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『正論』2018年2月号『本誌に突きつけられた朝日新聞”抗議書”に言論で答える/ワシントンを火の海にする狂気』―「朝日新聞に社是はない」で笑ってしまった

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
所属組織など
◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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2018年02月28日

DHBR2018年3月号『顧客の習慣のつくり方』―「商店街に通う」という習慣を作るためにはどうすればよいか?、他


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 3 月号 [雑誌] (顧客の習慣のつくり方)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 3 月号 [雑誌] (顧客の習慣のつくり方)

ダイヤモンド社 2018-02-10

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 (1)顧客が自社の製品・サービスを(できれば無意識のうちに)継続的に購入するように「習慣づけ」するためには、「累積優位性」を築くことが重要だと言う。その時のポイントは、「顧客の選択の手間を省いてやる」ことである。脳は、処理を迫られると何度も同じことをしたがるという傾向がある。これを「処理流暢性」と言う。また、最近はどの店舗にも様々な製品・サービスが並んでいるが、あまりに多くの選択肢を見せられると、顧客はかえっていつも慣れ親しんだ製品・サービスを選ぶようになる。これを「認知的負荷」の忌避と呼ぶ。

 P&Gの元CEOであるアラン・G・ラフリーと、元トロント大学ロットマン・スクール・オブ・ビジネス学長の論文「累積的優位を築く4つのルール 顧客の「選択」を「習慣」に変える」によれば、累積的優位性を築くための4つのルールとは、①早く人気を獲得する、②習慣づけを「仕組む」、③ブランド内でイノベーションを起こす、④コミュニケーションをなるべくシンプルにしておく、である。私は最近、商店街の支援をする機会が増えたので、近隣住民が商店街を利用することを習慣とするためにはどうすればよいかと考えることがある。その際、この4つのルールは残念ながら役に立たない。というのも、1つ目のルールで商店街は早くもつまずいてしまうからである。
 マーケティング担当者は、早期に勝つことの重要性を昔から理解していた。タイドは急成長を続けていた自動洗濯機市場に狙いを定めて発売され、P&Gで最も賞賛され、成功し、利益を生むブランドの1つとなっている。P&Gは1964年にタイドを発売すると、すぐにこの分野では最も大きな広告宣伝費をかけた。さらに、当時米国で販売されていたすべての自動洗濯機には常に1箱のタイドを無償提供し、顧客の習慣付けも図ったのである。タイドはすぐにこの「最初の人気コンテスト」に勝利し、その後、後ろを振り返らなかった。
 商店街は、近隣の大型スーパー、コンビニ、チェーン店、ドラッグストア、カテゴリーキラーなどの競合他社に人気コンテストで負けている。商店街関係者は認めたくないだろうが、商店街は敗北からスタートしなければならない。これらの競合他社に向かっている顧客の足を商店街に向かわせるためにはどうすればよいか?言い換えれば、既に染みついてしまった習慣を変化させるためにはどうすればよいか?そのヒントが、渡邊克巳「なぜ同じ商品やサービスが選ばれ続けるのか 顧客の習慣を科学する」という論文にあるような気がした。
 筆者は、習慣的な購買行動を取るもう1つの要因として、自己同一性、いわゆるアイデンティティの維持があると考えている。選択を簡単にすること以上に、この動機が習慣化をより強固にするのではないだろうか。

 これも仮説ではあるが、自己同一性の維持は、社会の中で個人が活動する際に非常に重要な意味を持っている。言動に一貫性があることは、(本当にそうであるかどうかは別にして)「私はあなたに簡単には操作されませんよ」という牽制になるからだ。また人間が社会的動物である以上、他者から信用を得なければ生きていけない。言動の一貫性は、自分が信頼できる人間であることの証明でもある。さらに自己同一性の維持は、他者からの信頼を得るだけでなく、自分自身の快にもつながる。自分は意志に基づいて行動していると思うほうが満足を得やすい。自分の一貫した言動を周囲に見せることで、他者の評価を高め、みずからの満足感にも貢献するという、社会的な機能が存在すると考えている。
 私は首都圏の人間なので、地方で高齢化が急速に進んでいる商店街ではなく、商圏に子育て世代が増加している商店街を前提に話を進めることをご容赦いただきたい。子育て世代、特に小さい子どもを持つ両親の自己同一性とは、「できるだけ節約をしたい」というものもさることながら、「子どもには特別な思いをさせてあげたい」というものではないかと考える。

 平日には子どもを連れて八百屋に行き、店主から「今日の晩御飯は何にするんだい?」と聞かれて、すかさず「ハンバーグ」と答える子どもを制し、「ハンバーグは今度のテストでいい点を取ったらね。今日はピーマンとニンジンを食べてもらうよ」と母親が答え、店主に「ははは、坊やテスト頑張るんだよ」と励ましてもらう。ある時は、子どもに胸肉200g、ひき肉300g、アジの開き4尾といったちょっと難しいお使いをさせ、肉屋と魚屋の店主に手助けしてもらいながら何とか目的のものを購入させる。休日には近所の理髪店に連れて行き、店主と学校の出来事を話す練習をさせる。洋服店では、店主から「あらー、会うたびに大きくなるね」と驚かれながら、洋服をコーディネートしてもらう。そして、夜になるとたまには家族で外食をし、店主に「今日のおすすめはこれだよ、○○君好きでしょ?」などと促されるままに、この日ばかりは大好物を食べさせてもらう。

 多感な時期には、こういう1つ1つのちょっとした特別な出来事が人格形成にプラスの影響を与えるのではないかと思う。そして、大人になってふと子どもの頃を振り返った時に、あの八百屋で、あの肉屋で、あの魚屋で、あの理髪店で、あの洋服店で、あのレストランであんなことがあったなと思い出をかみしめる。これが故郷というものである。

 私の場合、子どもの頃には近所の商店街が既にシャッター商店街化していたため思い出がほとんどないのだが、大学時代を過ごした京都のことはよく覚えている。いつまで友達としゃべっていても怒られなかったオランジュ、から揚げ定食のコストパフォーマンスが異常に高いハイライト、ご飯とルーの比率が明らかにおかしいというくらいにご飯が多かった久留味、まずいが安くて量が多く、昼に食べると午後の授業に間に合わなくなる鷭、鶏白湯ラーメンで有名だった天天有、焼きたてでふわふわのパンがおいしい進々堂、大して旨くはないがなぜか飲み会の後の締めに食べたくなる長浜ラーメンなど、ちょっと個性的なお店のことはよく覚えている。それが多感だった大学時代の思い出に彩りを与えている。だから、京都は私にとって心の故郷である。貧乏だからと言って毎日吉野家などを使っていたら、思い出が貧弱になっていたかもしれない。

 話を元に戻そう。仮に子育て世代が毎日イトーヨーカドーやローソンで買い物をし、週末にはQBハウスで子どもの散髪をし、しまむらで洋服を購入し、ガストで食事をしていたら、子どもの思い出が画一的になり、人格に深みが出ないだろう。もちろん、私はイトーヨーカドーなどの企業を全面否定するわけではない。就職したての20代前半から30代にかけてのお金がない独身時代には、効率・低コスト一辺倒でこういう大手企業を利用するのもよいだろう。だが、結婚して子どもを持ったら、自己同一性にも自ずと変化が現れるのではないだろうか?
 これを購買行動に当てはめると、積極的に「使える言いわけ」を与えることは、習慣を崩すうえで効果的な可能性がある。特に、法律や規制の改正、卒業・就職・転職などのように、外的要因に変化が生じる機会は新たな習慣に誘導するチャンスだと考えている。
 子どもが生まれることも、重要な外的要因の変化である。商店街はこのチャンスを利用しないわけにはいかない。まずは、商圏にどんな子どもがいるのかを観察して子どもたちの顔を覚える、子どもに積極的に挨拶をする、子どもにサービスをする(私の知っているある八百屋では、卸売業者がリンゴの箱につけているシールを子どもに配り続けたら、子どもが親の手を引っ張って「このお店で買い物してほしい」と言うようになったという)、こういったことを通じて、子どもが利用しやすいお店であることを親に訴求することから始めるのが効果的ではないかと考える。

 (2)ハイディ・K・ガードナー「がん研究所はどのように文化を変えたのか 卓越したプロフェッショナルをコラボレーションに巻き込め」という論文は、がん研究所という非常に専門性の高い組織内でいかにしてコラボレーションを実現したかについて述べられた論文である。私は中小企業診断士なので、連携というと企業間連携や産学連携を思い浮かべる。資本提携や業務提携のように、強固なコラボレーションが予定されているものよりも、もう少し緩やかな連携である。資本提携や業務提携であれば、双方の共通目的・目標を設定し、価値観や行動規範を共有し、業務プロセスや組織の様々な仕組みを高度に統合するといったことが成功のカギとなる(この辺りについては、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2016年12月号に詳しい)。

ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2016年 12 月号 [雑誌] (チームの力 多様なメンバーの強さを引き出す)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2016年 12 月号 [雑誌] (チームの力 多様なメンバーの強さを引き出す)

ダイヤモンド社 2016-11-10

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 一方で、業務提携まで至らない企業間連携では(中小企業の場合はこのケースが圧倒的に多いだろう)、それぞれの企業がもう少し”欲をかいても”よいのではないかと考える。もちろん、連携によって達成すべき目標をバランス・スコア・カード(BSC)などで設定するものの、連携から得られるメリットを本業にも活かし、本業の業績も同時に向上させるというシナリオを描く。下図はその一例である。A社がPという技術を、B社がQという開発環境を保有しており、技術Pと開発環境Qを組み合わせて新製品を共同開発するケースである。共同開発という目標と同時に、A社はP技術を活用して既存のX技術を改良し、顧客満足度の向上を狙っている。同様に、B社はQ開発環境の改善を通じて既存製品のカスタマイズ能力を高め、売上増を狙っている。

中小企業の連携におけるBSC(①企業間連携)

 産学連携の場合は、もっと欲をかいてよい。日本産学フォーラム『協働による知の創造―米国での産学共同プロジェクト実施ガイドライン』(2002年11月)によると、企業と大学では目指すべき目標が全く異なることに注意しなければならないとされている。
 大学とその企業パートナーは常に研究協働はそれ自身目的ではないということを心に留めておくべきである。それは、学界、産業界の科学者が自らの研究を発展させることができる手段であり、企業が迅速に新製品を市場に送り出すことができる手段である。
 ライトン氏が言うには、最優先事項は、参加する双方の人々が「自分たちのゴールが何なのかはっきり述べる」ことである。企業と大学のゴールは互いに異なり、それぞれがそのゴールを達成するという意味で協働から確実で明確に利益を得ることができなければならない。
 企業の最終目標は新製品・サービスを迅速に市場に投入することである。これに対して大学の最終目標は学術的に貢献をすることであり、具体的には論文や書籍を出版することである。この違いを念頭に置いてBSCを作成しなければならない。図にすれば下図のようになる。プロセス目標は産学で共有するものの、最終目標は両者で異なっている。そして、繰り返しになるが、企業も大学も、産学連携から成果を獲得することは当然として、その過程で得られる様々な成果を双方の本業にも活かすことが重要である(図中の太矢印)。

中小企業の連携におけるBSC(②産学連携)
 「協働が機能するには、それぞれのパートナーがその努力から恩恵を蒙らなければならない。この点については参加者全員が独善的であって良い」とアレン氏とジャーマン氏は書いている。それが製品開発、または研究、教育、サービスのどれであろうと、「協働プログラムは、協働しない場合には、中核事業のひとつとして各機関が独自に行うような、開発対象でなければならない」。
 面白いことに、産学連携では、仮に産学連携が行われなかったとしても、企業や大学が単独で実施することができたであろう独立性の高い事業を連携して行う時に望ましい効果が得られると述べられている。以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第48回)】Webで公開されている失敗事例通りに失敗した産学連携プロジェクト」で、私が前職で経験した恥ずかしい失敗談を書いたが、この時は自社としてやりたいことが明確でなかった。経営陣は、自社のブランドイメージに学術的な”箔”がつけばよいという程度の考えしかなかった。だから、産学連携の最初の目的は、企業研修に関する洋書を大学の教授と共同で翻訳するというものであった。そこに、脂の乗った大学教授が入り込んできて、自分の研究テーマはこういうものだから、それに関係することをやりたいという話になり、いつの間にかその教授の研究の下請け機関のようになってしまった。


2018年02月19日

DHBR2018年2月号『課題設定の力』―「それは本当の課題なのか?」、「それは解決するに値する課題なのか?」、他


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 2 月号 [雑誌] (課題設定の力)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 2 月号 [雑誌] (課題設定の力)

ダイヤモンド社 2018-01-10

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 (1)特集の論文ではないが、クラウディオ・フェルナンデス=アラオス、アンドリュー・ロスコー、荒巻健太郎「現在のコンピテンシー水準とのギャップを埋めよ 潜在能力を開花させる経営リーダーの育成法」が個人的には非常に参考になった。

 現在でも多くの企業で運用されている職能資格制度では、職能を10程度定義し、例えば4~5級が係長、6~7級が課長、8~9級が部長、10級が経営陣といった具合に、役職と職能を紐づけている。そして、7級で要求される能力を習得すれば、8級に昇格し、部長に昇進できる権利を取得するという、いわゆる「卒業方式」が採用されている。だが、課長として優れているからと言って部長として優れているとは限らないし、部長として優れているからと言って経営陣として優れているわけではない。この点が職能資格制度の1つの弱点である。以前の記事「鈴木康司『中国・アジア進出企業のための人材マネジメント』―職能資格制度に関する一考」でも、オペレーション能力とマネジメント能力を完全に分けて考えたため、一般社員からマネジャーに昇進する際にはどうしても能力の断絶が生じてしまう(それでも人事コンサルかと言われそうだが・・・)。

 本論文では、経営トップに求められる能力として、①成果志向、②戦略性、③協働能力、④チームリーダーシップ、⑤組織育成力、⑥変革のリーダーシップ、⑦市場理解力、⑧多様性対応力の8つを指摘している。経営トップの候補がこれらの能力をあらかじめ習得しているに越したことはないが、たいていの場合は経営トップの候補がこれらの能力をどの程度身につけているのか、あるいはこれらの能力の伸びしろがどれくらいあるのかを事前に知ることは困難である。そこで、論文の著者は、(ⅰ)好奇心、(ⅱ)洞察力、(ⅲ)影響力、(ⅳ)胆力という4つの潜在能力を挙げ、それぞれの潜在能力と前述した経営トップの8つの能力との関係を明らかにしている。8つの能力の事前評価は難しくても、4つの潜在能力の評価を通じて、それぞれの経営トップ候補者が実際に経営トップになった場合のパフォーマンスを予想しようというわけだ。

 顕在能力だけでなく、潜在能力も合わせて評価することで、本当に上の階層の人材にふさわしいかを判断するというやり方は、是非取り入れてみたいと思う。一方で、ただでさえ大変な能力評価がさらに煩雑になるという懸念があり、どうすれば人事部や現場の運用負荷を軽くすることができるかも同時に検討する必要があるだろう。

 (2)本号の特集は「課題設定の力」である。課題解決のカギは、いかに上手に課題を解決するかではなく、いかに正しい課題を設定するかにあるとされる。正しい課題を設定することができれば、課題解決の90%は完了したも同然とさえ言われる。本号では、「リフレーミング」の方法(トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ「リフレーミングで問いを再定義せよ そもそも解決すべきは本当にその問題なのか」)や、「社会システムデザイン」の方法(横山禎徳「ロジックツリーの限界を超えて 課題設定は意思から始まる」)などが掲載されている。私のブログでは、課題を適切に再設定したことで、課題解決の方法ががらりと変わった事例を紹介したいと思う(いずれも、先輩のコンサルタントから聞いた話であり、事例は簡略化してある)。

 1社目はある製品を販売する企業である。このクライアントは、全国に販売店を多数抱えていた。クライアントの販売店側の担当者が最初に相談に訪れた時、本社から販売店に対して販促情報などありとあらゆる情報が五月雨方式に降ってくるので困っているとのことであった。そこで、コンサルタントは、本社と販売店とを結ぶイントラネットを改善すればよいと考えていた。

 ところが、このクライアントの事業を分析すると、取り扱っている製品に際立った特徴があることが解った。クライアントの製品は大きく3つに分類することができた。1つ目は競合他社と差別化されているユニークな製品A、2つ目は製品Aに次ぐ収益を上げている製品B、3つ目は成熟期に突入しており製品競争力が低く、撤退も検討しているという製品Cであった。

 今まで、全国の販売店は製品A~Cを全て取り扱っていたが、コンサルタントは製品別に販売店を再編成することを提案した。つまり、下図のように、製品Aだけを扱う販売店を軸として、製品Bだけを扱う販売店、製品Cだけを扱う販売店(この販売店は将来的に縮小する)に再編するのである。すると、本社からの情報は、製品Aに関するものは製品Aを扱う販売店に、製品Bに関するものは製品Bを扱う販売店に、製品Cに関するものは製品Cを扱う販売店にだけ届くようになり、情報が五月雨式に降ってくるという当初の課題は自然と解消する。つまり、課題は「どうすれば本社から五月雨式に降ってくる情報を効率化できるか?」ではなく、「どうすれば自社製品の強みを活かして市場に効果的にアプローチできるか?」ということであったわけだ。

本当の課題は何か?①

 2社目はやや古い事例になるが、中堅の保険会社である。このクライアントは、下図の左側にあるように5か年の中期経営計画を作成していた。売上高、利益の目標はそれほど無理のあるものではなかった。クライアントは、この中期経営計画を確実に達成するための方策について、コンサルタントに相談してきた。だが、コンサルタントはこの中期経営計画を鵜吞みにしなかった。というのも、ちょうどその頃、日本では保険業界の規制緩和が予定されていたからである。コンサルタントは、先行して保険業界の規制緩和を実施したアメリカを調査した。すると、中堅の保険会社は軒並み業績を大幅に落としていたことが判明した。このことを踏まえて、非常にラフではあるが、クライアントの2~3年後の業績を予測し、下図の右側のようなグラフを作成した。

 すると、当初は比較的楽に達成できると思われた中期経営計画が、非常にチャレンジングなものであることが判明した。規制緩和によって、売上高と利益は一旦大きく落ち込む。そこから5年後の目標値に向けて大きくジャンプアップしなければならない。当然、中期経営計画を達成するための施策もドラスティックなものが要求される。このクライアントの課題は、「過去の延長線上で中期経営計画を達成するためにはどうすればよいか?」ではなく、「規制緩和を挟んで業績をV字回復させるためにはどうすればよいか?」ということであった。

本当の課題は何か?②

 このように、課題解決では、出発点の課題をどう設定するかが重要である。しかし、それと同様に、あるいはそれ以上に大事なのが、「その課題は解決するに値するものであるか?」ということだと思う。旧ブログの記事「【2011年最後の記事】「問題を解決する気がない人」の問題解決にいつまでもつき合うな」でも書いたが、私は前職の教育研修&コンサルティングのベンチャー企業で、キャリア研修を売るためにマーケティング担当として様々な打ち手を展開していた。だが、社長から一般社員に至るまで、打っても響かない人たちに悩まされ、一向にキャリア研修の売上が上がらなかった(もちろん、彼らを動かすことができなかった私の実力不足も認める)。

 今になって考えてみると、キャリア研修は、社長が頭の中で描いているだけの「理想の人材開発体系」の1ピースになることが目的であり、マーケットインの発想で開発されたものではなかった。それに、社長の本音としては、単価が安いキャリア研修よりも、営業力強化研修のような高単価のビジネススキル研修を売りたがっているようでもあった。さらに、後から気づいいたことだが、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第30回)】ターゲット市場がニッチすぎて見込み顧客を発見できない」でも書いたように、キャリア研修の市場規模は、実は非常に小さかった。だから、「キャリア研修をいかにして売るか?」という課題は、解決するに値しない課題であった。

 以前の記事「『致知』2018年4月号『本気 本腰 本物』―「悪い顧客につかまって900万円の損失を出した」ことを「赦す」という話」では、資格勉強のe-Learning講座を提供するベンチャー企業で、新規事業の一部として中小企業診断士の講座を提供することになり、私が講座を担当したという話を書いた。しかし、この企業の収益の柱は依然として司法試験であり、この企業にとって新規事業とは、新しい収益源を作ることではなく、メニューの豊富さを潜在顧客に印象づけることができれば十分であるということに気づくことができなかった。つまり、この企業にとって、「どうすれば新規事業が成功するか?」という課題は存在しなかったのである。ベンチャー企業絡みで2度も似たような失敗をした私は全くの愚か者である。

 (3)最近、柄にもなく日本の課題というものを考えることがある。1つ目は超高齢社会にいかに対応するかである。旧ブログの記事「高齢社会のビジネス生態系に関する一考(1)―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』(2)(3)」では下図を用いた。

<年齢5階級別人口(平成42年)>
年齢5階級別人口(平成42年)

 これからはネットワーク社会になるとか、フリーランス中心の社会になるなどと言われるが、日本は伝統的に儒教の影響を受けた階層社会である。その伝統が今後数十年の間に完全にひっくり返るとは思えない。もう1つの日本の伝統が年功制である。私は過去の記事で様々な切り口から業績給を計算する手法を試してみたものの、どれをとってみても企業の業績を完全に個人の給与に反映させることはできない。だからと言って、さらに意固地になって業績給を厳密に計算しようとすれば、人事制度がますます複雑になり、社員の理解が得られなくなる。人事制度はシンプルでなければならない。結局、不公平さは残るが最も単純な人事制度とは年功制である。年功制は、年々生活費が上昇する社員の生活を保障する役割も果たす。給与を業績給や役割給ではなく生活給とするのも、社員を家族のように大切にする日本のよき伝統である。

 上図を見ると、20代を底辺とし、60代を頂点とする従来型の階層組織に加えて、40代を底辺とし、70代、80代を頂点とする新しい階層組織が生まれると予想される。新しい組織は、従来型の組織ではポスト不足により昇進が見込めない人が起業・転職することで誕生する。私は年功制は支持するが、終身雇用は支持していない。以前の記事「【ドラッカー書評(再)】『現代の経営(下)』―「雇用の維持」は企業の社会的責任か?」でも書いたように、終身雇用の下では深刻なポスト不足をもたらすからだ。事実、現在の大企業を中心に、バブル期に大量採用した社員が課長職あたりに滞留し、それ以降に入社した社員の昇進を阻止してしまっている。

 私が考えている課題とは、いずれのタイプの階層組織も年功制を維持しながら、かつ企業としての持続的な成長も達成するためにはどのような戦略を実行すればよいのか?ということである。また、40代以降の人々が新しいタイプの階層組織にスムーズに移行するためにはどうすればよいか?40代以降に期せずして起業・転職をした人が高いモチベーションを保って働き続けるためにはどうすればよいか?さらに、増加し続ける後期高齢者の医療や年金を支えるために、企業活動を医療・年金システムの中にどのように組み込めばよいのか?も考えなければならない。上図は2030年の予想図であり、この課題を解決するために残された時間は意外と短い。

 もう1つの課題は、国際社会における日本のポジショニングである。先日の記事「『世界』2018年2月号『反貧困の政策論』―貧困を解決するには行政がもっと市場に介入して消費者にお金を使わせればよい、他」でも書いたように、朝鮮半島はそう遠くない将来に、社会主義国として統一される可能性が高いと考える。これまでは、冷戦の遺産を朝鮮半島という狭い空間の中に閉じ込めておき、日本は日米同盟に守られながら朝鮮半島を傍観していればよかった。ところが、朝鮮半島が赤化すれば、冷戦の遺産は朝鮮半島の新国家対日本という構図に引き継がれることになる。相手は強烈な反日であり、もしかしたら核を保有しているかもしれない。

 だからと言って、いたずらにこの新国家と対立すれば、東アジアは米中対立の代理戦争の舞台となり、米中の思うつぼである。日本も朝鮮半島の新国家も深刻なダメージを受けるだろう。本ブログでたびたび書いてきたが、小国には大国同士の二項対立に巻き込まれないようにするために、二項混合という受け身を取ることができる。対立する大国のいいところ取りをすることで、独自の体制を築くわけである(タグ「二項混合」の記事を参照)。

 日本の場合は、資本主義・自由主義に軸足を置きつつも、社会主義の長所を取り入れる。その結果、正面から見ると何の絵か解らないが、右側から見ると資本主義が、左側から見ると社会主義が浮かび上がるような絵を描き上げる。そして、朝鮮半島の新国家に対しては、社会主義に軸足を置きつつも、資本主義・自由主義の長所を取り入れるように働きかけ、日本と同じように見る角度によって異なる絵が浮かび上がるような国家の形成を支援する。以上はまだ理想論・概念論にとどまっており、これを実務レベルにまで落とし込むことが私の課題である。


2018年02月14日

『正論』2018年2月号『本誌に突きつけられた朝日新聞”抗議書”に言論で答える/ワシントンを火の海にする狂気』―「朝日新聞に社是はない」で笑ってしまった


月刊正論 2018年 02月号 [雑誌]月刊正論 2018年 02月号 [雑誌]
正論編集部

日本工業新聞社 2017-12-25

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 旧ブログの記事「マネジメントとリーダーシップの違いを自分なりにまとめてみた(補足)」では、マネジメントやマーケティングが演繹的で、リーダーシップやイノベーションが帰納的であると書いた。だが、『週刊ダイヤモンド』2017年11月13日号を読んでいたら、こんな文章があった。
 多くの既存企業は帰納法的アプローチを取っている。顧客を観察することから共通のニーズを理解することが基本だ。一方、ベンチャー企業、とりわけスタートアップと呼ばれる急成長する企業は、演繹法的アプローチを取る。仮説に基づいて潜在ニーズを想像し、事業設計するのである。
(校條浩「シリコンバレーの流儀(9)スタートアップとどう向き合うか」)
週刊ダイヤモンド 2017年11/18号 [雑誌] (右派×左派 ねじれで読み解く企業・経済・政治・大学)週刊ダイヤモンド 2017年11/18号 [雑誌] (右派×左派 ねじれで読み解く企業・経済・政治・大学)

ダイヤモンド社 2017-11-13

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 また、『一橋ビジネスレビュー』2017WIN.65巻3号では、牛や豚の腱から人口靭帯を作って人間に移植するというイノベーションに注目し、「抽象―具体」、「論理(演繹)―思考(帰納)」という2軸でマトリクスを作成して、イノベーターが「分析(抽象&論理)」⇒「発想(抽象&思考)」⇒「試作(具体&思考)」⇒「検証(具体&論理)」という順番でイノベーションを具現化しているという論文があった(井上達彦「ビジネスモデルを創造する発想法 第6回 大きな「飛躍」をもたらす着実なサイクル」)。つまり、イノベーションは演繹的アプローチからスタートするというわけだ。

一橋ビジネスレビュー 2017年WIN.65巻3号―コーポレートガバナンス――「形式」から「実質」へ変われるか一橋ビジネスレビュー 2017年WIN.65巻3号―コーポレートガバナンス――「形式」から「実質」へ変われるか
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2017-12-08

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 確かに、以前の記事「【シリーズ】現代アメリカ企業戦略論」でも書いたように、とりわけアメリカのイノベーターは、全く新しいニーズを喚起し、全く新しい市場を創造しようとしているわけであるから、伝統的な市場調査を重視しない。自分自身を第一の顧客に見立ててて、「自分はこういう製品・サービスがほしい。自分がこれだけほしがっているということは、世界中の人々もきっと同様にほしがっているに違いない」と考え、イノベーションを全世界に普及させることを唯一絶対の神と契約する。自分自身のニーズという極めて限られた事実から、全世界に通用する法則を導き出すことは、演繹法とも帰納法とも異なる第三の思考法「アブダクション」と呼ばれる。

 ただ、イノベーターが「この製品・サービスこそが正しいのであり、世界中の人々はこの製品・サービスに従わなければならない」と、多額の資金をプロモーションに投入してイノベーションを全世界に普及させる(半ば強引に押しつける)ことは、限りなく演繹的アプローチに近い。例えば、Google Homeは、自宅に帰ったらまず「OK, Google!」と呼びかけ、自分がしたいことをGoogle Homeに命令するという新しい生活スタイルを世界中の人々に習得させようとしている。「普及」は「布教」と呼んでもよいだろう。近年のアメリカ企業の中には、イノベーションを全世界に布教させる役割を持つ「エバンジェリスト(伝道師)」と呼ばれる人が配置されている。

 これに対して、マーケティングやマネジメントの世界では、これまでの長年の研究や経験から、何をすれば期待通りの成果が上げられるかということがある程度明らかになっている。私もよく本ブログで、「マネジメントの世界では、やるべきことをしっかりやっていれば、成果はおのずとついてくる」と書いてきた。これだけを見れば、マーケティングやマネジメントは演繹法である。

 しかし、実際には、過去に演繹的に確立された原理原則が、今現在企業が直面している現実にも本当に適用可能なのかどうかは、様々な切り口からあらゆる事実・情報を収集して検証しなければならない。そして、過去の原理原則がもう通用しないと判明したら、新しい原理原則を打ち立てる必要がある。よって、マーケティングやマネジメントは帰納法と呼ぶのが適切である。さらに、厳密に言えば、この帰納法によって得られた原理原則は普遍性を持たない。その企業が置かれた個別のコンテクストにおいてのみ有効に機能するものである。経営学者のピーター・ドラッカーが「唯一絶対のマネジメントの解はない」と主張していた通りである。

 日本人の場合は特に、現実を探索するには、自分自身が実際に見聞きし、測定し、記録した情報、つまり1次情報を重視する必要がある。現地・現場・現物という三現主義が表す通りである。顧客が一体何をほしがっているのかを知りたければ、顧客をじっくりと観察する。近年、ITの進歩によってこうした情報を効率的に収集しようとする傾向が強くなっている。しかし、探索に関してはむしろ時間と手間をかけなければならない。働き方改革に逆行するようにも思えるが、探索に時間をかける半面、探索によって現実を十分に把握し、何をなすべきかが解ったら、それを成果に結びつけるまでの時間を短縮するという形で働き方改革を実現するべきである。

 逆に、日本人は自分自身で見聞きしていない情報に基づく意思決定が極めて苦手である。これを得意とするのが欧米人であり、彼らは他人からヒアリングした情報や他人が編集した書籍・報告書などの2次情報から現実を推測する力に長けている。以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2017WIN.65巻3号『コーポレートガバナンス』―コーポレートガバナンスは株主ではなく顧客のためにある」で、欧米人は海外子会社をガバナンスする際に、海外子会社のトップに欧米人ではなく現地人を置くと書いた。本国にいる欧米人は、現地のトップが現地から上げてくる情報から、現地で実際に何が起きているのかを推測することができる。外交においても、彼らは2次情報を頼る。元外交官の佐藤優氏は、「インテリジェンスの9割は公知情報に基づく」と述べている。つまり、欧米の外交官は、諸外国が公表している2次情報から、その国の実態を解きほぐす力を持っている(どういう思考回路でそれが可能になっているのか、今の私にはまだ解らない)。

 日本人が欧米人の真似をして、2次情報に基づいて意思決定をしようとすると痛い目に遭う。日本人の頭の片隅にはどこか、「所詮2次情報なのだから、こちらの都合のよいように改変しても構わない」という意識があるように思える。太平洋戦争の際、日本陸軍は軍の物資の数が机上の計算の数値と異なっていると、部下が上げてきた報告書を机上の計算の方に合わせるように命じたと言う。これを山本七平は「員数主義」と呼んだ(以前の記事「山本七平『一下級将校の見た帝国陸軍』―日本型組織の悪しき面が露呈した帝国陸軍」を参照)。最近の神戸製鋼や日産、東レなどの品質管理上の問題も、同じような側面を持っていると感じる。

 一般的に、顧客が何をほしがっているかを知るためには、顧客に直接尋ねるのが手っ取り早いと考えられている。だが、顧客は無意識のうちに嘘をつくことがある。日本マクドナルドは、アンケート調査で「ヘルシーなメニューを食べたい」という声が寄せられたため、新商品として「サラダマック」を導入した。しかし、売上が伸びず、ほどなく撤退してしまった。この後、今度はハンバーガーの肉の量を大幅に増やした「メガマック」を発売すると、これが大ヒットした。顧客が求めていたのは、「ヘルシー」とは正反対のものであった。顧客の本当のニーズは、「食べ応えのあるハンバーガーにガブッとかぶりつきたい」というものであったわけだ(大松孝弘、波田浩之『「欲しい」の本質―人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方』〔宣伝会議、2017年〕より)。

「欲しい」の本質~人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方~「欲しい」の本質~人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方~
大松孝弘 波田浩之

2017-11-29

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 顧客にヒアリングして自身のニーズを語らせるという方法は、調査員本人が顧客から直接聞いた情報であるから、1次情報であると思われがちである。ところが、顧客は自分のニーズに無意識のうちに勝手な解釈を加えて情報を変質させることがある。よって、顧客に対するヒアリングから得られる情報は、顧客が編集を加えた2次情報であるととらえた方がよい。本当に顧客のニーズを知りたければ、繰り返しにになるが、やはり顧客を直接観察するしかない。顧客がどのような生活をしているのか、製品・サービスを選択する際にどんな行動に出るのか、競合他社の製品・サービスとどんなふうにして比較を行うのか、何を基準にして購買の意思決定を下すのか、製品・サービスを利用した時にどういった感想を言うのか、利用後にいかなるアクションを取るのかなどを自分の眼で直接見、顧客が発する声を直接聞いて確かめる必要がある。

 顧客のニーズを探る際に、仮説を持つことが重要であると言われる。だが、仮説が決定的に重要なのはリーダーシップやイノベーションにおける演繹法であり、マーケティングやマネジメントにおける帰納法では、あまり仮説をあてにしてはならない。人間は、自分にとって都合のよい情報だけを採用し、都合の悪い情報を却下する傾向がある。これを確証バイアスと言う。多少の仮説を持って、ある程度のあたりをつけることは大切であるが、仮説にこだわりすぎるのは危険である。私は、ノートを見開きにして、左側のページに仮説を支持する情報を、右側のページに仮説に反する情報を書き込むという方法を提案したい。右側のページが全く埋まらないとしたら、観察・洞察が不十分であると思った方がよい。そして、ノートが埋まったら、当初の仮説を修正し、本当の原理原則は何なのかと熟慮する。

 私は、以前の記事「【シリーズ】現代アメリカ企業戦略論」で、アメリカは神と人間が直接契約を結ぶことを是とする社会であり、神と人間との間に何らかの組織・機構が入ることをできるだけ排除しようとすると書いた。また、必需品でなく、かつ製品・サービスの欠陥が顧客の生命や事業に及ぼすリスクが小さい領域におけるイノベーションを得意とするとも書いた。しかし、これらはいずれも仮説である。私は、自分の仮説に反する事実を把握している。

 仮に、アメリカがイノベーションを全世界に普及させることを得意としているのならば、アメリカが巨額の貿易赤字を抱えていることを説明できない。また、アメリカにはGE、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどのように、必需品であり、かつ製品・サービスの欠陥が顧客の生命や事業に及ぼすリスクが大きい領域でも巨大なグローバル企業が数多く存在する。さらに、神と人間の直接の関係を重視するならば、アメリカが連邦制を採用しているという事実、保守的なアメリカ人が家族を大切にしているという事実に反する。加えて、人間が人間を支配する人種差別が行われてきた歴史(そして、それが未だに根強く残っていること)とも矛盾する。これらの不整合をどのように解釈し、アメリカ社会をどうやってとらえ直すべきなのかが私の今後の課題である。

 やっと『正論』2018年2月号の話に入るわけだが、国際政治の舞台においても、現実を虚心坦懐に見つめることが重要である。
 いま私たちには経済力があります。軍事力もあります。情報力もあります。しかし、失ったものがあるのではありませんか。それは「現実を見る目」です。厳しい国際社会の情勢をきちんと見る目、見極める心、それに対処する決意、そうしたものが足りないと思います。
(櫻井よしこ「改憲論議に熱意とスピードを」)
と櫻井よしこ氏が発破をかければ、
 日本人の多くは、抗議しても、決議しても、制裁しても変わらぬ北朝鮮の核ミサイル状況に苛立ちつつも、夢想に近い「対話」をかたくなに主張するか、あるいは「米国の軍事力行使を待望」するという両極端に意見が分かれているようだ。両者に共通するのは、当事者意識に欠け、現実の脅威から眼を逸らし、他力本願で思考停止に陥っているところだ。
(織田邦男「破れた核の傘、日本はどうする!」)
と織田邦男氏は警告する。私は右寄りの『正論』と左寄りの『世界』を両方とも定期購読しているが、少なくとも『正論』では北朝鮮有事が起きた際に日本は何をするべきか具体的に論じようとしているのに対し、『世界』はひたすら「対話」一辺倒であり、北朝鮮と何を話すつもりなのかが見えてこない。理想ばかりを教条的に主張するのが左派の特徴のようである。それを端的に観察することができるのが、現在の沖縄である。
 私は2013年、仲間氏(※石垣市議の仲間均氏)の漁船に同乗して尖閣海域に向かい、領海侵犯してきた中国公船の威嚇を目の当たりにした。日本の主権に関わる大事件だったが、帰港後、この件を私が八重山日報で報じても、県紙は1行も後追い記事を書かなかった。そのくせ、こと反基地となると異常なほどのキャンペーンを張る。
(仲新城誠「対中最前線 国境の島からの報告(54)尖閣防衛の訴えには冷淡・・・沖縄県紙”反基地”の狙い」)
 以前の記事「イザヤ・ベンダサン(山本七平)『日本人と中国人』―「南京を総攻撃するも中国に土下座するも同じ」、他」でも書いたように、日本人は理想と現実という二項対立を処理するのが不得手である。通常は理想と現実の間で妥結点を探り、漸次的な変革を目指すものである。ところが、これができない人は理想を強硬に主張するか、現実の前に土下座する。沖縄の例で言えば、沖縄から全ての米軍基地を追い出すまで抵抗運動を続けるか、尖閣諸島が中国に実効支配されたら中国に向かって土下座するかのどちらかとなる。

 現実を直視しない新聞がある。朝日新聞である。『正論』2018年2月号によると、2017年12月号冒頭の高山正之氏のコラム「折節の記」に対して、朝日新聞が抗議書を産経新聞社に送りつけてきたとある。抗議書は全部で15の項目から構成されているが、その中の1つに、コラムの「社是の方は元気一杯で、安倍潰しに燃えて「もり・かけ疑惑」をぶつけてきた」という記述に対して、「弊社に社是はなく、「安倍潰し」が社是であったこともありません」と回答している部分がある。これについて、『徹底検証「森友・加計事件」―朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』を出版して朝日新聞から損害賠償請求の裁判を起こされた小川榮太郎氏は次のように述べている。

正論2017年12月号正論2017年12月号

日本工業新聞社 2017-11-01

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徹底検証「森友・加計事件」――朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪 (月刊Hanada双書)徹底検証「森友・加計事件」――朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪 (月刊Hanada双書)
小川榮太郎

飛鳥新社 2017-10-18

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 小川:今回、朝日新聞は「安倍叩きは社是ではない」、「うちには社是などない」と抗議してきていますが、よく考えたら基本的理念という意味で社是がないとすれば恥ずかしいことではないですか。産経新聞社の場合は堂々と、「正論路線」が社是ですよと言えるはずです。新聞社に社是がないなんて、自慢できることではなくて無責任なのだと、逆に申し上げたい。
(高山正之、小川榮太郎「あんなもの送ってくる朝日新聞こそ腐敗権力だな(笑)」)
 これには私も思わず笑ってしまった。大手5紙のうち、読売新聞毎日新聞日本経済新聞産経新聞のHPには、社是や企業理念のページが独立して存在する。ところが、朝日新聞だけは、社是や企業理念の独立したページが存在しない。ただし、企業理念そのものが存在しないわけではなく、トップメッセージの中に企業理念が一応書かれている。
 よりよい明日のため、私たちは「ともに考え、ともにつくる」という企業理念を掲げました。声なき声に耳を傾け、健全に、公正に、そして謙虚に。私たちの原点であるジャーナリズムをしっかりと守りながら、人々の興味や関心への感度を高め、暮らしを豊かにするサービスも充実させる。既成概念にとらわれない「総合メディア企業」を目指しています。
 確かに、南京事件の被害者や、強制的に働かされた慰安婦などという、「本当は存在しない人」の声を聞いているという点で、「声なき声に耳を傾け」ている。それに、日米同盟を破壊して日本を中朝に隷属させようとしている点で、「既成概念にとらわれ」ていない。これだけ企業理念を文字通り忠実に実行していながら、それが社会や国家のためになっていない例はそうそう見つからない。だから、企業理念や社是は言語化=形式知化するだけでは不十分であり、以前の記事「【城北支部青年部】元Hondaの企画屋がやってきたコミュニケーション(勉強会報告)」でも書いたように、社員、さらにはステークホルダーを含めた人々との重層的な対話を通じて、形式知の背後に意味=暗黙知を降り積もらせる必要があるのである。

 テレビは視聴者に対する影響が強く、視聴者の思考(嗜好)を左右しやすいため、中立な立場で放送しなければならないと放送法で定められている。逆に言えば、新聞は読者が記事を読み、その内容の是非を判断する十分な時間があるから、ある程度主義主張を展開してもよいということになる。私も新聞にはそのような機能を期待している。ただし、事実と主張は分ける必要がある。私も駆け出しのコンサルタントだった頃、事実と主張を混同して書かないように随分と注意を受けた。「これは事実なのか?君の主張なのか?」と何度も問い詰められたものである。

 朝日新聞の弱点は、事実を2次情報に依存しすぎていることである。だから、吉田清治の従軍慰安婦に関する記述などを盲目的に信じてしまう。我々コンサルタントは、2次情報は1次情報に比べて「弱い」という表現をする。2次情報も貴重な情報ではあるものの、2次情報を入手した際には、可能な限りそれを裏づける1次情報を自力で探さなければならない。1次情報は難しくても、誰かが現実をできるだけ客観的かつ忠実に描写したもの、具体的には写真や記録、統計といった半1次情報、1.5次情報とでも呼ぶべき情報を入手する必要がある。その努力をせずに、2次情報を読者に伝えるだけであれば、新聞は単なる伝書鳩になってしまう。



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