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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

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(監事を務めています)

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(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

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(以下の資格の講師をしています。
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 ―中小企業診断士(企業経営理論、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策)
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2017年01月29日

『構造転換の全社戦略(『一橋ビジネスレビュー』2016年WIN.64巻3号)』―家電業界は繊維業界に学んで構造転換できるか?、他


一橋ビジネスレビュー 2016年WIN.64巻3号一橋ビジネスレビュー 2016年WIN.64巻3号
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2016-12-09

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 (1)
 事業立地が重要なのは、その初期選択が収益ポテンシャル、すなわち利益率の上限値を規定するからである。だとすると、われわれは事業立地の優劣を事前に論じるすべを手に入れなければならないし、優劣が固定的なのか否かも知る必要がある。
(三品和広「事業立地の戦略論―最新形」)
 この論文で言う「事業立地」とは、企業が工場や店舗を構える物理的な立地のことではない。そうではなく、企業が戦うべき業界・市場・フィールドのことを指している。事業立地が収益性を規定するという考え方は、マイケル・ポーターと共通する。ポーターは、市場構造(Structure)が企業行動(Conduct)を規定し、企業行動が成果(Performance)を決定するというSCPモデルに基づき、様々な業界を分析した。その結果、業界によって収益性に大きな差があることを発見した。その差を生み出している要因をまとめたものが、有名な「ファイブ・フォーシズ・モデル」である。

 収益性が高い魅力的な業界にいるならば問題ない。問題は、自社が収益性の低い業界にいると解った時である。この場合、まずは、5つの力(①競合他社との競争関係、②供給者の力、③買い手の力、④新規参入の脅威、⑤代替品の脅威)を弱める施策を打つことで、収益性を改善することができる。だが、ポーターはそれよりももっと簡単な処方箋を用意した。すなわち、コスト・リーダーシップ戦略、差別化戦略、集中(ニッチ)戦略という3つの基本戦略のうち、どれか1つを選択すればよいというわけである。このシンプルさが世界的に受けた。

 ポーターは、様々な業界について、横軸に売上規模、縦軸に利益率をとって各企業をプロットした結果、「売上高も利益率も大きい企業群」と「売上高は小さいが利益率が大きい企業群」という魅力的な企業群に挟まれるような形で、「売上高はそこそこあるのに収益性が低い企業群」が見られることを突き止めた。さらに分析を進めると、「売上高も利益率も大きい企業群」はコスト・リーダーシップ戦略か差別化戦略を、「売上高は小さいが利益率が大きい企業群」は集中戦略を採用していることが解った。一方で、基本戦略のうち複数を追求しようとする欲張りな企業は「売上高はそこそこあるのに収益性が低い」という状態に陥ると指摘した。
 残念なことにポーターは、せっかくフレームワークを作りながら捨て置いて、その先のポジション取りに突き進んでしまった。事業立地を所与としたまま、そこで何ができるのかを考えに行ったのである。そのため、5つの力が強すぎて利益の出ない事業立地に取り残されてしまった企業がどうすればよいのかについては、何も書いていないに等しい。(同上)
 三品氏は上記のように指摘するが、私はポーターは一応前述のような方策を用意してくれていると思う。そもそも、最初から収益性が高い魅力的な業界にいるのであれば、どんなポジショニングを取っても関係がないわけであって、多くの企業は収益性がそれほど高くない業界にいるからこそ、ファイブ・フォーシズ・モデルや3つの基本戦略が意味を持つ。

 三品氏からすれば、わざわざ収益性の低い業界で戦う戦略を論じるよりも、もっと高収益で魅力的な業界にシフトした方がよいということなのだろうが、本論文では具体的にどうすれば事業立地を変えられるのかまでは触れられていないと感じた。確かに、高収益企業の大半は、現在の主力企業が祖業と異なることが定量的に示されているものの、これらの企業がどのようにして祖業からの脱却を図ったのかという点になると、トップ・マネジメントの長期間に渡る強力なリーダーシップによる、といったありがちな主張にとどまってしまう。

 戦略論には、大きく分けると外部環境アプローチと内部環境アプローチがあり、三品氏やポーターは外部環境アプローチに所属する。三品氏は論文の中で、内部環境アプローチに対して、次のような手厳しい批判を浴びせている。
 リソース学派は、事後の説明として魅力的であるが、事前の処方となると無力である。どうしてA社がB社より優れたリソースを有すると判断できるのかと問われて、A社がB社に対して優位に立つからと答えるしかないとしたら、これはトートロジーに終わってしまう。それなのに、リソースの優劣を測定してみせた研究は皆無に近いのである。(同上)
 ただし、面白いことに、本号の別の論文には次のような記述がある。
 もちろん、「基本戦略」や「ファイブフォース分析」そのものが悪いわけではありません。しかし、こうしたフレームワークやコンセプトこそが戦略の中核だと思ってしまった瞬間、企業のなかでは「コンテンツ」つまり「数字」「分析」「効率」が幅を利かせ、目に見えるもの、数値化できるものこそがすべてであると勘違いされます。(中略)

 戦略の実行こそプロセスが大切です。立派な戦略を(本社が、あるいはコンサルタントが)作ったから、あとは現場が実行するだけ、ということはまずなく、それがどのようにしたら現場に浸透・共有されるのか、あるいは、すでにこれまでやってきた戦略と乖離がある場合は(環境が変われば当然なのですが)、どのようにしてその乖離を埋め、組織を動かしていくか。こうした問題は、「正しいアウトプット」とはまた別次元の話です。そもそも「正しいかどうか」も、実行してみない限りわからないことが多いのです。
(清水勝彦「良い失敗とコミュニケーション―今、私たちが本当に考えなくてはならない戦略へのアプローチ」)
 著者の言葉を借りれば、戦略論にはコンテンツ重視派とプロセス重視派がある。コンテンツ重視派は外部環境アプローチに、プロセス重視派は内部環境アプローチに対応していると言ってよい。外部環境やコンテンツが戦略や収益性を規定するというのは、あまりにも決定論的すぎて、大半の企業にとって救いがない。総合的に見れば収益性が芳しくないけれども、企業の努力次第で、つまり内部環境を適切に充実させることで競合他社よりも高い収益を達成できるという戦略論の方に、個人的には賭けてみたい。やや話が逸れるが、倒産した企業の原因を分析した研究によると、外部環境が4割、内部環境が6割だという。もちろん外部環境は重要だが、企業を存続させるためにはそれ以上に内部環境を重視しなければならないことを示唆している。

 (2)
 欧州勢は半導体、テレビ、通信機器などの事業を売却、もしくはスピンアウトし、一方で医療機器、重電機器、照明関連の会社を買収して、業界再編によって欧州市場を集約した。この結果、収益性は大きく改善し、一度売り上げ規模は小さくなったが成長を遂げている。
(佐藤文昭「抜本的構造転換の企業戦略―大手電機メーカーの栄枯盛衰から学ぶ」)
 三菱電機も日立製作所も国内では成功組と言われる。ともに社会インフラ、産業機器、自動車関連などをコア事業にしている。これら事業は品質、信頼性、安全、安心に加え、長期安定供給することが求められる。(同上)
 (1)で事業立地の変更について触れたが、現在、日本の産業界の中で事業立地の変更の必要性に最も迫られているのは家電業界であると言えるだろう。(1)では、基本的に収益性が低い業界でも、内部環境を充実させることで高収益事業になりうる可能性を示した。そのことと矛盾するようだが、例外的に家電業界は日本企業にとってもはや適切な事業立地とは言えない。

 私が本ブログで頻繁に用いている下図によると、家電業界は<象限①>の「必需品だが、製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが小さい」に該当する。こう書くと、「家電製品も欠陥があれば消費者の生命を脅かす」と反論する人もいるだろう。しかし、私に言わせれば、家電製品が消費者の生命を脅かすのは、メーカーが過剰な機能を製品に詰め込んで製品を複雑にしたためである。消費者が本当に必要とする機能に集中すれば、リスクは低減する。この象限は、新興国がコスト優位性を武器に強みを発揮するか、先進国内の雇用の受け皿として機能する(飲食・小売店が典型である)。日本企業がいつまでも拘泥すべき象限ではない(この点で、私も多少は決定論的な外部環境アプローチの影響を受けていることを認める)。

製品・サービスの4分類(修正)

製品・サービスの4分類(修正)

 (※上図については「【シリーズ】現代アメリカ企業戦略論」を参照)

 家電業界が事業立地を変更するにあたって参考にすべきは、かつて日本が世界で圧倒的に優位性を保っていたが、その後急速に新興国に取って代わられた繊維業界であると思う。その意味で、本号に東洋紡のケーススタディ(藤原雅俊、青島矢一「東洋紡―抜本的企業改革の推進」)が掲載されているのは、何か編集者側の意図を感じる。

 東洋紡は1990年代後半から事業改革に着手し、全社の売上高に占める繊維事業の割合を徐々に減少させながら、非繊維事業の割合を増加させてきた。結果的に、1990年代に5,000億円を超えていた売上高は、2015年には約3,500億円へと縮小したものの、営業利益率は大幅に改善している。ここでポイントとなるのは、東洋紡が繊維事業の縮小、具体的には工場の閉鎖・売却を10年単位の長いスパンで実施していることである。欧米企業であれば、不採算工場をスパッと切ることもできただろう。しかし、日本の場合、1つの工場を閉鎖するだけでも、工場が立地する自治体との調整や労働組合との交渉、工場に勤務する社員の次の仕事の探索など、手間のかかるプロセスを1つ1つ踏まなければならない。

 シャープや東芝がかつてのように巨大な企業規模を保つことはもはや難しいだろう。ただし、東洋紡のように粘り強く構造転換を行えば、優良な高収益率企業に生まれ変わるかもしれない。それにはおそらく10年以上の時間がかかると思われる。(1)で述べた、プロセス重視の戦略を息切れすることなく続けられるかどうかが成否を握るに違いない。家電メーカーの再生は、長い目でウォッチし続ける必要がありそうである。

 (3)以前の記事「【現代アメリカ企業戦略論(4)】全体主義に回帰するアメリカ?」で、アメリカのU理論やマインドフルネスと、日本の知識創造理論の違いについて触れた。両者は、「個人の意識が全体の意識へと昇華されていく」という表面的な部分では共通する。
 このプロセスは、現象学の「相互主観性(intersubjectivity)」の概念で裏づけられる。相互主観性とは、複数の主観がそれぞれの独自性を維持したまま、共同で築き上げる「われわれ(we)」の「共同主観」すなわち「共観」である。つまり、相互に他者の主観と全人格的に向き合い、受け入れ合い、共感し合う時に成立する、自己を超える「われわれ」の主観である。
(野中郁次郎「知的機動力を練磨する―暗黙知、相互主観性、自律分散リーダーシップ」)
 しかし、U理論やマインドフルネスにおいては、「宇宙」という絶対性(物理学者デイビッド・ボームの言葉を借りれば「内蔵秩序」)と個人が同化し、1がすなわち全体と等しくなって全体主義へと傾倒していく恐れがある。これに対して、知識創造理論は「共通善」を追求するとあるものの、そこで得られた解は他の全ての人々に通用するものではない。
 それは個別具体の文脈で「ちょうど(just right)」の解を見つける能力であり、個別と普遍、細部と大局を往還しつつ、熟慮に基づく合理性とその場の即興性を両立させる能力である。「行為のただ中の熟慮(contemplation in action)」を行い、「文脈に即した判断」と「適時・絶妙なバランス」を同時に実現し、矛盾や対立を総合する弁証法の知である。(同上)
 知識創造理論においては、組織の成員が個人と集団、部分と全体、現在と未来、感覚と論理、暗黙知と形式知、身体と心、行動と思考の間を高速で何度も行き来しながら「ちょうど」の解を導出すると私は考える。その解は個別文脈においてのみ意味を持つものである。さらに言えば、個別文脈は絶えず変化するから、両軸の間の高速振り子運動を常に続けることによって、最善の解を更新していかなければならない。よって、全体主義に陥ることは絶対にない。


2016年11月14日

『新しい産業革命―デジタルが破壊する経営論理(『一橋ビジネスレビュー』2016年AUT.第64巻2号)』―アメリカのプラットフォーム型企業が世界を席巻する日、他


一橋ビジネスレビュー 2016 Autumn(64巻2号) [雑誌]一橋ビジネスレビュー 2016 Autumn(64巻2号) [雑誌]
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2016-09-09

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 (1)澤谷由里子、西山浩平「クラウドソーシング オンライン分散型資源を生かす価値共創マネジメント」では、クラウドソーシングの仕組みを活用してプラットフォームを構築した企業の例が紹介されている。LEGOは「LEGO CUUSOO」を立ち上げて、世界中のユーザーから製品化のアイデアを収集し、LEGO CUUSOOにおいて製品企画を行った(現在、LEGO CUUSOOはLEGO IDEASと名前を変え、LEGOの一事業として吸収されている)。イーライリリーは「イノセンティブ」というプラットフォームを用い、イーライリリーが抱える研究課題をイノセンティブ上で公開して、その課題を解決できる研究者などを世界中から募集した。

 ただ、個人的に、これはプラットフォームではなくて、単なる「外注化」ではないかと思う。LEGOは製品開発機能をLEGO CUUSOOに、イーライリリーは研究開発機能をイノセンティブに外注したということだ。通常の外注と異なるのは、外注先が世界中に散らばっているという点である。

製品・サービスの4分類(修正)

製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 上図については、以前の記事「森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』―私のアメリカ企業戦略論は反知性主義で大体説明がついた、他」や、ブログ別館の記事「『プラットフォームの覇者は誰か(DHBR2016年10月号)』」などを参照していただきたい。プラットフォームは、【象限③】に多く見られるパターンである。Amazon、Google、Appleは典型的なプラットフォーム型企業だ。元々【象限③】とは、必需品ではない製品・サービスを新たに創造するイノベーションである。アメリカ企業がこれを得意とするわけだが、アメリカ企業とて、一体どんなイノベーションがヒットするのかは解らない。一部のイノベーターが世界中の顧客の心をとらえて莫大な利益を獲得する一方で、何百、何千という死体が転がっているのが【象限③】である。

 イノベーターは、イノベーションの成功確率を少しでも上げるために、次々と新しい製品・サービスを市場に投入する。他のイノベーターも同じように行動するため、市場には、ありとあらゆる製品・サービスが乱立する。すると、成功確率を上げるために次々と製品・サービスを投入したのに、それがゆえにかえって自分のイノベーションが顧客に選ばれる確率が下がるという状況が生じる。そこで、イノベーターの中には、自分が最初にお金を払ってでもいいから(それも先行投資と見なす)、世界中に自分のイノベーションを広めたいと考える人が出てくる。

 ここで、プラットフォーム型企業の登場である。プラットフォーム型企業は、自社の莫大な顧客基盤を武器として、その顧客基盤にアクセスできる権限をイノベーターに与える。その代わりに、イノベーターからは登録料などの名目でお金を徴収する。これを、通常の卸・小売のビジネスモデルと比較すると下図のようになる。卸・小売の場合は、卸・小売業者が売り手から製品を購入し、代金を支払う。卸・小売業者はマージンを乗せてその製品を顧客に販売し、代金を回収する。あくまでも、売り手はお金をもらう人、買い手はお金を払う人という構図になる。

卸・小売とプラットフォームの違い

 他方、プラットフォーム型企業は、イノベーターが自社のプラットフォームにイノベーションを登録する際に手数料を徴収する。プラットフォーム型企業は顧客にイノベーションを販売し、代金を回収する。その後、プラットフォーム型企業のマージンを抜いた残金をイノベーターに支払う。つまり、プラットフォーム型企業は、売り手と買い手の双方からお金をもらう。もちろん、卸・小売業においても、売り手から卸・小売業者に対するリベートは存在するが、過度なリベートは違法扱いされる。しかし、プラットフォーム型企業がイノベーターから徴収する手数料は合法である。

 もう1つ、図には描き切れなかったが、卸・小売業とプラットフォーム型企業には重要な違いがある。卸・小売業者は顧客のニーズを先読みして、顧客がほしがるであろう製品を仕入れる。見込みが外れれば卸・小売業者が在庫リスクを被らなければならない(もっとも、契約によっては売り手が在庫リスクを負うケースもある)。これに対して、プラットフォーム型企業は顧客のニーズを聞かなくてよい。とにかくたくさんのイノベーターに自社のプラットフォームに登録してもらい、どれかが大ヒットすれば御の字である。仮に大部分のイノベーションが失敗に終わっても、プラットフォーム型企業は登録手数料で一定の収益を上げているから問題ない。

 先ほど、Amazonはプラットフォーム型企業だと書いた。Amazonは顧客主義を自負している。なるほど、Amazonで買い物をするたびに、他の製品を勧めてくるアルゴリズムは天下一品かもしれない。しかし、私はAmazonから自分のニーズを直接聞かれたことはない。私が最近共産主義や全体主義に関する本を購入しているのは、ファシズムと神の関係を整理したいと考えているためなのだが、Amazonのアルゴリズムではそこまでは予測できない。全体主義の本を買えば、全体主義に関連する書籍しかレコメンドされず、神学関連の書籍は出てこない。

 プラットフォーム企業は【象限③】に特有の形態であった。ところが、近年は日本企業が主戦場とする【象限②】や、多くの国で雇用の受け皿となっている【象限①】にも進出しつつある。【象限②】ではIoTを活用したプラットフォームが、【象限①】ではP2Pを活用したプラットフォームが生まれている(ブログ別館の記事「『プラットフォームの覇者は誰か(DHBR2016年10月号)』」を参照)。最近、AIが人間の仕事を奪うと話題になっている。しかし個人的には、アメリカのプラットフォーム型企業が、【象限②】や【象限①】の従来型企業を自社のプラットフォームに組み込み、従来型企業から利益を収奪する未来の方が恐ろしいと感じる。

 (2)
 第3世代のフィンテックは、B2CをB2F(Business to Family)へと変革させる引き金となる可能性を秘めている。先の挿話でいうならば、それまではA博士個人が自律的に購買意思決定をして済まされていた多くの商取引について、リアルタイム連結会計システムの導入によって、家族であるB博士との合意形成プロセスを経なければならなくなる蓋然性が高まったのである。これはつまり、個人的消費ではなく、家庭的消費の視点の協調を意味する。これまでは個人の好みと満足度に焦点をあわせていればよかったが、これからは家族の好みと満足度をも考慮した経営が求められる可能性がある。
(土岐大介、岡田幸彦「フィンテック 「私だけの金融サービス」時代の到来と意思決定プロセスの変革」)
 個人的には、B2CからB2Fへの転換は、フィンテックが引き金となるとは思わない。優れた営業担当者は、お金を出す人と、お金を出す意思決定を下す人が異なる場合があることをよく知っている。10年以上前の話になるが、日産は自動車の購買意思決定を分析した結果、お店に来るのは夫であるが、実際に購買意思決定をするのは妻であることを発見した。そこで、製品開発チームの女性メンバーの数を増やし、女性目線での新車開発を行ったという。

 B2CのビジネスにおいてB2Fへの転換が見られるとすれば、B2Bのビジネスにおいては、言わばB2I(Business to Industry)への転換が必要になる。従来のベンダーの営業担当者は、単に顧客企業のニーズを聞いていればよかった。だが、顧客企業が何らかの製品・サービス・ソリューションを導入するのは、顧客企業にとっての顧客に対する価値を高めるためである。優れたB2Iビジネスの営業担当者は、顧客企業のニーズをくみ取るだけでなく、顧客企業の先にいる顧客のニーズを推定し、そのニーズを満たすために顧客企業にとって必要な製品・サービス・ソリューションを提案する。そのためには、顧客企業が相手にしている市場への洞察と、顧客企業の事業に対する深い理解が欠かせない。これが本当の意味での「ソリューション営業」であろう。

 (3)『一橋ビジネスレビュー』では、5回に渡って「無印良品の経営学」という連載が掲載され、本号がその最終回であった。近年、無印良品は海外展開を積極的に行っているが、現地よりも本社の権限が強いという印象を受けた。
 松崎は海外事業の成長のため、海外事業部にあった商品供給機能を、衣服・雑貨部、生活雑貨部に移管し、各部に海外商品担当を設置するよう話していた。良品計画の社員が海外事業に関心を持ち、ダイレクトコミュニケーションを持つ必要性を、松崎はアジア・業務担当部長のときから実感していた。
 2009年2月に現地の対応を実施していた店舗設計が全社の店舗開発部に海外担当として統合された。同じく2月に、ロンドンにあった商品開発機能を日本に移管した。無印良品らしくない商品が生まれていたためと、会長となった松井は言う。
 無印良品は元々、西友のプライベートブランドとして誕生した。その西友がウォルマートと提携したことによって、ウォルマートから学ぶところも多かったようだ。
 松崎は、西友時代にウォルマートから、現地での個別フォーマットの対応ではなく、標準化された得意なフォーマットで戦う意義を学んだという。
 おそらく、現時点ではこれで問題ないのだろう。だが、無印良品は(1)で示したマトリクス図で言うと【象限①】に該当する。【象限①】は、各国・地域の生活習慣の違いがニーズに反映されるため、製品・サービスの標準化が難しい領域である。ある程度までは標準化路線で行けるものの、その先さらに成長するためにはどうしても現地化が欠かせない。そのことは、他ならぬウォルマートが示している。ウォルマートでさえ、最近は国・地域ごとの店舗の違いを許容している。

 現在の無印良品は、「無印良品らしさ」を確立することに集中しているのだと思う。「無印良品らしさ」がないままに現地化をすれば空中分解する。「無印良品らしさ」という核を守りつつも、現地のニーズに合わせた製品・サービスのカスタマイズが要求される時期が必ず訪れる。それはおそらく、5~10年後ぐらいであろう。その際に無印良品が学ぶべきは、ウォルマートではなく、現地化経営を徹底しているネスレではないかと思う(ネスレについては、ブログ別館の記事「『凄いネスレ 世界を牛耳る食の帝国/【2017年新卒就職戦線総括】今年も「超売り手市場」が継続 選考解禁前倒しも競争は激化(『週刊ダイヤモンド』2016年10月1日号)』」を参照)。

 現地化経営にはもう1つのメリットがある。それは、現地に権限が分権化されることで、現地の組織の階層が増え、キャリアパスができることである。現在の無印良品は、本社に権限が集中しているため、現地の組織構造はかなりフラットであると推測される。一方で、海外事業の急成長に伴って、多くの現地社員を抱えるようになっている。現地の無印良品に勤めていてもキャリアの先が見えていると現地社員が悟った瞬間に、現地社員が集団で離職する恐れがある。それを防ぐためにも、現地に製品開発や店舗開発などの機能を移管する。すると、現地組織のポストが増える。現地社員は、頑張って仕事をすれば新しいポストに就けると思えるようになる。


2016年08月08日

『人事再生(『一橋ビジネスレビュー』2016年SUM.64巻1号)』―LIXILと巣鴨信用金庫について


一橋ビジネスレビュー 2016年SUM.64巻1号: 特集 人事再生一橋ビジネスレビュー 2016年SUM.64巻1号: 特集 人事再生
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2016-06-10

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 (前回の続き)

○人事の差別化こそが、リーダーを育て、世界で勝つ組織を作り出す(八木洋介)
 LIXILグループ執行役副社長の八木洋介氏のインタビュー記事。LIXILは『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』に2度登場しているのだが、どうも私の価値観とは相容れないようであると、以前の記事「『戦略人事(DHBR2015年12月号)』―アメリカ流人材マネジメントを日本流に修正する試案」、「『組織の本音(DHBR2016年7月号)』―「明確なビジョンを掲げ、短期間で成果を出す」というアメリカ流の経営には飽きた」で書いた。

 本記事で八木氏は「人事の仕事は社長を育てることだ」と明言している。しかし、LIXILのここ5年間の改革で、結局社長は育たなかった。GEからプロ経営者として雇われた代表取締役社長・藤森義明氏は、DHBRのインタビューの中で、それが「最大の心残り」と述べていた。藤森氏の後を継いで社長になるのは、MonotaRO(モノタロウ。兵庫県尼崎市に本社を置く事業者向け工業用間接資材の通信販売会社)を立ち上げ上場させた瀬戸欣哉氏である。ところで、八木氏も藤森氏と同じく、GEの出身である。そして、藤森氏と八木氏のインタビューはほぼ同時期に行われている。その2人の間に温度差があることが図らずも露呈してしまった形である。

 『週刊ダイヤモンド』は、今回の社長交代劇について厳しいことを書いている。
 6月15日の株主総会での承認を経て、LIXILグループの社長の瀬戸欣哉氏(55歳)が就任した。この7月1日以降は、新経営体制に移行する。役員待遇の幹部を114人から53人に減らすなどの”大なた”は、前任者の藤森義明氏(64歳)が推進してきた路線の全否定である。すなわち、急進的な海外M&Aによって肥大したメタボリックな体質にメスを入れるものだ。(中略)

 今回、新経営体制への移行に当たって、興味深い点は、瀬戸社長が「実績を重視した企業文化の醸成を促すため」との理屈を持ち出したところである。まず、執行役員の数を減らして風通しを良くする。次に、藤森氏が最後まで手を付けられなかった”国内流通の近代化”に踏み込む。相対的な売り上げ規模が大きいことから隠然たる力を持つが、今もアナログの世界だ。実は、LIXILの潮田洋一郎オーナーが米国仕込みのプロ経営者である藤森氏に期待していたのは、国内流通の改革だったのだ。

 これで、藤森氏の面目は丸つぶれだが、過去の話である。世間の耳目は、ITベンチャー出身の”虎ノ門旋風児”の手腕に集まることだろう。
週刊ダイヤモンド 2016年 6/25 号 [雑誌] (創価学会と共産党)週刊ダイヤモンド 2016年 6/25 号 [雑誌] (創価学会と共産党)

ダイヤモンド社 2016-06-20

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○創発的ビジネスモデルのイノベーション 巣鴨信用金庫の事例(伊東嘉浩)
 ヘンリー・ミンツバーグは、経営トップや一部の経営企画スタッフが密室にこもって緻密な分析を行い、事前に詳細な計画を立案するような戦略よりも、経営トップから現場層まであらゆる人々が日々仕事をする中で次々と触れる新しい情報が、企業の風土や社員の価値観などの文脈で解釈・咀嚼され、徐々に戦略が形成されていくことを重視した。これを「創発的戦略」と呼ぶ。要するに、「走りながら戦略を考える」ということである。本論文は、創発性を戦略だけではなくビジネスモデルにまで拡張したものであり、巣鴨信用金庫の事例が検討されている。

 巣鴨信用金庫はおもてなしに力を入れており、「ホスピタリティ」を登録商標としている
 たとえば、年金をお客様の家に届けに行く、お客様が足を痛めているのにテラーが気づいたら、レッグウォーマーを買って家に届ける、ある酒店の店主が亡くなり融資が滞って他行が返金を迫っても、金庫は商売を続けられるように継続対応していく、といった顧客満足向上の行動を実践している(以下略)
 金融業界では1980年代に自由化が進み競争の激化が予想された。金庫も、新しい戦略を検討しようと何名かのメンバーを招集した。ところが、具体的なミッションや計画はなく、白紙状態だったという。ある日、メンバーの一人が窓から外を見ていると、向かいのとげぬき地蔵尊には大勢の人通りがあることに気づいた。彼らをこちら側の金庫に誘導できないか?そこから生まれたのが「おもてなし処」という休憩スペースの案である。だが、おもてなし処はすぐには実現しなかった。「それは面白そうだね」という、上層部にありがちな反応だけで終わってしまった。

 事態が急変したのは、3年ほど経ったある日のことである。突然、おもてなし処のアイデアが役員会で議題に上がり、承認されたのだ。ただし、単に金庫のスペースを開放するだけでは物足りない。そこで、おもてなし処で定期預金に申し込めるようにした。通帳の名前は、その名も「お地蔵さん通帳」。さらに、参拝の帰りにおもてなし処に立ち寄ると、参拝の証としてスタンプがもらえる。スタンプが24個集まると、金庫オリジナルのお地蔵さん貯金箱が贈呈される。

 これが、金庫のホスピタリティの原点である。金庫はそれ以来、様々なホスピタリティあふれるサービスを開発した。しかも、その多くはトップが主導したのではなく、創発的に構築されている。ところで、行員が引用文にあるようなホスピタリティに注力すればするほど、コストがかさむ。そこで金庫は、バックオフィスの業務を大幅に効率化する大規模なシステムを導入した。システムによって節約されたお金を、行員のホスピタリティの原資としている。以上が、本論文における分析内容である。ただ、私はこの事例について、3つの疑問を抱いた。

 ①当初、金庫のトップは現場社員に対してほとんど何の指示も出さなかった。トップはアイデアが上がってくるのを待っているだけで、しかも上がってきたアイデアに対して、「それは面白そうだね」と返すだけであった。旧ブログの記事「上司が無能でも部下が育つというパラドクスをどう考えるか?」という記事を書いた。上司が何もしない人だと、部下は自分たちで何とかしなければならないと危機感を覚えて奮闘するから、能力が大きく伸びる。しかし、彼らが今度は上司になると、なまじ能力が高いだけに、部下に任せずに自分で全てやってしまう。こうして、部下が育たなくなる、といったことを書いた(例として、幕末の毛利敬親を挙げたら、「毛利敬親は無能じゃねぇよ」というコメントを受けたので、彼についてはもう少し詳しく調べたいと思っている)。

 ローソン代表取締役社長・玉塚元一氏は、組織には強烈なトップダウンと強烈なボトムアップが必要だと言う。創発的なビジネスモデルの形成にも同じことが必要ではないかと考える。トップは「自由に考えてくれ」と野放しにせず、「この領域で新規事業をデザインしてくれ」、「我が社の能力を一段と引き上げる事業を検討してくれ」、「我が社の組織風土に合った(もしくは組織風土にとってチャレンジングな)事業を構想してくれ」などと、一定の枠を与える必要がある。

 逆説的だが、人間はフリーハンドで作業を任されるよりも、ある程度の制約があった方が創造性を発揮することができる。経営学やコンサルティングでフレームワークが重宝されるのはそのためである。そして、部下から上がってきたアイデアについて、経営陣と現場社員は、「それは本当に我が社らしい事業と言えるのか?」、「本当に我が社でなければできないのか?」と侃々諤々の議論を展開する。そこに創発性の要素があるのではないかと考える。

 ②おもてなし処は、お地蔵さん通帳につなげるというビジネスの流れがあった。一方、引用文で書いたようなホスピタリティは、ビジネスには直結しない。足を痛めているお客様にレッグウォーマーを買って家に届けても、お客様の預金額が増えるわけではない。おもてなし処のアイデアは、「たくさんの人々を1か所に集めれば、そのうちの数%は金庫の商品を購入してくれる」という経済的な法則で動いている。一方、レッグウォーマーなどの例の裏にあるのは、「たとえ短期的にコストが発生するとしても、お客様のためになることをたくさんやり続ければ、いつか見返りがあるかもしれない」という淡い期待だけである。言い換えれば、ギブ・アンド・テイクである。いや、ギブ・アンド・ギブ・アンド・ギブ・アンド・・・・・テイクかもしれない。

 この両者には大きなギャップがある。行員に求められるマインドも、組織に必要な風土も、ビジネスモデルも大きく異なる。それも、相当な断絶がある。金庫はいかにしてこのギャップを飛び越えたのか?その辺りの分析がほしかったところである。

 ③本論文のテーマは「創発的ビジネスモデル」である。金融機関は預金者からお金を集め、それを融資する。金融機関は、借り手が支払う利息と、預金者に支払う利息の差で利益を出す。これが金融機関のビジネスモデルである。つまり、金融機関のビジネスモデルを構成する重要なプレイヤーには、預金者と借り手の2種類が存在する。ところが、本論文では預金者側しか分析されていない。金融機関の創発的ビジネスモデルと言うからには、融資の側にも着目し、そこでいかなる創発性が発揮されたのかを考察しなければ、片手落ちなのではないかと感じる。

 確かに、ホスピタリティによって増えるコストを賄うために、バックヤード業務を効率化するシステムを導入したとある。しかし、その程度のことはどの金融機関でも(さらに言えばどの企業でも)やっているわけで、巣鴨信用金庫が特段優れているとは思わない。システム以外に戦略ドライバーはないのか?つまり、収益性に大きく影響する金庫固有の取り組みや仕組みはないのか?そのドライバーは、ビジネスモデルの他の要素にどのような影響を与えて利益を生み出しているのか?ここまで踏み込まないと、ビジネスモデルを分析した論文としてはインパクトが弱い。



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