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エドガー・H・シャイン『キャリア・ダイナミクス』―今だったら「キャリア研修」のカリキュラムをこう設計する
【戦略的思考】企業の目的、戦略立案プロセス、遵守すべきルールについての一考察
DHBR2018年5月号『会社はどうすれば変われるのか』―戦略立案プロセスに組織文化の変革を組み込んで「漸次的改革」を達成する方法(試案)、他

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。コンサルティングなどの仕事の実際の中身は守秘義務の関係で書くのが難しいため、書評が中心となっている点は何卒ご容赦あれ。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


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(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

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(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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2018年06月27日

エドガー・H・シャイン『キャリア・ダイナミクス』―今だったら「キャリア研修」のカリキュラムをこう設計する


キャリア・ダイナミクス―キャリアとは、生涯を通しての人間の生き方・表現である。キャリア・ダイナミクス―キャリアとは、生涯を通しての人間の生き方・表現である。
エドガー・H. シャイン 二村 敏子

白桃書房 1991-02-01

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 キャリア開発と組織文化に関する研究の第一人者であるエドガー・シャインの著書。以前の記事「横山哲夫編著『キャリア開発/キャリア・カウンセリング』―今までが組織重視だったからと言っていきなり個に振り子を振り過ぎ」で、日本のキャリア開発の現場では組織よりも個人の方が過剰に重視されていると書いたが、シャインも本書の中で同様の警告を発している。
 個人のキャリア計画が立てられようと立てられまいと、このような組織の計画は組織の有効性のために立てられなければならないと、初めから強調しておくことが重要である。キャリア計画の焦点が、最近、個人の計画を助けることにおかれすぎ、主要かつ本質的な組織活動としての人間資源の計画には、十分な注意が払われてきていない。
 実際のところ、あまりにも多くの人間資源計画が、長期目標の観点から効果的に機能したいとする組織の要求に関わるよりは、むしろシステムにいる現従業員たちの欲求に対する計画に関わりすぎるようになって、失敗している。
 私の前職は組織・人事関連のコンサルティングと企業向け教育研修サービスを提供するベンチャー企業であった。サービスのラインナップの中に「キャリア研修」があったのだが、シャインが提唱した「キャリア・アンカー」のアセスメントは著作権の問題で使えないという理由で、エニアグラムで代替的に自己理解を行い、研修参加者を取り巻く環境の理解については、手軽なフレームワークであるSWOT分析でお茶を濁して、結局はマインドマップで自分のやりたいことを自由に描いてみましょうという、非常に中身の薄いものであった。これではとても売れるはずがない。当時のマネジャーたちにはグーパンチをお見舞いしてやりたいものだ。

 今回の記事では、今だったら、私だったらキャリア研修のカリキュラムをこういうふうに設計するという案を披露したいと思う。ただし、読んでいただければお解りのように、キャリア開発は決してキャリア研修だけで完結するものではない。

 【研修前の準備】
 (1)組織文化を踏まえた戦略の立案と人員計画の策定
 企業が人的資源に関するニーズを明らかにするためには、まずは戦略を立てなければならない。しかも、以前の記事「DHBR2018年5月号『会社はどうすれば変われるのか』―戦略立案プロセスに組織文化の変革を組み込んで「漸次的改革」を達成する方法(試案)、他」で述べたように、戦略は組織文化と整合性が取れている必要がある。組織文化とは、価値観の集合体である。価値観とは、重要な意思決定を迫られた時の判断基準となるものである。自社の組織文化がどのようなものかを知るには、自社のこれまでの社史を紐解き、成功、あるいは失敗した事業・製品・サービス・施策・プロジェクト・取り組みなどを分析し、重要な意思決定のよりどころとなった価値観、あるいはよりどころとすべきだったと後から学習した価値観を記述する。

 組織風土と整合性の取れた戦略が立案できたら、その戦略の実現に向けた組織体制を設計する。そして、それぞれの部門の各ポジションに求められる人材要件を定義する。人事部は、社員の現在の保有能力を踏まえ、誰をどのポジションにつけるか計画を立てる。別の言い方をすれば、新しい組織のそれぞれのポジションに割り当てる候補者のプールを形成する。あるポジションの候補者が複数いるということは、社員の側から見れば、キャリア選択肢が複数になる人もいるということである。人事部がこの作業を行う上では、全社員の能力レベルを体系的に管理し、必要な時にすぐに参照できるデータベースを持っていることが前提となる。

 (2)今後のキャリア予定に関する上司と部下の面談
 人事部は(1)の人員計画を上司に伝え、その上司の下にいる部下がどのようなキャリアを歩む予定になっているのかを共有する。それを受けて、上司はそれぞれの部下と個別面談を行い、そのキャリア予定を部下に伝える。「我が社はこれからこのような戦略を実行する予定である。それに伴って、新しく○○という部門ができる。○○部門の○○ポジションには○○という能力が要求される。君が持っている○○という能力は一定のレベルにあり、○○という部門の○○というポジションでその能力を大きく伸ばすチャンスになるだろう」などといった形で部下と面談を行う。部下のキャリア予定が1本に絞り込まれておらず、人事部が複数の選択肢を検討している場合には、それらの選択肢の全てについて正直に部下に話す。

 【キャリア研修】
 (3)参加者を取り巻く環境の分析と自身に期待される役割の理解
 (2)の面談で今後のキャリア予定を伝えられた当事者は、ある程度自分に期待される役割を理解しているが、研修ではさらにその理解を深める。具体的には、自分が配属される予定の部門=外部環境の現況と今後の見通しから機会と脅威を分析すると同時に、内部環境である自分自身の強みと弱みを洗い出し、SWOT分析を行う。例えば、○○製品の営業部門に配属される見込みがある参加者は、○○製品の営業部門という外部環境、具体的には市場、競合他社、技術の動向などといった営業部門を取り巻く事業環境と、営業部門の人材、ノウハウ、IT、制度などといった営業部門の組織環境を分析すると同時に、営業担当者としての自分自身の強みと弱みを洗い出す。当事者に複数のキャリア選択肢がある場合、例えば営業部門か製造部門のどちらかに異動する予定である場合には、両部門についてSWOT分析を実施する。

 ただし、参加者にいきなりSWOT分析をさせるのは難しいため、部門別の外部環境に関する情報はあらかじめ人事部が準備する。参加者は人事部からのインプットに自分が知っている情報を追加し、SWOT分析を行って、自分に求められる役割をより具体的にイメージしていく。そして、グループワークで各々のSWOT分析の結果を共有し、外部環境や自身の強み・弱み、自分に期待される役割に関する認識について第三者からフィードバックを受ける。

 (4)自己の価値観の棚卸し
 (3)までは外部からの要求に対する理解であったのに対し、(4)は自己理解である。シャインは本書で、「自己(個人的な好み、趣味・余暇、社会的活動を想起するとよい)」、「仕事」、「家庭」という3つのキャリアを想定している。(1)で組織の価値観を明らかにしたように、(4)では当事者個人の価値観をあぶり出す。研修の現場では、前述のエニアグラムや「価値観カード」のようなツールが用いられることが多い。しかし、個人的には自己理解はキャリア開発の肝であり、簡易なツールに頼るべきではないと思う。面倒かもしれないが、今までの人生における重要な出来事を振り返って、「自己」、「仕事」、「家庭」それぞれに関する自分の価値観を考える。

 仕事に関する私の価値観は、以前の記事「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)」で書いたことがある。価値観を整理するのが難しいと感じる場合には、リチャード・モリタ『これだっ!という「目標」を見つける本』(イーハトーヴフロンティア、2007年)の巻末についている273(!)の質問が役に立つだろう。価値観を棚卸した後は、参加者同士でその内容を共有する。ひょっとすると、自分は気づいていないが、第三者が感じ取っているその人の価値観というものがあるかもしれない。

 (5)自身に期待される役割と自己の価値観のコンフリクトの整理
 理想的なのは、組織文化と整合性の取れた戦略から導かれた役割が、当事者本人のニーズや価値観とも合致することである。人材要件という表面的なレベルではなく、価値観という深層的なレベルで合致しているから、当事者本人はすんなりと新しい役割へと移行することができるだろう。しかし、このようなケースは稀であることは想像に難くない。

 たいていは、自身に新しく期待される役割は、自分の価値観とコンフリクト(葛藤)を起こす。まず、「自己」、「仕事」、「家族」3つのキャリア全体を見渡して、価値観に優先順位をつける。次に、仮に自身に期待される新しい役割をそのまま受け入れた場合に、マイナスの影響を受ける価値観を特定する。そして、犠牲にしてもよい価値観と、犠牲にはしたくない重要な価値観を峻別する。解りやすい例で言えば、子どもが産まれたばかりで家族との時間を大切にしたいのに、地方への単身赴任を命じられる可能性があるケース(家族に関する価値観が新しい役割とコンフリクト)や、自分は様々な人と会うのが好きなのに、管理部門への異動を命じられる可能性があるケース(仕事に関する価値観が新しい役割とコンフリクト)などが挙げられる。

 (6)組織と個人のニーズの調和の模索
 シャインは本書の中で、企業と社員の間でコンフリクトが生じた場合には、双方のニーズを「調和」させることが重要であると繰り返し述べている。ただ、その「調和」というものが具体的に何を指しているのか、やや判然としない印象を受けた。
 蓄積しつつあるデータベースによれば、人びとは、自分の家族が新しい状況にうまく適応しないなら、あまり高いレベルでは職務を遂行しない。したがって、全体的な家族の態度を調べて、動かされたくない人びとを動かさないことが、明らかに、組織のためである。私は最近、次のように報告する多くの会社に出会った。すなわち、独身者は、配偶者や子どもたちと同じように地域社会に対して他に移せない愛着を抱くため、既婚者よりはるかに移動させにくい、と。組織はこうした問題をめぐって誠実に交渉し、たとえ人びとが移動を拒否しても彼らを不良とみなすのはやめるべきである。
 本書で「調和」の具体的な例として書かれているのはこれぐらいしか見当たらなかったのだが、これは果たして「調和」と言えるだろうか?企業と社員のうち、どちらか一方が自らの要求を100%取り下げ、他方の要求を完全に呑むことは調和とは言いがたい。これではWin-Loseの関係になってしまう。調和とは、双方がともに変化することで、第三の道を創造し、Win-WInの関係を構築することである。先ほど書いた、「子どもが産まれたばかりで家族との時間を大切にしたいのに、地方への単身赴任を命じられる可能性があるケース」では、例えば「出張ベースで仕事が回るように、業務手順やIT環境を変えてもらう」というのが調和の一例になるだろう。研修の最後には、各々が調和の道を模索し、その内容を共有して、相互にアドバイスを行う。

 【研修後のフォローアップ】
 (7)組織と個人のニーズの調和に関するキャリアカウンセリング
 受講者の中には、自分の価値観や、新しい役割と価値観とのコンフリクトがあまりにプライバシーにかかわることであるため、研修の中では明かしたくないという人もいるだろう。よって、(3)~(6)の研修は、あくまでも”練習”である。自分の価値観を棚卸し、新しく期待される役割とのコンフリクトを理解し、調和の道を模索する方法に慣れてもらうためのものである。(7)では、キャリアカウンセリングという、プライバシーが確保された空間の中で、より本音を開示できるようにする。カウンセラーは基本的に聞き役に徹するが、最後には調和の選択肢を示す必要がある。そのためには、組織の業務慣行、職務分掌、権力構造、企業風土、人事制度などに精通し、相談者の役割や相談者を取り巻く環境を柔軟に可変する想像力が求められる。

 (8)組織的課題の取りまとめと経営陣への報告
 カウンセラーは、様々な相談者の様々な調和のパターンに直面することになる。新しい戦略を実行するにあたって、社員側も変化するが企業側にも変化してほしいと思っていることがたくさんある。カウンセラーは、相談者の守秘義務に注意しつつ、調和のパターンから、企業が戦略を実行するにあたって組織的に取り組むべき課題を取りまとめ、経営陣に報告する。例えば、「生産性を上げる代わりに健康に配慮してほしい」という声が多ければ、法律で定められたストレスチェックに加えて独自のストレスチェックを実施する、「新しい戦略で野心的な業績目標を掲げるのはよいが、チームワークのよさを大事にしたい」という声が多ければ、過度に社内競争をあおらず、チームワークを評価する人事制度にする、といったことを経営陣に提案する。

 (9)戦略変更のニーズが強い場合の戦略見直し
 (8)は、企業が当初想定していた戦略を実行するにあたって、当初想定していた戦術を変更するパターンであるが、新しい役割を提示された社員が、自分の価値観に基づいて「もっとこういう製品・サービスを作りたい/売りたい」という強い思いを持っていることがある。それが単なる社員の願望ではなく、冷静な外部環境分析と自身の強みに基づいているのであれば、さらに同じ思いを持っている社員が多数存在するのであれば、経営陣は彼らの声に耳を傾ける価値がある。すなわち、ボトムアップでの戦略立案を認めるということである。この場合には戦略の練り直しになるから、再び(1)に戻って全てのプロセスをやり直さなければならない。

 以上が私の素案であるが、実際にはハードルが非常に高いと言わざるを得ない。第1に、人事部は必ずしも経営陣と十分な連携が取れておらず、従って戦略に十分精通しておらず、戦略とリンクした人員計画を持ってないということである。欠員が出たから中途採用する、現場が何人新人がほしいと言っているから今年は何人新卒を採用する、といったスタイルの人事部では、上記のキャリア開発は出発点でつまずいてしまう。第2に、マーケティング部や営業部が顧客データベースを充実させているのに比べると、人事部は全社員の能力に関するデータベースの構築が遅れている。よって、各社員のキャリアの予定を見通すことが難しい。

 第3に、仮に各社員のキャリア予定を見通すことができたとしても、それを上司を通じて本人に伝えることに多くの人事部は抵抗を示すであろう。ただでさえ人事情報は機密性が高いのに、可能性レベルの情報を伝えることはためらわれるに違いない。特に、本人のキャリア選択肢が複数検討されている場合には、それを本人に伝えることでかえって本人を当惑させてしまう恐れがある。しかし、この情報がないと、例えばある営業担当者がキャリア研修に参加して、本人はこの先も営業部門でキャリアを歩むものだと思ってワークショップに取り組んだのに、実は裏では人事部が彼を製造部門に異動させる予定を立てていたせいで、後になってせっかくワークショップで検討した内容が無に帰すという悲劇が起きることになる。

 第4に、キャリアカウンセラーが社員1人1人の働き方についてアドバイスできるほどに企業の諸事情に精通しており、かつ経営陣と緊密な関係が構築できていなければならない。カウンセラーが社内の人間であればまだよいが、社外の人間となると相当に難易度が上がる。最後に、キャリア開発とは結局のところ、全社員を巻き込んだ組織開発であり、経営陣の強いコミットメントが必要であるということである。キャリア研修がいまいち普及しないのは、そして、前職のベンチャー企業でキャリア研修が売れなかったのは、キャリア開発がこうした大掛かりな取り組みであることを理解せず、前述の(3)~(6)のみで安易に済ませようとしていたからだと思う。

 今までは企業が社員のキャリアパスを作り、社員はそれに従っていればよかった。ところが、企業の競争環境が不確実になったせいで企業がキャリアパスを示すことが困難になったため、社員が自律的にキャリアを開発しなければならない、と説明されることがある(私の前職のベンチャー企業もそう説明していた)。だが、上記で示したように実際には逆で、事業環境が不確実だからこそ企業は戦略を持たなければならないし、かつそれをはっきりと社員に提示する必要がある。欧米人は「私は1年後にはこうなり、3年後にはこうなり、5年後にはこうなる」と明確なキャリア目標を持っていると日本人は称賛する。しかし同時に、欧米人は企業に対して、「我が社は1年後にどうなっているのか?3年後にどうなっているのか?5年後にどうなっているのか?」と厳しく問うているのである。それに答えられない企業は、社員のリテンションに失敗する。

 もう1つ、日本企業に見られる勘違いは、キャリア開発では長期的なキャリアビジョンを持たなければならないと思われていることである(私の前職のベンチャー企業もそう思っていた)。だが、企業でさえ長期的なビジョンを持つことが難しくなっているのに、個人が10年後、20年後のビジョンを持つことはさらに難しい。むしろ、目まぐるしく変わる戦略に対して、自己の価値観から生じる欲求を認識し、企業と個人のニーズを調和させるという短期~中期的な視点が現実のキャリア開発の根幹をなすと考える。だから、ブログ別館の記事「佐藤厚『ホワイトカラーの世界―仕事とキャリアのスペクトラム』―PDCAサイクルからGDSA(Goal⇒Do⇒Support⇒Assess)サイクルへ」では、キャリア開発を次のように定義した。
 まず、一見バラバラに見える、仕事を中心とした過去の様々な経験について、上司、同僚、部下、その他企業や組織の関係者、さらには友人、家族など多様な人物を登場させつつ、自分なりに意味づけをすることによって筋の通った1つの物語を編纂し、自分は何者なのか(自分はどんな価値観を大切にしているのか、自分には何ができるのか、自分は何をしたいのか)という自己認識を持つこと。

 その上で、企業や組織を取り巻く環境の変化を把握し、周囲から中期的に期待されている役割を理解するとともに、個人的な問題や家族の問題との葛藤が生じた時、そこに自己認識の物語を照射し、納得のいく意思決定を下して、仕事を中心とする人生の中期的なビジョンを構想すること。
 キャリア開発で大切なのは、自己の価値観という幹をしっかりと持つことである。視点は未来に向けて長く設定するのではなく、過去に向けて長く設定するべきである。


2018年05月22日

【戦略的思考】企業の目的、戦略立案プロセス、遵守すべきルールについての一考察


アイデア

 《参考記事》
 (a)【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)
 (b)【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見
 (c)DHBR2017年12月号『GE:変革を続ける経営』―戦略立案の内部環境アプローチ(試案)
 (d)DHBR2018年1月号『テクノロジーは戦略をどう変えるか』―伝統的な戦略立案プロセスを現代的な要請に従って修正する素案(議論の頭出し程度)
 (e)DHBR2018年5月号『会社はどうすれば変われるのか』―戦略立案プロセスに組織文化の変革を組み込んで「漸次的改革」を達成する方法(試案)、他

 今回の記事は、上記の参考記事の内容をまとめ直したものである。企業の目的は何かと問われれば、私はピーター・ドラッカーの「顧客の創造」という説を真っ先に支持する。ここで言う顧客の創造とは、顧客の人数を量的に増加させることと、顧客に対する提供価値(顧客価値)を質的に増大させることの両方を含む。アメリカ人であれば、企業の目的は株主価値を増大させることだと即答するだろう。しかし、私はこの考え方を採用しない。なぜならば、株主価値の増大が目的であればその手段は何でもよいことになり、極端なことを言うと株主から預かった資金を全て投資に回して大きなリターンを得ることでも正当化されてしまう。仮に、全ての企業がこのような行動を取ったら、経済が回らなくなるのは目に見えている。

 企業の目的は顧客、社員、取引先、株主、金融機関、教育・研究機関、地域社会などステークホルダーの利益を最適化することだという立場もある。昨今、欧米から株主至上主義が流れ込んできても、日本企業にはこうした考え方が根強い。多様なステークホルダーのバランスを取ろうというわけだ。ただ、この場合、例えば顧客の利益を犠牲にして社員や取引先など他のステークホルダーの利益を調整することが正当化されてしまう。私はこうしたやり方にも与しない。

 企業にしかできないことは、経済を機能させるために顧客を創造することである。だから、企業の目的は顧客の創造という1点に尽きる。しかしながら、企業には様々なステークホルダーが関わっているのも事実であり、彼らは彼らなりの目的を持ち、存続を願っている。その点に配慮することが、企業が遵守しなければならないルールである。つまり、企業は、ステークホルダーを存続させるという要請から発生するルールを守りながら、顧客の創造という目的を達成しなければならない。例えて言うならば、100m走の目的は「他のランナーよりも速く走ること」という1点であり、スターティングブロックを使うこと、ラインの内側を走ることなどは絶対に破ってはならないルールであるのと同じである。これは、ステークホルダー間の利害を調整することとは全く異なる。

 以下、戦略立案プロセスを概観しながら、企業が守るべきルールを整理してみたい。

 ①事業機会の抽出
 外部環境アプローチに従う場合は、参考記事(a)で示したように、アンゾフの成長ベクトルを拡張したフレームワークを活用して事業機会を網羅的に洗い出す。内部環境アプローチに従う場合には、マクロの視点とミクロの視点の2つがある。マクロの視点に立つ場合は、資源ベース理論を活用して自社のコア・コンピタンスを特定し、それを活用し得る事業機会を考案する。ミクロの視点に立つ場合は、参考記事(c)で示したように、社員に対するキャリアコンサルティングの結果を活用して、社員の「『価値観―できること(能力)―やりたいこと』セット」を摘出する。

 ②事業機会の評価
 ①で抽出した事業機会のうち、どの事業機会に取り組むかを決定する。外部環境アプローチで用いられるPEST分析と、内部環境アプローチで用いられるVRIOフレームワークを用いる(ただし、参考記事(b)で書いたように、PEST分析はS(Society)を省略してPET分析としてもよい)。外部環境アプローチで抽出した事業機会についてはVRIOフレームワークによる分析を、内部環境アプローチで抽出した事業機会についてはPE(S)T分析を特に重点的に行う。

 ③競合他社の特定とその戦略の変化の予測
 ②で事業機会を絞り込んだら、競合他社を特定する必要がある。競合他社には、ⅰ)全く同じカテゴリに属する製品・サービスを提供する企業(例:ビールならばビール会社)、ⅱ)類似の製品・サービスを提供する企業(例:ビールならばチューハイ、カクテル、日本酒、焼酎、ワインなどの会社)、ⅲ)顧客が同じニーズを満たすことのできる別の製品・サービスを提供する企業(例:ビールを飲むのがストレス発散のためであれば、ストレス発散のためのカラオケ、レジャー施設、スポーツクラブなどが競合他社にあたる)の3種類がある。この3種類のカテゴリについて主要な競合他社を数社ずつピックアップした上で、その競合他社を取り巻く環境変化を分析し、競合他社がどのように戦略やポジショニングを変更してくるかを予測する。

 ④差別化要因・ポジショニングの決定
 ③の予測に基づいて、自社は②で選択した事業機会において、競合他社とどのような点で差別化を図るのか、どのようなポジショニングを取るのかを決定する。競合他社の戦略も変化する点はしばしば見落とされるので注意が必要である。現在の競合他社のポジショニングを参考に自社のポジショニングを決定した場合、競合他社が環境変化に伴って将来的にポジショニングを変更したら、自社のポジショニングが無効になってしまう。

 ⑤戦略的目標の決定
 ②で市場規模を、③で競合他社の数を把握しているので、その数値を基に、④のポジショニングに従って戦略を実行した場合の目標売上高、利益、市場シェアといった目標を設定する。

 ⑥CSF(Critical Success Factor:重要成功要因)の特定
 ①の分析で外部環境・内部環境に関する情報はある程度収集できているが、参考記事(b)で書いたように、改めてクロスSWOT分析を用いてその情報を整理し直す。クロスSWOT分析は、「機会×強み」、「機会×弱み」、「脅威×強み」、「脅威×弱み」といった具合にクロスで見ることが重要であり、この4つの視点から、新しい事業を成功させるための要因(CSF)を導き出す。

 ⑦ビジネスモデルのデザイン
 ビジネスモデルとは利益創出の図式であるが、ヒト・モノ・カネ・情報・知識といった経営資源がどのように流通するのかも図式化した方がよい。一時期「ビジネスモデルキャンパス」が流行ったものの、要素間の関係が不透明で、ビジネスが筋の通った物語になっているかを検証できないという弱点がある。やはり、自社をはじめとする各プレイヤーと、プレイヤー間の関係を丁寧に図に落とし込んでいくのがよい。その際、モノを供給する取引先を描くことはもちろんのこと、ヒトを供給する家族、カネを供給する株主・金融機関、知識を供給する教育・研究機関も描くのが望ましい。描かれたビジネスモデルは、⑥で特定したCSFが達成されていなければならない。

 ⑧ビジネスプロセスのデザイン
 ビジネスモデルは新しい事業に関与するあらゆるプレイヤーを描き込んだ全体像であるが、今度は自社の具体的なビジネスプロセス(業務プロセス)を設計する。ここでも、⑥で特定したCSFを達成することができるビジネスプロセスをデザインする必要がある。まずは、マイケル・ポーターの「バリューチェーン」のフレームワークを使って、各部門の大まかな機能を列記する。次に、それぞれの部門の機能を具体的な業務プロセスへと落とし込んでいく。

 ⑨目指すべき企業文化の定義
 参考記事(e)で述べたように、新しい戦略の実行には、企業文化の変化を伴うものである。ただし、企業文化は組織や社員に深く根を下ろしており、一気に変えることは大きな困難を伴う。企業文化は漸次的に変化させるしかない。まず、⑦のビジネスモデルや⑧のビジネスプロセスを実現することができる企業文化とは何かと問う。次に、現在の自社の企業文化を分析する。両者のギャップが小さい場合には、簡単な行動変容プログラムを策定すれば十分であろう。しかし、両者のギャップが大きい場合には、せっかくの戦略も実行段階で頓挫する恐れがある。その場合には、⑦のビジネスモデルや⑧のビジネスプロセスを実現するプロセスに段階(フェーズ)を設け、徐々に企業文化を変革するように配慮する必要がある。

 ⑩課題解決のための戦略的打ち手の導出
 ⑦のビジネスモデルを実現するための課題、⑧のビジネスプロセスを実現するための課題、⑨の企業文化を実現するための課題を整理し、これらの課題を解決するための戦略的打ち手を定義する。課題は、例えば単に「営業力の強化」と抽象的に掲げるのではなく、「既存顧客の購買履歴を活用するITの構築」といった具合に具体化する必要がある。課題を掘り下げるコツは、ビジネスモデルやビジネスプロセスに経営資源を投入する際の「仕組み」に着目することである。ヒト・知識であれば組織編成や人事・教育制度、モノであれば調達制度や物流の仕組み、カネであれば資金調達の仕組みや予算配分の制度、情報であればITの切り口から検討する。

 ⑪戦略的打ち手の優先順位づけ
 ⑩で出てきた複数の戦略的打ち手に優先順位をつけるには、「投資対効果の大小」と「導入の難易度の高低」という2軸でマトリクスを作り、それぞれの打ち手をマッピングするとよい。投資対効果が大きく、導入の難易度も低い打ち手があれば最優先で取りかかるべきだ。逆に、投資対効果は小さいのに導入の難易度が高い打ち手は思い切って捨てる。多くの打ち手は、「投資対効果が大きいが導入の難易度も高い」ものであるか、「投資対効果が小さく導入の難易度も低い」ものである。優先すべきは前者であるが、前者は効果が出るまでに時間がかかり、変革の取り組みが途中で息切れすることがある。そこで、後者の打ち手を適切に織り交ぜることで、早期に変革の効果を演出することがある。後者のような打ち手をクイックウィンと呼ぶ。

 ⑫実行スケジュールの策定とプロジェクトチームの結成
 戦略的打ち手に優先順位がついたら、その優先順位に基づいて実行スケジュールを作成する。同時に、新しい戦略の実現に向けたプロジェクトチームを結成し、誰がどの打ち手に責任を持つのか、誰がその責任者の下で実務的な作業を担うのかを決定する。

 ⑬将来の損益計算書、貸借対照表の試算
 ⑪でそれぞれの戦略的打ち手の投資対効果を試算し、⑫で実行スケジュールを策定しているので、これらの情報を踏まえて、将来(向こう5年程度)の損益計算書、貸借対照表を作成する。その際、新しい戦略を実行しなかった場合(既存事業をそのまま続けた場合)の損益計算書と貸借対照表も作る。両者を見比べて、新しい戦略を実施した方が累積利益が大きくなることをチェックする(稀に、新しい戦略を実行すると、初期投資がかさむ関係で、既存事業をそのまま経営した方が累積利益が大きくなるということがあるため要注意である)。また、⑤で設定した戦略的目標(売上高、利益、市場シェアなど)が達成できることも合わせて確認する。

 ⑭競合他社のアクションに対するリアクション
 新しい戦略を実行すると競合他社もそれに反応して新しい戦略を仕掛けてくる。競合他社の反応が③で想定した範囲内に収まっていれば問題ないが、想定と大きく異なる場合には、④のポジショニングをやり直す必要がある。さらに、競合他社が思いのほか強力で、とても勝ち目がない場合には、①に戻って事業機会の抽出からやり直さなければならないかもしれない。

 ⑮新入社員の入社に伴う組織学習
 新しい戦略の実行に伴って、新入社員(新卒・中途)が入社してくる。彼らは自社の価値観と一致し、自社が要求する能力を身につけていることが前提で入社してくるが、自社の価値観からははみ出る価値観や意外な能力を持っている可能性がある。よって、①に戻ってミクロ視点での内部環境アプローチにより、再び事業機会の探索を始めなければならない。

 ここからが企業が従うべきルールの話。従来の企業は、「経済的なニーズ」を「経済的な方法」で充足していれば十分であった。ところが、企業の社会的責任が強調されるに従って、「経済的なニーズ」を「社会的な方法」で充足しなければならないという流れになった。近年は、マイケル・ポーターがCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)というコンセプトを提唱しており、企業は「社会的なニーズ」の充足を事業化する方法を模索する必要性に迫られている。つまり、21世紀の理想の企業とは、「社会的なニーズ」を「社会的な方法」で充足する企業である。

 よって、まずは②で特定した事業機会が、私が「社会的ニーズのテスト」と呼ぶものに合格するかを問わなければならない。具体的には、新しく生み出そうとしている製品・サービスが、

 (1)顧客の健康をサポートするものであるか?
 (2)顧客の生活の衛生面を保つものであるか?
 (3)顧客の安全・安心な生活の実現に資するものであるか?
 (4)顧客が貧困から脱却するのを助けるものであるか?
 (5)顧客の自尊心を支えるものであるか?
 (6)顧客が他者との人間的な絆を構築するのに役立つか?
 (7)顧客の人間的・精神的成長を支援するか?
 (8)顧客に有意義な時間の使い方を提供するものであるか?
 (9)人的資源・地球資源の節約に貢献するものであるか?
 (10)顧客の人生を社会的規範・道徳的価値観と合致せしめるものであるか?

などと問う必要がある。もちろん、これら全てを満たすことは難しい。だが、できるだけ多くの項目に該当する社会的ニーズに企業は取り組む必要がある(参考記事(d))。

 社会的ニーズのテストを経た後は、その社会的ニーズを社会的な方法で実現するビジネスを設計する。⑦でビジネスモデルを、⑧でビジネスプロセスを設計する際、単に⑥で特定したCSFを反映させるだけでなく、社会的要請も汲み取る必要がある。1つのヒントとなるのが「SDGs(Sutainable Development Goals)」である。SDGsとは国連が地球規模の社会的課題について17の目標と169のサブ目標を設定し、2030年までに解決を目指すというものである。17の目標は、下図の通りである。企業はこの中から、自社で取り組めそうな課題を選択し、ビジネスモデルやビジネスプロセスに反映させる(参考記事(d))。

SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)

 ⑧のビジネスプロセスの設計においては、社員のモチベーションにも配慮する必要がある。本来、社員は企業からお金をもらう立場であり、企業にモチベーションを上げてもらうのはおかしな話である。企業に対してお金を払う顧客が企業のモチベーションを上げようとはしないことを考えれば自明である。ただし、顧客はその企業が気にくわなければ別の企業に乗り換えれば済むが、企業の場合は社員に問題があっても簡単に首を挿げ替えることができない。今いる社員に頑張ってもらうしかない。ここから、社員のモチベーションに配慮すべき理由が生まれる。

 とはいえ、社員のモチベーションを上げることは、社員を甘やかしたり、社員におもねったりすることではない。社員が自分の力ではどうしようもできない職場環境については社員を満足させる必要があるが、社員の力が及ぶ範囲においては逆に不満足を感じさせた方が、かえって社員のモチベーションが上がるのではないかというのが私の考えである。ここから、職場環境と仕事の内容について次のようなルールが導かれる。

 <職場環境>
 (1)本人に裁量や権限を与える。
 (2)仕事を進める上でのマニュアル、ツール、設備などを整える。
 (3)十分な研修、トレーニングの機会を与える。
 (4)必要に応じて同僚や他部門からの支援を受けられるようにする。
 (5)福利厚生制度を充実させる。

 <仕事の内容>
 (1)仕事の量を多くして忙しくさせる。
 (2)企業が求める能力と自分の現在の能力との間にギャップを感じさせる。
 (3)難しい部下や後輩の育成を任せる。
 (4)顧客や上司から公正かつネガティブなフィードバックを与える。
 (5)今の仕事の先にどのようなキャリアがあるのか描くことを難しくさせる。

 ⑤に戻るが、⑤で設定した戦略的目標は企業の人員数の増加をカバーできるものになっているかも点検しなければならない。普通に考えれば、3~5年後には昇進によって管理職が増加し、新入社員も入ってくるため、企業の人員数や人件費は増える。彼らに対して十分な仕事やポスト、給与を支払うことができる戦略的目標になっているかどうかを確かめる必要がある。もちろん、以前の記事「平井謙一『これからの人事評価と基準―絶対評価・業績成果の重視』―「7割は課長になれない」ことを示す残酷な1枚の絵」でも書いたように、全員を昇進させ、無制限に新入社員を受け入れることは現実的に不可能であることは私も重々承知している。

 私は年功制は支持するが終身雇用は支持していない。企業は一定のルールに従って、一部の社員を退職させなければならない。以前は子会社が退職する社員の受け皿になっていたのだが、連結決算で子会社の業績が親会社の業績にも影響するようになると、子会社を単なる余剰人員の受け皿として使うことが難しくなった。そこで私は、一定の年齢に達した一部の社員を退職させる代わりに、彼らが起業や転職をする際の資金を提供する仕組みを作ってはどうかと考えている。具体的には、業界の各企業が資金を出し合って基金を組成するイメージである。もちろん、企業が解雇権を濫用することがあってはならない。今後は、企業の合理的な成長スピードを設定し、それでもなお仕事やポストをあてがうことができない社員は、公正な手続きの下に退職してもらうことになるだろう(この点だけは企業にとって有利なルールである)。

 ⑬の損益計算書、貸借対照表の作成まで終わったら、新事業の全体を総チェックする。

20180523_企業の目的と遵守すべきルール

 これからのビジネスは、1社単独で全てをまかなうことが難しくなり、他社(異業種の他社や時に競合他社)と水平連携する局面が増える。また、企業が社会的ニーズを充足するためにNPOとも水平連携する機会も出てくるだろう。他社やNPOも自社と同様に、「顧客の創造(量的・質的)」を目的としている。自社は他社やNPOから必要な時に必要な協力を仰ぐだけでなく、他社やNPOの事業にも貢献し、Win-Winの関係を構築しなければならない。具体的には、「他社/NPOの顧客増に貢献すること(顧客の量的創造)」、「他社/NPOの顧客価値の増大に貢献すること(顧客の質的創造)」というルールが課されることになる。

 自社にヒトを供給する家族、モノを供給する取引先、カネを供給する株主・金融機関、知識を供給する教育・研究機関に関しても、企業はルールを課される。家族の目的は、家族構成員の健康を保つことと家計を維持することである。よって、企業は家族の目的達成を支援するために、「社員の健康に配慮すること」、「生計を維持できるだけの給与を支払うこと」というルールに従う必要がある。取引先の目的は、顧客の創造である。取引先の顧客とは自社のことである。よって、取引先の目的達成を支援するために、「取引先との取引量を増やすこと(量的創造)」、「取引先の顧客価値(=自社にとっての価値)向上を支援すること(質的創造)」というルールに従う必要がある。親会社が下請会社の品質向上・人材育成を支援するのは一例である。

 株主・金融機関の目的は、投資に見合ったリターンを得ることと、社会的に責任ある投資家となることである。よって、企業は株主・金融機関の目的達成を支援するために、「資本コストを上回るリターンを上げること」、「経営資源の調達から顧客価値の創造に至るプロセスを透明・公正に保つこと」というルールに従う必要がある。最後に、教育・研究機関の目的は、有益な知を社会に提供することと、有益な人材を社会に輩出することである。よって、企業は教育・研究機関の目的達成を支援するために、「企業の知をフィードバックすること」、「教育・人材育成の取り組みを支援すること」というルールに従う必要がある。これらのルールは、産学連携をしている企業にとってはとりわけ重要な意味合いを持つ。

 上図のように、ヒトを供給する家族、モノを供給する取引先、カネを供給する株主・金融機関、知識を供給する教育・研究機関を自社よりも1つ下のレイヤーに位置づけている(欧米ならば株主を自社よりも上のレイヤーに位置づけるだろうが、私は株主は他の経営資源を供給するプレイヤーと同列に扱うべきだと考える)。自社はこれらのプレイヤーの上に位置するのだから、彼らに対して自由に要求すればよいように思える。しかし私は敢えて、下位に位置するプレイヤーの目的達成を支援することをルール化している。これを山本七平の言葉を借りて「下問」と呼んでいる。「あなた方の目的を達成するために我が社が支援すべきことは何か?」と問うことである。結局のところ、下位のプレイヤーの目的(アウトプット)=自社のインプットであり、下位のプレイヤーの目的達成を支援することは、自社にとってメリットとなって跳ね返ってくるのである。


2018年04月18日

DHBR2018年5月号『会社はどうすれば変われるのか』―戦略立案プロセスに組織文化の変革を組み込んで「漸次的改革」を達成する方法(試案)、他


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 5 月号 [雑誌] (会社はどうすれば変われるのか)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 5 月号 [雑誌] (会社はどうすれば変われるのか)

ダイヤモンド社 2018-04-10

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 (1)
 車運転をする世界中の人々が、自動運転の恩恵によって1時間を自由に使えるようになった場合、この膨大な商業的機会を活かすのは、どのような企業だろうか。真っ先に名前が挙がるのは、アルファベットやアップルのようなハブ企業である。
(マルコ・イアンシティ、カリム・R・ラカーニ「グーグル、アップル、アマゾン、アリババ・・・ ハブ・エコノミー:少数のデジタル企業が世界を牛耳る時代」)
 《参考記事》
 「製品・サービスの4分類」に関するさらなる修正案(大分完成に近づいたと思う)
 『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)

製品・サービスの4分類(①大まかな分類)

【修正版】製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 「ハブ企業」とはプラットフォーム企業と言い換えてよいだろう。上図については《参考記事》を参照していただきたいが、プラットフォーム企業は元々左上の<象限③>で生まれたものである。<象限③>は多産多死のイノベーションの世界である。イノベーターは自分が愛するイノベーションを何とかして世界中に普及させたがっており、そのためなら自分がお金を払ってもよいとさえ思っている。こうしたイノベーターのニーズに目をつけて、多数のイノベーターを束ねてプラットフォームを形成し、世界中の顧客に対してイノベーションの選択肢を提供するようになったのがプラットフォーム企業である。Amazonは書籍や音楽、GoogleとAppleは音楽やスマホアプリの分野でプラットフォームを提供している。スマホアプリの例で言うと、本来GoogleやAppleはスマホアプリの仕入れ側であるから、アプリ開発者に対してお金を払わなければならないはずだ。ところが、両社はアプリ開発者からお金を取ることに成功している。

 このプラットフォームが、近年は<象限①>や<象限②>にも浸透し始めている。というのも、世界的な供給過多により、サプライヤは先のイノベーターと同様に、自社の製品・サービスを購入してもらうためなら自らお金を払ってもよいと考えるようになってきているからだ。こうしたサプライヤのニーズに最もよく対応しているのがAmazonである。Amazonの品揃えは今や書籍、音楽、映像、ゲーム、家電、家庭用品、アパレル、ベビー用品、食料品にまで広がっている。

 <象限②>について言えば、IoTによるプラットフォーム企業が登場するだろう。自動車を例にとると、今までは自動車が故障したら、修理工場は適切な部品を見繕って修理を行っていた。だが、自動車にIoTが搭載されれば、修理やメンテナンスの際にはIoTに対応した部品と交換される。これは、部品メーカーにとっては、IoTのプラットフォームに載っていなければ、大きな商機を失うことを意味する。その商機を逃さないために、部品メーカーはプラットフォーム企業(おそらくは自動車メーカーであるが、Googleもこの座を狙っている)にお金を払ってもよいと考える。

 冒頭の引用文に戻ろう。プラットフォーム企業(ハブ企業)は、自動運転によって手が空いた1時間だけを狙っているとは考えにくい。手が空いた1時間でできることと言えば、アプリでゲームをするか、映画やドラマを観るぐらいのものであろう。それでは大した商機にならない。プラットフォーム企業の真の狙いは次の文に現れていると思う。
 両社(※アルファベットやアップル)はすでに、地図や広告網のようなボトルネック資産を大規模に展開しており、車内にいる人にふさわしいばかりか現在位置にも適した、極めて的を射た広告を表示する準備を整えている。自動運転車に当然のように装備すべきアドオン機能は、表示された広告を見て「この店に行きたい」と思った時に押す、「ここへ行く」ボタンである(カーナビアプリのWazeはすでにこれを実現している)。ボタンを押すと、表示された場所へ向かうよう車に指示が出される。
 「OK Google、この近辺でおいしいお店を教えて?」と尋ねると、自動運転車にインストールされているアプリが、データベースに蓄積された口コミ情報と広告主が支払った広告料を総合して、レストランを一覧表示する。また、自動運転中は、位置情報を参考に、同じく口コミ情報と広告料を総合して、「この近くに○○が安いお店があります。寄りますか?」と提案する。ユーザがどのお店を選択したかによって、GoogleのAIは賢くなり、ユーザに対してより最適な提案ができるようになる。こんな世の中が到来するであろう。飲食店などの企業は、Googleのプラットフォームに載っていればユーザに紹介されるが、載っていなければ完全に無視される。さらに、プラットフォームを通じてユーザに提案される回数を増やすためには、広告料を払う必要がある。

 「Google Home」や「Amazon Echo」が登場した時、個人的には「何だこれは?」と思ったが、スマートスピーカーは来るべき自動運転時代のプラットフォームを握るための壮大な実験と考えれば納得がいく。Googleなどは、スマートスピーカーに対してユーザがどのような質問をするのか、どのような回答をするとユーザの満足度が高いのか、満足度を上げるためにはアルゴリズムをどのように改善すればよいのか、広告料は取れるのか、取れるとしたらいくらぐらいが妥当なのか、といったことを調査しているのではないかと考える。

 (2)
 お仕着せの企業戦略のほとんどが、社風として根付いた慣習や姿勢と相容れない。経営幹部は、社風との相性次第で戦略の効果がどれほど違ってくるかを、甘く見積もっているのだろう。戦略よりも社風のほうが、常に大きな力を発揮するのだ。
(ジョン・R・カッツェンバック、イローナ・シュテフェン、キャロライン・クロンリー「組織文化こそ競争力の源泉 社風を活かして変革する企業」)
 《参考記事》
 【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見(戦略立案の外部環境アプローチ)
 DHBR2017年12月号『GE:変革を続ける経営』―戦略立案の内部環境アプローチ(試案)

 戦略を立案する際には、企業文化をそれと整合させることが必要だということである。新しい戦略は、既存の企業文化とぴったり整合性が取れているのが最も望ましい。しかし、そのようなケースは稀であり、多くの場合は新しい戦略が企業文化に対して変革を求める。この点を考慮しないと、せっかくの新しい戦略が企業文化によって足を引っ張られることになる。上記の《参考記事》で、戦略立案の外部環境/内部環境アプローチについて整理してみたが、企業文化の観点がすっぽりと抜け落ちていることに気づき、反省した。そこで、手始めに外部環境アプローチの中に企業文化の変革を組み込んでみたいと思う。

 外部環境アプローチは、以下の8ステップで構成される。
 ①事業機会の抽出と選択
 ②ターゲット顧客・差別化要因の決定
 ③戦略目標の設定
 ④CSFの特定
 ⑤ビジネスモデルの設計
 ⑥ビジネスプロセスの設計
 ⑦施策の投資対効果試算と優先順位づけ
 ⑧将来の損益計算書の作成

 企業文化について問う必要があるのは、⑥のビジネスプロセスの設計が終わった段階である。⑤のビジネスモデル、⑥のビジネスプロセスを見て、これらの実現に必要な企業文化とは何かと問う。この問いが抽象的であると感じるならば、「このビジネスを実現するために、我が社の社員が重視すべき価値観・行動規範は何か?」と問うとよい。協働が盛んである、革新性が高い、能力主義が徹底している、リスクを取る、品質を重視するなど、様々な答えが出るだろう。その上で、現在の企業文化についても振り返る。すると、望ましい企業文化と現在の企業文化のギャップが見えてくる。このギャップが大きいほど、新しい戦略の実行は困難になる。

 企業文化は定性的で多義的であるため、実際にはギャップを見つけようとしてもなかなか難しい。そこで、ギャップを発見する1つの手助けとなり得るのが、ボリス・グロイスバーグ、ジェレミア・リー、ジェシー・プライス、J・ヨー=ジュド・チェン「社風を変えるうえで知っておくべき8つの特性 変革は企業文化に従う」で紹介されている企業文化の8類型である。同論文では、「柔軟性―安定性」、「独立性―相互依存性」という2軸でマトリクスを作り、企業文化を8つのタイプに分けている。この8つは、お互いに距離が近いほど変革が容易であることを示している。例えば、「目的意識」が強い企業が「学習」重視の企業文化に変化するのは簡単である。一方で、「楽しさ」を重視する企業が「秩序」を重視する企業に変化するのは非常に困難を伴う。

企業文化の8類型

 企業文化のギャップが大きいことが判明した時、取り得る選択肢は2つある。1つは、企業文化のギャップが大きいと解っていても新しい戦略を遂行する場合である。自社が競合他社からの激しい攻撃にさらされていたり、技術革新によって業界全体が大きく様変わりしようとしていたりして、その戦略を実行しなければ生き残りが難しくなるようなケースがこれにあたる。ただし、その場合でも、いきなり企業文化の大変革を目指すのではなく、段階を踏む必要がある。例えば、「楽しさ」を重視する企業を「秩序」を重視する企業へと変革する場合には、いきなり「秩序」を目指すのではなく、まずは「権力」を目指す。その上で、「秩序」を目指すといった具合だ。

 そして、「楽しさ」を重視する企業が「権力」を重視する企業へと生まれ変わるには、経営陣や社員がどのような行動を取るべきかと問う。バーゲニングパワーを行使して取引先に対する交渉力を強化する、マネジャーの権限を拡大する、トップ主導で営業方針を現場に浸透させる、などといったものが出てくるだろう(ちょうど、現場の裁量に任せて自由に仕事をさせていたベンチャー企業が、企業の成長に伴って組織の仕組みづくりをしなければならない場面を思い浮かべていただくとよい)。そうしたら、⑤ビジネスモデルの設計、⑥ビジネスプロセスの設計に立ち戻って、これらの行動を意図的にビジネスモデルとビジネスプロセスに反映し、修正する。

 企業文化のギャップが大きい場合にとり得るもう1つの選択肢は、①に戻って事業機会の選択をやり直すことである。自社の既存の文化との親和性がより高いと思われる事業機会へと切り換えるわけだ。本当は、①事業機会の抽出と選択の段階で、企業文化とのギャップの大きさが解るとよいのだが(前述のリンク先の記事ではPEST分析を簡略化したPET分析を用いている)、事業機会だけを見て、その事業を支える企業文化とは何かを見極めるのは至難の業である。ビジネスモデルやビジネスプロセスを具体的に描いてみて初めて、必要な企業文化が明らかになるものである。よって、大幅な作業のやり直しとなるが、この方法が最善であると考える。

 ただし、あまりに既存の企業文化との整合性を重視すると、結局のところ既存文化との親和性が高いのは既存事業であるということになって、何も変化が生まれなくなる。既存文化を尊重しつつも、新しい戦略の実行にはある程度企業文化の変革が伴うと腹をくくる必要がある。この場合でも、⑥ビジネスプロセスの設計が終わった段階で、前述のように新しいビジネスモデルやビジネスプロセスを下支えする企業文化は何かと問い、既存文化とのギャップを分析して、ギャップを埋めるための新しい行動をビジネスモデルとビジネスプロセスに組み込んでいく。

 以上が、戦略立案の外部環境アプローチに企業文化の変革を埋め込む方法の素案である。重要なのは、一足飛びに新しい企業文化を構築しようとしないことである。慣れ親しんだ行動を変えるのは簡単ではない。行動は少しずつ変えていく。上記のアプローチで言えば、まずAという文化を築きaという行動を習得するために、こういうビジネスモデルやビジネスプロセスにする。次にBという文化を築きbという行動を習得するために、こういうビジネスモデル、ビジネスプロセスにする・・・こうした漸次的変化を繰り返すことで、本来実現したかった戦略を最終的に達成する。これを「漸次的変革」と呼ぶことにしよう。少しずつ変化を繰り返した結果、後から振り返ると、以前とは全然違う姿に生まれ変わっていたという状態である。私も一介のコンサルタントとして、お仕着せの戦略ではなく、こういう粘り腰の戦略を作らなければならないと覚悟した。



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