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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2016年09月25日

岡本隆司『中国の論理―歴史から解き明かす』―大国中国は昔から変わらず二項対立を抱えている


中国の論理 - 歴史から解き明かす (中公新書)中国の論理 - 歴史から解き明かす (中公新書)
岡本 隆司

中央公論新社 2016-08-18

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 私が考える大国(ここで言う大国とは、アメリカ、ロシア、ドイツ、中国の4か国を指す)の「二項対立論」は、まだ著しく不十分なのだけれども、現時点で到達している地点を簡単に整理すると次のようになる。まず、大国同士はイデオロギーをめぐって対立する。例えば、アメリカの資本主義とソ連の社会主義の対立といった具合だ。もう少し一般化して、アメリカがAという思想・立場を、ロシアがBという思想・立場を掲げて対立していたとしよう。表面的にはA対Bなのだが、実はアメリカもロシアも国内は一枚岩ではない。アメリカ国内には少数だがB派が、ロシア国内には少数だがA派がいる。アメリカのA派は、ロシアのB派を攻撃すると同時に、ロシアのA派を支援する。ロシアのB派も、アメリカのA派を攻撃すると同時に、アメリカのB派を擁護する。

 アメリカもロシアも、実は本気で相手を倒そうとは思っていない。対立が深まるほど、軍事産業が発達し、軍事産業から生まれた技術やイノベーションが経済を活性化させることを知っているからである。しかし、何かの弾みで、アメリカのA派がロシアのB派を倒したとする。すると、アメリカはロシアがA化するべく支援に乗り出す。アメリカはここでもひと儲けできる。結局、アメリカにしてみれば、ロシアと対立していようがロシアを倒そうが自国の利益にかなうのである。

 ここで、日本のような小国には理解しがたいことなのだが、アメリカはロシアを完全にA化しない。二項対立は大国の本質であることをアメリカは理解している。アメリカは、ロシアのA派を強く支援しながら、実は、A派の対立軸として新たにB´派が生まれるのを待っている(アメリカが中東で自国の味方に過度に肩入れした結果、自国の敵が生まれていることは、以前の記事「『震災から5年「集中復興期間」の後で/日本にはなぜ死刑がありつづけるのか(『世界』2016年3月号)』―「主権者教育」は子どもをバカにしている、他」で述べた)。そして、今度はロシアのB´派がアメリカのA派と対立する。アメリカの真の狙いはそこにある。大国同士を二項対立の関係に置き、自国内部にも二項対立の状況を作り出す。これが大国の「二項対立論」である。

 アメリカはかつては共産主義と戦い、現在はテロと戦っているように、対外的には対立構造を好む。また、国内に目を向ければ、二大政党が激しく対立している。ドイツは多党制、ロシアは事実上統一ロシアの一党独裁に近いが、エリン・メイヤー『異文化理解力』によれば、ドイツ人もロシア人も文化的に見れば対立を扇動する傾向がある。ドイツ人やロシア人との会議で発言すると、必ず反対意見が返ってくる。しかも、日本人には耐えられないほどの痛烈な批判を浴びせてくる。しかし、彼らは決して、発言者を貶めようとしているわけではない。ある意見に対しては必ず反対意見をぶつけることで、より優れた意見に到達できることを期待している。

異文化理解力 ― 相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養異文化理解力 ― 相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養
エリン・メイヤー 田岡恵 樋口武志

英治出版 2015-08-22

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 ここで私の頭を悩ませたのが、中国の扱いである。以前の記事「『一生一事一貫(『致知』2016年2月号)』―日本人は垂直、水平、時間の3軸で他者とつながる、他」では、「中庸」という考え方を持つ中国は、「二項対立」と「二項混合」の両方ができ、思想的には最強なのではないかと書いた。また、以前の記事「ジョセフ・S・ナイ『アメリカの世紀は終わらない』―二項対立から二項混合へすり寄る米中?」では、米中の経済的つながりの深化に注目して、中国だけではなくアメリカまでもが二項混合になりつつあるかもしれないと書いた。

 ここでようやく本書の内容に入ることができるのだが、本書を読んで、やっぱり中国は二項対立を重視する大国であるという思いを強くした。
 「中国の論理」を貫く時間概念と事実の整序は、史書が表現する。そこに厳存したコンセプトは、「正統」と「偕偽」という二重構造になっていた。政治を組織した社会構成の論理でいえば、その基本にあったのは、「士」「庶」あるいは「官」「民」という階層の乖離で、やはり二元構造である。

 世界観の場合もやはり当然に、そうした二元的な構造論理が貫いている。(中略)「天下」という単一の人間世界は、「華」と「夷」から成る、というのが古来中国の空間認識・世界観であった。
 東洋史学では、唐と宋の間、つまり10世紀前後に、中国を中心とする東アジアで一大転換があったと見る。これを「唐宋変革」と呼ぶ(高校世界史では習わなかったキーワードだ)。

 本書によれば、宋の時代には、科挙に合格した官僚が庶民を支配するという、厳然たる二元構造が確立されたという。科挙自体は隋の時代から行われていたが、官僚が庶民の支配権を完全に掌握したのは宋に入ってからのようだ。隋・唐の時代には、科挙の合格者よりも、地元の豪族から成り上がった従来型の貴族の方が強い力を持っていたと見るべきである。

 中国の歴代王朝は常に、周辺民族からの侵攻に悩まされてきた。その中にあって、宋の時代だけは例外的に「華」と「夷」(もしくは「漢」と「胡」)が併存する体制が敷かれた。代表的なのが、1004年に契丹と結んだ「セン淵の盟」(※「セン」はさんずいに「亶」)である。両国の関係を兄弟の間柄とし、その関係は100年以上もの間続いた。宋はこれ以外にも、後に興った西夏や金ともこうした盟約を結んで類似の関係を構築した。そのため、研究者の中にはこれを「セン淵体制」と呼ぶ者もいるという。つまり、宋の時代は、上記の引用文にあるような国内外における二項対立的な世界観が最も整然と確立された時代だと言えそうだ。

 以前の記事「『死の商人国家になりたいか(『世界』2016年6月号)』―変わらない大国と変わり続ける小国、他」でも書いたが、大国は簡単には自らを変えることができない。西洋から押し寄せる近代化の波に対して中国(清)と日本がどのように対応したかを見れば、大国と小国の違いがよく解る。小国である日本は、「和魂洋才」というキーワードで表されるように、日本人の伝統的な精神は残しつつも、西洋の技術の中で実用的なものは、国を問わずどんどんと吸収していった。さらに、日本の文化や日本人の気質に合うように、西洋の技術をカスタマイズした。

 これに対して、清がとったのは「附会」という技法である。これは、西洋の優れた部分は清と異なっているわけではなく、中国の古典の中に既に存在したものだとこじつけることである。
 そのさい主としてこじつけられた中国の古典は、「諸子」であった。諸子百家である。利益や武力、科学技術を尊重しない儒教は、必ずしも西洋とは合致しない。しかしながら、たとえば富強を重んじる思想は、法家の『管子』にある。また科学・技術でも、化学の理論は『墨子』に載っているし、キリスト教も墨子・墨家の説く兼愛と同じ。西洋の事物はこのように、はるか古代の中国に存在したものであって、それを知らないのは、古典に通暁すべき中華の知識人エリートとして恥ずかしい、という主張がとなえられたのである。
 イデオロギー・体制は君主独裁制から立憲共和政、三民主義からマルクス主義、計画経済から市場経済へ移り変わっていった。しかしその前提に必ず存在していたのは、「士」「庶」が隔絶し、上下が乖離した社会構成である。
 中国は現代になっても、社会構造は古代と全く変わっていない。国内に上記のような二項対立を抱えるだけでなく、香港・台湾とは一国二制度の関係を保ち、内モンゴル、ウイグル、チベットなど周辺民族とも対立関係を温存している。

 現在の共産党は、膨張政策や歴史外交を四方八方に展開することで、中国国民の心を引き留めることに必死である。また、圧倒的な経済力をバックに、香港や台湾を中国側に抱き込もうとする動きも見られる。さらに、これもまた圧倒的な軍事力を行使して、ウイグルやチベットなどを強引に制圧している。これらの動きを一言で言えば、中国は二項対立をなくして社会の一元化を図っているということになる。しかし、二項対立が一元化した時、そこに出現するのは全体主義である。そして、全体主義は国家を崩壊の危機にさらす(日本やドイツを見るとよい)。

 1930年代~40年代の中国は、対日総動員の一環として、「士」と「庶」の一元化を進めた。ところが、その結果、中国内には軍閥が乱立し、かえって内乱が拡大してしまった。中国は日中戦争に勝ったことになっているが、日本のポツダム宣言受諾がもっと遅く、内乱が長期化していれば、中国には国家を建国するほどの体力が残らなかったかもしれない。また、戦後の毛沢東は文化大革命によって「士」と「庶」の一元化を試みた。だが、その後に吹き荒れたのは粛清の嵐である。文化大革命の正確な犠牲者は解らない。公式発表では死者40万人となっているが、一説には4,000万人とも8,000万人とも言われる。いくら人口が10億人以上いるとしても、人口の1割弱を殺害するのは、自ら国家を死滅へと追いやるようなものである。

 現在の中国は文字通り、「1つの中国」を目指しているのかもしれない。しかしながら、その行為は大国の論理にそぐわない。むしろ、大国を破滅へと向かわせる危険性があることを歴史は示している。国内外で二項対立を抱えるというのは、政治としては何とも矛盾に満ちた非合理的なやり方であるが、大国が自らを保つにはそれが最も現実的なのである。

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