このカテゴリの記事
『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)
【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)
『熱と誠(『致知』2017年2月号)』―顧客が「下問」してくれる企業こそ真の顧客志向を体現している

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

※2019年にWordpressに移行しました。
>>>シャイン経営研究所(中小企業診断士・谷藤友彦)
⇒2021年からInstagramを開始。ほぼ同じ内容を新ブログに掲載しています。
>>>@tomohikoyato谷藤友彦ー本と飯と中小企業診断士

Top > マーケティング アーカイブ
2018年04月16日

『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)


一橋ビジネスレビュー 2018年SPR.65巻4号: 次世代産業としての航空機産業一橋ビジネスレビュー 2018年SPR.65巻4号: 次世代産業としての航空機産業
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2018-03-19

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 以前の記事「土屋勉男、金山権、原田節雄、高橋義郎『革新的中小企業のグローバル経営―「差別化」と「標準化」の成長戦略』―共著と中小企業研究の悪癖が両方とも出た1冊」で、技術的に突っ込んだ話がなかったことに不満を表明したが、今月号の『一橋ビジネスレビュー』は東京大学航空イノベーション研究会とタッグを組んで、これでもかと技術的な話をつぎ込んできたため、技術音痴の私の頭には論文の内容があまり入ってこなかった(わがまま)。それでも、従来の私のアイデアを修正するヒントが得られたので、今回はそれを記事にしてみたい。

 前々から、「必需品か否か?」、「製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoCの場合)・事業(BtoBの場合)に与えるリスクが大きいか否か?」(別の言い方をすれば、「製品・サービスに高い品質基準が要求されるか否か?」)という2軸でマトリクスを作って、世の中の製品・サービスを4つのカテゴリに分類できないかと考えてきた。これまでの最新版は、以前の記事「「製品・サービスの4分類」に関するさらなる修正案(大分完成に近づいたと思う)」で示した図①であったが、本号を読んで図②のように修正することとした。

○図①
製品・サービスの4分類(②各象限の具体例)

○図②
【修正版】製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 <象限④>について、2つの修正を行った。1つ目は<象限②>に位置づけていた「航空」を<象限④>に移動させたことである。@niftyニュース「飛行機についてのアンケート・ランキング」によると、2013年4月~2014年3月の間に1回も飛行機に乗ったことがない人の割合が61%であったため、航空は必需品とは言いがたい。2つ目として、「テーマパーク・遊園地」を<象限④>に追加した。これは今まで全く欠落していたのだが、テーマパーク・遊園地というのは必需品ではないものの、設備トラブルがあれば顧客の生命を脅かすため、<象限④>に入れた。ディズニーランドが重視する4つの価値観のうち、最上位に位置しているのは実は「安全」である。

 (※)この修正に伴い、以前の記事「『顧客は何にお金を払うのか(DHBR2017年3月号)』―USJ、Supership(nanapi)、ユニリーバの戦略比較」でUSJを<象限③>としていたが、今後は<象限④>に位置づけることとする。

 まず、<象限①><象限②>と<象限③><象限④>の違いについて、改めて説明したいと思う。<象限①><象限②>は多神教的世界、<象限③><象限④>は一神教的世界であり、<象限①>は新興国が、<象限②>は日本が、<象限③><象限④>はアメリカが強い。<象限③><象限④>は必需品ではなく、ニーズを一から掘り起こす必要があるイノベーションの世界である。ニーズが存在していないないから、伝統的な市場調査は役に立たない。そこで、リーダーは自分自身を最初の顧客に見立てて、「自分はこういう製品・サービスがほしい」と構想する。そして、「自分がこれだけほしがっているのだから、世界中の人も同じようにほしがるはずだ」と考えて、その製品・サービスを世界中に普及させることを唯一絶対の神と契約する。リーダーがエバンジェリスト(伝道者)となって世界中に布教すると言ってもよい。

 以前の記事「『正論』2018年2月号『本誌に突きつけられた朝日新聞”抗議書”に言論で答える/ワシントンを火の海にする狂気』―「朝日新聞に社是はない」で笑ってしまった」で書いたように、イノベーションとはリーダーがこれだと思うルールを世界に適用する演繹的な取り組みである。リーダーはトップダウンでイノベーションを推進する。イノベーションは必需品ではないため、購入・利用しない人は全く見向きもしないが、熱狂的なファンはその製品・サービスを必要以上に購入・利用する。そのため、市場規模が読みづらい。後者の顧客の存在を前提として、リーダーは野心的な目標を設定する。ただし、契約が正しいかを知っているのは神だけである。契約が正しければイノベーションは全世界で成功し、リーダーは巨万の富を得る。契約が間違っていればイノベーションは静かに死を迎える。そして、間違っている契約の方が圧倒的に多い。

 海外の航空機産業では、国がリーダーとなり、トップダウンで事業を進めているという。
 アメリカにおいては、大統領の決定による、省庁横断の政策文書「国家航空研究開発政策」により、航空研究開発におけるアメリカ政府の役割を明確に定義し、NASA(アメリカ航空宇宙局)は研究開発を実施している。また、欧州においては、「Flightpath 2050」という航空ビジョンに基づいて、戦略研究イノベーション計画が制定され、これにのっとり、DLR(ドイツ航空宇宙センター)、ONERA(フランス国立航空宇宙研究所)ともにトップダウン形式での研究開発を行っている。
(岩宮敏幸、大貫武、白水正男「日本の航空技術と国際競争力」)
 さらに言えば、たとえ成功したとしても、多くのイノベーションは短命である。中には世界中の人々の必需品となって<象限①>や<象限②>に移動するものもあるが、多くは流行が過ぎ去れば急激に市場がしぼんでいく。そうなる前に、リーダーは自社株買いによって株主に利益を還元しながら事業を縮小したり、自社を他の企業に売却してエグジットを図ったりする。いずれにしても、その過程でリーダーは大きな富を手中にし、後は悠々自適な生活を送る(ただし、航空機産業は国家の安全保障とも関連しているから、航空機メーカーが勝手に店じまいすることは国が許さない。航空機メーカーは数十年単位のサイクルで新型機を投入し続ける)。

 イノベーションのプロモーションは、世界中の人々に「この製品・サービスを使え」と迫るような、半ば脅迫的なものである。そしてリーダーは、そのプロモーションに対する市場の反応を数字で追っている。リーダーは、全世界に配置したプロモーション担当から、各種プロモーションに関する情報を報告してもらう。リーダーはそれを分析し、A地域でイノベーションを受け入れてもらうためにはどうすればよいか、B地域で受け入れてもらうにはどうすればよいか、などと考える。つまり、リーダーはインテリジェンスを重視する。A地域やB地域の顧客ニーズの違いを考慮して製品・サービスをカスタマイズしようとはしない。カスタマイズするのはプロモーションの内容の方であり、A地域やB地域の人々の心理的特性に応じて、発信するメッセージを変える。

 リーダーのモチベーションの源泉は、「自分が考案したイノベーションを全世界に広めたい」という「自己実現」の欲求である。そのために自らに高い目標を課す。そして、その目標を達成するのに必要な要件をCSF(Critical Success Factor:重要成功要因)として演繹的に特定し、KPI(Key Performance Indicator:重要業績指標)を紐づける。つまり、成功の条件をごく限られた数の指標に帰結させる(その中には前述のプロモーションに関する指標も含まれる)。イノベーティブな組織の業績管理や人事考課は全て、このCSFやKPIと結びつけられている。

 リーダーは、そのKPIの達成に向けて、世界中から優秀な人材をかき集める。ただし、前述のようにイノベーションは短命であり、リスクが高いので、あまり多くの正社員を抱え込もうとはしない。たいていは外部の優秀なクリエーターたちを集めてプロジェクトを結成する。正社員に関しても、プロジェクトの特性に応じて最高の人員配置を追求するため、上を下への人事異動が頻発する。プロジェクトが終われば外部のクリエーターはその企業を離れて別の企業を探し、正社員はまた乱高下の激しい人事異動を経て別のプロジェクトへと移っていく(航空機に関しては、優秀な開発者は開発が終わるとメーカーを渡り歩くが、メーカーの中には囲い込みのためにそのような渡り歩きを禁止しているところもあるそうだ)。

 競合他社との関係について言えば、最初は市場を創造するという必要性から、協調的であることが多い。普及を妨げる旧来の規制を破壊したり、市場の確立に必要な標準や規格を一緒に構築したりする。ところが、ある程度市場が成長すると、競合他社との関係は敵対的になる。プロモーションでは競合他社のことを公然と攻撃する(日本やEUでは敵対的CMが規制されているため、目にする機会はない)。あるいは、標準や規格に組み込んでもらった自社の標準必須特許をめぐって、法外な使用料を請求したり、差止請求を起こしたりする。

 とはいえ、競合他社がいるからこそ自社が差別化できることを踏まえれば、競合他社は自社のアイデンティティ確立のために必要不可欠な存在だと言える。よって、競合他社を完膚なきまでに叩きのめそうとはしない。その点では、常に敵チームを必要とするスポーツに近い。そう言えば、スポーツもエンタメの一種として<象限③>に位置づけられるものであった。

 <象限①>や<象限②>は、既に市場ニーズが存在している世界であり、マーケティングやマネジメントが武器となる。過去の経験上、こうすれば成功できるという法則がある程度解っているため、一見すると演繹的に事業を行えばよいように見える。しかし、顧客のニーズは時間の経過とともに微妙に、時には急激に変化するから、顧客に密着したニーズの調査が欠かせない。そして、顧客の直接的な観察を通じて得られた知見から、今回はこうすれば上手くいきそうだという仮説を立てる。よって、<象限①>や<象限②>は帰納的であると言える。ただし、帰納的に導かれたルールが全世界で通用するというわけではなく、あくまでもその企業が活動するフィールドや文脈においてのみ有効であるという点に注意しなければならない。

 <象限①>や<象限②>は多神教的な世界であると書いた。この2つの象限は、<象限③>や<象限④>が全世界をターゲットとするのに対し、市場を細かくセグメンテーションする。<象限①>の場合、「○○地域に住んでおり、年収は○○万円ぐらいで、○○という価値観を重視している、○○歳~○○歳ぐらいの女性」に対して日用品を販売する、といった具合だ。そして、この日用品メーカーは、同じ顧客をターゲットとする他の企業、例えば、アパレルや食品スーパー、飲食店などと連携する。特定の顧客に対してあたかも多角化をしているかのように事業を展開するのが<象限①>であり、これが多神教的であることの意味である。この形態はショッピングセンターや商店街に見られる。新興国の場合は、財閥が力を持っており、同じ財閥が日用品メーカー、アパレル、食品スーパー、飲食店などを傘下に収めていることが多い。

 <象限②>の場合、製品・サービス面での多様な広がりではなく、顧客面での多様な広がりが見られる。<象限②>の企業は細かくセグメンテーションしたその全てに対し、各セグメントの特性に応じて異なる製品・サービスを提供しようとする。古い話になるが、トヨタが「いつかはクラウン」というキャッチコピーで若者からシニアに至るまで異なる車種を展開したのが解りやすい例である。つまり、<象限②>では、特定のジャンルの製品・サービスを全ての顧客に合わせて提供するという意味で多神教的である。<象限③>や<象限④>も同じように全ての顧客をターゲットとするが、前述の通り、この2つの象限に属する企業は、顧客ニーズに合わせて製品・サービスをカスタマイズしようとは考えない。この点で<象限②>とは大きな違いがある。

 顧客志向が強いマネジャーのモチベーションの源泉は、「他者貢献」の欲求である。プロモーションも、<象限③>や<象限④>に比べると抑制的である。<象限③>や<象限④>のプロモーションが強烈なプッシュ型であるのに対し、<象限①>や<象限②>はプル型重視へと移行している。利他に徹することで、自分の目の前にいる顧客に何としてでも満足してもらいたいというのがマネジャーの願いである。「自分が考えたイノベーションを全世界に普及(布教)させたい」と「自己実現」を狙っているイノベーターとは対称的である。

 マネジャーは顧客から「こんな製品・サービスを作ってくれて本当にありがとう」と言われるとモチベーションが上がる。同時に、「こんな製品・サービスを作りやがって」とネガティブなフィードバックを受けても、かえって燃え上がるというマゾヒスティックな一面もある。

 <象限①>や<象限②>のマネジャーは現場を重視する。顧客と直接会って話をする、顧客を観察する、工場に足を運ぶ、といった具合だ。こうして得られた情報に基づき、ボトムアップ的に目標を設定する。ここからが<象限①>や<象限②>の不思議なところだが、ボトムアップでトップに上げた目標をトップから再び現場に展開する際、上位階層と下位階層の目標の因果関係が複雑になるという特徴がある。別の言い方をすると、上位階層の目標の達成に必要な目標以上の目標が下位階層には課される。具体的には5Sや挨拶の重視や能力開発の実践といった細かい目標である。一見すると、上位階層の目標の達成には無関係に見える目標でも、重要な目標とされる。<象限①>や<象限②>の目標管理は往々にして総花的である。

 市場ニーズが読めずリスクが高い<象限③>や<象限④>では、フラットなプロジェクト型組織が見られるのに対し、<象限①>や<象限②>では、市場の成長がある程度計算できることから、伝統的な階層型組織が採用されるのが一般的である。<象限③>や<象限④>では上を下への人事異動が頻発すると書いたが、<象限①>や<象限②>ではそのような人事はレアケースである。多くの場合は、段階的に出世の階段を上がっていくことになる(ただし、市場が成熟している場合は、永遠に階層型組織を拡大することができず、全員を昇進させることは不可能になることは、以前の記事「平井謙一『これからの人事評価と基準―絶対評価・業績成果の重視』―「7割は課長になれない」ことを示す残酷な1枚の絵」で書いた)。

 競合他社との関係を見ると、表向きはもちろん激しく競争するが、裏では協調的な行動を取り、共存共栄を図っている。日本は業界団体の数が多く、競合他社の戦略がある程度共有されている。だから、どの企業も似たような新製品・サービスを同時に発表するし、必要とあれば競合他社と組んで新製品・サービスを開発することもある(自動車業界はメーカー間の協業関係が非常に複雑である)。ただし、共存共栄が行き過ぎると建設業界のような談合が起きるし、斬新なアイデアで市場に切り込もうとする新規参入企業をのけ者扱いするという悪癖が出る。

 <象限①>と<象限②>、<象限③>と<象限④>はいずれも競合他者の存在を必要としているが、どれくらい本気で必要としているかは、競合他社が経営不振に陥った時に見えてくる。<象限①>や<象限②>では、その競合他社がいなくなるとその企業から製品・サービスを買っていた顧客が困るから、あるいは業界の輪が乱れて困るから救済に乗り出すことが多い。これに対し、<象限③>や<象限④>では、競合他社の不振につけ込んで、その企業が持っている技術やノウハウを獲得しようという利己的な動機で救済に乗り出す。

 ここからはそれぞれの象限の違いを述べてみたいと思う。まずは、産業のバリューチェーンについてである。<象限①>は、製造の階層が少なく、流通・サービスの階層が多い。例えば、家電には自動車ほどの多重下請け構造はない。一方、流通に関しては、食料品や日用品において多重流通構造が存在する。<象限②>は、製造の階層も流通・サービスの階層も多い。自動車や建設、IT(BtoB)業界は多重下請け構造となっている。工作機械、機械器具の流通は多段階である。<象限③>は、製造の階層も流通・サービスの階層も少ない。映画には主に制作会社、配給会社、映画館という3種類のプレイヤーが存在するだけである。<象限④>は、製造の階層が多く、流通・サービスの階層が少ない。航空機は100万点の部品を必要とする、裾野が非常に広い製品である。一方、フライトに関しては、航空会社という1レイヤーしか存在しない。

 ただ、この産業のバリューチェーンについての記述は、まだ粗い仮説であることをご了承いただきたい。<象限②>の流通・サービスの階層は、実は短い方が多いのではないかと考えている。自動車や金融は販売チャネルが多段階になっていないと思う。「<象限②>は製造の階層も流通・サービスの階層も多い」と言うことができれば、4象限それぞれの違いがはっきりとするのだが、現時点でそのように断言できないのが私の中でもどかしいところである。

 規制に関しては、<象限①>では雇用を守る規制が多い。参入障壁が比較的低く、雇用の受け皿となっているためである。よって、大規模資本の参入は規制されやすい。日本で言えば、かつての大店法(大規模小売店舗法)がそうであった。新興国は、経済発展のために海外からの直接投資を積極的に受け入れているが、小売業に関しては自国民の雇用を守る目的で参入を規制しているケースが多々見られる(例えば、インドは外資の小売業を受け入れる意向がないことを明言している)。<象限②>は、欠陥が顧客の生命・事業に及ぼすリスクが大きいので、顧客を守る規制が多く策定されている。<象限①>や<象限②>ではこうした規制を前提として事業を行う必要があるが、<象限③>のプレイヤーは規制を破壊する。googleは著作権のルールを変えてしまったし、Airbnbも宿泊業の規制に真っ向から対立した。<象限④>は<象限③>のように敵対的ではなく、規制や規格を官民共同で策定しようとする傾向が強い。

 航空機産業では、この規格作りに参加できるかどうかがカギとなる。
 FARでは、安全上重要な要素に関しては10の9乗時間(約11万年)に1回の故障しか認めていない。これを実際の試験で証明するのは不可能に近いため、高度な解析が要求される。実際には、民間の非営利団体(アメリカのSAEやRTCA)において、業界関係者、研究者などがガイドラインを制定し、それをFAAなどの規制当局が引用する傾向にある。さらに、複雑な大規模システムの認証や、ソフトウェアの認証には、その開発プロセスや検証プロセス自体を規定するガイドラインも策定されている。こうしたガイドライン作りに参加しなければ認証方法を理解することが困難委であり、そのためには、その業界の一員でなければならない。
(鈴木真二「航空機産業を俯瞰する」)
 三菱重工業はMRJを開発するにあたって、このようなルールを策定する会議に参加していなかったため、頻繁な設計変更を余儀なくされたと述べられている。
 どういうデザインが許容されるか、あるいはされないのか、どこにも情報は公開されていないが、後述するように、航空局を含む世界の専門家が集まって、基準のドラフト作成、解釈や運用変更を協議する規則制定(ルールメーキング)の場が分野ごとに多数存在する。継続する旅客機開発からの経験の蓄積に加え、これらの会合に出席していれば、背景にある課題認識や適用範囲などに関する専門家の意見や合意事項を的確に理解し、こうした設計変更を最小限に抑えることも可能だっただろう。しかし、こうした協議の場の重要性は、MRJ開発までは明確には認識されていなかった。
(伊藤一彦、佐倉潔、小林真一、田浦伸一郎「MRJの取り組み 課題と展望」)
 最後に、異業種との関係であるが、これは<象限①>と<象限③>、<象限②>と<象限④>で違いが見られる。<象限①>と<象限③>は異業種に対して比較的開かれている。<象限①>が異業種に対して開かれているのは、前述の通り、特定セグメントの顧客に対し、様々な業種と連携して製品・サービスを提供するからである。日常品や食料品のメーカーは、協力しながら小売店を育てていく。<象限③>については、そもそもイノベーションというものが異質の組み合わせによって生じることが関係している。<象限③>では、異業種連携は大歓迎である。それが如実に表れているのが、昨今のオープン・イノベーションブームである。

 これに対して、<象限②>と<象限④>は異業種に対して閉鎖的である。要求される品質基準が高く、特定のジャンルの製品・サービスに高度に特化しなければならないことがその理由の1つだと考えられる。ただし、<象限②>に関して言えば、例えば自動車×IT(自動運転)、金融×IT(Fintech)、医療×ITといった具合に、IT業界が旗振り役となって異業種連携を推進する動きが現れている。<象限②>と<象限④>における新製品開発は、どちらも製造段階の多重下請け構造を特徴とすることから、垂直方向の擦り合わせによってなされる場合が多い。

2017年08月21日

【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)


戦略オプション

 以前の記事「戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(1)(2)」の焼き直し記事。敢えて図を使わなくても7つの戦略を説明できると思い、書き直すことにした。企業は持続的に成長を続けるために、常に新しい戦略機会(ビジネスオポチュニティ)を模索しなければならない。戦略機会を抽出するためのフレームワークとしてよく知られているのが、ロシアの経営学者イゴール・アンゾフが考案した「成長ベクトル」である。

 アンゾフの成長ベクトルでは、横軸に「顧客(既存―新規)」、縦軸に「製品・サービス(既存―新規)」という2軸を取り、マトリクス図を作成する。左下の象限は、既存の顧客に対して既存の製品・サービスを販売するものであり、「①リピート購入戦略(アンゾフの言葉では「市場浸透戦略」)」と呼ぶ。右下の象限は、新規の顧客に対して既存の製品・サービスを販売するものであり、「②市場シェア拡大戦略(同「新市場開拓戦略」)」と呼ぶ。左上の象限は、既存の顧客に対して新規の製品・サービスを販売するものであり、「③ウォレットシェア拡大戦略(同「新製品開発戦略」)」と呼ぶ。ウォレットシェアとは、顧客の財布に占める自社のシェアという意味である。最後に、右上の象限は、新規の顧客に対して新規の製品・サービスを販売するものであり、「④多角化戦略」と呼ぶ(アンゾフの用語でも同じ)。

アンゾフの成長ベクトル

 ①リピート購入戦略と②市場シェア拡大戦略は、既存事業の強化である。事業機会を抽出する場合、既存事業も候補の1つであることを忘れてはならない。①リピート購入戦略においては、製品・サービスの改善、技術改良、リピート購入を促すプロモーションなどが展開される。②市場シェア拡大戦略においては、差別化要因の強化、魅力的な価格の提示など、競合他社からの乗り換えを促すプロモーションが実施される。

 ③ウォレットシェア拡大戦略と④多角化戦略は、新規事業にあたる。③ウォレットシェア拡大戦略には2つの方法がある。1つ目は、既存の製品・サービスと類似カテゴリの製品・サービスを開発するというものである。例えば、清酒メーカーであれば、ワインや焼酎の製造・販売への進出が思いつく。2つ目は、顧客が既存の製品・サービスを消費するプロセスの前後を押さえる、つまり、顧客が既存の製品・サービスと一緒に消費する製品・サービスを開発するというものである。清酒メーカーの場合、清酒と一緒に消費される惣菜や酒のつまみを開発する、あるいは清酒が消費される飲食店を経営するという選択肢がある。自動車メーカーの場合、アフターマーケット市場への進出は、顧客の消費プロセスの「後ろ」を押さえることになる。さらに、自動車の出発点と到着点に該当する住宅と商業施設、観光施設の開発に乗り出すのも一手である。

 ④多角化戦略には、大きく分けて、外部環境アプローチと内部環境アプローチの2つがある。外部環境アプローチはさらに3つに分かれており、ⅰ)成長市場に着目する、ⅱ)労働力が不足している業界に注目する、ⅲ)海外で流行しているものを日本に輸入する、という視点がある。ⅰ)に従えば、医療・介護業界に進出するというオプションが出てくるし、ⅱ)に従えば、建設業界や飲食チェーン業界に進出するというオプションが導かれる。

 一方の内部環境アプローチも同じく3つに分かれており、ⅳ)経営理念から導かれる領域、ⅴ)自社の強みを活かせる領域、ⅵ)経営陣がやりたいと思っている領域、という切り口がある。例えば、バイオ研究に力を入れている清酒メーカーは、化粧品分野に進出することがある。また、人間の鋭敏な味覚は、最新の分析機器でも検出できない何億分の1レベルの微量物質を感知する能力を持つため、清酒メーカーは分析機器の精度を超えたレベルの酒質設計を行っている。このノウハウを活かして、分析測定機器の開発・販売に乗り出すという手も考えられる。

アンゾフの成長ベクトル(拡張版)

 ただ、個人的には、この4つだけでは事業機会としては不十分だと思う。そこで、「⑤新市場開拓戦略」、「⑥代替品開発戦略」、「⑦完全なるイノベーション戦略」という3つを加えた。⑤新市場開拓戦略では、既存の製品・サービスを非顧客に販売することを目的とする。考え方としては、まず、既存顧客と反対の属性を持っている人々に販売するという方法がある。例えば、男性向けだったものを女性向けに、若者向けだったものを高齢者向けに、BtoC向けだったものをBtoB向けに提供するということである。アメリカは、軍需品を民生に転換することを得意としている。

 女性向けだったものを男性向けに販売している例として、生理用ナプキンが挙げられる。男性は痔に悩んでいる人が多い。そこで、出血を抑えるために生理用ナプキンを使用している人がいるという。また、長時間座って運転をしなければならない物流業界のドライバーは、お尻が座席との摩擦で痛くなるのを防ぐために生理用ナプキンを使っているらしい。さらに、医療現場では、お尻を手術した患者に対し、出血や膿を吸収する目的で生理用ナプキンを用いている。

 ⑤新市場開拓戦略の2つ目の考え方として、既存の製品・サービスを意外な方法で使用している人々に着目するというものがある。例えば清酒の場合、調味料の代わりとして清酒を使用する人がいる。もちろん、既に料理酒は存在するが、お米をふっくらと炊き上げたり、お餅をふっくらと焼き上げたりするために清酒を使っている人がいるらしい。こういうニーズに着目すると、既存の料理酒とはまた違った調味料が生まれるかもしれない。また、清酒を入浴剤代わりに使っている人もいる。ここから、清酒の成分を含んだ入浴剤の分野に進出するということも考えられる。

 ⑤新市場開拓戦略の3つ目の考え方は、既存の製品・サービスを海外に展開するというものである。しかも、単に海外展開するのではなく、まだその製品・サービスが一般的になっていない国・地域に持っていくことで先行者利益を狙うというものである。⑤新市場開拓戦略は、非顧客に着目することで、市場のパイそのものを拡大することを目指している。

 ⑥代替品開発戦略は、文字通り既存の製品・サービスを脅かす代替品を、先手を打って開発する戦略である。1つ目として、技術的に非連続的なイノベーションが挙げられる。自動車業界で言えば、燃料電池自動車(FCV)がこれに該当する。FCVが完成すると、既存のガソリン車とは全く異なる部品構成やビジネスモデルが必要となり、業界構造が一変する。既存の市場や業界を丸ごと吹き飛ばすほどの威力を持つ非連続的なイノベーションは、代替品である。

 2つ目は、クレイトン・クリステンセンが提唱した「破壊的イノベーション」である。再び自動車業界に目を向けると、電気自動車(EV)は破壊的イノベーションになり得る可能性があると言われている。破壊的イノベーションとは、既存の製品・サービスに比べると技術的には”劣る”が、コストパフォーマンスが高いため、顧客の期待水準を大幅に上回ってしまった既存の製品・サービスに顧客が見切りをつけて、市場の大多数が破壊的イノベーションに流れ込むというものである。破壊的イノベーションも、既存の製品・サービスを駆逐するから、やはり代替品である。

 3つ目は、顧客のニーズを別の手段で満たす製品・サービスの開発である。顧客はその製品・サービスそのものがほしいのではなく、その製品・サービスによって何かを実現することを欲している。マーケティングの格言に「顧客が欲しているのはドリルではない。ドリルの穴だ」というものがある。もし、ドリルよりも効率的に穴を開けられる製品が登場したら、ドリルにとって脅威的な代替品となるだろう。清酒の場合、清酒を飲むのはストレスを発散するためである。よって、「ストレス発散ドリンク」のようなものを開発すると、清酒にとっての代替品となる。また、自動車の場合、顧客が欲しているのは「移動すること」である。よって、バスやタクシー、鉄道、飛行機は自動車にとっての代替品となる。「ワープ技術」が完成したら、自動車にとって相当の脅威になるだろうが、物理学ではワープ技術は不可能という結論に達しているらしい。空間を歪めて近道を作るのに、宇宙に存在する全エネルギー以上のエネルギーが必要だというのがその理由である。

 私が思うに、代替品には意外と十分な注意が払われていない。代替品が現れると、既存の製品・サービスの市場は一瞬で消える。そのぐらい過激な存在である。だから、代替品が現れてからどうしようかと慌てふためくのではなく、普段から自社の製品・サービスにとっての代替品とは何かを熟考し、対策を打っておく必要がある。代替品開発戦略を考えるには、次のような問いを発するとよい。「今、我が社を潰すとしたら、どんな製品・サービスを開発すればよいか?」

 最後が「⑦完全なるイノベーション戦略」である。技術的に全く新しい製品・サービスを開発したり、今まで存在していなかった市場ニーズを掘り起こしたりする。ただ、これはほとんど発明に近い領域であるため、私もどういう論点で検討をすればよいかアイデアがない。1つだけ例を挙げるとすれば、清酒メーカーの場合、「酔っぱらうが判断能力は落ちない日本酒」なるものを発明すると、飲食業界は大喜びするかもしれない(危険ドラッグのような製品だが・・・)。

 以上、7つの戦略を見てきたが、①から⑦の順で難易度が上がる。また、繰り返しになるが、①リピート購入戦略と②市場シェア拡大戦略が既存事業の強化であるのに対し、③ウォレットシェア拡大戦略から⑦完全なるイノベーション戦略は新規事業の開発にあたる。さらに、①リピート購入戦略から④多角化戦略は、既に存在する市場シェアの拡大を目的としている点でマーケティングであるのに対し、⑤新市場開拓戦略、⑥代替品開発戦略、⑦完全なるイノベーション戦略は、新しい市場を創出するイノベーションである。これまで述べてきた観点で自社の事業機会を検討すると、非常に幅広いチャンスがあることに気づく。次は、それらの事業機会のうち、どれに着手するかを決めなければならないが、その方法については機会を改めることとしたい。

2017年02月02日

『熱と誠(『致知』2017年2月号)』―顧客が「下問」してくれる企業こそ真の顧客志向を体現している


致知2017年2月号熱と誠 致知2017年2月号

致知出版社 2017-02


致知出版社HPで詳しく見る by G-Tools

 ―スーパースター団員(※ラッキーピエロで導入されているポイント会員制度)の方はどれくらいいらっしゃるのですか。
 王:累計では3700人は超えています。自主的に店内のトイレットペーパーを交換してくださったり、「王さん、○○店の草取り、そろそろしたほうがいいんじゃないの?」などと、直接電話が掛かってくることもよくあります。おそらく自分が「ラッキーピエロを育てているんだ」という気持ちからなのだと思います。そのように当店を心から愛してくださっている方がいらっしゃるということは本当にありがたいことです。
(王一郎「愛こそが、私の人生と経営を導いてきた」)
 やや教科書的な説明になるが、マーケティングのコンセプトは20世紀から21世紀にかけて何度か変遷を遂げてきた。最初が「生産志向」と呼ばれる時代で、おおよそ1900~1930年頃を指す。この時期は慢性的なモノ不足であり、作れば作った分だけモノが売れた。次に訪れたのが「販売志向」の時代である。1930~1950年頃には技術革新による大量生産が実現し、消費者の所得水準が上昇した。企業は顧客から選ばれるために、販売活動に注力した。ただし、依然として需要が供給を上回っており、企業はプロダクト・アウト的な発想をとっていた。

 1950年~現在に至る時代は「消費者志向」、「顧客志向」の時代である。経済が成熟化し、消費者の嗜好が多様化した。また、初めて供給が需要を上回るようになり、企業は消費者のニーズにきめ細かく寄り添って製品・サービスを製造・販売しなければ、過剰在庫を抱えるリスクに直面した。企業はそれまでのプロダクト・アウトの発想からマーケット・インの発想へ転換することを迫られた。そして、この時代にマーケティングの理論は最も発達した。

 現代はさらに、「経験志向」、「個客志向」の時代であると言われる。企業は今までセグメント単位で市場と向き合ってきたが、これからは1人1人の顧客のニーズの違いを汲み取り、それぞれの顧客にとって特別な経験を味わってもらうことが重要とされるようになった。ただし、企業が抱える全ての顧客に対して「個客志向」を貫くと、企業側のコストが膨大になる。そこで、企業は「個客対応」に値する顧客を選別するようになった。典型的な手法が小売店などで実施されている「FSP分析」であり、FSP分析に将来という時間軸を加えて、その顧客が生涯に渡ってどのくらいの利益を自社にもたらしてくれるかを分析する「LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)」である。これらの分析によって選ばれた重要顧客を「CRM(Customer Relation Management:顧客関係維持)システム」で管理し、いわゆる「One to One マーケティング」を実践していく。

 ただし、これらの取り組みはあくまでも企業側から顧客を一方的に分析し、管理する関係である。「顧客志向」、「One to One マーケティング」には、さらに次の段階が存在すると考えられる。それが「顧客との協創志向」のマーケティングである。企業は製品・サービスを提供する側、顧客はそれを受け取る側という役割分担が崩れ、企業と顧客が協働して顧客価値を創造していくフェーズである。そのキーワードとなるのが、顧客による「下問」である。

 以前の記事「山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』―日本組織の強みが弱みに転ずる時(1)(2)」でも書いたが、日本社会は垂直・水平方向に細かく区切られた巨大なピラミッド社会である。垂直方向の関係を大まかにスケッチすると、「(神?⇒)天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/NPO⇒学校⇒家庭⇒個人」となる。上の階層は下の階層に指揮命令する関係にあるが、ここで私は山本七平の言葉を借りて「下問」という言葉を導入した。

 上の階層は、全てのことを熟知した上で下の階層に命令しているわけではない。そこで、その命令の不足を下の階層に直接尋ねる。そして、下の階層が成果を上げるために何か支援できないかと申し出る。つまり、上の階層が下の階層に降りてくるのである。こうした上の階層の下問は、下の階層による「下剋上」(これも山本七平の言葉)を誘発する。すなわち、下の階層は、上の階層の命令通りにやるよりも、もっと優れた方法があると上の階層に提案するのである。ただし、通常の意味における下剋上とは異なり、山本七平の言う下剋上は、上の階層を打倒することを目指していない。上の階層から指揮命令を受ける、あるいは下問を受けるというその関係の中において、下の階層にとどまりながら下剋上を果たす。

 こうした「下問」―「下剋上」は、主に企業内における関係を想定していた。上司が部下に下問し、部下が上司に対して下剋上する。すると、提案を受けた上司は「よし解った。じゃあ君がやってみなさい。責任は私が取る」と言って提案を採用してくれる。トップダウンのリーダーシップに慣れ切ってしまい、社員が皆受け身になっている組織と、それぞれの社員が自分の持ち場で自律的に奮闘し、組織全体が活性化している企業との違いはここにある。

 「顧客との協創志向」のマーケティングにおいては、顧客と企業の関係に「下問」―「下剋上」を持ち込む。顧客は、単に「自分はこれがほしい」と企業にオーダーするだけではなく、「企業が事業の目的を達成するために、顧客としてできることは何か?」と問い、企業のために支援活動を行う。だから、ラッキーピエロでは、スーパースター団員が自主的に店舗のトイレのトイレットペーパーを交換してくれたり、他店舗の清掃具合いを気にしてくれたりする。顧客の下問は、クレームとは明らかに違う。クレームは、自分の不満を企業に解消してもらうことを目的としている。これに対して顧客の下問は、他の顧客のためになることをしたいという動機に支えられている。

 顧客が下問してくれるようになると、顧客との間で双方向の関係ができ上がる。この段階になると初めて、「個客志向」や「One to One マーケティング」は「顧客との協創志向」へと成熟する。さらに言えば、顧客からの下問に対して、企業が下剋上するようになるとなおよい。「顧客との協創」と書くと、顧客と企業が仲良くすればよいというイメージが抜け切らなくて個人的にはあまり好きではないのだが、「下問」と「下剋上」の関係と書けば、顧客と企業との間に一種の緊張感が生まれる。その緊張感がより優れた顧客価値、より強固な顧客と企業の絆を生み出すと信じる。

 ここに至って、顧客と企業は上下関係ではなく、対等のパートナーとなる。ところで、このパートナーという言葉について、本号で1か所だけ気になる記述があった。
 新井:で、これらのことを機会のあることにルミネの社員のみならず、お付き合いしているショップスタッフ、そこのオーナーさんにも徹底しているんです。従来のディベロッパーとテナント、という上下関係ではなく、我われはパートナーだと思っています。
(新井良亮、松井忠三「熱と誠が経営の道を開く」)
 新井良亮氏はJR東日本で駅ナカなどの生活サービス事業を担当した後、ルミネ社長になった方である。ディベロッパーであるルミネと、ルミネに入店しているテナントはパートナー関係だというわけだが、ルミネにとってテナントは流通チャネルであり、重要な顧客である。通常、「私はあなたのパートナーである」と言う時、元々上の地位にいた者が下位の者のところにまで降りてきて対等の関係を宣言するものであり、その逆ではない。

 ところが、引用文では、下の立場にあるはずのルミネが上の立場にあるテナントをパートナーと呼んでいる。厳しい言い方になるが、これはルミネの思い上がりではないかと思う。引用文中において、ディベロッパーが上で、テナントが下だと明言されていることも影響しているのだろう。ディベロッパーは一等地を押さえて、どんなテナントでも大抵は成功する下地を作ってやったのだから、テナントはディベロッパーに感謝せよとでも言いたげである。そして今度は、ルミネがパートナーとしてテナントの目線まで降りてきてやったというわけだ。

 本号の記事によると、ルミネは全てのショップスタッフにルミネ主催の接客研修を受けてもらったり、ショップスタッフの研修会を定期的に開催したり、モノづくりの現場を見学させたりするなど、優れた取り組みを色々と行っている。しかし、根本のところでテナントとの関係に関する意識を改めない限り、テナントとの共存共栄は成り立たないと思う。ディベロッパーは、テナントに「出店していただいている」と思わなければならない。その上で、テナントはディベロッパーに下問し、ディベロッパーはテナントに下剋上する。つまり、テナントは「ルミネ全体の価値を高めるために我が店舗にできることは何か?」と問い、ディベロッパーは「テナントが顧客に対してよりよい価値を提供するためにはこうするべきだ」と提案する。これが真のパートナー関係であると考える。

 《2017年2月8日追記》
 本ブログで最初に「下問」という言葉を使ったのは、「山本七平『帝王学―「貞観政要」の読み方』―階層社会における「下剋上」と「下問」」という記事だったと思う。この時は、唐の太宗が臣下である魏徴や房玄齢らに対して、自らの能力不足を認め、自分がこの国をよりよく統治するためにはどうすればよいか意見を求めるという意味で「下問」という言葉を用いた。つまり、「下問」の目的は太宗自身のためであった。ところが、「下問」に関する記事を何本か書いているうちに、「下問」の意味が変質していたことに気づいた。

 今回の記事でも解るように、上司は部下に一方的に命令するだけでなく、部下が成果を出せるように上司として何か支援できることはないかと「下問」する。あるいは、顧客は企業に対し一方的にニーズを伝えるのではなく、企業が成果を上げる=他の大勢の顧客の役に立つために一顧客として何か支援できることはないかと「下問」する。すなわち、「下問」は下位に位置する部下や企業のためになされるのである。山本七平が用いた「下問」の意味からは外れるが、日本人は重層的な階層社会において、垂直・水平方向に自由に移動し、自らに課された目的だけでなく、他者の目的の達成をも支援する目的の多重性という観点から、「下問」という言葉を、自分より下の階層の者の成果創出をサポートするという意味で使いたいと思う。





  • ライブドアブログ
©2012-2017 free to write WHATEVER I like