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『一橋ビジネスレビュー』2018年AUT.66巻2号『EVの未来』―トヨタに搾り取られるかもしれないパナソニックの未来
『一橋ビジネスレビュー』2018年SUM.66巻1号『「新しい働き方」の科学』―「女性活躍推進度診断」(簡易版)を考えてみた
『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年10月15日

『一橋ビジネスレビュー』2018年AUT.66巻2号『EVの未来』―トヨタに搾り取られるかもしれないパナソニックの未来


一橋ビジネスレビュー 2018年AUT.66巻2号: EVの将来一橋ビジネスレビュー 2018年AUT.66巻2号: EVの将来
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2018-09-14

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 旧ブログで随分昔にエルピーダが破綻した原因を分析したことがあるのだが、今振り返ってみると、文量が多い割には大したことを言っていなかったと反省している。下記の参考記事の中では、エルピーダが破綻したのは、顧客に接している川下のメーカーでさえ気づいていないような顧客のニーズを先取りし、そのニーズに合致した製品アーキテクチャを提案するようなことをしなかったがゆえに、川下のメーカーに強い影響力を及ぼすことができず、むしろ川下メーカーの言いなりになって利幅が極端に縮小してしまったことが原因だとしている。

 《参考記事》
 今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(1)~円高説は違う
 今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(2)~シナリオなきPC分野への進出
 今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(3)~スマイルカーブの嘘
 今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(4)~産活法という縛り
 今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(5終)~復活のカギは”インテル化”?
 《メモ書き》DRAM、パソコン、ノートブック、タブレットPC、スマートフォン関連の市場規模データなど

 だが、実際には、様々な用途に展開できる素材メーカーを除いて、特定の部品を製造する川上のメーカーが川下のメーカーに対して強い影響力を及ぼすことができるというのは稀である。それこそ、(もうこの言葉はすっかり古くなってしまったが)ウィンテル連合ぐらいしかない。それに、川上のメーカーが強くなりすぎると、川下のメーカーの戦略が同質化してしまう。なぜなら、川下のメーカーはどこも、川上のプレイヤーの同じ部品を使い、その部品が想定する製品アーキテクチャに従って製品を製造するからだ。川下のメーカーの戦略が同質化しても構わないのは、最終顧客が皆同じものを所有・消費していても問題ない場合に限られる。

 最近で言うと、電子マネーぐらいしか思いつかない。ソニーの子会社がFeliCaチップを製造しており、これが現在ほぼ全ての電子マネーで採用されている。日本は電子マネー大国であり、電子マネーが乱立している。だが、電子マネーのビジネスモデルは、加盟店と消費者を結ぶプラットフォーム型であり、クレジットカードと共通である。通常、プラットフォーム型のビジネスモデルは、小売におけるAmazon、スマートフォンアプリビジネスにおけるGoogleやAppleのように、ごく少数のプレイヤーに収斂する傾向がある。実際、海外では、保有する決済カード枚数が2枚程度以下というところが多い(経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」〔2018年4月〕を参照)。私は、JR東日本が本気を出せば、Suicaで電子マネー市場を制覇できると思っていたが、JR東日本に商売っ気がないため、現在のような電子マネー百花繚乱の状態になっている。

 話をエルピーダに戻そう。私は、エルピーダが破綻した原因を3つに整理し直した。

 ①エルピーダは産業活力再生特別措置法(産活法)の適用により公的資金の注入を受けることで、「DRAM市場で世界一になる」という縛りをかけられ、多角化によるリスク分散ができなかった。当時の半導体市場は、NAND型フラッシュメモリ(東芝が強かった)など利益率が高く急成長している分野があったのに、エルピーダが産活法の適用外の分野に進出するためには経済産業省と折衝をしなければならず、手を出すことができなかった(※)。
 ②PC向けDRAMにせよ、モバイル(スマートフォン)向けDRAMにせよ、需要の伸びが急すぎる上に先行きが不透明であり、適切な設備投資を行うことができなかった。
 ③エルピーダはNEC、日立製作所、三菱電機の3社のDRAM事業を統合して作られた企業であるが、3社それぞれに設備投資や生産工程に関する”思想”があっていちいち調整に時間がかかり、なお一層設備投資が遅れた(湯之上隆氏は『日本型モノづくりの敗北―零戦・半導体・テレビ』の中で、この思想のことをを「秘伝のタレ」と呼んでいる)。

 (※)ちなみに、経営破綻したエルピーダは2013年にアメリカのマイクロンによって買収され、マイクロン子会社のマイクロンメモリジャパンとなったわけだが、マイクロンメモリジャパンはDRAMに加えてちゃっかりNAND型フラッシュメモリも製造している。

 ここからがようやく本号の話である。EV(電気自動車)の肝となるのはリチウムイオン電池(LIB、以下「LIB」と表記する場合は車載用リチウムイオン電池を指すものとする)である。トヨタ自動車はパナソニックと提携して、パナソニックの子会社からLIBを調達することにした。個人的には、このトヨタ―パナソニック連合に、かつてのPC/スマートフォンメーカー―エルピーダの関係を重ね合わせてしまうのだが、以下の3つの理由により、パナソニックが直ちにエルピーダの二の舞になる可能性は低いだろうと考えている。

 ①LIBを製造するパナソニック・オートモーティブ&インダストリアルシステムズ(AIS)社は、コックピットやADASシステムなどを手がけるオートモーティブ事業、電子部品・電子材料・半導体などを手がけるインダストリアル事業、車載用LIBを中心に、産業用蓄電システムや民生用電池などを手掛けるエナジー事業という3グループで構成される。それぞれの2017年度の売上高は、オートモーティブ事業が9,288億円、インダストリアル事業が9,452億円、エナジー事業が5,625億円と、エナジー事業の規模は他の2事業より小さい。当然、パナソニックの連結決算に占めるLIBの割合は非常に低い。DRAM一本足打法であったエルピーダとはまるで違う。

 ②エナジー事業の2021年度の売上目標は、2017年度比で約2.5倍の1兆4,000億円となっており、AIS社全体の過半数を占める。同じ期間にオートモーティブ事業は10数%増、インダストリアル事業は約30%増の成長率が見込まれていることと比較すれば、エナジーの伸び率は圧倒的である。だが、EVの需要は各国の政策や規制(例えば、アメリカのZEV規制、ヨーロッパのCO2規制、中国のNEV規制など)の影響を強く受けるため、需要の伸びを予測することは、PCやスマートフォンのそれを予測するよりははるかに容易である。

 ③AIS社は、オートモーティブシステムズ社、デバイス社、エナジー社、マニュファクチュアリングソリューションズ社が合併してできた企業である。これらの企業は全てパナソニックの社内分社であり、NEC、日立製作所、三菱電機という全く異なる3社が合併してできたエルピーダとは違う。もっとも、大企業ともなると、同じグループ会社であっても、会社が違えば別会社のように見えることも少なくない。ただ、AIS社の場合、LIBの製造を含むエナジー事業はエナジー社から引き継がれたものであり、その生産計画や設備投資をめぐって、他の社内分社からの出身者との間で軋轢を生んだり、面倒な調整が必要になったりすることは考えにくい。

 とはいえ、パナソニックにもリスクはある。下図は、以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で用いたものの再掲である。

○図①
製品・サービスの4分類(②各象限の具体例)

○図②
【修正版】製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 <象限①>に位置する家電は、今や圧倒的に新興国の企業が優勢であり、日本のメーカーはどこも壊滅的な状況に陥った。そこで、<象限②>に移行することで生き残りを図っている。ただし、日本の家電メーカーは家電事業を完全には捨てていない。少なくとも、日本市場においては、現在も各社が新製品を市場に投入し続けている。

 おそらく、日本の家電市場を担当しているのは若手のマネジャーが中心だと思われる。日本市場という成熟した市場は、よく言えば市場規模が読みやすいが、悪く言えばこれ以上の顧客ニーズがどこにあるのかが解りにくい。こうした状況に若手マネジャーを置くことで、顧客ニーズを深耕するというマーケティングの難しさを実感させるとともに、製品企画から設計、製造、販売、アフターサービスまでの一連のマネジメントを経験させる。そして、将来的には家電以外の事業でのマネジメントを任せるというキャリアプランを描いていると推測される。

 また、以前の記事「『構造転換の全社戦略(『一橋ビジネスレビュー』2016年WIN.64巻3号)』―家電業界は繊維業界に学んで構造転換できるか?、他」で書いたように、海外に工場を作った場合には、ある事業から撤退すると決めても、現地社員の雇用を維持しなければならないなどの理由から、工場を簡単に閉鎖できるわけではない。繊維業界に倣えば、10年単位という長いスパンで物事を見なければならない。この点も、中国を中心に、製造のほとんどを海外で行っている日本の家電メーカーが依然として家電事業を続けている理由の1つであろう。

 多くの家電メーカーは<象限②>に移行した際、IT、金融、原発、インフラ系を選択した。その中で、自動車に注力しようとしているパナソニックは異色である。パナソニックにとっての第一の関門は品質管理である。自動車業界は<象限②>の中でおそらく最も品質管理が厳しく、その自動車業界の中でも最も品質管理に厳しいトヨタをパナソニックは選択した。パナソニックがトヨタの要求する品質レベルにどれだけ耐えられるかがポイントとなる。

 もちろん、家電でも品質管理は重要である。しかし、家電と自動車では品質管理の厳しさが段違いである。家電が不良品であっても、せいぜい発火してユーザーが火傷を負う程度である(それでも重大な問題ではある)。たまに家電が爆発するケースが報告されるが、これは経年劣化や、消費者による誤った使い方が原因であることがほとんどである。ところが、自動車が不良品の場合は人の命にかかわる。だから、自動車業界は、不良品率を100万分の3.4以下に抑えるシックスシグマを超えて、「不良品ゼロ」を要求してくる。さらに、自動車がユーザーによって改良されても事故を起こさないというレベルの品質を実現しなければならない。

 LIBはEVの心臓部である。仮に、LIBの欠陥が原因で大量リコールが発生すれば、AIS社は巨額の損失を負うことになる。AIS社は、LIBの製造を含むエナジー事業の2021年度の売上目標を、2017年度比で約2.5倍の1兆4,000億円に設定している。もしこの計画が実現するならば、なおさらリコール時の損失リスクは拡大する。パナソニックの2017年度の連結営業利益は3,805億円である。グループ全体で2021年度にどの程度の営業利益を目標としているかは解らないが、4年で大きく伸びる予測を立てているとは考えにくい。よって、急成長したLIBがリコールの原因となった場合、リコールによる損失がパナソニックの連結営業利益を全部食いつぶす可能性すらある。だから、パナソニックの各事業は、収益力を少しずつでもよいから高めて、その積み重ねでリコールのリスクを吸収できる財務基盤を作っておかなければならない。

 第2の関門は価格である。トヨタ―パナソニック連合では、AIS社がセル製造を、トヨタがセルのパックを担当する関係にある。東洋経済オンラインの「パナソニックの車載電池がなぜ世界の自動車メーカーに選ばれるのか」という記事では、次のような社員の声が紹介されていた。
 「電池開発は、システム全体が最適化するように調整をとりながら進めていく、いわば究極の『すり合わせ工業製品』です。そこに難しさと同時に、『付加価値の源泉』があります。世界の自動車メーカーが電気自動車へと舵を切っていますから、今後ますます車載電池の重要性と市場が高まっていくことは間違いありません(以下略)」
(※太字下線は筆者)
 だが、トヨタの認識は違う。本号から引用する。
 寺師(※トヨタ取締役副社長):1個1個の電池そのものは、たぶん電池会社のほうが強いのですが、これをパックにして車に搭載し、どう制御するかという領域では、自動車会社の技術なしには成り立たないでしょう。効率良く電池を並べつつ、うまく冷却していかに劣化を食い止めるかなど、パックの部分はかなり技術力の勝負になると思います。
(寺師茂樹、米倉誠一郎、延岡健太郎、藤本隆宏「利用シーンに適した電動車で多様なモビリティサービスを展開する」)
 つまり、トヨタはセルはモジュール化すると見越して外部調達する一方で、セルのパック化は制御系との擦り合わせが必要だと考えている。これは当然と言えば当然で、EVの価格の大部分を占めるのがLIBである。LIBの本体=セルが擦り合わせを必要とするならば、LIBの価格ならびにEVの価格はいつまで経っても高止まりしたままで、EVが普及しない。だから、トヨタをはじめとする自動車メーカーは、セルをモジュール化して価格を下げてほしいと願っている。

 こうした事情に、トヨタ特有の取引慣行が加わる。本ブログで何度か書いたことがあるが、トヨタは部品の製造を下請企業に外注する際、いきなり下請企業と交渉には入らない。まずは、自社でその部品を作ってみて、部品の製造にいくらかかるのか計算する。そして、下請企業にはそのコスト以下の価格で作らせる。このやり方がうかがえる記述が本号にあった。
 寺師:ある電池を使えと一方的に言われるよりも、「こんな電池をつくると、電動車の燃費がもっと良くなる」と、車側の視点でモノを言うためにも、最初のうちは自分たちで電池をつくらないといけません。(同上、太字下線は筆者)
 だから、AIS社はトヨタに価格面で相当叩かれているに違いない。トヨタは品質に対して非常に厳しいのと同時に、車の価格が大衆の手の届くものになるかどうかをものすごく気にする。AIS社はこのような厳しい状況の中で利益を確保しなければならない。

 ところで、本号の「自動車の電動化を取り巻く業界動向と問われる競争力」(佐藤登)という論文に「スマイルカーブ」が登場し、LIBに関しては電池製造、モジュール化がカーブの底にあたるため最も利益率が低く、パックシステムはカーブの右上にあり利益率が高いという説明があった。だが、このスマイルカーブは恣意的に操作できるため、あまりよいツールではない。LIBを単体で取り上げれば前述のようなカーブになる。しかし、部品製造から最終組立までにフォーカスしてスマイルカーブを描けば、LIBは部品であるからスマイルカーブの左上に位置し、利益率が大きいことになる。自動車メーカーに関しても同様で、部品製造から最終組立までのスマイルカーブにおいては、自動車メーカーは右上に位置するから利益率が高い。ところが、自動車産業全体、すなわち、部品製造からアフターマーケットまでを視野に入れてスマイルカーブを描くと、自動車メーカーはカーブの底に位置し、利益率が低いことになってしまう。

 値下げの圧力は海外からもやってくる。注意すべきは中国のCATL(寧徳時代新能源科技)の存在である。AIS社はトヨタにとってのファーストサプライヤであるとともに、ホンダのセカンドサプライヤである(ホンダのファーストサプライヤはBEC〔ブルーエナジー:ホンダとGSY[ジーエス・ユアサ・コーポレーション]の合弁〕)。それ以外の自動車メーカーにもLIBを納入しており、その数は2018年3月時点で12社74モデルに上るという(CarWatch「パナソニック AIS、2021年度には売上高2兆5000億円。自動車部品メーカートップ10へ」〔2018年6月1日〕より)。

 一方で、CATLは中国で生産を行う自動車メーカーを中心にLIBを納入している。中国企業だから安かろう悪かろうと侮ってはならない。日産自動車の中国工場もCATLを調達先としている。つまり、CATLの品質は日本企業も認めている。調査会社テクノ・システム・リサーチによると、2018年度のLIBの出荷量シェアは首位のAIS社18%に対して、CATLは17%になる見通しである(日本経済新聞「電池競争、新星は臆さない 中国CATLが台頭」〔2018年3月14日〕より)。今後、両社の激しい競争が予想されるが、AIS社は高付加価値化で差別化するという(電子デバイス産業新聞「車載電池に賭けるパナソニック」〔2018年8月10日〕より)。だが、日産が既にCATLの品質を認めているという現状で、それ以上の高付加価値化が何を意味するのかは定かではない。EVを普及させたい自動車メーカーのニーズは、むしろ低価格化である。

 価格を下げるには生産量を拡大する必要がある。しかし、PCやスマートフォンが急速に世界中に普及し、DRAMの生産量も急増して価格が急落したのに比べると、EVは前述の通り各国の政策に強く制約されることから、それほど急速には普及しない。つまり、大量生産でコストを下げるという方法だけでは限界がある。となると、セルの製品アーキテクチャを擦り合わせ型からモジュール型へと抜本的に変更し、コストを大幅に下げるしかない。

 怖いのは、東京大学大学院経済学研究科教授の藤本隆宏氏が著書『日本のもの造り哲学』(日本経済新聞社、2014年)で指摘したように、中国企業は擦り合わせ型の製品をモジュール型に換骨奪胎するのが上手いということである。もちろん、中国も全ての擦り合わせ型製品をモジュール型に変換できるわけではない。擦り合わせ型の代表である自動車は、まだ換骨奪胎に成功していない(それでも、中国の自動車市場のうち、地場系は約4割のシェアを占めるに至っている)。だが、仮にCATLがLTBのモジュール化に成功したら、AIB社は行き場を失う可能性がある。AIB社が擦り合わせ型や高付加価値化にこだわって価格を下げようとしなければ、それはかつて本業=家電事業がたどった道であり、再び中国企業に敗北を喫するかもしれない。

日本のもの造り哲学日本のもの造り哲学
藤本 隆宏

日本経済新聞社 2004-06

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2018年07月06日

『一橋ビジネスレビュー』2018年SUM.66巻1号『「新しい働き方」の科学』―「女性活躍推進度診断」(簡易版)を考えてみた


一橋ビジネスレビュー 2018年SUM.66巻1号一橋ビジネスレビュー 2018年SUM.66巻1号
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2018-06-15

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 本号の特集論文7本のうち、3本が女性活躍推進に関するものであった(山本勲「女性活躍を推進する働き方と企業業績」、横浜国立大学服部研究室「性別役割分業観と女性の昇進意欲」、坂爪洋美「部下の性別による管理者行動の違いと働き方にかかわる人材マネジメントの影響」)。女性活躍推進自体は「ダイバーシティ(多様性)・マネジメント」の一環として、日本でも10年以上前から注目されていたのだが、昨今の働き手不足の問題と、それに伴う政府の「働き方改革」によって、今後ようやく加速していくものと思われる(悲しいことに、外圧がないと自己をなかなか変革できないという、日本人や日本組織の弱みが現れている)。

 本号の特集を受けて、「女性活躍推進度診断」の簡易版を作ってみた。企業で女性社員を積極的に活用するには、「個人の意識」と「組織の環境」の両方が変わる必要がある。「個人の意識」とは、それぞれの社員(特に男性)が女性社員の価値観や能力の違いを尊重・活用しようとする意識のことである。ここで、違いを認識する前提として、自己が何者かということを知っていることが重要となる。つまり、キャリア的に自律していなければならない。よって、「個人の意識」は「キャリア自律」と「多様性の尊重(個人レベル)」という2つの因子から構成される。

 組織のレベルでは、継続就労支援、マネジャーへの女性社員の登用、育児休暇制度の充実、ワーク・ライフ・バランスの確保など、各種施策によって女性社員の活躍のフィールドを広げていくことが不可欠である。ただし、これは必要条件ではあるが十分条件ではない。制度のようなハードを広げても、その制度が根づく組織文化が発達していしなければ、ハードが活かされることはない。したがって、組織レベルにおいても、異性社員の価値観や能力の違いを認識・尊重し、それを前向きに活用しようとする風土が醸成されていることが条件となる。これは組織のソフト面の話であると言える。つまり、「組織の環境」は、「女性活躍推進の取り組み」というハード面と、「多様性の尊重(個人レベル)」というソフト面の2つの因子から構成される。

 以下、「女性活躍推進度診断」の設問文である。全部で24問ある。いずれの設問も、5=よくあてはまる、4=あてはまる、3=どちらとも言えない、2=あまりあてはまらない、1=あてはまらない/知らない、の5段階でご回答いただきたい。

カテゴリ No. 設問 回答
キャリア自律 1 私は、与えられた仕事をこなすだけでなく、自分なりの思い入れやこだわりを持って仕事に打ち込んでいる。 5 4 3 2 1
2 私は、給料や昇進のために仕事をするというようりも、自分の中でやりがいや意義を感じながら仕事に取り組んでいる。 5 4 3 2 1
3 今の仕事を通じて、自分がなりたいと思う姿に近づいているという成長の実感がある。 5 4 3 2 1
4 私は、会社のビジョンや目指している方向性に共感している。 5 4 3 2 1
5 この職場では、それぞれの社員が会社や仕事に対する共通の思いを持って働いていると思う。 5 4 3 2 1
6 私は、この会社に魅力を感じており、会社とともに成長していきたいと思う。 5 4 3 2 1
多様性の尊重(個人レベル) 7 私は、男性社員と女性社員の考え方や価値観の違いを認識している。 5 4 3 2 1
8 私は、自分にはない異性社員の考え方や価値観をオープンに受け入れている。 5 4 3 2 1
9 私は、自分にはない異性社員の特性を活かそうとしている。 5 4 3 2 1
10 私は、社内の重要な仕事において、異性社員と対等な立場で協業した経験がある。 5 4 3 2 1
11 私は、異性社員との協業により、同性社員だけでは生み出し得ない成果を出している。 5 4 3 2 1
12 異性社員と対等な立場で、それぞれの力を発揮しながら、協調して成果を出したことが、自分のキャリア上の重要な経験になっている。 5 4 3 2 1
女性活躍推進の取り組み 13 この会社では、これまで女性が少なかった職種において、実際に女性の採用数が増加している。 5 4 3 2 1
14 この会社では、ジョブ・ローテーションや職種転換などによって、実際に女性が配置されている職場が増加している。 5 4 3 2 1
15 この会社では、管理職に女性社員を積極的に登用しようとして、実際に女性の管理職が増加している。 5 4 3 2 1
16 この会社では、これまで女性の受講者が少なかった研修に参加する女性が実際に増加している。 5 4 3 2 1
17 この会社では、女性のワークライフバランスを促進する制度(短時間勤務制度、在宅勤務制度など)が女性社員に積極的に活用されている。 5 4 3 2 1
18 この会社では、女性も男性と同程度の成果・パフォーマンスを出せば、実際に男性と同等に評価されている。 5 4 3 2 1
多様性の尊重(組織レベル) 19 この職場では、男性社員と女性社員の考え方や価値観の違いが認識されている。 5 4 3 2 1
20 この職場には、男性社員・女性社員の区別なく一人ひとりの考え方や価値観を大切にしようとする雰囲気がある。 5 4 3 2 1
21 この職場は、男性社員と女性社員それぞれの特性を活かそうとしている。 5 4 3 2 1
22 この職場では、社内の重要な仕事には男性社員と女性社員の双方が対等な立場で参加している。 5 4 3 2 1
23 この職場では、男性社員と女性社員がそれぞれの特性を発揮し、協調しながら成果を出している。 5 4 3 2 1
24 男性社員と女性社員が対等な立場で、それぞれの力を発揮しながら、協調して成果を出すことが、この会社の強みになっている。 5 4 3 2 1


女性活推進

 回答が終わったら、まずは「個人の意識」に該当するNo.1~12の平均点と、「組織の環境」に該当するNo.13~24の平均点を算出する。そして、上図の左側のマトリクス上にその平均点をプロットし、自社がどの象限に位置するのかを判定する。「個人の意識」、「組織の環境」の平均点がともに中央値である3以上であれば、女性活躍推進が実現している理想型となる。「個人の意識」の平均点のみ3点以上の場合は、社員個人の意識が先行して、組織の整備が追いついていないパターン、逆に「組織の環境」の平均点のみ3点以上の場合は、組織の整備が先行して社員個人の意識が追いついていないパターンとなる。「個人の意識」、「組織の環境」ともに平均点が3点未満の場合は、女性活躍推進で後れを取っていると言わざるを得ない。

 さらに、「個人の意識」は「キャリア自律」と「多様性の尊重(個人レベル)」から構成される。そこで、No.1~6(キャリア自律)の平均点とNo.7~12(多様性の尊重(個人レベル))の平均点を算出し、上図の右上のマトリクス上にその平均点をプロットする。「キャリア自律」、「多様性の尊重(個人レベル)」の平均点がともに3点以上であれば、自己意識と他者に対する意識のバランスが取れている理想型となる。だが、前述の通り、「キャリア自律」は「多様性の尊重(個人レベル)」の前提であるから、多くの企業は、「キャリア自律」の平均点のみが3点以上で、社員個人のキャリア意識が先行すると思われる。とはいえ、中には「多様性の尊重(個人レベル)」の平均点のみが3点以上という、他者に対する意識が先行する企業もあるだろう。「キャリア自律」、「多様性の尊重(個人レベル)」ともに平均点が3点未満の場合は、社員の意識が停滞している。

 「組織の環境」は「女性活躍推進の取り組み」というハード面と「多様性の尊重(組織レベル)」というソフト面から構成される。そこで、No.13~18(女性活躍推進の取り組み)の平均点とNo.19~24(多様性の尊重(組織レベル))の平均点を算出し、上図の右下のマトリクス上にその平均点をプロットする。「女性活躍推進の取り組み」、「多様性の尊重(組織レベル)」の平均点がともに3点以上であれば、ハードとソフトのバランスが取れている理想型となる。だが、多くの企業ではまずはハードの整備から着手するから、「女性活躍推進の取り組み」の平均点のみ3点以上というパターンが多いと思われる。とはいえ、ベンチャー企業のように、制度は整っていないが、多様な社員の受け入れに初めから抵抗がない企業では、「多様性の尊重(組織レベル)」の平均点のみが3点以上ということもあるだろう。「女性活躍推進の取り組み」、「多様性の尊重(組織レベル)」の平均点がともに3点未満の場合は、組織に大きな課題がある。

 上記の診断を一定の社員数に受けてもらい、結果を集計すると、女性活躍推進をめぐる自社の課題が見えてくるだろう。さらに、男性社員と女性社員、管理職と非管理職で分けて集計したり、社員の年代別、部門別に集計したりすれば、より細かく認識の差を抽出できる。例えば、管理職は我が社では女性社員の違いを受け入れる文化が醸成されていると考えているのに対し、非管理職はそのような文化の存在を否定しているといったケースは容易に想像できる。

 ここからは、女性社員の活用をめぐって企業が直面する課題について、私見を述べてみたいと思う。最近でこそ出産・育児後に復帰する女性社員が増えているものの、それでもまだまだ出産・育児を機に退職を余儀なくされる女性社員は圧倒的に多い。企業側の理屈は、女性社員は出産・育児によってブランクができると、その間に能力が低下してしまうというものである。だが、果たして能力はそんなに簡単に下がるものなのだろうか?

 日本企業はゼネラリストを育成する傾向が強く、様々な部門の業務を経験して、多様な能力を身につけさせようとする。そして、優れたゼネラリストが経営者となっていく。しかし、経営者になる頃には、20代・30代からは随分と時間が経過している。それでも、20代・30代で身につけた能力がゼネラリストとしては重要なのである。ということは、20代・30代の能力は衰えていないと言っているに等しい。経営陣に関しては、習得から数十年経った能力でも重宝されるのに、女性社員の能力はわずか2~3年のブランクで否定されるのは、明らかな矛盾である。

 もう1つの課題は、昇進をめぐるものである。多くの企業では、女性社員が出産・育児で休職している間は、業績評価をしない。仕事をしていないのだから、業績評価をしないのは当然と言われるかもしれない。だが、以前の記事「比較的シンプルな人事制度(年功制賃金制度)を考えてみた」で示した例によると、例えば職能Level4に昇格するためには「Level3時代の5年以内の評価ポイントが15(年平均3)以上」となっており、Level4に昇格することが課長に昇進するための条件になっている。ここで、Level3で3年勤務し、9ポイントを獲得した女性社員が出産・育児をきっかけに2年間休職したとする。すると、Level3時代の5年以内に15ポイントを獲得することは不可能になり、課長に昇進する道が絶たれる。休職している間は通算勤務期間に入れないという方法もあるが、その場合には、女性社員の昇進は必ず男性社員よりも遅れてしまう。

 ここで、私は、女性社員が休職している間に、疑似的に業績評価を行うという方法を提案したい。具体的には、休職期間中であっても、業績評価は例えば平均点の3を自動的に与える。そうすると、休職を理由に女性社員が昇進で遅れるケースが減る。これを不平等な処遇だと批判する人は必ずいるだろう。だが、本ブログで何度も書いているように、人事制度を完全に平等に設計することは不可能である。それに、子どもを育てている女性社員は、人口減少社会において貴重な国民を育てるという大仕事をしている。そういう表現が敬遠されるのであれば、子どもを育てている女性社員は、将来市場に出てくる潜在的な顧客候補を育てていると言ってもよい。つまり、子どもを育てることは、企業の業績に立派に貢献しているのである。

 やや話が逸れるが、この話を拡張すると、介護休暇を取っている社員についても、同じように自動的・疑似的な業績評価を行うべきだということになる。現在、介護離職が大きな問題になっている。仮に再就職できたとしても、前職よりも大幅な年収ダウンになるケースは枚挙にいとまがない。だが、自動的・疑似的な業績評価を行えば、その社員は退職する必要もなく、これまで積み上げてきた年収を失うこともなく、さらに昇進の可能性も残される。それを正当化するとすれば、その社員は介護によって親の健康状態を保っており、高齢者市場の維持に貢献していると言える。これもまた、子育てと同じくらい重要な仕事であると私は考える。

2018年04月16日

『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)


一橋ビジネスレビュー 2018年SPR.65巻4号: 次世代産業としての航空機産業一橋ビジネスレビュー 2018年SPR.65巻4号: 次世代産業としての航空機産業
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2018-03-19

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 以前の記事「土屋勉男、金山権、原田節雄、高橋義郎『革新的中小企業のグローバル経営―「差別化」と「標準化」の成長戦略』―共著と中小企業研究の悪癖が両方とも出た1冊」で、技術的に突っ込んだ話がなかったことに不満を表明したが、今月号の『一橋ビジネスレビュー』は東京大学航空イノベーション研究会とタッグを組んで、これでもかと技術的な話をつぎ込んできたため、技術音痴の私の頭には論文の内容があまり入ってこなかった(わがまま)。それでも、従来の私のアイデアを修正するヒントが得られたので、今回はそれを記事にしてみたい。

 前々から、「必需品か否か?」、「製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoCの場合)・事業(BtoBの場合)に与えるリスクが大きいか否か?」(別の言い方をすれば、「製品・サービスに高い品質基準が要求されるか否か?」)という2軸でマトリクスを作って、世の中の製品・サービスを4つのカテゴリに分類できないかと考えてきた。これまでの最新版は、以前の記事「「製品・サービスの4分類」に関するさらなる修正案(大分完成に近づいたと思う)」で示した図①であったが、本号を読んで図②のように修正することとした。

○図①
製品・サービスの4分類(②各象限の具体例)

○図②
【修正版】製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 <象限④>について、2つの修正を行った。1つ目は<象限②>に位置づけていた「航空」を<象限④>に移動させたことである。@niftyニュース「飛行機についてのアンケート・ランキング」によると、2013年4月~2014年3月の間に1回も飛行機に乗ったことがない人の割合が61%であったため、航空は必需品とは言いがたい。2つ目として、「テーマパーク・遊園地」を<象限④>に追加した。これは今まで全く欠落していたのだが、テーマパーク・遊園地というのは必需品ではないものの、設備トラブルがあれば顧客の生命を脅かすため、<象限④>に入れた。ディズニーランドが重視する4つの価値観のうち、最上位に位置しているのは実は「安全」である。

 (※)この修正に伴い、以前の記事「『顧客は何にお金を払うのか(DHBR2017年3月号)』―USJ、Supership(nanapi)、ユニリーバの戦略比較」でUSJを<象限③>としていたが、今後は<象限④>に位置づけることとする。

 まず、<象限①><象限②>と<象限③><象限④>の違いについて、改めて説明したいと思う。<象限①><象限②>は多神教的世界、<象限③><象限④>は一神教的世界であり、<象限①>は新興国が、<象限②>は日本が、<象限③><象限④>はアメリカが強い。<象限③><象限④>は必需品ではなく、ニーズを一から掘り起こす必要があるイノベーションの世界である。ニーズが存在していないないから、伝統的な市場調査は役に立たない。そこで、リーダーは自分自身を最初の顧客に見立てて、「自分はこういう製品・サービスがほしい」と構想する。そして、「自分がこれだけほしがっているのだから、世界中の人も同じようにほしがるはずだ」と考えて、その製品・サービスを世界中に普及させることを唯一絶対の神と契約する。リーダーがエバンジェリスト(伝道者)となって世界中に布教すると言ってもよい。

 以前の記事「『正論』2018年2月号『本誌に突きつけられた朝日新聞”抗議書”に言論で答える/ワシントンを火の海にする狂気』―「朝日新聞に社是はない」で笑ってしまった」で書いたように、イノベーションとはリーダーがこれだと思うルールを世界に適用する演繹的な取り組みである。リーダーはトップダウンでイノベーションを推進する。イノベーションは必需品ではないため、購入・利用しない人は全く見向きもしないが、熱狂的なファンはその製品・サービスを必要以上に購入・利用する。そのため、市場規模が読みづらい。後者の顧客の存在を前提として、リーダーは野心的な目標を設定する。ただし、契約が正しいかを知っているのは神だけである。契約が正しければイノベーションは全世界で成功し、リーダーは巨万の富を得る。契約が間違っていればイノベーションは静かに死を迎える。そして、間違っている契約の方が圧倒的に多い。

 海外の航空機産業では、国がリーダーとなり、トップダウンで事業を進めているという。
 アメリカにおいては、大統領の決定による、省庁横断の政策文書「国家航空研究開発政策」により、航空研究開発におけるアメリカ政府の役割を明確に定義し、NASA(アメリカ航空宇宙局)は研究開発を実施している。また、欧州においては、「Flightpath 2050」という航空ビジョンに基づいて、戦略研究イノベーション計画が制定され、これにのっとり、DLR(ドイツ航空宇宙センター)、ONERA(フランス国立航空宇宙研究所)ともにトップダウン形式での研究開発を行っている。
(岩宮敏幸、大貫武、白水正男「日本の航空技術と国際競争力」)
 さらに言えば、たとえ成功したとしても、多くのイノベーションは短命である。中には世界中の人々の必需品となって<象限①>や<象限②>に移動するものもあるが、多くは流行が過ぎ去れば急激に市場がしぼんでいく。そうなる前に、リーダーは自社株買いによって株主に利益を還元しながら事業を縮小したり、自社を他の企業に売却してエグジットを図ったりする。いずれにしても、その過程でリーダーは大きな富を手中にし、後は悠々自適な生活を送る(ただし、航空機産業は国家の安全保障とも関連しているから、航空機メーカーが勝手に店じまいすることは国が許さない。航空機メーカーは数十年単位のサイクルで新型機を投入し続ける)。

 イノベーションのプロモーションは、世界中の人々に「この製品・サービスを使え」と迫るような、半ば脅迫的なものである。そしてリーダーは、そのプロモーションに対する市場の反応を数字で追っている。リーダーは、全世界に配置したプロモーション担当から、各種プロモーションに関する情報を報告してもらう。リーダーはそれを分析し、A地域でイノベーションを受け入れてもらうためにはどうすればよいか、B地域で受け入れてもらうにはどうすればよいか、などと考える。つまり、リーダーはインテリジェンスを重視する。A地域やB地域の顧客ニーズの違いを考慮して製品・サービスをカスタマイズしようとはしない。カスタマイズするのはプロモーションの内容の方であり、A地域やB地域の人々の心理的特性に応じて、発信するメッセージを変える。

 リーダーのモチベーションの源泉は、「自分が考案したイノベーションを全世界に広めたい」という「自己実現」の欲求である。そのために自らに高い目標を課す。そして、その目標を達成するのに必要な要件をCSF(Critical Success Factor:重要成功要因)として演繹的に特定し、KPI(Key Performance Indicator:重要業績指標)を紐づける。つまり、成功の条件をごく限られた数の指標に帰結させる(その中には前述のプロモーションに関する指標も含まれる)。イノベーティブな組織の業績管理や人事考課は全て、このCSFやKPIと結びつけられている。

 リーダーは、そのKPIの達成に向けて、世界中から優秀な人材をかき集める。ただし、前述のようにイノベーションは短命であり、リスクが高いので、あまり多くの正社員を抱え込もうとはしない。たいていは外部の優秀なクリエーターたちを集めてプロジェクトを結成する。正社員に関しても、プロジェクトの特性に応じて最高の人員配置を追求するため、上を下への人事異動が頻発する。プロジェクトが終われば外部のクリエーターはその企業を離れて別の企業を探し、正社員はまた乱高下の激しい人事異動を経て別のプロジェクトへと移っていく(航空機に関しては、優秀な開発者は開発が終わるとメーカーを渡り歩くが、メーカーの中には囲い込みのためにそのような渡り歩きを禁止しているところもあるそうだ)。

 競合他社との関係について言えば、最初は市場を創造するという必要性から、協調的であることが多い。普及を妨げる旧来の規制を破壊したり、市場の確立に必要な標準や規格を一緒に構築したりする。ところが、ある程度市場が成長すると、競合他社との関係は敵対的になる。プロモーションでは競合他社のことを公然と攻撃する(日本やEUでは敵対的CMが規制されているため、目にする機会はない)。あるいは、標準や規格に組み込んでもらった自社の標準必須特許をめぐって、法外な使用料を請求したり、差止請求を起こしたりする。

 とはいえ、競合他社がいるからこそ自社が差別化できることを踏まえれば、競合他社は自社のアイデンティティ確立のために必要不可欠な存在だと言える。よって、競合他社を完膚なきまでに叩きのめそうとはしない。その点では、常に敵チームを必要とするスポーツに近い。そう言えば、スポーツもエンタメの一種として<象限③>に位置づけられるものであった。

 <象限①>や<象限②>は、既に市場ニーズが存在している世界であり、マーケティングやマネジメントが武器となる。過去の経験上、こうすれば成功できるという法則がある程度解っているため、一見すると演繹的に事業を行えばよいように見える。しかし、顧客のニーズは時間の経過とともに微妙に、時には急激に変化するから、顧客に密着したニーズの調査が欠かせない。そして、顧客の直接的な観察を通じて得られた知見から、今回はこうすれば上手くいきそうだという仮説を立てる。よって、<象限①>や<象限②>は帰納的であると言える。ただし、帰納的に導かれたルールが全世界で通用するというわけではなく、あくまでもその企業が活動するフィールドや文脈においてのみ有効であるという点に注意しなければならない。

 <象限①>や<象限②>は多神教的な世界であると書いた。この2つの象限は、<象限③>や<象限④>が全世界をターゲットとするのに対し、市場を細かくセグメンテーションする。<象限①>の場合、「○○地域に住んでおり、年収は○○万円ぐらいで、○○という価値観を重視している、○○歳~○○歳ぐらいの女性」に対して日用品を販売する、といった具合だ。そして、この日用品メーカーは、同じ顧客をターゲットとする他の企業、例えば、アパレルや食品スーパー、飲食店などと連携する。特定の顧客に対してあたかも多角化をしているかのように事業を展開するのが<象限①>であり、これが多神教的であることの意味である。この形態はショッピングセンターや商店街に見られる。新興国の場合は、財閥が力を持っており、同じ財閥が日用品メーカー、アパレル、食品スーパー、飲食店などを傘下に収めていることが多い。

 <象限②>の場合、製品・サービス面での多様な広がりではなく、顧客面での多様な広がりが見られる。<象限②>の企業は細かくセグメンテーションしたその全てに対し、各セグメントの特性に応じて異なる製品・サービスを提供しようとする。古い話になるが、トヨタが「いつかはクラウン」というキャッチコピーで若者からシニアに至るまで異なる車種を展開したのが解りやすい例である。つまり、<象限②>では、特定のジャンルの製品・サービスを全ての顧客に合わせて提供するという意味で多神教的である。<象限③>や<象限④>も同じように全ての顧客をターゲットとするが、前述の通り、この2つの象限に属する企業は、顧客ニーズに合わせて製品・サービスをカスタマイズしようとは考えない。この点で<象限②>とは大きな違いがある。

 顧客志向が強いマネジャーのモチベーションの源泉は、「他者貢献」の欲求である。プロモーションも、<象限③>や<象限④>に比べると抑制的である。<象限③>や<象限④>のプロモーションが強烈なプッシュ型であるのに対し、<象限①>や<象限②>はプル型重視へと移行している。利他に徹することで、自分の目の前にいる顧客に何としてでも満足してもらいたいというのがマネジャーの願いである。「自分が考えたイノベーションを全世界に普及(布教)させたい」と「自己実現」を狙っているイノベーターとは対称的である。

 マネジャーは顧客から「こんな製品・サービスを作ってくれて本当にありがとう」と言われるとモチベーションが上がる。同時に、「こんな製品・サービスを作りやがって」とネガティブなフィードバックを受けても、かえって燃え上がるというマゾヒスティックな一面もある。

 <象限①>や<象限②>のマネジャーは現場を重視する。顧客と直接会って話をする、顧客を観察する、工場に足を運ぶ、といった具合だ。こうして得られた情報に基づき、ボトムアップ的に目標を設定する。ここからが<象限①>や<象限②>の不思議なところだが、ボトムアップでトップに上げた目標をトップから再び現場に展開する際、上位階層と下位階層の目標の因果関係が複雑になるという特徴がある。別の言い方をすると、上位階層の目標の達成に必要な目標以上の目標が下位階層には課される。具体的には5Sや挨拶の重視や能力開発の実践といった細かい目標である。一見すると、上位階層の目標の達成には無関係に見える目標でも、重要な目標とされる。<象限①>や<象限②>の目標管理は往々にして総花的である。

 市場ニーズが読めずリスクが高い<象限③>や<象限④>では、フラットなプロジェクト型組織が見られるのに対し、<象限①>や<象限②>では、市場の成長がある程度計算できることから、伝統的な階層型組織が採用されるのが一般的である。<象限③>や<象限④>では上を下への人事異動が頻発すると書いたが、<象限①>や<象限②>ではそのような人事はレアケースである。多くの場合は、段階的に出世の階段を上がっていくことになる(ただし、市場が成熟している場合は、永遠に階層型組織を拡大することができず、全員を昇進させることは不可能になることは、以前の記事「平井謙一『これからの人事評価と基準―絶対評価・業績成果の重視』―「7割は課長になれない」ことを示す残酷な1枚の絵」で書いた)。

 競合他社との関係を見ると、表向きはもちろん激しく競争するが、裏では協調的な行動を取り、共存共栄を図っている。日本は業界団体の数が多く、競合他社の戦略がある程度共有されている。だから、どの企業も似たような新製品・サービスを同時に発表するし、必要とあれば競合他社と組んで新製品・サービスを開発することもある(自動車業界はメーカー間の協業関係が非常に複雑である)。ただし、共存共栄が行き過ぎると建設業界のような談合が起きるし、斬新なアイデアで市場に切り込もうとする新規参入企業をのけ者扱いするという悪癖が出る。

 <象限①>と<象限②>、<象限③>と<象限④>はいずれも競合他者の存在を必要としているが、どれくらい本気で必要としているかは、競合他社が経営不振に陥った時に見えてくる。<象限①>や<象限②>では、その競合他社がいなくなるとその企業から製品・サービスを買っていた顧客が困るから、あるいは業界の輪が乱れて困るから救済に乗り出すことが多い。これに対し、<象限③>や<象限④>では、競合他社の不振につけ込んで、その企業が持っている技術やノウハウを獲得しようという利己的な動機で救済に乗り出す。

 ここからはそれぞれの象限の違いを述べてみたいと思う。まずは、産業のバリューチェーンについてである。<象限①>は、製造の階層が少なく、流通・サービスの階層が多い。例えば、家電には自動車ほどの多重下請け構造はない。一方、流通に関しては、食料品や日用品において多重流通構造が存在する。<象限②>は、製造の階層も流通・サービスの階層も多い。自動車や建設、IT(BtoB)業界は多重下請け構造となっている。工作機械、機械器具の流通は多段階である。<象限③>は、製造の階層も流通・サービスの階層も少ない。映画には主に制作会社、配給会社、映画館という3種類のプレイヤーが存在するだけである。<象限④>は、製造の階層が多く、流通・サービスの階層が少ない。航空機は100万点の部品を必要とする、裾野が非常に広い製品である。一方、フライトに関しては、航空会社という1レイヤーしか存在しない。

 ただ、この産業のバリューチェーンについての記述は、まだ粗い仮説であることをご了承いただきたい。<象限②>の流通・サービスの階層は、実は短い方が多いのではないかと考えている。自動車や金融は販売チャネルが多段階になっていないと思う。「<象限②>は製造の階層も流通・サービスの階層も多い」と言うことができれば、4象限それぞれの違いがはっきりとするのだが、現時点でそのように断言できないのが私の中でもどかしいところである。

 規制に関しては、<象限①>では雇用を守る規制が多い。参入障壁が比較的低く、雇用の受け皿となっているためである。よって、大規模資本の参入は規制されやすい。日本で言えば、かつての大店法(大規模小売店舗法)がそうであった。新興国は、経済発展のために海外からの直接投資を積極的に受け入れているが、小売業に関しては自国民の雇用を守る目的で参入を規制しているケースが多々見られる(例えば、インドは外資の小売業を受け入れる意向がないことを明言している)。<象限②>は、欠陥が顧客の生命・事業に及ぼすリスクが大きいので、顧客を守る規制が多く策定されている。<象限①>や<象限②>ではこうした規制を前提として事業を行う必要があるが、<象限③>のプレイヤーは規制を破壊する。googleは著作権のルールを変えてしまったし、Airbnbも宿泊業の規制に真っ向から対立した。<象限④>は<象限③>のように敵対的ではなく、規制や規格を官民共同で策定しようとする傾向が強い。

 航空機産業では、この規格作りに参加できるかどうかがカギとなる。
 FARでは、安全上重要な要素に関しては10の9乗時間(約11万年)に1回の故障しか認めていない。これを実際の試験で証明するのは不可能に近いため、高度な解析が要求される。実際には、民間の非営利団体(アメリカのSAEやRTCA)において、業界関係者、研究者などがガイドラインを制定し、それをFAAなどの規制当局が引用する傾向にある。さらに、複雑な大規模システムの認証や、ソフトウェアの認証には、その開発プロセスや検証プロセス自体を規定するガイドラインも策定されている。こうしたガイドライン作りに参加しなければ認証方法を理解することが困難委であり、そのためには、その業界の一員でなければならない。
(鈴木真二「航空機産業を俯瞰する」)
 三菱重工業はMRJを開発するにあたって、このようなルールを策定する会議に参加していなかったため、頻繁な設計変更を余儀なくされたと述べられている。
 どういうデザインが許容されるか、あるいはされないのか、どこにも情報は公開されていないが、後述するように、航空局を含む世界の専門家が集まって、基準のドラフト作成、解釈や運用変更を協議する規則制定(ルールメーキング)の場が分野ごとに多数存在する。継続する旅客機開発からの経験の蓄積に加え、これらの会合に出席していれば、背景にある課題認識や適用範囲などに関する専門家の意見や合意事項を的確に理解し、こうした設計変更を最小限に抑えることも可能だっただろう。しかし、こうした協議の場の重要性は、MRJ開発までは明確には認識されていなかった。
(伊藤一彦、佐倉潔、小林真一、田浦伸一郎「MRJの取り組み 課題と展望」)
 最後に、異業種との関係であるが、これは<象限①>と<象限③>、<象限②>と<象限④>で違いが見られる。<象限①>と<象限③>は異業種に対して比較的開かれている。<象限①>が異業種に対して開かれているのは、前述の通り、特定セグメントの顧客に対し、様々な業種と連携して製品・サービスを提供するからである。日常品や食料品のメーカーは、協力しながら小売店を育てていく。<象限③>については、そもそもイノベーションというものが異質の組み合わせによって生じることが関係している。<象限③>では、異業種連携は大歓迎である。それが如実に表れているのが、昨今のオープン・イノベーションブームである。

 これに対して、<象限②>と<象限④>は異業種に対して閉鎖的である。要求される品質基準が高く、特定のジャンルの製品・サービスに高度に特化しなければならないことがその理由の1つだと考えられる。ただし、<象限②>に関して言えば、例えば自動車×IT(自動運転)、金融×IT(Fintech)、医療×ITといった具合に、IT業界が旗振り役となって異業種連携を推進する動きが現れている。<象限②>と<象限④>における新製品開発は、どちらも製造段階の多重下請け構造を特徴とすることから、垂直方向の擦り合わせによってなされる場合が多い。




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