このカテゴリの記事
【中小機構】インバウンドを呼び込むために知っておきたい基礎知識~欧州編~(セミナーメモ書き)
土屋勉男、金山権、原田節雄、高橋義郎『革新的中小企業のグローバル経営―「差別化」と「標準化」の成長戦略』―共著と中小企業研究の悪癖が両方とも出た1冊
DHBR2017年10月号『グローバル戦略の再構築』―日本の中小製造業がこれから海外進出する際の5つのポイント

お問い合わせ
お問い合わせ
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
YggDoreによる投げ銭(寄付)
YggDore

 本ブログは、他のブログでは読むことができないような独自の視点から、少しでも皆様のお役に立つ記事の掲載を目指しています。もし、「面白かった」と思ってくださいましたら、YggDoreから投げ銭(寄付)をしていただけると大変ありがたいです(※手順は「こちら」)。

 ※クレジットカード決済は本人確認費用と時間が発生するため、銀行振込をお勧めします。ただし、振込手数料は皆様にご負担いただきます。
 ※いずれの方法を選択した場合でも、振込者情報、銀行口座情報、クレジットカード番号などが私に通知されることはありません。
 ※寄付をしていただいても、広告掲載などの見返りは提供しておりません。あしからずご了承ください。
Facebookページ

Top > 海外ビジネス アーカイブ
2018年06月05日

【中小機構】インバウンドを呼び込むために知っておきたい基礎知識~欧州編~(セミナーメモ書き)


インバウンド旅行客

 中小企業基盤整備機構(中小機構)の虎の門セミナー「インバウンドを呼び込むために知っておきたい基礎知識~欧州編~」に参加してきた。講師は、株式会社グローバル・デイリー 欧州事業戦略室次長・近藤美伸氏と、フランスで日本の魅力を発信している著名なYouTuberのギヨーム・ジャマル氏であった。以下、セミナー内容のメモ書き。

 2017年の世界のツーリストの数は約13億2,200万人で2016年よりも約7%増加している。ツーリスト数は2020年には14億人、2030年には18億人に上ると予測されており、観光産業は順調に成長を続けている最も注目すべき産業の1つである。訪日外国人は、2008年時点では8,350,835人だったが、2013年に1,000万人を突破(10,363,904人)して以来急激に増加している。2016年には2,000万人を超え(24,039,700人)、2017年には3,000万人が見えてきた(28,691,100人)。政府は、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年に、訪日外国人4,000万人を達成するという目標を掲げている。

 2016年の訪日外国人2,404万人の内訳を見ると、アジア人が84%の2,010万人を占めており、欧米人・オーストラリア人はわずか12%の296万人にすぎない。これは、欧州など世界中から満遍なく観光客を誘引しているタイ(2016年の訪タイ観光客数は3,256万人)とは対照的である。ただ、逆に言えば、日本は欧米豪の潜在観光客を掘り起こすことができる可能性が高いことを示しており、政府は訪日プロモーションとして「Enjoy my Japan グローバルキャンペーン」を展開している。政府は、まずはこのキャンペーンで日本の魅力を広く知ってもらい、次に国別戦略に基づくきめ細やかなプロモーションを通じて、訪日観光につなげたい考えである。

 訪日外国人が日本に最も期待することは「日本食を食べること」である。ところが、それ以外のニーズとなると、国・地域によって差がある。中国・タイ・香港・台湾・韓国では「ショッピング」を挙げる人の割合が高いのに対し、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・オーストラリアでは「日本の歴史・伝統文化体験」を挙げる人の割合が高い(観光庁「訪日外国人消費動向調査」より)。このニーズの差は、訪日外国人の支出内訳の差にも表れている。例えば、中国人は買い物代に平均11万9千円を費やすのに対し、イギリス・オーストラリア・フランス・イタリア・ドイツ・アメリカ・オーストラリアの人々は宿泊代に多くを費やしている(約8~10万円)(日本政府観光局〔JNTO〕「訪日外客統計」より)。欧米豪の人々の休暇は長いため、日本に長期間滞在して、日本の様々な歴史・伝統文化を体験したいと思っている。

 講師によると、アメリカ市場にアプローチするにはサンフランシスコを、ヨーロッパ市場にアプローチするにはフランスをターゲットにするとよいと言う。サンフランシスコは、政治・社会動向だけでなく、広くアメリカにおける衣・食・住の流行発信地として機能しており、アメリカ市場攻略への一歩を踏み出すテスト・マーケティングを行うのにふさわしい。特に食に関しては、「次から次へと起こる食のイノベーションでニューヨークをしのぐ街」、「職のトレンドはサンフランシスコで始まる」と言われるぐらいである。フランスは、ヨーロッパにおける流行の発信地であり、フランス国内のみならず、周辺諸国への情報拡散も見込める。フランスは"A Global Ranking of Soft Power 2017"でソフト・パワー(国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、共感を得ることにより、国際社会からの信頼や発言力を獲得し得る力のこと)が世界第1位となっている。

 講師がフランスを専門としているため、ここからはフランスの話を中心に記述する。フランス人は、何か月、時には何年も前から日本旅行の準備をする。インターネットで新しい場所を発見するのが好きであり、まだ訪日外国人向けのHPが充実しているとは言いがたい日本のネット社会においては、必ず外国語対応している自治体のHPを重宝しているそうだ。フランス人は、メジャーな観光地に加えて、オリジナルの体験が味わえる土地を訪れたいというニーズを持っている。例えば3週間の旅行の場合、1週目は東京、2週目は大阪を訪れるが、3週目は岐阜や長野などに行く。フランス人は日本の歴史・伝統文化に対する興味・関心が強く、都市部では見ることができない伝統的な文化が豊富な地方の方が、フランス人にとって魅力的に映ることがある。

 フランス人は事前に入念な情報収集をした上で現地を訪問し、さらにそこで、現地でしか知りえない情報が手に入ることに喜びを感じる。日本の文化財は、一見すると地味だが、よく説明を聞くとすごいと思わせるものがたくさんある。フランス人はそういう文化財に触れたいと望んでいる。ところが、多くの文化財では外国語のパンフレットやガイドの整備が進んでいない。すると、拝観料を払って記念写真を撮るだけで終わってしまう。これだと滞在時間は1時間程度にすぎない。世界の文化財、例えばエジプトのピラミッド、カンボジアのアンコールワット、フランスのヴェルサイユ宮殿などが1~2日がかりで回るように設計されているのとは大違いだ。

 世界の文化財の場合、観光客は必ずその文化財の近くで宿泊することになる。前述の通り、フランス人は特定の地域に1週間ほど滞在するから、その文化財を起点として、他の文化財や食事、伝統的体験、ナイトライフなどが楽しめるように消費の流れ全体を設計することがポイントとなる。さらに広い視点に立てば、旅行とは、「旅行したいという欲求を持つ⇒旅行先を探す⇒宿泊先・アクティビティを探す⇒予約する⇒旅行する⇒旅行後に体験を共有する」という一連の消費プロセスをたどる。観光地側は、このプロセスをトータルでサポートすることが重要である。また、近年は「ツーリズム2.0」の時代と言われており、旅行中にインターネット(特にSNS)を活用することが当たり前になっている。先ほどの消費プロセスの随所に、インターネットの活用ポイントを上手に埋め込んでいくと、観光客が増加し、彼らの満足度向上にもつながる。

 以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で紹介したマトリクス図において、観光は「必需品でない&製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoCの場合)・事業(BtoBの場合)に与えるリスクが小さい」という<象限③>に該当すると考えている。この記事でも書いた通り、<象限③>はイノベーションの世界であり、需要を新しく創り出さなければならない。イノベーターは、「自分が考えたすごいイノベーション」を普及させるために、プロモーションに多くの経営資源を投入して、半ば強引とも言える宣伝を行うことで、潜在顧客を啓蒙する(これを「エバンジェリズム(伝道)・プログラム」と呼ぶことにしよう)。

 仮に日本が観光立国を目指すならば、<象限③>に強いアメリカのイノベーティブな企業に倣う必要があるだろう。観光地側は、「この土地のここがすごいのだ」と前のめりでアピールする。そして、そのスポットを訪れた観光客に対して、「この場所には○○という歴史があり、○○という伝統が受け継がれていて、○○という文化が大切にされている」と時間をかけて説明する。

 ただし、フランス人(他の欧米人も同じだと思う)は事前にその土地やスポットのことを勉強しているので、生半可な情報ではかえって彼らを失望させてしまう恐れがある。フランス人から何を聞かれてもすぐに答えられ、さらに付加的な情報を提供できるように、量と質の両面で圧倒する。日本にはピラミッドやアンコールワット、ヴェルサイユ宮殿のような巨大な文化財が少なく、1つの文化財で丸1日~2日を過ごしてもらうことは難しいかもしれない。だが、1つの文化財でせめて半日程度の時間を過ごしてもらえるような体験は提供できるようにする。

 さらに、こうしたプロモーションは、1つの文化財だけが頑張ってもダメである。前述の通り、フランス人は同じ土地に1週間程度滞在する。その1週間の予定を、観光地側がエバンジェリズム・プログラムでフランス人の頭の中に注入する。「この土地に来たらAとBを訪れ、CとDを食べ、EとFに泊まるとよい。Aはaという点で、Bはbという点で、Cはcという点で、Dはdという点で、Eはeという点で、Fはfという点で優れている」と提案する(このリストは長ければ長いほどよい。1週間では回り切れないと感じたフランス人は、次の旅行で残りのスポットを回るためにその土地を再訪しようと思うだろう)。そして、文化財AやB、飲食店CやD、旅館EやFは、それぞれその由緒を延々とフランス人に語り、行く先々で彼らを驚かせる。このような活動は、その土地の文化財群や旅館・ホテル、飲食店、その他文化的な体験ができる各種スポットが連携して行う。

 セミナーの終盤で、「所沢の外国人観光客増を狙っているが、所沢にはフランスの技師が飛行機のことを教えに来ていたという歴史的なつながりを伝えた方がよいか?」と質問した参加者がいた。これに対して講師は、「飛行機だけに集中してはならない。他のスポットにも広げていく必要がある」と回答した。この答えが、観光地のプロモーションのあり方を示唆している。

 ただ、私は以前に「中小企業診断士が「臨在感的把握」で商店街支援をするとこうなる、という体験記」という記事で、商店街に外国人観光客を呼び寄せる方策をアメリカ的な思考で検討することの限界について書いた。エバンジェリズム・プログラムに頼るのではなく、相手の気持ちの機微を汲み取って人となりを学習しながらきめ細かくニーズに応えるという日本人のよさを活かして訪日外国人4,000万人を目指すにはどうすればよいか、今の私にはまだよく解らない。

 最後に、YouTuberのギヨーム・ジャマル氏について。ジャマル氏はパリ観光協会でWebプロモーションマネジャーを経験した後、日本の知られざるよさを紹介するYouTubeチャネル「Ichiban Japan」を開設している。チャネル登録者数は約16万人で、フランスでは有名なYouTuberである。ジャマル氏の動画は、毎週フランスの3つのTV局でも紹介されている。ジャマル氏が日本で動画を撮影してYouTubeにアップした後、フランスで開かれる日本関連のイベントにも参加して日本好きのフランス人と交流を図るなど、フランスと日本をつなぐ架け橋となっている。




2018年04月09日

土屋勉男、金山権、原田節雄、高橋義郎『革新的中小企業のグローバル経営―「差別化」と「標準化」の成長戦略』―共著と中小企業研究の悪癖が両方とも出た1冊


革新的中小企業のグローバル経営 ―「差別化」と「標準化」の成長戦略―革新的中小企業のグローバル経営 ―「差別化」と「標準化」の成長戦略―
土屋 勉男 金山 権 原田 節雄 高橋 義郎

同文舘出版 2015-01-22

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 ローカルニッチトップの中小企業の研究に関する共著である。いきなりの悪口で恐縮だが、中小企業の研究書は一体何が言いたいのかよく解らないものが多く(たいていは中小企業の多様性を言い訳にしている)、中小企業診断士でありながら読むのを敬遠してきた。また、共著というのはそれぞれの著者の考え方や文章スタイルを合わせるのが難しく、その調整に失敗したものは、これもまた読んでいて何が言いたいのか解らない代物になってしまう。残念ながら、本書は中小企業研究と共著の悪癖が両方とも露呈してしまった1冊であった。

 タイトルにある「革新的中小企業」とは、次のような企業のことである。
 革新的中小企業の特徴は、世の中にないまったく新しい製品技術を先行投入する事例がみられる。また他社に差別化した市場や技術領域で競争するため、独占に近い「オンリー1」ビジネスを展開する場合が多い。しかも製品技術の先行投入は、1回だけではなく、常に先行開発を持続することが重要である。多くの革新的中小企業は、経営理念や社是の中に研究開発の重要性をうたい、「持続可能な開発」の仕組みを構築している企業である。
 このような経営を実現するために、本書のサブタイトルにあるように、「差別化」と「標準化」を行っているというわけである。だが、本書で紹介されている11社の事例を見ると、確かにニッチ市場で高いシェアを保っているものの、標準化によって高いシェアを実現している企業と、多品種少量生産で高いシェアを獲得するに至った企業が区別されていないように思える。

 例えば、株式会社南武は、自動車用と製鉄用の特殊油圧シリンダで高いシェアを持つ企業だが、特殊シリンダは自動車メーカーなど顧客によってニーズが様々であるから、多品種少量生産を行っていると推測される。また、工作機械用の3ポジションイネーブルスイッチを製造するIDEC株式会社に関しては、工作機械自体が半受注生産型のカスタマイズ製品であるから、イネーブルスイッチもそれに合わせて多種多様になっていると思われる。栄通信工業株式会社(精密ポテンショメータを製造)や西精工株式会社(ナットを中心としたファインパーツを製造)は、本書に掲載されている写真を見るだけで、多品種少量生産型の企業であると解る。

 それに、その市場で「オンリー1」であるならば、競合他社が存在しないわけだから、差別化のしようがない。この点でもサブタイトルは矛盾を抱えている。また、引用文では、革新的中小企業は製品技術を常に先行開発、先行投入するとある。一般に、イノベーションにおいては、市場に一番乗りした企業が勝つとは限らないと言われている。むしろ、一番乗りした企業は市場のニーズを先読みしすぎて失敗することが多い。このことを知っているP&Gは、新製品を必ず2番手で市場に投入するそうだ。ただし、革新的中小企業に限っては、ターゲット市場に競合他社がいないから、新製品を市場に投入すれば、必ず1番手になるということなのだろう。

 新製品を市場に投入する時、「特許」と「標準化」のどちらを選択するかは重要な問題である。特許は「守りながら」市場を拡大する戦略であるのに対し、標準化は「攻めながら」市場を拡大する戦略であると言える。この点については、『一橋ビジネスレビュー』2017年WIN.65巻3号の「日本発の国際標準化 戦いの現場から(第1回) 大成プラス『ナノモールディング技術』」(江藤 学、鷲田祐一)が詳しい。大成プラス株式会社は、金属と樹脂の直接接合を可能にしたナノモールディングという技術を市場に展開するにあたって、より多くの企業にこの技術を使ってもらうことが、結果的に自社の利益に跳ね返ってくると判断し、特許でクローズにするのではなく、標準化によって敢えてオープンにするという選択を下した。

一橋ビジネスレビュー 2017年WIN.65巻3号―コーポレートガバナンス――「形式」から「実質」へ変われるか一橋ビジネスレビュー 2017年WIN.65巻3号―コーポレートガバナンス――「形式」から「実質」へ変われるか
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2017-12-08

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 この「特許か、標準化か」という問題について書かれたのが本書の第5章であり、極めて重要な章なのだが、内容がひどくてがっかりした。
 生き残る中小企業は、円(※この円については省略)上部の左上のビジネス―技術競争に特化している。消える中小企業は、円上部の右上のビジネス―価格競争に特化している。この事実は、同じく大企業にもいえる。
 国際ビジネスに限っていえば、商品販売に向いているのが欧米人(白人)である。それにくらべて、技術開発は国を選ばない。頭脳を選ぶ。だから、その担当はベトナムでも、日本でも、中国でも、もちろん欧米でも構わない。発展途上国の企業でも、技術が特段に優れていれば、それだけで技術開発から商品販売まで、通しのビジネスが可能である。
 製造販売業では、商売の強みを労賃という量(価格の価値)に置くか、技術という質(商品の価値)に置くか、という選択も必要になる。価格で勝負する企業の生命は1年、品質で勝負する企業の生命は10年、技術で勝負する企業の生命は100年、それが妥当なところであろう。
 価格競争が長続きしないという点には賛同するが、それにしても恐ろしく技術偏重の文章が続くのがこの5章である。技術が優れていても市場で勝てるとは限らないことは、ここ数十年の間に日本企業が嫌というほど経験したことではなかったか?顧客は技術の中身など評価しない。スマートスピーカーや電気自動車にどんな技術が使われているのかは、顧客の知ったことではない。顧客にとって大事なのは、「その製品・サービスがどのような価値を提供してくれるのか?」である。破壊的イノベーションで知られるクレイトン・クリステンセンの言葉を借りれば、「どんなジョブを解決してくれるのか?」である。そのためには、技術が優れているか劣っているか、進んでいるか遅れているかは関係ない。高い顧客価値を提供できるのであれば、劣った時代遅れの技術を使っていても構わないのである。アップルの初期のiPodはまさにそうであった。

 第5章には、「デファクト標準」、「デジュール標準」、「デファクト知財」、「デジュール知財」という言葉が登場する。「デファクト知財」、「デジュール知財」とは耳慣れない言葉であるが、「デジュール=公的機関が定めた」という意味合いであることを踏まえると、「デジュール知財」とは特許権をはじめとする産業財産権のことである。これに対して、「デファクト知財」は「デジュール知財」の反対であるから、ノウハウ、アイデアなどを秘匿しておくことを指す。第5章の著者は、事業の成長に応じて、標準と知財の戦略が変化すると述べている。誕生期には「デファクト標準/デファクト知財」、成長期には「デファクト標準/デジュール知財」、成熟期には「デジュール標準/デジュール知財」へと変化していく。言い換えれば、誕生期はクローズであるが、成長期、成熟期とステージを経ていくとオープンに移行するというわけである。

 第5章は本書の中で最も読みにくかったが、私なりに下図のような整理もできるのではと仮説を立ててみた。「市場の成長スピードが速いか緩やかか?」という軸と、「競合他社との関係が協調的か敵対的か?」という2軸でマトリクスを作る。市場の成長スピードが緩やかで競合他社との関係が協調的な場合、競合他社と協力しながら市場を成長させることが重要となるから、公的機関のお墨つきを得た「デジュール標準」が選択される。一方、競合他社との関係が協調的だが市場の成長スピードが速い場合は、協調的な企業が提供する一連の製品・サービスが市場の標準となり、「デファクト標準」が成立する。例として、ウィンテル連合が挙げられる。

 市場の成長スピードが速く競合他社との関係が敵対的な場合は、競合他社による模倣で損害を受けないように特許権などを取得する必要がある。よって、「デジュール知財」となる。製薬業界においては、新薬が完成すると市場が爆発的に広がるため、特許戦略をいかに展開するかが経営に大きな影響を与える。これに対して、競合他社との関係が敵対的であるが市場の成長スピードが緩やかな場合は、反対に敢えて特許権などを取得せずに秘匿するという選択肢もあり得る。つまり「デファクト知財」である。例えば、お菓子業界を見てみると、江崎グリコはポッキーに関して、製造方法や製造設備の特許を一切取得していない。

「標準化」と「知財」の使い分け

 本書を読んでも解らないことは山ほどある。五月雨式にここに書いておく。
 ・本書で紹介されている革新的中小企業は、そのニッチ市場をどうやって発見したのか?(事例を読むと「たまたま」という印象が拭えない)他の市場は検討しなかったのか?
 ・大手企業などの他社が開発を諦めるほどの高難度の技術をどのように開発したのか?
 ・毎年の研究開発費の予算をどのように捻出しているのか?
 ・毎年の研究開発のテーマはどのようにして決められるのか?
 ・自社の技術はポートフォリオ管理しているのか?
 ・高難度の技術を開発する人材をどのように育成しているのか?
 ・革新的中小企業の特徴に「規模を追わない」というものがあるが、規模を追わない経営の中で、役職やポスト以外の手段をどのように用いて社員のモチベーションを上げているのか?
 ・特許と標準化はどのように使い分けるべきなのか?あるいは、両者を組み合わせる場合にはどのような点に注意をすればよいのか?
 ・ISOによる標準化を競争力強化のためにどのように活用しているのか?(ISOはプロセスの標準化、デファクト標準は製品の標準化であり、両者はどのように関連するのか?)
 ・技術開発にあたって、地域産業クラスターの力をどのように活用しているのか?
 ・技術開発にあたって、産学連携にはどのように取り組んでいるのか?
 ・革新的中小企業はグローバル市場でも高いシェアを獲得しているが、どの国・地域に進出するかはどうやって決めたのか?(単に展示会があったからという理由ではなく)
 ・輸出の場合、社内でどう準備を進めたのか?社内体制はどうやって整備したのか?
 ・輸出の場合、最終顧客の声をどのように拾い上げ、製品改善に活かしているのか?
 ・技術重視の中小企業の場合、往々にして営業が受け身になりがちだが、その営業をどのようにして能動的な集団へと変えたのか?
 ・営業と開発の調整・連携・協調はどのようにして達成されているのか?
 ・革新的中小企業における経営者の役割は何か?一般の中小企業と何が違うのか?
 ・経営者の思いはマネジャーなどを通してどのように一般社員に届けられるのか?逆に、一般社員の声をボトムアップ的に経営者に上げるようなことはやっているのか?

 本書は学術書である。学術書の一般的な構成は次の通りである。
 ①同書で取り上げるテーマに関する先行研究のレビュー。
 ②①を踏まえた上での著者による仮設の設定。
 ③②の仮説を検証するために実施した調査の内容とその結果。
 ④同書の学術的な価値・成果と今後に残された課題。

 この流れに沿ってきれいに書かれている本として、ブログでは取り上げたことがなかったが、川上智子『顧客志向の新製品開発―マーケティングと技術のインタフェイス』(有斐閣、2005年)がある。同書は内容もさることながら、学術書としてのまとめ方も非常に参考になる。

顧客志向の新製品開発―マーケティングと技術のインタフェイス顧客志向の新製品開発―マーケティングと技術のインタフェイス
川上 智子

有斐閣 2005-08-01

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 これに比べると、本書は中小企業に関する先行研究のレビューもないし、特許と標準、クローズとオープンに関する仮説もない。11社の事例は視点がバラバラであり、結局何を主張したかったのかが最後まで解らない。学者ならば、少なくとも検証したい仮説をまずは設定し、それを踏まえて定量調査や定性調査(事例研究を含む)を行ってほしかった。

 個人的に検証してほしかった仮説は、前述のマトリクスもそうであるが、もう1つある。下図はグローバル経営の発展の段階を簡単に示したものである。まず、生産面(縦軸)では、国内生産⇒生産委託⇒現地生産(現地に自社工場を保有する)⇒水平分業体制(例えば、タイで部品を製造し、ベトナムでその部品を組み立てる、など)と発展していく。次に、販売面(横軸)では、国内販売⇒輸出・代理店⇒現地販社⇒販社ネットワーク(例えば、タイとフィリピンに販社があるとして、タイの在庫が足りない場合にフィリピンの在庫を補充するなど、グローバルレベルで各地の販社の在庫を調整する、など)と発展していく。そして、グローバル化は、概ね矢印の方向に向かって進展していく(現実的な話をすれば、多くのグローバル企業はまず代理店や販社を通じて海外市場にアクセスし、海外でも自社製品が売れると手ごたえを感じてから現地工場を作る場合が多いため、下図のようなきれいな矢印にはならない)。

グローバル経営の発展と「クローズ―オープン」の変化

 私の仮説は、「グローバル化の進展によって、クローズからオープンへと移行する割合が高くなるのではないか?」というものである。この仮説に従って、中小企業に質問票を配布し、その企業がグローバル化のどの段階にあるのか、その企業の戦略がクローズなのかオープンなのかを回答してもらって、その結果を定量分析する。そして、必要に応じ事例研究で調査を補完する。本書でも、せめてこれぐらいのことはやってほしかったというのが正直なところである。


2017年10月24日

DHBR2017年10月号『グローバル戦略の再構築』―日本の中小製造業がこれから海外進出する際の5つのポイント


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 10 月号 [雑誌] (グローバル戦略の再構築)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 10 月号 [雑誌] (グローバル戦略の再構築)

ダイヤモンド社 2017-09-08

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 本号にはホンダの八郷隆弘代表取締役兼CEOのインタビュー記事が掲載されていた(八郷隆弘「需要地生産の理念と収益性を両立させるホンダの要諦 ローカルで愛され、グローバルで儲ける」)。ホンダは、創業者である本田宗一郎の「需要のあるところで生産する」というモットーに従って、世界6極体制(日本、中国、アジア・オセアニア、ヨーロッパ、北米、南米)を構築してきた。つまり、中国の自動車は中国で、ヨーロッパの自動車はヨーロッパで生産するという体制である。ところが、昨今は世界経済が不安定になり、各地域の需要変動が大きくなりつつあるため、例えばアジア・オセアニアで生産した自動車を南米に持っていくなど、生産能力をグローバル規模で調整し、融通し合うことを検討しているという。ただ、これは海外進出の歴史が長い大企業だからこそ直面している課題であり、また解決可能な課題であると言えよう。

 私は一応中小企業診断士なので、これから海外に進出することを検討している中小企業、特に中小製造業に向けて、今回の記事を書いてみたいと思う。製造業に注目しているのには理由がある。本号にも書かれている通り、製造業はサービス業と違い、規模の経済によって生産性を大きく向上させることができる。しばしば言われるように、昨今の深刻な経済格差を解消するには、生産性向上がカギを握っている。また、製造業には雇用の乗数効果がある。製造業の雇用を1創造すると、サービス業の雇用が1.6創造されるという。「自動車組立工場を作ると隣にウォルマートが来る。だが、ウォルマートができても自動車組立工場は来ない」という言葉もある(アイリーン・ユアン・サン「産業革命の次なる舞台 ”世界の工場”は中国からアフリカへ」より)。

 私は決してサービス業を軽視しているつもりはない。しかし、製造業は様々な機能、職能、技術の複雑な集合体であり、その経営には高度な知識とノウハウが必要とされる。よって、製造業に強い国こそが世界で高い競争力を持つと思っている。アメリカやドイツが第4次産業革命、インダストリー4.0を掲げているのは至極真っ当なことだと思う。製造業が凋落したからと言って、金融業にシフトしたイギリスがますます落ち目になってしまったのとは対照的である。最近の日本では、スマートフォンのゲームアプリで何百億円もの売上高を上げたとか、Youtuberが1億円を稼いだといったことばかりが話題になるが、私が見たい未来はそういう未来ではない。

 今回の記事では、これから海外進出する中小製造業が注意すべきポイントを5つ挙げる。1つ目は、海外市場で売れる「最終製品」を開発することである。日本の中小製造業は、最終製品を組み立てる大企業の下請として、各種部品を製造しているところが多い。しかし、大企業の工場は今や海外に移転してしまった。さらに、大企業はコスト削減のために現地のサプライヤーと新たな関係を構築している。日本に残された中小製造業が、後からその関係に割って入ることは難しい。そこで、今まで部品製造で培ってきた技術を活用して、海外市場向けの最終製品を作る。これは、アンゾフの成長ベクトルで言うところの「多角化戦略(新しい製品を新しい顧客に提供する)」に該当し、最もリスクが高いが、中小製造業が生き残るにはこれしかない。

 日本企業は、顧客に直接会い、顧客の声に耳を傾け、ニーズを丁寧に拾い上げて製品に反映させる能力に長けていると思う。アメリカ企業が大量のデータを駆使して統計的に顧客のニーズを分析したがるのとは対照的である。本号でも、海外、特に新興国では「プッシュ型戦略(企業が売りたい製品を顧客に売る戦略)」ではなく「プル型戦略(顧客を企業側に引きつける戦略)」が有効とされている。具体的には、①顧客が直接表明する怒り、いらだち、不安、苦痛を理解する、②顧客が代替品で何とかやりくりしている問題に着目する、③顧客が法律を歪曲して対応している問題に注目する、といった手法が挙げられている(クレイトン・クリステンセン他「潜在的なニーズをいかにつかむか 市場創造型イノベーション:アフリカを開拓する新手法」より)。

 中小製造業が、日本で製造していた部品と同じ部品を海外で安く製造するのではなく、全く異なる最終製品を海外で製造するのにはメリットがある。ある中小企業は、取引先の親会社からの要請に基づいて、コストダウンのために国内工場の一部を海外に移転させた。海外では何とかコスト削減に成功したが、その後親会社はとんでもないことを要求してきた。「海外でこれだけ安く作れるのだから、御社が国内で我々の日本本社に納めている部品についても、同じ価格で納品してほしい」。親会社が海外でその中小企業の海外子会社から購入している部品と、親会社が日本でその中小企業の日本工場から購入している部品は同じなのだから、親会社の要望は解らなくもない。ただ、中小企業にとっては、とても対応できる問題ではない。もしも国内と海外で別々の製品を製造していれば、こういうリスクは回避することができる。

 本号にはアフリカに関する論文がいくつか所収されていた。アフリカのリスクは、①賄賂・汚職が蔓延している、②インフラが未整備である、③能力を持った人材が欠如している、④(BOP理論で増加が予想されていた)中間層が育っていない、といったことが挙げられる。ただし、これらは程度の差はあれ、アジアの新興国にも該当することである。特に①~③の問題に対処するために、できるだけ自前主義をとるという方策がある。これが2つ目のポイントである。

 前掲のクレイトン・クリステンセン他論文では、ナイジェリアで「インドミー」というインスタント麺の製造・販売を行うドゥフィル・プリマ・フーズ(インドネシアのトララム・グループ傘下の企業)の事例が紹介されている。新興国では、原材料の横流しや、仕入先への賄賂などが頻発する。同社はこうした不正を防ぐために、外部のパートナーに頼らず、自社で原材料から製造することにした。また、ナイジェリアはインフラが未整備で工場の稼働に支障をきたしていたため、同社は電力・水道事業にも着手した。さらに、製品を納品するために、自前のトラックを活用したサプライチェーンを構築し、流通倉庫や小売店も設けた。加えて、ナイジェリアの学校を好成績で卒業した人材を採用し、自前の研修を通じて電気工学、機械工学、ファイナンスなどを教えている。

 ただ、日本で部品製造に特化し、業界のバリューチェーンの一部を占めるにすぎなかった中小製造業が、海外でいきなりバリューチェーンの全部を構築するのはハードルが高い。どうしても現地企業をパートナーとして活用せざるを得ない。そこで、川上や川下のプレイヤーに対して、強いパワーを発揮することが重要となる。原材料メーカーには、高いレベルの品質マネジメントシステムを導入してもらう。そして、定期的に工場の内部監査を行い、5Sが徹底されているかといった基本事項から始まり、高品質と低コストを両立させる製造ラインが整備されているかを直接目で見て確認する。販売店・代理店に対しては、厳しい与信管理を行い、きめ細かく業績管理をする。そして、必要に応じて契約内容やインセンティブを見直す。さらに、川上・川下の両プレイヤーに対して共通することだが、現地パートナーの人材育成に積極的に力を貸すことである。

 日本で新規事業を立ち上げる際には、顧客の生の声を吸い上げると同時に、各種機関が公表している統計データや、市場調査会社から得られる情報に基づいて、緻密な事業戦略を構想することが可能である。ところが、海外の場合は、信頼できる客観的なデータが入手できないことが多い。したがって、厳密なフィージビリティ・スタディは困難である。だから、最後は経営者の直観に頼る部分が大きくなる。ただ、1つだけ明確に決めておくべきことがある。それは「撤退基準」である。撤退基準をはっきりさせておくことが3つ目のポイントである。例えば、「進出後○○年後の累積赤字が△△円になったら撤退する」といった具合である。海外進出で失敗する企業を見ていると、撤退基準を設定しておらず、ずるずると赤字を垂れ流しているのに、「いつか事態は好転するだろう」と楽観視して、結局膨大な負債を抱えてしまう、というケースが少なくない。

 日本の新規事業がそうであるように、海外の新規事業も最初の数年間はほぼ間違いなく赤字になる。日本本社は、海外事業が軌道に乗るまでは、その赤字を補填しなければならない。補填可能な金額が撤退基準であると言えるだろう。海外事業の赤字を補填するためには、日本本社の利益を上積みする必要がある。逆説的なことだが、日本の市場が飽和状態であるから海外に進出するのに、海外事業を成功させるには日本の事業を拡大させなければならないのである。ただし、1つ朗報がある。『通商白書2012』によると、海外での売上高が増加している企業のうち、約5割が国内の売上高も増加しており、海外での売上高が減少している企業のうち、約6割が国内の売上高も減少している。つまり、海外売上高と国内売上高はトレードオフの関係というより、同じ方向に動く傾向が高いことが解っている。

 化学薬品商社である「江守グループホールディングス」は、福井市で100年以上続く名門商社であったが、2015年4月に民事再生法を適用した。同社は2000年代に入ってから中国に進出し、中国事業を積極的に拡大していた。中国事業の売上高は、日本事業の売上高をはるかに上回るまでに成長した。ところが、実は中国子会社では架空売上の計上など粉飾決算が日常的に行われており、実態は大幅な赤字であった。中国事業の実際の累積赤字が発覚すると、その額があまりにも大きすぎたため、日本本社でカバーすることができず、最後は倒産してしまった。これは、中国子会社のガバナンスが機能不全に陥っていたことと、撤退基準が明確でなかったことが重なって引き起こされた悲劇であると言えるだろう。

 4つ目のポイントは、一度ある国に進出したら、中長期的にその国にコミットメントするべきだということである。コスト削減を目的に進出する日本の大企業は、現地の賃金が上がると、すぐにもっと労賃の安い国に工場を移す傾向がある。大企業には余剰資源と体力があるから、それも可能である。しかし、中小企業にとっては、工場を頻繁に移動させることは難しい。一度その国に進出したら、10年、20年はその国でビジネスをする腹積もりでいなければならない。

 アジアの新興国では、政治家の人気取り政策によって、最低賃金が毎年10%以上上がるということも珍しくない。それに耐えられない大企業はすぐに他の国に移ってしまう。だが、これは見方を変えると、最低賃金が上がる分だけ、その国の人々の生活水準が上がるということでもある。今、この記事では、中小製造業が現地で売れる最終製品を製造・販売することをテーマとしている。現地の生活水準が上がったら、今度はより高付加価値製品にシフトしていく。今、新興国で何が売れるのか解らないわけだから、将来的にどんな高付加価値製品が売れるようになるのかを予測することは不可能に近い。しかし、新興国に進出する以上は、長い目で見た時に高付加価値製品にシフトすることも視野に入れておくことが肝要である。

 最後のポイントは、4つ目のポイントとも関連するが、進出先の国の発展に貢献するのだという意気込みを持って進出しなければならないということである。本号には、新興国で電気バイク、電気三輪車を製造・販売するテラモーターズの代表取締役社長である徳重徹氏の記事があった(徳重徹「テラモーターズは失敗から学ぶ 新興国で勝ち残る5つの鉄則」)。これによると、新興国企業のリーダーは非常に愛国心が強いという。そして、社会的意義の高い事業を行おうとしている。日本の中小製造業は彼らと競争することになる。国内市場が頭打ちだから、何となく海外の方が稼げそうだからといった生半可な気持ちで進出すると手痛い目に遭う。

 ただ個人的には、「採点審査に困る創業補助金の事業計画書(その6~10)」でも書いたように、事業の社会的価値を強調しすぎるのもいかがなものかと感じる。大言壮語でビジョンを語られると、かえって胡散臭さを感じてしまう。進出先の国の”全国民”を豊かにするといった類のビジョンは、私はかえって邪魔だと思う。それよりも、経営者が直接観察して発見した、先進国なら当然存在する製品・サービスが欠けているために困っている人たちを助けたいという”リアルな”思い、経営者が雇用したローカル社員に少しでも高い給与を払って彼らの生活レベルを上げたいという”リアルな”思いの方がはるかに重要である。そして、以前の記事「『致知』2017年10月号『自反尽己』―上の人間が下の人間に対してどれだけ「ありがとう」と言えるか?、他」でも書いたように、「この国で事業をさせていただいている」という謙虚な姿勢を忘れないことである。

 新興国は国策として外国からの投資を呼び込んでいる。よって、新興国に進出する中小製造業は、政府や行政と良好な関係を構築することが必要になる。『コークの味は国ごとに違うべきか』の著者であるパンカジュ・ゲマワットは、本号の論文で、現在各国で問題になっている収入格差を解消するために、政府は保護主義ではなく、セーフティーネットの整備、最低賃金の引き上げ、税制改革、職業訓練などを施すべきであり、企業がこれらの政策の支持を表明すれば大きなメッセージになると述べている(パンカジュ・ゲマワット「多国籍企業は混乱の中でどこに向かうべきか トランプ時代のグローバル戦略」より)。

 ただ、これはどちらかというと大企業向けの提言であり、中小製造業が実施するには困難が伴う。中小製造業は身の丈に合った形で政府の政策に協力し、社会的責任を果たせばよい。例えば、繰り返しになるが、最低賃金すれすれの賃金ではなく、社員にとって魅力的な賃金を支払うこと、また、社員に対して十分なトレーニングを実施し、能力の向上に貢献することなどである。これらの取り組み1つ1つは小さなものかもしれないが、日本の多くの中小製造業が新興国に進出するようになれば、確実にその国の発展に貢献する。



  • ライブドアブログ
©2012-2017 free to write WHATEVER I like