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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2016年03月25日

イザヤ・ベンダサン(山本七平)『日本人と中国人―なぜ、あの国とまともに付き合えないのか』―原因は中国人ではなく日本人の側にあった


日本人と中国人―なぜ、あの国とまともに付き合えないのか (Non select)日本人と中国人―なぜ、あの国とまともに付き合えないのか (Non select)
イザヤ・ベンダサン 山本 七平

祥伝社 2005-01

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 《参考記事》
 イザヤ・ベンダサン(山本七平)『日本人と中国人』―「南京を総攻撃するも中国に土下座するも同じ」、他
 山本七平『存亡の条件』―日本に「対立概念」を持ち込むと日本が崩壊するかもしれない
 安田元久監修『歴史教育と歴史学』―二項対立を乗り越える日本人の知恵

 イザヤ・ベンダサン(山本七平のペンネーム)の『日本人と中国人―なぜ、あの国とまともに付き合えないのか』を久しぶりに読み返してみた。「日本人は二項対立的な発想が苦手である」とか、「理想と現実のギャップが大きすぎると、現実を無視した理想論が独り歩きするか、現実に踏みとどまったまま硬直するかのどちらかである」と本ブログでは何度か書いてきたが、この考えの原点となった著書である。嫌中派が本書を手に取ったら、中国のことがズタボロに書かれていることを期待するだろうが、実際には日中不和の要因を日本人側に求めた1冊である。

 山本七平は、「明朝派日本人」、「清朝派日本人」という区別を用いている。詳細な説明は省くが、清朝派日本人として著者は平清盛、足利義満、新井白石、竹内式部(竹内敬持)の名前を挙げている。古代から近代にかけて、中国は自国こそが世界の中心であるという中華思想を掲げ、周囲の国と属国関係を結んでいた。ただ、属国関係と言っても、属国の政治に介入するわけではなく、あくまでも交易などを通じて文化的な影響力を及ぼすにとどまっていた。イギリスの「国王は君臨すれども統治せず」という有名な言葉が、アジアではやや異なる形で実現されていた。

 「政治的には独立するが、文化的には影響を受ける」という関係は、中国と日本との間でも成立していたが、写し鏡のように日本国内でも見られた。それが朝廷と幕府の関係である。幕府は朝廷から政治的には独立している。しかし、文化的には朝廷の影響を受ける。この関係を保ってきたのが朝幕二元体制であった。つまり、日本国内にも中国があったというわけだ。しかし、清朝派日本人は、外交面では中国の権力を、内政面では天皇の権力を絶対視しない。言い換えれば、「2つの中国」をともに認め、権力を相対的にとらえる点に特徴があった。

 平清盛や足利義満が宋と貿易を試みた際、中国から「物品を賜る」とか「日本国王に封ずる」といった文書が届くことに強い憤りを覚えた人々がいた。中国の手紙は上から目線で失礼だ、突き返せ、などという議論が内部で繰り返されたらしい。だが、当の平清盛や足利義満は、中国がそう書いたからと言って自身の国内における政治的権力には何の影響もないと解っていたし、交易を実現させる方が優先であった。こういう現実的な考え方が清朝派日本人の特徴である。

 一方の明朝派日本人には、これもまた詳細な説明は省くが、豊臣秀吉、山鹿素行、熊沢蕃山、本居宣長、平田篤胤、頼山陽、西郷隆盛がいる。彼らは、中国を絶対視する。ただし、絶対視するのは現実の中国ではなく、中国皇帝を中心とした理想の世界のことである。ここで、頭の中の理想にしがみつき、現実の中国が必ずしもそれと等しくないことに気づくにつれて、実は日本の天皇こそ中国皇帝にふさわしいのではないか?という論点のすり替えが起きる。中国の絶対化が天皇の絶対化に転じるわけだ。江戸時代に起きた中国ブームは、最初は中国を天孫、日本を賊としていたのに、次第に日本こそが天孫で中国を犬猿の類に格下げしてしまった。

 頭の中の理想が目の前の現実と異なる場合、明朝派日本人が見せる反応は2つである。1つは、自分こそが真の理想を体現しているとして、目の前の現実を攻撃することである。つまり、日本こそが中国であると主張して、中国を攻撃する。南京事件はこのパターンであった。

 もう1つの反応は、それとは正反対に、頭の中の理想を捨てて、自らを現実の方に合わせるようにひたすら反省することである。田中角栄が日華平和条約を破棄して日中平和友好条約を締結し、「土下座外交」と批判されたのがこのパターンである。この2つの反応の根っこは同じである。だから著者は、「南京を総攻撃するのも、中国に土下座するのも同じ」と述べる。明朝派日本人は、理想と現実の間で折り合いをつけるのが苦手で、極端な行動に出る傾向があるようだ。

 ちなみに、アメリカのキッシンジャーが極秘で北京を訪問し、ニクソン大統領が共産主義圏の大国であった中国と国交を正常化させたのは、日本とは全く事情が異なる。言うまでもなく、アメリカは中国に土下座したわけではない。当時のアメリカは、大国によく見られる構図として、対ソ連という大きな二項対立を戦っていた。アメリカは、二項対立の構図を四項対立にすることで、世界の均衡図を変えようとする意図があったように思える(以前の記事「ジョセフ・S・ナイ『アメリカの世紀は終わらない』―二項対立から二項混合へすり寄る米中?」を参照)。

 清朝派日本人は、以下の3つの理由で優れていたと考える。第一に、中国と日本、朝廷と幕府を二項対立の構図にはめ込むのではなく、政治的には独立するが文化的には影響力を及ぼすという、極めて曖昧かつ複雑な二項混合の関係に持ち込んだことである。本ブログでも何度か書いたが、日本は大国のような二項対立的な発想が不得意であり、それを回避する手段として両者を混合することがある。清朝派日本人もこの方法を用いたと考えられる。

 2つ目の理由として、文化的に影響を受ける、つまり中国と交易を続けることで、中国のリアリズムに触れる機会を保持できた点が挙げられる。日本人は、目に見える現象の処理は得意だが、目に見えない概念の取り扱いが弱点である。現実を直接この目で見ないと、浮世離れした頓珍漢な理想を描いてしまう。江戸時代の鎖国体制になって中国の影響力が減ると、明朝派日本人は頭の中だけで勝手な理想を描き、それ以外の選択肢を排除してしまったのだろう。

 これは現代でも同じで、日本企業は元々、顧客とじかに接してニーズを丁寧に拾い上げ、それを製品・サービスにきめ細かく反映させることで競争力を磨いてきた。そこに、アメリカ流の市場調査やデータ解析手法が流入し、顧客のことを見なくてもニーズが把握できるようなつもりになってしまった。だが、その途端に日本の魅力は落ちたのである。逆に、創造力に長けているのがアメリカ企業であり、イノベーション、すなわち新しい市場の創出を何度も行うことができる。イノベーションをめぐる日米の差は偶然ではない。源泉となる能力の質がそもそも違うのである。

 3つ目の理由は、中国と日本、朝廷と幕府は単なる二項混合ではなく、上下の階層構造にもなっていたことである。本ブログで何度か書いたように、日本という社会は階層が幾重にも重なっていた方が安定する。神と個人を直接結びつけ、間に組織や権力が介在することを嫌うキリスト教とは決定的に異なる。逆説的だが、下の階層は上の階層から影響力を受けることによって、かえって自由になる。しかも、責任は上の階層が取ってくれる。だから、下の階層としては、「仮に失敗したとしても上の階層が何とかしてくれるから、好きにやればよい」と、開放的に活動できる。

 著者は、明朝派日本人のような考えは、何も日本に固有ではなく、大国の周辺民族国ではよく見られるものだと指摘する。明朝派日本人のような人が現れるのは、大国の文化を一旦受容した証なのである。そして、そのような周辺国の態度が、世界に大きなインパクトを与えることもあると言う。だが、そこで終わってはならない。著者は周辺国に次のような役割を期待する。
 周辺文化は、受容であるがゆえに「客体化」しやすい。従ってそれは、思想史として客体化すれば、自らがそれを脱却して新しい文化を創造することも、客体化したものを他民族に手渡すことも、容易なはずである。
 最後にもう1つ考えなければならないのは、アメリカとの関係である。かつての日本にとっての中国は、現代ではアメリカである。日本はアメリカから政治的には(一応)独立しているが、貿易は依然として盛んであり、文化的な影響を強く受けている。アメリカは自由、平等、基本的人権、資本主義、民主主義の手本である。だが、アメリカが掲げる普遍的価値観は、必ずしも現実と合致していないのも事実である。ここで、明朝派日本人のアメリカ版なる人たちが現れて、「日本こそ真のアメリカだ」と言ってアメリカを総攻撃する日は来るのだろうか?

 日本とアメリカでは軍事力が全く違うので、日本がアメリカを攻撃などしないと考えるのは誤りである。75年前の日本は、アメリカと戦争をしても、長期的には到底アメリカの軍事力に及ばないから、戦争は回避すべきだという調査結果が出ていたにもかかわらず、真珠湾を攻撃した。日本とはそういう国である。明朝派日本人のアメリカ版みたいな人たちが現れないようにするためには、素朴すぎる提案だが、アメリカとの関係を切ってはいけない。間違っても、アメリカに背を向けた状態で、理想の自由、理想の資本主義などというものを日本国内で探求してはならない。

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