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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。コンサルティングなどの仕事の実際の中身は守秘義務の関係で書くのが難しいため、書評が中心となっている点は何卒ご容赦あれ。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
所属組織など
◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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2018年06月08日

【城北支部会員部】死の体験旅行ワークショップ(イベント報告)


寺の和室

 城北支部会員部が「死の体験旅行ワークショップ」という、いつもとは一風変わったイベントを企画してくれたので参加してきた。神谷町駅近くの梅上山光明寺をお借りして、倶生山(ぐしょうさん)なごみ庵の住職・浦上哲也氏が講師を務めるという形で実施された。なごみ庵は2006年に開所した寺で、檀家制度をとっていない。山号の「倶生山」には、「倶(とも)にこの世を生き、倶に浄土に生まれる」という願いが込められている。
 (※)本記事を読んでワークショップに興味を持たれた方は以下へどうぞ。
 なごみ庵 http://753an.blog.so-net.ne.jp
 自死・自殺に向き合う僧侶の会 http://bouzsanga.org
 お坊さんQ&A hasunoha http://hasunoha.jp


 「死の体験旅行ワークショップ」は、自らが命を終えていく過程を疑似体験することで、限られた人生の中で、「自分が何をなしたいのか」、「何を大切に思っているのか」を再確認し、日々の生活や仕事をより充実したものにすることを目的としている。元々はアメリカの緩和ケア病棟で、ターミナルケア(余命わずかになった患者に延命治療を施さず、代わりに苦痛の緩和を施す医療行為)に携わるホスピススタッフに対し、死の疑似体験を通じて、患者への接し方を改善し、医療の質を上げるために始まったそうだが、正確な起源は浦上氏にもよく解らないという。

 ワークショップでは、まず白、黄、青、赤の4色の紙がそれぞれ5枚ずつ、合計20枚配られる。この紙に、自分にとって大切なものなどを書き込んでいく。

 <白>
 白の紙には、「自分にとって大切な『物』」を書く。ただし、水は万人にとって大切なものであるため、書いてはいけない。私は、真っ先に家にある約2,000冊の①書籍と、私の人生をいつも支えてくれている②Mr.Childrenの全シングル・アルバムを書いた。最近はすっかりミスチルの曲をスマホで聴くようになってしまったが、私はミスチルのCDジャケットのデザインを非常に気に入っており、曲はもちろんのこと、CDのデザインも含めてトータルで高く評価している。その次に、③過去の仕事の成果物が入ったHDDを書いた。過去のコンサルティングやセミナーの資料をバックアップしているHDDである。これがなくなったら私の仕事は大きな痛手を蒙る。

 ここまではすらすらと書けたものの、4つ目からは筆が止まってしまった。元々物欲があまりない性格であることは知っていたが、ここで改めて物欲のなさに気づかされた。ただ、浦上氏からできるだけ紙を全て埋めてほしいと言われたため、何とかひねり出したのが、やや恥ずかしいが④夫婦で共有しているぬいぐるみと⑤ウェッジウッドのコーヒーカップである。④のぬいぐるみ集めは夫婦共通の趣味みたいなものだ。⑤も夫婦でお揃いのカップである。私が学生時代に妻(当時は交際中)にクリスマスプレゼントとして買ったものであり、現在も使用している。

 <黄>
 黄色の紙には、「自分にとって大切な『人』」を書く。1枚に書けるのは1人だけである。また、自分が会ったことのない人や歴史上の人物は除く。この制約がなければ、私は経営学関係ではピーター・ドラッカーやマイケル・ポーター、クレイトン・クリステンセン、J・B・バーニー、クリス・アージリス、エドガー・シャイン、ピーター・センゲなどを、それ以外では小林秀雄、福田恆存、江藤淳、山本七平、丸山真男、河合隼雄などを書いただろうが、今回はそれを諦めた。

 自分が会ったことのある人の中で大切な人となると、やはり第一には①妻である。その次は、②父親と③母親である。実は、両親とは長い間不和が続いていたのだが、今年の3月に入院して自分の病気のことを洗いざらい告白してから関係が改善した。それがなければ、私は両親のことを書かなかったかもしれない。その次には、④義父と⑤義母を書いた。黄色の紙はすんなり書くことができた。本当は他にも仕事上の関係で大切にしたい人がいるとはいえ、家族を差し置いてまで重要な人となると、私の場合はいないというのは意外な発見であった。

 <青>
 青色の紙には、「自分にとって大切な『自然や想い出の風景』」を書く。ここでも、水と空気はNGワードである。私は学生時代を京都で過ごしており、第2の故郷と言ってよいほど思い入れが強い。中でも鴨川は友人とよく散策し、下らない話もすれば熱い議論を交わしたりもした思い出の場所である。妻とよくデートをしたのも鴨川である。よって、最初に①京都の鴨川を書いた。次に、②A君(ワークショップでは実名で書いたが、本記事では名前を伏せた)の家(岐阜、神奈川)を書いた。私が岐阜で中学生だった頃には、学校の帰りにA君の家に友人たちと立ち寄って、よく音楽を作っていた。大学生になって、私が京都、A君が神奈川に引っ越した後も、私はしばしば1週間ほど休みを取ってはA君の下宿先に行き、音楽制作に没頭した。A君は私の真面目腐った人生を変えてくれた大親友である。今は私が東京、A君が岐阜にいてお互い仕事に追われており、なかなか音楽制作ができないが、またいつか音楽を一緒に作りたいと思っている。

 3番目には、③能楽サークルのボックス(部室)を書いた。プロフィールでも書いたように、私は学生時代に金剛流の能楽サークルに所属していた。私は、入学してすぐにアルバイトを決めてしまい、バイトが入っていない日でサークル活動ができるところとなると、その能楽サークルしかなかっためという極めて消極的な理由でそこに入った。能楽の面白さなど全く理解していなかったし、練習も嫌々やっていた。だが、2回生で舞囃子をやることになった頃から徐々に能楽の面白さが解るようになり、ボックスに並んでいた謡本を片っ端から引っ張り出しては謡の練習をするようになった。その練習は時に深夜に及ぶこともあり、当時はボックスでよく寝泊まりしていた。その布団は代々受け継がれている古臭い布団で、今の自分だったら絶対寝られないだろうと思うような汚いものなのだが、それにくるまって夜を明かしたのも今ではいい思い出である。

 ①~③が私にとっては強烈すぎるため、それ以外の思い出となるとなかなかないのだが、残りは④加納小学校(※私が通っていた小学校)の思い出の森と⑤実家の前の道路を書いた。思い出の森とは、小学校のグラウンドの脇にあったちょっとした森であり、休み時間になるとクラスメイトたちとの遊び場になった。木々や草は生え放題でところどころに急な斜面があり、「ジャンボ滑り台」という結構なスピードが出る滑り台もあった。もしかしたら、今の小学校ではこういうやや危険な森を残しておくことは難しいかもしれない。⑤実家の前の道路とは、岐阜の実家の前を通っていた幅広な道路を指している。幅広の割に自動車がほとんど通らないため、放課後になると近所の友達と野球やサッカー、ドッジボールや鬼ごっこをしていた。ボールを近所の家の庭にぶち込んだり、近所の家のシャッターにぶつけたりしてよく怒られたものである。

 <赤>
 赤色の紙には、「自分がやりたい『こと』、やりたい『行動』」を書く。ただし、今までのカードに書いたカードと関連する内容を書いてはいけない。私の場合、「本を出版する」、「音楽を作る」という願望があるのだが、白の紙に書籍を、青の紙にA君の家(岐阜、神奈川)を書いてしまったため、これらの行動は書くことができない。それ以外で一番やりたいこととなると、今の私の場合は何よりもまず①精神的に健康になることである。本ブログでも書いたように私は双極性障害を10年近く患っており、今年の3月にも1か月間入院した。何をするにも健康が一番ということを嫌というほど思い知らされている。その次は、肉体的に健康になるという意味で、②運動(スイミング)を書いた。双極性障害やうつ病の薬の中には食欲を増進する副作用をもたらすものがあって、私もここ2年で10kgほど体重が増えた。ダイエットをしなければと思うのだが、ランニングは運動時間の割に消費カロリーが低い。効率的にカロリーを消費できるのがスイミングであるということを知って、ちょうど水泳パンツとスイミングキャップ、ゴーグルを買い揃えたところであった。

 3番目には、③精神疾患にかかった人のリワーク(就労移行支援)を書いた。私は約10年間双極性障害の治療をしているが、自立支援医療制度のおかげで自己負担が1割で済んでいる。逆に言えば、その分国の医療費を圧迫しているわけであり、国には迷惑をかけたという思いがある。罪滅ぼしというわけではないが、私と同じように精神疾患にかかった人が社会復帰するのを支援することで、少しでも国に恩返しをしたいと考えている。現在、本業の経営コンサルティングに加えて、就労移行支援の仕事をさせていただける施設を探している最中である。

 4番目には、④塾講師(大学受験生のサポート)を書いた。私が毎年1月になるとセンター試験の数学を解いてブログにその結果を公開しているのは、別に私の数学力を自慢したいわけではない。私は、学生時代に塾講師をしていた時、ある事情でセンター試験の直前に塾講師を辞めざるを得なくなり、受験生を最後まで支援できなかったという苦い経験がある。もし機会があるのなら、もう一度塾講師をして、受験生を最後まで見届けたいと思っている。数学を選んだのは、数学が論理的思考力を養うのに最も効果的だからであり、また現在深刻化している高校生の数学離れを食い止めるのに少しでも貢献できればと考えているからである。⑤リアルのコミュニティの形成(勉強会など)は、苦し紛れにひねり出したおまけである。将来的に「論語」の勉強会ができればいいとぼんやり思っている程度にすぎない。本業の経営コンサルティングに関連して何かやりたいことが出てこなかったというのがここでの発見である。

死の体験旅行

 長くなったがここまでは前置きで、ここからが本番である。浦上氏が読み上げる「死の物語」に沿って、ワークショップの参加者は自分の大切なものを次々と失っていく。具体的には、自分が突然胃の病気(浦上氏は物語の中で明らかにしなかったが、おそらくは胃がん)に侵されて徐々に病気が進行していき、医師の手術や治療の甲斐もなく回復の見込みがないと宣告され、最後は死を迎えるというストーリーの随所で、浦上氏の「あなたは大切なものを失います。紙を○○枚丸めて捨ててください」という言葉に従い、紙を捨てていく。

 <1回目:1枚失う>
 赤の⑤リアルのコミュニティの形成(勉強会など)を捨てた。前述の通り、私が苦し紛れにひねり出したおまけであるから、これを捨てることには何の抵抗もなかった。この20枚の中で、リアルのコミュニティ形成は最も優先順位が低いということであろう。心の底では、本当は大してやりたいと思っていたわけでもなかったのかもしれない。

 <2回目:2枚失う>
 まだ病気が進行していない状態であり、赤の自分がやりたいことは諦めることができない。白の物も、私にとって大事な物ばかりだから手をつけることができない。いわんや、黄色の人は皆大事だから、とても捨てられない。そこで、青の想い出の中から、④加納小学校の思い出の森と⑤実家の前の道路を捨てることにした。この2つは幼少期の記憶であり、前述のようにそれ以外のインパクトの強い3つの想い出に比べると優先度が下がるからである。

 <3回目:2枚失う>
 自分が重大な病気であることが判明する段階である。もしかしたら自分の命がこの先もう長くないのかもしれないとぼんやり感じた時、物欲が消えた。3回目では、白の③過去の仕事の成果物が入ったHDDと⑤ウェッジウッドのコーヒーカープを捨てた。仕事ができなくなるのかもしれないのであればHDDを持っていても仕方ないし、ウェッジウッドのコーヒーカップがなくなっても代わりのコーヒーカップはある。なお、ここで白の④夫婦で共有しているぬいぐるみを選択しなかったのは、コーヒーカップと違って代えがきかないという理由による。

 <4回目:3枚失う>
 徐々に病気が進行していき、体力が奪われていく。ここで一気に3枚失うのは苦痛であった。悩んだ挙句、もう自分は何か新しいことをすることはできないと思い、赤の③精神疾患にかかった人のリワーク(就労移行支援)と④塾講師(大学受験生のサポート)を捨てた。それから、白の②Mr.Childrenの全シングル・全アルバムも捨てた。ミスチルの曲の大半は頭の中にインプットされているのだから、CDという物自体は失っても構わないと思ったからである。

 <5回目:2枚失う>
 病気の進行も早くなり、紙を捨てるのも段々と難しくなる。この段階に至っても、黄色の人はどうしても手をつけるのがはばかられた。また、白の①書籍は、私が懸命に読んできた2,000冊であって私の人生を象徴する物であるから、ここでもまだ捨てられない。そこで、青の③能楽サークルのボックス(部室)と赤の②運動(スイミング)を捨てた。青の①と③はいずれも京都の想い出であり、③を失ってもまだ①があるという理由で捨てた。赤の②運動(スイミング)を捨てたのは、この段階ではもはや運動をすることも不可能であろうと断念したためである。

 <6回目:2枚失う>
 医師からは回復の見込みがないと言われ、緩和ケア病棟に移される。この段階になると、物欲はもうどうでもよくなった。白の①書籍と④夫婦で共有しているぬいぐるみを捨てた。①書籍は、あれほど直前まで手放せないと抵抗していたのに、ここまでくるとそうも言っていられなくなった。この時点で、白の5枚のカードは全て消えたことになる。

 <7回目:3枚失う>
 緩和ケア病棟に移されたものの、身体を襲う痛みは日に日に激しくなっていく。ここで3枚捨てよと言われ、厳しい選択を強いられることになった。まず、青の②A君の家(岐阜、神奈川)を捨てた。他方、①京都の鴨川は私の第2の原風景であるから、ここでもまだ捨てることができない。また、赤の①精神的に健康になることも、肉体的にはもはや健康ではないが、精神はまだ健康に保つことができるはずだという思いから残した。私が約10年間双極性障害と闘い、精神的に健康であることに対する希望・憧れが非常に強いことも影響した。となると、いよいよ今まで避けてきた黄色の紙を捨てざるを得ない。本当に断腸の思いで、④義父と⑤義母の紙を捨てた。

 <8回目:3枚失う>
 見舞いにやって来る人も減っていき、いよいよ死期が近づいていることが解る。ここでとどめを刺されるように、また3枚捨てよと言われた。まず、赤の①精神的に健康になることを捨てた。もうこの段階では、精神的に健康であることも叶わないと思ったからである。それから、黄色の②父親と③母親の紙も、身を切る思いで捨てた。私にとっては、そもそもこの時点まで②父親と③母親が残っていたことが奇跡である。なぜなら、ほんの数か月前まではほとんど絶交状態で、ろくに連絡も取っていなかったからだ。3月に入院したおかげで、私は実の両親との絆を少しずつだが取り戻し、2人を大事だと思う気持ちが再び芽生えたようである。

 <9回目:1枚失う>
 呼吸が浅くなり、意識もぼんやりしてくる。死は確実に目の前まで来ている。ここで究極の2択を迫られる。私の場合は、黄色の①妻と青の①京都の鴨川が残った。ただ、京都の鴨川は妻との思い出の一部であり、京都の鴨川を失ったとしても、最後に妻が残れば、やや反則だが京都の鴨川の思い出も生きると思って、京都の鴨川の紙を捨てることにした。

 <10回目:1枚失う>
 いよいよお迎えがやって来たようだ。誰かが私の手を握っている。だがやがてその感覚もおぼつかなくなり、意識が遠のいていく。私は死んだ。「最後に残った1枚があなたにとって最も大切なものです」と言われるのかと思いきや、「最後の1枚も捨ててください」と言われた。私は、最後に残った黄色の①妻という紙を時間をかけて捨てた。私は最愛の妻を失った。

 ここまでがワークショップの内容である。ワークショップを通じて感じたことは3つある。1つ目は、捨てた紙を捨てた順番に並べ、その順番を入れ替えると、自分が大切にしているものの順位が解るということである。私の場合は、黄色の①妻、青の①京都の鴨川、赤の①精神的に健康であること、黄色の②父親と③母親という順番になった。やはり、妻をはじめとする家族が大切であることを改めて思い知らされた。ただ、実の両親がこの中に入っていることは、繰り返しになるが私にとって大きな驚きであった。どんなに関係を断とうとしても、血のつながった両親はやはり自分にとって唯一無二の存在であり、大切にしなければならないのだと考えさせられた。

 私の場合、仕事に関することが何も入っていないのもポイントであり、家族重視の気持ちが他人よりも強いようである。あるいは、以前の記事「『致知』2018年4月号『本気 本腰 本物』―「悪い顧客につかまって900万円の損失を出した」ことを「赦す」という話」で書いたように、最近仕事でひどい目に遭ったばかりで、仕事のことが半ばどうでもよくなっているためだとも考えられる(本当はそれではダメなのだが・・・)。青の①京都の鴨川をどう解釈すればよいかはよく解らない。頭の片隅に、いずれはまた京都で暮らしたいという願望があるのだろうか?

 今回のワークショップには約20名が参加しており、ワークショップ終了後に全体シェアとして、最後に残った1枚の中身を共有した。参加者の大半は、家族の誰かを挙げていた。浦上氏によると、企業の人事担当者がこのワークショップを受けて「我が社の社員向けにやってみたい」と思っても、十中八九、いや9以上の割合で実現に至らないという。その理由は、社員がこのワークショップを受講して「自分にとって大切なもの」や「自分の価値観」を認識すると、社員が転職してしまうのではないかという危惧が人事部の中に発生するからだという(※)。

 しかし、私はそれは杞憂にすぎないと思う。社員にとって一番大切なのは、多くの場合家族の存在である。だから、企業や人事部は社員の転職を心配するのではなく、社員が家族のことを大切にしながら仕事をすることができる環境や制度、組織風土を実現するように尽力する方が有益である(企業は「下問」によって家族の目的達成を支援することをマネジメント上のルールとしなければならないということは、以前の記事「【戦略的思考】企業の目的、戦略立案プロセス、遵守すべきルールについての一考察」で書いた)。

 2つ目は、健康に生きている間はこのような優先順位に従って生きていけばよいのだが、いざ死が近づいてくると、自分の大切にしているものを手放すという作業が必要になるということである。以前の記事「『正論』2018年4月号『憲法と国防』―なぜ自殺してはいけないのか?(西部邁先生の「自裁」を受けて)」でも書いたが、我々の世界には全体を覆う精神世界があって、人間が誕生するというのは、その精神世界から飛び出した魂が肉体という物質的な器を自然界から借りて人間になるということである。我々が死ぬ時は、肉体を自然界にお返しし、魂を精神世界に吸収させる。精神世界に吸収された魂は、その魂が人生をかけて獲得した要素を精神世界全体に統合し、精神世界の発展、人類全体の発展に寄与する。

 ここでポイントとなるのは、魂は余計なものをできるだけそぎ落とした状態で、精神世界に帰還するのが望ましいということである。これはまだ上手に説明できないことだが、我々が大切だと思うことと、精神世界が欲していることは異なるのである。世俗と神秘の違いとでも言えばよいだろう。死に向かっていく我々は、世俗的なものと1つ1つお別れをして、魂を純化させ、魂が精神世界に統合されやすいようにする必要がある。それを「終活」と呼ぶのだろう。最近は寿命が延びたおかげで、色々なものを背負ったまま死にゆく人が増えていると思う。そのため、精神世界は魂の統合に苦労している。こう書くと誤解を招きそうだが、高齢者が認知症になるのは、世俗的な要素を自然と捨て去るように、精神世界が魂に埋め込んだ装置なのかもしれない。

 3つ目は、ワークショップの内容と矛盾することかもしれないけれども、終活を通じて世俗的な余剰物と離別をする一方で、死期が迫ると最後に本当にやり遂げたいことが出てくるということである。手塚治虫『ブラック・ジャック』の「死者との対話」に、ある死刑囚がブラック・ジャックの手術を受けて死刑執行まで生き延びることができるようになり、聖書をむさぼるように読んで人生に光が差したと語り、満足して死刑執行を受けたという話が出てくる。どうせ死ぬのだから、聖書など読んでも本人にとっては何の意味もないにもかかわらず、である。

 ワークショップでは、赤の紙に「自分がやりたい『こと』、やりたい『行動』」を書いたのだが、この時は「自分が病気になって死ぬ」という前提を置かずに書いたものである。仮に、私が今余命半年と宣告されたら、「仏教に関する本をできるだけ多く読みたい」と願うだろう(今回のワークショップが寺院で行われたこととは無関係である)。おそらく、死期を設定された時に最後にやりたいと思うことは、魂が本源的に望んでいることであるに違いない。それが最後に顔を出すのである。それをやり遂げたからといって本人には何も残らないが、魂は鑢で最後のひと磨きをかけられ、世俗的なとげとげしさを落とし、柔和な状態で精神世界に接合されていくのだと思う。


 (※)私の前職は組織・人事コンサルティング&教育研修のベンチャー企業であり、「キャリア開発研修」を売りの1つにしようとしていた。人事担当者にキャリア開発研修を提案すると、決まって「社員が転職してしまうのではないか?」と言われたものである。我々は、「社員が今いる企業の中で成長の機会を発見することを支援するものだ」と説明していたのだが、実はグループ会社に転職支援・人材斡旋サービスの企業があったため、我々の説明は全く説得力がなかった。そこで、そのグループ会社の存在を隠しながら営業していた時期がある。グループ全体としてどういうビジネスモデルを構築するのかを十分に検討しなかったがゆえの失敗である(詳しくは、「【ベンチャー失敗の教訓(第11回)】シナジーを発揮しない・できない3社」を参照)。


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