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『致知』2018年6月号『父と子』―教師にとっては生徒が自分を超えていくことが喜び
研修で受講者満足度を上げる細々とした方法をまとめておいた
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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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2018年05月08日

『致知』2018年6月号『父と子』―教師にとっては生徒が自分を超えていくことが喜び


致知2018年6月号父と子 致知2018年6月号

致知出版社 2018-05


致知出版社HPで詳しく見る by G-Tools

 私は子どもを持ったことがないので、「父と子」の関係について語ることはできない。だが、本号に書かれている父と子の関係は、「教師と生徒」、「師匠と弟子」、「上司と部下」の関係にもあてはまるだろう。私は中小企業診断士として経営コンサルティングを実施するとともに、企業向けのセミナーや研修で講師を務めることもある。自分のことを教師と言うのもはなはだおこがましいが、本号から学んだ「教師としての心構え」をまとめてみたい。以下の文中の「教師と生徒」を「師匠と弟子」、「父(親)と子」、「上司と部下」に置き換えても、概ね内容は通じると思う。

 ①生徒を教師に従わせるのではなく、生徒による反論を許す。
 教師は生徒に対して優越的な立場に立っている。教師というだけで生徒からは尊敬される(近年の学校の教育現場では必ずしもそうではなくなっているようだが)。ややもすると、教師はそういう立場を利用して、生徒を自分に盲目的に従わせようとする。別の言い方をすると、自分の教えることの全てをそのまま生徒に吸収させようとする。こうした教え方は、教育学の分野では「導管メタファ」で例えられる。水が水道管を通ってある場所から別の場所へそっくりそのまま移動するように、教師の知識が丸ごと生徒に移植されるというわけである。

 ただし、この導管メタファは教育学の分野では批判的にとらえられている。学習とは教師から生徒への一方通行で行われるのではなく、教師と生徒の相互作用による創発的な営みであるべきだというわけである。確かに、教師は知識の体系を持っている。しかし、その体系は、教師の考え方・視点に立って、教師がこれまでの経験から導き出したものである。一方、生徒は教師とは別の考え方・視点を持っており、教師ほど体系化されてはいないが、最新の経験を有している。その考え方・視点・経験からすると、教師の言っていることはおかしいと感じることがある。それを素直に教師にぶつけてみる。教師もその意見を素直に受け止める。そこから活発な議論が始まり、両者の考え方を包摂する新たな知識の創造へとつながっていく。

 幸田露伴は、言うまでもなく日本の文豪であり、彼の娘である文(あや)に対する願いは、その名前からも明らかである。露伴は自分が選んだオリジナルの百人一首を、文がまだ6歳の頃から毎日1首ずつ覚えさせた。朝食の後、露伴がその日の和歌を3度詠み、それを翌朝までに暗記させる。幼い文には随分苦痛であったようだが、それでも露伴から教わった和歌は心の中にしっかりと刻み込まれ、彼女の人生を支え続けた。一方で露伴は、文が盲目的に従うことをよしとせず、不服に思うならきちんと反論し、納得した上で従うべきだという教育方針も持っていた。後年、文は露伴から和歌の指導を受けることを拒絶した時期があったが、露伴は逆にその態度を評価し、対等な親子関係を構築しようとした。こうした露伴の思いが通じ、文は後に、露伴について記した文学作品を多数残した(木原武一「偉人の父に学ぶもの」より)。

 ②教師は生徒が自分を超えていくことを喜びとする。
 ①のように新たな知識が創造されれば、生徒は教師を超えていく。教師はそれを脅威と受け取るのではなく、喜びにしなければならない。私自身の経験で恐縮だが、ある顧客企業の営業部門に向けて、新しい提案手法を習得してもらうための研修を提供したことがあった。さらに、研修に加えて、研修で学んだ提案手法を現場で活用しているかを評価するよう人事制度も再構築した。その際、顧客企業の担当者から、「単に研修の内容をそのまま使っているだけではダメだ。研修に基づいて自ら新しい提案手法を考案した営業担当者を高く評価するべきだ」という意見が出て、そういう評価項目を追加した。すると、優秀な営業担当者の中からは、担当顧客の戦略的重要度、業種、案件の種類、規模や難易度などに応じて、本当に新たな提案手法を創り出す人が出てきた。その提案書を見せてもらった時は、素直に嬉しかった記憶がある。

 ただ、教師の中には、生徒の成長を自分にとっての脅威ととらえてしまう人もいるようだ。ピカソの父は、ピカソが13歳の時に描いた鳩の絵を見て、我が子が自分の力量を凌駕していることを悟り、それ以降絵を描くことを一切止めてしまった。レオナルド・ダ・ヴィンチも、アンドレア・ヴェロッキオというフィレンツェの有名な画家に弟子入りしていたのだが、ヴェロッキオが制作中の『キリストの洗礼』にダ・ヴィンチが描いた天使の絵を見たヴェロッキオは、弟子が自分の才能を上回っていることを悟り、二度と絵筆を取らなかったという。

 教師が生徒に教えることを止めるだけならまだましかもしれない。教師が生徒の成長を妨害するというケースもある。ベートヴェンの祖父は音楽家として有名だったが、父は音楽の才能に恵まれず、大酒のみで素行も悪かった。ベートーヴェンが優れた才能を発揮し始めるや、自分が追い抜かれると嫉妬心を抱き、才能を抑え込もうとした。当時の音楽家には即興演奏が求められていたので、ベートーヴェンがピアノで即興的に演奏しようとすると、父はそんなことをしてはいけないと叱った。また、ベートーヴェンが作曲に取り組もうとすると、まだ早いと息子の意欲を挫いたりもした。仕方なく、ベートーヴェンは父が不在の時に即興や作曲に取り組んだ。こうした不遇にもかかわらずベートーヴェンは偉大な音楽家になったが、その裏には、教師に恵まれず才能を握り潰された人が数多く存在するに違いない(木原武一「偉人の父に学ぶもの」より)。

 ③教師は生徒が自分を簡単に超えないように努力する。
 教師は生徒が自分を超えていくのを喜びとしなければならない半面、生徒に簡単に超えられるような教師であってはならない。生徒は、そんな教師にはすぐに見切りをつけるだろう。社会が全体として発展していくためには、最終的には生徒が教師を超えていかなければならないのだが、その過程では教師と生徒は抜きつ抜かれつのデッドヒートを演じるべきである。

 マッキンゼーやBCGのような大手コンサルティングファームは、自社が考案したフレームワークを書籍を通じてオープンにしている。こうした書籍はもちろん営業ツールとしての側面もあるものの、それ以上に、コンサルティングファームがさらに新しいフレームワークを考案するべく自らを追い込むのが目的なのではないかと思う(だから、こういう書籍を読んだ人は、マッキンゼーやBCGが書籍に書かれた手法でコンサルティングをやっていると思わない方がよい)。マッキンゼーなどのコンサルタントに比べれば私など屁みたいな存在だが、私もノウハウはブログを通じてできるだけオープンにしている。ただ、それによって私のノウハウが読者の手に渡った以上、私は読者に負けないように、また新たなノウハウを創造しなければならないと感じている。

 寛政年間創業以来、200年以上の歴史を持つうなぎ屋「野田岩」の5代目・金本兼次郎氏は90歳を超えてなお現役のうなぎ職人である。金本氏は、教えるというのは闘いのようなもので、苦しくてきついが、弟子が何かの拍子にぐんと成長する姿を見るのが嬉しいと語っている。とはいえ、弟子に教えてばかりではない。朝早くからどんどんお店に出てくる若い職人に対抗して、金本氏も早い時には3時半に起き出す。そして、「連中が出てくる前に80本裂いちゃおう」と目標を立てて、一気に仕事を仕上げる。まだ誰もいない時は仕事もはかどるから、「今日は100本裂いた」という日もあるそうだ(「生涯現役(第147回) 金本兼次郎 人生生涯うなぎ職人」より)。

 ④教師が本当に教えるべきは品格や哲学である。
 ここまで書いておいてこんなことを言うのは若干憚られるが、結局のところ知識や技術、ノウハウというものは形式知であり、教師がわざわざ教えなくても、世の中にごまんとあふれている書籍や教則DVDなどで学ぶことが可能である。生徒が生身の教師からしか学ぶことができないのは、仕事や人生に関する品格や哲学である。どういう思いで仕事に打ち込んでいるのか?どういう価値観で人生を送っているのか?その思いや価値観はどれほど強固でぶれないものであるか?こうした暗黙知こそ、教師は生徒に伝えるべきである。教師はその一挙手一投足に注意を払い、自分の品格や哲学を表現しなければならない。私も講師をしながら、この点はまだまだ全然実践できていないと反省しているところである。

 染色家で人間国宝の森口邦彦氏は、技術的なことを父から教わっていないという。技術はビデオや解説書があれば足りる。父から受け継いだのは、染色という仕事に対する品格や哲学である。森口氏の父は常々、着物は女性に夢と希望を与えるものであり、着ている女性が美しくなるのが着物の使命だと言っていた。それを作るには適切な技術的裏づけが必要だが、単に上手に絵が描ければよいというわけではない。あくまでも着る人、観る人の視線から見て美しい作品でなければならない。森口氏はそうした作品づくりの哲学を父から感じ取ったと語っている(中村義明、森口邦彦「父から受け継いだ父子相伝の道」より)。

 私の前職は教育研修&組織・人事コンサルティングサービスを提供するベンチャー企業であった。社長はキャリア研修とリーダーシップ研修を研修サービスのコアにしようとしていた。だが、この2つほど単なる方法論で終わらせてはならない研修はない。それを教える講師がどれほど真剣に人生と向き合っているか?また、どれほど人格的に優れたリーダーであるか?が重視される。社長は「リーダーシップの学者はリーダーシップを発揮した経験がなくてもリーダーシップを教えているのだから、研修会社でも教えることは可能だ」と言っていたものの、私は受講者を舐めていると感じた。案の定、この2つの研修はほとんど売れなかったのだが、社内講師の品格と哲学を育てなかった、あるいはそういう品格と哲学を兼ね備えた講師を外部から探してこなかった社長の責任が大きいと考えている(参考>>>「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓」)。

 ⑤生徒の成功は生徒の手柄とする。
 生徒との議論を通じて新しい知識が創造され、それを手にした生徒が教師を超えていく時、教師は喜びのあまり「あの生徒は自分が育てた」と自慢したがる。「財を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上」という後藤新平の言葉に従えば、「自分は『人を残す』という最高の仕事をした」と思い上がってしまう。だが、生徒が成功したのは教師のおかげではなく、あくまでも生徒自身の努力のおかげである。教師はちょっとしたきっかけを与えたにすぎない。

 明治時代に教育勅語の作成に携わった元田永孚と井上毅は、熊本藩の藩校・時習館の先輩、後輩の関係にあたる。先輩後輩と言っても、2人は25歳も離れている。しかも、元田は枢密顧問官で”天皇の師”と仰がれたほどの人物である。元田は儒教の五倫の教えを中核に置いた草案を作成する。井上は、儒教は封建的であるからまずいとその部分を削除修正した案を元田に返す。これに対して元田は新たな草案を考えて井上に見せる。時に熾烈とも言えるほどのやり取りが約2か月間続いた。最終的には井上の案が取り入れられ、よく知られているようにわずか315字のシンプルな文章に落ち着いた。この時、元田は作成の手柄を井上に譲っているのがポイントである(荒井桂、伊藤哲夫「『教育勅語』が果たした役割」より)。

 仮に私が教えた人が後に仕事で大成功を収め、テレビや雑誌のインタビューで「成功の秘訣は何ですか?」と尋ねられた時に、私が教えたことをブラッシュアップした内容を、さもその人自身が発見したことであるかのように語っていたら、私の教育は成功である。そして、その人が勤める企業のデスクの上に、私の研修テキストが置いてあって、時々読み返したりメモを書き込んだりした形跡があったとすれば、私としてはもうそれで十分満足なのである。


2016年05月20日

研修で受講者満足度を上げる細々とした方法をまとめておいた


研修・セミナー

 一応、私は経営コンサルタントということになっているのだが、前職のベンチャー企業はコンサルティング&教育研修の企業であり、在籍期間の半分弱は教育研修プログラムの企画・開発や研修の運営に携わった。また、独立後も何だかんだで研修やセミナーをやらせていただく機会が多い。そんな中で、研修などの受講者の満足度は、意外と小さなことで上下するのだと気づかされた(受講者満足度は、研修を継続受注できるか否かを大きく左右するので、我々にとっては大問題である)。今回は、満足度に影響を与える様々な工夫をつらつらと書いてみたいと思う。中には「こんなことで満足度が変わるのか?」と思われるような、意外なこともあるかもしれない。

 1.講義は1~1.5時間ごとに休憩を挟む
 人間の集中力はそれほど長く持たない。大学の講義は1コマ80分だが、授業が長いと感じたことがある方はたくさんいらっしゃるだろう。他人の話を聞き続けるのは、だいたい90分が限界である。だから、最低でも1.5時間ごとに休憩を入れないと、受講者アンケートで「もっと休憩がほしい」と書かれてしまう。理想は、1時間ごとにこまめに休憩をとることである。

 2.3~4人1グループによるグループワークを多用する
 1日中講義ばかりの研修よりも、グループワークがある研修の方が総じて満足度が高い。そして、ペアワークよりもグループワークの方がよい。これは、受講者が他のメンバーの様々な意見を聞くことができるからであろう。ただし、1グループの人数は4人が限度である。それ以上になると、ワークをさぼる人が出てくる。私が前職で担当した研修の中には、講義:グループワーク=2:8という極端な割合のものがあった。それでも受講者には十分満足していただくことができた。

 3.グループワーク時には講師が積極的に介入する
 グループワークの際には、講師がそれぞれのグループの中に入って、議論のファシリテーションをするとよい。ただし、答えを誘導するような行為は慎むべきである。グループワークは解のない演習であるから、それぞれのグループの意向を尊重し、グループオリジナルの見解が導かれるようにする。すると、講師が想定していた解答とは違う考え方をするグループも出てきて、講師側としても非常に勉強になる。一番やってはいけないのは、グループワークの時間になると講師が後ろの席に戻って、自分のパソコンで別の仕事をすることである。

 4.テキストは穴埋めを作るなど、受講者が書き込めるようにする
 私が研修の運営をしていて気づいたのは、大人になるとメモを取る習慣が激減するということだ。もちろん、熱心に講師の話を書き取っている受講者もいるが、大半は聞いているだけである。そして、残念ながら、聞いただけの話はまず記憶に残らない。そこで、初等教育のような手法だが、テキストに穴埋めの箇所を設けて、半ば強制的に講義内容をメモさせるよう促すとよい。手を動かすと、受講者は勉強した気持ちになって、満足度が上がるようである。

 5.講師のプレゼン資料を配布テキストにしない
 講師の中には、重要なことを視覚的に訴えるため、情報量を極力減らし、アニメーションを多用したパワーポイントをプレゼンで使用する方がいる。ここで問題となるのは、そのプレゼン資料をそのまま印刷して、配布テキストにしてしまうことである。配布資料は、受講者が研修後に持ち帰って、必要に応じて読み返すための資料である。ところが、プレゼン資料をそのまま印刷した配布資料は、情報がスカスカで受講者が中身を思い出すことができない。上記4で書いたように、大半の受講者は講師の話をメモしないのだからなおさらである。

 私の考えでは、受講者が後から読み返しても理解できる内容の配布資料を作り、それをプレゼンでも使用するべきである。ただし、上記4の繰り返しになるが、ところどころに穴埋め箇所を設ける必要がある。よって、配布用テキストとしては穴埋め用の空欄があるものを、プレゼン用資料としては穴埋めをアニメーションで埋めたものを用意するとよい。

 6.昼食には十分配慮する
 遠方からの参加者で、研修会場周辺の地理に詳しくない方がいらっしゃる場合には、昼食時に会場周辺の飲食店マップを渡してあげると非常に喜ばれる。会場近くに飲食店がたくさんある場合は問題ないのだが、会場によっては周辺に飲食店がほとんどないことがある(これは地方に限った話ではなく、東京でもありうる。例えば、神谷町の近辺には飲食店が思いの外少ない)。その場合は、必ず業者から弁当を調達するべきだ。しかも、その弁当代をケチってはならない。昼食がおいしくないと、午後は受講者のモチベーションが下がってしまうからだ。

 7.複数日研修では、1日目の終わりに懇親会を行う
 研修が複数日にわたる研修では、1日目の終わりに懇親会を行うとよい。当然、講師も参加する。講師と受講者、そして受講者同士の心理的距離がぐっと縮まる。すると、2日目以降のグループワークの雰囲気ががらりと変わる。受講者同士が打ち解けるために、初日の最初にアイスブレイクを行うことが多いが、懇親会の方がアイスブレイクよりもはるかに効果的である。逆に、研修最終日に懇親会を行うのは最悪だ。「もっと早く仲良くなっていればグループワークもやりやすかったのに」と言われるのがオチである。第一、最終日は受講者も早く帰りたがっている。

 8.遠方からの参加者がいる研修は金曜日に実施する
 研修を企画する段階で、東京での研修であっても、群馬、山梨、静岡といった遠方からの参加者を想定することがある。この場合は、実施日を金曜日にした方がよい(複数日研修の場合は、最終日を金曜日にする)。なぜならば、遠方から参加した人が金曜日は東京に泊まって、翌日ゆっくり東京観光をした後に、地元に帰ることができるからだ。たとえ金曜日の宿泊代が会社から支給されなくても、である。逆に、金曜日以外の平日に設定してしまうと、遠方からの参加者はその日のうちに帰らなければならず、それだけでも研修に参加するのがためらわれるそうだ。

 9.会場の室温に注意する
 会場が暑すぎても寒すぎても、受講者からクレームが出ることがある。グループワークが熱気を帯びてくると室温が上がる。よって、講師はファシリテーションと同時に室温にも気を配らなければならない。冬は寒すぎると受講者の集中力が切れてしまうため、どうしても室温を高めに設定しがちだが、あまりに高くすると今度は受講者が寝てしまう。この点も要注意である。

 10.アンケートは簡素なものにする
 研修終了後には、受講者満足度を把握するためにアンケートを取るのが一般的である。ただし、受講者は早く帰りたがっているので、アンケートはできるだけすぐに書き終わるものにしなければならない。個人的には、①研修には満足だったか?(5段階評価)、②よかった点・改善すべき点は何か?(自由記述)、③今後取り上げてほしいテーマは何か?(自由記述)の3つだけを尋ねれば十分であると思う。そうすれば、アンケート用紙はA5(A4ではない)1枚に収まる。

 以前、私がある公的機関の研修を受講した時、アンケート用紙がA3両面2枚、つまりA4換算すると8ページもあってげんなりした記憶がある。お役所らしく、受講者の属性情報や研修の各パートに対する満足度、講師の評価、研修が今後の仕事に役立つかどうかなどをこと細かく質問してくるのである。受講者の満足度を把握するためにアンケートを取っているのに、アンケートが原因で満足度が下がるというのではないかとこちらが心配になってしまったぐらいだ。

 最後に、アンケートを匿名式にするか記名式にするかという問題がある。私の経験上、匿名式にすると回収率が下がる。ただ、アンケートを書いてくださった方は、本当に書きたいことがあって書いているわけだから、より突っ込んだ内容の記述(その多くは批判)をしてくださる。逆に、記名式の場合はほぼ100%回収できる。しかし、研修や講師のことを悪く書くと、誰がそれを書いたかすぐにバレることに遠慮してしまうせいか、当たり障りのない感想が中心となる。


2014年06月27日

高橋史朗『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』―戦後の日本人に「自由」を教えるため米ソは共謀した


日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと
高橋史朗

致知出版社 2014-01-29

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 著者は、戦後教育が自虐史観で塗りつぶされる原因を作った4人の”戦犯”を断罪している。

 (1)ルーズ・ベネディクト
 『菊と刀』の著者。乳幼児期の厳しい用便の躾が「菊の優美と刀の殺伐」に象徴されるような日本文化の型、日本人の性格構造の「二面性」の原因であり、さらに階層秩序に異常に執着する日本人の「病的特性」や「伝統的攻撃性」の文化的土壌であり、侵略戦争の原因だと指摘した。

 (2)ジェフリー・ゴーラー
 イギリスの社会人類学者。ベネディクトの土台になった2つの論文『日本人の性格構造とプロパガンダ』と『日本文化におけるいくつかのテーマ』を著した。後者の論文は前者の論文の要約であるが、その中でゴーラーは、日本人の国民性には矛盾する二面性があるとし、その根底に乳幼児期の厳しい用便の躾(トイレット・トレーニング)があると結論づけた。また、ゴーラーは、日本人の国民性の定義として、(ⅰ)原始的、(ⅱ)幼稚および未熟で不良少年の構造に類似、(ⅲ)精神的・感情的に不安定という3つを挙げ、日本人は「集団的神経症」であると主張した。

 (3)ハロルド・ラスウェル
 アメリカの政治学者。ゴーラーが論文を書くにあたって情報を提供した人物の1人。ラスウェルは、「日本人の子どもの躾に関する件」というタイトルのついた報告書の中で、「日本人は儀式化された無表情な公の顔を持つ一方で、めそめそした酔っ払いという2つの相反する顔を持つ」と書いた。また、著書『権力と人間』では、政治家は幼少期に権力に関する嫌な出来事を経験した記憶の反動として権力を志向するようになると述べた。

 (4)D・C・ホルトム
 アメリカの神道学者で、ゴーラーとベネディクトに影響。神道と軍国主義・超国家主義を混同し、間違った日本文化論と宗教論によって、日本人の「精神的武装解除」を推進するきっかけを作った。戦後の教育改革に特に大きな影響を与えた「4大指令」というものがあり、その中には、学校における神道行事と神道や皇室についての教育を禁止した「神道指令」が含まれるが、その契機となったのは、ホルトムが出した国家神道に対する占領政策についての勧告であった。

 日本社会は階層社会であり、下の階層の者は絶えず上の階層の権力から虐げられている。その反動として、自分が上の階層に上った時には、先人が持っていたような権力を志向するようになり、自分が受けたのと同様の暴力を下の階層に及ぼすようになる。さらに、その暴力性が下の階層だけでなく外部に向けられるようになると、侵略戦争につながる。そして、階層社会の象徴こそ、神を頂点としてあらゆる者を序列化する「神道」であり、日本人が皆共通して受ける権力からの最初の被害こそ「トイレット・トレーニング」である。4人の主張をまとめると、こういうことなのだろう。よって、戦後教育の方向性は、階層の否定と子どもに対する自由の付与となる。

 最近、戦後の歴史教育について学んでいる中で不思議だったのは、どうやら戦後教育は米ソ両国の影響を受けているという点であった。例えば、坂本多加雄氏の『歴史教育を考える―日本人は歴史を取り戻せるか』には、次のように書かれている。
 現在の歴史教科書は、戦後的価値を絶対視するという観点から記述されているため、日本の他の時代および他の国の歴史への理解を著しく阻害している。すなわち、戦後に獲得されたとされる民主主義と平和主義によって、現在という時代がもっとも良い時代であるといった印象を与えるような記述になっている。(中略)

 また、現在の教科書に反映されている学問的水準は、ひとことで言って昭和20年代から30年代の、講座派マルクス主義のものと言ってよいだろう。(中略)そのため、歴史を社会主義の実現の過程と考え、階級闘争史観により抑圧者と被抑圧者の闘争として描くことが多く、たとえば江戸時代の記述において、農民は重税に苦しめられ収奪されているといった面が過度に強調されている。
歴史教育を考える―日本人は歴史を取り戻せるか (PHP新書)歴史教育を考える―日本人は歴史を取り戻せるか (PHP新書)
坂本 多加雄

PHP研究所 1998-02

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 前半はアメリカの影響を、後半はソ連の影響を示唆している。なぜ、イデオロギーが全く異なる両国が関与しているのか不可解だったのだが、本書を読んでその理由が少し解った気がする。
 共産主義者はソ連に国益のあるコミンテルン史観を信奉しています。コミンテルン史観によると、明治維新以来、日本の対外戦争はすべて天皇制絶対主義国家の侵略戦争であると見なしています。(中略)一方、アメリカの歴史観は、満州事変以降の十五年戦争(日中戦争)を侵略戦争と書いています。

 そういう意味では、両者の歴史観には根本的な違いがあるのですが、不思議なことに、異質な米国史観とコミンテルン史観が合体することになりました。なぜそれが可能だったかというと、日本が対外戦争を起こした軍国主義や超国家主義の根底に天皇制・天皇信仰を中心とする日本文化や神道があり、それらに根差した日本人の国民性があるという共通理解があったからです。
 ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの最後の段階では映画が重視されました。そこに映画会社が協力したというのは、共産主義の組合が関係していたからです。戦時中に戦争映画を多く製作することで政府に協力して戦意高揚に努めた東宝が、戦後一貫して最も過激な組合員を生み出し、占領軍に協力して民主主義映画の数々を製作したのは、占領軍と共産主義者の癒着を象徴するものでした。

 とくに、日本人の伝統的価値観の1つである「忠義」や「復讐」に対して、占領軍の検閲官は強く反発し、映画から追放しなければならないと考えました。一方、労働運動は日本の民主的再建に必要であると考えて推奨しました。占領軍は、日本人の伝統的価値観、軍国主義、超国家主義を排除するために、これらに最も否定的な共産主義者、労働組合員を積極的に利用したのです。
 私の不勉強のせいで十分な記述にならず恐縮なのだが、資本主義も社会主義も「自由」を志向するという根っこの部分ではつながっているのかもしれない。そして、その自由を起点として民主主義を希求するところまでは共通しているのかもしれない。では、何をきっかけに資本主義と社会主義は分化していくのだろうか?また、どうして社会主義よりも資本主義の方が世界で優勢となったのだろうか?私の次の疑問はこの辺りにある。

 それと同時に、日本は果たして資本主義や社会主義というイデオロギーで語れる国家・社会なのかも考えなければならないだろう。資本主義や社会主義は、アメリカやソ連という比較的若い国家が採用したイデオロギーである。しかし、日本はそういうイデオロギーよりもはるか以前から存在していたのであり、資本主義や社会主義は「日本的な何か」に接ぎ木された思想に他ならない。では、日本の本質とは何なのか?その本質から歴史を見つめ直した時、何が見えてくるか?これらの問いに答えることが、日本が「歴史を取り戻す」上で重要になるはずである。



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