プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2017年01月06日

『未来を予測する技術(DHBR2017年1月号)』―予測が困難なのにデータ重視のアメリカ、予測が容易なのにデータ軽視の日本、他


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 01 月号 [雑誌] (未来を予測する技術)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 01 月号 [雑誌] (未来を予測する技術)

ダイヤモンド社 2016-12-10

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 (1)
 考えられる道のひとつとしては、富裕層のお客様にフォーカスするということです。消費の落ち込みによって小売業界そのものは厳しい状況ですが、富裕層のお客様からは、モノからコトのニーズにシフトしたさまざまなご要望が寄せられることから、活発な需要があるこの層をメインターゲットとする小売業の形はどのようなものか。そう考えると、いまのような「場所」はほとんど必要なくなるかもしれません。形態が変わった「拠点」としての百貨店が残っていくと思っています。
(大西洋「【インタビュー】「攻め」の姿勢で未来を模索する 10年先を考えて、やるべきことをやる」)
製品・サービスの4分類(修正)

製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 (※上図の説明については以前の記事「森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』―私のアメリカ企業戦略論は反知性主義で大体説明がついた、他」や、ブログ別館の記事「『プラットフォームの覇者は誰か(DHBR2016年10月号)』」などを参照)

 最近、百貨店の経営コンサルティングをしているという中小企業診断士の方とお話しする機会があった。百貨店はGMSと並んで現在最も苦しい小売業態だと言われているが、その方がおっしゃるには、百貨店が苦境に陥っているのは、地方や郊外に手を広げすぎたためだという。つまり、中間層の需要をターゲットにしたのがよくなかった。本来、百貨店が強いのは富裕層市場である。百貨店の縮小は、百貨店の本来機能への回帰ととらえなければならない。

 これを私が頻繁に用いている上図を用いて説明すると次のようになる。百貨店は、富裕層向けに左上の象限に該当する製品・サービスを提供していた。左上の象限に該当するのは、富裕層が生活のためではなく、享楽のために使用・消費する製品・サービスである。ところが、いつの頃からか経営拡大を目指して左下の象限=生活必需品に手を出すようになった。左下の象限には食品スーパーやGMS、ディスカウントストア、コンビニなどが存在しているが、百貨店は彼らとの競争を通じて強みを構築することができなかった。その上、本来の強みである左上の象限もおざなりになり、総合的に百貨店の体力が落ちてしまった。これが私の見立てである。

 だから、百貨店がもう一度原点である富裕層市場にフォーカスするというのは、妥当な選択肢だと思う。それに、百貨店が富裕層市場に集中すると、百貨店だけでなく、小売業界全体にとってプラスが生まれる。というのも、左下の象限に該当する生活必需品はしばしば、左上の象限から発生するからだ。つまり、富裕層が享楽のために使用・消費している製品・サービスを中間層が見て、「私もあんなものがほしい」と、富裕層への憧れを抱く。その憧れが中間層全体に強く広まると、その製品・サービスは左上の象限から左下の象限へと移行してくる。そうすれば、小売業界全体が盛り上がるようになる。百貨店が量的な成長を追うことはもう難しいかもしれない。しかし、百貨店は常に消費の先頭に立ち、明日の必需品を創る重要な位置にいる。

 (2)
未来を予測する技術

 本号で紹介されていた「未来を予測する技術」を無理やり図にすると上のようになる。まず、左下の<象限①>は、反復性が高い事象であり、結果の予測可能性も高いという象限である。健康リスクと生命保険料の関係、返済余力と融資可能額の関係などはこの象限に該当する。<象限①>においては、変数と結果の関係をアルゴリズムを用いて「モデル化」することが可能である。次に、右下の<象限②>は、反復性が低い事象であるが結果の予測可能性は高いという象限である。しかし、反復性が低いということはデータの数がそれだけ少ないわけだから、予測可能性を高めることは困難である。よって、<象限②>に該当する手法は存在しないと考える。

 左上の<象限③>は、反復可能性は高い事象だが結果の予測可能性は低いという象限である。コンビニで明日何が売れるのか、野球においてどうすればこの場面でこの打者を抑えられるのか、などといったことはこの象限に該当する。反復可能性が高くデータが大量に入手できるため、一定のモデル化は可能である。しかし、あるパラメータが予測通りに結果に影響しなかったり、あるいは全く予想していなかったパラメータが現れて結果に影響したりする。そのため、最後は予測する本人の経験と直観が精度を左右する。
 企業が焦点を当てるべきスイートスポットとは、データやロジック、分析を活用できると同時に、経験を踏まえた判断や綿密な問いかけも重要な役割を果たす事柄の予測である。臨床試験中の新薬の商業化を予測するには、科学的な専門知識だけでなくビジネス上の判断も必要だ。買収候補先の評価者は正規のスコアリングモデルを活用するが、企業文化の適合性や経営幹部同士の相性、見込まれる相乗効果が実現する可能性といった漠然とした要素も評価しなければならない。
(ポール・J・H・シューメーカー、フィリップ・E・テトロック「不確実な時代における競争優位の源泉 超予測力:未来が見える組織」)
 右上の<象限④>は、事象の反復可能性も低く、予測も困難であるという領域である。次にヒットする新製品を予測するというのはその代表例である。前述のポール・J・H・シューメーカーとフィリップ・E・テトロックがこの象限を捨ててもよいと述べる一方で、「計画的な日和見主義」によってこの象限に対応できるという論者もいる。
 この(※計画的日和見主義という)概念は、未来は予測不能であり、非線形の変化や偶然の出来事によって形づくられると認識するところから始まる。これが「日和見主義」の部分だ。そして、リーダーとしてどう対応するかが「計画的」な部分である。計画的な日和見主義は弱いシグナルに敏感でなくてはならない。弱いシグナルとは、購買層、技術、顧客の好みやニーズ、経済面、環境面、規制面、政治面の影響力で重要な変化が想定される新たな傾向を示した早期の兆候を指す。弱いシグナルに注意を払うことで新しい展望や非線形思考が生まれ、妥当と思われる未来をあれこれと想像し計画を立てるのに役立つ。
(ビジャイ・ゴビンダラジャン「弱いシグナルから非線形変化をつかむ 「計画的な日和見主義」のすすめ」)
 (1)で示した図で言うと、アメリカは左上の象限に強い。この象限はまさに反復可能性も低く、予測が困難な領域である(<象限④>)。ところが、アメリカはこの象限にデータ分析を持ち込もうとする。例えば、どういう映画がヒットするかを真面目にモデル化する。そして、映画がヒットするかどうかは、台本の内容や配役によってではなく、単に映画のタイトルで決まるという結論を得たりする(イアン・エアーズ『その数学が戦略を決める』〔文藝春秋、2007年〕より)。

その数学が戦略を決めるその数学が戦略を決める
イアン・エアーズ 山形 浩生

文藝春秋 2007-11-29

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 アメリカ企業は、自社が「これこそ世界が求めるイノベーションだ」と強く信じる新製品・サービスを全世界に普及させる段階でもデータを活用する。アメリカのマーケティングは、世界を単一市場と見なして、単一の製品・サービスを提供するマス・マーケティングである。その過程で、まだ自社のイノベーションを受け入れていない顧客層は誰か、彼らが自社のイノベーションを受け入れるためにはどのようなプロモーションを実施すればよいかなどをめぐり、詳細なデータ分析を行う。これは、イギリスが植民地支配に際して、イギリスが正義と考える自由、平等、人権、民主主義などを根づかせるために植民地の情報を緻密に収集・分析したことの名残であろう。

 (1)の左上の象限では、何がヒットするのかを事前に予測することが困難である。そのため、イノベーターは次々とイノベーションを市場に投入して成功確率を高めるしかない。イノベーターの中からは、自分がお金を払ってでもいいから、自分のイノベーションを世界に広めたいと願う人が出てくる。ここで、そのようなイノベーターを束ねるプラットフォーム企業が登場する。Google PlayやApp Storeは非常に解りやすい例である。アプリ開発者は、GoogleやAppleにお金を払ってでも、自分の開発した革新的なアプリを世界中の人に使ってもらいたいと思っている。通常、GoogleやAppleから見てアプリ開発者は仕入先に該当するから、両社がアプリ開発者にお金を支払わなければならない。ところが、プラットフォーム企業はお金の流れを逆転させている。

 プラットフォーム企業は、自らのプラットフォームの価値を高めるためにデータ分析を行う。消費者は、他人と同じものを使いたいという欲求と、自分だけのオリジナルのものを使いたいという相反する欲求を持っている。プラットフォーム企業はこの両方のニーズにデータ分析で応える。他人と同じものを使いたいという欲求に対しては、ランキングを作成して人気の高い製品・サービスの購入を促す。一方、自分だけのオリジナルのものを使いたいという欲求に対しては、プラットフォームに登録された膨大な製品・サービスの中からレコメンデーション機能を活用して、その人の好みに合わせたものを勧める。こうして、消費者を完全にプラットフォームの虜にする。

 ここまではアメリカの話であったが、日本は(1)の図で言うと右下の象限に強い。この象限の製品・サービスは生活必需品であるから、反復購入される可能性が高く、顧客ニーズも予想しやすい。よって、<象限③>に該当する。前述の通り、<象限③>はデータ分析と経験を組み合わせることで予測の精度を上げることができる。ところが、日本企業はあまりデータを活用しないように感じる。売上高や利益と因果関係の深い要因を追究して、その要因に資源を集中投入するということをやらない。むしろ、「会社として善いこと」、さらには「人として善いこと」を重ねれば、自ずとよい結果が得られると信じている。1つ1つの行為は小さくても、それが何百、何千と積もれば、成功の確率は上がると考える。日本企業が5Sを重視するのはその典型であろう。

 不思議なことに、<象限④>で戦うアメリカ企業がデータを重視し、<象限③>で戦う日本企業がデータを軽視するという、パラドキシカルな現象が起きているのである。

 (3)
 数多くの(※歌謡曲の)リクエストに答えて、仲よくなった後で、初めてオリジナル曲を披露します。ずっと苦しかったけれど、頑張れば最後にはいことがあるという内容のオリジナル曲を披露すると、お客さんが想像した私の境遇と曲のイメージが重なります。お客さんはそこでノックアウトです(笑)。オリジナル曲を聴いて、あふれる共感を形にしなければ収まりがつかなくなったお客さんは、投げ銭という形で対価をくださいます。少なくとも1,000円、多い人では1万円という金額をいただきました。そのおかげで、生活は劇的に改善されました。
(前田裕二「誰もがチャンスを得らえれる社会をつくる」)
 1987年生まれの前田裕二氏はSHOWROOMの代表取締役社長である。SHOWROOMは、歌やダンスなどで身を立てたい演者がバーチャルライブ空間でパフォーマンスを配信し、それをユーザーがリアルタイムで視聴できるライブ配信プラットフォームである。前田氏は小学生の頃からお金を稼ぐことを考えており、その手段の1つとして選んだのが「ギターの弾き語り」であった。当初は北千住で弾き語りをしていたが、港区白金に場所を変え、引用文にあるように皆が知っている歌謡曲を歌い始めると、投げ銭が増え出したという。

 私より若い人が頑張っているところに冷や水を浴びせるのもよくないと思うのだが、この話はかなりグレーだと思う。というのも、投げ銭がオリジナル曲に対する対価なのか、歌謡曲を含む一連のパフォーマンスに対する対価なのか、という問題が生じるからだ。前者であれば問題ないものの、後者であれば著作権法に違反する。有名歌手の曲を勝手にカバーして金銭を得ると、JASRACが黙っていない。友人のミュージシャンから聞いた話によれば、ライブハウスで出演者が観衆から対価を得た上でカバー曲を披露すると、JASRACから目をつけられる。JASRACは出演者だけでなく、ライブハウスの経営者に対しても楽曲の使用料を請求する。時にその金額が何百万円に上るため、倒産するライブハウスも少なくないという。
 演者がファンを増やすために必要なことは、配信の回数やコメントでの交流を増やすなど、基本的には努力すればできることばかりです。エンターテインメントを生業としたい人たちに、みずからの才能、そして努力を対価にして生計を立てられる場を提供する、そんなプラットフォームを目指しています。(同上)
 前田氏のビジネスは、(1)で示した図で言うと左上の象限に該当する。左上の象限は、(2)でも述べた通り、必需品ではないがゆえに市場規模が読めず、何がヒットするのか予測することが極めて難しいという点に特徴がある。だから、左上の象限で戦うプレイヤーは、次から次へと製品・サービスを投入して、市場の反応を見るしかない。つまり、努力で何とかなる象限ではない。左上の象限に強いアメリカがベンチャー企業の輩出に躍起になっているのは、こういう背景があるからだ。アメリカはベンチャー企業を何千、何万と立ち上げて、99%が失敗しても残り1%が大成功すれば十分に投資を回収できると考えている。

 努力で何とかなるのは、左下や右下の象限である。これらの象限の製品・サービスは生活必需品であるから、市場規模の予測も容易であり、顧客ニーズも把握しやすい。左上の象限ではイノベーターによるリーダーシップが必要である一方で、左下や右下の象限で必要なのはマーケターによるマネジメントである。とりわけ、日本は右下の象限に強い。この世界は、努力すれば成果がある程度ついてくる。それに対して、前田氏は日本らしい努力観を左上の象限に適用しようとしていると言える。その結果が果たしてどうなるのか、しばらくウォッチしてみたいと思う。

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