナチス・ドイツの起源を近代西洋の啓蒙主義に求めた(『産業人の未来』)。一般的に、アメリカ合衆国の独立は、フランス革命と同じ理想に立っていたと言われる。ところが、ドラッカーはこれを否定した。アメリカは、フランス革命を生んだ啓蒙主義をそのまま取り入れず、宗主国イギリスの保守思想を残したのだという。だから、アメリカはファシズムに陥らなかったし、保守を守るために第2次世界大戦でドイツと戦ったのだとドラッカーは分析する。

 前置きが長くなったが、引用文によると、共産主義の起源は遠く2000年前に遡ることができるようだ。私は、神も人間も完全性・無限性を有するという考え方のルーツは、ギリシア哲学に求められるのではないかという仮説を持っている(その後、キリスト教などによって、「神は完全であるが、人間は不完全である」という方向に修正されたと考えられる。以前の記事「飯田隆『クリプキ―ことばは意味をもてるか』―「まずは神と人間の完全性を想定し、そこから徐々に離れる」という思考法(1/2)」を参照)。この点は引き続き検証していきたい。

 (3)
 先日テレビでニュースを見ていると、地方のある県立高校でいわゆる模擬投票を行っていた。教室を投票所と見立てて、そこに投票箱を設置し、投票立会人や選挙人名簿を確認し投票用紙を交付する係などを配したうえで、生徒が順次投票するシーンが映し出されていた。

 また、これも地方のある県のことだが、そこでは県議会本会議場を舞台に模擬議会を演じていた。どういう生徒を選んだのかはわからないが、平素は県会議員が座る議席にその選ばれた高校生たちが着席し、その中の数人が演壇から質問を発し、それに知事が答弁するというものである。
(片山善博「選挙権年齢の引下げと主権者教育のあり方」)
 今年の夏の参議院議員選挙から、選挙権の年齢が20歳以上から18歳以上に引き下げられる。18歳前後の子どもたちの選挙に対する意識を高めるために、「主権者教育」というものが全国で実施されているようだ。ただ、個人的にはどうしてこういう教育をしなければならないのか疑問である。選挙権は、国民の1人として政治に関する意思決定が可能な意識と能力を有する者に与えられる。選挙権の年齢が18歳以上に引き下げられたということは、時代の変化などによって、彼らにも十分そのような資格があると認められたことに他ならない。

 仮に、選挙権を獲得したばかりの年齢では、政治に関する意識や能力がまだ不十分であるとするならば、これまで20歳前後の成人を対象に主権者教育が行われていなければおかしい話だ。だが、大学や行政がそんな教育をやったという話は聞いたことがない。今回の選挙権年齢の引下げとそれに伴う主権者教育の実施は、子どもに政治参加の道を開くと言いながら、実は彼らが政治的には未熟であるというレッテルを公然と貼りつける行為である。この問題を解決する方法はただ1つ、主権者教育をやらないことである。


 《2016年3月17日追記》
 中村学園大学の占部賢志教授は、日教組などに影響された左派の先生に主権者教育が乗っ取られて、生徒に偏向教育が行われることを危惧している。
 仮に私が筋金入りの組合教師なら、率先して生徒会の顧問となり、生徒会執行部を握るでしょう。そして、その執行部を洗脳して「平和」や「憲法」などの問題を議論させ、高校生の意識を一定方向に導くでしょうね。その昔、手練れの組合教師はそういう意識と戦略で行動していたものです。
(占部賢志「大計のない『主権者教育』 健全な生徒会連合の創設を!」〔『致知』2016年4月号〕)
 この記事には、生徒に対して「なぜ教室で暴れてはいけないのか?」と問う先生の話が登場する。教室で暴れたら授業の邪魔になる、他の生徒にけがをさせるかもしれないという、当たり前の道徳を教えようとしているのでは”ない”。先生はこう続ける。「暴れたいのに暴れることができないのはおかしくないか?暴れるとすぐに壊れる机や窓ガラスがある方がおかしいとは思わないか?そういう安物を学校に置いた政治が悪いのだ」 左派の闇は深いと感じた。


致知2016年4月号夷険一節 致知2016年4月号

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 (4)
 日本でも被害額と復興総額を決め、それに見合う額を各省庁と自治体の不急事業から自主的に割り出させて休止、中止させ、富裕層と大企業に限った課税から始めることが先決だった。
(まさのあつこ「10年限定組織「復興庁」の今」)
 このように大型の凍土壁が本当にできて、しかもそれを7年以上も維持できるのか?「1Fに凍土壁」と聞いた初めから、凍土壁の技術的な実現を危ぶむ声は、土木/地盤工学の技術者の間で多く交わされていた。
(浅岡顕「凍土壁が抱え込んだ1F汚染水問題の困難」)
 以前、リスクマネジメントの専門家の方から、日本人と欧米人のリスク感性の違いに関する話を聞いた。日本人は、失敗に直面した際、教訓を得るよりも、運命論で処理することが多い。つまり、諦めたり忘れたりしてしまうのである。だから、将来どうすればよいかという発想にならない。したがって、解決策は、過去の姿に戻す=復興となる。これに対して欧米人は、失敗や危機の原因を徹底的に分析して教訓とし、そこから何を生み出すことができるかと考える。つまり、過去とは異なる成功モデルを創造する。日本は「復興庁」という組織を作ったが、欧米人が同じような組織を作る場合は「創造庁」という名前をつけるだろう、という話であった。

 以前の記事「日経ビッグデータ『この1冊でまるごとわかる!人工知能ビジネス』―AIで日本の強みを侵食するアメリカ?」でも書いたが、日本人は将来⇒現在という順番で発想するのが非常に苦手であり、現在⇒将来と積み重ねてしまう。だから、予算もどんどん膨れ上がる(東京五輪の予算も同じだ)。もう1つ、2つの引用文に共通するのは、建築・土木工事を増やして業者を最大限潤わせようという意図が感じられることである。必要性が怪しい道路、橋、トンネル、建物を乱立させ、将来的に作り直しが必要な凍土壁を作ることで、彼らの仕事を生み出す。

 現在⇒将来という時間の流れの入れ替えが日本人にとって相当困難であるのと同様に、日本社会が個人よりも組織を優先することは変えられないのだと思う。憲法で明治以来の家制度が廃止されても、社会的には家が残っており、家に属する者だけが優遇される。企業と社員を比べると、まず企業(とりわけ大企業)を潤わせるのが先で、社員の賃金増は後回しにされる(アベノミクスはこの順番だった)。法人税は減税するのに消費税は増税するという不可解な政策まで行われる。これは単に、国や行政が、全国各地に散らばる個人より、ある程度まとまった組織を相手に施策を展開した方が効率的である、ということ以上の意味があると感じる。

 (続く)

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