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『致知』2018年10月号『人生の法則』―「夢や希望」がある人と「志がある人」では「八観六験」の結果がこんなに違う
【中小企業診断士】私が独立診断士として失敗した5つの原因
『致知』2018年9月号『内発力』―日本人が「外発性」を活用するための「内発力」が弱っている

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
所属組織など
◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)


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2018年09月10日

『致知』2018年10月号『人生の法則』―「夢や希望」がある人と「志がある人」では「八観六験」の結果がこんなに違う


致知2018年10月号人生の法則 致知2018年10月号

致知出版社 2018-09


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 私が前職の組織・人事コンサルティング&教育研修サービスを提供するベンチャー企業に勤めていた頃、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第1回)】経営ビジョンのない思い入れなき経営」で書いたように、当時の経営陣(皆、大手コンサルティングファームでパートナー〔共同経営者〕にまで上り詰めた人である)は、あろうことか自社のビジョンの策定を外部のコンサル会社に丸投げしていた。でき上がった成果物はコンサル会社らしく、何十ページにも及ぶ細かいレポートであったものの、ビジョンがそんな長ったらしいものでは社員に浸透するはずもなく、外部のコンサル会社に支払った大金は無駄金になってしまった。

 さすがにこのままでは社員が皆バラバラになってしまうと感じた一部の社員は、自力でビジョンの策定に乗り出し、私もメンバーの一員に入らせてもらった。だが、マネジャーからは、「ビジョンがあったところで何になるのか?」、「今のところ仕事がそれなりに回っているのだから(実際には回っていなかったのだが)、ビジョンなど必要ない」などと猛反発を食らってしまった。

 確かに、私は以前、「果たして日本企業に「明確なビジョン」は必要なのだろうか?(1)(2)」という記事を書いたことがある。ただ、これは、内発的に創造されたイノベーションを全世界に普及させて莫大な富を生み出そうとする自己実現的な考え方に染まった一部のアメリカ人イノベーターには明確なビジョンが必要だと言ったまでのことであって、日本企業はビジョンを掲げなくても全く問題ないなどとは一言も言っていない。

 ビジョンとは、事業の将来イメージである。顧客は自社の製品・サービスをどのような気持ちで使用し、どんな幸福を手に入れるのか、顧客に奉仕する社員はどのような働きぶりをしているのか、自社と協業するパートナーや取引先とはどんな関係を構築しているのか、こうした点について、おぼろげながらも言葉にしておくことが重要である。考え方も価値観もバラバラな社員が同じ方向性に向かって大きな仕事をやり遂げる際に、ビジョンはそのよりどころとなる。現に、ビジョンがある企業は、ビジョンがない企業よりも平均で4倍業績が高いというデータもある。

 仮にも組織・人事コンサルティングのサービスを手がけている企業でありながら、こういった点に対して上層部が全くの無理解であることには驚きを隠せなかった。それでも何とかマネジャーたちを説得して、オフィスの一角に大きなホワイトボードを設置し、そこに経営陣や社員が思い描くそれぞれのビジョンを書き出してみようということで話がまとまった。我々の活動に賛同してくれた社員がポツポツとビジョンを書いてくれたのだが、ある時、グループ会社の社長が「1,000億円の寄付をする」というビジョン(?)を書き込んだ瞬間、その内容に他の社員が引いてしまったのか、書き込みがパタリと止まってしまった。

 この社長は、前職の大手コンサルティングファームに所属していた時にストックオプションを付与されており、同社の上場に伴ってそれなりの資産を手にしたらしい。噂によると10億円単位の収入があったという。それを元手にして自社のビジネスを大きくし、1,000億円の寄付をするというアイデアを思いついたのかもしれない。だが、これはその社長の個人的な夢であって、先ほど述べたビジョンとは性質が全く異なる。結局、この一件があってから、自社のビジョンをまとめるという我々の作業は頓挫してしまった。この会社はどこまで行っても皆がまとまらず、個人事業主の集まりのようなものなのだとひどく落胆したものである。

 そういえば、前職の企業の経営企画部長は、実は社員ではなく、個人事業主であった。彼だけ他の社員と違って出勤時間も休日の取り方も異なるので、私は不可解に思っていた。ある時、彼の名前をネットで調べたところ、実は既に個人事業主として独立しており、前職の企業とは業務委託契約ベースで仕事をしていたことが判明した。経営企画という、戦略の中枢ですら外部に丸投げしてしまうのだから、会社が1つにまとまるなどというのは夢のまた夢であった。

 以前の記事「【中小企業診断士】私が独立診断士として失敗した5つの原因」でも書いたように、本号には「夢や目標はあるけれど、志はあるのか」(河村京子「言い続け、思い続け、やり続ければ、夢は必ず実現する」)という言葉があった。夢や目標というのは、例えば「高級な家に住みたい」、「ベンツに乗りたい」などといった利己的なものである。他方、志とは、人々を幸せにしたい、この世界をもっと住みよい場所にしたいといった利他的なものである。

 先ほどのグループ会社の社長の「1,000億円の寄付をする」という宣言は、どのような利他的な事業を行って1,000億円以上の利益を獲得し、社会に還元するのかという観点がすっぽりと抜けており、単に自分が1,000億円寄付したいという願望を表したものにすぎないから、利己的な夢や目標である。ただし、そう批判する私も、前掲の記事で書いたように、前職の企業にいた頃は「30歳でマネジャーになって年収1,000万円を稼ぎたい」と思い、それが叶わずに独立した時には「35歳には年収1,000万円を達成する」と思っていたのだから、利己的な夢や目標を掲げていたという点では同じである。むしろ、グループ会社の社長に比べると夢や目標がしょぼすぎて、スケールが小さい人間だと逆に非難されてもおかしくない。だから、今度私が独立診断士に再挑戦する時は、利他的な志を真剣に、慎重に設定しなければならないと思っている。

 本号では、陽明学者の安岡正篤が好んで引用していた「八観六験」が紹介されていた(安岡正泰、荒井桂「後世に語り継ぎたい」)。元々は中国の戦国時代に編集された『呂氏春秋』に記されているものであり、人間を八つの面から観察し、六種の方法で試し、その品格を見極める方法である。私は、「夢や目標がある人」と「志がある人」では、「八観六験」のそれぞれの方法に対する答えが次のように異なるのではないかと考える。

 【八観】
 ①通ずれば其の礼する所を観る。
 (順調に物事が進んでいる時、何を礼するかを観察する)

 【夢や目標がある人】結果ばかりに気を取られているため、プロセスを気にしない。多少プロセスから外れていても、結果が出ているのだからいいではないかと開き直る。
 【志がある人】その成果が適切なプロセスにのっとったものであるかどうかを厳しく検証する。組織として守るべき手順が守られていない場合には成果を評価しない。まして、組織の価値観から外れたやり方で成果を上げた場合には、絶対にそれを認めない。

 ②貴(たか)ければ其の進むる所を観る。
 (出世して、どういう人間を尊ぶかを観察する)

 【夢や目標がある人】自分と同じように、自分の努力で、腕一本で成功したことを自慢する人たちを尊敬する。派手好きで、高い社交性を持った人と交わる。
 【志がある人】自分の成功は、自分よりも優秀な人材を活用することでもたらされたことに感謝する人たちを尊敬する。素朴で、謙虚な人と交わる。

 ③富めば其の養ふ所を観る。
 (金ができ、何を養うかを観察する)

 【夢や目標がある人】まずは自分自身を養う。余りが出れば、慈善活動にお金を回す。
 【志がある人】まずは顧客に還元し、顧客に感謝する。次に社員に還元し、社員の豊かな生活を支援する。次に取引先に還元し、取引先の努力に報いる。次に株主に還元し、株主の元手のおかげで事業を大きくできたことに謝意を示す。自分に還元するのは最後である。

 ④聴けば其の行ふ所を観る。
 (よいことを聞いて、それを実行するかを観察する)

 【夢や目標がある人】自分にとって都合のいいことを取捨選択する(選択バイアス)。
 【志がある人】自分にとって耳が痛いことであっても、その意味するところを深く考え、自分の今までの考えが誤っていなかったかどうかを反省し、改めるべきところは改める。

 ⑤止(いた)むれば其の好む所を観る。
 (仕事が板についた時、何を好むかを観察する)

 【夢や目標がある人】業務を効率化し、どうすればもっと楽に儲けられるかを考える。
 【志がある人】顧客価値を見直し、どうすればもっと顧客に満足してもらえるかを考える。

 ⑥習へば其の言ふ所を観る。
 (習熟すれば、その人物の言うところを観察する)

 【夢や目標がある人】他人から学んだことを、さも自分の考えであるかのように語る。
 【志がある人】他人から学んだことを自分なりに咀嚼し、自分自身の言葉で語る。

 ⑦窮すれば其の受けざる所を観る。
 (困った時、何を受けないかを観察する)

 【夢や目標がある人】困っている以上、手段を選ばずに何でも仕事を引き受ける。
 【志がある人】価値観や倫理に反すること、人間として正しくないことには手を出さない。

 ⑧賎なれば其の為さざる所を観る。
 (落ちぶれた時、何を為さないかを観察する)

 【夢や目標がある人】落ちぶれた原因を周りの環境のせいにし、自分では反省しない。
 【志がある人】落ちぶれた原因を自分自身に求め、周りの環境のせいにしない。

 【六験】
 ①之を喜ばしめて以て其の守(外してはならない大事なことを守れるか)を験す。
 【夢や目標がある人】お金になるなら何でもよいと言ってどんな仕事にも飛びつく。
 【志がある人】たとえお金になるとしても、価値観や倫理に反する仕事は断る。

 ②之を楽しましめて以て其の僻(人間的かたより)を験す。
 【夢や目標がある人】すぐに浪費、享楽に走る。酒による失敗をしでかしやすい。
 【志がある人】趣味、娯楽はほどほどにする。人づき合いやお酒も節度を守る。

 ③之を怒らしめて以て其の節(節度)を験す。
 【夢や目標がある人】過度に感情的になり、相手の人格を否定するほど激しく攻撃する。
 【志がある人】相手の怒りの根を分析し、対立の原因を探って、対話のテーブルにつく。

 ④之を懼れしめて以て其の持(独立性、自主性)を験す。
 【夢や目標がある人】恐怖にうろたえて、普段は社員などのことを大してあてにしていないくせに、困った時だけは社員に問題の解決を丸投げする。
 【志がある人】普段は社員の能力を活用するよう努力しているが、大きな問題が起きた時は社員任せにせず、自分自身の軸をしっかりと持って、問題解決を先導する。

 ⑤之を哀しましめて以て其の人(人柄)を験す。
 【夢や目標がある人】自分の能力に対する自信が強いが、所詮空元気であり、失敗や悲しみに対しては脆く、自分の利己的な目標が達成できないと解ると自暴自棄になる。
 【志がある人】たとえ失敗や悲しいことがあっても、自分には奉仕すべき他者がいるという強い使命感があり、レジリエンス(再起力)を発揮する。

 ⑥之を苦しましめて以て其の志を験す。
 【夢や目標がある人】(⑤と似ているが、)利己的な目標を持つ人には周囲からのサポートがないため、苦境に陥ると目標が遠のいてしまい、挫折する。
 【志がある人】(⑤と似ているが、)利他的な目標を持つ人のことをちゃんと見てくれている人がおり、彼らが支援を差し伸べてくれる。彼らの力を借り、彼らに感謝しながら苦境を脱する。


2018年09月03日

【中小企業診断士】私が独立診断士として失敗した5つの原因


業績不振

 2011年7月に「オフィス・エボルバー」という屋号で開業し、2013年1月に屋号を現在の「シャイン経営研究所」に変更して、今年で独立診断士として丸7年を迎えた。ただ、2013年7月から2017年2月の3年半あまりは、ある中小企業向け補助金事業の事務局員として、半分会社員みたいな生活を送っていたので、純粋に独立診断士として活動したのは残りの約3年半である。その間、多くの方々に支えていただいたことにはこの場を借りて感謝を申し上げたいが、現時点での私の独立診断士としての活動は「失敗」であると言わざるを得ない。

 もちろん、個人事業主といっても1つの事業を営んでいるわけで、それがそんなに短期的に成功するとは思っていない。以前の記事「メラニー・フェネル『自信をもてないあなたへ―自分でできる認知行動療法』―私自身の「最終結論」を修正してみた」でも書いたように、特に私は大器晩成型のようなので、10年~15年程度の長いスパンで物事を見る必要がある。

 だが、一方で、別の記事「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)」で書いた、「3年で成果が出なければ諦める」という価値観も捨てていない。つまり、最終的な目標は10年~15年後に達成すればよいが、その最終目標に適切に向かっているかどうかを3年ごとにチェックし、中間指標が満足のいくものでなければ撤退するべきだということである。今、私の個人事業は、私が考えていた中間指標の大部分を達成することができなかった。だから、今後の身の処し方を検討しているところである。

 昔、「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓」で、前職のコンサルティング&教育研修サービス会社のことを滅多切りにし、「経営コンサルタント出身のくせに自分が経営者になるとまともに経営ができない」などと偉そうに吠えまくっていたことがある。ところが、私自身も経営コンサルタントを名乗っておきながらこのざまなのだから、全くもってお恥ずかしい話である。同じ穴の狢である。「経営コンサルタントというのは、経営のことをろくに知らないいい加減な人間の集まりだ」という世間のイメージに加担してしまったことを罪深く感じる。せめてその罪滅ぼしとして、私が独立診断士として失敗した理由を5つほど整理しておきたいと思う。

 (1)夢や目標はあったが志がなかった。
 『致知』2018年10月号を読んでいたら、「夢や目標はあるけれど、志はあるのか」(河村京子「言い続け、思い続け、やり続ければ、夢は必ず実現する」)という言葉が飛び込んできて、思わずドキッとした。夢や目標というのは、例えば「高級な家に住みたい」、「ベンツに乗りたい」などといった利己的なものである。他方、志とは、人々の役に立ちたい、世の中を変えたいといった利他的なものである。私の場合、20代で前職のベンチャー企業にいた頃から、「30歳でマネジャーになって年収1,000万円を稼ぎたい」と思っていた。だが、そのベンチャー企業から整理解雇を言い渡されて独立した時には、「35歳には年収1,000万円を達成する」と、夢を先延ばしにした。どちらにしても、夢は夢、利己的なものである。私の場合、整理解雇という憂き目に遭ったので、きっと将来その埋め合わせがあるだろうと、夢の幻影をいつまでも追いかけていた。

 もちろん、志が全くなかったわけではない。企業がミッションやビジョンを掲げることの重要性は私自身も繰り返し主張してきたから、自分でも実践していないわけではなかった。シャイン経営研究所のミッションは、「顧客企業の社員を付加価値の高い業務にシフトすることをお手伝いすること」であった。そして、ビジョンとして、「①顧客企業の社員が、1日の業務が終わった時に、『今日はいい仕事をした』と泣いて喜ぶことができるようにすること、②顧客企業の社員が、付加価値の高い業務に見合った報酬を手にすることができるようにすること、③我々(といっても結局7年間で1人も採用しなかったのだが・・・)も、そのような顧客企業の社員とともに仕事ができることを至上の喜びとすること」という3つを掲げていた。

 だが、冷静に見つめ直してみると、随分と俗っぽい印象である。歴史学者のアーノルド・トインビーは、「物事の価値を金銭で換算するようになった民族は滅びる」と述べていたことを最近知ったのだが、私が掲げたミッションはこれにずっぽりとあてはまっていた。つまり、顧客企業を破滅へと導くミッションだったのである。このミッションは、私の本意を正確に表していない。私は、ピーター・ドラッカーが頻繁に主張していたように、知識労働者がそれぞれ一経営者として仕事をすることを理想としていた。また、キリスト教が伝統的に仕事を悪とするのに対し、石田梅岩が言うように、仕事は人間を成長させるものだととらえていた。だから、私のミッションは、「顧客企業の社員が自社の経営を我がごととしてとらえ、一段高い視点から仕事をするお手伝いをし、社員にとって仕事が人生の重要な意義を持つように支援すること」とするべきであった。

 (2)ビジネスモデルが確立していなかった。
 これを言い出すと「お前は本当に経営コンサルタントなのか?」と呆れられそうなのだが、実際、私にはビジネスモデルらしいビジネスモデルが長年存在していなかった。私の強みを活かしたビジネスモデルとして考えられるのは、次のようなものである。まず、ブログ、facebook、人脈などを通じて、私という人間の人となりを知ってもらう。言わば、薄いファンを作る。次に、Webサイトで無料の「経営力診断」を提供し、私が経営全般に関して一定の知見を有している人間であることをアピールして、潜在顧客のプールを形成する。

 その中で、自社の組織風土に関心がある企業に対しては、まずはWeb上で無料の「組織風土診断」(簡易版)を受けてもらい、さらに突っ込んだ調査を希望する企業には、有償で詳細な「組織風土診断」を受診してもらう。その結果、「人事制度に不満を持っている社員が多い」、「将来のキャリアが見えない」という回答が多ければ、「人事制度の再構築」、「セルフ・キャリアドックの導入」というハード面のソリューションを提供する。「上司の部下マネジメント力が弱い」、「戦略に納得していない」という回答が多ければ、「部下マネジメント研修」、「創発的戦略構築研修」というソフト面のソリューションを提供する。そして、そこから継続フォローにつなげていく。実は、こういうビジネスモデルを思いついたのは、今年に入ってからである。

 ここまではっきりしたビジネスモデルを描かなくても、顧問契約を獲得するためのパターンをもっと早い時期に確立するべきであった。例えば、私が考えた1年間のモデル顧問契約サービスは次の通りである。最初の3か月は環境分析を行い、望ましい戦略を導き出して、戦略を実現するためのビジネスプロセスを詳細化する。そして、業務の改廃や組織の統廃合、職務の再定義などを行い、新しい職務分掌や業務マニュアルを整備する。

 その次の3か月は、新しい業務プロセスを遂行するにあたって必要となる新しい知識や能力を習得するための人材育成計画を策定し、研修を実施する。その次の3か月は、研修で学習し、現場で実践したことが適切に評価される人事制度を構築する。その次の3か月は、新しい業務プロセスを下支えし、現場での学習を促進し、公正な人的資源管理を行うためのITを導入する。そして契約更新後は再び環境分析を行い、戦略をブラッシュアップする。こうした形で、私の強みである戦略立案、人材育成、人事制度構築、IT導入をフルに動員した顧問契約サービスを設計することは可能であった。だが、これを思いついたのも、去年あたりのことである。結局、7年間で顧問契約は1社も獲得できなかった。私がやったのは全てスポット案件である。

 ビジネスモデルが曖昧だったので、ターゲット顧客も非常にあやふやであった。言い換えれば、上記のビジネスモデルがぴったりとあてはまる中小企業に的を絞ることができなかった。上記のビジネスモデルはいずれも人事制度の構築を含んでいる。中小企業で人事制度が必要となるのは、おそらく社員数が100人を超えたあたりからだろう。それなのに、私の場合は、頼まれるがままに年商が数千万円~数億円程度の企業の支援もしたし、まだ売上が立っていないベンチャー企業のコンサルティングもしたことがある。こうした企業の経営者や社員が頑張っていることは私だって百も承知している。だが、その大半は家業的企業であり、私が先ほど再定義したミッションの下で支援したいと考える、「経営を必要とする企業」とは異なる。

 顧客企業の規模がバラバラであることに加えて、引き受けた仕事の種類もバラバラであった。「若いうちは何でも勉強だ」と言い聞かせて、いただける仕事には何にでも手を出してしまった。もちろん、仕事が自然と多角化することはある。私の先輩の独立診断士は飲食店に強いというのをずっと売りにしていたが、いつの頃からかそこから派生して、他の業界からも仕事をいただけるようになったと話していた。しかし、これは例えるならば、ボウリングでセンターピンがしっかりと立っていて、センターピンにボールが当たった結果、他のピンも倒れたようなものである。私の場合は、確固たるセンターピンがないのに、ふらふらと色々な仕事を彷徨い歩いていた。海外勤務の経験がない私が、海外企業の信用調査をしたり、海外事業のリスクマネジメントの仕事をしたりしたのは、今となっては意味不明である(それはそれで勉強にはなったが)。

 (3)他の診断士からの紹介に頼りすぎた。
 以前の記事「中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由(6)【独立5周年企画】」で書いたように、他の診断士から仕事を紹介してもらうことは大切である。ただ、私の場合は、それに味を占めて、診断士からの紹介案件に依存しすぎてしまった。これは事業としては危険である。仕事を依頼する側の立場に立てば解るのだが、彼らが私のような人間に仕事を依頼するのは、その仕事が自分の手に負えないから、あるいは収益性が低いからであることが少なくない。自分でできるならば、収益が高いならば、わざわざ他人に紹介しようとは思わない。彼らも自分で食っていかなければならないのである。もちろん、中には善意からいい仕事を紹介しようとしてくれる人もいる。だが、残念ながら全員がそういうタイプとは限らない。

 さらに悪いことに、私は案件の収益性を綿密に計算するのが苦手である。この案件が収益につながるのか、仮に短期的には利益が出なくても、将来的に案件が成長してリターンが見込めるのかを予測する能力が欠けている。だから、生活に支障が出る(と後で解る)レベルの安い案件でも引き受けてしまう。この点については、以前の記事「加藤諦三『どうしても「許せない」人』―自己蔑視する人は他人にいいように利用される(実体験より)」でも触れた。

 それで大失敗をした例が以前の記事「『致知』2018年4月号『本気 本腰 本物』―「悪い顧客につかまって900万円の損失を出した」ことを「赦す」という話」で書いた話だが、実はこれ以外にもやらかしている案件がいくつもある。私が勝手に計算しただけにすぎないものの、潜在的な損失は2015年以降だけで1,500万円を超えていると思う。さらにつけ加えると、こういう危ない案件に携わった他のメンバーは、途中で上手に案件から逃げ出していることが多い。私はリスク感性が鈍いせいか、最後まで案件に携わってしまう。そして、案件が終わってから、いただいた報酬の少なさに慌てるのである。稲盛和夫氏は「経営とは値決めである」と言っていたが、私は値決めができなかった。つまり、経営ができていなかった。

 マーケティングにおいても、紹介によって仕事を獲得することは重要であるとされる。顧客獲得コストを大幅に節約することができるからだ。だが、その紹介元が同業他社であるというのはあまりよくない。大企業の創業者の本を読んでいると、「競合他社ができないと音を上げた難しい仕事を引き受けて、それを何とかやりきることで社員のモチベーションを上げた」というエピソードがよく出てくる。しかし、私はこの手法はそうそう頻繁には使えないと思う。競合他社と自社の間には利害関係がある。だから、競合他社にしてみれば、収益性の悪い面倒な仕事を押しつけて相手を苦しめてやろうという心理が働かないとは言い切れない。

 いい紹介とは、顧客からしてもらうものである。顧客から、その顧客とは利害関係のない別の顧客を紹介してもらう。その顧客が仲良くしている企業のことだから、企業規模も、経営者のものの考え方も、収益力も、組織風土も似ているだろう。こういう顧客を紹介されれば、案件の収益面で苦しめられるリスクは少なくなる。私の場合、顧客企業から別の顧客企業を紹介してもらったことがないのが痛かった。顧客企業に対して、「同じように困っている企業さんをご存じではないですか?」と聞けばよいだけだったのに、それすらしなかった。

 (4)常に特定顧客への依存度が30%を超えていた。
 中小の下請企業の場合、大口顧客への依存度が30%を超えていると危険であると言われる。簡単に想像がつくことだが、大口顧客からの受注が消えた瞬間、売上高が30%も落ち込むことになる。だから、顧客はできるだけ多角化して、ポートフォリオ管理するのが経営の定石である。にもかかわらず、私は確たるビジネスモデルも持たず、明確なターゲット顧客に対して営業活動をせず、他の診断士から紹介されるがままにスポット案件ばかりやっていたので、ほとんど常に特定顧客への依存度が30%を超えていた。30%どころか、70~80%ぐらいだったことも珍しくなかったはずだ。1つの案件が終わると売上高がガクッと下がる。そこで慌てて目の前にある紹介案件に、収益性をよく考えずに食いついてしまう。この繰り返しだった。

 仮に明確なターゲット顧客とビジネスモデルを持っていたとしても、特定顧客への依存度が30%を超えることはある。例えば、同じ顧問料を払ってくれる顧客企業が3社しかなければ、特定顧客への依存度は30%を超える。これも私の悪い癖なのだが、1つの案件をほとんど1人でやろうとしてしまうのがよくなかった。他のメンバーと一緒に仕事をしても、前述のように途中で逃げられてしまう。こうした問題を回避するためには、私が案件の収益性を適切に見積もることができることが前提ではあるが、仕事を分担することができる緊密なパートナーを見つけるべきだったと考える。そうすれば、私はもっと多くの顧客・案件を一度に抱えることができただろう(パートナーもまた、同様に多くの顧客・案件を一度に抱えることができる)。仮にいずれかの案件が終了したり、途中でダメになったりした場合でも、その影響はある程度抑えられる。

 その際、決して、仕事をパートナーに丸投げしたと思われないようにしなければならない。前述のように、それでは私が自分の得にならない仕事をパートナーに押しつけたことになってしまう。また、パートナーは数が多ければよいというものでもない。パートナーの数が増えれば、必然的にそれぞれのパートナーに行き渡る仕事の量が減る。それは、パートナーの暮らしを不安定にする。私は、たくさんのパートナーを使って、自分は上前だけはねるビジネスをやっている診断士にも会ったことがあるが、このモデルだけは絶対に真似してはならないと感じた。

 (5)気分転換の機会を作らなかった。
 会社勤めであれば、基本的に土日は強制的に休みになる(もっとも、土日も働かせるブラック企業はあるが)。しかし、独立して1人で仕事をしていると、自分で意識しない限り、休みを確保することができない。私は2012年の夏に一度倒れて入院し、2013年の中盤までは週3日ぐらいのペースで仕事をして、顧客をゼロから再開拓しつつ仕事のリズムを取り戻すことに専念していたのだが、2014年から仕事が増え、2015年からはとうとう休みがなくなった。今振り返ると、2012年、2013年と満足に仕事ができなかった分を取り戻そうという思いもあったのだろう。

 本ブログで告白しているように、私は2008年秋から双極性障害という精神疾患を患っている。2015年~2017年はたまたま薬のコントロールがある程度上手くいっていた時期で、絶好調というわけではなかったものの、ずっと仕事をしていた。放っておくと歯止めが効かないのも私の悪い癖である。朝5時ぐらいに起きてメールのチェックから仕事を始め、夜は19時~20時まで働き、仕事の合間を縫って年間約200冊の本を読み、年間約60万字分のブログを書き、残りはほとんど寝ているという生活であった(疲れやすく、過眠になるのも双極性障害の抑うつ時の症状である)。病気の影響で以前ほど長く集中力が持たないため、1日の仕事時間はだいたい9時間であった。だが、週6.5日のペースで仕事をしていたから、年間の労働時間は3,000時間ぐらいになっていた。ここに、読書の時間(1冊3.5時間として750時間)とブログの時間(私は1時間で2,000字書くので、年間300時間)を加えれば、年間の活動時間は約4,000時間となる。

 読書とブログは私の趣味みたいなものだから除外するとしても、それでも年間3,000時間も働けば働きすぎであろう。これでは1人ブラック企業である。我ながらよく死ななかったと思う。一応、睡眠時間が確保できていたことが幸いしたのかもしれない。今年の3月に入院する際には、かかりつけの医師からは過労だと言われた。私の場合、単なる過労ではなく、精神障害も重なっていたから、3月の1回の入院では十分に回復せず、4月に働き始めたのも束の間、7月には再び3週間岐阜の実家で自宅静養することになってしまった。2012年に倒れた時もそうだったが、一旦仕事に穴を開けると、一気に顧客を失う。そして、復帰後はゼロからの再出発になる。今年は2度倒れているため、私はいよいよ世間の信用をなくしてしまったようだ。

 「心技体」という言葉があるが、私は「体心技」の順で重要だと考える。仕事をする上でまず何よりも大切なのは、身体が健康なことである。その次に来るのが精神、最後に来るのが技術・知識・能力である。私は、決して自分が能力的に優秀であると言うつもりはないのだが、世の中で結局評価されるのは、優秀な人間よりも体力のある人間である。次点が精神的に健康な人間だ。これは厳然たる社会のルールである。だから、身体と精神の健康を保つために、意識的に休息を取らなければならない。私は世の中の理屈を理解せず、技術・知識・能力に全振りした結果、身体と精神を損なって、かえって周囲からの評判を下げることになってしまった。


2018年08月10日

『致知』2018年9月号『内発力』―日本人が「外発性」を活用するための「内発力」が弱っている


致知2018年9月号内発力 致知2018年9月号

致知出版社 2018-08


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 「内発力」―この言葉は辞書にはない。本誌の造語である。「内発的」なら辞書にある。外からの刺激によらず、内からの欲求によって起きるさま、と説明されている。内からの欲求によって湧き出す力。これを称して内発力という。
 だが、私は内発力のみによって自分を駆り立てることができる人間は、特に日本人の場合は少ないのではないかと考えている。内発力だけで動くことが可能なのは、アメリカの一部のイノベーターである。以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で示したマトリクス図で言うと、左上の<象限③>は「必需品でない&製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoCの場合)・事業(BtoBの場合)に与えるリスクが小さい」という領域が該当する。必需品ではないから、新たに需要を創造するイノベーションである。また、まだ市場も顧客も存在していないので、伝統的なマーケティングリサーチは役に立たない。

 そこで、イノベーターは次のように考える。「自分ならこういう製品・サービスがほしい。自分がこれだけほしがっているということは、世界中の人々も同じようにほしがっているはずだ」。そして、自分のアイデアをベンチャーキャピタルに売り込み、多額の資金を調達して、全世界に向けて自分が考案したイノベーションを大々的にプロモーションする。イノベーターの読み通り、実際にそのイノベーションが世界中で受け入れられたとしよう。もっとも、必需品ではないから、全世界の人口70億人がそれを購入するわけではない。しかし、その人口のわずか数%でも購入してくれれば、イノベーションとしては大成功である。そして、イノベーターは巨万の富を手にし、後は自分の企業をGoogleなどに売却して、悠々自適のセカンドキャリアを過ごす。

 彼らの動機は内発的である。だが問題は、内発的であると同時に利己的であることだ。もちろん、世界に貢献したいという利他心も一部にはあるだろう。しかし、それよりも、イノベーションで一山当てたいという利己心の方が勝っているように私には思える。こういうイノベーションは、<象限③>の領域を出ることはない。そして、<象限③>のイノベーションは寿命が短く、顧客に飽きられればすぐに売上高や利益が減少する(イノベーターはそれを見越しているので、早々に自分の企業を売却してキャピタルゲインを獲得する)。

 ただし、中には<象限③>から出発して、<象限①>や<象限②>に移動する、つまり、人々の必需品となるイノベーションもある(<象限②>に移動するのは、イノベーションが多くの顧客に売れるに従って顧客の要求水準が上がり、高い品質が求められるようになる場合である)。これは私の仮説だが、こういう移動をするイノベーションに限っては、イノベーターが利己心中心ではなく、利他心中心で動いているのではないかと考える。ただ、いずれにせよ、アメリカのイノベーターの大多数は、内発的である。アメリカ人が、キリスト教はよいものだと信じて全世界中に布教させようとしたり、自由・平等・基本的人権・民主主義・資本主義などが普遍的価値だと言って世界中の国を改変しようとしたりしているのを見るにつけ、余計にそう感じる。

 だが、アメリカ人の中にも、外発性を重視する人はいる。例えば、キャリア開発の研究で有名なエドガー・シャインは、キャリア・アンカーという個人の価値観のタイプを明らかにし、それを軸に生きることを提案したが、同時に、自分を取り巻く組織や事業の環境の現状や、将来予測される変化をとらえて、自分に期待される役割を想定し、価値観とバランスを取りながらキャリアビジョンを描くべきだと主張している。つまり、内発的であると同時に外発的でもあるわけだ。

 日本の一部のキャリアコンサルタントは、シャインの後半の主張を無視して、ひたすら自分の内なる声に従って生きればよいなどと主張する。私の前職のベンチャー企業ではキャリア開発研修も取り扱っていたが、キャリア開発研修の講師も同じことを言っていて、マインドマップで自由に夢を描きましょうなどと呑気なことを教えていた。こうした考えに深刻な欠陥があることは、以前の記事「横山哲夫編著『キャリア開発/キャリア・カウンセリング』―今までが組織重視だったからと言っていきなり個に振り子を振り過ぎ」で書いた。

 日本人の場合、内発性よりも外発性の方が先行するというのが私の考えである。前掲の記事で書いたマトリクス図において、日本企業は右下の<象限②>に強い。<象限②>は、「必需品である&製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが大きい」という領域である。まず、必需品であるから、顧客の声に真摯に耳を傾けなければならない。さらに、品質に対する要求水準が高いため、それに応えるべく相当な企業努力が求められる。この点で、<象限②>で事業を行う企業は外発的に活動している。外発的というと、外部からの変化に対して、受動的に、またややもすると嫌々ながら対応している印象を与えるかもしれない。だが、日本企業は外部からの変化を受ければ、それに対して非常に真摯に向き合い、他者に貢献しようという強い利他心を持っている。これがアメリカのイノベーターとの決定的な違いである。

 日本人が外発的に動くことが多いことを一番よく理解していたのは、実はオーストリア生まれのピーター・ドラッカーなのではないかと思う。ドラッカーは、「変化を予測することは難しい。だが、変化を利用することはできる」とよく述べていた。ドラッカーの著書『イノベーションと起業家精神』には、イノベーションの機会として7つが挙げられているが、実はどれも環境変化が起こってからの対応である。「マネジメントはなぜ変化が起こったのか、その理由を分析する必要はない。分析は研究家の仕事である。マネジメントに必要なのは既に起きた変化の波に乗ることである」とまで述べている。こういうスタンスなので、ドラッカーの著書は、人口あたりの売上で見ると、アメリカよりも日本の方が上回っていたのだろう(ただ、後年の著書には「チェンジ・リーダーは自ら変化を起こすべし」という主張も見られ、私は若干混乱しているのだが)。

 《参考記事》
 【ドラッカー書評(再)】『イノベーションと起業家精神(上)』―ドラッカーの「7つの機会」メモ書き
 【ドラッカー書評(再)】『イノベーションと起業家精神(上)』―変化を活かすのか?変化を創るのか?
 【ドラッカー書評(再)】『イノベーションと起業家精神(下)』―イノベーションの保守思想

イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)
P.F.ドラッカー 上田 淳生

ダイヤモンド社 2007-03-09

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 歴史を振り返ってみると、日本は外圧によって変化の必要性に目覚め、そこから一気に国家を作り直すということを何度も繰り返している。今年は明治維新から150年の節目にあたるが、明治維新はその典型だろう。また、戦後の日本も、アメリカからの外圧によって奇跡的な復活を遂げた。古代に目を向ければ、日本は常に中国からの影響を受けていた。私は、中国人が朝鮮人を通じて日本に漢字を伝えた理由が未だによく解らないのだが、1つの仮説を立てている。当時の日本には文字がなかった。一方、中国は自国が世界の中心だと思っている国である。そこで、日本に漢字を持ち込めば、日本を中国中心の世界に組み込めると考えたのではないか、という仮説である。漢字を学んだ日本人は、中国が親切心で漢字を教えてくれたわけではないことを感じ取ったのかもしれない。逆に中国の脅威を感じた当時の朝廷は、急いで中国の政治制度を学び、日本を中国並みの国家にすることで我が身を防衛したのではないだろうか?

 もちろん、日本はいつでも外発性を自分にとって有利に活用できたわけではない。日本人は、外圧によって右往左往することも多い。本号の「【第11回】時流を読む 多極化が進む世界で、日本がまず守るべきは国益である。国益を忘れて世界に翻弄されてきた近現代日本の悪しき教訓に学べ」(中西輝政)という記事では、いくつか例が紹介されている。

 ①20世紀初頭、日本はイギリスと日英同盟を結んでいた。清で革命が起きると、立憲君主国であるイギリスは当然王朝側を支持すると日本は考えていた。ところが、イギリスは革命家の孫文を支持したので、日本は慌ててしまった。②1936年、日本はソ連に対抗するため、ドイツと日独防共協定を締結した。だが、ドイツは1939年に独ソ不可侵条約を締結し、ソ連と手を結んで日本人を驚かせた。当時の首相・平沼騏一郎は、「欧州情勢は複雑怪奇なり」という言葉を残して総辞職した。③独ソ不可侵条約を結んだドイツであったが、1941年にドイツがソ連に侵攻し、条約は破棄された。日本はこの情勢の変化にもついて行くことができなかった。④戦後で言うと、キッシンジャー外交が挙げられる。ソ連と冷戦状態にあったアメリカは、中ソの分断を図るため、突然キッシンジャーを北京に派遣した。そして、1972年、ニクソン大統領が中国を電撃訪問した。これに慌てた田中角栄は、中国との国交を正常化し、台湾との国交を断絶した。

 こうした重大な事案はいくつかあるものの、総じて日本は外発性をきっかけに自己を刷新してきた。そうでなければ、2000年以上も万世一系の天皇を戴とする国家が存続するはずがない。元々中長期的なビジョンを持たず、仏教の教えに従って「今、ここ」という瞬間を大切にする日本人は、外発性によって少なからず動揺する。それでも、日本人にはそれを乗り越えるだけの底力が備わっていると思う。底力という言葉は極めて曖昧だが、私はそのヒントを複雑系の理論に求めることができるのではないかと考えている。以下の記述は、マーガレット・J・ウィートリー『リーダーシップとニューサイエンス』(英治出版、2009年)を参考にしている。同書を読むと、組織を変化させるトリガーは外発的であるものの、変化を加速させるのは内発性であることが解る。この二面性こそが、アメリカのイノベーターには見られない日本人の特徴である。

リーダーシップとニューサイエンスリーダーシップとニューサイエンス
マーガレット・J・ウィートリー 東出顕子

英治出版 2009-02-24

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 ニュートンの機械論的組織観に従うと、組織は要素還元可能な複数の部品から成り立っている。これは、それぞれの部品間には有機的な連携がないことを意味する。組織の中身も、部品が単線的につながっているだけで、部品以外の空間は空っぽである。こういう組織を動かすには、トップが強力なリーダーシップを発揮して、それぞれの部品に働きかける必要がある。

 これに対して、複雑系の理論では、構成要素間に有機的なつながりがあると考える。つまり、要素間の「関係」を重視する。だから、ニュートンのように要素還元することはできない。そして、この有機的につながり合った要素を覆っているのが「場」である。ニュートンが考える組織とは違って、組織は空ではない。組織の場を構成する具体的なものとしては、例えば組織の価値観などがある。そして、このような組織が環境からの変化を受け取ると、その情報は場を媒介として、有機的につながり合った要素に一斉に伝わる。ニュートン的組織では、トップが部品を1個ずつしか動かせないのに対し、複雑系の理論における組織では、場が組織全体を動かす力となって、各要素の有機的連関の間を一瞬にして情報が駆けめぐる。

 物理学では光より早く移動するものは存在するのかが議論になっている。物理学者ジョン・ベルは、「即時的遠隔操作」が起こり得ることを数学的に証明した。詳細はここでは省略せざるを得ないが(『リーダーシップとニューサイエンス』には書かれている)、要するに物質は、光の速度よりも早く移動する影響によって変化しうる。こうした影響が複雑系の理論における組織で作用すると、ある要素の変化は瞬時に他の要素を変化させることになる。どんなに他の要素が遠く離れていても、光よりも早い速度で影響するから、組織全体の変化は一発で起きる。

 しかも面白いことに、それぞれの要素は他の要素から受け取った情報や変化をそのまま反映しない。少しずつ異なる解釈でその情報や変化を受け止める。これは、場を構成する価値観を解釈する方法が要素によって少しずつ違うことが影響しているのだろう。よって、各要素の振る舞いはバラバラになる。すると、組織全体は混乱に陥るのではないかと思われるかもしれない。実際、環境からの変化を受けた諸要素はバラバラに動く。だが、全体としては秩序が取れているという不思議な現象が起きる。これが「決定論カオス」である。これによって、組織は崩壊せずに、新しい秩序へと移行することができる。一般的に、秩序と変化は両立しないと考えられる。ところが、複雑系の理論においては、組織は秩序を保ちながら変化するのである。

 とりわけ、明治維新で起きたのは、こういう現象だったのではないかと私は思う。明治時代は、中央集権的な国家ができ上がった時代だと言われる。しかし、私はそれは一面的な見方にすぎないと考える。むしろ、各地の豪傑が多様性を発揮しながら、新しい国創りを必死に模索した時代である。大隈重信は、政府から渡された大蔵省租税正の辞令を執拗に拒んだ渋沢に対して、「君は八百万の神達、神計り(陰暦10月の神様会議)に計りたまえと言う文句を知っているか。新政府がやろうとしていることは、誰も解らない。我々が八百万の神なのだ。君もその神々の一柱に迎えるのだ」と言って説得した。これこそがこの時代の精神ではないかと感じる。

 近年、日本人が外発性を活かす力が弱くなっている気がする。国際政治では諸外国の動向に振り回されているし、企業はグローバル競争ですっかり消耗している。その疲れが国内に向くと、ちょっとした愚か者をネット上で必要以上に叩く風習ができ上がり、叩かれた人はなす術を失ってしまう。その原因を複雑系の理論に従って考えると、場を形成する価値観が弱っているせいではないかと思う。先ほどの記述を裏返せば、場の力が弱くなるにつれて、環境の変化情報を諸要素に即座に伝播させることが難しくなり、決定論カオスが実現しない。

 ここで言う価値観とは、日本が伝統的に大切にしてきた道徳、倫理、文化、伝統のことである。こういう価値観があったからこそ、言い換えれば内発性があったからこそ、外発性を上手に活用することができた。しかし、戦後の外来的な自由主義の影響でそれらが破壊されたことが、問題を深刻にしている。にもかかわらず、政府がちょっと道徳の復活を唱えると、復古主義だの封建主義だの、果ては軍国主義への逆戻りだのと的外れな批判が巻き起こってしまう。



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