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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

NPOビジネスサポート特定非営利活動法人NPOビジネスサポート
(監事を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

【中小企業診断士は独学で取れる】中小企業診断士に独学で合格するなら「資格スクエア」中小企業診断士の安い通信講座なら「資格スクエア」
(以下の資格の講師をしています。
 ―ITパスポート
 ―情報セキュリティマネジメント
 ―経営学検定(初級・中級)
 ―中小企業診断士(企業経営理論、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策)
 谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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2017年01月25日

【現代アメリカ企業戦略論(4)】全体主義に回帰するアメリカ?


アメリカ

 前回の記事「【現代アメリカ企業戦略論(3)】アメリカのイノベーションの過程と特徴」の続き。アメリカは唯一絶対性の神=人間の理性という啓蒙主義的な世界観に3つの修正を加えることで、独自のイノベーションを可能にした。その3つとは、①現在から未来への時間の流れを肯定し、人間の自由意思によって望ましいビジョンを設定することを可能にしたこと、②二項対立の考え方を導入して他者の存在を肯定したこと、それによって自己のアイデンティティをより強固なものとしたこと、③連邦制に代表されるように、神と人間の間に一定の階層構造が介入することを認め、その階層性がイノベーションを全世界に迅速に普及(=エバンジェリストによる布教)させるのに役立つようにしたこと、の3つである。

 これらの修正によって、アメリカは多様なイノベーションを創造することに成功したほぼ唯一の国になることができた。しかし、近年のアメリカには、啓蒙主義的な全体主義に回帰しているのではないかと思わせるような動きが見られる。その代表例が、「学習する組織」を理論化したことで知られるピーター・センゲらが提唱している「U理論」である。U理論の内容を端的にまとめると、「我々の意識が『源泉(ソース)』とつながることで、未来が自ずと見えてくる」ということである。「源泉(ソース)」は「宇宙」と読み替えてもよい。また、「今の中の私(I-in-me)」という真正の自己を発見することが未来の創造につながる、という表現も見られる。

 U理論の本質を理解するには、物理学者デイビッド・ボームが提唱した「内蔵秩序」という概念を知っておく必要がある。内蔵秩序とは、平たく言えば「宇宙」、「全体」であり、我々が普段目にする世界=「顕前秩序」を生み出す源泉である。内蔵秩序は精神と物質の区別すらない「統合」された理想的な世界であるのに対し、顕前秩序は近代的、デカルト的な「分析」が支配する世界であり、精神と物質は分離され、さらに社会は人間の諸活動によって細分化されている。

 ボームは、人間は誰でも顕然秩序を超えて内蔵秩序につながることができると主張した。我々が意識のレベルを上げて内蔵秩序へアクセスする時、自分と他者という境界が崩れ、「我々は皆一体である」という感覚が得られる。すると、顕前秩序で起きている様々な問題を解決へと導く革新的な方向性を、内蔵秩序が「教えてくれる」。この境地に至るための一連のアプローチを、ボームは「ダイアローグ(対話)」というコンセプトでまとめた。ボームは、現実世界=顕然秩序で起きている様々な対立―アカデミックの世界で起きている専門分野の細分化の問題や、宗教・民族の対立など―が、ダイアローグによって解決に向かうことを期待していた。

 ボームの内蔵秩序というコンセプトは、「宇宙」や「源泉(ソース)」という言葉となってU理論に受け継がれている。U理論では、「宇宙は私であり、私は宇宙である」という等式が成立する。すなわち、私は宇宙とつながることが可能であり、私が宇宙とつながれば、宇宙が変革の道筋を指示してくれる、という関係が成り立つわけだ。と同時に、宇宙=私であるから、宇宙とつながることは、結局のところ私を再発見することに等しい。U理論で「今の中の私(I-in-me)」という言葉が使われるのは、こうした背景があるためである。

 個々の人間が「今、ここ」という瞬間にフォーカスして意識のレベルを上げれば、他者の意識とつながることが可能となり、ひいては絶対的な宇宙全体と一体化するというのは、まさしく全体主義そのものである。そして、逆説的だが、U理論では実は他者の存在はそれほど重視されていないと感じる。この点は、以前の記事で、全体主義が連帯の重要性を強調しながら、実際には個々の人間は孤立している(オルテガの言う「トゥゲザー・アンド・アローン」)と書いたことに通じる。

 U理論においては、他者は私という部分が宇宙という全体を獲得するための「潤滑油」にすぎない。というのも、個人の中に全体が内包されているのであれば、理論的には、他者の力を借りなくても、個人が直接的に全体を認識することが可能であるからだ。もちろん、U理論の実践者は、「他者がいるからこそ、『Uプロセス』を加速できる」と反論するに違いない。だが、他者がUプロセスを加速させるだけの存在であれば、まさしく化学反応における「潤滑油」そのものである。U理論の構築に大きく貢献した一人であるジョセフ・ジャウォースキーは、旅先で動物を見ながら宇宙を体感する経験をしたことを著書『源泉―知を創造するリーダーシップ』の中で振り返っている。つまり、宇宙を悟るのに他者は必ずしも必須ではない。

源泉――知を創造するリーダーシップ源泉――知を創造するリーダーシップ
ジョセフ ジャウォースキー Joseph Jaworski 金井 壽宏

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 現在、アメリカでは「マインドフルネス」が流行しているという。マインドフルネスとは、光よりも早く駆けめぐる人間の頭の中の思考を止めることである。吸う息、吐く息だけに、「今、ここ」という瞬間だけに意識を集中しながら、一切の妄想から離れる訓練をする。すると、私の意識が宇宙全体とつながり、新しい未来が出現するという。これは、U理論と全く同じ考え方である。そして、U理論と同様、他者との関係は一旦脇に置いて、個人が絶対的な宇宙と直接につながることを目指している。それでいながら、個人が宇宙とつながれば、他者ともつながることができ、そこから変革が自ずと発生すると考える。これは全体主義に他ならない。

 マインドフルネスに注力している企業としては、グーグル、フェイスブック、ゴールドマン・サックス、IBMなどが挙げられる。これらの企業はアメリカ的なイノベーションで十分に成果を上げていながら、なおそれに飽き足らないようである。イノベーションは、以前の記事でも述べた通り他者の存在を必要としており、その意味で相対主義的である。ところが、グーグルなどは他者の存在を駆逐して絶対的な神になろうとしている。IoT(Internet of Things)に莫大な投資をし、世界中のあらゆるモノをインターネットでつないで支配するという試みには、もはや他者が介在する余地はなく、グーグルが神になるのだという決意が表れていると言えるかもしれない。

 マインドフルネスは日本の禅の影響を受けているという。私は禅について無知なので明確なことは言えないのだが、本来の禅とは、絶対性や全体性の獲得を目指すものではないと思う。確かに禅には、静謐な空間で、他者との交わりを断って厳しい修練を積むというイメージがある。しかし、その修行の目的は、研ぎ澄まされた精神をもって他者の異質性を認め、顔の見える他者と血の通った交流をじわじわと広め、さらにその関係を深化させることにあるような気がする。

 「個人の意識が全体の意識へと昇華されていく」という点で思い起こされるのが、野中郁次郎氏の「知識創造理論」である。有名な「SECIモデル」の出発点にあたる「共同化(Socialization)」というフェーズでは、特定の個人が有する暗黙知を組織の他のメンバーと共有し、暗黙知を伝搬させる。この時に必要なのが、現象学で言うところの「相互主観性」である。相互主観性とは、複数の主観がそれぞれの独自性を維持したまま、共同で築き上げる「われわれ(we)」の「共同主観」すなわち「共観」である。つまり、相互に他者の主観と全人格的に向き合い、受け入れ合い、共感し合う時に成立する、自己を超える「われわれ」の主観である。

 野中氏は、リーダーは実践知(フロネシス)を追求すべきだと言う。実践知とは、「共通善を志向し、個別具体のコンテクストや関係性のただ中で、その都度適時適切な判断と行動が取れる、身体性を伴う実践的な知性」と定義される。共通善を追求するとあるが、これは決して唯一絶対の神になるとか、宇宙性を獲得するといった意味合いではない。むしろ、個別具体の文脈で「ちょうど」の解を見つける能力であり、個別と普遍、細部と大局を往還しつつ、熟慮に基づく合理性とその場の即興性を両立させる能力である(野中郁次郎「知的機動力を錬磨する―暗黙知、相互主観性、自律分散リーダーシップ」〔『一橋ビジネスレビュー』2016年WIN.64巻3号)』〕)。

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東洋経済新報社 2016-12-09

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 U理論・マインドフルネスと知識創造理論は、一見似ているようで実際には全く異なる。U理論・マインドフルネスは全体主義と同じく、現在という1点に集中し、唯一絶対の神性を実現する。いずれも他者との連帯を説くが、他者はあくまでも潤滑油であって、絶対性、全体性を獲得する必須条件ではない。絶対性、全体性を獲得する時、私と他者の境界線は崩れて全体に統合される。端的に言い換えれば、1がすなわち全体と等しくなる。

 これに対して知識創造理論は、共通善を目指しつつも、個別具体的なコンテクストに即して最善の解を即興で創造するものであり、その解は現在からちょっと先の未来に向けて投影されている。つまり、現在から未来へと流れる時間が存在する。また、その解を導く上で他者の存在は絶対に不可欠である。解が導かれる時、自己と他者の主観は相互に交流するが、自己と他者の境界が完全に消えることはなく、相互のアイデンティティは保持・尊重される。全体主義では1がすなわち全体と等しくなれば革命は成就するが、知識創造理論では、変化し続ける現状に合わせて次々と最善解を創出しなければならない。

 両者にはこのように決定的な違いがある。野中氏が(少なくとも私が野中氏の論文などを読む限りでは)U理論やマインドフルネスに触れたことがないのは、決して偶然ではないと思う。アメリカ企業がU理論やマインドフルネスに傾く時、これらの理論が未来の変革を唱えながら、実際には現在という1点に押しとどめられ、進歩が止まり、排他的な全体主義に陥り、多様なイノベーションの芽が摘まれてしまうのではないかと心配している。


 (※1)以前の記事「内田樹『日本辺境論』―U理論の宇宙観に対する違和感の原因が少し解った」、「オットー・シャーマー『U理論』―デイビッド・ボームの「内蔵秩序」を知らないとこの本の理解は難しい」、「安岡正篤『活字活眼』―U理論では他者の存在がないがしろにされている気がする?」では、U理論がキリスト教に通じ、さらにはアメリカ的なリーダーシップに通底すると書いたが、この認識は改めなければならないと思う。本文で述べたように、U理論は全体主義と通底している。そして、伝統的なキリスト教と、アメリカのリーダーシップやイノベーションを基礎づけるキリスト教とは異なることも押さえておく必要があると考えるようになった。

 (※2)ブログ別館の記事「『人を育てる(『致知』2016年12月号)』」の内容も、同様の理由で改めなければならないと考えているところである。


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