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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2017年05月15日

【日本アセアンセンター】ASEANの知的財産権事情(セミナーメモ書き)


アイデア

 ASEANにおける知的財産権協力の歴史は、1995年のASEAN知的財産協力枠組み条約(知財協力条約)の締結に始まる。同条約の起草過程では、ASEAN地域の中央特許庁、中央商標庁の設立というアイデアが示された。しかし、TRIPS協定の実施が優先課題である中で、一気にASEAN特許庁・同商標庁の設立に動くことへの警戒感が強く、条約ではASEAN特許制度・同商標制度設立の可能性を探求するという文言で決着した。

 1998年に策定されたハノイ行動計画では、2000年までにASEAN特許出願制度・同商標出願制度を導入することが合意され、特に商標については、ASEAN商標出願制度を実現するために、共通出願フォームを完成、実施させることとなった。1998年時点では、少なくとも出願段階において、地域独特の制度を設立するという点で、首脳レベルでの明確な合意があった。

 だが、次第にASEANの方針が変化していく。ASEAN知財行動計画2004-10では、ASEAN商標制度について、ASEANレベルの地域制度と国際出願制度との適切性を比較することが合意された。また、ASEAN特許制度についての言及がなくなった一方、新たにASEAN意匠制度の実現可能性を検討することとされた。さらに、新規加盟を促進するべき条約として、特許協力条約、マドリッド協定、ヘーグ協定が挙げられた。2007年のAECブループリントでは、ASEAN商標制度に代わり、マドリッド協定議定書への加盟を目指すこととされた。ASEAN意匠制度については、その設立を目指すとされたが、ASEAN特許制度への言及はなされなかった。

 ASEAN知財行動計画2011-15では、方針転換がより明確となった。すなわち、2015年までに、①全ASEAN諸国が特許協力条約、マドリッド協定議定書に加盟する、②ASEAN7か国がヘーグ条約に加盟するとの目標が設定された反面、ASEAN特許制度・同商標制度・同意匠制度といった文言が一切使われなくなった。ASEAN特許庁・同商標庁の文言も姿を消した。

 ASEANがASEAN特許制度構想、同商標制度構想を断念した理由は大きく3つある。1つ目は、ASEAN各国の知財制度の差異が挙げられる。ASEAN特許制度構想などが提示された1995年当時、強力な司法制度を有するWTO協定の一つとして、TRIPS協定が発効したばかりであった。ASEAN各国とも、最優先課題はTRIPS協定の実施であり、地域制度を議論する準備が十分にできていなかった。2つ目は、ASEAN企業にとって、ASEAN域内での知的財産権の保護よりも、世界レベルでの保護の方が重要であるという点が指摘できる。ASEAN諸国への出願のみが円滑化されるASEAN特許制度・同商標制度よりも、非ASEAN諸国への出願もカバーされる特許協力条約やマドリッドシステムのメリットの方が大きかった。

 3つ目としては、超国家的な組織に対するASEANの伝統的な警戒感がある。1967年に設立されたASEANが、組織的な根拠となるASEAN憲章を持ったのは2008年に入ってからであった。2015年12月31日には、ASEAN政治・安全保障共同体(ASC)、ASEAN経済共同体(AEC)、ASEAN社会・文化共同体(ASCC)の3つの共同体からなるASEAN共同体が発足したが、EU大統領、EU議会が存在し、ユーロという単一通貨があるEUとは異なり、ASEAN共同体はそこまで深い統合を目指しているわけではない(以上の内容は、石川幸一、助川成也、清水一史『ASEAN経済共同体と日本―巨大統合市場の誕生』〔文真堂、2013年〕より)。

ASEAN経済共同体と日本: 巨大統合市場の誕生ASEAN経済共同体と日本: 巨大統合市場の誕生
石川 幸一 助川 成也 清水 一史

文眞堂 2013-12-13

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 ここからがセミナーの内容。まずは、ASEAN各国の知的財産権関連条約などの加盟状況について。その前に、主要な条約の内容を整理しておく。

 ○パリ条約
 1883年にパリにおいて、特許権、商標権などの工業所有権の保護を目的として、「万国工業所有権保護同盟条約」として作成された条約である。「内国民待遇の原則」、「優先権制度」、「各国工業所有権独立の原則」などについて定めており、これらをパリ条約の三大原則という。

 <内国民待遇の原則>
 パリ条約の同盟国は、工業所有権の保護に関して自国民に現在与えている、または将来与えることがある利益を他の同盟国民にも与えなければならない。また、同盟国民ではない者であっても、いずれかの同盟国に「住所または現実かつ真正の工業上もしくは商業上の営業所」を有する者(準同盟国民)に対しても、同盟国民と同様の保護を与えなければならない。

 <優先権制度>
 いずれかの同盟国において正規の特許、実用新案、意匠、商標の出願をした者は、特許・実用新案については12か月、意匠・商標については6か月間、優先権を有する。優先権期間中に他の同盟国に対して同一内容の出願を行った場合は、当該他の同盟国において新規性、進歩性の判断や先使用権の発生などにつき、第1国出願時に出願したものとして取り扱われる。

 <各国工業所有権独立の原則>
 特許権に関しては、特許権の発生や無効・消滅について各国が他の国に影響されない。商標権に関しては、同盟国の国民が、他の同盟国において登録出願をした商標について、本国で登録出願、登録、存続期間の更新がされていないことを理由として登録が拒絶、無効とされることはない。また、いずれかの同盟国において正規に登録された商標は、本国を含む他の同盟国において登録された商標から独立したものである。

 ○PCT(特許協力条約)
 複数の国において発明の保護(特許)が求められている場合に、各国での発明の保護の取得を簡易かつ一層経済的なものにするための条約である。本条約は、国際出願によって複数の国に特許を出願したのと同様の効果を提供するが、複数の国での特許権を一律に取得することを可能にするものではない。この条約などによって複数の国で特許権を取得したかのような「国際特許」、「世界特許」または「PCT特許」といった表現が使用されることがあるが、世界的規模で単一の手続によって複数の国で特許権を取得できるような制度は、現在のところ存在しない。

 ○ベルヌ条約
 著作権に関する基本条約である。著作権は、著作者による明示的な主張・宣言がなくとも自動的に発生する。条約の締結国においては、著作者は、著作権を享有するために、「登録」や「申し込み」の必要がない。作品が「完成する」、つまり作品が書かれる、記録される、あるいは他の物理的な形となると、著作者はその作品や、その作品から派生した作品について、著作者が明確に否定するか、著作権の保護期間が満了しない限り、直ちに著作権を得ることができる。

 ○マドリッドプロトコル(マドリッド協定議定書)
 商標について、世界知的所有権機関(WIPO)国際事務局が管理する国際登録簿に国際登録を受けることにより、指定締約国においてその保護を確保できることを内容とする条約である。締約国の官庁に商標出願をし、または商標登録がされた名義人は、その出願または登録を基礎に、保護を求める締約国を指定し、本国官庁を通じて国際事務局に国際出願をし、国際登録を受けることにより、指定国官庁が12か月(または、各国の宣言により18か月)以内に拒絶の通報をしない限り、その指定国において商標の保護を確保することができる。

 ◆ASEAN各国の知的財産権関連条約の加盟状況
ASEAN知的財産権関連条約加盟状況

 ASEAN各国の知的財産権法の整備状況は以下の通りである。ミャンマーは最も法整備が遅れている(以前の記事「「ミャンマー・エーヤワディー管区投資誘致セミナー」に行ってきた」を参照)。「△」は不十分ながら法律による一定の保護があることを示す。例えば、ミャンマーには商標法が存在しないが、別の法律で商標について一定の保護が与えられている。

 ◆ASEAN各国の知的財産権法の整備状況
ASEAN知的財産権法制度の状況

 ASEAN各国の知的財産権の出願件数は以下の通りである。

 ◆ASEAN各国の知的財産権出願件数
ASEAN各国の知的財産権出願件数

 ◆ASEAN各国の知的財産権出願件数(特許)
ASEAN各国の知的財産権出願件数(特許)

 ◆ASEAN各国の知的財産権出願件数(商標)
ASEAN各国の知的財産権出願件数(商標)

 ◆ASEAN各国の知的財産権出願件数(意匠)
ASEAN各国の知的財産権出願件数(意匠)

 その他、セミナーで参考になった点をまとめておく。

 ・公報全文が公開されていない国が多い。また、大半の国において現地語でしかアクセスできず、英語での検索機能は限定的である。さらに、国外からはアクセスできないことがある。

 ・知的財産権の審査担当者の審査能力が低く、権利化までに時間がかかる。基本的には、他国の登録査定を提出しないと登録査定を得られない。先に日本やアメリカなどで登録査定を獲得し、その資料を提出するとようやく審査が進行するというのが現状である。

 ・商標については、冒認出願(ある国で有名な商標について、海外の第三者が勝手にその国で商標出願し、権利を取得すること、など)への対策が必要である。冒認出願に対しては、真の商標権者による取消請求を法定している国も多いものの、期間には制限がある(概ね、登録から5年が目安)。一度冒認出願が登録されてしまうと、取消手続きが煩雑な上、費用もかかる。先に出願するのと、冒認出願を取り消すのとでは、費用が2桁違う。中国で「クレヨンしんちゃん」が冒認出願され登録されているが、この取消には7,000万円ほどかかると言われている。

 ・営業秘密については、それを保護する法律がASEAN各国に存在する。しかし、現実的には、営業秘密の保護は非常に難しいと言わざるを得ない。何が営業秘密に該当するのか契約書に明記しなければならないのだが、どうしても抜け漏れが発生する。

 ちなみに、日本でも営業秘密を保護することは困難である。営業秘密として認められるには、秘密管理性、有用性、非公知性という3要件を満たす必要がある。だが、裁判で秘密管理性が認められるケースは非常に少ない。例えば、企業の顧客情報がサーバから抜き取られて漏洩した場合、サーバへのアクセス権限は厳重に管理されていたか、サーバへのアクセスログは管理されていたか、サーバの情報をローカルPCに落とすことができないようになっていたか、ローカルPCからUSBへのデータ転送が禁止されていたか、サーバルームへの入退室は必要最小限の人に限定されていたか、サーバルームへの入退室記録は存在したか、などが問われる。

 ・ASEANにおいては、まずは審査官にとって解りやすい権利を取得し、権利侵害があった場合には刑事事件により解決するのがベストである。民事事件は数年かかるのに対し、刑事事件が費用が安く、早期に解決することが多い。また、刑事手続きであっても、被害に対する経済的補償の請求が可能な場合がある。一方、長期的に技術保護を図る場合には、特許出願しかない。PCT出願を利用して他国で権利化した後、ASEAN各国で権利化を行うことになる。

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