2015年01月30日
【補助金の現実(5)】補助金の経済効果はどのくらいか?
《前回までの記事》
【補助金の現実(1)】補助金は事後精算であって、採択後すぐにお金がもらえるわけではない
【補助金の現実(2)】補助金の会計処理は、通常の会計処理よりはるかに厳しい
【補助金の現実(3)】補助金=益金であり、法人税の課税対象となる
【補助金の現実(4)】《収益納付》補助金を使って利益が出たら、補助金を返納する必要がある
平成26年度補正予算で「地域商品券」が発行されるらしく、これが1998年度の「地域振興券」(小渕内閣)、2009年度の「定額給付金」(麻生内閣)を想起させるようで、各方面からは様々な声が上がっている。地域振興券は、約6,200億円を費やして、一定の条件を満たした国民に1人あたり2万円分が支給された。これに対して、定額給付金の予算は2兆円とはるかに巨額であった。支給額は原則として1人12,000円であるが、基準日において65歳以上の者および18歳以下の者については8,000円加算され、20,000円とされた。
その後の各種調査によると、地域振興券はGDPを0.04%程度、定額給付金はGDPを0.1%程度押し上げる効果があったとされる。ただし、定額給付金では、地域振興券よりも限界消費性向(新たに増加した1単位の所得のうち消費にまわる部分の割合)が過大に見積もられているため、効果も大きめに算出されていると指摘されている。
こうした給付金とはかなり毛色が違うが、経済産業省関連の補助金はどのくらいの経済効果があるのだろうか?経産省の補助金に詳しいある方は、「だいたい予算の3倍ぐらいの経済効果がある」とおっしゃっていた。平成24年度補正予算、平成25年度補正予算で実施されている「ものづくり補助金」に関しては、次のような記事が出ていた。
中小企業の設備投資を促す「ものづくり補助金」が、国が予算措置した金額の約2.2倍の経済効果を生み出していることが分かった。これだと、先ほどの方がおっしゃっていた3倍に届かない。補助金の経済効果について、マクロ経済の分析手法を用いて論じたレポートもいくつかあったが、いかんせん私の知識がついて行かないので(涙)、もっと簡単に考えてみることにした。
事業の実施団体である全国中小企業団体中央会の調査によると、補助金交付企業が事業に要する経費の試算合計額は4978億円で、国がこの事業のために2012年度および13年度の補正予算で措置した約2400億円の2.2倍の規模となっている。
補助金を"呼び水"として"自腹"でも追加投資に踏み切る動きが活発で、新たな事業に挑む姿を裏づけている。
同支援策はこれまでに全国で延べ6万1000社の申請があり、約2万5000社を採択。「平均的な申請内容では採択されない」(関係者)高倍率の人気施策となっている。同支援策は過去2年、補正予算で実施された経緯がある。経済対策を盛り込む14年度補正予算案編成が検討されるなか、引き続き実施される可能性が高まってきた。
(J-Net21「「ものづくり補助金」、2.2倍の経済効果―全国中小企業団体中央会が調査」〔2014年11月17日〕より)
採択企業が5,000億円を新たに支出したということは、採択企業の「取引先」は新たに5,000億円の売上高が上がったことになる。ただし、そのお金がまるまる「取引先」のものになるわけではなく、売上高が増えた分だけ、それに連動して変動費が発生する。TKCの経営指標(2009年度版)によると、黒字の製造業の変動費率(平均)は55.5%だそうだ。よって、採択企業の「取引先」は、5,000億円×55.5%=2,775億円を新たに支出したことになる。
この2,775億円は、「取引先の取引先」の売上高となる。先ほどと同じように、売上増に伴って新たに変動費が発生し、その額は2,775億円×55.5%=1,540億円となる。この1,540億円は、さらに「取引先の取引先の取引先」の売上高となり、1,540億円×55.5%=855億円の追加支出が発生する。これを繰り返していくと、日本全体で新たに増えた支出は、
5,000億円+5,000億円×(0.555)+5,000億円×(0.555)2+5,000億円×(0.555)3+・・・5,000億円×(0.555)n・・・
となる。つまり、初項5,000億円、公比0.555の無限等比級数の和であるから、その和は「初項/(1-公比)」で求められる。実際に計算すると、約1兆1,236億円となり、名目GDPの約0.2%に相当する。過去の地域振興券や定額給付金に比べると、投資対効果が大きかったと言えるかもしれない。もちろん、上記の5,000億円の中には、既に雇用している社員にかかる直接人件費などのように、補助金がなくても発生したであろう経費が含まれているから、約1兆1,236億円というのは過大評価になっている可能性は否定できない。
仮に、5,000億円のうち、直接人件費など補助金がなくても発生していた経費の割合を2割と仮定すると、企業が新たに支出した経費は4,000億円となり、日本全体で増えた支出の額は、4,000億円÷(1-0.555)=8,989億円となる。これであれば、前半で紹介した、「だいたい予算の3倍ぐらいの経済効果がある」という言葉にかなり近くなる。
ただ、別の角度から考えれば、前回の記事「【補助金の現実(4)】《収益納付》補助金を使って利益が出たら、補助金を返納する必要がある」で述べたように、補助金は国による投資である。よって、補助金によって採択企業の税引き前当期純利益がどれだけ増えたのか?また、それに伴い税収はいくら増えたのか?という観点で投資対効果を判断するべきだろう。もっとも、これを真面目に計算するためには、採択企業の業績を中長期に渡ってモニタリングする必要がある。どちらかと言うと短期的な視点で動く政治家は、こういう作業を嫌がるに違いない。
仮に、国による投資=約2,400億円を法人税によって回収しようとしたら、新製品・サービスを通じてどのくらいの売上高・利益を上げる必要があるのだろうか?一般に、企業の実効税率は約40%と言われているが、中小企業の場合は様々な優遇策があり、大企業に比べて実効税率が低い。課税対象の所得が400万円以下の場合には、実効税率は約26%となる(「中小企業の実効税率って!?|蛭田昭史税理士事務所」を参照)。計算を簡単にするために、実効税率が最も低いこのケースで考えてみる。
前述の2,400億円をこの実効税率26%で回収するためには、2,400億円÷26%=9,231億円の累積利益(ここでは便宜上、課税対象の所得=税引き前当期純利益とする)の増加が必要になる。ただし、ものづくり補助金で採択された全2万4,000社が万遍なく利益を上げられるわけではない。新製品・サービスの開発は、むしろ失敗の方が多い。経済産業省が公表している「中小企業・ベンチャー挑戦支援事業のうち実用化研究開発事業(制度)事後評価報告書」というレポートでは別の補助金の分析がなされているが、これによると事業化率は29.4%にすぎない。
ということは、2万4,000社の約3割に相当する7,200社で、9,231億円の累積利益を上積みしなければ、投資は回収できない。ただし、ここでも先ほどと同様に波及効果を考える必要がある。すなわち、事業化に成功した企業から新たに仕事を受注した企業も利益が増え、さらにその企業から新たに仕事を受注した企業も利益が増える、という連鎖が発生する。よって、先ほどの7,200社とその取引先が上積みした利益の総計が9,231億円となればよい。
事業化に成功した企業が新たに上積みした売上高の累積額をX億円とする。特別利益や特別損失がないと仮定すると、売上高経常利益率=売上高税引き前当期純利益である。やや古いデータになるが、中小製造業の売上高経常利益率は平均1.7%らしい(「売上高経常利益率|新・経営力向上TOKYOプロジェクト」を参照)。したがって、事業化に成功した企業が新たに獲得する利益の累積額は、0.017X億円となる。
事業化に成功した企業は、取引先に新たな仕事を発注する。その金額は、前述した変動率の数値を使えば、X億円×55.5%である。よって、取引先が新たに得る利益の累積額は、0.017X億円×55.5%となる。さらに、その取引先から新たに仕事を受注した企業の利益の累積額は、0.017X億円×55.5%×55.5%ということになる。これを繰り返していくと、事業化に成功した企業とその取引先が新たに獲得する利益の累積額は、
0.017X億円+0.017X億円×(0.555)+0.017X億円×(0.555)2+0.017X億円×(0.555)3・・・+0.017X億円×(0.555)n・・・
で計算される。この式は、初項0.017X億円、公比0.555の無限等比級数の和であるから、その和は「初項/(1-公比)」すなわち、0.017X億円/(1-0.555)である。この和が9,231億円に等しくなるようなXを求めると、24兆1,635億円となる。この金額が、事業化に成功した7,200社が上積みすべき累積売上高の合計である。1社あたりに換算すると、約33.5億円だ。事業化に成功した企業は、補助金で開発した製品・サービスにより約33.5億円の売上高を上げなければ、補助金という投資を法人税で回収することができない。そう考えると、結構ハードルが高い。
ものづくり補助金の申請書には、今後5年間の事業計画を記入する欄があり、公開されている採点基準の中にも「事業を通じて補助金の金額に見合った効果が得られるかどうか?」という項目が入っている。しかし、審査員はこういう具体的な数字を踏まえて採点しているだろうか?