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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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2017年08月02日

近藤隆雄『サービスマネジメント入門―ものづくりから価値づくりの視点へ』―「おもてなし」は顧客の心を読んでいるようで実は日本人のおしつけ、他


サービスマネジメント入門―ものづくりから価値づくりの視点へサービスマネジメント入門―ものづくりから価値づくりの視点へ
近藤 隆雄

生産性出版 2007-12-01

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 旧ブログの記事「サービス・デザインでは「組織の価値観」を中核に据える―『サービスマネジメント入門』」で取り上げた本書をもう一度読み返してみた。

 (1)
 ノーマンは、サービスの革新は社会革新(ソーシャル・イノベーション)だと主張している。この場合の「社会」とは、多人数が作る全体社会ではなく、複数人の人が作り出す一定の社会関係のことである。サービスの生産場面で、新しい役割と役割関係を創造して、新しい人的能力とエネルギーを活用すること、これがサービスのイノベーションなのだ。
 サービスが純粋な製造業と異なるのは、サービスの提供プロセスに顧客が参画する点である。そして、顧客の態度や能力がサービスの品質を決める。さらに、他の顧客の態度や能力が、別の人にとってのサービスの品質に影響を与えることがある。上記の引用文は穏当な表現になっているが、別の箇所ではもっと踏み込んだ記述がなされている。
 レストランやホテルでは、どんな客層の人々が利用しているかで、雰囲気や「格」といったものが決まってくる。また、人々のその場での振る舞いもまた、サービス提供場面の雰囲気やイメージの形成に影響を及ぼす。サービスの提供者にとっては、いわば「場違い」の顧客や、静かな室内で声高に話をするお客、その他ルール違反のお客などの逸脱行為をどのように処理するかが、重要な課題となることがある。企業は良質のサービス提供に責任を負っているから、サービス提供場面での「状況」のコントロールは、サービス提供の重要な役割の一部なのだ。
 要するに、自社のサービスにとって不適切な顧客は、企業側が責任を持って排除しなければならないということである。私は仕事柄、隙間時間に電源のあるカフェで仕事をすることが多いのだが、電話で大きな声で部下や顧客と長々と話をしながらパソコンを操作している人を見かけることが多い。個人的には、「でかい独り言」で非常に迷惑だから、店側には電話を禁止してもらいたいと思っている。ただ、この理由だと、カフェでの電話は不快なのに、オフィスでの電話は不快に感じないことの違いを説明できない。それに、この点に関しては色々な意見があるようで、街中や電車の中では電話ができないから、カフェで電話しているのだという声も聞く。

 しかしながら、私が思うに、オフィスを離れた場所で、長電話をしながら仕事をするというのは、仕事のやり方に問題がある。そんなにたくさん部下と電話をしなければならないのは、部下への指示や、日頃の部下の育成が不十分であったということである。顧客と長電話をしなければならないということは、商談や打合せで顧客と十分な擦り合わせができていなかったことを意味している。つまり、カフェで長電話をする人は、「私は仕事ができる人です」ではなく、「私の仕事は非効率、下手くそです」と周りに告知しているようなものなのである。カフェの中には、「他のお客様の迷惑になる」という理由で電話を禁止しているところがあるが、私は、顧客が自身の生産性を低下させるような行為をカフェが阻止するべきだと思う。

 ついでにもう1点。先日、土曜日の夜9時過ぎぐらいに、あるファーストフードチェーン店で仕事をしていたら、幼稚園か小学校低学年の子どもを連れた家族が複数組入ってきて、大声でバカ騒ぎをしていた。こういう家庭が社会の底辺の家庭なのだろうと思ってしまった。まず、幼稚園か小学校低学年の子どもならば、夜9時は風呂に入って寝る時間であるはずだ。それに、週末の夕食がファーストフードというのはあまりにも寂しい(せいぜい昼ご飯にとどめておくべきだろう)。ゲームセンターやカラオケボックスは、一定の時刻を過ぎると子どもの入店を禁止しているが、それと同様に、道徳的・倫理的観点から、ファーストフード店も顧客を制限するべきだと感じた。

 この話を私の友人にしたら、彼はファミリーレストランでの体験を話してくれた。彼が夜10時過ぎにご飯を食べていたところ、やはり同じように小さい子どもを連れた家族連れが入ってきて、子どもは店中を走り回り、大声でニンテンドーDSをし、親はスマートフォンに夢中になっていたという。彼は、「こんな家族がいるような環境がいるところで子育てができるか」と思って、その土地から引っ越してしまった。ファミリーレストランとしては、不適切な顧客のせいで、顧客を1人失ったことになる。ファミレスに限らず、最近はどの企業も売上の確保に必死であるから、どんな顧客でもなりふり構わず受け入れようとしているように見える。つまり、経済的な観点のみでビジネスをしている。しかし、企業は社会的責任を果たさなければならない。自社のサービスの特性をよく考えて、社会的な観点から適切な顧客を選別することが重要になるのではないだろうか?

 (2)旧ブログの記事「「ES向上⇒CS向上⇒利益向上」の自己強化システムについての考察-『バリュー・プロフィット・チェーン』」では、社員満足度(ES)の向上が顧客満足度(CS)の向上につながると安直な考えを書いてしまったが、その後現行ブログの記事「【議論】人材マネジメントをめぐる10の論点」でこの考えに疑問を呈するようになった。

 ESはあくまでも過去に対する評価であり、現状に満足してしまうと、今後顧客に対してよりよい製品・サービスを提供しようとするモチベーションが上がらない、という事態が想定される。よって、ESと社員のモチベーションは区別しなければならない。
 従業員の動機付けの強さと顧客満足の間には正の相関が見られるのだが、一方厳密な心理学的考察によれば、「従業員の満足度」が直接従業員の強い「動機付け」を生むとは考えられていない。(中略)研究の結果明らかなのは、動機付けが強く高い業績を上げている従業員は、仕事への満足度が高いという逆方向の関係である。
 「社員のモチベーション向上⇒CS」という因果関係は存在する可能性がある。一方、モチベーションが高い社員はESが高いが、ESが高いからといってモチベーションが高いとは限らない、ということである。私自身は、現在の仕事に多少不満を持っている社員の方が、モチベーションが高いという仮説を持っている。ただし、ここで言う不満とは、給与などの待遇が悪い、作業環境に問題がある、職場での人間関係が上手くいっていないといった、企業の内部環境に起因する不満ではない。「このままでは顧客を満足させる品質水準に達しない」、「競合他社に追い抜かれる」、「代替品の登場によって市場が消滅する恐れがある」といった、外部環境の視点から見た不満である。このような不満(というか危機感)がモチベーション向上につながると推測する。

 CSも同様であって、一般にはCSが上昇すると再購入率が高くなるとされるが、CSが過去に対する評価であるのに対し、再購入率は将来の購買意欲である。業種によっては顧客満足度と再購入率の間には相関関係がないことが知られている(例えば、自動車など)。CSと再購入率をつなぐには、何か新しい因子を間に挟む必要があるように思える。ただし、残念ながら、それが何であるのかは今のところ解らない。本書ではその因子の候補として「顧客ロイヤリティ」が挙げられていたものの、CSとの違いがあまり判然としない印象であった。以上をまとめると、「社員の不満(危機感)⇒社員のモチベーション向上⇒CS向上⇒(何か新しい因子)⇒再購入率向上」という関係が成り立つのではないかと考える。

 (3)
 わが国でホスピタリティという場合、「おもてなし」という日本的な価値観を反映した姿勢や態度が想定されているのではないだろうか。それは極端な場合には、顧客のことを大切にはするのだが、思い込みによる提供側の一方的な好意の押しつけがその内容となる危険性がある。
 東京五輪の誘致活動を通じて、「おもてなし」という言葉が日本人の美徳として世界に広まった。しかし、本書の著者は、おもてなしが、顧客のニーズを汲み取っているようで、実は提供者側が「こうすれば顧客が喜ぶはずだ」と思い込んでいるサービスを顧客に押しつけている可能性があると指摘する。これを読んで私が思い出したのが、次の事例である。

 北京で日本料理店を経営している日本人のA氏のお店では、日本流のおもてなし精神をサービスに反映させている。和服の中国人女性が料理を運び、日本と同じように座って皿を並べ、片づける。ところが最近、この給仕の仕方が、中国人の間で話題となった。地元の新聞は、次のような読者の声を紹介した。「服務員を低い地位に置いている。旧中国でもこんな醜い現象はなかった。国家の尊厳を損ね、服務員を侮辱している」、「自分の親にもひざまづいたことがないのに、どうして客にひざまずく必要があるのか?」 この背景には、中国も日本と同じ儒教社会、権威主義社会であるものの、自らへりくだってまで上の者に仕えるという考え方がないということがある(八代京子他『異文化トレーニング―ボーダレス社会を生きる』〔三修社、1998年〕より)。

異文化トレーニング―ボーダレス社会を生きる異文化トレーニング―ボーダレス社会を生きる
八代 京子 小池 浩子 町 恵理子 磯貝 友子

三修社 1998-02

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 個人的な見解だが、日本人というのは元々、個々の顧客に密着してその言動をつぶさに観察し、顧客のニーズを丁寧に汲み取って、1人1人の顧客に合った製品・サービスを製造・提供するのが上手な国民であったと思う。だから、大量生産が常識となっていた自動車業界であっても、トヨタは独自の生産方式を開発して多品種少量生産を実現した。それが、いつの時代からか、企業側が「これだ」と思い込む製品・サービスを顧客に押しつけるようになった。

 これは、アメリカのイノベーション経営の影響が大きいと思う。以前の記事「【シリーズ】現代アメリカ企業戦略論」などでも書いたが、アメリカのイノベーターは、「これから全世界の人々は、我が社のこの製品・サービスを使用するべきだ」と、ベンチャーキャピタルから調達した多額の資金を使って大々的にプロモーションする。それが可能なのは、イノベーターが「顧客にとって、あってもなくてもよい製品・サービス」の分野で勝負しているからである。世界中の顧客のニーズは白紙であるから、その白紙をイノベーターが自由自在に塗りつぶすことができる(ブログ別館の記事「秦充洋『プロ直伝!成功する事業計画書のつくり方』―2段階ターゲティングは興味深いがアメリカのイノベーターは最初から世界を目指す、他」を参照)。

 ところが、日本企業はこういうイノベーションが不得意である。日本企業が強いのは顧客のニーズが比較的はっきりしている「必需品」の分野である。この分野では、昔ながらの泥臭いマーケティングで戦わなければならない。それなのに、無理にアメリカの真似をした結果が、おもてなしの押しつけなのではないかと思う。もちろん、本ブログで何度か書いているように、企業は顧客のニーズに従順に従うだけでなく、顧客に対して「下剋上」(山本七平の言葉を借用)を行うことがある。これも日本企業の強みであると考える。つまり、「お客様のことを考えると、こういう製品・サービスにした方がもっと価値がある」と提案するわけである。ただし、下剋上の前提となるのは、やはり日頃から顧客をじっくりと観察・洞察することであって、それを離れて企業が勝手に顧客に何でも提案してよいというわけではない。この点は誤解してはならない。


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