プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

※2019年にWordpressに移行しました。
>>>シャイン経営研究所(中小企業診断士・谷藤友彦)

Next:
next 【森・濱田松本法律事務所】インド合弁パートナー間の紛争/合弁契約上の権利行使―合弁当事者間の仲裁事例を踏まえて(セミナーメモ書き)
Prev:
prev 【ドラッカー書評(再)】『企業とは何か―その社会的な使命』―GMの分権化の特徴、他
2016年12月01日

アメリカの「二項対立」的発想に関する整理(試論)


米中関係

 本ブログでは、大国、特にアメリカ、ドイツ、ロシア、中国は二項対立的な発想をすると何度か書いてきた。今回の記事では、アメリカの二項対立について、少し掘り下げてみたいと思う。

 どうやらアメリカという国は、二項対立によって常に敵と味方を作っておかないと気が済まない国のようである。それは、対立によって様々なお金が動き、経済成長につながることを知っているからである(その究極形が戦争である)。アメリカの二項対立にはいくつかパターンがある。1つ目は、他の大国と正面から対立するというものである。アメリカとロシアは冷戦を戦ったし、現在は中国と新しい関係に突入しようとしている。大国同士が対立する場合は、次のような形をとる。冒頭で触れた通り、アメリカに限らず、他の3つの大国も二項対立的な発想をする。大国は国外で対立を扇動すると同時に、国内においても二項対立を発生させる。

 アメリカと中国の関係を見てみると、アメリカ国内には反中派と親中派がいる。同様に、中国にも反米派と親米派がいる。米中対立は、表面的には反中派と反米派の対立である。ところが、我々の目につかないところで、アメリカの親中派が中国を支援している。これによって、中国国内では反米派と親米派の対立が大きくなり、そのエネルギーが今度はアメリカへと向かってくる。つまり、アメリカの親中派が中国を支援することで、米中間の対立を大きくすることができる。

 マイケル・ピルズベリーの『China 2049』によると、これまで中国は、自分が弱い国であるかのように見せかけて、アメリカの親中派からありとあらゆる支援を獲得してきた。しかしそれは、中国が共産党設立100周年にあたる2049年に世界の覇権を握るという目標を達成するためであったという。ピルズベリーは、中国の意図を知らずに自ら親中派を名乗って中国をサポートしたことを後悔しているかのように書いていたが、本当のところはアメリカの思惑通り中国が強くなって自分に刃向うようになってくれたことを内心喜んでいるのではないかとさえ感じる。

 中国についても、国内の親米派がアメリカを裏で支援していると思われる。それによってアメリカ国内の対立を先鋭化させ、ひいては米中の緊張をさらに高めようとしている可能性がある。これはあくまでも仮説であるから、今後の検証が必要である。また、米ソ冷戦についても、単にアメリカとソ連が対立したという関係ではなく、アメリカの親ソ派がソ連を、ソ連の親米派がアメリカを秘密裏に支援したのではという仮説が成り立つ。この点もこれから追求しなければならない。

 アメリカとドイツの関係はどうであろうか?アメリカとドイツは第2次世界大戦で戦った。経営学者であるピーター・ドラッカーは、『産業人の未来』の中で、第2次世界大戦はアメリカの自由をドイツのファシズムから守るための戦いだと述べたが、どうやら米独の関係はそんなに簡単なものではなかったようだ。かつてドイツには、IGファーベンという、ドイツ化学製薬関連企業のカルテルが存在した。ナチス政権が誕生すると、爆薬や合成ガソリンを100%製造する工場となった。さらには、強制収容所で新薬を用いた人体実験を行った。強制収容所では毒ガスが用いられたという話をよく聞くが、この毒ガスの特許はIGファーベンのものだった。

 そして、このIGファーベンに多額の資金援助を行っていたのが、アメリカのロックフェラー財閥であった。ロックフェラー財閥は、ロスチャイルド財閥のモルガングループの協力を得て、IGファーベンの最大の資金供給者となった。さらに、IGファーベンとロックフェラー財閥傘下のスタンダード・オイルは、お互いの株式を持ち合っていた。結局のところアメリカは、戦争でアメリカが勝とうとドイツが勝とうと、必ず自分が儲かるようなスキームを作っていたわけである。

 対立している双方の国に賭けることで、どちらが勝ってもアメリカが得をするようなモデルにするというのが、アメリカの二項対立の2つ目のパターンである。これは、アメリカが世界中で小国同士の対立を創造することによって達成される。このやり方は、かつてのフランスの植民地支配を模倣しているのかもしれない。フランスの植民地経営の特徴は、その植民地における部族・民族間の対立を利用することであった。フランスは、敢えて部族・民族の間を断ち切るような政策をとった。この一見リスキーな方法により、フランスは、対立する双方の部族・民族から庇護を求められるようになり、宗主国としての権威を高めることに成功した。

 あるいは、イギリスの三枚舌外交を真似しているのかもしれない。イギリスはフサイン=マクマホン協定(1915年)によって、オスマン帝国の支配下にあったアラブ地域の独立と、アラブ人のパレスチナでの居住を認めた。一方で、サイクス・ピコ協定(1916年)により、第1次世界大戦後のオスマン帝国をイギリス、フランス、ロシアの間で分割する秘密協定を結んだ。さらに、バルフォア宣言(1917年)では、パレスチナにおけるユダヤ人の居住地の建設に賛意を示した。これにより、中東ではアラブ人とユダヤ人が対立するようになり、現在でも混乱は続いている。

 アメリカは、イスラエルにとって最大の支援者である。ところがその一方で、アメリカは中東の盟主であるサウジアラビアを重視している。つまり、ユダヤ人とアラブ人の双方に賭けている。同じことは、イスラエルとエジプトとの関係についても言える。アメリカはエジプトに対し、表面的には「イスラエルに手を出すな」と警告するものの、本当はエジプトがほどよくイスラエルを刺激してくれることを望んでいるはずである(イスラエルからエジプトに対しても同様のことが言える)。

 アメリカにとっての敵がいない時にはどうするか?アメリカは、自分の味方を過度に支援することで、アメリカからの過剰な支援に反発する反対派を作り出すという高度なテクニックを用いる。これが3つ目のパターンである。アメリカは、1970年代からイランのパーレビ体制を支えてペルシャ湾の秩序を維持していた。ところが、1979年にホメイニ師が率いるイスラム原理主義革命によってパーレビ体制は崩壊した。そこでアメリカは、隣国イラクのサダム・フセインを支持して、1980年9月から8年間にわたるイラン・イラク戦争に側面強力した。だが、1990年には増長したサダム・フセインがクウェートに侵攻して湾岸戦争に至り、ついには自らが育てたモンスターというべきサダムを処断することになったという展開が、9.11後のイラク戦争であった。

 ソ連が1979年にアフガニスタンンに侵攻した際、アメリカはこれに対抗するために、神の戦士を養成して戦わせる戦略を立てた。隣国のパキスタンはアメリカと密接な関係を持っていたため、パキスタンとアメリカが協力してイスラーム神学校(マドラサ)で学んでいた血気盛んな若者たちを神の戦士に仕立て上げた。これがタリバンの原型である。ソ連が撤退した後、1990年代後半に入ると、アフガニスタンでは軍閥系の私兵が戦利品の略奪から始まって、民衆からの略奪、強姦、殺人など、暴虐の限りを尽くした。そこで、タリバンは、厳格なイスラーム法による統治を浸透させることで、アフガニスタンに秩序を取り戻すことを目論見た。

 しかし、タリバンと言っても、たかだか神学校を出た若者たちが中心である。現地には、彼らよりも知識に長けたイスラーム法学者がたくさんいた。出来のよいタリバンが行った村ではまっとうな統治ができたが、多くの村にはイスラーム法学に未熟な出来の悪いタリバンが赴いて、生半可な知識で、つまりしばしばイスラーム法から逸脱した処罰などを実施してしまった。これが、ブッシュ政権から「タリバンの冷酷と暴虐の支配」だと目の敵にされたわけである。そのタリバンからアルカーイダやウサーマ・ビン・ラーディンが生まれ、9.11が起きたことは周知の事実である。

 最近、アメリカはISとの戦いを進めている。だが、元をたどると、原因の一部は、アメリカがサウジアラビアに輸出した武器にあると言われる。サウジアラビアへ輸出した武器は、同国内のイスラム原理主義組織の手に渡り、それがシリアに流れてISを助長させたというわけである。アメリカはおそらくその事実を知っていたに違いない。ところが、アメリカはサウジアラビアへの武器輸出を止めなかった。アメリカに立ち向かう勢力が生まれてくれれば、軍需産業が潤い、それがアメリカ全体の経済成長をもたらすという、軍産複合体らしい発想が見え隠れする。

  • ライブドアブログ
©2012-2017 free to write WHATEVER I like