プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2016年07月25日

『腹中書あり(『致知』2016年7月号)』―私の腹中の書3冊(+1冊)


致知2016年7月号腹中書あり 致知2016年7月号

致知出版社 2016-07


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 河野:私ね、時々隊員に講演をするんですけど、その時に言うのはやっぱり「本を読め」ってことなんですよ。なぜ読めと言うか。その理由は2つありまして、1つは常識が身につく、もう1つは渡部先生もおっしゃっていたように、人間に厚みができるということです。

 我われの仕事のみならず、誰にでも人生において何か大きな決断をせんといかん場合ってありますよね。その時に、本を読んでいる人間とそうでない人間では、絶対に差が出ると思っているんです。切羽詰まった時にいかに正しい決断ができるか。それは知識ではなく、教養が影響する。質の高い本でなければ、教養が積み上がっていかないんです。
(河野克俊、渡部昇一「腹中書ありて人生の万変に処してきた」)
 以前の記事「中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由(1)【独立5周年企画】」で、学生時代の最初の頃は、教科書以外の本をほとんど読んでいなかったと書いた。さらに言えば、大学に入る以前も読書は全くしておらず、有名どころの小説などは一切読んだことがなかった(小学生の時は、夏休みに読書感想文を書くのが苦痛だった)。そんな私が、友人の言葉をきっかけに、真面目に読書をするようになった。2005年以降は、読んだ本のタイトルを記録している。それによれば、少なくとも2005年以降だけで1,100冊ほど読んだ計算になる。

 ただ、私の読書法はあまりに粗雑であり、歴史的価値の高い古典や小説などはほとんど未着手のままである。さらりと読めそうな簡単な本、仕事で必要に迫られて読んだ本、本の冊数を稼ぐために読んだ薄い本などが1,100冊の中には数多く含まれている。そのため、私の読書の質は極めて悪い。『致知』2016年7月号を読むと、どの人も古典、歴史書、哲学、小説などを深く読み込んでおり、「腹中の書」なるものを持っている。私が自宅の本棚を見渡して、自分の「腹中の書」は何だろうかと思案した時、すぐには答えが出せなかった。何度も本棚とにらめっこをして、これがおそらく私の「腹中の書」だろうと結論づけたのが、次の3冊である。

ドラッカー名著集1 経営者の条件ドラッカー名著集1 経営者の条件
P.F.ドラッカー

ダイヤモンド社 2006-11-10

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 【1冊目】
 私がピーター・ドラッカーの名前を初めて知ったのは、大学4年生の時に『ネクスト・ソサエティ―歴史が見たことのない未来がはじまる』という本を読んだ時であった。その内容に感銘を受けた私は、ドラッカーの著書を片っ端から読破してみようと思い立ち、数年かけて30冊ほど買い込んだ(ただし、これでもドラッカーの著書の全てを網羅しているわけではない)。ドラッカーを読み始めて最初に大きな衝撃を受けたのが、この『経営者の条件』である。

 ドラッカーがマネジメントを体系化する以前は、マネジメントと言えば企業、とりわけ大企業のトップマネジメント(経営陣)という「人」のことを意味していた。ところが、ドラッカーはマネジメントを「社会的機関」と位置づけた。社会的機関としてのマネジメントとは、社会の目的を達成するために、組織を構成し、人々に地位と役割を与え、彼らに最高の成果を出させる仕組みのことである。それまでは、人々にとってマネジメントとは雲の上の存在であった。しかし、社会的機関としてのマネジメントは、彼らを次々とシステムに組み込んでいく。しかもドラッカーは、人々に対して、社会的機関からの要請に単に応答するだけでなく、「自らマネジメントする」ことを要求した。

 「自らマネジメント」するとは、まずは目標とする成果を定め、仕事のやり方を決定し、必要な資本を投入する。結果が判明したら、それが目標に達したのか否か評価し、未達の場合は改善策を施す、ということである。19世紀の経済学では、資本とは土地と労働力を指した。しかし、土地は資本家が握っており、人々が制御できるものではない。また、労働力についても、問題になるのは質ではなく量であった。だから、人々にできることと言えば、長く働くことだけであった。

 ところが、20世紀に入って大きな変化が訪れた。それはつまり、知識が新しい資本として重要な位置を占めるようになったことである。人々は労働者であると同時に資本家になった。資本家であるならばなおさら、成果にコミットしなければならない。こうして、ドラッカーは人々に対して高い自己規律を要求する。人々はもはや単なる労働者ではない。彼らがいかなる職務を行い、いかなる職位に就いているかは問わない。自社の経営に重要な影響を与える意思決定を行い、自社の経営にとって重要な成果を提供するならば、誰もがエグゼクティブ(経営者)として責務を果たさなければならない。これが『経営者の条件』のエッセンスである。

 日本にはQCサークルのように、現場社員が経営に貢献する改善活動を自発的に行う文化がある。また、当時の私は、中間管理職や現場社員が自分に与えられた職分で満足するのではなく、ワンランク上の視点、つまり経営的な視点に立って仕事をすべきだと考えていた。だから、『経営者の条件』はまさに日本と私のために書かれた本であるかのように思えた。

 ドラッカーの著書の売れ行きは、アメリカよりも日本の方がよいと本人が認めていた。最近のアメリカのビジネススクールでは、「ドラッカーなんてもう古い」などという声も聞かれるようだが、日本に限って言えば、ドラッカーの経営思想はまだまだ十分に示唆的である。

 ①アメリカのイノベーションは、「自ら変化を起こす」ことを目指す。そして、カリスマリーダーにその役割を期待する。フォロワーは、強力なリーダーの権力の下で、指揮命令通りに働く。一方、ドラッカーのイノベーションは「既に起きた変化を利用する」。あまり適切な表現ではないかもしれないが、ドラッカーのイノベーションは受動的である。しかし、日本企業にはその方がフィットしている。ドラッカーは、日本企業がイノベーションに後から参入し、組織力を活かして猛スピードでキャッチアップして、ついには当初のイノベーターを打ち負かすことを「起業家的柔道」と呼んだ。

 ②1990年代にキャプランとノートンが提唱したBSC(バランス・スコア・カード)は、ドラッカーが提唱したMBO(目標管理制度)と何が違うのかと考えることがある。BSCは4つの視点でバランスよく経営指標を管理するものだが、その根底には、ビジネスを成功に導くには少数の重要な要因に注目すればよいという考え方がある。その要因をCSFと呼び、CSFの度合いを測定する指標をKPIと言う。因果関係は簡潔に把握すべきというアメリカ人の思考特性がよく表れている。

 一方、MBOはトップの目標を下位の部門、さらにその下位の部門へとブレイクダウンしていく。目標の体系はどうしても複雑になる。しかも、アメリカ(ドラッカー)から日本に輸入されたMBOには、日本流のアレンジが加えられている。それぞれの社員には、部門の目標に直結する業績目標の他に、同僚や他部門への協力を促す目標や、自己啓発に関する目標も含まれている。こうなると、目標全体の関係を正確につかむことは不可能である。日本の場合、望ましい行動を数多く積み重ねれば、(どういう過程をたどるかは判然としないが、)自ずと望ましい結果が導かれると信じている。MBOは、日本流の目標管理制度の下敷きとして機能するには十分だった。

 ③①とも関連するが、アメリカはリーダーとフォロワーの直線的な関係を重視する。必然的に組織はフラット化する。ところが、ドラッカーはフラット化には反対している。代わりに、分権化せよと主張する。これは、ドラッカーがGMの戦略や組織構造、企業風土を研究した1940年代から全く変わっていない。フラット化すると、エグゼクティブがいきなり責任の重い仕事を背負わされることになり、潰れてしまう。そうではなく、組織に階層を残し、それぞれの階層に権限を分散化することで、エグゼクティブが昇進とともに徐々に大きな仕事を行う能力を学習できるようにすべきだというわけである。こういう話には、日本企業は「全くその通りだ」と膝を叩くに違いない。

 ④ドラッカーは組織設計の原則として、「人に仕事を割り当てるのではなく、仕事に人を割り当てるべき」であると述べている。だが、仕事がなくなったら社員の首を切ればよいとは一言も書いていない。仕事がなくなって社員が余ったら、彼らのために仕事を作り出すのがトップマネジメントの責務だとしている。かつてIBMが苦境に陥った時、IBMがリストラをせずに、経営陣が努力して新規顧客を獲得し、社員のために仕事を作り出したことをドラッカーは称賛している。

 日本企業の特徴は、社員を大切にする点にある。「今いる社員の強みを活かすと何ができるか?」、「社員を成長させるにはどんな事業に挑戦すべきか?」と、組織内部の視点から発想する。これは、「市場はどのような製品・サービスを求めているか?」、「その製品・サービスを製造・提供するためにはどのくらいの人材が必要なのか?」といった具合に、外部環境の視点から発想する一般的な戦略立案プロセスとは大きく異なる。だが、残念なことに、最近の日本企業は、前者のような問いを発する機会が減っているように思える。

ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)
P・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2008-01-19

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 【2冊目】
 啓蒙思想とフランス革命、および今日の理性主義のリベラルにいたるその弟子たちは、自由にとって許すべからざる敵の役割を果たした。基本的に、理性主義のリベラルこそ、全体主義者である。

 過去200年の西洋の歴史において、あらゆる全体主義が、それぞれの時代のリベラリズムから発している。ジャン・ジャック・ルソーからヒトラーまでは、真っ直ぐに系譜を追うことができる。その線上には、ロベスピエール、マルクス、スターリンがいる。
 2冊目もドラッカー。『産業人の未来』で最も衝撃的だったのがこの部分である。私が高校生の時の世界史の授業では、フランス革命が自由、平等、基本的人権といった、現代において普遍的価値と見なされているものを実現させる契機になったと習った。そして、その思想的基盤を提供したのがルソーらの啓蒙主義であると教わった。これに対して、スターリン、ヒトラーの全体主義(ファシズム)は、自由を破壊する凶悪な存在として対比された。ところが、ドラッカーによれば、ルソーとスターリン、ヒトラーは一直線につながっているというのである。

 20代半ばで初めて本書を読んだ時は、その衝撃が大きすぎて、なぜそのように言えるのかまで踏み込んで考えられなかった。だが、今年に入って約10年ぶりに本書を読み返してみると、ドラッカーの意図が何となく理解できるようになった気がする(以前の記事「【ドラッカー書評(再)】『産業人の未来』―機能する社会は1人1人の人間に「位置」と「役割」を与える」、「【ドラッカー書評(再)】『産業人の未来』―人間は不完全だから自由を手にすることができる」を参照)。

 一般的には、アメリカ独立運動はフランス革命に刺激されて実現したと説明される。しかし、ドラッカーはこの説をきっぱりと否定する。アメリカ独立運動が目指したのは、フランス流の自由の否定であった。代わりに、イギリス流の自由の実現を目指した。フランスの自由は、理性万能主義に基づく無制限の自由である。これに対し、イギリスの自由は、伝統的(非理性的)な階級社会を前提とし、歴史が蓄積した社会構造の中において発揮される自由である。また、イギリス本国と連邦諸国との間の上下関係の中において機能する自由である。

 個人的には、トップダウン型のリーダーシップが好まれるアメリカで、どうして連邦制が採用されたのかが不思議であった。しかしながら、アメリカがフランスではなくイギリスに倣ったと考えれば、アメリカが単純な共和制を選択しなかった理由も多少は腑に落ちる(もちろん、この辺りはもっと厳密にロジックを積み上げていく必要があると感じている)。

存亡の条件存亡の条件
山本 七平

ダイヤモンド社 2011-03-11

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 【3冊目】
 私が山本七平を読み始めたのは30歳を過ぎてからだ。山本七平、小林秀雄、丸山眞男あたりは、10年早く読み始めるべきだったと後悔している。山本七平の『存亡の条件』は、私が本ブログでしばしば用いている「二項対立」、「二項混合」という言葉の基礎になった1冊である(以前の記事「『「慰安婦」戦、いまだ止まず/台湾は独立へ向かうのか/家族の「逆襲」(『正論』2016年3月号)』―朝鮮半島の4つのシナリオ、他」などを参照)。

 大国(現代の大国は、アメリカ、ドイツ、中国、ロシアの4か国)は二項対立的に振る舞い、敵と味方をはっきりと区別する。かつては資本主義VS社会主義という対立であったが、冷戦が終結した現在は、自由主義(アメリカ、ドイツ)VS専制主義(中国、ロシア)という構図でとらえることができる。大国は自らの味方を増やすために、周辺の小国を自国陣営に引き込もうとする。小国は、対立する双方の陣営のうち、一方に味方することを選択することができる。

 ところが、仮に自国が味方していた大国が二項対立で敗れると、その小国は崩壊してしまう。なけなしの資金をフルレバレッジで投資したのに、完敗して大損したような状態である。一方の大国は、二項対立で外国と対立すると同時に、実は自国の内部も二項対立させている。そのため、国家が全壊することはない。せいぜい半壊にとどまる。そして、大国には元々資本とパワーがあるから、再び自国内に二項対立を抱えることができるほどに国力を回復させることが可能である(ソ連が崩壊してもロシアはなくならなかった。むしろ、近年ロシアの脅威は増している)。

 日本のような小国、とりわけ「和」の精神を重んじるような国から見れば、そんなに激しく対立せずに、もっと協調路線を歩めばよいのにと考えてしまう。しかし、二項対立は大国にとって本質であり、大国から二項対立を取り除いてしまえば、大国は自らを維持できないのである。だから、大国は常に対立していなければならない。世界から戦争がなくなることは全く期待できない。ましてや、一部の左派が未だに信じている世界同時的市民革命など起きるはずもない。

 小国が生き残る道は、対立する大国の双方から「自国の味方にならないか?」と接触された時に、のらりくらりとその誘いをかわし、大国のいいところだけを都合よく摂取して、自国を複雑化させることである。これを「二項混合」、「ちゃんぽん戦略」と呼んだ(以前の記事「千野境子『日本はASEANとどう付き合うか―米中攻防時代の新戦略』―日本はASEANの「ちゃんぽん戦略」に学ぶことができる」を参照)。その小国は複雑すぎて、大国が容易には手を出せなくなる。

 『旧約聖書』によると、ノアの3人の息子であるセム、ハム、ヤフェトが現在の人間のルーツになっているという。セムは黄色人種(ユダヤ人、アラブ人、日本人、中国人、朝鮮人などアジア有色人種)、ハムは黒色人種(エジプト人、エチオピア人、パレスチナ人などのアフリカ系の黒人)、ヤフェトは白色人種(アーリア人、アングロサクソン人、ペルシア人、インド人など)の祖である。一般に、二項対立は西欧人によく見られる傾向である。また、中国人にも二項対立の伝統がある可能性は、以前の記事「リチャード・E・ニスベット『木を見る西洋人 森を見る東洋人』―西洋人と東洋人は確かに違うが、中国人と日本人も大きく違うと思う」で触れた。

 ところが、山本七平は本書の中で、二項対立はセム系に特有であると述べている。セム系にはアラブ人が含まれる。しかし、現在の中東は、どの国も二項対立の一方に過度に肩入れし、その結果激しい戦闘を引き起こして、国家を疲弊させている。中東諸国はどうして西欧の大国のように二項対立を上手く処理することができないのか?この点は今後の私の研究課題である。

パフォーマンス・コンサルティング~人材開発部門は研修提供から成果創造にシフトする~パフォーマンス・コンサルティング~人材開発部門は研修提供から成果創造にシフトする~
デイナ・ゲイン・ロビンソン/ジェームス・C・ロビンソン 鹿野尚登

ヒューマンバリュー 2007-07-25

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 【おまけ】
 実務系の本で最も役に立ったと感じるのがこの本である。私は前職のベンチャー企業で、企業向けに集合研修サービスを提供していた。現在も、中小企業診断士として、研修やセミナーの講師をすることがある。当然のことながら、教育研修にはお金がかかる。経営陣は、研修にお金をかけて一体どのくらいの効果があったのかを知りたがる。しかし、非常にお粗末なことに、教育研修の投資対効果を真面目に計算している人事部は皆無に等しい。たいていは、研修後の受講者アンケートで満足度が高ければ、効果があったと言い張るケースがほとんどである。

 本書は、研修の成果をビジネスの成果に結びつける方法を解説している。一般的に、研修を企画する時には、「○○力の向上」といった能力の強化を目的として掲げる。これに対して、本書ではまず、あるべき業務の姿をデザインする。必要に応じて、研修に先立って業務プロセスの改善も行う。そして、新しい業務の成果を測定する指標を設定する。研修では、新しい業務を円滑に遂行するための練習をロールプレイ、ケーススタディ、グループワークなどで行う。受講者が現場に戻った後は、上司が新しい業務の遂行を後押しする。研修から一定期間が経過した後は、最初に設定した指標がどう変化したかを測定する。この指標の変化が研修の成果となる。

 こういう手順を踏めば、「我が社のマネジャーにはコーチング力が足りない」、「よし、○○社のコーチング研修を導入しよう」という短絡的な発想で紋切り型の研修を導入することはなくなる。

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