2015年03月06日
「日本と欧米の経営、ガバナンス、リスクマネジメントの違い」について教えてもらったこと
海外ビジネスの経験が豊富な中小企業診断士の方から聞いた話のまとめ。この方は「海外事業のリスクマネジメント」に特化しており、日本と欧米のビジネスの違いに非常に精通している。
日本企業が海外に子会社を設立する場合、海外子会社のトップは日本人にすることがほとんどである。一方、欧米企業の場合は、欧米人ではなく現地の人を海外子会社のトップに据える。数年前、まだ日本企業の中国進出が盛んだった頃、外資企業で働く中国人の意識調査のレポートを読んだことがあるのだが、中国人は日本企業よりも欧米企業を高く評価していた。最も大きな要因は、欧米企業の中国子会社は実力主義で、結果を出せばトップに昇進できるのに対し、日本企業の中国子会社はトップが日本人で昇進が閉ざされている、というものであった。
当時は、「日本企業は欧米企業に比べて、海外子会社のマネジメントが上手ではないのだろう」ぐらいにしか思っていなかったのだが、こうした日本と欧米の違いは、実は文化的・歴史的な背景の違いに起因していることが解った。
「governance(企業統治)」という言葉があるが、この言葉の語源は植民地支配の時代に遡ることができる。1600年、イギリス国王は勅許状を授与して「東インド会社」の設立を認めた。イギリス本国にある「ロンドン貿易商会」は、出資者である「所有者役員会」が直接統治をしている。ところが、遠く離れたインドに設置される東インド会社をどのように統治するかが問題となった。ここでイギリス人が考え出したのが、間接統治という方法である。
すなわち、現地のことを最もよく理解しているのはイギリス人ではなくインド人であるから、東インド会社のトップはインド人とする。その代わりに、本社であるロンドン貿易商会からは東インド会社を厳しくモニタリングする。こうして、本社が間接的に東インド会社を統治する方法を「ガバナンス」と呼んだのである。イギリスには「信頼すれども信用せず」という言葉がある。これは、現地トップであるインド人の経営能力については信頼しているものの、人間的には信用していない(油断するとすぐに不正をすると思っている)ので、常に監視の目を光らせることを意味する。
経営のことを英語でmanagementと言うが、manageの原義は、「動物などを意のままに飼い慣らし、意のままに動かす」という意味である。そうすると、managementとは、「人間を意のままに動かす」ことを表す概念となる。これがgovernanceと組み合わさると次のようになる。つまり、欧米企業が海外に進出すると、「現地スタッフを意のままに動かす」という観点から、能力本位で現地経営者を選定する。そして、経営者が現地で経営しやすいように権限委譲をする一方、本社の意のままに動かすために本社からの統制と人事権の発動を欠かさない、ということになる。
一方、日本語の「経営」の原義は、「縄張りをして建築の構想を練ること」らしい。これを海外に進出した日本企業にあてはめると、「海外に進出し自社の縄張りを増やし、建築(ものづくり)の構想を練る」という考え方になる(加護野忠男『経営の精神―我々が捨ててしまったものは何か』〔生産性出版、2010年〕を参照)。要するに、日本企業は非常に自前主義が強い。それゆえに、海外子会社のトップに現地の人ではなく日本人を置いてしまうのである。
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「信頼すれども信用せず」という言葉は、別の見方をすれば、「現地子会社のトップに据えた現地の人が何者なのか解らないので恐れている」という欧米人の心理を表している。常に他の民族と対立を繰り返してきた欧米人は、見知らぬ相手に強い警戒心を抱く。少しでも気を緩めると、相手に攻め滅ぼされるかもしれないからだ。この「恐れ(Fear)」こそが、欧米人のリスクマネジメントの根幹にある。逆に、日本人はこういう感覚が薄いので、リスクマネジメントが不得手である。
日本人と欧米人のリスク感覚の違いについて、この中小企業診断士の方から興味深いエピソードを聞かせてもらった。この方はかつて、イギリスに駐在しており、イギリス人と一緒にアルジェリアに出張したことがあった。アルジェリアの訪問先に着くと、守衛がパスポートを見せるよう要求してきた。この診断士の方は素直にパスポートを見せたのに対し、イギリス人は憮然とした態度で素通りしてしまった。その理由をイギリス人に聞いたところ、次のような答えが返ってきた。
「私がパスポートを見せなかったのは、あの守衛が本物かどうか解らなかったからだ。ひょっとしたらテロリストかもしれない。仮にテロリストだった場合、この場でパスポートを見せるかどうかでひと悶着起こしておけば、建物内にいる彼の仲間のところに『あいつは用心深いから気をつけろ』という情報が行って、襲われる可能性が低くなるだろう」
これは何とも高度な心理戦である。欧米人は根源的な恐れのためにここまで考えるのかと驚かされた。他にも、このイギリス人は銀行に入ると、まずは入口で左右を見るようにしていたという。店内に潜伏しているかもしれないテロリストに対して、「こいつは用心深い」と印象づけるのがその狙いだそうだ。常日頃からリスクを想定して、リスクを最小化するのが欧米人である。
一般論であるが、いきなり相手から脅されると日本人はびっくりして立ち止まるのに対し、欧米人は手が出るらしい。2001年に9.11事件が起きた時、この診断士の方は英王立国際問題研究所などを対象に、アメリカの今後の反応についてヒアリングを行った。すると、「アメリカは必ず報復攻撃をする。理由は『恐れ(Fear)』である」という回答が得られた。果たしてアメリカは2003年にイラク空爆で報復を開始した。欧米人は、武力で脅されたら武力で封じ込めようとする。現在のイスラーム国に対する欧米諸国の反応も、同じように説明できるかもしれない。