プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2016年05月13日

中小企業のニッチ戦略はややもすると自己欺瞞に陥る


市場シェア

 先日、中小企業基盤整備機構のセミナーに参加してきたのだが、「中小企業向けの海外展開支援施策」に関するセミナーだと案内されていたのに、出席したら講師の中小企業診断士がものづくり補助金や小規模事業者持続化補助金の話をするばかりで、全く海外とは関係がなかった。頭にきたのでアンケートに苦情を書いて途中退席してきた。それでも何か持ち帰ろうと途中までは一生懸命話を聞いていて、1つだけお土産を持って帰ってきた。ただし、「こういうことを中小企業診断士(経営コンサルタント)は言ってはいけない」という戒めなのだが。

 講師は、小規模事業者持続化補助金に申請するための事業計画を作成する段階で、自社の事業にエッジを効かせることの重要性を強調していた。その時、「ニッチ市場でシェアNo.1になることが大切だ」という話があった。一見すると競合他社がたくさんいるような市場でも、切り口を変えればシェアNo.1になれる。これをニッチ戦略と呼ぶのだという。例えば、「○○市内で○○を必要とする高齢者向けに、○○という機能に特化した○○という製品を販売し市場シェアNo.1を獲得する」、「○○駅から半径○○km以内で○○に困っている女性向けに、○○という特色を持たせた○○というサービスを提供し市場シェアNo.1を目指す」といった具合である。

 私が思うに、このニッチ戦略の説明は正確ではない。こういう形で自社がシェアNo.1だと思い込むのは、自己欺瞞であるとさえ言える。自社の市場を定義する作業というのは、意外と難しい。海外の大企業の話で恐縮だが、GEの元CEOであるジャック・ウェルチは、「市場シェアNo.1かNo.2以外の事業からは撤退する」と宣言して、選択と集中を行ったことで知られる(そのアドバイスをしたのはピーター・ドラッカーであると言われている)。

 GEでは1年間の戦略マネジメントのスケジュールが厳格に決まっている。秋口になると、ウェルチはそれぞれの事業のマネジャーに、担当する事業の次年度の戦略を作らせる。すると、マネジャーたちには共通してある傾向が見られることにウェルチは気づいた。マネジャーは、自分の事業が戦場としている市場を狭く定義し、GEのシェアがNo.1かNo.2であるかのように見せかけていたのである。マネジャーの気持ちは解らなくもない。担当事業の市場シェアがNo.3以下であれば、その事業は売却されてしまう。それはすなわち、自分の仕事を失うことと同義だからだ。

リーダーシップ・サイクル―教育する組織をつくるリーダーリーダーシップ・サイクル―教育する組織をつくるリーダー
ノール・M. ティシー ナンシー カードウェル Noel M. Tichy

東洋経済新報社 2004-12

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 (※)GEの戦略マネジメントサイクルについては、ノール・ティシー、ナンシー・カードウェル『リーダーシップ・サイクル―教育する組織をつくるリーダー』(東洋経済新報社、2004年)を参照。

 ウェルチはそれぞれのマネジャーと膝詰めで話をし、市場の定義からやり直した。自社が本当に戦っている市場を把握するには、競合他社を的確にとらえる必要がある。競合他社は、第一義的には自社と同じカテゴリの製品を製造する企業である。話を解りやすくするために、GEの例を離れてビールを取り上げると、ビールの競合他社と言えば、まずは他のビール会社である。しかし、もう少し視野を広げれば、ビールはお酒であるから、他のアルコール類であるワイン、発泡酒、日本酒、焼酎、カクテル、ウィスキー、サワーなども競合ということになる。

 だが、これでも市場を定義するには十分ではない。そもそも、顧客はビールを何のために飲むのだろうか?「仕事の疲れを取るため」、「ストレスを発散するため」、「よく眠れるようにするため」、「友人とワイワイ盛り上がるため」、「大切な人への贈り物にするため」など、様々な理由が考えられる。ここで重要なのは、例えば仕事の疲れを取る上で、ビールはあくまでも1つの手段にすぎないということだ。つまり、仕事の疲れを取るには、マッサージを受ける、栄養ドリンクを飲むなど、他にも様々な選択肢がある。よって、ビールはこれらの分野とも競合関係にある。

 (※)以上の話は、旧ブログの記事「競合他社は4つのレイヤーで見極めるといいんじゃないかい?」を参照。この時、4つ目の視点として「顧客が限られた時間・場所・資金の中で消費しているその他の製品」を挙げた。これは、仮に顧客の時間・場所・資金が何らかの理由で減少した場合でも、優先的に消費される製品のことを指す。例えば、給料が下がったサラリーマンは、ビールを控えるかもしれないものの、昼食の値段は急には下げられないかもしれない。この場合、ビールと昼食は競合関係にあると考える。ただ、ここまでやると競合他社が際限なく広がってしまうかもしれないと思い、今ではちょっと反省している。

 この様に考えると、ビール事業の市場は、単にビールの消費量を数え上げればよいという簡単な話ではないことが解る。ビールと類似する製品に加え、ビールが提供する価値を代替しうるその他の製品・サービスを広くピックアップする必要がある。そうすると、市場規模は当初の想定よりもずっと大きくなる。そして、当然のことながら、自社のシェアは想定よりもはるかに低くなる。市場の中にありとあらゆるタイプの競合他社がいる中で、どのように独自性を打ち出し、競合他社の顧客を奪い取って市場シェアを拡大していくのかを検討するのが戦略というものである。

 誤解しないでいただきたいのだが、最初に市場を広くとらえた上で、セグメンテーションを細かく行い、その結果「○○市内で○○を必要とする高齢者向けに、○○という機能に特化した○○という製品を販売する」という戦略に行き着くのであれば問題ない。この場合は、競合他社の存在を強く意識している。市場では同業種、異業種を含めた厳しい総合格闘技が行われていることを理解している。そうではなく、市場シェアNo.1だと言いたいというただそれだけのために、「○○市内で○○を必要とする高齢者向けに、○○という機能に特化した○○という製品を販売する」と恣意的に規定すると、まるで市場に競争が存在せず、”無風”であるかのように勘違いしてしまう。

 「○○市内で○○を必要とする高齢者向けに、○○という機能に特化した○○という製品を販売する」という曖昧なケースであっても、Web通販やテレビ通販と競合することぐらいは容易に想像できる。そういう可能性を端から排除して、「我が社はニッチ市場でシェアNo.1だ」と宣言するのは、自己欺瞞に他ならない。そういう企業に限って、想定外(本当は十分に想定できるのだが)の競合他社が現れると慌てふためく。そして、行政はそういう企業を規制すべきだとか、我が社の業績不振に対して補助金を出すべきだなどと、お門違いな主張を展開するのである。

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