プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2017年08月21日

【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)


戦略オプション

 以前の記事「戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(1)(2)」の焼き直し記事。敢えて図を使わなくても7つの戦略を説明できると思い、書き直すことにした。企業は持続的に成長を続けるために、常に新しい戦略機会(ビジネスオポチュニティ)を模索しなければならない。戦略機会を抽出するためのフレームワークとしてよく知られているのが、ロシアの経営学者イゴール・アンゾフが考案した「成長ベクトル」である。

 アンゾフの成長ベクトルでは、横軸に「顧客(既存―新規)」、縦軸に「製品・サービス(既存―新規)」という2軸を取り、マトリクス図を作成する。左下の象限は、既存の顧客に対して既存の製品・サービスを販売するものであり、「①リピート購入戦略(アンゾフの言葉では「市場浸透戦略」)」と呼ぶ。右下の象限は、新規の顧客に対して既存の製品・サービスを販売するものであり、「②市場シェア拡大戦略(同「新市場開拓戦略」)」と呼ぶ。左上の象限は、既存の顧客に対して新規の製品・サービスを販売するものであり、「③ウォレットシェア拡大戦略(同「新製品開発戦略」)」と呼ぶ。ウォレットシェアとは、顧客の財布に占める自社のシェアという意味である。最後に、右上の象限は、新規の顧客に対して新規の製品・サービスを販売するものであり、「④多角化戦略」と呼ぶ(アンゾフの用語でも同じ)。

アンゾフの成長ベクトル

 ①リピート購入戦略と②市場シェア拡大戦略は、既存事業の強化である。事業機会を抽出する場合、既存事業も候補の1つであることを忘れてはならない。①リピート購入戦略においては、製品・サービスの改善、技術改良、リピート購入を促すプロモーションなどが展開される。②市場シェア拡大戦略においては、差別化要因の強化、魅力的な価格の提示など、競合他社からの乗り換えを促すプロモーションが実施される。

 ③ウォレットシェア拡大戦略と④多角化戦略は、新規事業にあたる。③ウォレットシェア拡大戦略には2つの方法がある。1つ目は、既存の製品・サービスと類似カテゴリの製品・サービスを開発するというものである。例えば、清酒メーカーであれば、ワインや焼酎の製造・販売への進出が思いつく。2つ目は、顧客が既存の製品・サービスを消費するプロセスの前後を押さえる、つまり、顧客が既存の製品・サービスと一緒に消費する製品・サービスを開発するというものである。清酒メーカーの場合、清酒と一緒に消費される惣菜や酒のつまみを開発する、あるいは清酒が消費される飲食店を経営するという選択肢がある。自動車メーカーの場合、アフターマーケット市場への進出は、顧客の消費プロセスの「後ろ」を押さえることになる。さらに、自動車の出発点と到着点に該当する住宅と商業施設、観光施設の開発に乗り出すのも一手である。

 ④多角化戦略には、大きく分けて、外部環境アプローチと内部環境アプローチの2つがある。外部環境アプローチはさらに3つに分かれており、ⅰ)成長市場に着目する、ⅱ)労働力が不足している業界に注目する、ⅲ)海外で流行しているものを日本に輸入する、という視点がある。ⅰ)に従えば、医療・介護業界に進出するというオプションが出てくるし、ⅱ)に従えば、建設業界や飲食チェーン業界に進出するというオプションが導かれる。

 一方の内部環境アプローチも同じく3つに分かれており、ⅳ)経営理念から導かれる領域、ⅴ)自社の強みを活かせる領域、ⅵ)経営陣がやりたいと思っている領域、という切り口がある。例えば、バイオ研究に力を入れている清酒メーカーは、化粧品分野に進出することがある。また、人間の鋭敏な味覚は、最新の分析機器でも検出できない何億分の1レベルの微量物質を感知する能力を持つため、清酒メーカーは分析機器の精度を超えたレベルの酒質設計を行っている。このノウハウを活かして、分析測定機器の開発・販売に乗り出すという手も考えられる。

アンゾフの成長ベクトル(拡張版)

 ただ、個人的には、この4つだけでは事業機会としては不十分だと思う。そこで、「⑤新市場開拓戦略」、「⑥代替品開発戦略」、「⑦完全なるイノベーション戦略」という3つを加えた。⑤新市場開拓戦略では、既存の製品・サービスを非顧客に販売することを目的とする。考え方としては、まず、既存顧客と反対の属性を持っている人々に販売するという方法がある。例えば、男性向けだったものを女性向けに、若者向けだったものを高齢者向けに、BtoC向けだったものをBtoB向けに提供するということである。アメリカは、軍需品を民生に転換することを得意としている。

 女性向けだったものを男性向けに販売している例として、生理用ナプキンが挙げられる。男性は痔に悩んでいる人が多い。そこで、出血を抑えるために生理用ナプキンを使用している人がいるという。また、長時間座って運転をしなければならない物流業界のドライバーは、お尻が座席との摩擦で痛くなるのを防ぐために生理用ナプキンを使っているらしい。さらに、医療現場では、お尻を手術した患者に対し、出血や膿を吸収する目的で生理用ナプキンを用いている。

 ⑤新市場開拓戦略の2つ目の考え方として、既存の製品・サービスを意外な方法で使用している人々に着目するというものがある。例えば清酒の場合、調味料の代わりとして清酒を使用する人がいる。もちろん、既に料理酒は存在するが、お米をふっくらと炊き上げたり、お餅をふっくらと焼き上げたりするために清酒を使っている人がいるらしい。こういうニーズに着目すると、既存の料理酒とはまた違った調味料が生まれるかもしれない。また、清酒を入浴剤代わりに使っている人もいる。ここから、清酒の成分を含んだ入浴剤の分野に進出するということも考えられる。

 ⑤新市場開拓戦略の3つ目の考え方は、既存の製品・サービスを海外に展開するというものである。しかも、単に海外展開するのではなく、まだその製品・サービスが一般的になっていない国・地域に持っていくことで先行者利益を狙うというものである。⑤新市場開拓戦略は、非顧客に着目することで、市場のパイそのものを拡大することを目指している。

 ⑥代替品開発戦略は、文字通り既存の製品・サービスを脅かす代替品を、先手を打って開発する戦略である。1つ目として、技術的に非連続的なイノベーションが挙げられる。自動車業界で言えば、燃料電池自動車(FCV)がこれに該当する。FCVが完成すると、既存のガソリン車とは全く異なる部品構成やビジネスモデルが必要となり、業界構造が一変する。既存の市場や業界を丸ごと吹き飛ばすほどの威力を持つ非連続的なイノベーションは、代替品である。

 2つ目は、クレイトン・クリステンセンが提唱した「破壊的イノベーション」である。再び自動車業界に目を向けると、電気自動車(EV)は破壊的イノベーションになり得る可能性があると言われている。破壊的イノベーションとは、既存の製品・サービスに比べると技術的には”劣る”が、コストパフォーマンスが高いため、顧客の期待水準を大幅に上回ってしまった既存の製品・サービスに顧客が見切りをつけて、市場の大多数が破壊的イノベーションに流れ込むというものである。破壊的イノベーションも、既存の製品・サービスを駆逐するから、やはり代替品である。

 3つ目は、顧客のニーズを別の手段で満たす製品・サービスの開発である。顧客はその製品・サービスそのものがほしいのではなく、その製品・サービスによって何かを実現することを欲している。マーケティングの格言に「顧客が欲しているのはドリルではない。ドリルの穴だ」というものがある。もし、ドリルよりも効率的に穴を開けられる製品が登場したら、ドリルにとって脅威的な代替品となるだろう。清酒の場合、清酒を飲むのはストレスを発散するためである。よって、「ストレス発散ドリンク」のようなものを開発すると、清酒にとっての代替品となる。また、自動車の場合、顧客が欲しているのは「移動すること」である。よって、バスやタクシー、鉄道、飛行機は自動車にとっての代替品となる。「ワープ技術」が完成したら、自動車にとって相当の脅威になるだろうが、物理学ではワープ技術は不可能という結論に達しているらしい。空間を歪めて近道を作るのに、宇宙に存在する全エネルギー以上のエネルギーが必要だというのがその理由である。

 私が思うに、代替品には意外と十分な注意が払われていない。代替品が現れると、既存の製品・サービスの市場は一瞬で消える。そのぐらい過激な存在である。だから、代替品が現れてからどうしようかと慌てふためくのではなく、普段から自社の製品・サービスにとっての代替品とは何かを熟考し、対策を打っておく必要がある。代替品開発戦略を考えるには、次のような問いを発するとよい。「今、我が社を潰すとしたら、どんな製品・サービスを開発すればよいか?」

 最後が「⑦完全なるイノベーション戦略」である。技術的に全く新しい製品・サービスを開発したり、今まで存在していなかった市場ニーズを掘り起こしたりする。ただ、これはほとんど発明に近い領域であるため、私もどういう論点で検討をすればよいかアイデアがない。1つだけ例を挙げるとすれば、清酒メーカーの場合、「酔っぱらうが判断能力は落ちない日本酒」なるものを発明すると、飲食業界は大喜びするかもしれない(危険ドラッグのような製品だが・・・)。

 以上、7つの戦略を見てきたが、①から⑦の順で難易度が上がる。また、繰り返しになるが、①リピート購入戦略と②市場シェア拡大戦略が既存事業の強化であるのに対し、③ウォレットシェア拡大戦略から⑦完全なるイノベーション戦略は新規事業の開発にあたる。さらに、①リピート購入戦略から④多角化戦略は、既に存在する市場シェアの拡大を目的としている点でマーケティングであるのに対し、⑤新市場開拓戦略、⑥代替品開発戦略、⑦完全なるイノベーション戦略は、新しい市場を創出するイノベーションである。これまで述べてきた観点で自社の事業機会を検討すると、非常に幅広いチャンスがあることに気づく。次は、それらの事業機会のうち、どれに着手するかを決めなければならないが、その方法については機会を改めることとしたい。

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