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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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2017年05月05日

『「共謀罪」のある日常とは/<LGBT>ブームの光と影(『世界』2017年5月号)』―リベラルは共謀罪に過剰反応しすぎ、他


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 ※2005年5月5日にブログを始めて、ちょうど12年になりました。いつも読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

 (1)現在、国会では「共謀罪(テロ等準備罪)」の創設が議論されている。
 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部等を改正する法律案【2017年3月21日提出の政府案】
 (テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画)
 第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう。次項において同じ。)の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。

 一 別表第四に掲げる罪のうち、死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められているもの 五年以下の懲役又は禁錮
 二 別表第四に掲げる罪のうち、長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められているもの 二年以下の懲役又は禁錮

 2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団に不正権益を得させ、又はテロリズム集団その他の組織的犯罪集団の不正権益を維持し、若しくは拡大する目的で行われるものの遂行を二人以上で計画した者も、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、同項と同様とする。
 左派は共謀罪の導入により、国民の日常生活まで国家の恣意的な取り締まりの対象になると批判している。治安維持法の復活だとの声すらある。本号でも共謀罪が適用される恐れのあるケースとして、3つの事例が紹介されていた。しかし、実際にはいずれも共謀罪の要件を満たさない。左派の反応は過剰反応である。以下、その3事例を見ていく。
 【事例①】
 大学生のAさんは、所属するサークルで新入会員勧誘用のチラシを作成するために、雑誌に載っていた写真やイラストを使用しようとした。Aさんは雑誌を購入したが、サークルの部員の1人が「これは著作権違反にあたるのではないか?」と指摘した。そこで、Aさんは購入した雑誌の写真やイラストを使用するのをやめた。ところが、Aさんの所属するサークルは、著作権法違反という犯罪を計画し、準備行為を行ったとして、共謀罪に問われる可能性がある。
 共謀罪が対象としているのは、「テロリズム集団その他組織的犯罪集団」である。「組織的犯罪集団」とは、「その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるもの」である。端的に言えば、重大な犯罪を起こすことを目的とした組織が取り締まりの対象となる。Aさんの組織は一般的な大学のサークルであり、著作権法に違反することを目的とした組織ではないことは明らかであるから、共謀罪の対象とはならない。
 【事例②】
 平和問題に関心を持ったBさんは、市民団体が呼びかけた基地建設に反対する集会に初めて参加した。その集会では、X県にある基地建設予定地の手前の道路で皆で座り込みをし、建設に抗議する意思を示そうという呼びかけがあった。Bさんは基地問題を直接自分の目で見て考えてみたいとの思いがあったので、X県を訪ねるツアーの参加を決めて航空券を予約した。ところが、出発の前日、Bさんの自宅に警察官が来て、威力業務妨害罪の共謀の容疑で逮捕すると告げられた。Bさんだけでなく、会議に参加したメンバーも、運動を計画したことを理由に逮捕された。
 左派がよく持ち出すのがこの事例であるが、この事例においても共謀罪は成立しない。というのも、基地やマンションなどの建設に反対して、実際に座り込み運動をする人々に対して、威力業務妨害罪が適用されること自体が稀であるのに、その前段階である準備行為をもって威力業務妨害の共謀罪に問うことは矛盾しているからである。また、Bさん以外に、会議に参加したメンバーも、運動を「計画」したことを理由に共謀罪に問われているが、冒頭の条文を読むと解るように、計画だけでは共謀罪を構成せず、準備行為があって初めて共謀罪が成立する。
 【事例③】
 Cさんはいつもの通勤電車で痴漢を目撃した。だが、被害者女性は誤って犯人の隣にいた大学教授のXさんの手をつかんで警察に差し出してしまい、X教授は現行犯逮捕された。Cさんは「犯人はその人ではない」と警察に話したものの、警察は全く取り合ってくれなかった。X教授の刑事弁護人は、冤罪に取り組む市民団体とも協力して、Cさんと連絡を取り、Cさんに目撃したことを法廷で証言してほしいと頼んだ。Cさんも、この依頼を承諾した。しかし、X教授が犯人であるとの考えを崩さない警察は、Cさんを偽証の共謀罪で逮捕した。X教授や彼の無実を信じて支援する会のメンバーたち、そして弁護団が、Cさんと共謀してX教授の罪を免れさせようとしたというわけである。
 これも【事例①】と同様、X教授を支援する会は偽証罪を目的とした組織ではないから、共謀罪の対象とはならない。仮に、偽証の共謀罪で逮捕しようとすれば、X教授を支援する会が法廷で証言しようとしていた内容を警察が事前に入手し、その内容が明らかに偽証であることを警察が証明する必要がある。だが、事実は公判の過程を経て徐々に明らかになっていくものであり、公判の結果事実と異なる証言があった場合に偽証罪に問うことができるのであって、公判も十分に進んでいない段階から、偽証罪、しかも偽証の共謀罪で逮捕することは極めて困難である。

 ただ、共謀罪の導入によって、通信傍受の範囲が拡大する恐れがある点は左派の指摘通りであろう。共謀罪はテロなどの凶悪犯罪を未然に防ぐためのものであるが、ヨーロッパでISが起こしているテロを見ると、ISがごくごく普通の一般人を感化し、テロの実行犯へと仕立て上げていることが解る。つまり、誰でもテロの実行犯になる可能性がある。よって、日本においても、我々一般人がテロ組織に引き込まれていないかどうか、常に監視されることになるに違いない。

 (2)LGBTに対する社会の理解が、決して十分ではないとはいえ、徐々に進んでいる。そこで問題になるのが同性婚の問題である(以前の記事「『ジャーナリズムが生き延びるには/「核なき未来」は可能か(『世界』2016年8月号)』―アメリカは「核の次」の兵器で「対立」構図を保とうとする、他」を参照)。憲法第24条が「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と定めているのは、憲法第13条が定める法の下の平等に反するのではないかというわけである。

 私は恋愛の自由は否定しないが、婚姻に関しては憲法第24条の規定を護持するべきであると考える。憲法は、「両性の合意」に基づく婚姻に特別の意味を与えている。それは両性の合意に基づく婚姻のみが、子を産みうる組であるからである。国家の構成要素は主権、領土、国民である。国民(人口)があってこそ、国家は国家たりうる。よって、子を産みうる婚姻に憲法で特別な保護を与えているのには合理的な理由がある(そして、やむを得ない事情により子を産むことができない夫婦のために、民法が養子縁組を認めている)。
 憲法は一組の男女とその間に生まれる子どもから成る法律上の家族の保護を、重要な立法目的としていると考えられ、それ以外の家族的結合についても、すべての側面において法律上の婚姻とまったく同等に扱うことが憲法の要請であるとまでは言えないだろう。(中略)

 たとえば同性のペアが同居する家族や、ポリガミー(polygamy)的家族、あるいは未婚の母と子どもからなる家族を、すべての面で法律上の婚姻に基づく家族とまったく同等に扱うべきことまでを、憲法が要請しているとも言えないであろう。
(初宿正典『憲法2 基本権〔第2版〕』〔成文堂、1996年〕、太字下線は筆者)
憲法〈2〉基本権 (法学叢書)憲法〈2〉基本権 (法学叢書)
初宿 正典

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 さらに言えば、私は日本という国家を維持・存続させるためという観点から、「子を産みうる」という点を重視する。逆に言うと、両親が法律に基づいた婚姻関係にあるかどうかは、優先順位が低い。よって、社会保障の分野において、法律婚だけでなく事実婚をも容認し、事実婚で生まれた子どもにも遺族年金の受給権を与えることは理に適っている。また、日本では非嫡出子の相続分が嫡出子の2分の1であることが長らく問題となっていたが、最高裁で違憲(最大決平成25年9月4日)とされ、民法が改正された(平成25年12月11日公布・施行)ことも評価する。

 本号では、LGBTのカップルが日常生活で直面する差別が取り上げられていた。例えば、LGBTのカップルは住宅を賃貸することが難しい。また、生命保険の受取人として、カップルの相手を指定できないことがある。カップルの一方の親が危篤状態になった時、カップルのもう一方が病室に入ろうとしたところ、家族以外の人の面会は認められないとして病院から面会を謝絶されたというケースもあった。だが、これらの事例は、民間でLGBTに対する理解が広まっていけば解決の道が開けるのではないかと考える。

 賃貸住宅については、大家が気にするのは、カップル間のトラブルなどによって家賃収入が途絶えるかもしれないという点である。家賃収入の面で問題がなければ、LGBTのカップルの入居は認められるだろう。また、生命保険の受取人は基本的に「配偶者または二親等以内の血族」としている保険会社が多いが、最近はそれ以外の第三者を受取人にすることができる保険も登場している。病院の事例に関して言えば、病院側にLGBTのカップルも広い意味での重要な家族の一員であるという意識があれば、その人を病室に招き入れるようになるだろう。

 先ほど、子を産みうる組を憲法で特別に保護すると書いた。だがここに、現代的な新たな問題がある。それは、子を産まないことを選択する夫婦が増えていることだ。現行憲法のままだと、こうした夫婦は過保護を受けていることになる。また、近年は晩婚化が進んでいるから、女性が子どもを生むことが難しい年齢になってから結婚するケースも増えている。こうした夫婦も憲法による過保護状態になってしまう。子連れで再婚した夫婦が新たに子どもをもうけなかった場合も、憲法による過保護状態にあると言えるかもしれない。

 逆に、親の事情で憲法の保護から外れてしまう子どももいる。例えば、レズビアンの女性が最初は通常の婚姻をして子どもを出産し、その後離婚して、今度は女性とカップルになる場合である(上川あや、岡田実穂、宇佐美翔子、砂川秀樹「生きやすい空気をつくるために <同性婚議論>のその先へ」より)。子どもは親を選ぶことができない。

 さらに、通常子どもと言えば、(養子縁組や再婚組を除いて、)父と母の両方の遺伝子を継ぐ者を指し、憲法もそういう子どもを保護していると考えられる。ところが、FtMトランスジェンダー当事者(身体的には女性、特例法により男性に変更)が女性と婚姻し、第三者精子提供の人工授精で子どもをもうけたところ、行政が当該男性を父として認めなかった問題で、最高裁は2013年12月に父として認める逆転容認決定を言い渡したという事例がある(山下敏雅「誰にも身近な問題へ 日本における性的少数者の法的トラブルの現在」より)。この一件は、憲法の保護に値する子どもとは何なのかという問題を提起している。

 (3)浜矩子、竹信三恵子、升味佐江子「アベノミクスを浴びせ倒し」で、「働き方改革」が酷評されていた。私も政府が示す「働き方改革」には疑問を感じる点がある。厚生労働省が示している、健康を守る目安となる残業時間は週15時間、月45時間、年360時間までとされているのに、政府案では特に忙しい月は月100時間が上限とされており、さらに労使協定を結べば年間最大720時間まで残業が許容される。これでは厚生労働省が示す基準との整合性が取れない。対談記事にもあったように、安倍政権の「一億総活躍」、「働き方改革」とは結局のところ、女性も高齢者も含めて国民全員を働き詰めにする改革である。だが、少し考えれば誰でもすぐに解るように、国民全員がずっと働き続けいていたら、消費者が存在せず、経済が成り立たない。

 本ブログではしばしば「神⇒天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/NPO⇒学校⇒家庭」という、(かなりラフだが)日本の重層的な社会構造を示してきた。そして、ある階層は上の階層からの指示に従い、下の階層に指示をするだけでなく、上の階層に対して「下剋上」(上の階層からの指示よりも優れたアイデアを提案し、実行する)し、下の階層に対して「下問」(下の階層がその目的を達成するために、上の階層が何か支援できることはないかと問う)する点に日本社会の特徴があると書いてきた。企業は下の階層にある家庭に対して「下問」しなければならない。家庭の目的とは、企業に対して健康的な労働者を送り込むこと、市場に対して良識ある消費者を送り込むことである。企業が家庭に下問してその目的達成を支援するとはつまり、社員に家族との憩いの時間を与え、社員が満足な生活を送れるよう十分な給与を払うことである。

 「働き方改革」では、フリーランスの活用についても触れられているようだ。だが、『中小企業白書』、『小規模事業者白書』を読めば解るように、小規模事業者やフリーランスの収入は悲惨である。大企業勤めの人の収入を上回ることができるのはほんの一握りの人しかいない。私は中小企業診断士であるが、日頃から中小企業にはもっと規模を追求してほしいと思っている。規模が大きくなれば、大きな仕事を受注することができる。事業を多角化してリスク分散ができる。景気の波を吸収することができる。イノベーションに投資することができる。結果的に、より多くの雇用を生み出し、より多くの給与を支払うことができる。私は、大企業こそ現代の最も優れた利益分配機関だと考える。フリーランスのような貧乏人を増やす政策には反対である。


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