プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2016年06月29日

【観光?】「山形県小国町」視察旅行まとめ(1/2)【写真大量】




 私は、(一社)東京都中小企業診断士協会の城北支部青年部に所属している(一応、今年から部長を務めている)。地域活性化の分野で活躍されている佐藤卓先生からの紹介で、6月11日(土)~13日(月)にかけて、「山形県西置賜郡小国町」の視察旅行に行ってきた。

 小国町は山形県の西南端にある人口約8,000人の町である。新潟県との県境に位置し、両県の県庁所在地である山形市と新潟市のほぼ中間地点(それぞれ約80キロメートル)にある。小国町の面積は737.6平方キロメートルであり、東京23区(619平方キロメートル)よりも若干広い。この広いエリアをわずか3日間で回ろうという強行スケジュールで、当日車で案内してくださった株式会社小国いきいき街づくり公社と小国町商工会の方々には大変お世話になった。

飯豊連峰

 今回の旅行でのベストショットはこれ。小国町は実に面積の約90%が森林であり、どこに行っても山、山、山の連続であった。上の写真は、小国町南部の飯豊(いいで)連峰が見えるスポットで撮影した。白く雪を被っているのが飯豊連峰である。水曜どうでしょう好きの人にしか伝わらないと思うが、「原付日本列島制覇」(2011年放送)という企画は、2010年の夏に、東京から高知まで50ccのカブで移動するというものだった。その中で、紀伊半島の深い山中の県道をのんびりと走るいい画があったのだが、小国町はまさにそんな感じのところであった。大泉洋さんが放送の最後に言った、「この国は、とても美しい国でした」という言葉の意味が解る気がした。

DSC_0027 小国町の駅に着いたら、いきなり熊の剥製がお出迎えしてくれた。小国町にはマタギの文化が残っており、マタギで生計を立てている人が残っている。飯豊連峰の麓にある小玉川地区では、射止めた熊の冥福を祈りながら、猟の収穫を山の神に感謝する「熊まつり」の儀式が行われる。熊まつりは約300年の歴史を持つ。

DSC_0042 東日本大震災以降、山形県内の熊から放射性物質が検出されたため、熊肉の提供は一時ストップしていた。だが、昨年ようやく出荷制限が解かれ、熊まつりでも豚汁ならぬ熊汁が振る舞われた。一時期は1,000人程度に落ち込んでいた参加者も、昨年は熊汁効果もあってか、参加者が3,000人ほどに膨れ上がった。

DSC_0044 マタギのマタギの人が使用する道具を資料館で見せていただいた。

DSC_0045 マタギの人々はチームを組んで熊を狩る。少なくとも1チーム5人、多いチームになると10人以上になるそうだ。熊を呼び出す人、熊を追い込む人、熊を撃つ人など、役割が細かく分かれている。

DSC_0048 右下に熊肉をさばいている様子が写っている。マタギの方々は熊をきれいにさばき、皮や内臓など全て使い切る。なお、余談だが、中国では熊の右手が珍品扱いされている。熊は右手でハチミツを採るためだというのがその理由である。

DSC_0034 1日目の昼食は「たかきびうどん」。たかきびは、赤茶色の米粒大の雑穀である。小国町は山菜が豊富で、トッピングに大きななめこが使われている。親指大ぐらいの大きさがある。首都圏ではこのサイズはなかなか見ないのだが、地元の人に言わせると、これでも小ぶりな方だという。
 
DSC_0111 上の写真より、3日目の昼食で食べたこのたかきびうどんの方が解りやすいか。最初はたかきびそばを開発したのだが、たかきびの色合いが出ないという理由で、途中からうどんに転向したと聞いた。

DSC_0107 たかきびの原産国はアフリカで、紀元前2000年頃にインドに伝わり、その後東南アジアへと広まった。食物繊維やミネラル(特にMgと鉄分)が多く、便秘や貧血予防、美肌づくりに効果的である。たかきびに含まれるビタミンB1は糖質や脂質の代謝を助け、ナイアシンは胃腸の機能を正常に保ち、皮膚症状の改善に役立つ。

DSC_0036 ベストショットの飯豊連峰を再掲。

DSC_0039 飯豊連峰の山々と、世界百名瀑の1つ、梅花皮(かいらぎ)の滝の説明。

DSC_0049 小国町立小玉川小中学校を見学。約30年前に開校したが、残念ながら10年ほど前に閉校となった。現在は、小玉川振興事務所として使われている他、町民にも一般開放されている。我々が訪問した時は、来る参議院選挙を見据えてか、政治集会が行われていた。

DSC_0050 小国町立小玉川小中学校はインドネシアとの交流が深く、インドネシアの学校からの寄贈品が多数保管されていた。

DSC_0051 これも寄贈品の一部。

DSC_0053 インドの「ガルーダ」の像。高さが3メートルほどある立派な像である。ガルーダはインド神話に登場する伝説上の鳥で、ヴィシュヌ神の乗り物と言われる。インドネシアの国章にも用いられている。国章に描かれるガルーダは、翼の羽毛を左右それぞれに17枚、尾の羽毛を8枚、尾の着け根の羽毛を19枚、首の羽毛を45枚有する。これは、独立宣言をした1945年8月17日の数字を表している。

DSC_0054 「ガムラン」という打楽器。ガムランは二極対立的なインドネシアの宇宙観を反映している。例えば、AとBのパートを組み合わせると、Cという本来の旋律が浮かび上がる。この演奏技法をコテカンと呼ぶ。ガムランは16もしくは32ビートで2つのパートを対にして演奏するが、調律されていない2つの楽器の微妙なずれによって音にうねりが生まれる。これをオンバと言う。

DSC_0056 生徒がまとめたガムランの歴史。今回は残念ながら、ガムランを演奏できる方はいらっしゃらなかった。一体、どんな音を奏でるのだろうか?

DSC_0059 この学校の2階には、2クラス分ぐらいの広いスペースに、小国町の文化・風俗を紹介する様々な品が展示されていた。写真は、繭毛羽取機である。蚕は繭を作る時に、最初に足場を作るために吐き糸を出す。この吐き糸の量は全吐き糸量の1%程度で、繭の外側に薄く綿のように付着している。この繭毛羽または繭綿を除去する機械を繭毛羽取機と言う。

DSC_0057 これらの展示品は、学校が廃校になった後で空きスペースを活用して陳列したのではなく、学校の設立当初からあったそうだ。地元の文化を生徒によく理解してもらうのが狙いであったという。左の写真は、哲学者・梅原猛氏が小国町を訪れた際に、ふと思い浮かんだ言葉を一気に書き上げたものである。「コレミゾハ」とはマタギの言葉で、「獲ったぞ!」という意味。

DSC_0061 中心部に戻って、町の駅「アスモ」で休憩。たかきびアイスクリームを食べた。

DSC_0064 たかきびともちきびがトッピングできるのが特徴。他にもチョコチップやココアパウダーのトッピングがあった。

DSC_0062 「たかきび」とは?(説明は写真参照)

DSC_0063 「もちきび」とは?(説明は写真を参照)

DSC_0065 トッピング前(あんまりおいしそうに撮影できなくてスミマセン・・・)。

DSC_0066 トッピング後。私はたかきびとココアパウダーをトッピングした。甘さがしつこく残ることがなくて、一気に食べてしまった。

DSC_0067 町で唯一の酒蔵が造っている「桜川」という日本酒。酒米ではなく、通常の米を用いている。酒米の場合は、米粒を80%ほど削って醸造する。しかし、通常の米でそこまで削ると十分なアルコールが出ないため、削る割合は50%程度に抑えている。1日目の夜に飲んだが、香りは辛口かと思いきや、喉をさらさらと流れる非常に飲みやすいお酒だった(飲みすぎ注意)。

DSC_0068 今回の宿泊先は「りふれ」。表に能舞台があるというので、学生時代に能楽サークルで能楽をかじっていた私は興味津々で見学させてもらった。通常、能舞台の背後には松の絵が描かれているのだが、この能舞台は背後の壁がなく、バックの山々の風景がその代わりを果たしている。

DSC_0069 1日目の夕食。右上はイワナの刺身。刺身で食べられるのは、水がきれいな証拠である。左上の鍋にはクジラ肉が使われている。小国町は海に面しているわけではないのだが、クジラ肉は家庭でも比較的よく食べられているそうだ(翌日、スーパーマーケットを見学したら、確かにクジラ肉が販売されていた)。


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