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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

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(監事を務めています)

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(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

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 ―ITパスポート
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2016年11月14日

『新しい産業革命―デジタルが破壊する経営論理(『一橋ビジネスレビュー』2016年AUT.第64巻2号)』―アメリカのプラットフォーム型企業が世界を席巻する日、他

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一橋ビジネスレビュー 2016 Autumn(64巻2号) [雑誌]一橋ビジネスレビュー 2016 Autumn(64巻2号) [雑誌]
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2016-09-09

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 (1)澤谷由里子、西山浩平「クラウドソーシング オンライン分散型資源を生かす価値共創マネジメント」では、クラウドソーシングの仕組みを活用してプラットフォームを構築した企業の例が紹介されている。LEGOは「LEGO CUUSOO」を立ち上げて、世界中のユーザーから製品化のアイデアを収集し、LEGO CUUSOOにおいて製品企画を行った(現在、LEGO CUUSOOはLEGO IDEASと名前を変え、LEGOの一事業として吸収されている)。イーライリリーは「イノセンティブ」というプラットフォームを用い、イーライリリーが抱える研究課題をイノセンティブ上で公開して、その課題を解決できる研究者などを世界中から募集した。

 ただ、個人的に、これはプラットフォームではなくて、単なる「外注化」ではないかと思う。LEGOは製品開発機能をLEGO CUUSOOに、イーライリリーは研究開発機能をイノセンティブに外注したということだ。通常の外注と異なるのは、外注先が世界中に散らばっているという点である。

製品・サービスの4分類(修正)

製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 上図については、以前の記事「森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』―私のアメリカ企業戦略論は反知性主義で大体説明がついた、他」や、ブログ別館の記事「『プラットフォームの覇者は誰か(DHBR2016年10月号)』」などを参照していただきたい。プラットフォームは、【象限③】に多く見られるパターンである。Amazon、Google、Appleは典型的なプラットフォーム型企業だ。元々【象限③】とは、必需品ではない製品・サービスを新たに創造するイノベーションである。アメリカ企業がこれを得意とするわけだが、アメリカ企業とて、一体どんなイノベーションがヒットするのかは解らない。一部のイノベーターが世界中の顧客の心をとらえて莫大な利益を獲得する一方で、何百、何千という死体が転がっているのが【象限③】である。

 イノベーターは、イノベーションの成功確率を少しでも上げるために、次々と新しい製品・サービスを市場に投入する。他のイノベーターも同じように行動するため、市場には、ありとあらゆる製品・サービスが乱立する。すると、成功確率を上げるために次々と製品・サービスを投入したのに、それがゆえにかえって自分のイノベーションが顧客に選ばれる確率が下がるという状況が生じる。そこで、イノベーターの中には、自分が最初にお金を払ってでもいいから(それも先行投資と見なす)、世界中に自分のイノベーションを広めたいと考える人が出てくる。

 ここで、プラットフォーム型企業の登場である。プラットフォーム型企業は、自社の莫大な顧客基盤を武器として、その顧客基盤にアクセスできる権限をイノベーターに与える。その代わりに、イノベーターからは登録料などの名目でお金を徴収する。これを、通常の卸・小売のビジネスモデルと比較すると下図のようになる。卸・小売の場合は、卸・小売業者が売り手から製品を購入し、代金を支払う。卸・小売業者はマージンを乗せてその製品を顧客に販売し、代金を回収する。あくまでも、売り手はお金をもらう人、買い手はお金を払う人という構図になる。

卸・小売とプラットフォームの違い

 他方、プラットフォーム型企業は、イノベーターが自社のプラットフォームにイノベーションを登録する際に手数料を徴収する。プラットフォーム型企業は顧客にイノベーションを販売し、代金を回収する。その後、プラットフォーム型企業のマージンを抜いた残金をイノベーターに支払う。つまり、プラットフォーム型企業は、売り手と買い手の双方からお金をもらう。もちろん、卸・小売業においても、売り手から卸・小売業者に対するリベートは存在するが、過度なリベートは違法扱いされる。しかし、プラットフォーム型企業がイノベーターから徴収する手数料は合法である。

 もう1つ、図には描き切れなかったが、卸・小売業とプラットフォーム型企業には重要な違いがある。卸・小売業者は顧客のニーズを先読みして、顧客がほしがるであろう製品を仕入れる。見込みが外れれば卸・小売業者が在庫リスクを被らなければならない(もっとも、契約によっては売り手が在庫リスクを負うケースもある)。これに対して、プラットフォーム型企業は顧客のニーズを聞かなくてよい。とにかくたくさんのイノベーターに自社のプラットフォームに登録してもらい、どれかが大ヒットすれば御の字である。仮に大部分のイノベーションが失敗に終わっても、プラットフォーム型企業は登録手数料で一定の収益を上げているから問題ない。

 先ほど、Amazonはプラットフォーム型企業だと書いた。Amazonは顧客主義を自負している。なるほど、Amazonで買い物をするたびに、他の製品を勧めてくるアルゴリズムは天下一品かもしれない。しかし、私はAmazonから自分のニーズを直接聞かれたことはない。私が最近共産主義や全体主義に関する本を購入しているのは、ファシズムと神の関係を整理したいと考えているためなのだが、Amazonのアルゴリズムではそこまでは予測できない。全体主義の本を買えば、全体主義に関連する書籍しかレコメンドされず、神学関連の書籍は出てこない。

 プラットフォーム企業は【象限③】に特有の形態であった。ところが、近年は日本企業が主戦場とする【象限②】や、多くの国で雇用の受け皿となっている【象限①】にも進出しつつある。【象限②】ではIoTを活用したプラットフォームが、【象限①】ではP2Pを活用したプラットフォームが生まれている(ブログ別館の記事「『プラットフォームの覇者は誰か(DHBR2016年10月号)』」を参照)。最近、AIが人間の仕事を奪うと話題になっている。しかし個人的には、アメリカのプラットフォーム型企業が、【象限②】や【象限①】の従来型企業を自社のプラットフォームに組み込み、従来型企業から利益を収奪する未来の方が恐ろしいと感じる。

 (2)
 第3世代のフィンテックは、B2CをB2F(Business to Family)へと変革させる引き金となる可能性を秘めている。先の挿話でいうならば、それまではA博士個人が自律的に購買意思決定をして済まされていた多くの商取引について、リアルタイム連結会計システムの導入によって、家族であるB博士との合意形成プロセスを経なければならなくなる蓋然性が高まったのである。これはつまり、個人的消費ではなく、家庭的消費の視点の協調を意味する。これまでは個人の好みと満足度に焦点をあわせていればよかったが、これからは家族の好みと満足度をも考慮した経営が求められる可能性がある。
(土岐大介、岡田幸彦「フィンテック 「私だけの金融サービス」時代の到来と意思決定プロセスの変革」)
 個人的には、B2CからB2Fへの転換は、フィンテックが引き金となるとは思わない。優れた営業担当者は、お金を出す人と、お金を出す意思決定を下す人が異なる場合があることをよく知っている。10年以上前の話になるが、日産は自動車の購買意思決定を分析した結果、お店に来るのは夫であるが、実際に購買意思決定をするのは妻であることを発見した。そこで、製品開発チームの女性メンバーの数を増やし、女性目線での新車開発を行ったという。

 B2CのビジネスにおいてB2Fへの転換が見られるとすれば、B2Bのビジネスにおいては、言わばB2I(Business to Industry)への転換が必要になる。従来のベンダーの営業担当者は、単に顧客企業のニーズを聞いていればよかった。だが、顧客企業が何らかの製品・サービス・ソリューションを導入するのは、顧客企業にとっての顧客に対する価値を高めるためである。優れたB2Iビジネスの営業担当者は、顧客企業のニーズをくみ取るだけでなく、顧客企業の先にいる顧客のニーズを推定し、そのニーズを満たすために顧客企業にとって必要な製品・サービス・ソリューションを提案する。そのためには、顧客企業が相手にしている市場への洞察と、顧客企業の事業に対する深い理解が欠かせない。これが本当の意味での「ソリューション営業」であろう。

 (3)『一橋ビジネスレビュー』では、5回に渡って「無印良品の経営学」という連載が掲載され、本号がその最終回であった。近年、無印良品は海外展開を積極的に行っているが、現地よりも本社の権限が強いという印象を受けた。
 松崎は海外事業の成長のため、海外事業部にあった商品供給機能を、衣服・雑貨部、生活雑貨部に移管し、各部に海外商品担当を設置するよう話していた。良品計画の社員が海外事業に関心を持ち、ダイレクトコミュニケーションを持つ必要性を、松崎はアジア・業務担当部長のときから実感していた。
 2009年2月に現地の対応を実施していた店舗設計が全社の店舗開発部に海外担当として統合された。同じく2月に、ロンドンにあった商品開発機能を日本に移管した。無印良品らしくない商品が生まれていたためと、会長となった松井は言う。
 無印良品は元々、西友のプライベートブランドとして誕生した。その西友がウォルマートと提携したことによって、ウォルマートから学ぶところも多かったようだ。
 松崎は、西友時代にウォルマートから、現地での個別フォーマットの対応ではなく、標準化された得意なフォーマットで戦う意義を学んだという。
 おそらく、現時点ではこれで問題ないのだろう。だが、無印良品は(1)で示したマトリクス図で言うと【象限①】に該当する。【象限①】は、各国・地域の生活習慣の違いがニーズに反映されるため、製品・サービスの標準化が難しい領域である。ある程度までは標準化路線で行けるものの、その先さらに成長するためにはどうしても現地化が欠かせない。そのことは、他ならぬウォルマートが示している。ウォルマートでさえ、最近は国・地域ごとの店舗の違いを許容している。

 現在の無印良品は、「無印良品らしさ」を確立することに集中しているのだと思う。「無印良品らしさ」がないままに現地化をすれば空中分解する。「無印良品らしさ」という核を守りつつも、現地のニーズに合わせた製品・サービスのカスタマイズが要求される時期が必ず訪れる。それはおそらく、5~10年後ぐらいであろう。その際に無印良品が学ぶべきは、ウォルマートではなく、現地化経営を徹底しているネスレではないかと思う(ネスレについては、ブログ別館の記事「『凄いネスレ 世界を牛耳る食の帝国/【2017年新卒就職戦線総括】今年も「超売り手市場」が継続 選考解禁前倒しも競争は激化(『週刊ダイヤモンド』2016年10月1日号)』」を参照)。

 現地化経営にはもう1つのメリットがある。それは、現地に権限が分権化されることで、現地の組織の階層が増え、キャリアパスができることである。現在の無印良品は、本社に権限が集中しているため、現地の組織構造はかなりフラットであると推測される。一方で、海外事業の急成長に伴って、多くの現地社員を抱えるようになっている。現地の無印良品に勤めていてもキャリアの先が見えていると現地社員が悟った瞬間に、現地社員が集団で離職する恐れがある。それを防ぐためにも、現地に製品開発や店舗開発などの機能を移管する。すると、現地組織のポストが増える。現地社員は、頑張って仕事をすれば新しいポストに就けると思えるようになる。

2016年08月08日

『人事再生(『一橋ビジネスレビュー』2016年SUM.64巻1号)』―LIXILと巣鴨信用金庫について

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一橋ビジネスレビュー 2016年SUM.64巻1号: 特集 人事再生一橋ビジネスレビュー 2016年SUM.64巻1号: 特集 人事再生
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2016-06-10

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 (前回の続き)

○人事の差別化こそが、リーダーを育て、世界で勝つ組織を作り出す(八木洋介)
 LIXILグループ執行役副社長の八木洋介氏のインタビュー記事。LIXILは『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』に2度登場しているのだが、どうも私の価値観とは相容れないようであると、以前の記事「『戦略人事(DHBR2015年12月号)』―アメリカ流人材マネジメントを日本流に修正する試案」、「『組織の本音(DHBR2016年7月号)』―「明確なビジョンを掲げ、短期間で成果を出す」というアメリカ流の経営には飽きた」で書いた。

 本記事で八木氏は「人事の仕事は社長を育てることだ」と明言している。しかし、LIXILのここ5年間の改革で、結局社長は育たなかった。GEからプロ経営者として雇われた代表取締役社長・藤森義明氏は、DHBRのインタビューの中で、それが「最大の心残り」と述べていた。藤森氏の後を継いで社長になるのは、MonotaRO(モノタロウ。兵庫県尼崎市に本社を置く事業者向け工業用間接資材の通信販売会社)を立ち上げ上場させた瀬戸欣哉氏である。ところで、八木氏も藤森氏と同じく、GEの出身である。そして、藤森氏と八木氏のインタビューはほぼ同時期に行われている。その2人の間に温度差があることが図らずも露呈してしまった形である。

 『週刊ダイヤモンド』は、今回の社長交代劇について厳しいことを書いている。
 6月15日の株主総会での承認を経て、LIXILグループの社長の瀬戸欣哉氏(55歳)が就任した。この7月1日以降は、新経営体制に移行する。役員待遇の幹部を114人から53人に減らすなどの”大なた”は、前任者の藤森義明氏(64歳)が推進してきた路線の全否定である。すなわち、急進的な海外M&Aによって肥大したメタボリックな体質にメスを入れるものだ。(中略)

 今回、新経営体制への移行に当たって、興味深い点は、瀬戸社長が「実績を重視した企業文化の醸成を促すため」との理屈を持ち出したところである。まず、執行役員の数を減らして風通しを良くする。次に、藤森氏が最後まで手を付けられなかった”国内流通の近代化”に踏み込む。相対的な売り上げ規模が大きいことから隠然たる力を持つが、今もアナログの世界だ。実は、LIXILの潮田洋一郎オーナーが米国仕込みのプロ経営者である藤森氏に期待していたのは、国内流通の改革だったのだ。

 これで、藤森氏の面目は丸つぶれだが、過去の話である。世間の耳目は、ITベンチャー出身の”虎ノ門旋風児”の手腕に集まることだろう。
週刊ダイヤモンド 2016年 6/25 号 [雑誌] (創価学会と共産党)週刊ダイヤモンド 2016年 6/25 号 [雑誌] (創価学会と共産党)

ダイヤモンド社 2016-06-20

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○創発的ビジネスモデルのイノベーション 巣鴨信用金庫の事例(伊東嘉浩)
 ヘンリー・ミンツバーグは、経営トップや一部の経営企画スタッフが密室にこもって緻密な分析を行い、事前に詳細な計画を立案するような戦略よりも、経営トップから現場層まであらゆる人々が日々仕事をする中で次々と触れる新しい情報が、企業の風土や社員の価値観などの文脈で解釈・咀嚼され、徐々に戦略が形成されていくことを重視した。これを「創発的戦略」と呼ぶ。要するに、「走りながら戦略を考える」ということである。本論文は、創発性を戦略だけではなくビジネスモデルにまで拡張したものであり、巣鴨信用金庫の事例が検討されている。

 巣鴨信用金庫はおもてなしに力を入れており、「ホスピタリティ」を登録商標としている
 たとえば、年金をお客様の家に届けに行く、お客様が足を痛めているのにテラーが気づいたら、レッグウォーマーを買って家に届ける、ある酒店の店主が亡くなり融資が滞って他行が返金を迫っても、金庫は商売を続けられるように継続対応していく、といった顧客満足向上の行動を実践している(以下略)
 金融業界では1980年代に自由化が進み競争の激化が予想された。金庫も、新しい戦略を検討しようと何名かのメンバーを招集した。ところが、具体的なミッションや計画はなく、白紙状態だったという。ある日、メンバーの一人が窓から外を見ていると、向かいのとげぬき地蔵尊には大勢の人通りがあることに気づいた。彼らをこちら側の金庫に誘導できないか?そこから生まれたのが「おもてなし処」という休憩スペースの案である。だが、おもてなし処はすぐには実現しなかった。「それは面白そうだね」という、上層部にありがちな反応だけで終わってしまった。

 事態が急変したのは、3年ほど経ったある日のことである。突然、おもてなし処のアイデアが役員会で議題に上がり、承認されたのだ。ただし、単に金庫のスペースを開放するだけでは物足りない。そこで、おもてなし処で定期預金に申し込めるようにした。通帳の名前は、その名も「お地蔵さん通帳」。さらに、参拝の帰りにおもてなし処に立ち寄ると、参拝の証としてスタンプがもらえる。スタンプが24個集まると、金庫オリジナルのお地蔵さん貯金箱が贈呈される。

 これが、金庫のホスピタリティの原点である。金庫はそれ以来、様々なホスピタリティあふれるサービスを開発した。しかも、その多くはトップが主導したのではなく、創発的に構築されている。ところで、行員が引用文にあるようなホスピタリティに注力すればするほど、コストがかさむ。そこで金庫は、バックオフィスの業務を大幅に効率化する大規模なシステムを導入した。システムによって節約されたお金を、行員のホスピタリティの原資としている。以上が、本論文における分析内容である。ただ、私はこの事例について、3つの疑問を抱いた。

 ①当初、金庫のトップは現場社員に対してほとんど何の指示も出さなかった。トップはアイデアが上がってくるのを待っているだけで、しかも上がってきたアイデアに対して、「それは面白そうだね」と返すだけであった。旧ブログの記事「上司が無能でも部下が育つというパラドクスをどう考えるか?」という記事を書いた。上司が何もしない人だと、部下は自分たちで何とかしなければならないと危機感を覚えて奮闘するから、能力が大きく伸びる。しかし、彼らが今度は上司になると、なまじ能力が高いだけに、部下に任せずに自分で全てやってしまう。こうして、部下が育たなくなる、といったことを書いた(例として、幕末の毛利敬親を挙げたら、「毛利敬親は無能じゃねぇよ」というコメントを受けたので、彼についてはもう少し詳しく調べたいと思っている)。

 ローソン代表取締役社長・玉塚元一氏は、組織には強烈なトップダウンと強烈なボトムアップが必要だと言う。創発的なビジネスモデルの形成にも同じことが必要ではないかと考える。トップは「自由に考えてくれ」と野放しにせず、「この領域で新規事業をデザインしてくれ」、「我が社の能力を一段と引き上げる事業を検討してくれ」、「我が社の組織風土に合った(もしくは組織風土にとってチャレンジングな)事業を構想してくれ」などと、一定の枠を与える必要がある。

 逆説的だが、人間はフリーハンドで作業を任されるよりも、ある程度の制約があった方が創造性を発揮することができる。経営学やコンサルティングでフレームワークが重宝されるのはそのためである。そして、部下から上がってきたアイデアについて、経営陣と現場社員は、「それは本当に我が社らしい事業と言えるのか?」、「本当に我が社でなければできないのか?」と侃々諤々の議論を展開する。そこに創発性の要素があるのではないかと考える。

 ②おもてなし処は、お地蔵さん通帳につなげるというビジネスの流れがあった。一方、引用文で書いたようなホスピタリティは、ビジネスには直結しない。足を痛めているお客様にレッグウォーマーを買って家に届けても、お客様の預金額が増えるわけではない。おもてなし処のアイデアは、「たくさんの人々を1か所に集めれば、そのうちの数%は金庫の商品を購入してくれる」という経済的な法則で動いている。一方、レッグウォーマーなどの例の裏にあるのは、「たとえ短期的にコストが発生するとしても、お客様のためになることをたくさんやり続ければ、いつか見返りがあるかもしれない」という淡い期待だけである。言い換えれば、ギブ・アンド・テイクである。いや、ギブ・アンド・ギブ・アンド・ギブ・アンド・・・・・テイクかもしれない。

 この両者には大きなギャップがある。行員に求められるマインドも、組織に必要な風土も、ビジネスモデルも大きく異なる。それも、相当な断絶がある。金庫はいかにしてこのギャップを飛び越えたのか?その辺りの分析がほしかったところである。

 ③本論文のテーマは「創発的ビジネスモデル」である。金融機関は預金者からお金を集め、それを融資する。金融機関は、借り手が支払う利息と、預金者に支払う利息の差で利益を出す。これが金融機関のビジネスモデルである。つまり、金融機関のビジネスモデルを構成する重要なプレイヤーには、預金者と借り手の2種類が存在する。ところが、本論文では預金者側しか分析されていない。金融機関の創発的ビジネスモデルと言うからには、融資の側にも着目し、そこでいかなる創発性が発揮されたのかを考察しなければ、片手落ちなのではないかと感じる。

 確かに、ホスピタリティによって増えるコストを賄うために、バックヤード業務を効率化するシステムを導入したとある。しかし、その程度のことはどの金融機関でも(さらに言えばどの企業でも)やっているわけで、巣鴨信用金庫が特段優れているとは思わない。システム以外に戦略ドライバーはないのか?つまり、収益性に大きく影響する金庫固有の取り組みや仕組みはないのか?そのドライバーは、ビジネスモデルの他の要素にどのような影響を与えて利益を生み出しているのか?ここまで踏み込まないと、ビジネスモデルを分析した論文としてはインパクトが弱い。

2016年08月07日

『人事再生(『一橋ビジネスレビュー』2016年SUM.64巻1号)』―標準化しなければ例外は発見できない、他

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一橋ビジネスレビュー 2016年SUM.64巻1号: 特集 人事再生一橋ビジネスレビュー 2016年SUM.64巻1号: 特集 人事再生
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2016-06-10

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○ミドルマネジャーの戦略的役割(西村孝史、西岡由美)
 本論文は、ミドルマネジャーの役割を①組織運営、②部下育成、③情報伝達、④例外対応という4つに分け、企業業績への影響を分析したものである。その結果、財務パフォーマンスを有意に高めるのは、③情報伝達のみであったという。これは、我々の直観とはやや反する見解である(なお、②部下育成は、若手社員の離職率を有意に抑制することが判明している)。

 また、論文の著者は、マイケル・ポーターの3つの競争戦略について、戦略実現のカギを握る最も重要なミドルマネジャーの役割を1つずつ想定している。その仮説とは次の通りである。
 (A)コストリーダーシップ戦略=組織運営(組織を効率的に運用することでコストを低減する)
 (B)差別化戦略=部下育成(競合他社と差別化された高品質の製品・サービスを製造・提供するには、社員の能力を高める必要がある)
 (C)集中(ニッチ)戦略=情報伝達(限られた経営資源を特定の分野に集中投下するためには、ビジョン、戦略、計画などに関する情報が素早く伝達されなければならない)

 だが、この仮説についても、支持されたのは(B)だけであったと結論づけられている。①組織運営に関しては、次のように述べられている箇所がある。
 特に今回の分析で取り上げた企業が1部上場の大企業であることから、組織管理による巧拙が影響を与えるということはないのであろう。組織管理の役割は、どの企業や組織にとっても必要な基礎的な役割であり、組織パフォーマンスを向上させるための必要条件であることを想定させる。つまり、競合他社と比べて同程度である必要はあるが、一定以上に組織管理を向上させても組織パフォーマンスに結びつくわけではない。
 そもそも、本論文における①組織運営の定義は、あまりはっきりしていない。私なりに解釈すれば、①組織運営とは、「社員の能力をレバレッジする仕組み」、「社員に能力以上のことをさせる仕組み」を構築することである。このように考えると、①組織運営と②部下育成は完全な独立関係にあるのではなく、前者が後者を下支えしている関係になる。言い換えれば、①のレベルによっては、②は大きく促進されることもあるし、逆に大きく阻害されることもある。

 ポーターの3つの競争戦略も、個人的にはあまり出来のよい分類だとは思わない。低コストも差別化の一種であるし、ニッチ市場で勝負するのも、競合他社との明確な差別化によって強力な参入障壁を作ることである。結局、企業は競合他社と差別化するために戦略を立てるわけである。上記の(B)が支持されたのであれば、企業はすべからく②部下育成に注力しなければならない。そして、その②部下育成は、①組織運営とは切っても切り離せない関係にある。よって、①組織運営はマネジャーの重要任務である。必要条件ではなく、成否を分ける条件である。

 『一橋ビジネスレビュー』に寄稿する研究者は、ミドルマネジャーの役割のうち、③情報伝達をとりわけ重視する傾向があるように思える。例えば、『一橋ビジネスレビュー』2014年SUM.62巻1号では、一橋大学が長年行っている「組織の<重さ>」の研究結果が紹介されていた。その要点を簡単にまとめると、以下のようになる。

一橋ビジネスレビュー 2014年SUM.62巻1号: 日本企業の組織と戦略一橋ビジネスレビュー 2014年SUM.62巻1号: 日本企業の組織と戦略
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2014-06-13

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 (ⅰ)ミドルマネジャーはトップマネジメントからのビジョンや戦略を現場で実行可能な計画に落とし込んで伝達する時、組織が<軽く>なる(=組織パフォーマンスが高くなる)。
 (ⅱ)情報の伝達には公式なチャネルを使い、非公式なチャネルはあくまで補完的に用いる必要がある。非公式なチャネルが増えると組織が<重く>なる(=組織パフォーマンスが下がる)。
 (ⅲ)業務を標準化することで、組織を<軽く>することができる。
 (ⅳ)ミドルマネジャーが新規事業やイノベーションのアイデアを主体的に考えて上層部に提案する行為は、組織を<重く>するリスクがある。

 一橋大学の研究者たちは、トップが命令を出し、それをミドルマネジャーが咀嚼・具体化して現場に伝達し、現場社員は標準化された業務を行う、という組織を高く評価しているように見える。しかし、これはまさしく、官僚組織のことではないだろうか?

 私も本ブログで組織の多重構造を支持し、業務の標準化や仕組み化を推奨しているから、官僚組織を擁護する立場ではないかと思われるかもしれない。だが、私は山本七平の言葉を借りて、日本の組織では部下が上司に「下剋上」を行うと書いてきた。部下は上司に向かって堂々と代案を提案する。とはいえ、部下には上司を蹴落とす意図はない。むしろ、部下の立場にあるからこそ、自由に提案ができる。欧米では、部下が上司に意見することは、上司の立場を脅かすことを意味するから考えにくい。他方、日本の場合は、部下が「こうした方がいいのでは?」と提案すると、心ある上司は「じゃあ君がやれ。責任は自分が取る」と言ってポンと任せてくれる。

 欧米の組織論では、ワンマン・ワンボスが大原則とされる。しかし、根回しや合意を重視する日本組織の場合、下剋上を果たそうと思ったら、様々な部門に話を持っていく必要がある。だから、ワンマン・ツーボス、場合によってはワンマン・スリーボスなどが出現することも珍しくない。欧米から「マトリクス型組織」という組織形態が日本に輸入された時、欧米がそれまでのワンマン・ワンボスの原則を捨てて、ワンマン・ツーボスのルールを導入したことが話題になった。ところが、日本ではそれよりも前から普通に複数の上司を持っていたのである。

 官僚組織は、セクショナリズムが横行するという弱点がある。だが、日本組織では新卒一括採用による同期社員のつながりや、ジョブローテーションなどの慣行によって、横の関係も保たれている。部門間の連携も比較的頻繁に行われる。縦方向への移動の自由度の高さに加えて、横方向にも自由に移動できるのが日本組織の大きな特徴である。

 それなのに、欧米の方が経営の合理化が進んでいるという理由で新しい組織形態を採用し、社員の専門化を進め、個人プレーを助長する成果主義を導入したために、日本企業はおかしくなったと思う。ある中堅製造業では、企業の成長に伴い、それまでの組織から事業部制に移行した。ところが、事業部制になった途端、収益性が悪化したという。移行前は、ある製品の製造ラインで人手が足りなければ、別の製造ラインに応援を要請することができた。しかし、事業部制になったことで、社員をライン間で動かすには人事部の決裁が必要となり、自由がきかなくなった。この企業は、よかれと思ってやった経営改革で、自社の強みを消してしまったのである。

 本論文が④例外対応を軽視している点も引っかかる。新しい戦略やイノベーションの構想には、従来の業務では対処しきれない例外の発生がヒントとなることが多い。ピーター・ドラッカーは『イノベーションと起業家精神』の中で7つのイノベーションの機会を挙げているが、最初に登場するのが「予期せぬ成功/失敗」であり、これが最もリスクが低いと指摘されている。

 何が予期せぬ成功/失敗であるかを判断するためには、組織としての標準が確立されている必要がある。それがなければ、何が想定外なのかを識別できない。先ほどの「組織の<重さ>」研究では、標準化の重要性が強調されている。ただし、その標準化は、単に組織を軽くする=業務を効率化するのではなく、創発的な戦略の発生を促すものでなければならないと思う。

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○「すりかえ合意」行動と高年齢者・障害者の労働力均衡(高木朋代)
 「すりかえ合意」とは、本当は「自分はこうしたい」という欲求を持っているにも関わらず、周囲が自分に期待していることを汲み取って、本意ではない合意を結び、その後にその合意が社会的な視点から見て合理的であったと理由づけするような合意のことである。

 例えば、60歳を迎える社員が就業規則通り定年退職するか、再雇用してもらうかを選択するケースを想定してみる。その社員の評価は、長年に渡るその企業内での仕事を通じて様々な人の頭の中に蓄積されている。仮に本人が再雇用を望んだとしても、その人が周囲の社員の顔を思い浮かべ、自分がそれほど社内で評価されていないことを知っていたら、定年退職を選択するだろう。その後、会社は社員の若返りを図っている最中だったから、自分が定年退職して後進に道を譲ったのは正しかったと正当化するわけである。

 自分の希望よりも周囲の評価を気にして意思決定をするというのはいかにも日本人らしいが、本論文によれば、イギリスでも同様の「すりかえ合意」が見られるという。しかも、高齢者の再雇用をめぐる局面だけでなく、障害者雇用においても「すりかえ合意」が観察される。「すりかえ合意」によって、図らずも再雇用されることになった高齢者や、当初の自分の希望とは異なる職種に就いた障害者の例が紹介されている。著者は、このような「すりかえ合意」をネガティブに評価してはいない。むしろ、「すりかえ合意」があることによって、高齢者や障害者の雇用に関して、労働力均衡が図られると期待してる。ただし、1つ問題がある。
 これらの日本の高年齢者、イギリスの高年齢者・障害者に共通することとは何であろうか。要点をまとめると、それは、職場、学校、家庭で「手を尽くしてもらってきた、自分は大切にされてきた」と実感しており、ここに至るまでの自分のキャリアに関する自己肯定的なイメージを持っていることである。そうした心性が、野心や利己心に基づく行動ではなく、公正理念やバランス感覚に基づく協調的な行動を導いていると考えられる。
 職場、学校、家庭で自分は大切にされてきたと感じている高齢者や障害者は果たして多いのか少ないのか?家庭で虐待を受けている障害者はどのくらいいるのか?学校でいじめを経験した障害者はどのくらいいるのか?勤め先でいじめに相当する扱いを受けた中高年社員はどのくらいいるのか?これらの数値をインターネットで検索したものの、すぐにはいい情報が見つからなかった。仮にこれらの数字が高ければ、著者の前提条件は崩れてしまう。


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