プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2016年11月07日

山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』―日本組織の強みが弱みに転ずる時(2/2)


日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)
山本 七平

角川グループパブリッシング 2004-03-10

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 前回の続き。本書は、小松真一の『虜人日記』に書かれていた「敗因21か条」をベースに、山本七平自身の体験も交えながら、太平洋戦争の敗因を分析したものである。

虜人日記 (ちくま学芸文庫)虜人日記 (ちくま学芸文庫)
小松 真一

筑摩書房 2004-11-11

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 太平洋戦争は東アジアを西欧の植民地支配から解放するための戦争だったと主張する右派は多い(こういう右派は、戦後にアメリカが名づけた太平洋戦争という名前ではなく、大東亜戦争という言葉を用いるのが常である)。しかし、山本七平は右派でありながら、自ら陸軍将校としてフィリピンの戦場に立っており、耳元を敵の弾丸が通り過ぎるような経験もしている。その山本は、日本軍のトップに明確なビジョンがなく、現場は十分に訓練されておらず、白が黒となるような無茶な命令が乱発されていたことを知っている。だから、山本の文章を読むと、日本がアジアのヒーローであったかのような右派の言説に加担するのは、私としてははばかられる。

 前回の記事「山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』―日本組織の強みが弱みに転ずる時(1/2)」では、日本社会・組織の理想的な姿を整理したつもりである。逆に言えば、その理想が崩れたから日本は戦争に負けた。その具体例を順に見ていく。
 一体、われわれが、最低とはいえ衣食住を保障され、労働から解放され、一切の組織からも義務からも解放され、だれからも命令されず、一つの集団を構成し、自ら秩序をつくって自治をやれ、といわれたら、どんな秩序をつくりあげるかの「実験」の場になっていたわけである―別にだれも、それを意図したわけではないが。

 一体それは、どんな秩序だったろう。結論を簡単にいえば、小松氏が記しているのと同じ秩序であり、要約すれば、一握りの暴力団に完全に支配され、全員がリンチを恐怖して、黙々とその指示に従うことによって成り立っている秩序であった。
 理想的な日本の理想社会は、天皇(厳密に言えば、さらにその上に神がいる)を頂点とするピラミッドであり、垂直方向と水平方向に細分化されている。それぞれの日本人や組織はピラミッドの一角を占めるにすぎず、上からの命令に従って行動する。時には上に向かって「下剋上」したり、下に対して「下問」したり、水平方向に協業したりするが、その行動範囲は極めて限定的である。こう書くと、日本社会は非常に息苦しく見える。しかし、逆にその制約を取り払うと、日本の場合は自由ではなく暴力性が出現してしまう。日本人にとって、自由とは西欧流の「権力からの自由」ではない。日本人が自由を発揮できるのは、権力構造に埋め込まれている時である。
 これらの事件(※現地のゲリラなどによる日本軍への反乱を指す)の背後には、現地における対日協力者への、あらゆる面における日本側の無責任が表われており、この問題の方が、私は、戦後の反日感情の原因になっているのではないか、とすら思われるからである。
 日本は多神教文化の社会であり、それぞれの日本人には異なる神が宿っている。人生とは、自らに宿る神の正体を知る旅であると言える。ところが、多神教文化の神は唯一絶対、完全無欠の一神教の神とは異なり、不完全な存在である。その不完全性を認めながらも、なおより完全に近い形で自らに宿る神を知覚するためには、自分とは異なる神を宿しているであろう他者との交流が欠かせない。この辺りについては、以前の記事「『関を越える(『致知』2016年6月号)』―日本人の「他者との相互学習」の方法について」などでも書いた。

 だから、日本人は元来は外向的であるはずだ。ところが、その外向性が急激に反転して、極度の人見知りに陥ることがある。おそらく、自分の弱さを他者に悟られたくないと思うからであろう。他者との交流を失うということは、学習の機会を失うことでもある。自分に宿る神の姿をまだ的確に把握できていないのに、もう十分解ったと思い込む。そして今度は、自分の弱さを隠すように、自分の考えが絶対に正しいのだと強がり、他者に自分の考えを押しつける。

 引用文の通り、日本軍は東アジアに進駐した際、現地住民の理解を怠った。アジアも基本的には多神教文化の地域である。多神教文化における望ましい振る舞いをせずに、日本はアジアの解放者だと叫ぶのは、全くもって独善的な態度である。山本は本書以外にも、日本がアジアを帝国主義から解放するという明確な理念を持っていたかどうかは疑わしいと書いている。
 その原因は、歴史的には、前記のような「模倣の対象」の違いに求めうるであろうが、根本的には、日本の「タテ社会」に基因する、陸海に共通する決定的な「タテ組織」にあったであろう。これは単に陸海の不協力だけではなく、陸軍内の空地・歩砲の協力すら行なわせないほど徹底していた。そのよい例がノモンハンである。
 理想的な日本社会においては、前述の通り、ある程度の制約はあるものの、上下左右に比較的自由に動くことができる。「タテ社会」と「ヨコ社会」がいい塩梅で交錯する社会と言ってもよい。だが、「タテ社会」と「ヨコ社会」ではどうやら前者の方が力が強いようであり、放っておくと「タテ社会」が勝る、現代風に言えばタコツボ化する、セクショナリズムがはびこるようである。

 前回の記事でも書いたが、明治時代の初期には、省庁を超えた人事異動が頻繁に行われていた。ところが、明治末期になって社会が成熟してくると、そのような人事異動は見られなくなった。また、経営合理化のために事業部制を導入したある中堅製造業では、ラインで何か問題が起きた時に他部署から社員がさっと集まって問題を解決するというそれまでの風土が失われ、かえって業績が悪化してしまったという例も紹介した。

 組織のタテ割り化を防ぐためには、一個人、一部門だけで完結する仕事、役割にはせず、必ず他の社員や部門と協業しなければ達成できないような目標を与えることが有効ではないかと考える。別の言い方をすれば、個人の職務定義書や部門のミッションステートメントに、いい意味での曖昧さを残すことである。これは、経営の合理化には完全に逆行する。欧米の組織では到底受け入れられないだろう。しかし、日本のよさを活かすためにはその方が得策である。
 ”当時”の人間は非科学的であったから、”芸”による超能力が存在しうると信じ、小銃・機関銃・手榴弾の存在する現在の戦闘において、その殺傷効力が1メートル余しかない日本刀を戦場で使い、その”芸”を活用して、バッタバッタの百人斬りをやって、刀も折れねば本人が負傷もしない、ということを信じ得たとしても、あるいは不思議でないかもしれぬ。これはいわば武”芸”絶対化の世界である。そして絶対化されれば現実には、日本刀にはこれだけの強度はなく、実戦の武器としては、大坂の陣で、宮本武蔵ですら、これを活用できなかったという事実は、無視されても致し方がない。そしてこれが極限までいけば、竹ヤリで原爆に対抗できるという発想になって当然である。
 上からの命令に従い、上の人間のお眼鏡にかなうような存在になろうと自己鍛錬を積むわけであるが、上からの命令を絶対視し、自己鍛錬そのものが目的化してしまうと、武”芸”の絶対化が起きる。通常であれば、上の人間は環境の変化に応じて命令の内容を変えていく。

 欧米であれば、「いつまでにこれを達成する。だから、このタスクを実行せよ」といった具合に、将来の目標をまず設定し、そこから逆算して行動計画を策定する。別の表現をすると、将来⇒現在という時間のとらえ方をする。目標が変われば命令もガラリと変わる。だから、下の人間も命令の変化に気づきやすい。ところが、日本人の時間は現在⇒将来へと流れる。つまり、現在から徐々に将来に向かって変化していくと考える。そのため、上の人間を注意深く観察していないと、変化に気づくことができない。もし、本ブログの読者の皆様の仕事内容がここ数年ほとんど変わっていないとすれば、知らず知らずのうちに武”芸”の絶対化に陥っている可能性がある。
 そしてさらにわからないのが、この西南戦争の原因である。それは、太平洋戦争の発端となった日華事変のように、原因不明、戦争目的不明、作戦計画不明、といわねばならない。
 山本は、西南戦争が失敗に終わった原因を分析し、後世の教訓としておけば、太平洋戦争のような失敗は起きなかったのではないかと記している。西南戦争も太平洋戦争も、目的が不明であり、従って作戦計画の立てようがなかった。「何事をやるにも目的をはっきりさせるべきだ」という手垢のついた表現でこの問題を片づけられるかと言うと、そうはいかない難しい事情がある。

 日本社会は天皇を頂点とするピラミッド構造である。下の階層は上の階層の命令に従って動く。では、頂点に立つ天皇は誰の命令を聞いているのだろうか?実は、ピラミッド構造を厳密に描写すると、天皇の上にはさらに神々がおり、神々もまた多層化している。その神々の層を上へとたどっていけば、究極的な命令を出す神に突き当たるはずである。西欧は、一神教と多神教という違いはあれど、同じような理屈で絶対的な神の存在を証明してきた。ところが、日本の場合は、究極的な神を想定していない。そんなことを考えること自体が野暮である。何となく、どこからか命令が下されて、それが巨大なピラミッドの下層へと徐々に浸透していくのが日本である。

 この話から得られる教訓は、「日本は何か大きな目的を世界で果たそうと野心を抱いてはいけない」ということである。日本人には、そのような内発的な目的を設定する適性がない。外部環境の変化に応じて、漸次的に姿を変えていく。これしか日本人が生き延びる道はない。だから、間違っても戦争を起こそうとしてはいけないし、グローバル経済でリーダーシップを発揮するとか、世界市場を牽引するイノベーションを連発することを目指すのは無理と言わざるを得ない。

 最後に、小松と山本が日本の目指すべき道を述べている箇所を引用する。
 確かにこれ(※国際主義)以外に生きる道はあるまい。しかしこの言葉は、「みんな仲よく、お手つないで」式の、うわついた国際主義ではない。(※小松)氏は「国際主義的な高度」の文化・道徳の保持を考え、それを「大東亜戦によって得た唯一の収穫」と考えておられるが、同時にその基盤となるべき日本の自立は、日本という独特な位置・風土・伝統に基づく発想、いわば本当の「思想」に基づくものでなければいずれは破綻し、いわゆる国際性も成り立たないことを、知っておられた。氏は、「再軍備論者」の考えを、その考えが出てくる10年も20年も前にはっきりと否定し、また最近になってはじめて問題とされている食糧問題、水の問題、農業問題等にも、目を向けている。


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