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果たして日本企業に「明確なビジョン」は必要なのだろうか?(補足)

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2014年11月03日

果たして日本企業に「明確なビジョン」は必要なのだろうか?(補足)


 以前の記事「果たして日本企業に「明確なビジョン」は必要なのだろうか?(1)(2)」の補足。『致知』2014年10月号の「感動から夢は生まれる」(片岡鶴太郎、鈴木秀子)という記事を読んでいたら、こんなくだりがあった。
 子供心に「この海の果てには何があるんだろう」といつも考えていました。それから本が好きだったもので、本を読むとさらに自分の世界が広がっていったんです。そういう中で「大自然、大宇宙というものは私の味方なんだ」という感覚が私の中に芽生え、育まれていきました。

 私はいま、人生でいろいろなことが起きても一つひとつすべて道筋であって意味のない出来事は何一つない、それが必ず自分を導いて助けてくれるという確信を持っていますけれども、そう思えるのも、小さい時に自然に触れていたからではないでしょうか。
 これはいかにもキリスト教的な考え方だと思った。キリスト教においては、全知全能の神が宇宙を創り、さらに神の化身として人間を創ったとされる。それぞれの人間には神から与えられた使命がある。しかし、人間は最初からそれを知ることができない。人間は信仰を通じて宇宙と一体になる、すなわち神と一体になることで、初めて天命を悟る。これがキリスト教の考え方である。

 鈴木氏がキリスト教的なのは、聖心女子大学の出身であり、かつ卒業後に修道院で生活した経験があるからだということが、読み進めていくうちに解った。大学では作家の曽野綾子氏と同期であり、曽野氏からは「何もかも変わっていく中で絶対に変わらないもの、信用できるものが一つだけある。その変わらない神様に生涯を懸ける他ない」と教わったことも書かれていた。

致知2014年10月号夢に挑む 致知2014年10月号

致知出版社 2014-10


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 天命を知るとは、「自分が最終的に何者になるのか?最後に何を成し遂げたいのか?」を知ることである。そして、ゴールから逆算して、今なすべきことを計画する。鈴木氏の著書『心に響く小さな5つの物語』には、イチローが小学生の時の作文が紹介されているという。イチローは小学6年生にして、将来の目標をはっきり定めていた。「僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。その球団は中日ドラゴンズか西武ライオンズです。ドラフト入団で契約金は1億円以上が目標です」 イチローの発想はキリスト教的である。だからこそ、アメリカで成功できたのかもしれない。

心に響く小さな5つの物語 (小さな人生論シリーズ)心に響く小さな5つの物語 (小さな人生論シリーズ)
藤尾 秀昭 片岡 鶴太郎

致知出版社 2010-01-20

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 終わりを設定して、そこから逆算する発想の達人と言えば、スティーブ・ジョブズであろう。ジョブズが2005年にスタンフォード大学の卒業式で行った有名なスピーチには次のようにある。
 私は毎朝鏡に映った自分の顔を見ながら自問してきた。「もし今日が人生最後の日ならば、今日やろうと思っていることを本当に実行するだろうか?」その答えが「ノー」という日が何日も続くならば、何かを変える必要がある。

 人はやがて死ぬ。これを忘れずにいることは、人生で大きな選択をする際の助けになる最も重要な手法だ。というのも、ほとんど全てのもの―周囲の期待、自尊心、恥や失敗への恐怖―こうしたものは死を前にすると雲散霧消するからだ。残るのは本当に重要なものだけだ。
 死という究極の終わりを強制的に設定することで、人生の余計な荷物をそぎ落とし、天命に全てのリソースを集中させる。これがジョブズの生き方であった。ジョブズと同じようなやり方を、スティーブン・コヴィーは『7つの習慣』の中で勧めている。コヴィーは、自分がもし死んだら、葬儀で誰にどんな言葉をかけてもらいたいか?墓にはどんなメッセージを書いてもらいたいか?と問いかける。その答えがその人の真の使命だというわけだ。

7つの習慣-成功には原則があった!7つの習慣-成功には原則があった!
スティーブン・R. コヴィー Stephen R. Covey

キングベアー出版 1996-12

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 アメリカでは個人に対して使命に集中するよう促すのと同様に、企業に対しても使命=本業に集中するよう圧力をかける。株式市場はむやみな多角化を嫌い、不採算事業を切り捨てて本業に経営資源を転用するよう経営陣に働きかける。ITバブルが崩壊した2000年代前半には『本業再強化の戦略』(クリス・ズック、ジェームズ・アレン)という本も出たし、「選択と集中」という言葉も流行した。アメリカの株主は、本業への集中によってROEを最大化することを要求する。

本業再強化の戦略本業再強化の戦略
クリス ズック ジェームズ アレン Chris Zook

日経BP社 2002-02-23

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 この点、シナジー効果の薄い多角化を行っているがためにROEが低水準にとどまる日本企業とは対照的である。いやむしろ、日本企業は「選択と集中」をしない方がいいのかもしれない。アメリカから輸入された「選択と集中」方式で改革を進めたパナソニックやシャープなどが近年苦境に陥り、逆に総合力で勝負をした日立や東芝の業績が好調であるのを見ると、そう感じてしまう。

 日本企業が多角化をした方がよい理由は、個人的にはまだ整理がついていない。1つ考えられるのは、日本はアメリカと異なり多神教である。また、アメリカの神が完全体であるのに対し、日本ではそれぞれの個人に宿る神性・仏性が不完全なままである。アメリカでは個人的な信仰を通じて神に接触すれば、自らの使命を知ることができる。ところが、日本の場合、自分の中に宿る神性・仏性に直接アクセスしても、不十分な理解しか得られない。そこで、他者との交流が要請される。他者に宿る神性・仏性との共通点や相違点を探ることで、自己理解を深めるのである。

 よって、日本人は、「自分と共通しているかもしれないし、違っているかもしれない他者」と密接につながる必要がある。これを企業に置き換えれば、「本業と共通しているかもしれないし、違っているかもしれない他の事業」を内部に取り込むことを意味する。これが、日本企業が多角化する理由であると考えられる。

 話がやや逸れてしまった。人生が終わると同時に天命を全うできれば理想的だが、もしも人生の途中で使命を達成してしまったらどうすればよいのだろうか?この問いに対して、いわゆる自己啓発本がどのように答えているのか私は知らない(もしご存知の方がいらっしゃったらご教示ください)。しかし、企業戦略の場合には、アメリカ人は答えをちゃんと用意している。

 アメリカ人はどんな製品や事業にもライフサイクルがあり、成熟期を過ぎれば、言い換えれば市場ニーズを満たすという使命を全うすれば、後は衰退するだけだと考える。企業は衰退期においてどう振る舞えばよいのか?答えは、「完全に衰退した状態」をゴールとして「撤退戦略」を立案せよ、である。競争戦略論の権威であるマイケル・ポーターは、衰退産業において、自社の経営資源を傷つけず、できるだけ多くの利益を獲得しながら事業を終焉させる戦略についても論じている。アメリカ人はとにかく、終わりを設定し、そこから逆算で物事を考えるクセがついている。

競争戦略論〈1〉競争戦略論〈1〉
マイケル・E. ポーター Michael E. Porter

ダイヤモンド社 1999-06

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 こういう背景を念頭に置くと、リタ・マグレイスの『競争優位の終焉』という本(および、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2013年11月号の「事業運営の手法を変える8つのポイント 一時的競争優位こそ新たな常識」という論文)は、アメリカ人の眼には非常に奇妙に映るのだろうと思ってしまう。

 マグレイスは、「持続する競争優位」という概念を放棄するよう要求する。業界で先頭を走り続けるには、常に新しい戦略的取り組みを打ち出すことで、多くの「一時的な競争優位」を同時並行的に確立していく必要がある。一つひとつの優位性は短期的だが、それらを組み合わせることで、企業は長期間に渡ってリードを維持できる、というのがマグレイスの主張である。

競争優位の終焉 市場の変化に合わせて、戦略を動かし続ける競争優位の終焉 市場の変化に合わせて、戦略を動かし続ける
リタ・マグレイス 鬼澤 忍

日本経済新聞出版社 2014-06-19

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2013年 11月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2013年 11月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2013-10-10

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 これを日本人が見たら、「そんなことは当たり前ではないか?」と言うに違いない。終わりのない「道」を探究し、昨日より今日、今日より明日といった具合に、少しずつ改善を繰り返す日本人は、現在の競争優位が永遠などとはこれっぽっちも思っていない。現在の競争優位はあくまでも「当座の解」に過ぎず、明日は違うものに変異する可能性があることを十分に心得ている。だが、アメリカ人にとってはこれが常識ではないから、マグレイスのような学者が登場するのだろう。




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