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海外派遣前研修 『グローバル・マネジメント』(研修メモ書き)
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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
所属組織など
◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

NPOビジネスサポート特定非営利活動法人NPOビジネスサポート
(監事を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

Experian海外企業信用調査 海外企業信用調査(Experian)
(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

中小企業診断士の安い通信講座なら「資格スクエア」資格スクエア
(以下の資格の講師をしています。
 ―ITパスポート
 ―情報セキュリティマネジメント
 ―経営学検定(初級・中級)
 ―中小企業診断士(企業経営理論、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策)
 谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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2017年03月24日

海外派遣前研修 『グローバル・マネジメント』(研修メモ書き)

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外国人との会議

 とある機関で「海外派遣前研修『グローバル・マネジメント』」を受けてきた。私自身は海外に赴任する予定はないのだが、最近はコンサルティングで海外ビジネスの案件に関与する機会が増えてきたため、勉強のために受講した。結果から言うと、今回の研修はいまいちだった(だから、研修機関名は伏せてある)。そのいまいちな内容を何とか膨らまして今回の記事を書いているので、中身が薄くなっている点はご容赦いただきたい。

 私が所属している東京都中小企業診断士協会には、「国際部」という部署がある。国際部は年に数回、交流会を企画しており、海外経験のある診断士が多数参加しているそうだ。ただ、交流会に参加した私の知り合いの診断士によると、この交流会はすこぶる評判が悪い。というのも、言わば飲み会であるにもかかわらず、年配の診断士が次々と登場しては、「私が○○年代に△△という国にいた時の話”では”、・・・」という話を延々と続けるのだという。海外情勢は常に変化しているから、はっきり言って昔話を自慢されても迷惑なだけである。知り合いの診断士は、こうした年配診断士のことを、山形県・出羽山地の神に例えて「ではの神」と揶揄していた。今回私が受講した研修の講師も、これに近いものがあった。「ではの神」とはこういう人かと実感した。

 (1)日本企業の海外子会社は、現地スタッフから高く評価されている点もあるものの、批判も多い。真っ先に挙げられる批判が、「日本人は自分の考えをはっきりと言わない」というものである。それゆえ、意思決定は曖昧になりがちであり、この点が現地スタッフの不満の種となっている。日本人は、普段はあまり積極的にしゃべらないのだが、現地スタッフの部下が何か提案を持っていくと、部下の話を途中で遮って、「これではだめだ。ここはもっとこうするべきだ」と話し出す。これも、現地スタッフにとってはストレスの原因である。

 現地スタッフが日本人上司の指示に従って資料を作成し上司のところに持って行くと、「私が指示したのはこういうことではない。こういうことだ」といった具合に、今まで聞いたことのない要望を出してくる。さらに、資料の細かいところまでこだわって修正を命令してくる。これもまた、現地スタッフには奇異に映る。そのくせ、上司の無茶な要望に従って仕事を完成させても、上司から「ありがとう」とも言われず、「この資料のこの点がよかった」などとフィードバックを受けることもない。逆に、アウトプットの質が上司の期待水準を下回っていようものなら、現地スタッフは皆の目の前で日本人上司に怒鳴りつけられる。現地スタッフにとっては非常につらいものがある。

 なぜこんなことが起きてしまうのか?私は、日本人上司が日本で顧客の立場にある時に取引先に対して取る態度を、海外赴任した際に今度は自分の部下に対して取ってしまうのではないかと考えている。母親から虐待を受けて育った子どもは、成長して自分が母親となり子どもを持つと、同じように虐待をする傾向が高いのと同じ理屈である。

 私はIT業界とコンサルティング業界に身を置いていたが、どちらも最終的な成果物が目に見えにくい業界である。だから、営業をかけても、顧客企業の担当者は初期段階では何を必要としているのか自分で解っていないことがほとんどである。こちらから、色々な角度から仮説ベースでソリューションを提示すると、初めてコミュニケーションが開始される。しかし、商談の中で仕様をしっかりと決めて、後はその通りに粛々と作業を進めればよいというケースなど皆無に等しい。仕様は、契約後も極めて流動的に変化するのが常である。

 有名な話だが、IT業界では、基幹業務システムの開発のように大規模案件になると、開発は進んでいるのに見積金額が固まらず、プロジェクトの最終段階になってようやく見積金額が決まるものである。しかし、見積が固まったことは、仕様が固まったことを意味しない。システム開発もコンサルティングも、プロジェクトの終盤になってシステムの画面や最終報告書の形がある程度形になると、顧客企業はそれをトリガーとして別のアイデアを思いつくのか、「いや、我が社がほしいのはこんなものではない」とちゃぶ台返しをしてくる。顧客企業の期待水準とあまりにかけ離れている場合は顧客企業が怒り出し、「これでは御社にフィーを支払えない」といった話に発展することもある。こういう話は、どの業界でも見られるのではないかと思う。

 日本では「お客様は神様」である。そして、日本企業は神様であるお客様に鍛えられて競争力を高めてきた。神様は多くを語らないから、企業側が神様の意図を察するしかない。神様が発する言葉以外に、五感を通じて入ってくる情報を頼りに、神様の真意を汲み取る。だから、日本企業は、P&Gの”Livin' it”プログラムのような、消費者や販売チャネルの行動をつぶさに観察するエスノグラフィックなマーケティングを行う前から、観察を重視した顧客ニーズの把握に努めてきた。日本企業の方法は、顧客に共感しすぎないという点も大きなポイントである。顧客ニーズを深く知るためには、顧客と同じ体験をすることが有効であるように思える。ところが、あまりに共感しすぎると、顧客のことをかえって誤解するリスクがあることが報告されている(以前の記事「『組織の本音(DHBR2016年7月号)』―イノベーションにおける二項対立、他」を参照)。

 顧客からああでもない、こうでもないと言われ、時には厳しいクレームに耐えながら、日本企業は自社の製品・サービスの品質や価値を高めてきた。そして悲しいかな、これだけ一生懸命製品・サービスを作って提供しているのに、顧客から本当に真心のこもったお礼を言われることは非常に少ないのである。私の経験で言うと、通り一遍のお礼を言ってくれる顧客の割合が約3割、「いやぁ、御社のこの製品・サービスはこの点が本当によかったですよ!おかげでこんなに助かりました」と心の底から感謝してくれる顧客は1割にも満たないという感触である。

 日本人が日本にいる時に、自社内であれ私生活であれ、顧客の立場で上記のように振る舞う癖がつくと、海外赴任しても、上司である自分は社内顧客、現地スタッフは自分のニーズに応えるべき社内取引先だと見なして、前述の悪癖が露呈する。こういう悪癖を矯正する方法は、ありていに言えば教育ということになるのだろうが、残念ながら海外に赴任してしまった日本人に教育は通用しない。だから、海外赴任した日本人が、日常生活の中で、顧客としての言動を改めるしかない。具体的には、自分が何をほしがっているのか事前によく考え、それを明確に相手企業に伝える、大した理由もないのに自分の考えをコロコロと変えない、製品・サービスを提供してもらったこと、誠実に対応してもらったことに対してお礼を言う、製品・サービスや顧客応対のどの点がよかったのかを企業にフィードバックする、といったことを実践するべきであろう。

 (2)(1)で日本人はあまり褒めず、相手の欠点に対して怒ることの方が多いと書いた。アメリカでの駐在経験が長い講師によれば、海外では「まず褒めること」が重要なのだという。だが、この点は、特にアメリカ企業において、部下が上司からクビにされるのを恐れて、上司に意見を言いたがらない点と矛盾する。仮に、部下が上司に何を言っても褒められるのであれば、自分がクビになることを心配する必要はない。部下がおかしなこと、上司の考えに反することを言うとクビになるかもしれないと考えるから、上司に意見を言わないのである。

 コーチングは、「上司が絶対で部下は上司に意見してはいけない」というアメリカ的慣行への反省として生まれたものであると私は思う。アメリカの常識に従えば、上司の命令は絶対であり、上司が部下に質問をして部下の考えを引き出すなどというのは考えられない。しかし、そういうマネジメントでは限界があると感じたから、コーチングがアメリカで生まれたに違いない。

 日本の場合、(1)のような横柄な上司はいるし、とりわけ大企業では部下に命令だけを出していれば仕事をしたと感じる人もいることは事実である。しかし、以前の記事「山本七平『帝王学―「貞観政要」の読み方』―階層社会における「下剋上」と「下問」」などでも書いたように、上司は部下に対して命令するだけでなく、部下が成果を上げるために上司として支援できることはないかと「下問」することがよしとされる。だから、コーチングという言葉が輸入される前から、コーチングを実践していたマネジャーは決して少なくないのではないかと思う。

 もう1つ、アメリカから輸入されたマネジメント手法で私が不思議に思うのは「メンタリング制度」である。今回の研修講師も言っていたが、アメリカ企業では命令一元化の原則が徹底されている。1人の社員が2人以上の上司から命令などを受けることは許されない。ある部下に対して、直接の上司でもない他部門や他チームのマネジャーが、「もっとこうするといいよ」とアドバイスすることは、直属の上司のメンツをつぶすことになる。だが、部下が成長する上で、直属の上司との縦の関係だけでなく、他のマネジャーなどとの斜めの関係も重要であるという研究成果があったことが、メンタリング制度というものを生んだと考えられる。

 日本の場合、コミュニケーション経路が複雑であるから、直属の上司以外にも、普段から色々なマネジャーが何かと面倒を見てくれた。メンタリングという言葉がなくても、メンタリングが実施されていたわけだ。ところが、成果主義が導入されたことで、とにかく自部門の成果を追求しなければならなくなり、組織がタコツボ化した。そこで、組織内のコミュニケーションを活性化する目的で、アメリカのメンタリング制度に注目が集まっているというのが私の見立てである。

2017年03月17日

『繁栄の法則(『致知』2017年4月号)』―日本企業は「顧客の顔が見える経営」に回帰すべきではないか?

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致知2017年4月号繫栄の法則 致知2017年4月号

致知出版社 2017-04


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 お客様と親しくなり過ぎてはいけませんけど、やはり自分の家族や親戚、友達が来たような温かい気持ちでお迎えする。お客様がいまどうしてほしいかってことに気がついて、して差し上げる。そうして喜ばれる。その喜びが自分の喜びになる。
(和倉温泉加賀谷女将・小田真弓「お客様の最高満足度を追求して」)
 私が社員にいつも言っているのは、「お客様を恋人や家族だと思いなさい」「自分がやられて嫌なことはしない」ということです。恋人や家族が困っていたり苦しんでいたら、当然助けたいと思いますし、自分がやられて嫌なことはしませんよね。
(島根電工社長・荒木恭司「住まいのおたすけ隊で「期待を超える感動を!」」)
 (※創業者の)坂口の言葉は、当社のバイブルとしていまも生き続けているんですが、中でも特に私が胸に刻み続けているのが次の言葉です。「非常に基本的なことだが、日頃から、まわりに対する思いやり、助け合い、つまり『人間愛・家族愛』が非常に大切だと考えている。生命保険とは、まさにそれをビジネスという形で具現化したものに他ならない」
(プルデンシャル生命保険 エグゼクティブ・ライフプランナー・石井清司「仕事を通じて知恵と人間性と勇気を養い続ける」)
 企業による不祥事が後を絶たない。自動車メーカーを見てみると、2016年4月には、三菱自動車で大規模な燃費データの不正が発覚した。5月には、スズキが燃費測定に関する不正問題を引き起こした。自動車部品メーカーのタカタは、未だにエアバッグの欠陥問題の渦中にある。食品業界は相変わらず不祥事のオンパレードで、最近は京都にある米卸の京山が、国産コシヒカリに中国産の米を混ぜていた疑いがあると週刊ダイヤモンドが報じた。日本企業が同業他社の失敗から一向に学習しない理由は、以前の記事「日本企業が陥りやすい10の罠・弱点(1)(2)」でも書いたが、日本人は基本的に皆同質だと思っていながら、いざ問題が起きると「あの企業(人)は特殊なので、我が社(私)には関係ない」と楽観視してしまう傾向があるようだ。

 ただ、それよりももっと深刻な要因は、日本企業には顧客の顔が見えなくなっている点にあるのではないかと思う。引用文のように、自社の顧客に対して家族や親戚、友人や恋人のように大事に接すれば、欠陥のある製品・サービスを押しつけたり、不都合な情報を隠蔽したりはしないはずだ。企業と顧客の距離が遠くなっているがために、「このぐらいごまかしてもバレないだろう」という心理が働てしまうに違いない。かつて、多くの日本企業は現場を重視してきたが、日本人は自分の目に見える事柄については非常に強い関心を示す。ところが、いざ目に見えない世界となると、途端に興味が薄れ、正しい認知ができなくなる。

 日本企業を顧客から遠ざけたのは、アメリカから輸入されたCRMシステム(Customer Relationship Management:顧客関係管理システム)やSFAシステム(Sales Force Automation:営業管理システム)である。CRM/SFAには、顧客の属性情報を登録し、商談履歴や購買履歴、クレーム情報などを蓄積していく。マネジャーはこれらのデータをPC上で分析して、「この顧客にはこういう製品・サービスが売れそうだ」、「最近はこういう顧客セグメント層が出現しているから、彼らにはこういう新しい製品・サービスが売れるのではないか?」と検討する。顧客の生の声を聞かずとも、データだけで相当なマーケティングができるようになったわけだ。

 ただ、これはアメリカだからできることである。グローバル規模で大量に製品・サービスを販売するには、個々の顧客をいちいち観察している暇などない。だから、彼らはデータに依存する。そして、どういうわけか私もまだ十分な考察ができていないのだけれども、アメリカ人はデータ分析中心であっても、顧客ニーズの核心に迫ることができるという特殊能力を持っている。これがアメリカでは普通だから、例えばP&Gやユニリーバの社員がわざわざ消費者の自宅を訪れて一定期間一緒に生活することで、潜在的なニーズをくみ取ろうとしているとか、文化人類学に倣ってエスノグラフィー・マーケティングなるものが登場すると、アメリカでは奇異の目で見られる。

 アメリカ企業のこうした事例が日本に紹介された時、私は「これは日本企業が昔からやっていた手法なのではないか?」と感じた。日本企業のマーケターや営業担当者は、バッタ営業などと揶揄されながらも、顧客にへばりついてその行動を観察し、言葉に現れない細かい潜在ニーズを丹念に拾い上げていった。そして、マーケターや営業担当者が家族や友人にしてあげるのと同様に、今目の前にいるこの具体的な顧客のために自分が役に立てることはないか?と問うたのである。時に自社の利益を度外視してでも、顧客に貢献することを優先することもあった。

 顧客が自社にもたらす収益に応じてランク分けするというのもアメリカ企業の発想である。CRM/SFAシステムを使うと、顧客ごとの収益を計算することができる。その計算をもっと高度にすれば、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を求めることも可能だ。そして、自社にとって”金になる顧客”にフォーカスせよというのが、アメリカ企業のやり方である。10年ほど前、私がコンサルタントとしてまだペーペーだった頃、シティバンクは預金口座の残高に応じて顧客に手数料を課しているという話を聞いて驚いた記憶がある。シティバンクは、預金残高が高い顧客には手数料を課さない。逆に、預金残高が低い顧客には、口座維持費として手数料を要求する。つまり、「お金がない人は我が社に来るな」というメッセージを暗に発しているのである。

 私の前職のコンサルティング会社でも、クライアント企業の営業部門に対して、「顧客の予算規模の大きさ」と「営業担当者と顧客との関係性の強さ」という2軸でマトリクスを作り、クライアント企業の顧客をマッピングして、顧客の取捨選択を勧めたことがあった。今となっては、ほめられた提案ではなかったと後悔している。日本企業は、アメリカ企業のように顧客を自社の都合で選択しない方がよい。繰り返しになるが、目の前にいる実際の顧客のために、まるで家族や恋人に対してするかのように最善を尽くす。その顧客がすぐにお金になるか、3年後にお金になるか、一生お金にならないかは解らない。全社員が、自分の受け持った顧客に対して分け隔てなく接する。そうすれば、自然と利益は後からついてくる。国際コミュニオン学会名誉会長の鈴木秀子氏は、お金に対する執着を捨てた瞬間、不思議とお金が増えるようになったと述べている。

 組織には2:6:2の法則がある。優秀な社員とダメな社員が2割ずつ、残りの6割は平凡な社員であるという法則である。この法則の面白い点は、ダメな社員は自社に貢献していないのだからクビを切ればいいと言って解雇すると、残りの8割の社員が再び2:6:2の割合で分散するということである。先ほど、顧客にはすぐにお金になる顧客、3年後にお金になる顧客、一生お金にならないかもしれない顧客があると書いた。私の直観だが、この3タイプの顧客も2:6:2の法則に従うような気がする。そして、一生お金にならないかもしれない2割の顧客を切ると、残りの8割の顧客が再び2:6:2の割合で分散するのではないかというのが私の仮説である。

 一生お金にならないかもしれない2割の顧客どころか、普通の6割の顧客までも切り捨てたがために痛い目に遭った日本の大手コンサルティングファームを私は知っている。随分昔の話なのだが、このコンサルファームの金融事業部門はある時、自社との取引額(コンサルティングフィー)が上位5位以内に入らない金融機関との取引を全て停止するというレターを金融機関に送りつけた。ちょうどその頃は金融機関の業界再編が進んでおり、このレターを送った直後に、上位5社の間でも合併が相次いだ。その結果、顧客となる金融機関が2行に減ってしまった。金融事業部門のパートナーは慌てて他の金融機関からコンサルティング案件を掘り起こそうとしたものの、レターの印象が悪すぎて、その後数年は金融事業部門の売上が低迷したという。

 日本企業は、データや収益性よりも、自分の目に映ることを大切にし、1人1人の顧客との絆を構築するべきである。以前の記事「『シン・保守のHOPEたち 誰がポスト安倍・論壇を担うのか/慰安婦合意(『正論』2017年3月号)』―保守とは他者に足を引っ張られながらも、なおその他者と前進を目指すこと」でも書いたが、絆は「ほだし」とも読み、足枷という意味も持つ。家族関係が時に煩わしさを伴うのと同様、顧客との絆も企業の足を引っ張ることがあるだろう。「なぜこの顧客にここまでしなければならないのか?」、「こんなことをしたら赤字になるのではないか?」と思うこともある。それでも、自社が接するあらゆる顧客の様々な困りごとを助ければ、大儲けは難しくても大赤字は防げる。これは確たる根拠がある話ではない。信じるか否かの話である。

 《2017年4月12日追記》
 上記のような経営を実践すると、こんな感じになるはずである。
 鎌田:要は患者さんの身になるってことで、それだったら誰も反対しないわけですよ。具体的には、どんな患者さんも断らなかったり、多くの病院が休みの正月に溢れるほど患者さんが来られても、医者も自然と集まるような病院です。小池都知事の言い方をすれば患者ファースト。医者にとって、これが一番のやりがいになるんです。ですから僕が院長として19年にわたって温かな病院をやっているうちは、それほど大きな黒字にはなりませんでしたが、赤字には一度もなりませんでした。
(鎌田實、佐光正義「その時、リーダーはどう動くか」〔『致知』2017年5月号〕)
致知2017年5月号その時どう動く 致知2017年5月号

致知出版社 2017-05


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 もう1つ重要なのは、自社が顧客の様々な(時に無茶な)要求に応えているからと言って、自社の社員や取引先、金融機関や株主など自社に経営資源を提供してくれる自社より下位のステークホルダーに無茶な要求をしてはならないということである。「虐待の連鎖」という言葉があり、親から虐待を受けて育った人は、自分が親になると子どもに虐待をするケースが多いことが解っている。企業はそういう連鎖を作り出してはならない。自社のステークホルダーに対して、彼ら自身が追求している成果を上げられるよう、彼らに寄り添って支援をする必要がある(以前の記事「【ドラッカー書評(再)】『断絶の時代―いま起こっていることの本質』―「にじみ絵型」の日本、「モザイク画型」のアメリカ」を参照)。つまり、企業は第一に滅私・利他的でなければならない。この時、日本で失われつつある共同体が企業を中心に復活するのではないかと考える。

2017年03月15日

補助金にふさわしいと思う中小企業の3条件

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地震計測器

 中小企業診断士という仕事柄か、補助金・助成金(以下、単に補助金とする)を受けたことがある中小企業を見学させていただく機会が増えた。もう何年も前のことだが、訪問企業の中にこんな中小企業があった。この中小企業は、地殻のひずみを測定する「ひずみ計」という機器を製造している。ひずみ計は微細な地殻変動をとらえ、地震を予知するのに使われる。精度が高いひずみ計になると、1億分の1~10億分の1ミリというひずみを測定することができる。

 一般的なひずみ計の原理はシンプルである。円筒状の金属にオイルを満たし、地中深くに埋める。地殻が変動すると、金属が押されることによってオイル面が上昇する。その上昇幅でひずみの大きさを測定するというわけである。ところが、この形態のひずみ計を設置するためには地下1,000mほどの穴を掘る必要があり、ボーリングだけで1億円以上かかる。また、オイル面の上昇幅しか測定しないため、円筒がどの方向から押されたのか解らないという問題もあった。

 そこでこの企業は、地下500mほどでも測定可能なひずみ計の開発を行った。また、地殻変動の方向を把握するために、円筒状の金属の中にオイルを入れるのではなく、小型のひずみ感知器を十字型に配置することとした。これで4方向の地殻変動を測定できるようになる。この企業は、新型のひずみ計の開発のために補助金を活用していた。

 東日本大震災以降、地震予知の研究は活発になっているのかと思いきや、全くの逆方向に動いているそうだ。気象庁は毎年、全国に設置されているひずみ計のリプレースのために概算要求を出しているのだが、財務省との予算折衝の過程で削られてしまうらしい。大学の地震研究の予算も同じように減少傾向にある。そのため、地震学科を廃止する大学が増えている。削られた予算はどこに向かっているのかというと、被災地の復興や原発の安全対策、津波防止などに振り向けられている。地震予知のような基礎研究には、予算がつきにくいのが現状である。

 補助金は資金調達の一手段である。ただし、以前の記事「【補助金の現実(2)】補助金の会計処理は、通常の会計処理よりはるかに厳しい」でも書いたように、補助金は書類作成が非常に大変であり、使途も厳しく限定される。よって、金融機関から借り入れることができるなら、はっきり言ってそれに越したことはない。借入が難しいということは、金融機関からその企業はリスクが高すぎると判断されたことを意味する。そういう企業に対して、補助金という公的資金を投入するのは、公的資金を投じてでもその企業を存続させたいそれなりの理由があるからである。

 それなりの理由とは、私なりに考えると3つある。第一に、事業化のハードルは高いが、事業化に成功すれば一定の市場規模が確保できるような、イノベーティブなアイデアを持っていることである。別の表現をすると、現時点では潜在顧客が対価を支払うほど市場が成熟していないものの、製品・サービスのよさが認められれば、市場が一気に開ける可能性がある、ということだ。要するに、製品ライフサイクルの極めて初期段階にあるアイデアのことを指す。

 上記のひずみ計の例で言えば、今は地震研究に対する逆風で市場が冷えている。しかし、地震予知の必要性は多くの人が認めるところであり、政治的な風向きが変われば再び市場が広がるかもしれない。こういう事業はいわばイノベーションの卵であり、金融機関はリスクが高いと判断して融資に消極的になる。その代わりに、補助金がリスクマネーを提供する役割を担う。

 公的資金を投じてでも保護したい中小企業とは、優れた技術・ノウハウなどの蓄積がある企業であろう。これが補助金の要件の2つ目だ。企業が公器であるとすれば、企業が持つ技術などは社会的な資産である。せっかく価値ある資産を持っているのに、企業の倒産によってそれが消えてしまえば、社会にとっても大きな損失となる。したがって、補助金がそれを阻止する。

 前述のひずみ計製造の中小企業は、1億分の1~10億分の1ミリというひずみに反応する感知器を製造する技術や、地中深くで取得したデータを地上まで転送し解析する技術などを持っている。このような技術は、単に難易度が高いだけでなく、地殻変動の測定以外の分野にも応用できる可能性があると思う。だから、仮にこの企業が経営不振に陥ってその組織能力が失われるとしたら、非常にもったいないことであるに違いない。

 金融機関は、理由がどうであれ財務状況が悪化した企業にはなかなか融資しない。それをカバーするのも補助金の役割である。だが、慢性的に財務状況が悪い企業に補助金を投入するのは、単なる延命措置にすぎない。補助金が有効なのは、一時的な経営悪化によって一時的に資金繰りが苦しくなっている企業である。さらに言えば、経営悪化の原因を適切に把握していることが必要だ。業績不振の原因を外部環境のせいにせず、内部環境の面から自己分析している企業であれば、補助金を使って経営を立て直せるかもしれない。これが3つ目の要件となる。

 ご紹介した中小企業の経営者は、気象庁に予算がつかない影響で経営が苦しいとこぼしていた。ただ、財務諸表を見せてもらうと、実はかなりの内部留保がある。だから、本当は補助金に頼らなくてもやっていけた可能性がある。優れた技術・ノウハウの蓄積がありながら、一時的な経営不振で資金難に陥っており、イノベーティブなアイデアで巻き返しを図ろうとする別の中小企業に補助金を回した方が効果的だったかもしれない。

 中小企業向けの補助金については、審査ポイントが公募要領などで全て公開されている。いくつかの公募要領を見てみると、1つ目の要件であるイノベーティブなアイデアの有無に関しては、たいてい審査対象となっている。ところが、2つ目の要件である優れた技術・ノウハウなどの蓄積については、どこまで突っ込んだ審査が行われているのかやや不明である。

 補助金に限らず中小企業の経営者とお話をさせていただく中で私が感じるのは、中小企業は意外と自社の競合他社がどこなのか知らない、ということである。優れた技術・ノウハウとは、一言で言えば強みである。だが、企業経営における強みとは、競合他社との比較で相対的に判定される。「我が社はこれが強い」といくら声高に言っても、自社が勝手にそう評価しているだけでは意味がない。補助金の審査においては、申込企業が競合他社を特定できているか?競合他社と自社の組織能力を定量的/定性的に比較できているか?その上で、自社の強みを明確にしているか?といった点を見るべきだと思うが、果たして十分に審査されているだろうか?

 3つ目の要件、すなわち、一時的な経営不振で一時的に資金繰りが逼迫しているが、経営不振の原因を適切に自己分析できているという点については、私が知る限り審査の対象になっていない。むしろ、以前の記事「とある中小企業向け補助金の書面審査員をやってみて感じた3つのこと(国に対して)」で書いたように、資金繰りが安定していることの方が高く評価される。

 もちろん、慢性的に資金難の企業は、補助金を受け取ってもその後の事業が続かないリスクがあるため、資金繰りを重視したくなる理由も解る。しかし、資金繰りが安定しているのであれば、何も面倒な補助金に頼らず、金融機関から借入をすればよい。私は、慢性的に資金難の企業に補助金を与えよと言いたいわけではない。繰り返しになるが、それでは中小企業の延命策になってしまう。あくまでも、一時的に資金難に陥っている企業を対象にした方がよいと考える。

 かつ、経営不振の原因を他責的ではなく自責的に分析できていることが望ましい。他責的な企業は、同じような環境変化が起きると再び経営不振に陥る。こういう企業に補助金を与えると、経営が苦しくなったら補助金に頼ればよいという依存症に陥る。そうではなく、経営不振の原因を自責的にとらえ、前向きに組織学習できている企業の方が、補助金にふさわしい。「今回だけは補助金を利用するが、今後は経営不振の教訓を生かして、補助金に頼らず安定的・持続的な経営を目指す」という企業こそ、補助金を最も有効に活用してくれるだろう。


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