プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2017年01月23日

【現代アメリカ企業戦略論(3)】アメリカのイノベーションの過程と特徴


アメリカ

 前回の記事「【現代アメリカ企業戦略論(2)】アメリカによる啓蒙主義の修正とイノベーション」の続き。アメリカ企業は下図の<象限③>=必需品でなく、かつ製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが小さいものに強いと書いた。必需品ではないがゆえに、アメリカ企業は常に需要を創造しなければならない。これはイノベーションの働きそのものである。今回はアメリカ企業がどのようにイノベーションを起こすのかについて見ていきたいと思う。

製品・サービスの4分類(修正)

製品・サービスの4分類(修正)

 <象限③>においては、まだ顧客のニーズが顕在化していないため、伝統的な市場調査が役に立たない。そこで、リーダーたるイノベーターは、自分自身を第一の顧客とする。「自分はこういう製品・サービスがほしい。自分がこの製品・サービスをこれだけ心の底からほしがっているのだから、世界中の人々も同じようにこの製品・サービスを欲するはずだ」と強く信じる。そして、そのイノベーションを世界中に普及させることを、唯一絶対の神と「契約」する。その契約を誠実に履行することを、アメリカ人は「自己実現」と呼ぶ。ただし、前回の記事でも書いた通り、その契約が本当に正しいかどうかを知っているのは、神だけである。よって、正しい契約を結んだごく一部のイノベーターだけが大成功を収め、その背後には無数の屍が累積する。

 リーダーは、契約=未来の目標を達成するために、今何をすべきかという順番でアクションを検討する。つまりここでは、時間が未来⇒現在へとバックキャスティング的に流れ、現在と未来が強い因果関係で結ばれる。これはアメリカ人の大きな特徴の1つである。逆に、日本人はバックキャスティング的な発想が苦手である。日本人の中では、時間は現在⇒未来へと流れる。現在において、望ましい行動を1つ1つコツコツと積み重ねていけば、自ずと望ましい未来に到達すると信じる。現在と未来の因果関係は、アメリカ人の場合に比べるとはるかに弱い。

 <象限③>は市場規模も顧客ニーズも予測が困難である。一人で同じ製品・サービスをいくつも購入する顧客がいたりする。日本の例になるが、AKB48との握手会に参加したいがために、同じCDを1人で何十枚も購入するコアなファンがいる。こういう人がいると、市場規模の予測は難しくなる。予測困難な状況で成功の確率を上げるには、とにかく次から次へと新しいイノベーション(製品・サービス)を市場に投入して、市場の反応を見るしかない。しかも、<象限③>の製品・サービスは全方位的な競争となる。例えば、金曜日の夜にお金が余っていたら、映画を見に行くか、アーティストのコンサートに参加するか、家でバラエティのDVDを見るか、漫画を大人買いして家で読むかという選択をするだろう。これらの製品・サービスは全て競合関係にあたる。

 <象限③>では、どういうイノベーションが成功するのか、その定石を見定めるのに苦労する。ただ、いくつか基本となるポイントがあるように思える。1つ目は、繰り返しになるが、イノベーターの「好き」という思いを新製品・サービスに余すところなく反映させることである。イノベーションを勧める人がそのイノベーションを気に入っていなかったら、他の人はそのイノベーションを購入しようとは思わない。2つ目は、顧客に敢えて不自由、非効率を味わわせることである。ディズニーランドではアトラクションに乗るのに何時間も待たされる。それでも、長く待つがゆえに楽しみが倍増するという側面がある。音楽も記憶に残るのはたいていの場合サビだけだが、サビだけでは音楽として成立しない。Aメロ、Bメロがあってこそのサビである。

 3つ目は、1つ目とも関連するが、顧客価値にほとんど貢献しない箇所で、イノベーターが異常なこだわりをイノベーションに組み込むことである。Appleのスティーブ・ジョブズがコンピュータの裏側の配線の美しさにこだわったのは有名な話である。また、日本の例になるが、私が好きな「水曜どうでしょう」という北海道のローカルバラエティ番組では、藤村忠寿ディレクターが字幕のつけ方に異常なこだわりを持っている。通常の番組であれば、2~3行の字幕スーパーを一度に表示させるのだが、水曜どうでしょうの場合は1行ずつ縦書きで丁寧に字幕を表示させる。

 イノベーションは誰も見たことがなく、聞いたことがないものであるため、必ず賛否両論が巻き起こる。ここに、イノベーションをめぐる二項対立が発生する。イノベーションに多くの人が賛同する一方で、そのイノベーションに強い嫌悪感を示す人も多数現れる。だが、イノベーションにとっては、二項対立が生じた方が都合がよい。というのも、敵から攻撃されると、イノベーションの味方はより結束力を強め、イノベーションへの忠誠心を高めることになるからだ。ここで重要なのは、二項対立においては、相手を完全に打ち負かそうとはしないという点だ。相手を倒すと他者を否定することになり、自己のアイデンティティを規定するものが失われてしまう。

 興味深いことに、市場における二項対立に加えて、イノベーションを起こす組織内でも賛否両論の二項対立が生じる。マイケル・P・ファレルは、アートや社会の分野に―特に、「優れたアート」の定義に疑問が投げかけられた場合に―2人組によるブレークスルーが存在することを示した。ファレルは、2人組の仕事では「効果のある親密さ」が生まれて、共感を示しつつ建設的に批判し合うことができると説いた(”Collaborative Circles: Friendship Dynamics and Creative Work”)。企業の例で言うと、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアック、セルゲイ・ブリンとラリー・ペイジ、ビル・ゲイツとポール・アレンといった組合せが二項対立に該当する。

Collaborative Circles: Friendship Dynamics and Creative WorkCollaborative Circles: Friendship Dynamics and Creative Work
Michael P. Farrell

University of Chicago Press 2003-11

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 イノベーションを全世界に普及させるために、多くのアメリカ企業はトップダウンのリーダーシップと分権化を組み合わせる。分権化のメリットは、トップのリーダーシップだけでは到底影響力が及ばない世界各地に対して、現地の組織がトップから移譲された権限を活用してイノベーションを広めることができる点にある。分権化された現地のスタッフは、イノベーションのエバンジェリストとして、イノベーションの普及(布教と言ってもよい)に努める。この方が、トップのリーダーシップだけに頼るよりもずっと早く目標を達成できる。それに、分権化によって、現地スタッフのモチベーションを向上させることができるというもう1つの効果もある。

 日本の組織も、伝統的に現場が強く、また、ミドルマネジャーが「ミドル・アップ・ダウン」という言葉の通り、組織内を自由に動き回る。つまり、トップよりもミドルや現場に権限が委譲されている。そういう意味では分権化が進んでいるとも言える。だが、アメリカの分権化はできるだけフラット型組織との両立を志向するのに対し、日本企業は多重階層構造を志向するという違いがある。アメリカ企業の目的はイノベーションの迅速な普及であるが、日本企業の目的は組織の安定である。多重階層構造によりポジションを多数連鎖させることで、多少愚かな人間が混じっていても、他の人間がそれをカバーし、組織を安定させる。アメリカ企業は採用段階でエバンジェリストたり得る人材を厳しく見定めるが、日本企業は大勢採用してその全員を使いこなそうとする。

 <象限③>のイノベーションの中には必需品化して<象限①>や<象限②>に移行する製品・サービスもあるが、大半のイノベーションは非常に短命である。端的に言えば、顧客がイノベーションに飽きるのである。リーダーがイノベーションを全世界に普及させるという神との契約を達成した後、企業は静かに衰退していくのみである。株主は企業に対し、新しい投資先がないのであれば自社株買いによって株価を引き上げよと注文をつける。企業の経営者も、イノベーションが全世界に普及したという最高のタイミングで、最も高値で企業を売却する。こうして、イノベーターは巨額の富を手に入れ、早々に引退してセカンドライフを送ることになる。

 先ほど、イノベーターは成功確率を上げるためにイノベーションを次から次へと市場に投入しなければならないと書いた。イノベーターの中からは、自分がお金を払ってでもいいから、自分のイノベーションを世界に広めたいと願う人が出てくる。ここで、そのようなイノベーターを束ねるプラットフォーム企業が登場する。Google PlayやApp Storeはその典型である。アプリ開発者は、GoogleやAppleにお金を払ってでも、自分の開発した革新的なアプリを世界中の人に使ってもらいたいと思っている。通常、GoogleやAppleから見てアプリ開発者は仕入先に該当するから、両社がアプリ開発者にお金を支払うはずだ。だが、プラットフォーム企業はお金の流れを逆転させている。通常の小売業なら違法なリベートとされるものが、ここでは合法化されている。

 <象限③>は、市場規模や顧客ニーズが予想しづらい領域だと書いた。ということは、普通に考えればデータ分析が難しい領域である。ところが、アメリカ企業は<象限③>にデータ分析を持ち込む。例えば、どういう映画がヒットするかを真面目にモデル化する。そして、映画がヒットするかどうかは、台本の内容や配役によってではなく、単に映画のタイトルで決まるという結論を得たりする(イアン・エアーズ『その数学が戦略を決める』〔文藝春秋、2007年〕より)。

その数学が戦略を決めるその数学が戦略を決める
イアン・エアーズ 山形 浩生

文藝春秋 2007-11-29

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 アメリカ企業は、イノベーションを全世界に普及させる段階でもデータを活用する。イノベーターのマーケティングは、これだけOne to OneマーケティングやCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)の重要性が説かれているにもかかわらず、世界を単一市場と見なして、単一の製品・サービスを提供するマス・マーケティングである。その過程で、まだ自社のイノベーションを受け入れていない顧客層は誰か、彼らがイノベーションを受け入れるためにはどのようなプロモーションを実施すればよいかなどをめぐり、詳細なデータ分析を行う。これは、イギリスが植民地支配に際して、イギリスが正義と考える自由、平等、人権、民主主義などを根づかせるために植民地の情報を緻密に収集・分析したインテリジェンスの名残であろう。

 プラットフォーム企業は、自らのプラットフォームの価値を高めるためにデータ分析を行う。消費者は、他人と同じものを使いたいという欲求と、自分だけのオリジナルのものを使いたいという相反する欲求を持っている。プラットフォーム企業はこの両方のニーズにデータ分析で応える。他人と同じものを使いたいという欲求に対しては、ランキングを作成して人気の高い製品・サービスの購入を促す。一方、自分だけのオリジナルのものを使いたいという欲求に対しては、プラットフォームに登録された膨大な製品・サービスの中からレコメンデーション機能を活用して、その人の好みに合わせたものを勧める。こうして、消費者を完全にプラットフォームの虜にする。

 ちなみに、日本は<象限②>に強い。この象限の製品・サービスは生活必需品であるから、反復購入される可能性が高く、顧客ニーズも予想しやすい。この場合、データ分析と経験を組み合わせることで予測の精度を上げることができる。ところが、日本企業はあまりデータを活用しないように感じる。売上高や利益と因果関係の深い要因を追究して、その要因に資源を集中投入するということをやらない。むしろ、「会社として善いこと」、さらには「人として善いこと」を重ねれば、自ずとよい結果が得られると信じている。1つ1つの行為は小さくても、それが何百、何千と積もれば、成功の確率は上がると考える。日本企業の5S重視はその最たる例であろう。

 不思議なことに、<象限③>で戦うアメリカ企業がデータを重視し、<象限②>で戦う日本企業がデータを軽視するという、パラドキシカルな現象が起きているのである。

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