プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2017年07月25日

『ノーベル賞と基礎研究(『一橋ビジネスレビュー』2017年SUM.65巻1号)』―イノベーティブな知を創出し、評価する方法についてのヒント


一橋ビジネスレビュー 2017年SUM.65巻1号一橋ビジネスレビュー 2017年SUM.65巻1号
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2017-06-16

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 ノーベル賞の受賞を目指して経営している企業はほとんどいないだろうし、私もノーベル賞の受賞を目指す企業の経営コンサルティングなどできるわけないのだが、本号を通じて、イノベーションや新しい知を創出するためのヒントはいくつか得られたと思う。
 第1に、科学的戦略ビジョンを有する経営リーダーを育成すること、第2に、科学技術にかかわるエコシステムおよび科学技術イノベーション政策を整備することで研究開発プロセスと成果物の市場化を促進すること、第3に、研究活動を整備し、優れた人材を海外から誘致することの重要性を説いている。
(原泰史、壁谷如洋、小泉周「ノーベル賞受賞者の特性分析から見える革新的研究の特徴」)
 この文章の「科学技術」などの文言を「イノベーション」としても、十分に意味は通じる。
 第1に、イノベーション戦略ビジョンを有する経営リーダーを育成すること、第2に、イノベーションにかかわるエコシステムおよびイノベーション政策を整備することでイノベーションプロセスと成果物の市場化を促進すること、第3に、イノベーションを整備し、優れた人材を海外から誘致することの重要性を説いている。
 先ほどの論文では、ノーベル賞を受賞した研究者が、受賞につながった主要研究を開始した年齢を分析している。その結果、興味深いことが判明した。
 主要研究を開始した年齢は、化学賞の場合は平均37.6歳、生理学・医学賞の場合は36.6歳、物理学賞の場合は37.1歳であった。(同上)
 主要研究を始める年齢は意外と遅いという印象であった。数学のノーベル賞と言われるフィールズ賞を受賞するためには、20代のうちに顕著な成果を上げていなければならず、30歳を過ぎてからでは手遅れであるそうだが、ノーベル賞に関してはこれは該当しない。では、30代後半に主要研究を始めるまでに何をしているのかと言うと、
 後に受賞に至る主要研究を行うまでに、特に研究者キャリアの開始時に多様かつ複数の研究機関や職業を経験している
(赤池伸一、原泰史「日本の政策的な文脈から見るノーベル賞」)
そうだ。そういえば、『致知』でも筑波大学名誉教授の村上和雄氏が、研究活動で高い業績を上げている研究者は、若いうちに研究分野の大幅な転換を経験していることが多いと述べていたのを思い出した。これは、昨今のスペシャリスト信奉に対する1つのアンチテーゼである。

 最近は、若手社員でもゼネラリストよりもスペシャリストを志向する人が増えていると聞く。海外ではそれがもっと顕著で、職務定義書(Job Description)に書かれた職種以外の仕事はしないという人が、欧米だけでなくアジアにも広がっている。ベトナムの場合は、一時的な異動であっても、60営業日以内に限定しなければならず、3日以上前に事前通告する必要があるとわざわざ労働法に定められている。私はこういう動きを見て、若いうちから自分に適した仕事がはっきりと解っている人など果たしてどれくらいいるのだろうかとかねてから疑問に思っていた。その点、日本のジョブローテーション制度は、本人の向き・不向きを一旦棚に上げて、若いうちに色々な業務を経験させるということで、非常に優れた制度であると考える。

 冒頭の引用文の最後には、海外人材を誘致することの重要性が書かれている。ビジネス界で現在流行している言葉を使えば、ダイバーシティ・マネジメントを行うべきだということだろう。ただ、多様性を確保するために誰彼構わず海外人材をチームに入れればよいというわけでもない。メンバーが頻繁に入れ替わるチームは、メンバー間の信頼関係の構築に時間がかかり、チームに問題をもたらすリスクがある。アメリカの航空業界では、大小様々なインシデントを全てデータベース化しているが、そのデータベースによると、インシデントが起きるのは、パイロット、キャビンアテンダント、グランドスタッフ、グランドハンドリング、航空管制官などのチームメンバーが初顔合わせのケースが多いと言う。社会学者ジェームズ・マーチの研究だったと思うが、パフォーマンスが高い研究チームというのは、”時々”新しいメンバーが入るチームだそうだ。

 現在のビジネスは、チームプレーを求められることが圧倒的に多い。研究活動も同じである。オートファジーの研究でノーベル賞を受賞した大隅良典教授は、東京大学時代には1人でコツコツと研究していたが、基礎生物学研究所に移籍してからは、広いスペースと研究チームが与えられ、これが研究を新しい方向へ向かわせる契機となったそうだ(原泰史、壁谷如洋、小泉周「ノーベル賞受賞者の特性分析から見える革新的研究の特徴」より)。以上のことを総合すると、高い業績を上げるチームは、①若いうちに多様な分野を経験したミドルクラスがリーダーとなり、②時々、外部からの視点を取り込むために海外の人材を活用し(外部からの視点を取り込むという目的が達せられるのであれば、必ずしも海外人材である必要はない)、③3年程度でチームを転々とする20代のメンバーも含めてマネジメントすることが重要と言えるであろう。

 冒頭の引用文には「成果物の市場化」が大切であると書かれている。企業が外部と成果物をやり取りする具体的な方法としては産学連携が挙げられる。本号には、「スター・サイエンティスト」と企業の相互関係について分析した論文が収録されている。これによると、スターサイエンティストと企業の協業は、お互いに正の効果をもたらすと言う。
 ベンチャー企業のパフォーマンス指標として、特許、開発中のプロダクト、上市したプロダクト、の3つを取り上げた上で、それらと①スター・サイエンティスト、②全米トップ研究大学(必ずしもスター・サイエンティストが存在するとは限らない)、③ベンチャーキャピタル、とのつながりを概観した。(中略)以上より、ベンチャー企業のパフォーマンスに影響を与える最たるものとしては、スター・サイエンティストとの共著が有力であることが示唆される。
(齋藤裕美、牧兼充「スター・サイエンティストが拓く日本のイノベーション」)
 ここで考えられるのは2つの仮説である。1つはスター・サイエンティストがベンチャー企業に時間を割くようになると、研究時間とのトレードオフが起き、研究業績は下がるという可能性である。もう1つは、資金が集められるようになるなどといった理由から、むしろ、より研究業績が上がるという可能性である。結論として、後者の仮説が支持される。(同上)
 以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第48回)】Webで公開されている失敗事例通りに失敗した産学連携プロジェクト」で書いたように、私は前職のベンチャー企業において産学連携で手痛い失敗をしたので、産学連携について偉そうなことは言えない。ただ、この失敗から学んだのは、企業は企業の目的、研究者は研究者の目的を追求しているのであって、産学連携であるからと言って必ずしも共通の目的を設定する必要はないということである。以前の記事「【JETRO】ASEAN-JAPAN Open Innovation Forum(セミナーメモ書き)」の中でも示したように、企業は企業の、研究者は研究者のBSC(バランス・スコア・カード)の実現を目指せばよい。その上で、企業がある目標を追求すると、研究者側のある目標の達成に寄与する、あるいはその逆の関係が生まれるように協業を調整することが、産学連携を成功に導くコツであると考える。

 企業内における「成果物の市場化」で思いつくのは、ナレッジ・マネジメント・システム(KMS)の活用である。10年ぐらい前はKMSという言葉が通用したのだが、残念なことに現在googleでKMSを検索してもナレッジ・マネジメント・システムは上位に表示されず、ブームが去ってしまった感がある。ただ、KMSは依然として、社員のナレッジの標準化、高度化を進める上では重要なツールであると考える。ここでの問題は、KMSの効果をどう測定するのかということである。研究者の場合、業績評価指標として、①論文の本数(量)と②被引用回数(質)がある。ただ、この2つでは不十分であり、「厚み」という新たな指標を提唱している論文が本号にはあった。
 われわれは、論文の集積度(accumulation)を評価指標として導入しようと考えた(ここでは、指標としてam5インジケーターと呼ぶことにする)。

 論文を被引用回数によって降順に並べていき、それをプロットしてグラフにしたのが図3(※省略)だ。厚みがあるといえるのは、この面積が大きいときである。また、被引用回数が1番の論文だけが飛び抜けているのか、2番目以降の論文もそこそこの被引用回数を保っているのか、このグラフの形も重要となる。

 そこで、原点から45度のラインを引き、その交点の位置で面積を疑似的に表すという指標を設定した。つまり、被引用回数と論文数が一致する点を見つけることになる。
(小泉周、調麻佐志「大学の研究力をどのように測るか?」)
 この指標によると、50回以上引用されている論文が1本あるものの、それ以外は1回か2回しか引用されていない論文ばかりの大学よりも、どの論文も平均的に5~6回程度引用されている大学の方が厚みがあると評価されることになる。

 随分前の話だが、営業部門にKMSを導入していたある顧客企業が、営業担当者が次から次へとナレッジを登録するため、結局どのナレッジを使えばよいのか解らないという問題を抱えていたことがあった。当時の私は、KMSの中身を整理し、社員がたくさん参照・ダウンロードするナレッジだけを残して、残りはバッサリと削除してはどうかとアドバイスした。しかし、今振り返ると間違ったことを言ってしまったと反省するばかりである。その顧客企業は、規模も業種も異なる様々な顧客を相手にしていた。だから、汎用的なナレッジなど存在しない。多様なナレッジが適度な参照回数を保つようにKMSの設計を見直してはどうかと助言するべきであった。
 新入職員は、最初の3カ月間は、園生と一緒に生活することから始まる。実習時や就職時にも、ケース記録は見せてもらえないという。ケース記録とは、成育歴や病歴など園生の状況がわかるカルテのようなものであるが、川田園長(当時)は見せてくれと言っても駄目だと言って見せなかった。その理由は、ケース記録を見てしまうと、その人の障害や病気を見てしまい、その人自身がどういう人であるかを見なくなってしまうからである。障害を先に理解するのではなく、まず自分からかかわっていくことで、園生を人として見るようになる。
(露木恵美子、前田雅晴「こころみ学園/ココ・ファーム・ワイナリー 人が「働くこと」の意味を問い直す―知的障害者支援施設の挑戦」)
 研究活動でも、基本は先入観を捨てて「観察」することであろう。企業であれば、顧客を観察することからビジネスが始まる。ところが、これは我々コンサルタントも悪いのだけれども、いわゆるCRMシステムを導入したことによって、システム上の情報ばかりを頼りに顧客に接する営業担当者、サービス担当者が増えてしまったように思える。

 また、私は中小企業診断士という仕事柄、様々な企業の事業計画書を読むことが多いのだが、明らかにコンサルタントが代筆したものだと解るケースがある。それは、市場ニーズに関する記述が、公表されている統計データなどを定量的に分析したものにとどまっている場合である。では、コンサルタントに頼らずに自力で事業計画書を書いた人はもっと突っ込んだニーズ分析ができているかというと、必ずしもそうではない。単に「○○というニーズを持ったお客様が増えている」と書かれているだけで、具体的に誰が、いつ、どのような場面で、どういうことを言ったのか、言葉の隅々まですくい上げた計画書はほとんど見たことがない。

 私は、かつての日本企業は顧客をじっくりと観察するということを自然にやっていたと思っている(以前の記事「創業補助金の書面審査をして感じたこと(自治体はもっとしっかりせよ)」では、スーパーマーケットの例を出した)。ところが、アメリカからデータ重視のマーケティング手法が導入されたことで、観察力が鈍ってしまった。もちろん、CRMシステムにも利点はある。営業担当者が前任から顧客を引き継いだ時、その顧客について何も知らずに顧客の元を訪問するのはさすがに失礼である。ただ重要なのは、CRMシステムに登録されている情報を鵜呑みにしないことである。本号の井上達彦氏の言葉を借りれば、「色眼鏡を外す」べきだ。そして、観察を通じて、CRMシステムに登録されている情報を自分なりに更新していく。そこに、”その”営業担当者”ならでは”の存在価値があり、”その人らしい”仕事のやり方というものが成立する。

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