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【議論】人材マネジメントをめぐる10の論点
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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
所属組織など
◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

NPOビジネスサポート特定非営利活動法人NPOビジネスサポート
(監事を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

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(以下の資格の講師をしています。
 ―ITパスポート
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 ―経営学検定(初級・中級)
 ―中小企業診断士(企業経営理論、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策)
 谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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2017年05月22日

【議論】人材マネジメントをめぐる10の論点

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人材育成

 今まで本ブログで個別に触れてきたことだが、改めて私の「人材マネジメント」観を整理しておきたいと思う。一般的な考え方と違っているところもかなりあるだろう。

 Q1.採用時には志望動機(モチベーション)の高い人を選ぶべきか?
 採用時に、「なぜこの業界を選んだのか?」、「なぜ我が社を選んだのか?」、「我が社に入社して何をしたいのか?」などを応募者に尋ねる企業は多い。しかし、採用面接時のモチベーションと入社後のパフォーマンスはほとんど関係がないと考えている。モチベーションというものは非常に移ろいやすいものである。担当する仕事、周囲を取り巻く人間関係や職場環境、あるいはプライベートな要因によってすぐに上下する。そういう不安定な要素を採用の決め手にしない方がよい。採用時には、後述のように別の観点から応募者を評価するべきである。

 Q2.新卒採用では、自社の価値観と合致する人を採用するべきか?
 採用とは、企業が自社の戦略に従って実行すべき業務を遂行できる能力を持った人を選択することである。だが、新卒採用の場合は、応募者に十分な能力がないことは解りきっている。そこで、自社の価値観と応募者の価値観が合致するかという視点で評価をすることがある。価値観とは、応募者や企業が大切にしている価値、ルールであり、重要な業務を遂行するにあたって意思決定のよりどころとなる指針である。業務を下支えするコンテクストと言ってもよい。

 だが、22歳の大卒でさえ、価値観を要求するのは酷というものである。22歳では、人生の価値観を形成するには経験が浅すぎる。私の話をして恐縮だが、私には「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)」というものがある。10の価値観のうち、ほとんどは社会人になってから形成されたものである。新卒採用では、価値観よりさらに手前のプリミティブな要素を評価する必要がある。具体的には、性格を評価する。一般に、性格は協調性、誠実性、情緒安定性、開放性、外向性という5つの要因から構成されると言われる(これらを合わせて「性格のビッグファイブ」と呼ぶ)。新卒採用ではこれら5つの要因のレベルを評価するにとどめ、価値観や能力は入社後にじっくりと醸成していくべきであろう。

 Q3.中途採用では能力が高い人を採用するべきか?
 中途採用では、企業側は即戦力を求めている。よって、企業側が要求する能力を応募者が持っているかどうかを見ることが多い。しかし、一部の汎用的な能力(例:プログラミングの能力など)を除いて、大半の能力は特定の企業でしか通用しない企業特殊能力である。よって、たとえ前の会社で高い能力を発揮した人であっても、自社に転職した後は自社のやり方に慣れてもらうために一定のトレーニングが必要である。この点を見落としてはならない。

 中途採用においてこそ、応募者の価値観と自社の価値観が合致するかを見るべきである。能力はトレーニングで変化させることができるが、一度染みついた価値観を変えることは難しい。応募者の価値観が自社の価値観と異なっているのに入社を許すと、その人は業務を遂行するにあたって周囲の社員との間に軋轢を生み、深刻な問題を引き起こすだろう。もっと言えば、応募者の価値観と自社の価値観がきれいに合致することは稀である。というのも、企業が違えば価値観も異なるわけであって、今まで別の企業で働いてきた応募者は、自社とは違う価値観を持っていると考えるのが自然だからである。だから、中途採用において本当に見るべきポイントは、「価値観の対立が生じた場合に、応募者がどのように対処してきたか?」である。

 Q4.短期的に成果を上げるため、中途採用に注力するべきか?
 年々、企業は短期的に業績を上げるようプレッシャーを受けるようになっている。短期的に成果を上げるには、育成に時間がかかる新卒採用よりも、ちょっとのトレーニングで済む中途採用に注力したくなる。アメリカのスタートアップ企業の中には、中途採用しか行わないと公言している企業もある。外部の企業が人材を育成してくれるのに、なぜ自社がわざわざお金と時間をかけて育成をしなければならないのか、というのが彼らの言い分である。日本でも、中小企業は中途採用が中心のところが多い。ただし、中小企業の場合は、意図的に中途採用中心になっているのではなく、知名度の低さゆえに新卒が集まらないというのがその理由となっている。

 だが、全ての企業が中途採用のみを行ったらどうなるか、その結果は明白である。企業は社員に対してまともなトレーニングをしなくなる。代わりに、訓練などしなくても、天賦の才能で高い成果を出すことができる一部の逸材を多数の企業で取り合うことになる。労働市場には、訓練を受けていない低スキルの労働者が大量に排出される。能力がない新卒に関しては、採用される機会を完全に失う。これでは社会は機能不全に陥る。中途採用をするということは、本来自社が負担すべき教育訓練の費用の相当部分を外部化したことと同じである。中途採用に偏るのは、外部の企業が負担した費用にタダ乗りするずるい方法である。よって、企業は、たとえ手間暇がかかると解っていても、社会のために新卒採用をして教育訓練に投資しなければならない。

 Q5.社員は自己実現を目指すべきか?
 マズローの欲求5段階説に従うと、社員は仕事を通じて最上位の欲求である自己実現の欲求を満たすのが望ましいと言われる。だが、企業は顧客に奉仕する利他的な存在であるのに、その企業から給料をもらって企業に奉仕すべき社員が自己実現などという利己的な欲求を追求するのはおかしい。社員は企業に奉仕し、さらに企業の先にある顧客に奉仕するべきである。その結果として上司や顧客から得られる「承認」によって、自分の欲求を満たせばよい。事実、マズローの欲求5段階説において、最上位の自己実現欲求を持っているのはアメリカ人でもごく少数しかおらず、大半はその下の承認欲求を持っているとされる(そもそも、マズローの欲求5段階説は1つの仮説にすぎず、実証的に証明されたものではない点にも注意が必要である)。

 Q6.社員は3年で一人前のプロフェッショナルになるべきか?
 私が以前勤めていたベンチャー企業では、キャリア開発研修を販売していた。顧客企業の人事部からは、「入社3年目程度の若手社員を一人前のプロフェッショナルにしたい。そのための意識づけの研修を行ってほしい」という要望を受けることが多かった。教育研修業界の中でも(業界規模5,000億円程度の小さい業界だが)、「若手社員の自律化」が流行となっており、いかにして若手社員を早期にプロフェッショナル化するかがよく議論されていたのを覚えている。

 だが、3年で仕事を一通り覚えることはあっても、プロフェッショナルになるのは無理があると思う。プロフェッショナルの定義は色々あるだろうが、個人的には、「発生頻度が最も多い標準的な事象に適切に対応できると同時に、発生頻度が低い難題もクリアすることができ、逆に発生頻度が低い易しい課題についても効率的な対処ができる人」だと考えている。つまり、ありとあらゆるケースを最適な方法で処理できる人のことである。3年程度では、発生頻度が最も多い標準的な事象に対応することはできても、それ以外のイレギュラーな事象に柔軟に適応するのは難しい。それができるようになるには、やはり最低でも10年はかかる。

 もしも3年でプロフェッショナルになれるような仕事があるとしたら、それはおそらく非常に簡単な仕事であり、早晩海外にアウトソーシングされるだろう。日本国内にいる限りは、10年、いやそれ以上の時間がかかってようやくプロフェッショナルと呼ばれるようになるような、高付加価値の仕事をするべきである。ちなみに、剣道にはこんな言葉があるそうだ。「10年修行すると自分の強みが解る。20年修行すると相手の強みが解る。30年修行すると自分の弱みが解る」。これこそプロフェッショナルの神髄ではないだろうか?

 Q7.社員のモチベーションを上げるべきか?
 「我が社の社員のモチベーションが低くて困っている」と嘆く経営者は多い。経営陣は何とかして社員のモチベーションを上げようとする。しかし、よくよく考えるとこの構図はおかしい。というのも、お金を払うのは企業側、お金をもらうのは社員側であり、モチベーションを上げるとは、お金を払う側がお金をもらう側のモチベーションを上げることになるからだ。これがいかに不自然な構図であるかは、企業と顧客の関係を考えてみればよい。お金を払うのは顧客側、お金をもらうのは企業側である。しかし、顧客は企業のモチベーションを上げようなどとは露だに考えない。

 それでも企業側が社員のモチベーションを上げなければならないとすれば、顧客は企業が気に食わなければ別の企業を選択すればいいのに対し、企業は社員が気に食わなくても簡単に代わりを探すことができないという事情によるだろう。だから、特別の配慮をしなければならない。と言っても、企業側が社員のモチベーションを上げるためになすべきことは、社員の前に「本当に困っている顧客」を提示して、彼らの利他的動機を目覚めさせるだけでよい(以前の記事「『艱難汝を玉にす(『致知』2017年3月号)』―日本人を動機づけるのは実は「外発的×利他的」な動機ではないか?」を参照)。モチベーションを管理する責任は社員自身にある。企業側が前述の配慮をしてもなおモチベーションが上がらないならば、問題は企業ではなく社員本人にある。

 Q8.社員の満足度を上げるべきか?
 サービス業のインターナルマーケティングにおいては、社員の満足度を上げると顧客接点におけるサービスの質が上がり、顧客満足度が上がると言われる。この「社員満足度向上⇒顧客満足度向上」という因果関係、正確に言うと「社員満足度向上⇒社員のモチベーション向上⇒顧客満足度向上」という因果関係が他の業界にも適用されて、多くの企業が社員満足度を重視するようになっている。だが、社員が満足してしまうと、現状に甘んじてしまい、もっとよくしようというモチベーションが湧かない可能性がある点をこの因果関係は無視している。

 むしろ、社員が多少不満足を感じている時の方が、モチベーションが上がりやすく、結果的にいい仕事ができるのではないかと思う。具体的に言えば、Q7とも関連するが、「本当に困っている顧客」を提示され、その顧客から難題を押しつけられ、課題の解決を試みようとしても社内に十分なリソースや制度がなく、周囲から満足な支援を受けられないという逆境が、かえってモチベーションを燃え上がらせる。社員満足度調査を行って、全ての項目について社員の満足度を上げるように施策を打つのも考えものである。職場の物理的環境、具体的には職場の清潔さや安全性などについては、社員の不満足を取り除いた方がよいだろう。しかし、仕事の中身そのものについては、社員に多少の不満、不便を味わわせるぐらいがちょうどよい。

 あまりに難しすぎるゲームはユーザーの心を折ってしまうけれども、難易度が適度に調整されたゲームは、ユーザーをイライラさせながらも、「何とかクリアしてやろう」とユーザーのモチベーションを持続させることができる。これと同じことである。

 Q9.成果給、業績給の割合を増やすべきか?
 成果主義の広がりによって、業績給を導入する企業が増えている。これは、給与の性質を成果に対する対価ととらえる発想である。だが、成果を正確に測定することは非常に難しい。私も本ブログや旧ブログで何度か試みたが、厳密に測定しようとすればするほど、複雑怪奇な計算式になってしまう。特に、チーム全体の成果を個人にどう配分すればよいのか、イノベーションに挑戦して失敗した人にどう報いればよいのかは難題中の難題である。どんなに緻密に組み立てられた数式であっても、必ず「その式は公平ではない」と言う人が出てくる。

 そこで、次のように発想を転換してはどうだろうか?給与を成果に対する対価ではなく、社員の生活費の保障として位置づけるのである。生活費は入社時が一番低く、結婚、出産を経るにつれて徐々に上がる。子育てを卒業しても、今度は親の介護や自分自身の疾病の治療のためにお金が必要になる。つまり、生活費は年齢に比例して一貫して増加し続ける。よって、給与は必然的に年功的になる。出光興産の創業者である出光佐三も、給与は生活給であるべしとの信念を貫いた。こういう話をすると、頑張っても報われない人が出てモチベーションに影響が出るという批判を受ける。だが、企業が生活費の保障をしているのに、それ以上に金のために働くというような人、出光佐三の言葉を借りれば「黄金の奴隷」となっている人は、企業にとって毒である。それでも金がほしいと言うのであれば、株やFXでもやっていればよい。

 Q10.人事考課はなくすべきか?
 近年、アメリカ企業の中に定期的な人事考課を廃止するところが増えており、日本企業でもそれに倣う動きが見られると言う。だが、人事考課を廃止するのは、社員に対する評価をなくすことではない。半年ないし1年に1回しか上司からフィードバックが受けられない現状を改めて、部下に対しこまめにフィードバックを行うのが、人事考課廃止の狙いである。

 私は、人事考課は廃止すべきではないと考える。理想的な企業とは、自社を取り巻く事業環境の変化に柔軟に対応して、戦略やビジネスモデルを頻繁に変更し、それに伴って業務プロセスや組織を再構築し、人、モノ、カネ、情報といった経営資源を再配置する企業であろう。しかし、環境の変化にあまりに身を委ねてしまうと、自社のビジネスを慎重に設計する営みが阻害されてしまう。端的に言うと、浅い考えになってしまう。だから、環境が激変する時代にあっても、定期的に立ち止まって、じっくりと先を見据えることが必要なのである。戦略や中期経営計画を毎年見直すといった取り組みには、依然として大きな意味がある。戦略などを見直すと、人材をいかに配置するべきかが問題となる。ここで人事考課の結果を活用して、社員の適材適所を実現していく。戦略に周期性がある限り、それと連動する形での人事考課は不可欠である。

カテゴリ: 経営 コメント( 0 )
2017年05月15日

【日本アセアンセンター】ASEANの知的財産権事情(セミナーメモ書き)

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アイデア

 ASEANにおける知的財産権協力の歴史は、1995年のASEAN知的財産協力枠組み条約(知財協力条約)の締結に始まる。同条約の起草過程では、ASEAN地域の中央特許庁、中央商標庁の設立というアイデアが示された。しかし、TRIPS協定の実施が優先課題である中で、一気にASEAN特許庁・同商標庁の設立に動くことへの警戒感が強く、条約ではASEAN特許制度・同商標制度設立の可能性を探求するという文言で決着した。

 1998年に策定されたハノイ行動計画では、2000年までにASEAN特許出願制度・同商標出願制度を導入することが合意され、特に商標については、ASEAN商標出願制度を実現するために、共通出願フォームを完成、実施させることとなった。1998年時点では、少なくとも出願段階において、地域独特の制度を設立するという点で、首脳レベルでの明確な合意があった。

 だが、次第にASEANの方針が変化していく。ASEAN知財行動計画2004-10では、ASEAN商標制度について、ASEANレベルの地域制度と国際出願制度との適切性を比較することが合意された。また、ASEAN特許制度についての言及がなくなった一方、新たにASEAN意匠制度の実現可能性を検討することとされた。さらに、新規加盟を促進するべき条約として、特許協力条約、マドリッド協定、ヘーグ協定が挙げられた。2007年のAECブループリントでは、ASEAN商標制度に代わり、マドリッド協定議定書への加盟を目指すこととされた。ASEAN意匠制度については、その設立を目指すとされたが、ASEAN特許制度への言及はなされなかった。

 ASEAN知財行動計画2011-15では、方針転換がより明確となった。すなわち、2015年までに、①全ASEAN諸国が特許協力条約、マドリッド協定議定書に加盟する、②ASEAN7か国がヘーグ条約に加盟するとの目標が設定された反面、ASEAN特許制度・同商標制度・同意匠制度といった文言が一切使われなくなった。ASEAN特許庁・同商標庁の文言も姿を消した。

 ASEANがASEAN特許制度構想、同商標制度構想を断念した理由は大きく3つある。1つ目は、ASEAN各国の知財制度の差異が挙げられる。ASEAN特許制度構想などが提示された1995年当時、強力な司法制度を有するWTO協定の一つとして、TRIPS協定が発効したばかりであった。ASEAN各国とも、最優先課題はTRIPS協定の実施であり、地域制度を議論する準備が十分にできていなかった。2つ目は、ASEAN企業にとって、ASEAN域内での知的財産権の保護よりも、世界レベルでの保護の方が重要であるという点が指摘できる。ASEAN諸国への出願のみが円滑化されるASEAN特許制度・同商標制度よりも、非ASEAN諸国への出願もカバーされる特許協力条約やマドリッドシステムのメリットの方が大きかった。

 3つ目としては、超国家的な組織に対するASEANの伝統的な警戒感がある。1967年に設立されたASEANが、組織的な根拠となるASEAN憲章を持ったのは2008年に入ってからであった。2015年12月31日には、ASEAN政治・安全保障共同体(ASC)、ASEAN経済共同体(AEC)、ASEAN社会・文化共同体(ASCC)の3つの共同体からなるASEAN共同体が発足したが、EU大統領、EU議会が存在し、ユーロという単一通貨があるEUとは異なり、ASEAN共同体はそこまで深い統合を目指しているわけではない(以上の内容は、石川幸一、助川成也、清水一史『ASEAN経済共同体と日本―巨大統合市場の誕生』〔文真堂、2013年〕より)。

ASEAN経済共同体と日本: 巨大統合市場の誕生ASEAN経済共同体と日本: 巨大統合市場の誕生
石川 幸一 助川 成也 清水 一史

文眞堂 2013-12-13

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 ここからがセミナーの内容。まずは、ASEAN各国の知的財産権関連条約などの加盟状況について。その前に、主要な条約の内容を整理しておく。

 ○パリ条約
 1883年にパリにおいて、特許権、商標権などの工業所有権の保護を目的として、「万国工業所有権保護同盟条約」として作成された条約である。「内国民待遇の原則」、「優先権制度」、「各国工業所有権独立の原則」などについて定めており、これらをパリ条約の三大原則という。

 <内国民待遇の原則>
 パリ条約の同盟国は、工業所有権の保護に関して自国民に現在与えている、または将来与えることがある利益を他の同盟国民にも与えなければならない。また、同盟国民ではない者であっても、いずれかの同盟国に「住所または現実かつ真正の工業上もしくは商業上の営業所」を有する者(準同盟国民)に対しても、同盟国民と同様の保護を与えなければならない。

 <優先権制度>
 いずれかの同盟国において正規の特許、実用新案、意匠、商標の出願をした者は、特許・実用新案については12か月、意匠・商標については6か月間、優先権を有する。優先権期間中に他の同盟国に対して同一内容の出願を行った場合は、当該他の同盟国において新規性、進歩性の判断や先使用権の発生などにつき、第1国出願時に出願したものとして取り扱われる。

 <各国工業所有権独立の原則>
 特許権に関しては、特許権の発生や無効・消滅について各国が他の国に影響されない。商標権に関しては、同盟国の国民が、他の同盟国において登録出願をした商標について、本国で登録出願、登録、存続期間の更新がされていないことを理由として登録が拒絶、無効とされることはない。また、いずれかの同盟国において正規に登録された商標は、本国を含む他の同盟国において登録された商標から独立したものである。

 ○PCT(特許協力条約)
 複数の国において発明の保護(特許)が求められている場合に、各国での発明の保護の取得を簡易かつ一層経済的なものにするための条約である。本条約は、国際出願によって複数の国に特許を出願したのと同様の効果を提供するが、複数の国での特許権を一律に取得することを可能にするものではない。この条約などによって複数の国で特許権を取得したかのような「国際特許」、「世界特許」または「PCT特許」といった表現が使用されることがあるが、世界的規模で単一の手続によって複数の国で特許権を取得できるような制度は、現在のところ存在しない。

 ○ベルヌ条約
 著作権に関する基本条約である。著作権は、著作者による明示的な主張・宣言がなくとも自動的に発生する。条約の締結国においては、著作者は、著作権を享有するために、「登録」や「申し込み」の必要がない。作品が「完成する」、つまり作品が書かれる、記録される、あるいは他の物理的な形となると、著作者はその作品や、その作品から派生した作品について、著作者が明確に否定するか、著作権の保護期間が満了しない限り、直ちに著作権を得ることができる。

 ○マドリッドプロトコル(マドリッド協定議定書)
 商標について、世界知的所有権機関(WIPO)国際事務局が管理する国際登録簿に国際登録を受けることにより、指定締約国においてその保護を確保できることを内容とする条約である。締約国の官庁に商標出願をし、または商標登録がされた名義人は、その出願または登録を基礎に、保護を求める締約国を指定し、本国官庁を通じて国際事務局に国際出願をし、国際登録を受けることにより、指定国官庁が12か月(または、各国の宣言により18か月)以内に拒絶の通報をしない限り、その指定国において商標の保護を確保することができる。

 ◆ASEAN各国の知的財産権関連条約の加盟状況
ASEAN知的財産権関連条約加盟状況

 ASEAN各国の知的財産権法の整備状況は以下の通りである。ミャンマーは最も法整備が遅れている(以前の記事「「ミャンマー・エーヤワディー管区投資誘致セミナー」に行ってきた」を参照)。「△」は不十分ながら法律による一定の保護があることを示す。例えば、ミャンマーには商標法が存在しないが、別の法律で商標について一定の保護が与えられている。

 ◆ASEAN各国の知的財産権法の整備状況
ASEAN知的財産権法制度の状況

 ASEAN各国の知的財産権の出願件数は以下の通りである。

 ◆ASEAN各国の知的財産権出願件数
ASEAN各国の知的財産権出願件数

 ◆ASEAN各国の知的財産権出願件数(特許)
ASEAN各国の知的財産権出願件数(特許)

 ◆ASEAN各国の知的財産権出願件数(商標)
ASEAN各国の知的財産権出願件数(商標)

 ◆ASEAN各国の知的財産権出願件数(意匠)
ASEAN各国の知的財産権出願件数(意匠)

 その他、セミナーで参考になった点をまとめておく。

 ・公報全文が公開されていない国が多い。また、大半の国において現地語でしかアクセスできず、英語での検索機能は限定的である。さらに、国外からはアクセスできないことがある。

 ・知的財産権の審査担当者の審査能力が低く、権利化までに時間がかかる。基本的には、他国の登録査定を提出しないと登録査定を得られない。先に日本やアメリカなどで登録査定を獲得し、その資料を提出するとようやく審査が進行するというのが現状である。

 ・商標については、冒認出願(ある国で有名な商標について、海外の第三者が勝手にその国で商標出願し、権利を取得すること、など)への対策が必要である。冒認出願に対しては、真の商標権者による取消請求を法定している国も多いものの、期間には制限がある(概ね、登録から5年が目安)。一度冒認出願が登録されてしまうと、取消手続きが煩雑な上、費用もかかる。先に出願するのと、冒認出願を取り消すのとでは、費用が2桁違う。中国で「クレヨンしんちゃん」が冒認出願され登録されているが、この取消には7,000万円ほどかかると言われている。

 ・営業秘密については、それを保護する法律がASEAN各国に存在する。しかし、現実的には、営業秘密の保護は非常に難しいと言わざるを得ない。何が営業秘密に該当するのか契約書に明記しなければならないのだが、どうしても抜け漏れが発生する。

 ちなみに、日本でも営業秘密を保護することは困難である。営業秘密として認められるには、秘密管理性、有用性、非公知性という3要件を満たす必要がある。だが、裁判で秘密管理性が認められるケースは非常に少ない。例えば、企業の顧客情報がサーバから抜き取られて漏洩した場合、サーバへのアクセス権限は厳重に管理されていたか、サーバへのアクセスログは管理されていたか、サーバの情報をローカルPCに落とすことができないようになっていたか、ローカルPCからUSBへのデータ転送が禁止されていたか、サーバルームへの入退室は必要最小限の人に限定されていたか、サーバルームへの入退室記録は存在したか、などが問われる。

 ・ASEANにおいては、まずは審査官にとって解りやすい権利を取得し、権利侵害があった場合には刑事事件により解決するのがベストである。民事事件は数年かかるのに対し、刑事事件が費用が安く、早期に解決することが多い。また、刑事手続きであっても、被害に対する経済的補償の請求が可能な場合がある。一方、長期的に技術保護を図る場合には、特許出願しかない。PCT出願を利用して他国で権利化した後、ASEAN各国で権利化を行うことになる。

2017年05月12日

【東京商工会議所】メコン5か国の会社法および投資法徹底比較―近年の改正状況を踏まえて(セミナーメモ書き)

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アンコールワット
 
 東京商工会議所のセミナーに参加してきた。講師は大江橋法律事務所の弁護士。
 
 【Ⅰ.メコン各国の会社法】
 (1)会社法施行・改正状況
タイ  非公開会社については、1925年施行の民商法という非常に古い法律しかない。公開会社については、公開会社法(1992年施行)が適用される。いずれも、過去に大きな改正は行われていない。社外取締役に関する規定は上場企業にのみ適用される。株主代表訴訟については、制度自体は存在するものの、実際には行われていない。多重代表訴訟に関しては、法律そのものが存在しない。
ベトナム  2005年に統一企業法が施行された。2014年に改正され、2015年7月より改正企業法が施行されている。
ミャンマー  1914年にインド法を継受した会社法が施行され、100年近くほとんど改正されていなかった。2017年3月、改正会社法が次の議会に提出されることが判明した(倒産、清算、買収などについては、今後改正予定)。
カンボジア  2005年に会社法が施行され、その後大きな改正はない。2016年より、オンラインによる商業登記制度がスタートしている。
ラオス  2014年に会社法が施行されている。

 (2)外国企業とされる要件
 ラオスを除いて各国とも、「出資比率」ベースで判断される。「議決権」ベースではない。よって、出資比率上は内資企業でありながら、外国企業が経営権を握るために、種類株式を使用することがある。具体的には、例えばタイにおいて出資比率は50%未満だが、議決権を日本:タイ=2:1などとすることで、議決権ベースでは外国企業がマジョリティとなり得る。
タイ  50%以上の出資比率。なお、土地法上では49%超と規定されており、両法律の間に齟齬がある点に注意が必要である。
ベトナム  51%以上の出資比率。
ミャンマー  従来は1株でも外資が保有していると外国企業と見なされた。改正法により、35%以上となる予定。
カンボジア  51%以上の出資比率。
ラオス  一般的な定義規定がない(合弁会社の場合、外国企業の最低出資比率は資本金の10%以上と定められている)。

 (3)株主の最低数
タイ  非公開会社は3名以上、公開会社は15名以上。設立時の発起人には自然人しかなれないことに注意が必要である。
ベトナム  1名有限責任会社は1名、複数社員有限責任会社は2名以上50名以下、株式会社は3名以上。
ミャンマー  2名以上が必要であったが、改正法により単独株主が認められる予定
カンボジア  非公開会社は1名以上、公開会社は2名以上。
ラオス  有限責任会社は1名以上30名以下、公開会社は9名以上。

 (4)株主総会の決議要件など
タイ  普通決議は出席株主の議決権の過半数、特別決議は4分の3以上。デフォルトとして、「1人1議決権」だが、通常は定款で修正する。
ベトナム  株式会社の普通決議は、出席株主の議決権の51%以上、特別決議は65%以上(定款に定める必要がある)(ちなみに、旧会社法では、普通決議でも65%以上であった)。
ミャンマー  普通決議は出席株主の議決権の過半数、特別決議は4分の3以上。改正法により、「特殊決議」が廃止される予定。
カンボジア  普通決議は出席株主の議決権の過半数、特別決議は3分の2以上。
ラオス  普通決議は出席株主の議決権の過半数、特別決議は3分の2以上(定足数が80%以上)。

 (5)取締役の最低人数・居住要件など
タイ  非公開会社は1名以上、公開会社は5名以上。非公開会社では国籍・居住要件がないのが建前となっている。実際には、土地・建物に対する投資を含む案件の場合、日本人取締役が多いと土地局による手続きが遅くなると言われている。
ベトナム  株式会社では3名以上11名以下。法定代表者のうち1名はベトナムに居住する必要がある。
ミャンマー  最低2名以上必要と解釈されてきたが、改正法により1名以上と明記される予定。また、最低1名はミャンマーに居住する必要があると規定される見込み。
カンボジア  非公開会社は1名以上、公開会社は3名以上。国籍・居住要件なし。
ラオス  非公開会社は1名以上、公開会社は9名以上。国籍・居住要件なし。

 (6)取締役会の開催方法・頻度など
タイ  2016年9月の通達により、電話・テレビ会議の要件が明確化された(国外開催は不可であり、参加者は全員タイにいなければならない)。また、書面決議も禁止された。開催頻度については定めがない。
ベトナム  オンライン会議、郵便・電子メールなどによる投票が可能である。また、取締役会は最低3か月に1回開催する。
ミャンマー  書面決議、電話・テレビ会議は、定款に定めることで有効となる。
カンボジア  書面決議、電話・テレビ会議は有効と解釈されている(定款の定めが必要)。また、取締役会は最低3か月に1回開催する。
ラオス  電話・テレビ会議は有効と解釈されている(定款の定めが必要)。

 (7)署名権限者
 基本的に代表取締役という概念がない。唯一、ベトナムの「法定代表者」がそれに相当。
タイ  会社のために署名権限を有する取締役を登記する必要がある。複数人を指名して共同署名を求めることも可能である。
ベトナム  法定代表者を複数設置することができる。ただし、そのうち最低1名はベトナムに居住していなければならない。
ミャンマー  実務上、Managing Directorに対外的な署名権限があると解釈されてきた。Managing Directorが日本の代表取締役に相当し、取締役会が委任状を提出するという運用を行ってきた。改正法により、取締役2名の署名による契約締結が可能となる予定。ただし、実務上は引き続き取締役会が署名人に委任状を提出することになる見込みである。
カンボジア  定款などで署名権限者を定めることが可能である。
ラオス  署名権限者(General Director)を定めることが可能である。

 (8)監査役の要件
 日本のように取締役の業務監査まで行う監査役は存在せず、会計監査のみを担当する。
タイ  会計監査人の選任が義務づけられている。
ベトナム  監査役会の設置が原則だが、独立取締役が20%以上の場合に、内部会計監査委員会の設置による代替が認められている。ベトナムの監査役は例外的に業務監査も行う。
ミャンマー  会計監査人の選任が義務づけられている。
カンボジア  原則として、監査役の設置が義務づけられているが、非公開会社では総会決議を経て設置しないことも可能である(ただし、総会決議を経ずに設置していない会社も多い)。
ラオス  一定額以下の総資産の有限会社は、監査役の設置は任意だが、それ以外の会社は設置義務がある。

 (9)株式譲渡手続き(主に譲渡制限)
 M&Aの選択肢が乏しく、株式譲渡が一般的である。
タイ  非公開会社でも、定款に定めがない限り、譲渡制限はない(通常は、定款で譲渡制限をかける)。公開会社では、強制的公開買い付けの対象となる場合がある。
ベトナム  非公開会社でも、定款に定めがない限り、譲渡制限はない。
 外資比率が51%以上になる場合は、計画投資局に事前登録(M&A登録手続)を行う。また、発起人の株式は3年間譲渡制限がかかる。
ミャンマー  ミャンマーから外国人に対する株式譲渡は現状認められていないが、改正法により解禁される予定。非公開会社については、譲渡制限がある。
カンボジア  私的有限責任会社では譲渡制限があり、株式を譲渡する場合は、株主総会の普通決議による承認が必要。
ラオス  譲渡制限なし。

 (10)株式譲渡以外のM&A手法
タイ  事業譲渡(全部譲渡をして、残った会社は清算する。残存会社は時価ではなく簿価で評価されるため、税制上優遇される)。非公開会社の場合、第三者に直接割り当てる新株発行は不可である。
ベトナム  事業譲渡または新株発行(既存株主に新株引受権あり)。
ミャンマー  事業譲渡または新株発行(外国人に対する割り当ては認められていなかったが、法改正により解禁される予定)。
カンボジア  事業譲渡または新株発行(既存株主に新株引受権なし)。
ラオス  事業譲渡または新株発行(既存株主に新株引受権あり)。

 【2.メコン各国の投資法】
 (1)外資規制
タイ  外国人事業法に基づき、次の3種類43業種については、外国企業の参入が規制されている。①外国企業による参入禁止業種(新聞、放送、土地取引など)、②国家安全保障または文化・伝統・環境などに影響を及ぼす業種、③産業競争力が不十分な業種(小規模な小売業・卸売業、その他サービス業)
 ②③は規制されているものの、事業許可を取得すれば進出できる。ただし、アンチノミニー規制が厳しく、ノミニーを使って内資企業に見せかけようとすると罰せられる。
ベトナム  新投資法に基づき、次の事業については、外国企業の参入が規制されている。①投資禁止事業(麻薬物質などに関する事業、人身売買など)、②条件付投資事業(銀行、保険、物流事業、不動産事業など合計267業種)
 公開会社に対する100%外資出資が可能になったが、ロジスティクス分野や通信分野といった一部の業種については、まだ外資100%による会社設立が認められていない。
ミャンマー  従来は、外国投資法およびミャンマー投資委員会(MIC)の公表する通知などによって、外資参入が禁止される事業、合弁強制事業や外資出資比率などが規定され、非常に複雑だった。新投資法により外資規制が明確化される予定。2017年2月に公表されたドラフトでは、136業種が規制の対象となっている。
カンボジア  外資規制が非常に緩く、多くの業種で外資100%による進出が可能である。
ラオス  外資規制として、①禁止事業、②規制事業、③外国企業に対する資本金・出資比率の条件がある事業(卸売・小売、運輸など)、④外資参入禁止事業が存在する。

 (2)投資奨励措置
タイ  業種を6つ(A1からA4、B1からB2)に分け、その重要度に応じて法人税免除などの恩典が与えられる。また、投資対象の活動内容(研究開発や教育など)に応じても、恩典が与えられる。さらに、工業団地公社法に基づく恩典制度も存在する。
ベトナム  新投資法により、投資優遇対象を拡大。また、投資奨励分野、投資奨励地域を明記した。
ミャンマー  2017年4月に改正投資法が施行され、外国投資法と内国民投資法が統合された。投資許可(MIC許可)と投資優遇措置(MIC承認)が区別される。これにより、MIC許可がなくても、長期の土地賃貸借(外資は原則として1年のリースだが、それを50~70年に延長することができる)といった優遇措置を受けられるようになる。また、国土をその発展段階から3段階のゾーンに分け、3年、5年、7年の税制優遇措置を与えるゾーン制が導入される。さらに、経済特区法が別途存在する。
カンボジア  業種および(一定の場合に)最低投資金額に応じて、適格投資プロジェクトとして認可を受け、投資優遇措置を受けることができる。
ラオス  業種、ゾーン別の投資奨励措置がある。投資奨励法の改正作業が進行中であり、その詳細は未定だが、近代技術や教育などの活動内容に応じた投資優遇措置が導入される予定である。



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