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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2017年02月06日

川久保剛、星山京子、石川公彌子『方法としての国学―江戸後期・近代・戦後』―国学は自由度の高い学問である


方法としての国学―江戸後期・近代・戦後 (叢書 新文明学3)方法としての国学―江戸後期・近代・戦後 (叢書 新文明学3)
川久保剛 星山京子 石川公彌子

北樹出版 2016-04-08

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 (1)「国学」と言うと、海外からの様々な影響を排して、純粋な日本の精神とは何かを探究する学問のようなイメージを抱いていたが、実際にはもっとオープンで、自由度が高い学問であることが本書を読んで解った。先日の記事「『巨頭たちの謀事/朴槿恵政権崩壊(『正論』2017年2月号)』―ますます可能性が高まった「朝鮮半島統一」に対してどう対処すべきか?」で、ロシア研究を熱心に行っていたと書いた平田篤胤は、古典を典拠とした神々による天地や人間創成の物語から神道や歌学、釈迦の生涯、インドの風俗や国土、伝説、中国やオランダ医学など、実に幅広いテーマを扱っていた。彼が創設した学び舎「気吹舎」には、文人、幕臣、神官、国学者、考証家、蘭学者、技術者、珍奇愛好家、北方探検家、劇作家、狂歌師などが集まった。

 篤胤の関心は幽冥界にも向けられた。19世紀初頭、江戸には三白眼のいかにも「異相」の寅吉という14歳の少年が現れた。寅吉は、5、6歳の頃から火事や家に盗賊が入ることなどを予言していた。さらに寅吉は、7~11歳までの5年間、幽冥界を見聞したという。寅吉の噂を聞いた篤胤は、気吹舎に寅吉を招いた。寅吉に興味津々の気吹舎のメンバーは、寅吉に色々な質問をした。天狗の空中飛行や修行法、幽冥界の衣食住から祝事、祭、病やケガの治療法、狐に取り憑かれた時の祓い落とし方などである。さらに、幽冥界の文字を書かせたり、オルゴールを見せて、「これは幽冥界にもあるか」、「雷を怖がらない方法はあるか」と尋ねたりもしたそうだ。

 これだけなら単なるオカルトの話だとして片づけられそうだが、寅吉の話を基に革新的な技術の開発に成功した人物がいる。それが、国友藤兵衛である。藤兵衛も気吹舎で寅吉と面会している。その際、藤兵衛は寅吉から、幽冥界には「仙砲」と呼ばれる武器があることを知った。仙砲とは、火を使わずに、空気で弾を打つ鉄砲のことである。当時の日本にもそのような鉄砲がヨーロッパから伝来していたが、技術的精度が高くないことに藤兵衛は頭を悩ませていた。藤兵衛は寅吉から聞いた話に基づいて図面を起こし、ついに仙砲を完成させた(藤兵衛は他にも、寅吉の話からインスピレーションを得て、鋼製弩弓という射撃用の武器も製作している)。

 近代西洋の合理主義は、今まで人間の理性が説明できずにいた神の領域をなかったものとして取り扱い、世界を全て客観的かつ実証的に説明しようとした。その結果、自然科学が発達し、数々のイノベーションが生まれた。これが一般的な理解である。それに対して、日本の近代理性は、神々の世界に属する領域に自ら足を突っ込んでいき、そこから科学的な発見を得るという、不思議なプロセスをとっている。だが、本書では、現代科学とはそもそもオカルトの嫡子であるという池田清彦氏の言葉が紹介されている(孫引きをご容赦いただきたい)。
 19世紀までは、現在のような制度化された科学はなかった。そればかりか、今日、科学の重要な特徴と考えられている客観性や再現可能性を有した学問それ自体もなかったのである。それでは何があったのかというと、オカルトがあったのだ。今日我々が偉大な科学者であったと考えているケプラーやニュートンも実のところはオカルト信者だった。しかし、18世紀まで、オカルトは別にいかがわしいものではなかった。
 このように考えると、日本は決して特殊な道を歩んだというわけではなさそうだ。

 (2)保田與重郎が掲げた「日本浪曼主義」とは文芸復興であり、反文明開化かつ半進歩主義であって、政治からは距離を保っていた。しかし、実際問題としては日本主義やファシズムと結びつけられてしまった。本書を読むと、その理由が解る気がする。
 保田は、神武天皇が日本統一政策の神話的表現であり理想として心中に描いたのが「原始共産制」「農業共産制」であったと解釈する。このような「原始共産制」「農業共産制」の理想社会が必然であることを示すために生まれたのが、神の絶対意志を現した言霊観であるという。このような理想に対して、人間意思を表明することは許されない。なぜなら、このような理想は神の絶対意志の体現であると同時に天下人民にとっても理想であり、反対は許されないからである。そしてそのような理想を言霊として祟尊することは、古代人に一般的な、天皇の宣命に対する絶対的服従を意味したのであった。(中略)古代においては神と人が近接するものとして意識され、「神人一如」の状態であった。
 引用文の内容は、以前の記事「【現代アメリカ企業戦略論(1)】前提としての啓蒙主義、全体主義、社会主義」と通じる部分が多いと感じる。通常、日本の神々は人間らしさを備えた不完全な存在としてとらえられるが、保田においては神は絶対意志の体現であるとされる。そして、その神と「神人一如」の状態にある人間もまた、絶対的な存在である。絶対的であるということは、人間が1人の存在でありながら全体に等しいことを意味する。

 よって、私有財産制は成立しない。この世の全ての財産は、全人類の共有財産となる。また、民主主義とは1人1人の意見を徐々に集約していくプロセスであるが、1人が全体に等しい世界においては、カール・シュミットが指摘したように、逆説的だが独裁が成立する。つまり、誰もが他の誰かの絶対意志に従わなければならない。とはいえ、他人の絶対意志は自分の絶対意志と等しいはずであるから、独裁でも何ら問題は生じない。

 人間は生まれながらにして神と同じ絶対性を備えた完全な存在である。だから、生まれた後の人間に手を加えることは神の絶対意志に反する。よって、子どもに教育を施して知識を与えようとしてはいけないし、人間が自由意志を発揮して新しい技術を開発しようとしてもいけない。生まれながらにして完全体である人間は、これもまた通常の考え方からすると非常に逆説的であるのだが、人間の最も原始的な生産活動である農業に専従しなければならない。だから、保田が言うように、「原始共産制」、「農業共産制」が理想の社会とされる。ちなみに、保田の上代観念には、マルクス主義の影響が色濃く反映されているという。

 保田は「戦争は大悲劇である、大沈痛であり、さらに大慈悲である」と主張し、戦争の本質を「人を死なし殺す」ことであると看破している。しかし一方で、「正しい偉大な戦争」とは「思想上の創造」であり、聖戦論として農を中心とした民の生活の保持を説いた。保田が主張する戦争や総力戦の内実は、実際のそれとは明らかに異なっていたのだが、その言説は外形上、総力戦への参加を煽った権力側の言説と一致していた。
 保田は、この美意識を発展させる。戦歿は「自殺的討死」になぞらえ、肯定される(「現代日本に缺如せるもの」1939)。保田は戦後、戦中を振り返り、「すべての若い精神の誠実さが、邪悪なものに奉仕せぬことの証をたてることは、神に対する最も高いつとめである」(「ヱルテルの死以後」未発表)と述懐している。
 全体主義において「死」は特別な意味を持つ(以前の記事「ハインツ・ゴルヴィツァー『マルクス主義の宗教批判』―無神論⇒汎神論⇒ファシズムへ」を参照)。絶対的な神とは、無から有を生むことができる自己完結した存在である。その絶対的な神と人間は等しいのだから、人間は生殖的な意味合いを超えて、今や自己創造ができるようになった。ところが、神には死がないのに対し、人間には死がある。この点をどのように説明するかが、全体主義においては大きなポイントとなる。全体主義では次のように考える。人間は死によって無に帰すが、その無は再び有を生み出す源泉となる。つまり、有=生と無=死は連関を形成している。これにより、人間は全体として永遠を獲得し、神の絶対性と等しくなる。

 先ほど、人間は生まれながらにして完成していると書いた。つまり、無から有が生じた瞬間=現在が時間の全てである。全体主義においては過去や未来は存在しない。人間は全体として永遠を獲得するものの、その永遠は現在という1点のみが無限に支配する時間である。よって、伝統も進歩もない。戦時中に日本の若者が国体のためと言って死を選んだのは、自らが死ぬことによって、残された生者を現在に強く固定するためである。これを、山本七平は「『死の臨在』による生者への絶対的支配」と呼んだ(以前の記事「山本七平『一下級将校の見た帝国陸軍』―日本型組織の悪しき面が露呈した帝国陸軍」を参照)。それと同時に、無に帰した人間は、再び有を創出するリソースとなる。こうして、全体主義は永久的に(現在という1点で)継続する。

 (3)以前の記事「山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』―日本組織の強みが弱みに転ずる時(1)(2)」において、日本は「(神?⇒)天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/NPO⇒学校⇒家庭⇒個人」という形で重層的に指揮命令系統が連なる多重階層社会であると書いた(もちろんこれは非常にラフなスケッチであり、現実はもっと複雑である)。その上で、垂直方向には「下剋上」や「下問」(これらの言葉も山本七平から借りた)をすることで上下関係以上の関係を追求し、水平方向には他者/他社との「コラボレーション」を通じて自らのフィールドを広げていくことが日本人の自由であると書いた。

 企業と市場の関係に関しては、下剋上や下問、コラボレーションの実態が比較的イメージしやすい。ところが、指揮命令系統の下層における家庭のレベルでは、具体的にどのような水平的コラボレーションが考えられるのか、私にはいいアイデアがなかった。本書を読むと、柳田國男の「イエ」の概念が役に立ちそうな気がする。
 柳田は血縁による直系をイエの条件とはみなさず、イエの本質を「村もしくは組合の非血族団体」に見出している。「オヤ」とはけっして父母にかぎった語ではなかったのである(「オヤと労働」1929)。そしてイエとは「本能の愛情」のみでは維持できないものであり、「理智の働き」がひじょうに重要であると指摘する。だからこそ、血のつながりのまったくない「家族」がいくらでもイエに参加する理由があったのであり、本来、イエは非血縁者をも内包して維持されるべきものなのである(「大家族と小家族」1940)。
 本来のイエとは、血縁関係を問わずに、近しい関係にある者が集合し、生活の面倒を見る集団であるというのが柳田の見解である。ここに私は、家族レベルにおける水平方向のコラボレーションの一形態を見ることができると考える。周知の通り、戦後は小家族化が進んだが、柳田はその原因を国家が直接に戸主を把握し指導と教育にあたろうとしたことに見出している。私は、GHQが日本の伝統的な家制度が共同体主義を生み、ひいてはファシズムの温床となったと考えて、日本の家を細分化したという説をそれなりに信じている。戦後復興の過程において、狭小住宅が大量に供給されたのは、核家族を増やすためであるというのがこの説の見解である。

 真実はどうであれ、現在の日本の家庭は深刻な問題に直面している。かつては地域全体で子どもを育てていたが、地域の人間関係が希薄になるにつれ、母親にかかる子育ての負担が重くなっており、それが少子化の一因にもなっている。やっと子育てから解放された中高年夫婦は、今度は親の介護にあたらなければならない。一応、介護休暇制度はあるものの、介護のために離職を余儀なくされた人は相当数に上る。仮に再就職ができたとしても、年収が大幅に減少したというケースが多数報告されている。こうした家族の負担を、家族同士の水平連携によって軽減する仕組みを、柳田のイエの概念を参考にしながら、急ピッチで構築する必要があると感じる。

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