このカテゴリの記事
DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要
【事業承継の方法】中小企業が事業承継をする9つのステップ
DHBR2018年9月号『発想するチーム』―トップマネジメントチームにしかできない7つの仕事(2)

お問い合わせ
お問い合わせ
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
所属組織など
◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)


Top > 経営 アーカイブ
2018年09月14日

DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要


DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年10月号 [雑誌] DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年10月号 [雑誌] DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2018-09-10

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 「競争戦略より大切なこと」という特集でありながら、競争戦略論の大家であるマイケル・ポーターの論文「『何をすべきか』、そして『何をすべきでないか』 戦略の本質」という論文を再掲し、それに対して、「いやいや、競争戦略やポジショニングよりも業務効果(オペレーショナル・エクセレンス)が重要だ」と主張する論文「1万2000社超の大規模調査が明かす 競争戦略より大切なこと」(ラファエラ・サドゥン、ニコラス・ブルーム、ジョン・ヴァン・リーネン)を載せて、結局は「戦略もオペレーションもどちらも大事である」という、至極まっとうなことを述べた「強い会社が持つ4つの要因 『学習優位』の競争戦略」(名和高司)という論文から構成される特集である。

 そもそも、ポーターが競争戦略論を提唱したのは、次の理由による。縦軸に「買い手に提供された価格以外の価値」、横軸に「相対的に見たコストポジション」を取ってグラフを描くと、生産性の限界線ができるのだが、この曲線の内部に位置する間は、品質と低コストの両方を同時に追求することが可能であった。1980年代に日本の自動車業界が競争力を持ったのはこのためである。ところが、生産性が向上し、生産性の限界線上に位置するようになると、品質と低コストの二兎追いが難しくなる。両者はトレードオフの関係になる。だからポーターは、品質を追求する差別化戦略か、低コストを追求する価格戦略のどちらかしか企業は採用できないと主張したわけである(もう1つのニッチ戦略と合わせて、ポーターの3つの基本戦略と呼ばれる)。

 だが、私が思うに、生産性の限界線は固定的ではない。企業が成長し、多様な顧客を取り込み、様々な製品・サービスを取り扱うようになると、企業活動は複雑性を増す。その分、生産性を向上させる余地が生まれる。つまり、生産性の限界線は右上へとシフトする。もちろん、企業も生産性向上の努力をするものの、それ以上のスピードで生産性の限界性は右上へと移動していく。その結果、企業は未だに生産性の限界性の内側に取り残される。だから、品質と低コストの両方を追求することは可能である。いやむしろ、昨今の競争環境の厳しさを考えれば、両方を徹底的に追求し、遠ざかる生産性の限界線に追いつかなければならない。この点で、オペレーション重視の伝統は死んでいない(むしろ、ますます重要になっている)と言える。

 とはいえ、企業はオペレーションだけを一生懸命磨いていればよいというわけではない。ブログ別館の記事「ゲイリー・ハメル『リーディング・ザ・レボリューション』―イノベーション=自己否定ができない人間をトップに据えてはいけない」で書いたように、イノベーションの脅威があるからだ。私はアンゾフの成長ベクトルを拡張して、①非顧客に着目して既存製品・サービスの新しい使い道を発掘する「新市場開拓戦略」、②全く新しい市場に全く新しい製品・サービスを供給する「完全なるイノベーション戦略」、③代替品や破壊的イノベーションなど、既存の産業・市場構造を抜本的に刷新する「代替品戦略」という3種類のイノベーションを想定している。

 このうち、「新市場開拓戦略」と「完全なるイノベーション戦略」は、新しい市場を追加するものであるから、既存事業にとっての脅威は(ないとは言わないが)それほど大きくない。怖いのは「代替品戦略」である。というのも、代替品は既存事業を完全に吹き飛ばす威力を持っているからだ。そして、これだけ社会が成熟してくると、完全に新しい需要を一から生み出すことは非常に難しく、イノベーションの大部分は代替品戦略になると予測される。経営陣は自社の既存事業を潰さないように、代替品戦略というイノベーションを先取りしなければならない。これは、ブログ別館の記事「河合忠彦『戦略的組織革新―シャープ・ソニー・松下電器の比較』―3社のその後の命運を分けた要因に関する一考察」で書いた「包括的戦略」に該当する。

 経営陣は包括的戦略を主導する。現在の経営陣は、既存事業で成功したから現在の地位があるわけであって、過去の成功を自ら否定することには後ろ向きになる。だが、イノベーションの脅威に目をつぶった結果自社を苦境に陥れて経営責任を取るはめになるならば、裏を返せば、イノベーションを先取りして自社の事業を革新することも経営責任だと言えるはずだ。

 経営陣はまず、新しいミッション、ビジョン、価値観を掲げる。そして、それらに基づく新しい製品・サービスコンセプトを構想する。その上で、その製品・サービスを顧客に提供するためのビジネスエコシステム(生態系)を設計する。近年は、自社の利益を中心に据えたビジネスモデルという言葉よりも、多様なパートナーと一体となって顧客価値を提供するという点を重視して、ビジネスエコシステムという言葉が使われる。ビジネスエコシステムは、複雑な顧客価値を企業が単独で提供することが難しく、他社との協業が不可欠であるという前提に立っている。とりわけ今後重要になるのが、異業種との連携である。過去の代替品によるイノベーションを見ると解るように、代替品は予期せぬ異業種からやってくる。据え置きゲーム機、CD、DVD、メール、デジカメ、書籍、漫画、雑誌、クレジットカードなどは、スマートフォンという異業種によって破壊された。だから、異業種からの参入には、異業種との連携で対抗するのが効果的である。

 また、ビジネスエコシステムでもう1つ重要になるのが、競合他社との連携である。ポーターの競争戦略論は、競合他社を叩くことを主眼に置いている。本号に収録されている論文はポジショニングに関するものであったため、競合他社叩きは影を潜めていたものの、ポーターの大著『競争の戦略』は、有名なファイブ・フォーシズ・モデルを用いて、いかにして業界内で自社のパワーを保ち、競合他社を排撃するかについて多くのページを割いている。しかし、そのようなやり方はもう時代に合わなくなってきているということであろう。

競争の戦略競争の戦略
M.E. ポーター 土岐 坤

ダイヤモンド社 1995-03-16

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 ブログ本館の記事「岸見一郎、古賀史健『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』―現代マネジメントへの挑戦状」で、アドラーは垂直的な競争を否定し、各々がそれぞれのやり方で前に向かっていくような水平関係を構築しなければならないと主張していることを書いた。私はこの意味をまだ十分に咀嚼できていないのだが、1つの解釈として次のような見方が成立すると考える。以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で書いたように、日本企業が強いのは、右下の「必需品である&製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoC)・事業(BtoB)に与えるリスクが大きい」という<象限②>である。

 この象限は必需品であるから、何としてでも全ての顧客のニーズを満たさなければならない。しかも、顧客のニーズは多様化かつ高度化している。すると、どの企業も単独では個別の顧客のニーズに完全には対応できない恐れがある。一方で、各企業には、長年にわたって獲得された精緻で微細かつ多彩な組織能力が蓄積されている。自社のターゲット顧客でありながら自社の組織能力では十分に対応できない場合は、競合他社の組織能力の一部を借りる。逆に、他社のターゲット顧客でありながらその企業の組織能力では十分に対応できない場合は、自社の組織能力の一部を提供する。こうして、競合他社間で細かく組織能力を調整し、市場の全顧客のニーズに応える。これが競合他社との連携の1つのあり方ではないかと考える。

 ビジネスエコシステムの設計の後には、研究開発・製品開発チームの編成、ビジネスプロセス・組織体制の見直し、人材育成の実施、評価制度の再構築などが続く。(外部のコンサルタントである私が言うことではないが、)外部のコンサルタントにこうした一連の経営改革の支援を依頼すると、論理的には筋の通った案を作成してくれる。ただ、注意しなければならないのは、製品・サービスコンセプト、ビジネスエコシステム、研究開発・製品開発チーム、ビジネスプロセス、組織体制、人材育成、評価制度に、自社の新しい価値観を丁寧に織り込んでいくという情理面の作業が欠かせないということである。これを怠ると、頭では理解できるが気持ちがついていかないという改革になって、最悪の場合改革が計画倒れになってしまう。

 イノベーションに関してよく問題になるのが、「イノベーションの組織を既存事業と分けるべきか?」という点である。イノベーションはすぐに成果が出ない。それに、既存事業とは異なる仕事のやり方が求められる。よって、既存事業と同じマネジメントを適用したり、同じ業績指標で評価したりするとすぐに潰れてしまう。だから、イノベーションの組織は既存事業から分けるべきだというのが一般論である。古くはピーター・ドラッカーがそのように主張していたし、破壊的イノベーションを提唱したクレイトン・クリステンセンもドラッカーを支持していた。

 この点に関しては、以前の記事「『イノベーションのジレンマ(DHBR2016年9月号)』―イノベーションの組織は既存組織と分けるべきか否か?」で論じたことがある。先ほど挙げた3つのイノベーションの類型のうち、①新市場開拓戦略は、既存事業の延長線上に新市場を創造するから組織を分けない方がよい、②完全なるイノベーション戦略は、既存事業とは全く異なることを行うから組織を分けた方がよい、③代替品戦略は、既存事業にとって脅威となり、既存事業から妨害を受ける恐れがあるから組織を分けた方がよい、というのが当時の結論であった。今、この記事で中心的に取り上げているのは代替品戦略であるから、それに絞って話を進めると、果たして組織を分けた方がよいのかどうか、最近は私の中で考えが揺れている。

 というのも、仮に代替品戦略が成功して既存事業がお払い箱になった場合、既存事業の社員を簡単に捨て去ってよいのかという疑問が生じるからである。よく考えてみると、既存事業と代替品は完全なる対立関係にあるとは限らない。既存事業の社員は、顧客が代替品へとシフトすることを支援することもできる。よって、両方の組織を分けずに、代替品の浸透に伴って、徐々に既存事業の社員を代替品事業へと移行するという手もあるのではないかと思うようになった。もっとも、代替品の普及スピードなど様々な要因に左右されるため、代替品戦略だからといって既存事業と組織を分ける/分けないと杓子定規に決められる問題でもないのが難しい。

 もう1つ、イノベーションに関する論点としてよく挙がるのが、「イノベーションはアジャイルで完成できるのか?」というものである(本号には、アジャイルに関する論文もあった)。個人的には、イノベーションにアジャイルを適用することには懐疑的である。とりわけ、日本企業が強い<象限②>は、モジュール化が進んだとはいえ、未だに擦り合わせがものを言う。だから、部分的なアジャイルの導入はできても、完全なるアジャイルは難しいと考える。そもそも、アジャイルは、製品・サービスを完結したモジュールやコンポーネントに分解し、開発者は自分が担当するコンポーネントの完成に集中すればよいという考え方である。その意味で自己実現的であり、誤解を恐れずに言えば自己満足的、利己的である。しかし、日本人の強みは利他的であることとチームワーク重視である。アジャイルの原則は日本人の精神と相容れないように感じる。

 話は変わるが、現在経済産業省は、日本企業の競争力を回復・強化するために、あらゆる産業で合併・経営統合を進めている。だが、私はあまり好ましい傾向だとは思わない。経産省は、企業が合併すれば経営が合理化されてコスト減につながると安易に考えている節がある。しかし、マーク・L・シロワー『シナジー・トラップ―なぜM&Aゲームに勝てないのか』(プレンティスホール出版、1998年)を読めば解るように、シナジー効果というのはそう簡単には表れない。まして日本の場合、企業同士が大きすぎて合併することが難しく、持ち株会社を作って経営だけを統合し、傘下の企業には独立運営を認めるというパターンが多い。この場合、コスト減などのシナジー効果はかなり限定されてしまうと考えた方がよい。

シナジー・トラップ―なぜM&Aゲームに勝てないのか (トッパンのビジネス経営書シリーズ)シナジー・トラップ―なぜM&Aゲームに勝てないのか (トッパンのビジネス経営書シリーズ)
マーク・L. シロワー Mark L. Sirower

プレンティスホール出版 1998-06

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 最も危険なのは、産業の川上に位置する企業を合併・経営統合することである。川上の企業は川下の企業に比べて取り扱っている製品が少ないから、合併・経営統合すればスケールメリットが得られると思われがちである。だが、川上の企業が合併・経営統合されると、実は、川下の企業の戦略が同質化する。解りやすい例で言うと、近年食品メーカーが季節ごとに発表する新製品が似たり寄ったりになっている。ある年はどのメーカーもイチゴを使った製品を出し、ある年はどのメーカーも梨を使った製品を出す。これは、食品産業における川上の企業が集約化されているためである。市場の多様なニーズに対応し、川下の企業が幅広い戦略的ポジショニングを取れるようにするためには、川上の企業こそバラエティに富んでいなければならない。川下の企業は、川上の企業の独自性あふれる製品を活かして、競合他社と差別化された製品を作る。だから、川上の企業を集約するなどというのは禁じ手である。

 経産省は、縮小する国内市場を埋め合わせる形で、合併や経営統合によって海外の需要を取り込もうと息巻いている。しかし、海外の需要を獲得するということは、その分だけ現地国企業の売上を奪うことでもある。私は経済音痴なのでまたおかしなことを言っていると思われるかもしれないが、これは新しい経済植民主義とでも呼ぶべき現象である。日本は世界各国から評価されているから、日本企業の進出は海外で諸手を挙げて歓迎されると思ったら大間違いである。どの国も、最初に考えるのは自国民の雇用を確保することである。よって、新興国をはじめ、外資企業の参入を規制している国は決して少なくない。

 日本の人口が減少するということは、需要も減るが供給も減る。経産省がなすべきことは、いつまでも成長神話にとらわれて企業を合併・経営統合し、企業を巨大化させることではなく、逆に、減少する需要に合わせて供給力を調整することである。とはいえ、その過程で余剰の人員はどうしても発生する。しかし、幸いにも新しい産業が生まれているし、人手不足の産業も存在する。余剰人員をこれらの産業にシフトさせるよう、職業訓練を施したり、セーフティーネットを整備したりすることこそ、経産省に求められる仕事である。

 最後に、経産省の仕事についてもう1つ注文をつけておく。経産省の仕事は、産業・企業に介入することだと思われている。だが、私が本ブログで何度か示している日本社会の多重構造「神⇒天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/NPO⇒学校⇒家庭(国民)」という図式に従えば、行政府の一部である経産省がまず介入するべきは市場/社会である。つまり、有限の資源を上手に分け合って国民が物質的・精神的に恵まれた生活を送るために、よき消費者/市民として振る舞うよう導かなければならない。先ほどの構図は、階層構造の上に行けば行くほど利他的でなければならず責任が伴い、下に行けば行くほど利己心が許され自由が認められることも示している。「市場/社会」は階層構造のちょうど中間に位置し、利己心/自由とともに利他心/責任も要求される。顧客は神様だから、また自由市場経済だから、消費者は自由に振る舞ってよいとは私は考えない。消費者/市民には一定の社会性が要求される。

 かつて経産省は、大型スーパーの台頭に伴って、「安く、早く、高品質のものを購入するのが賢い消費者」というイメージを国民に吹き込んだ。その結果、企業は過度な価格競争に巻き込まれ、高品質への対応に苦慮し、モンスターペアレントに手を焼くことになった。消費者が勝手気ままに企業に要求を突きつける⇒業績が悪化した企業は社員の給与を下げる⇒社員が消費者側の立場になった時に苦しい生活を強いられ、暴走する⇒企業はさらに社員の給与を引き下げる⇒社員は消費者となった時にもっと暴徒化する―現在起きているのはこうした悪循環である。経産省はこの悪循環を断ち切る新しい消費者/市民像を提示しなければならない。例えば、製品・サービスの価値を正しく評価する、価値に見合う価格を支払う、1人の人間として道徳的・倫理的に行動する、企業のCSRを意識する、ほしい製品・サービスがない時は我慢するなどといった像である。経済産業省は、市場経済省などと名前を改めた方がよいと思う。


2018年09月07日

【事業承継の方法】中小企業が事業承継をする9つのステップ


事業承継・バトンタッチ

 ざっくりとした数字遊びになるが、現在日本には約380万社(個人事業主を含む)の企業が存在する。うち、毎年の廃業率は5%前後であるから、毎年約19万社が市場から退出していることになる。これは、東京商工リサーチ「2017年「休廃業・解散企業」動向調査」が発表している休廃業・解散企業数=28,142社(2017年)を大きく上回る。というのも、東京商工リサーチの数字には、同社が保有するデータベースに登録されていない個人事業主などが含まれていないからだ。実際、中小企業庁『2014年度版中小企業白書』を見ると、廃業者の9割は個人事業主である。廃業の理由には色々あって、「自分自身の年齢・体力の問題」、「業績不振」、「元々自分の代で閉めようと思っていた」などが挙げられるが、白書のデータによると「後継者(事業承継)の見通しが立たない」が4.2%を占めている。つまり、先ほどの19万社のうち、4.2%にあたる約8,000社は、事業承継が上手くいかないせいで廃業しているのである。

 ここからは究極の数字遊びだが、この8,000社は、自分の代で事業を閉めようと考えていたような個人事業主とは違って、それなりの規模がある中小企業が大半であると推測する。仮に、その平均社員数を30人としよう。すると、8,000社の廃業によって、1年間で24万人の雇用が失われる。また、計算を単純化するために、その企業が生み出す付加価値(GDP)が人件費総額に等しいと仮定し、社員1人あたりの平均人件費が年間300万円だとすると、1年間で7,200億円のGDPが失われることになる。10年換算すれば、240万人の雇用と、7.2兆円のGDPが失われる計算である。中小企業庁が「2025年頃までの10年間累計で約650万人の雇用と約22兆円の国内総生産(GDP)を失う可能性がある」(日刊工業新聞、2017年9月27日)と予測しているのは私は大げさだと思うものの、年間24万人の雇用と7,200億円の付加価値が失われることになれば、毎年小さめの産業が1つずつ丸ごと吹っ飛ぶのと同じぐらいである。

 だから、事業承継は喫緊の課題である。多くの中小企業は、事業承継の問題をずっと先延ばしにしてきた。その結果、この20年で経営者年齢の山は47歳から66歳へと移動した。経営者の平均年齢は67~70歳と言われるから、事業承継のために残された時間はもう限られている。事業承継に関しては、中小企業庁が「経営者のための事業承継マニュアル」を公表している。今回の記事では、このマニュアルを下敷きにしながら、私が考える事業承継の9ステップを整理してみたいと思う。なお、事業承継の手段の1つとしてM&Aがあるが、私自身はM&Aに詳しくないし、中小企業のM&A市場はだんだんと盛り上がりつつあるも未だに規模としては小さいため、今回の記事では通常の事業承継のパターンを取り上げる。

 (1)後継者、後継時期をえいやで決める。
事業承継計画表

 事業承継を始めるにあたっては、上記のような「事業承継計画表」を作成することが出発点となる。向こう10年程度の目標売上高・営業利益を記入するとともに、現経営者はいつ引退するのか、後継者はいつ経営を引き継ぐのかというマイルストーンを設定する。そして、後継者の引継ぎ時期に焦点を合わせて、後継者の経営能力をどのように養成するのか計画を立てる。さらに、現経営者の引退時期に向かって、現経営者が保有している株式などの資産を徐々に後継者に委譲するためのスケジュールを立てる。

 まず何よりも大事なのは、後継者と後継時期をえいやで決めてしまうことである。以前、ブログ別館「小島規彰『会社を継ぐあなたが知っておくべき事業承継 そのプロセスとノウハウ』―5年で事業承継を完了させるパッケージの必要性」という記事を書いて、同書では30代で経営者の資質を持っている親族を自社に入社させ、10~15年かけてじっくりと育成する方法を述べていたことに対して、それではとても間に合わないと嚙みついたことがある。

 前述の通り、中小企業にとって、事業承継のために残されている時間は少ない。せいぜい5年が限度であろう。だから、現経営者の引退時期は5年後と強制的に設定してしまう。また、時間に余裕があれば、経営者の資質を持った人材を幅広く検討することも可能であろうが、今の中小企業にはそれすらもできない。さすがに誰でもいいというわけにはいかないものの、この人なら何とか経営者が務まりそうだという人がいれば、すぐにその人を後継者に指名することにしよう。後は、「地位が人を育てる」という言葉を信じるしかない。

 (2)ミッション・ビジョン・価値観を明文化する。
 事業承継という言葉は若干語弊がある。承継するのは事業だけではない。事業を束ねる経営を承継するのである。だから、正確には経営承継と呼ぶべきである。そして、その経営の骨格をなしているのがミッション・ビジョン・価値観である。ミッションとは自社の社会的使命である。自社がなぜこの世にあるのか、その存在理由を明らかにするものである。ビジョンとは、ミッションを解りやすく言い換えたものである。自社の製品・サービスを使う顧客はどのような気持ちになり、どんな生活を送っているのか、その顧客を支える社員はどんな働きぶりをしているのか、取引先とはどのような協調関係を結んでいるのなど、それを聞けばまるで事業の中身が目の前に映像として浮かぶほど具体化されたものがビジョンである。価値観とは、ミッションやビジョンを達成するために、自社として順守すべき判断基準や行動様式のことを指す。

 現経営者が長年社長を務めている間に、こうしたミッション・ビジョン・価値観が曖昧になってしまうケースというのは多い。また、現経営者が創業者の場合は、ミッションなどが現経営者の頭の中だけにしか存在していないということもある。事業(経営)承継にあたっては、ミッションなどを明文化し、後継者に伝承することが重要である。言うまでもないことだが、ミッションなどは、現在の自社の主力事業や業務内容と整合性が取れていなければならない。中途半端なミッションを掲げると、先日の記事「【中小企業診断士】私が独立診断士として失敗した5つの原因」で書いたように、私と同じような失敗をしでかすことになる。

 (3)承継する資産と承継しない資産を峻別する。
 事業承継で承継する資産には、大きく分けると「知的資産」と「個人資産」がある。知的資産とは、製品・サービス、顧客情報をはじめとする情報資産、顧客や取引先との信用、コア・コンピタンス、コア・ケイパビリティ、事業のノウハウ、特許をはじめとする知的財産権などがある。これらのうち、次の世代にも活かすべき資産と、事業承継を機に切り捨てる資産とを区別することが大切である。そのためには、自社の戦略をもう一度よく見直してみるとよい。これは言ってみれば、引っ越しの際に、いる物といらない物を分別するようなものである。

 「個人資産」には、現経営者が保有している株式、現経営者が自社に貸与・供与している土地・建物などの資産、貸付金などがある。これらの資産をどうするかについては、私よりも税理士や公認会計士の方がよっぽど詳しい。贈与税・相続税対策、種類株式の導入、信託の活用、事業承継税制の利用など、様々な道があるので、専門家に相談することをお勧めする。

 (4)後継者に業務改善を行わせる。
 ここからは後継者の育成に入る。と言っても、事業承継までに残されている時間は5年ほどしかない。この5年で、経営者として必要な能力を相当程度習得する必要がある。また、後継者はすぐさま社内から歓迎されるとは限らない。突然入社してきた親族や外部の第三者が後継者である場合はなおさらだ。この人は本当に経営者にふさわしいのかを周囲の社員は厳しい目で見ている。彼らを納得させるために、後継者には結果が求められる。しかし、いきなり大きな成果を出すことは難しい。私は、後継者が経営者として必要な能力を幅広く身につけ、社員から認められるようになるには、3段階の改革を行うことが望ましいのではないかと考える。

 まずは、後継者を部長クラスで特定の部門に配属し、すぐに成果が出やすい業務改善に着手させる。後継者にとっては、自社の業務をよく理解し、社員ともコミュニケーションを取るよい機会になる。注意すべきは、あまりに抜本的な業務改革をしてはならないということである。社員の残業代が減ったり、まして人減らしにつながったりするような改革は、かえって社員の反感を買う。中小企業はマンパワーが不足している割に複雑な業務フローになっていて、社員に過度な負荷がかかっていることが多い。ここでの業務改善の目的は、その業務フローを整理し、社員を楽にしてあげることである。そうすれば、社員は「この後継者は自分たちによく配慮してくれる」と思い、味方になってくれるに違いない。この業務改善には2年ほどの時間を使う。
 
 (5)後継者に新規顧客の開拓をやらせる。
 部長として一定の成果を出すことができれば、後継者を取締役専務などに昇格させ、次の改革に着手させる。とりわけ中小企業の経営者に期待されるのは営業である。トップセールスができることである。だから、後継者には、新規顧客の開拓をやらせる。その際、業績があまり芳しくない部門に配属させて、修羅場を経験させるとよいかもしれない(本当に業績が芳しくない部門は、(3)の段階で整理の対象になっているから不適切である)。

 この改革には3年ほどを使う。単に後継者が新規顧客を開拓できるようになるだけではなく、そのノウハウを社員とも共有し、社員をトレーニングする。場合によっては、従来の営業スタイルを改め、営業ツールや社内ルールを見直し、販促やプロモーションのやり方も変える。ここまでを3年間で行う。本当は、事業承継までの5年間で3回の改革を行って、万全の状態で経営者となるのが理想である。だが、いかんせん時間が5年と限られていることから、承継前に実行できる改革は2回が限度となる。残りの1回は後述するように、事業承継後に実施する。

 (6)新社長はミッション・ビジョン・価値観を自分の言葉で再定義する。
 (4)(5)で結果を出し、晴れて新社長となった後継者がまずやるべきことは、先代の経営者から受け継いだミッション・ビジョン・価値観を、自分の言葉で置き換えることである。単に先代の経営者のミッションなどを繰り返すだけでは、社員の失望を買うばかりか、下手をすると「新社長は先代経営者の傀儡なのではないか?」という疑念を生む恐れがある。新社長は、(4)(5)の改革を通じて解った自社の事情や事業環境、また自分がこの企業にかける意気込みを反映させて、自分なりの言葉でミッションを語る必要がある。

 そのミッションは、新社長が折に触れてしつこく社員に語りかけなければならない。稲盛和夫氏は、「経営者は壊れたレコードのように経営理念を何度も繰り返し社員に語る必要がある」と述べていたが、これは決して、いつまでもバカみたいに同じフレーズを復唱していればよいという意味ではないと思う。新社長は、様々な角度から、ミッションを語れるようにならなければならない。言い換えれば、語彙を増やさなければならない。そのためには、日々の経営、事業、業務の変化に敏感になり、その変化をミッションの語り方に照射させることが肝要である。

 (7)新社長は自分の能力を補完してくれる右腕を確保する。
 経営者に求められる能力とは何だろうか?『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2018年2月号のクラウディオ・フェルナンデス=アラオス他「現在のコンピテンシー水準とのギャップを埋めよ 潜在能力を開花させる経営リーダーの育成法」という論文によると、①市場理解力、②戦略性、③協働能力、④チームリーダーシップ、⑤組織育成力、⑥変革のリーダーシップ、⑦成果志向、⑧多様性対応力の8つだという。新社長は、社長になる前から、この8つの能力がどのレベルにあるのかについて評価を受け、また(4)(5)の改革を通じてどの能力が伸びたのか、逆にまだ弱みとして残っている能力は何なのかを見極めてもらう。

ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 2 月号 [雑誌] (課題設定の力)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 2 月号 [雑誌] (課題設定の力)

ダイヤモンド社 2018-01-10

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 8つでは多すぎると言うならば、以前の記事「比較的シンプルな人事制度(年功制賃金制度)を考えてみた」で挙げた、①構想力、②問題解決力、③組織を動かす力、④コミュニケーション力という4つの能力で評価してもよいと思う。肝心なのは、新社長の強みと弱みを明らかにすることである。本当は、社長に就くまでに全ての弱みを克服できるよう、3回の改革を経験できるのが望ましい。だが、既に述べたように、現実問題として5年で3回の改革を行うのはほとんど不可能だし、そもそもどんな人間であっても克服できない弱みは残るものである。よって、新社長は、自分の弱みを補ってくれる右腕となる人材を社内から探さなければならない。右腕人材は、新社長の能力を補うだけでなく、社長が陥りがちな孤独を緩和してくれる役割も果たす。

 (8)既存事業と親和性の高い新製品・サービスを開発する。
 新社長就任後、3回目の改革に着手する。その改革とは、新製品・サービスの開発・販売である。これは、新社長が先代経営者とは違う新鮮さを打ち出し、社員にそれを訴求する効果を持つ。ただし、間違っても、既存事業との関連性が薄い分野に手を出してはいけない。経営に慣れた社長であっても、シナジーが低い分野に進出するのはリスキーなのだから、社長になったばかりの人がそんな危険を冒してはならない。この改革は、後継者が新社長となり、社員から新しい経営者として認めてもらうための3段階の改革の総仕上げに該当する。だから、絶対に失敗が許されない。よって、既存事業とのシナジーが高い分野を慎重に選択するべきである。

 国は、開業率を英米並みの10%に引き上げることを目標として、創業補助金という制度を設けている。この補助金は、単に一から創業する人だけが対象ではなく、実は、事業承継を行う既存企業も対象となっている(第二創業)。ただし、第二創業で補助金を受けるためには、新社長が新規事業を立ち上げることが条件とされる。ここまでお読みいただいた方はお気づきかもしれないが、この条件はあまりにも恐ろしい。もちろん、新規事業の中身にもよるものの、新社長がいきなり新規事業にチャレンジするのはリスクが高すぎる。仮にその新規事業に失敗すれば、新社長の社内での評判は著しく傷つき、その後の企業経営に深い影を落とすことになるだろう。国は補助金で事業承継を潰すつもりなのかと思ってしまう。

 (9)公平な人事評価制度を構築する。
 経営には終わりがないのだから、事業承継もどこまでやれば終了なのかを明確に定めることが難しい。ただ、1つの区切りとして、(8)の改革が一段落ついたら、人事評価制度の整備に着手するべきだと思う。これは何も、MBO(目標管理制度)のような立派な制度を導入せよという話ではない。中小企業の場合、人事評価がそもそも行われていない、行われていたとしても社長の恣意的な評価で決まるということが多い。これでは、社員のモチベーションを保つことは難しい。新社長は、評価に対する社員の納得感を高める努力をしなければならない。(6)で新社長は新しいミッション・ビジョン・価値観を掲げたが、例えば、自社の価値観に沿った仕事をした社員を高く評価するようにするだけでも、評価に対する社員の満足度はがらりと変わる。


2018年08月15日

DHBR2018年9月号『発想するチーム』―トップマネジメントチームにしかできない7つの仕事(2)


DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年9/号 [雑誌]DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年9/号 [雑誌]
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2018-08-10

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 (前回の続き)

 (4)業績のモニタリング
 仕事をすればその結果を知り、改善につなげていくことはマネジメントの基本である。よって、業績のモニタリングもトップマネジメントチームの重要な仕事である。トップマネジメントチームは、価値観の浸透度合い、戦略の進捗、製品・サービスの販売量や品質に関する指標、研究開発、マーケティング、購買、製造、物流、営業、販売などの各種業務プロセスや、組織構造、人事制度、予算制度、情報システムといった企業のインフラがどの程度上手く機能しているかを判定する指標を持たなければならない。指標は多すぎても少なすぎてもダメである。デルはコックピット経営を導入していることで有名であったが、トップマネジメントチームがモニタリングしなければならない指標は100以上に上っていたという。これは人間の理解力を超えているだろう。

 仮に、先ほど挙げた各分野について、1分野につき3個の指標を設定したとすると(例えば、価値観の浸透度合いを測る指標を3個設定する)、全部で15分野×3個=45個となる。これでもまだ多い方かもしれない。同じくコックピット経営を導入しているカルビーが設定している指標の数はわずか20である。トップマネジメントチームが各指標について十分に議論するためには、このぐらいの数に絞った方がよさそうだ。目標管理制度が機能していれば、トップマネジメントチームの指標はミドルマネジメント、現場社員へと適切に展開されているはずであるから、細かい指標のモニタリングと改善については、ミドルマネジメントや現場社員に任せられるはずである。

 (5)日常業務の問題解決
 トップマネジメントチームがどんなに現場への権限移譲を進めても、現場では解決できない問題は生じる。こうした問題はトップマネジメントチームが解決するしかない。最近、フレデリック・ラルーの『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版、2018年)という本が注目されている。同書については機会を改めて書こうと思うが、一言で言うと、ティール(進化型)組織では社員が皆経営者であり、各部門、各チームが自主経営を行っている点に特徴がある(同書は、権限はトップから部門・チームに委譲されるのではなく、初めから各部門・チームにあるという考えに立っているため、権限移譲という言葉を使っていない)。

 部門・チーム内、あるいは部門・チーム間の問題解決も、基本的には当事者に委ねられる。だから、トップマネジメントの仕事は非常に少ない。とはいえ、当事者だけではどうしても解決できない問題もあるから、ティール組織では「紛争解決メカニズム」という公式の手続きが定められており、トップマネジメントがこの手続きにコミットしていることが多いという。

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現
フレデリック・ラルー 嘉村賢州

英治出版 2018-01-24

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 トップマネジメントチームが日常業務の細かい問題にまで首を突っ込むのはやりすぎだと思われるかもしれない。しかし、トップマネジメントチームによる日常業務の問題解決には重要な側面がある。それは、悪い情報が現場から上がってくるルートを作っておくということである。言うまでもなく、衰退する組織では、現場がトップマネジメントチームにとって都合の悪い情報を隠蔽する体質ができ上がっている。それを防ぐために、トップマネジメントチームは日常業務の問題に関与し、組織に悪い芽が芽生えていないか目を光らせておかなければならない。

 もう1つの重要な側面として、現場からの例外情報を吸い上げるという点がある。前述の「(4)業績のモニタリング」で、トップマネジメントチームがモニタリングできる指標の数はせいぜい数十程度だと書いた。すると、トップマネジメントチームはその数十の指標に関する情報のみに敏感になり、それ以外の情報には疎くなる傾向がある。もしかすると、指標には表れないが、自社の経営を脅かす重要な兆候・変化が現場で起きているかもしれない。日常業務の問題解決に関与することは、そうした例外情報をキャッチする絶好の機会となる。重要な例外情報があれば、トップマネジメントチームはその情報が意味するところを議論し、必要に応じて価値観や戦略を見直して、それに伴い各種指標も再設定する必要がある。

 (6)取締役会・株主への対応
 取締役会はトップマネジメントチームの上司である。株主の代表として企業に送り込まれた取締役に対して、株主が投資した資金がどのように使われ、どのようなリターンを生み出したのかを説明する責任がトップマネジメントチームにはある。さらに、インプットとアウトプットのみに着目するのではなく、アウトプットを創出するプロセスが合理的であったかについても、取締役会に対して保証しなければならない。換言すれば、適切な部統制システムを整備し、運用するということである。加えて、トップマネジメントチームが新たな投資で資金を必要とする場合も、目的と目指すべき成果は何か、その成果をどのようなプロセスで創出するのか、成果を得るためにはいくらの資金が必要なのかを、取締役会に対して論理的に説明する義務を負う。

 ただし、特に日本企業の場合はそうだが、トップマネジメントチームのメンバーが取締役を兼ねているケースが多く、上記のような説明責任が上手く果たせないことがある。その場合は、直接株主に対して説明責任を果たす(それでも、中小企業のように、株主=代表取締役社長となっているオーナー企業では難しい)。株主と経営者の関係は、プリンシパル(本人)とエージェント(代理人)の関係に例えられることがある。この場合、プリンシパル=株主のエージェントである経営陣は、株主の意向通りに企業を経営しなければならないことになる。しかし、実際には、経営陣に一定の裁量が認められているのが普通である。トップマネジメントチームは、どういう考えの下にその裁量を発揮したのか、株主に対して適切に説明することが求められる。

 (7)社会的責任(CSR)の遂行
 企業に社会的責任を要求する声はますます高まっている。社会的責任の概念自体はさほど新しいものではなく、ドラッカーが半世紀近く前に既に言及している。ドラッカーは、「自社が責任を持てない分野には手を出すべきではない」と述べて、社会的責任の範囲をかなり限定していた。だが、資本主義の機能不全により社会問題が噴出すると、そうも言っていられなくなった。資本主義の担い手は企業である。だから、昨今の社会問題を引き起こしている原因も企業にある。これまで、そのような社会問題は、行政やNPOが解決するものとされてきた。ところが、行政の考え方は、弱者を救済するという目的で価格を安く設定する代わりに、NPOに対して補助金を与えるというものである。しかし、私が知る限り、補助金頼みのビジネスは例外なく腐敗する。というのも、顧客が市民なのか補助金をもらっている行政なのかが解らなくなるからだ。

 結局、社会問題の解決は、その問題を生み出した企業に期待されることになった。ドラッカーは資本主義は富の偏在を招くとして敬遠していたものの、近代以前から続く自由市場主義のことは信頼していた。社会問題はなかなかお金にならない領域であるが、企業はマネタイズの方法を知っており、事業のマネジメントのノウハウを持っている。企業は、自由市場主義の原則に基づいて、社会問題の解決に乗り出さなければならない。社会問題の解決とは、今まで市場にならなかった分野を市場化するという意味で新市場の創造であり、イノベーションの一種である。したがって、前述の「(2)戦略の構想」の延長線上で、トップマネジメントチームの仕事となる。CSR部門を作って、そこに一任しておけばよいという話ではない。

 社会問題はなかなかお金にならないと述べた。ということは、企業が社会問題の分野で自社の事業規模に見合った事業を育て上げるためには、相当広範囲にまたがって社会問題の解決に取り組む必要があることを意味する。本号には、ロバート・キャプラン、ジョージ・セラフェイム、エドゥアルド・トゥーゲントハット「企業の枠を超えたパートナーシップを構築する インクルーシブ・グロース実現への道」という論文がある。本論文によれば、企業のCSR活動の多くが失敗したのは、規模が小さすぎる、もっと単刀直入に言えば「野心」が足りなさすぎるためだという。その場しのぎの対処療法ではなく、政府やNPO/NGOなど異なるセクターのプレイヤーと手を取り合って、社会全体の新しいエコシステムを描き直すくらいのつもりでなければならない。こうしたイノベーションを実行できるのは、トップマネジメントチームしかいない。

 以上が、私の考えるトップマネジメントチームに固有の7つの仕事である。次の問題は、これらの仕事をチームメンバー間でどのように分担するかということである。個人的には、厳格な役割分担をしない方がよいのではないかと思っている。

 本号の後半には、性格テストに関する論文が収められていた。性格テストと言うとMBTIやFFMなどが有名であるが、近年は脳科学をベースとした性格テストが登場しているようだ。スザンヌ・M・ジョンソン・ビックバーグ、キム・クライストフォート「脳科学で見極める4つの性格タイプ」によると、人間の性格は①パイオニア(先導役)、②ドライバー(牽引役)、③ガーディアン(見守り役)、④インテグレーター(まとめ役)という4つに分けられる。例えばパイオニアとガーディアンは対立関係にあるが、チームに両者が存在するとお互いの役割を補完し合い、チーム全体のパフォーマンスを向上させることができるという。

 また、ヘレン・フィッシャー「脳の働きを理解すれば誰とでもうまくやっていける」によると、人間の性格特性には、①ドーパミン/ノルアドレナリン、②セロトニン、③テストステロン、④エストロゲン/オキシトシンという4種類のホルモンが関係しているそうだ。ドーパミン系が多い人は好奇心、創造性、自発性、熱意にあふれている。セロトニンが多い人は社交性が強く、集団に帰属しようとする傾向が強い。テストステロンが多い人は現実的、率直、決然、疑い深い、きっぱりと主張するといった特徴があり、エンジニアリング、力学、数学など規則性のある分野で力を発揮しやすい。エストロゲン/オキシトシンが多い人は直感的、想像にふける、信じやすい、共感しやすい、状況を基に長い目で物事を考えるという傾向が見られる。ここでも、それぞれのホルモンの特徴を活かしてチームを構成することが重要であるとされている。

 ただ、私は個人の性格をまるでパズルのように組み合わせるという考え方はあまり受け入れられない。パズルが静的で完全であれば、各ピースを隙間なく並べられるだろう。だが、トップマネジメントチームの仕事は動的である。チームの仕事が変化したのに、あるメンバーが「自分の仕事はこれだけである」と限定してしまうと、メンバーの誰も手をつけない仕事が生じる恐れがある。だから、一見非効率かもしれないが、メンバーの仕事はある程度重複していた方がよい。やや異なる分野の研究になるものの、新製品開発においては、マーケティング担当者と開発担当者のタスクが重複している方が、そうでない場合よりも高い成果を上げられるという報告もある(川上智子『顧客志向の新製品開発―マーケティングと技術のインタフェイス』〔有斐閣、2005年〕)。トップマネジメントチームの仕事にとっても示唆的な内容だと思う。

顧客志向の新製品開発―マーケティングと技術のインタフェイス顧客志向の新製品開発―マーケティングと技術のインタフェイス
川上 智子

有斐閣 2005-08-01

Amazonで詳しく見る by G-Tools




  • ライブドアブログ
©2012-2017 free to write WHATEVER I like