プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2016年12月12日

『混迷するアメリカ―大統領選の深層(『世界』2016年12月号)』―天皇のご公務が増えたのは我々国民の統合が足りないから、他


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 (1)
 地球上の化石燃料や鉱物資源、水、森林、土地などの自然資源は枯渇に向かっている。その一方で経済成長を先進国と競う新興国が資源争奪戦に登場してきた。希少化する資源の争奪は今後さらに加速するであろう。だとすればどうなるか。各国が武力を用いて奪い合うか、自然資源を生活の糧として慎ましく暮らしてきた途上国の人々から奪うしかない。
(谷川博史「南スーダンPKOの本質と自衛隊新任務」)
 20世紀は帝国主義の時代であったが、冷戦を経て現代は再び帝国主義に舞い戻っているのではないかと思うことがある。ロシアはクリミアを武力で編入したし、中国は南シナ海を軍事力で制圧しようとしている。そして、引用文にあるように、限られた地球資源をめぐって各国が争奪戦を繰り広げている。これは、帝国主義国が植民地から搾取したのと全く同じである。
 1944年、第2次世界大戦の帰趨が分かった時点で、連合国の経済担当者がブレトンウッズに集まり、二度と通貨切り下げ競争や保護主義的な貿易によって戦争を導かないための国際経済管理のシステムを考えた。
(首藤信彦「TPPはどこへ向かうか?―メガ協定の挫折と今後の方向性」)
 裏を返せば、第2次世界大戦の要因の一部は、各国の通貨切り下げ競争と、ブロック経済に見られるような保護主義政策にあった。そして現在、先進国はこぞって自国の通貨を切り下げており、またTPPのようなメガ協定を成立させようとしている。TPPは一種の関税同盟である。ということは、先の帝国主義と合わせて、我々は再び、第2次世界大戦へと向かった道を歩もうとしているのではないだろうか?ただ、幸いなことに(?)、アメリカではTPP反対派のトランプ氏が次期大統領となった。これにより、TTIPやRCEPにも歯止めがかかり、世界で広域関税同盟が成立する見込みが低くなる。この点で、世界大戦のリスクが1つ減ったと言えるのかもしれない。

 (2)那覇市から約100kmの東村高江には、現在ヘリパット(ヘリコプター着陸帯)が建設されている。現場では、建設に反対する住民が抵抗を続けている(「土人発言」問題もあった)。
 街宣車のやり取りは新聞やテレビ報道の他、抗議市民が撮影した映像が広くネットで出回り、機動隊の対応が「暴力的」として注目を集めた。この映像の衝撃が、県内外から多くの支援者、とりわけこれまで基地問題に関心がなかったと思われる若い世代を7月22日以降、高江に呼び寄せることになった。
(宮城久緒「高江で何が起きているか―市民の抵抗を押し潰す安倍政権と機動隊」)
 私は現地に行ったことはないが、この文章はかなりの確率で誤りだと思っている。高江にはそれほど若者は駆けつけていない。昨年、安保法制に反対する左派は、若者の政治団体SEALDsを利用して、大規模な反対運動を繰り広げた。左派はあたかも、今まで政治に関心がなかった若者が大勢参加したかのように報じた。しかし、実際にSEALDsの活動を支えていたのは、60年代の安保闘争を学生時代に経験した高齢者である。若者は安保法制に反対していなかった。

 その証拠に、選挙権年齢が18歳に引き下げられてから初めて行われた今年7月の参議院選挙を見ると、18~19歳の比例代表の投票先は、自民党が40.0%で、全世代の38.2%に比べ高かった。一方、民進党は19.2%で全世代の20.4%より低く、10代の多くは安倍政権を評価したと言える。若者を使って自分たちの活動があたかも正義に燃えたピュアなものであるかのように装う左派の手法には正直辟易している。左派もおそらく自らの手法の限界に気づいているようで、同じ記事の中では正直に次のように告白しており、論理矛盾が見られる。
 ネット上では「過激派集団」と指摘されることもあるが、実際に現場で目にするのは県内外のおじーやおばーたちが大半だ。(同上)
 (3)以前の記事「『天皇陛下「譲位の御意向」に思う/憲法改正の秋、他(『正論』2016年9月号)』―日本の安保法制は穴だらけ、他」では、天皇の「お気持ち」を尊重する反面、「『「3分の2」後の政治課題/EUとユーロの行方―イギリス・ショックのあとで(『世界』2016年9月号)』―前原誠司氏はセンターライトと社会民主主義で混乱している、他」では、「憲法に定められているのは国事行為のみであり、それ以外の公務は天皇が勝手に増やしたものだから、それが負担になるのであれば減らせばよい」という左派の主張にやや感情的に噛みついてしまった。

 高橋和之「天皇の「お気持ち」表明に思う―「象徴的行為」論への困惑」によると、通説では、天皇の地位を「機関としての地位」と「象徴としての地位」の2つに分けるという。そして、前者に基づくのが憲法に定められている国事行為であり、後者に基づくのが「象徴としての行為」=公的行為であると整理する。いずれの行為も内閣の統制下に置かれており、天皇に責任が及ばないようになっている(ただし、内閣による政治利用のリスクはある)。

 これに対して、高橋氏は、天皇の行為には国事行為と非国事行為の2つがあるという、通説とはやや異なる整理をしている。通説が言うところの象徴としての行為の大半は、憲法第7条10項に定められている「儀式を行ふこと」に含めることができる、つまり国事行為と見なすことができる一方、地方行幸や被災地訪問などは単なる私的行為にすぎず、非国事行為に入れることはできないと指摘する。さらに高橋氏の見解が通説と異なるのは、非国事行為については、天皇が自らの責任において判断すべきだと主張している点である。

 ここからは法学部で憲法を勉強したのに、その影響は見る影もない一介のブロガーの私見である。憲法第1条は、「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であると定めている。では、天皇が象徴する「日本国」や「日本国民統合」とは一体何を指しているのであろうか?私なりに整理すると、以下の5点に集約される。

 ①歴史や伝統を重んじること。過去の遺産を引き継ぎ、生きている間に価値を加えて、よりよい形で次世代に引き継ぐこと。
 ②日本は天然資源に乏しい国である。そこで、限られた天然資源を有効に活用すること。
 ③一方で、日本人の能力は多様であり、様々な可能性があると信じること。学習によって個々の能力を伸ばし、適材適所を実現すること。
 ④集団・共同体・和を重んじ、仁の精神を実践すること。平時の際も危機の際も他者を助け、他者に奉仕し、秩序を守ること。
 ⑤③で日本人の能力の可能性を信じると書いたが、日本は西欧のように飛び抜けた天才に恵まれた国ではない。そこで、他国のよいところを積極的に取り入れることで能力を補うこと。その代わりに、他国に対する恩返しを忘れないこと。

 天皇は日本社会のトップであるから、経営学的発想に従えば、トップが①~⑤を率先垂範することで、国民に日本を体現せしめるのが理想である。しかし、憲法の規定はそうなっていない。
 国民統合は天皇により形成されるのではない。日本国憲法において国民統合を行うのは、天皇以外の政治権力の現実の担い手である。その政治作用により実現された国民統合を天皇が「象徴」するというのが、日本国憲法の採用した定式なのである。ここでは天皇は、政治により実現された統合を象徴するだけで、統合を形成する中心の立場にはない。
 本ブログでも何度か示したが、日本社会は、大雑把に書くと「(神?⇒)天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/NPO⇒学校⇒家族⇒個人」という階層社会になっている。前述の①~⑤については、天皇が直接下の階層に命令するのではなく、あくまでも象徴として影響力(それも政治的影響力ととらえられない程度に)を発揮するにとどまる。例えば、天皇が被災地を訪問するのは、④を態度で示すためであり、戦地を慰問するのは、⑤に対する反省を示すためである。実際に①~⑤を具現化していくのは、立法府以下の階層の定めである。

 ここで、天皇のご公務が増えてしまったことの意味を考えてみたい。それは、天皇が象徴としての役割を果たさなければならない場面が増えたことを意味する。つまり、逆に言えば、我々国民が、日本国あるいは日本国民統合を体現できていないということである。我々日本人が日本人としてのアイデンティティを軽視して空中分解しかかっているために、天皇が高齢の身体に無理をさせて、象徴としての影響力を発信し、求心力を保とうとしているのである。だから、我々国民は「天皇にゆっくり休んでいただきたい」などと半ば上から目線で心配するのではなく、天皇をそこまで追い込んでしまった己の努力の足りなさを反省すべきである。

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