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双極性障害で入院したところ40日の予定が1週間で退院してしまった事の顛末
『維新する(『致知』2017年8月号)』―デビュー25周年のMr.Childrenの歌詞を解剖する
【感想】Mr.Children新曲「himawari」(映画『君の膵臓をたべたい』主題歌)の歌詞を解剖する

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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マネジメント・フロンティア
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◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

NPOビジネスサポート特定非営利活動法人NPOビジネスサポート
(監事を務めています)

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(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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2017年09月01日

双極性障害で入院したところ40日の予定が1週間で退院してしまった事の顛末


頭から煙を出す男性

 《参考記事》【シリーズ】中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由
  1.中小企業診断士という資格を知ったきっかけ
  2.中小企業診断士を勉強しようと思ったきっかけ
  3.ベンチャー企業での苦労
  4.長い長い病気との闘いの始まり
  5.増え続ける薬、失った仕事
  6.点と点が線でつながっていく
  7.これから独立を目指す方へのメッセージ
 上記のシリーズ記事をご覧いただいた方はご存知かもしれないが、私はここ5年ほど双極性障害(Ⅱ型)という精神病に罹患している。双極性障害(Ⅱ型)という診断に変わる前は4年ほど通常のうつ病だと思って治療を受けていたので、治療期間はトータルで9年近くに及ぶ。私の人生の4分の1は闘病生活で占められている。ここ2年ほどはまずまず仕事ができていたものの、調子に乗って仕事を入れまくった結果、休みが取れなくなり、抑うつ症状が強く出てしまった。もう7年ぐらいお世話になっているかかりつけの医師に相談したところ、このままだと身体が持たなくなるため、休養目的で入院した方がよいと言われた。

 実は、私は5年前のほぼ同じ時期にも、休養目的で都内のある病院の心療内科に入院している。その時は約40日入院し、人生で初めて全く何もしない夏休みを経験した。私が退院してから約半年後、その病院の心療内科が閉鎖されてしまったのだが、今年に入ってから心療内科が復活したというので、慣れている病院がいいだろうということでその病院に入院することにした。

 私が入院直前に飲んでいた薬は以下の通りである。
 リボリトール1mg×2錠【抗不安薬】
 ジェイゾロフト25mg×2錠【抗うつ薬】
 リーマス200mg×1錠【抗精神病薬】
 サインバルタ30mg×1錠【抗うつ薬】
 ジプレキサ5mg×1錠【抗精神病薬】
 メイラックス1mg×1錠【抗不安薬】
 入院前に外来で診察を受けた時、担当医から「双極性障害の場合、抗精神病薬と抗うつ薬や抗不安剤を一緒に飲むことはない。抗精神病薬のリーマスだけに絞って200mgから600mgに増量し、他の薬は中止しよう」と言われた。この時点で私の頭には2つの不安がよぎった。

 1つは、抗うつ薬や抗不安薬を急に中止することで生じる離脱症状である。離脱症状とは、薬を止める時に出る副作用のことだ。長期間、薬を飲んでいると、薬の成分が定期的に身体に入ってくる。すると、身体は定期的にその成分が入ってくるものだと思い、その予定で身体の中を調整する。そのような状態でにいきなり薬を止めると、身体は入ってくるものと思っている薬の成分が入って来ないので、身体の中の色々なバランスが狂ってしまう。具体的には、めまい、頭痛、吐き気、だるさ、しびれ、耳鳴りなど、様々な症状をきたす。私の場合、長期間にわたって抗うつ薬や抗不安薬を服用しているため、離脱作用が出る可能性が高い。

 もう1つは、リーマスの急激な増量に伴う副作用である。血液検査の結果、私の血液中のリーマスの濃度が低かったので担当医は増量の判断を下したのだが、リーマスには様々な副作用がある。手の細かいふるえ、口の渇き、吐き気、食欲不振、下痢、めまい、立ちくらみ、眠気、脱力・けん怠感などである(ちなみに、リーマスには「リチウム中毒」という重篤の副作用もあるが、600mg程度では発症することがほとんどないらしい)。この2つの不安はやがて現実となる。

 私が入院したのは8月4日(金)である。外来の時の担当医に加えて、主治医がもう1人つくことになった。2人とも5年前とは別の先生である。2人体制で盤石かと思いきや、全くそんなことはなかった。5年前に入院した時は、主治医1人だけで担当医はいなかったにもかかわらず、1日朝夕の2回回診があり、さらに週に2回30分程度の面談があってじっくりと私の話を聞いてくれた。ところが、今回は回診が毎朝1回だけで、定期的な面談もないという。医師が2人に増えたのに回診の回数が半分に減っているのだから、医療サービスの質は4分の1に落ちている。

 さらに言えば、5年前に比べて看護師の質も落ちていると感じた。5年前は、少なくとも朝晩の2回患者の様子を見に来て、血圧と体温を測ってくれた。私が時折こぼす弱音にも耳を傾けてくれた。しかし、今回は朝しか様子を見に来ない。しかも、他の診療科にかかっている患者の元には夜も看護師が訪れるのに、私のところだけ看護師がやって来ない。

 6日(日)、本来主治医は休日で休みのはずだが、なぜかこの日は病棟に来ていた。そして、私に対して驚くべきことを言った。「前回入院した時の記録も含めてこれまでの治療歴を見てみると、どうも双極性障害ではない気がする」。これには私も混乱した。5年間双極性障害だと思って治療を受けてきたのに、主治医は記録を見ただけであっさりとそれを否定しようというのである。この時点で、主治医は双極性障害ではないかもしれないと思っており、一方でもう1人の担当医は私が双極性障害だと思ってリーマスを増量しているのだから、2人の間で治療方針が矛盾している。私は一体何を信じればよいのか解らなくなった。「では、何の病気なのですか?」と聞いたところ、「それは入院中に病理検査を受けてもらわないと解らない」との返答であった。

 私は経営コンサルタントの端くれなのだが、コンサルティングの仕事をしていると、顧客企業が以前に使っていたコンサルティング会社の成果物を否定することがある。否定するとそれだけで仕事をした気分になるからだ。しかし、否定される側は、こんなにも不愉快な気持ちになるものなのかと、恥ずかしながら私はこの時初めて知った。確かに、前のコンサルティング会社の成果物が滅茶苦茶で、この通りに顧客企業が経営を行ったら危ない方向に行ってしまう場合には、その成果物を否定しなければならない局面というのはある。ただ、その場合には、すぐさま新たな仮説を提示して、顧客企業が真に進むべき方向性を照らすのがコンサルタントの責任である。

 もちろん、医師はコンサルタントと違って、不確かな仮説を簡単には提示できないという事情はあるだろう。だから、主治医は病理検査を私に勧めてきたわけだ。しかし、現状調査をするのであれば、すぐさま開始するべきだと思う。私が最初の病理検査を受けたのは、入院してから1週間が経過した10日(木)であった。しかも、入院中にどういう検査を受けるのか、その全体像は教えてくれない。あまりコンサルティングの常識を医師に押しつけるのもよくないのかもしれないけれども、コンサルティングであれば必ず事前に現状調査の全体像やスケジュールを顧客に提示するものである。何をいつまでに調査するのかをあらかじめ顧客に納得してもらう。今回のように、ずるずると病理検査を続けようというのは、私からすると考えられない。

 百歩譲って、その1週間が経過観察期間だったとしよう。しかし、本当に患者の経過を観察する気があったのかと疑念を抱かざるを得ない。案の定、入院して4日目ぐらいから、頭がガンガン揺れる感覚に襲われるようになった。離脱症状が出始めたのである。そのことを主治医に訴えたところ、最初に処方されたのは普通の頭痛薬であった。こんなものは効くはずがない。5日目になると、頭の不調に加えて吐き気がするようになった。もう1人の担当医に相談したら、コントミンを処方された。コントミンは古くからある統合失調症の薬らしい。だがこのコントミン、調べてみると命に関わる重篤な副作用をもたらす危険性があるため、やむを得ない場合に限って処方される薬だそうだ。担当医からはそんな説明は一切なかった。

 それでも一応コントミンを飲んでみたところ、その日は症状が治まった。しかし、翌6日目には激しい胸やけと吐き気に襲われた。めまい、手足の冷え、手先の震えといった症状も出てきた。私はここに至って、これは離脱症状だけのせいではないと思うようになった。というのも、以前も私は何度か薬を1週間ぐらい切らしてしまったことがあり、離脱症状に襲われたことがあるのだが、日に日に症状が悪くなるということは経験したことがなかったからだ。

 となると、考えられるのは、もう1つの可能性であるリーマスの副作用である。リーマスの血中濃度が徐々に上がったことで副作用が出たのかもしれない。ところが、主治医はリーマスのことは全く頭にないのか、「離脱症状で手足の冷えはない」と言い切るばかりである。ひとまず、対処療法的に吐き気止めと胸やけの薬を処方してもらった。入院中はゆっくりと本が読めると大量の本を病室に持ち込んだのに、長時間文字を見続けると気分が悪くなるし、本の内容をメモに取ろうとしても、手が震えて満足に字を書くことができない。

 7日目の10日(木)、いよいよめまいがひどくなってきた。前述の通り、この日は1回目の病理検査があり、簡単な知能テストのようなものを受検した。しかし、途中で気分が悪くなったため、半分しかテストを消化することができなかった。私はコントミンの効きが悪いので、普通のめまいの薬を出してほしいと看護師に何度かお願いした。看護師は院内の薬局に連絡を取ったらしく、夜になればめまいの薬が出ると言った。だが、夜になって夜の看護師にめまいの薬をもう一度お願いすると、明日の朝主治医の診察を受けてもらわないと出せないと言う。

 11日(金)~13日(日)は3連休で、主治医も担当医も基本的には休みであり、回診も十分にできない。そこで、この3連休は外泊してもよいとあらかじめ主治医からは告げられていた。このこと自体には私は怒っていない。ちょうどお盆休みにかかるから仕方のないことだ。前回入院した時も、主治医は夏休みを1週間とっていた。主治医の言葉を受けて、私は、11日の10時に病院を出て、13日の17時に病院に戻ってくる計画を事前に申請していた。ただ、10日の私がこんな状態であったので、主治医は私が外泊する翌11日の10時より前に回診に来ることになった。

 さて、11日になったのだが、待てど暮らせど主治医が来ない。11時になって私が看護師を呼んで確認してもらったら、まだ病棟に来ていないと言われた。仕方なくもう少し待ってみたものの、12時になっても来ない。しびれを切らした私が看護師に言うと、看護師が主治医の携帯に電話をしてくれた。ところが、主治医は夕方にしか来ないと言う。朝10時までに来ると言っておきながら、何の連絡もよこさずに来るのが夕方になるというのは非常識極まりない。民間企業でこんなことをしたら、即刻取引停止である。私は夕方まで待てないと言って、めまいの薬をもらわずに外泊した。これが5年前と同じく1日2回の回診ならば、10日の夕方に問題は解決していたはずだ。

 3連休は地獄であった。めまいはするし、頭はガンガン揺れるし、脳みそがギューッと締めつけられるような感覚が続いた。身体は火照っているのに、全身からは変な汗が出て、手足が冷えた。下痢もするようになった。食事も十分に摂れなかった。実は、食事は入院5日目あたりから満足に摂れなくなっていた。そのせいで、入院わずか1週間で体重が3kgも落ちた。入院前に取引先に頭を下げてせっかく休暇をもらったのに、これでは全く休暇にならなかった。ストレスから解放されるどころか、かえってストレスがたまる一方であった。

 あまりに症状が悪化したので、12日(土)に病院に電話したところ、一度病院に戻ってきてくれとのことだった。私は主治医も担当医もいないのだからどうせ薬は処方されないだろうと思っていたが、やはり看護師の力だけでは薬は出なかった。完全に無駄足であった。私はこのまま入院しても満足な治療が受けられないと感じ、退院を願い出た。だが、週末は退院手続きができないと言う。そこで、外泊を14日(月)の午前中まで延ばし、14日に病院に戻ってきて退院手続きをするということで話は落ち着いた。13日(日)、私はあまりよくないとは思いつつ、自宅に残っていたサインバルタとリボトリールを飲み、リーマスの服用を止めた。すると、症状はかなり改善した。

 14日の朝、病院に戻ると、主治医が悪びれる様子もなくやってきた。3連休の様子はどうだったかと尋ねるので、「お前のせいで最悪だった」と言ってやりたいところだった。私はその思いをぐっとこらえて淡々と前述の症状を説明した。すると、「部分的に離脱症状が混じっているが、下痢は離脱症状で説明ができない」と返された。

 私は、リーマスを3倍に増やした影響ではないのかと言うと、主治医は最初「リーマスは増やしていない」と言い放った。この主治医は、自分が患者に処方した薬の内容を忘れていたのである。私がそのことを指摘すると、やや慌てふためいた様子で、「それでもリーマスの副作用で下痢はあり得ない」と強弁してきた。私は3連休中にリーマスの付属書類も読み、リーマスの副作用に下痢があることを把握していた。リーマスの副作用で下痢を生じることがあることを報告する論文も見つけていた。そのことを言ってやろうかと思ったものの、ここで喧嘩してもストレスになるだけだと思い止めた。私はさっさと退院させてくれと言って、とっとと病院を後にした。こういうわけで、当初40日ほど入院する予定だったのが、実質1週間になってしまった。

 再びコンサルティングの話を持ち出すことをお許しいただきたいが、コンサルティングで顧客企業に何か改革を提案する時は、改革に伴うリスクも提示する。そして、リスクに対する2次対応策を一緒に提案するのが普通である。今回のケースでも、リーマス以外の薬を全て中止し、リーマスを増量することに伴うリスクは、医師であれば把握していて当然であるし、リスクが生じた場合にはすぐに対策を打つべきであろう。相手が入院患者であれば、なおさら迅速に手を打たなければならない。そうでなければ、何のために患者を入院させているのか解らない。

 もう1つ、この主治医には妙な癖があった。それは、人の言うことを何でもすぐに否定したがるということである。「双極性障害でないかもしれない」、「離脱症状で手足の冷えはない」、「リーマスの副作用で下痢はあり得ない」といった具合だ。さらに私は、夜眠りが浅いので、以前服用したことがあるサイレースという入眠剤を出してほしいとお願いしたことがあった。すると、「サイレースは健忘症の副作用があり、欧米では犯罪に使われることもあるため、販売が縮小されている。日本でも今後そのような動きになる。だから、サイレースは使わない方がよい」と言われた。これらの主治医の言葉に共通するのは、「では、代わりに一体何なのか?」という代替案がないことである。頭の中の知識(しかもその一部は誤っている可能性がある)だけで処理をして、目の前の患者と向き合おうとしない姿勢には無性に腹が立った。

 それでも1つだけ入院してよかったことがあるとすれば、医師が私の病気にどんな名前をつけようとも、実はそれは私の元々の性格の一部であって、治療でどうにかなるものではないのかもしれないと気づいたことである。そう考えると、多少は気持ちも楽になった。予期せぬ形で短期間で退院してしまったわけだが、まずはかかりつけの医師のところに戻って、薬を入院前の状態に戻してもらおうと思う。これは離脱症状対策である。その後は徐々に減薬をして、年末をめどに薬をゼロにできればと考えている。そうすれば、9年間の闘病生活にピリオドを打つことができる。


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2017年08月01日

『維新する(『致知』2017年8月号)』―デビュー25周年のMr.Childrenの歌詞を解剖する


致知2017年8月号維新する 致知2017年8月号

致知出版社 2017-08


致知出版社HPで詳しく見る by G-Tools

 《参考記事》
 【感想】Mr.Children新曲「himawari」(映画『君の膵臓をたべたい』主題歌)の
 歌詞を解剖する


 今回の記事は『致知』の内容とはほとんど無関係に、今年デビュー25周年を迎え、私が愛してやまないMr.Childrenの歌詞について書くことをご容赦いただきたい。
 平凡な日常のように思えても、それは決して同じことの繰り返しではありません。私たちの心や魂にエネルギーを与えてくれるキラリと光る出来事は、少し意識さえすれば、人生のあらゆる場面に満ち満ちているのです。
(鈴木秀子「夢みたものはひとつの幸福 ねがつたものはひとつの愛」)
 Mr.Childrenもサザンオールスターズと同じく、人生の応援歌、恋愛の歌、社会風刺の歌など、様々なジャンルの曲を作ることができるバンドであった。「であった」と過去形で書いているのは、社会風刺の曲に関しては、Mr.Childrenはある時からぱったりと作らなくなったからだ。

 Mr.Childrenの社会風刺の曲と言えば、真っ先に思い出すのは「マシンガンをぶっ放せ」や「everybody goes~秩序のない現代にドロップキック」、「フラジャイル(「シーソーゲーム~勇敢な恋の歌」のカップリング)」、「So Let's Get Truth(アルバム『深海』収録)」、「傘の下の君に告ぐ(アルバム『BORELO』収録)」あたりである。ただ、社会風刺の曲はMr.Childrenのキャリアの初期に集中している。それ以降は数が減っていき、辛うじて2005年に発売された『Iラブ(※「ラブ」はハートマーク)YOU』に収録されている「ランニングハイ」や「跳べ」に社会風刺らしい歌詞が少し織り込まれた程度である。2007年に発売された『HOME』以降は、社会風刺の曲が姿を消し、僕の人生や君との愛を歌う曲に集中している。

 これにはいくつか理由があるだろう。あくまでも推測の域を出ないが、1つには、この頃から桜井和寿さんの精神状態が安定したこと、もう1つには、社会を批判することでお金を儲けることは、人の不幸を飯の種にしているようなものであり、それが許せなくなったということが挙げられるのではないかと思う。それよりも、ありふれた日常に目を向け、今自分が置かれている現状と対峙し、ちょっとした出来事がもたらす喜怒哀楽を素直に受け止めて、愛する君と一緒に生きる人生の意味をそこに見出していくという方向に転換した。2007年以降のMr.Childrenのテーマはこの1点に集中しており、この1点だけで2007年以降10年間も活動しているのである。

 渡辺和子氏の著書に『置かれた場所で咲きなさい』という本がある。タイトル通りの内容の本であり、人は必ずしも自分が望むような地位や役割を与えられるわけではない、それが仮に不遇に思えても、「神は決して、あなたの手に余る試練を与えない」のであって、微笑みと感謝の気持ちを持って無償の愛を相手に注げば、必ずその場所でその人なりの花を咲かせることができると書かれている。これは、ここ10年のMr.Childrenの歌詞の内容とぴったりと符合する。

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渡辺 和子

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 例えば、2015年のアルバム『REFLECTION』収録の「未完」では、「さぁ行こうか 常識という壁を越え/描くイメージはホームランボールの放物線/そのまま消えちゃうかもな/いいさ どのみちいつか骨になっちまう/思い通りに いかないことがほとんどで/無理に足掻けば囚われの身の動物園/いつか逃げ出してやるのにな/尖らせた八重歯 その日までしまう」と歌われている。「幻聴」の「向こうで手招くのは宝島などじゃなく/人懐っこくて 優しくて 温かな誰かの微笑み/遠くで すぐそばで 僕を呼ぶ声がする/そんな幻聴に 耳を澄まし追いかけるよ」という歌詞は、僕が目指しているのは宝島のような立派なものではないけれども、君の微笑みに呼応してこちらも微笑み返せば、明るい未来が見えるかもしれないと示唆している。

 Mr.Childrenが歌う愛も年々純化されているように感じる。初期のミスチルは、若者らしく欲望を抑えきれなかった「車の中でかくれてキスをしよう(アルバム『KIND OF LOVE』収録)」、歌の登場人物がダブル浮気をしていた「LOVE(アルバム『versus』収録)」、複雑な恋愛事情を歌った「ありふれたLove Story~男女問題はいつも面倒だ(アルバム『深海』収録)」などといった変化球をボンボン放っていた。ところが、2002年に発表された、その名もズバリのシングル「君が好き」あたりから、徐々に君への思いをストレートに表現するようになった。

 2012年の「常套句(アルバム『(an imitation)blood orange』収録)は「君に会いたい」と連呼しているし、前述の『REFLECTION』に収録されている「you make me happy」でも、趣味が自分とまるで違う君について「きみといるこの部屋が好き/きみといるこの暮らしが好き/You are the one. We are the one./今が好き」と包み隠さず歌っている。「運命」などは、40代後半に差し掛かったメンバーが歌うにはあまりにも純愛すぎて、聞いているこちら(聞いている私も30代中盤のおじさんなのだが)が恥ずかしくなりそうだった。

 今置かれている場所で、大切な人のために生きる―Mr.Childrenのここ10年のメッセージを端的にこう表すのであれば、私は少し反省しなければならないことがあると感じた。私は本ブログで、大雑把ではあるが日本の階層社会を「神⇒天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/NPO⇒学校⇒家庭」と描写し、天皇を除いた各階層の内部もまた、複数の階層に分かれていると書いてきた(天皇だけはお一人)。日本人はこの複雑な階層社会のどこかに位置づけられる。もちろん、ある人がある時は会社で働き、ある時は家庭で父親となるといった具合に、複数の役割を持つのが普通であるが、どんな人も主たる役割というものが決まっている。

 私は当初、日本人がこの階層社会の中を(神や天皇は例外として)自由に動き回り、適材適所に落ち着くと考えていた(以前の記事「室谷克実『呆韓論』―韓国の「階級社会」と日本の「階層社会」について」を参照)。だがその後、そこまでの自由は日本にはなくて、むしろ不合理な理由によって、適材とは思えない人材が特定の地位や役割を占めることが多いのではないかと思い始めた。日本では能力本位ではなく、徳があるとされる人が高い地位に就く傾向がある(旧ブログの記事「功ある者には禄を、徳ある者には地位を-『人事と出世の方程式』」を参照)。

 以前の記事「山本七平『山本七平の日本の歴史(下)』―「正統性」を論じる時に「名」と「実」を分けるのが日本人」でも書いたように、日本人は正統性を後から考える人種である。通常は、「その地位に就くのにふさわしい=正統性を持った人を選ぶ」のだが、日本人の場合は、先に人を選んで、「そうなってしまった以上は仕方がない。それをどうやって正統化するか」と考える。とはいえ、日本人は決して無能ではなく、以前の記事「『しなやかな交渉術(DHBR2016年5月号)』―「固定型」のアメリカ、「成長型」の日本、他」で書いたように「成長型」の人間であるから、地位や役割がその人を育てることも期待できる。ただ、本人が周りの期待通りに成長するかどうかはやってみないと解らず、運に委ねられている。よって、日本社会は能力面で見ると、整然と適材適所が実現されているわけではなく、非常にでこぼこの多い不平等社会である。

 その不平等を少しでも解消できるようにと、私が導入したのが垂直方向の「下剋上」と「下問」、水平方向の「コラボレーション」(これにも「下剋上」や「下問」のようにカッコいい日本語の名前をつけたいのだが、今のところ妙案がないため、「コラボレーション」としておく)である(以前の記事「【ドラッカー書評(再)】『断絶の時代―いま起こっていることの本質』―「にじみ絵型」の日本、「モザイク画型」のアメリカ」を参照)。これによって、各人は与えられた役割に閉じ込められず、縦横に”少し”はみ出すことで、能力を発揮できる自由と機会を増やすことができると考えた。この自由があるから日本は自由主義だと書いたこともあった(以前の記事「『首都の難問─どう解決するか(『世界』2016年11月号)』―日本は不平等だが自由な社会、他」を参照)。

 だが、最近の私はこの「下剋上」や「下問」、「コラボレーション」を強調しすぎていたというのが反省の内容である。「下剋上」や「下問」、「コラボレーション」をする前に、まずは本分を全うしなければならない。つまり、自分を真っ先に必要とする人のために愛を注ぐということである。たとえその相手が能力的に見て適材だとは思えないとしても、である。上司のために尽くす、顧客のために尽くす、家族のために尽くす。私は最後のことが最も大切だと思う。(特殊な事情を抱えた人もいるが、)家族としての役割を持たない人はほとんどいないからである。

 家族、特に愛する人のために愛を注ぐ。しかも、見返りを求める愛ではなく、無償の愛である。これが人間関係の基本である。昔、前職のベンチャー企業で、起業家として成功している人は、家族も大事にしているから成功したのか、家族を犠牲にして仕事に全てを注いだから成功したのかという議論をしたことがある。明確な結論は出なかったが、前職のグループ会社3社の社長は皆家族関係が崩壊しており(ある社長の息子は引きこもりのニートになり、ある社長は妻を捨ててキャバ嬢と再婚した。もう1人の社長はどうなったか忘れた)、かつ3社とも業績が劣悪であったため、やはり家族は大事にするべきではないかとの見解に至った。愛する人との関係を抜きにして、「下剋上」や「下問」、「コラボレーション」を論じることはできない。

 私は最近ブログで政治について論じることが増えた。これは「企業/NPO」という階層に位置する私からすると「市場/社会」、「行政府」を超えて「立法府」を論じていることになるため、3階級特進である。つまり、本分を明らかに超えている。そんなことを高尚ぶって論じる前に、愛する人との関係を本当に大切にしているのかというMr.Childrenの声が聞こえてきそうだ。

 先ほど、Mr.Childrenは社会風刺の曲を書くのを止めたと書いたが、別の言い方をすれば、自分の力ではどうしようもできないことには触れないということでもある。例えば、「空風の帰り道(「HERO」のカップリング)」には「昨夜見たテレビの中/病の子供が泣いていた/だからじゃないがこうしていられること/感謝をしなくちゃな」というくだりがある。また、「ひびき(「箒星」のカップリング)」には、「去年の誕生日 クラッカーを鳴らして/破裂する喜びに酔いしれていたけど/外を歩いたら銃声が聞こえる/あの場所じゃ その音は 悲しげに響くだろうな/君が好きで 君が好きで 涙がこぼれるんだよ/血生臭いニュース ひとまず引き出しにしまって/風のように 川のように 君と歩いていく」という歌詞がある。

 最初に聞いた時は冷たい言葉だと思ったが、実はそうではない。同情したとしても子どもの病が治るわけでもなく、かの地の戦争が止まるわけでもない。だとすれば、その同情には何の効果もなく、むしろ他人の不幸をだしにして、「自分たちはこんなひどい目に遭わなくてよかったね」と優越感に浸っていることになる。これは傲慢以外の何物でもない。自分の手の届かない他人の不幸などは見ずに、今自分の前にいる人をまずは愛せよというメッセージなのだと思う。

 愛する人との関係で言うと、Mr.Childrenの歌詞にはもう1つ興味深い特徴がある。普通、愛する人とは価値観や考え方が似通っていき、まるで2人で1つであるかのように溶け合うのが理想のように思える。だが、前述の「君が好き」には、こんな歌詞がある。「僕の手が君の涙拭えるとしたら/それは素敵だけど/君もまた僕と似たような/誰にも踏み込まれたくない/領域を隠し持っているんだろう」。愛する人同士であっても、相手に公開しない自分だけの部分を持つ。つまり、お互いに、相手とは決定的に違う部分がある。逆説的だが、違いがあるからこそ、相手を1人の人間として尊重できる。前掲の『置かれた場所で咲きなさい』にはこんな文章がある。
 「人格」である限りは、あなたと相手は違いますし、違っていていいのです。相手もあなたと同じ考えを持たないで当たり前。「君は君 我は我也 されど仲よき」という、武者小路実篤さんの言葉があったと思います。そういう気持ちが大事なのです。自分が一個の人格である時、初めて他人とも真の愛の関係に入れるのです。
 通常は、愛する人が自分と同じであってほしいと思いたくなる。だが、この考え方を拡張していくと、「人類を皆愛するべきだ」という宗教的な愛の観念と、「愛する人は皆自分と同じ考えであるべきだ」という2つが結びついて、人類は皆自分と同じ考えでなければならないという結論に至る。つまり、一が全体であり、全体が一であるという、私が本ブログで何度も恐れてきた全体主義につながってしまう。「つよがり(アルバム『Q』収録)」には「着かず離れずが恋の術でも/傍にいたいのよ」という歌詞がある。愛する相手のことを全て知る必要はない。ただそっとそばにいて、相手が自分と違う部分を持っていることを認め、それを尊重する。それが全体主義という虚構を回避し、真の愛の関係を築くことにつながる。


2017年07月26日

【感想】Mr.Children新曲「himawari」(映画『君の膵臓をたべたい』主題歌)の歌詞を解剖する


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君の膵臓をたべたい (双葉文庫)君の膵臓をたべたい (双葉文庫)
住野 よる

双葉社 2017-04-27

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 映画「君の膵臓をたべたい」の主題歌で、Mr.Childrenの今年2枚目のシングルとなる「himawari」の歌詞を私なりに解剖してみた。以下、「キミスイ」のネタバレを一部含んでいるので注意してください。また、私は普段は小説を滅多に読まない人間であり、まして小説のレビューなど書いたことがないから、ぎこちない文章になっている点はご容赦いただきたい。
 優しさの死に化粧で
 笑ってるように見せてる
 君の覚悟が分かりすぎるから
 僕はそっと手を振るだけ
 いきなり「死に化粧」という言葉が登場する衝撃的な始まりである。【秘密を知っているクラスメイト】くんこと志賀春樹は、クラスメイトの山内桜良が膵臓の病気であり、あと数年の命であることを偶然知ってしまった、桜良の家族以外の唯一の人間である。実は、桜良の葬儀には、春樹は出席していない。だから、桜良の死に化粧も、春樹は直接見ていない。いつもケラケラと声を立てる闊達な桜良は、死に化粧をしても笑っているように見えるというのは、春樹の想像であろう。

 桜良の覚悟とは何だろうか?残り少ない余命を悔いのないように生きるという覚悟ではない。確かに、桜良に残された時間は少ない。しかし、桜良よりも春樹の方が、不慮の事故などで先に命を落とす可能性もある。よって、死が予定されているからと言って1日の価値が上がるわけではなく、どんな人にとっても1日は等価である。そのことを覚悟しているという意味である。
 「ありがとう」も「さよなら」も僕らにはもういらない
 「全部嘘だよ」そう言って笑う君を
 まだ期待してるから
 実は、桜良が病気とは別の理由で突然命を落とす結果となったため、春樹も桜良も、桜良が生きている間にはお互いに「ありがとう」と素直に言う機会がなかった。そして、桜良が死ぬ時も、お互いに「さよなら」を言えなかった。ところが、桜良が膵臓の病気を知ってからつけ始めた『共病文庫』という日記の最後に、桜良があらかじめ用意しておいた春樹向けの遺書で、春樹が桜良の本当の想いを知った時、2人は完全に心を通わせることができた。桜良はもうこの世にいないけれども、桜良は春樹の心の中でこれからも生き続ける。だから、敢えて「ありがとう」と言う機会を探る必要はないし、まして「さよなら」と言う必要もない。

 ただ1つだけ、桜良には「全部嘘だよ」と言ってほしかった。無論、実は病気ではありませんでしたなどという安物の嘘ではない。いつも明るく周りにはたくさんの友人が集まってくる桜良は、病気が判明してからも変わらない様子で振る舞っており、春樹はそれが桜良の天性によるものだと思っていたが、本当は桜良も死が怖かったのではないかということ。1日の価値は等価だと覚悟を決めていたが、本当は寿命が1日、また1日と削られていくことに深い悲しみを抱いていたこと。そうでなければ、桜良は『共病文庫』を作ったり、「死ぬまでにしたいこと」を書き出してそれを実行したりしなかったはずだ。春樹は桜良の矛盾を見抜いていた。
 いつも
 透き通るほど真っ直ぐに
 明日へ漕ぎだす君がいる
 眩しくて 綺麗で 苦しくなる
 桜良は、傍目にはもうすぐ死ぬ人間にはとても見えない。いつも通り学校に来て、いつも通り友人と騒いで、いつも通り試験を受けて、いつも通り透き通った笑い声をこの世に響かせている。桜良には明日がないかもしれないのに、明日もまた今日と同じように生きようとしている。それが春樹には「眩しくて綺麗」に見える。しかし、春樹は桜良が心の奥底から垣間見せていた闇を知っていたから、桜良が「眩しくて綺麗」であるほど、春樹の心は「苦しくなる」のである。
 暗がりで咲いてるひまわり
 嵐が去ったあとの陽だまり
 そんな君に僕は恋してた
 「キミスイ」の作者である住野よる氏は、Mr.Childrenの「himawari」を聞いて、「楽曲のタイトルが『himawari』、桜良をヒロインとしたこのお話の主題歌に夏の花のタイトルがついていたことに想像を悠々と超えられた感覚があった」とコメントしている。

 おそらく、桜良の寿命は(普通に生きていれば)高校3年の春頃までだったと思われる。他の高校生とは違い、春に大学入試の合格発表を見ることができない。いや、たとえ合格発表を見て吉報を得たとしても、桜が散る4月上旬には寿命が尽きて、大学の入学式に出席できなかったに違いない。そういう切なさを込めて、主人公の名前を桜良にしたのだと思う。しかし、桜良は春樹の心の中に存在し続ける。春を終え、夏を迎える。そこには大きな、とても大きな一歩がある。だから桜井和寿さんは、主題歌のタイトルとして、敢えて夏の花であるひまわりを選択したのだと思う。さらに言えば、「嵐が去ったあとの陽だまり」とは、台風の後の太陽が水たまりを照らす様子を指している。つまり、春から夏へとだけでははなく、夏から秋へとも時間は進んでいく。

 「そんな君に恋してた」とあるが、春樹と桜良は恋人関係にあったわけではない。このことは桜良が『共病文庫』の中で明確に否定している。2人は、友達とも恋人とも違う特異な関係にあった。桜良は、もし相手が親友や恋人であったら、病気のことを絶対に知られたくなかったと言う。病気を知ってしまった親友や恋人は、病気に過剰反応して、普段通りに桜良に接してくれなくなる。桜良の病気を知った家族が、高校生には似つかわしくない豪華なテレビやテーブルなどを自分の部屋に用意してくれるのを見て、桜良はおよそ自分の病気を知ってしまった人間というのは、そういう行動をとるものだと悟った。病気という真実を伝えると、日常が崩れてしまう。その点、春樹は人間関係というものに無関心であり、桜良の病気を知っても興味を持ちこそすれ、動揺はしなかった。春樹ならば、真実と日常を両立できると桜良は思ったわけだ。
 想い出の角砂糖を
 涙が溶かしちゃわぬように
 僕の命と共に尽きるように
 ちょっとずつ舐めて生きるから
 春樹と桜良が時間をともにしたのは、わずか4か月である。その4か月に濃密な思い出が凝縮されているのだが、所詮、高校生という未熟な時期の思い出である。だから、角砂糖のように小さくてもろい。今悲しみでたくさん泣いてしまえば、かえって心の重荷が吹き飛んで、思い出が消えてしまうかもしれない。春樹が桜良と心の中で少しでも長く一緒にいるために、悲しみを道連れにすることを覚悟の上で、思い出をかみしめていくことを春樹は選択した。
 だけど
 何故だろう 怖いもの見たさで
 愛に彷徨う僕もいる
 君のいない世界って
 どんな色してたろう?

 違う誰かの肌触り
 格好つけたり はにかんだり
 そんな僕が果たしているんだろうか?
 前述の通り、春樹と桜良は恋人だったわけではない。だから、春樹が今後、別の女性と恋に落ちることは十分あり得る。違う誰かの肌触りを感じ、桜良には見せなかったような恰好つけた態度やはにかんだ態度をとるかもしれない。だからと言って、それが直ちに桜良に対する春樹の不義理を意味するわけではないだろう。心の中に桜良という特別な存在を抱きながら、別の女性を愛するということが一体どういうことなのか、まだこの時の春樹には想像がついていない。そして、実際に春樹に愛する人ができた時にも、この葛藤に苦しむに違いない。桜良という人物を春樹の人生の中でどのように意味づけするのかは、春樹の人生に課された大きな宿題である。
 諦めること
 妥協すること
 誰かにあわせて生きること
 考えてる風でいて
 実はそんなに深く考えていやしないこと
 思いを飲み込む美学と
 自分を言いくるめて
 実際は面倒臭いことから逃げるようにして
 邪にただ生きてる
 これは春樹のことを指している。小学生の頃から友達というものを持ったことがない春樹。当然、恋人がいたこともない。春樹は人間関係を煩わしいものと考えていた。自分の世界に浸り、何事も自己完結させることを好んだ。他人には何も主張しない。友達がいないのだから、そもそも主張する相手がいない。とはいえ、ある時突然誰かが春樹の世界に侵入してきたら、その人の意見には従う。春樹はそんな生き方を「草船」的だと表現して自己正当化してきた。

 一方の桜良は、春樹とは全く正反対の性格である。友達にも恵まれ、これまでに3人の恋人がいたという。食事の好みも、趣味の方向性もまるで真逆だ。もし、桜良の性格を知りたければ、春樹を鏡に映せばいい。逆に、春樹の性格を知りたければ、桜良を鏡に映せばいい。そのぐらい2人の性格は違っていた。いや、あまりにも違っていたからこそ、ジグソーパズルのピースがかみ合うように、2人はお互いをすんなりと受け入れることができた。仮に友達や恋人の関係であったら、2人の間に共通点を見出そうとしただろう。そして、最初はその共通点を喜んでいたのに、次第に相違点に目が行くようになり、それがいざこざの原因となる。しかし、春樹と桜良は全く重なり合う部分がなかったので、友達や恋人とは違う特殊な関係を構築することができた。

 春樹は桜良からたくさんのことを学んだ。春樹は草船のように流されながら生きてきたと思ってきたが、実は人生とは主体的な選択の連続であること。桜良との出会いも、偶然ではなく、春樹が選んだことであること。そして、生きるとは、誰かを心を通わせることであること。誰かを認める、誰かを好きになる、誰かを嫌いになる、誰かと一緒にいて楽しい、誰かと一緒にいたら鬱陶しい、誰かと手をつなぐ、誰かとハグをする、誰かとすれ違う、それが生きるということである。

 逆に、桜良も春樹からたくさんのことを学んでいた。桜良の人生は、周りにいつも誰かがいることが前提だった。桜良の魅力は、桜良の周りに誰かがいないと成立しなかった。誰かと比べられて、自分を比べて、初めて自分を見つけられる。だが、春樹はいつも自分自身だった。春樹は自分のためだけに、自分だけの魅力を持って、自分の責任で生きていた。そんな春樹に桜良は憧れていた。2人の性格がまるっきり違うからこそ、お互いの違いを尊重することができた。そして、いつしか2人はお互いを心の底から必要とするようになった。

 だから、春樹は桜良が死ぬ直前に送ったメールで、そして、桜良は『共病文庫』で春樹に宛てた遺書の最後で、全く同じ言葉を書いたのである。「君の膵臓を食べたい」。春樹は「僕は君になりたかった」と言っている。おそらく、桜良も「私は君になりたい」と思っていたのだろう。ただ、相手のよさを自分に取り入れることで、別の言い方をすればお互いの膵臓を食べることで、本当に自分を変えようとしたわけではないように思う。人間はそれほど簡単には変われない。お互いに、自分には全くないものを持っている人をずっと身近に置いて手放したくなかった。それが「君の膵臓を食べたい」という言葉となって吐露されたと言える。春樹にとって、人生には今まで自分が考えていたものとは違う可能性があることを示してくれた桜良。「だから」、桜良が死んでもなお明日へと放つ眩しさに見とれ、同時に桜良の存在のあまりの大きさに胸が苦しくなる。
 だから
 透き通るほど真っ直ぐに
 明日へ漕ぎだす君をみて
 眩しくて 綺麗で 苦しくなる

 暗がりで咲いてるひまわり
 嵐が去ったあとの陽だまり
 そんな君に僕は恋してた
 そんな君を僕は ずっと
 高校時代のたった4か月間であったが、特別な関係をつむぎ、今まで経験したことのない思い出をくれ、人生の色々なことを教わった「そんな君を僕はずっと」心に留めてこれから生きていくのだろう。たとえ、春樹にいわゆる恋人という人ができたとしても。だが、1人苦悩する春樹を尻目に、桜良は生きていた時と同じようにぶはははと笑い飛ばすのかもしれない。



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