2017年07月12日
『生産性―競争力の唯一の源泉(DHBR2017年7月号)』―生産性に関するデータを収集・分析する業界団体・シンクタンクが必要、他
ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 07 月号 [雑誌] (生産性 競争力の唯一の源泉) ダイヤモンド社 2017-06-09 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
○偏見を叩くだけでは効果は上がらない 差別の心理学:ダイバーシティ施策を成功させる方法(フランク・ドビン、アレクサンドラ・カレフ)
2016年のマッキンゼー賞受賞論文である。ダイバーシティ・マネジメントが未だに女性活躍推進とほぼ同義で使われている日本企業に比べると、諸外国ではダイバーシティ・マネジメントが進んでいるだろうと勝手に思っていたが、実際にはそうでもないようだ。ダイバーシティ・マネジメント推進のための研修、業績評価制度における公正な評価の実施、公式な苦情申立制度などを導入しても、かえってマイノリティに対する偏見を助長するだけだと論文の著者は指摘する。
ではどうすべきかというと、1つにはメンター制度が有効であると言う。ただ、同じ人事制度でも、業績評価制度はNGでメンター制度はOKであるという理由が判然としなかった。仮に、マイノリティ中心にメンターをつけたとすれば、それもやはりマイノリティに対する偏見を生むのではないかという疑念が拭えない。著者はもう1つの方策として、ダイバーシティ・マネジメントに関して社会的な説明責任を負わせることが重要であると言う。人は対外的に説明する責任を負うと、より公正であらねばならないと感じることが心理学の研究で明らかになっている。ただし、これもやはり、業績評価制度との違いを説明できないと感じた。というのも、業績評価制度においても、評価結果の根拠を少なくとも社内にはオープンにしなければならない。社内への説明では不十分で、対外的な説明なら効果があるとする理由が論文からは読み取れなかった。
ダイバーシティには「表層のダイバーシティ」と「深層のダイバーシティ」の2層がある。表層のダイバーシティとは、人種、性別、年齢、障害の有無など、違いが目に見える属性のことである。これに対して深層のダイバーシティとは、価値観、考え方、文化、出身地、学歴、職歴、収入、コミュニケーションスタイル、所属組織、支持政党、宗教、結婚の有無、働き方のスタイルなど、目に見えない違いを指す。ダイバーシティ・マネジメント後進国の日本に住む私がこんなことを言うのはおこがましい話だが、ダイバーシティ・マネジメントは表層レベルのダイバーシティを追求してはならないと思う。深層レベル、特に考え方や価値観の多様性を追求することを第一とし、結果的に表層レベルのダイバーシティが実現されるという形になるのが望ましい。
ダイバーシティ・マネジメントの目的は、市場の変化や多様性に対応することである。企業は放っておくと、市場/顧客と同じ考え方を持った社員が集まる。市場の変化が小さい時には、その方が効率的に製品・サービスを顧客に提供することができる。ところが、市場や顧客のニーズが変化すると、新しいものの考え方を組織に注入しなければならない。その新しいものの考え方を組織に取り込み、あるいは先取りして、新しい製品・サービスを開発・提供するためにダイバーシティ・マネジメントが必要となる。社会学者のニクラス・ルーマンは、組織が外部の複雑性に適応するためには、組織内部にその複雑性を取り込むことが重要であると述べている。
もちろん、多様な考え方を持った社員を誰彼構わず採用すればよいというわけではない。企業には、企業として絶対に譲ることができない価値観が存在する。この価値観については、どの社員も共感している必要がある。これを第1層の価値観と呼ぼう。通常、第1層の価値観は5~10程度で簡潔に表現されることが多い。ところが、企業にはそれ以外にも大小合わせると多くの価値観が存在する。日常の意思決定やオペレーションには、実に様々な価値観が投影されている。これを第2層の価値観と呼ぼう。ダイバーシティ・マネジメントにおいては、この第2層の価値観について、企業側の価値観と社員の価値観の衝突を敢えて推奨する。そこから新たな価値が生まれる可能性があるからだ。よって、企業は、単に多様な考え方を持った社員を採用するのでなく、価値観の衝突を上手にマネジメントできる能力を有する社員を選ぶ必要がある。
○生産性向上が社会の格差と不満を解消する 知識労働とサービス労働の生産性(ピーター・ドラッカー)
ドラッカーが1991年に著した論文である。ドラッカーは、知識労働者の生産性を上げるための処方箋として、①必要のない仕事をやめる、②仕事に集中する、③生産性の意味を考える(量が重視されるのか、質が重視されるのか、量と質の両方が重視されるのか)、④労働者をマネジメントのパートナーとする(このように書くと、マネジメントが知識労働者の方に歩み寄るかのような印象を受けるが、実際には、知識労働者に対し、生産性と成果に対する責任を組み込むことが重要であると述べている)、⑤継続して学習する、⑥他人に教える、という6つを挙げている。
製造業では、IEの発達などによって、生産性を図る指標が整備されている。他方、サービス業では、生産性を図る統一的な指標が存在しない。私は一応IT業界の出身であるのだが、IT投資をめぐっては必ず投資対効果(これも一種の生産性である)が問われる。工場の建設であれば、導入した機械の種類や整備した生産ラインの形状などから、1日あたりの生産量をほぼ正確に計算できる。ところが、ITの場合は、例えば販売管理システムを導入するとどのくらいの投資対効果があるのか、在庫管理システムの場合はどうなのか、などといった問いに答えることができなかった。システムを導入する企業の規模、業務プロセスの複雑さ、プロジェクトの期間や難易度などによってバラバラであると答えるのが精一杯であった。
ただ、このままではいつまで経っても顧客企業に対して説得力のあるIT投資提案ができない。そこで、IT投資対効果に関するデータを業界全体で収集し、標準的な投資対効果を算出しようという機運が高まった時期があった。現在の私はIT業界から離れてもう長いため、今どのような動きになっているのかご存知の方がいらっしゃったら教えていただきたい。
私の前職は組織・人事コンサルティングと教育研修サービスを提供するベンチャー企業であったが、この世界もまた、生産性に関する標準的な指標がない世界であった。一応、経験則的に、「この作業ならばこのぐらいの時間が標準的」というものは存在した。コンサルティングのプロジェクトでは、書籍や資料を読み込み、関係者にヒアリングをし、パワーポイントやワードで資料を作成し、プロジェクトメンバーや顧客企業と会議を行い、会議の議事録を残すというのが大まかな仕事の流れである。私がマネジャーから教わったのは、書籍や資料は1時間あたり約60ページ読み、ヒアリングは相手が経営者であれ現場社員であれ30分~1時間、パワーポイントは1時間で1枚、ワードは1時間で1,000字、進捗会議は30分~1時間、顧客企業と重要な意思決定を行う会議は2時間(逆に言うと、進捗確認や意思決定以外の会議は行うな、ということでもあった)、議事録は会議に費やした時間と同じ時間で作成する、というものであった。
コンサルティング業界は、業界団体らしい団体が存在しない珍しい業界である。理想的なのは、コンサルティングの業界団体ができて、生産性に関するデータを収集し、作業ごとの標準的な時間を明らかにすることである。そして、これはコンサルティング業界に限らず、他の知識・サービス労働の業界全てに共通して言えることである。業界ごとに生産性に関するデータが集まれば、今度は業界横断的に生産性を研究するシンクタンクが設立されて、どの業界にも共通する生産性の指標が開発され、その指標の数値について業界ごとの比較ができるようになるとよい。そうすれば、日本のサービス業の生産性向上に大きく寄与するに違いない。
○1312社のデータ分析に基づく提言 日本企業の生産性は本当に低いのか(永山晋)
しばしば、日本企業の生産性は低いと言われる。OECDが発表しているランキングでも、日本は下から数えた方が早いくらいである。この現実に対し、本当に日本企業の生産性は低いのか、上場企業の従業員数と営業利益のデータを使って検証した論文である。論文の著者は、日本企業の生産性は必ずしも低くないと結論づけているものの、ちょっと待ってほしい。分析の対象は上場企業1,312社となっているが、この上場企業の内訳が問題である。
上のグラフは、上場企業3,805社の業種別割合を示している(「上場企業サーチ:上場企業データベース」より作成)。グラフから解るように、上場企業の半分近くは製造業である(ちなみに、日本の全企業数約400万社のうち、製造業は約40万社で1割程度にすぎない)。そして、これもまたよく言われているように、日本の製造業の生産性は、世界でもトップクラスである。だから、上場企業の生産性を分析すれば、その数値が高めに出るのは当然である。この論文は、我々が既に知っている常識を単に裏書きしているにすぎない。
日本の生産性の足を引っ張っているのは、日本企業の99.7%を占める中小企業である。これは中小企業庁が発行している『中小企業白書』からも読み取れる。もちろん、大企業を上回る生産性を達成している高業績の中小企業も存在するが、その割合はわずかにとどまる。全体を押しなべて見ると、下図のように、中小企業の労働生産性は大企業のそれを大きく下回る。
(※)中小企業庁『中小企業白書2016年度版』「第1部 平成27年度(2015年度)の中小企業の動向 第3章 中小企業の生産性分析」より。
これは、中小企業の作業効率が悪いというだけの問題ではない。中小企業は大企業に比べて、圧倒的に社員1人あたりの売上高が低い。そしてさらに悪いことに、売上高が伸び悩んでいるにもかかわらず、販路開拓に注力していない中小企業の割合が拍子抜けするほど高いのである。販路開拓は、普通の企業ならば普通に行うことである。その販路開拓を行っていない中小企業が20%も30%も存在するのは、はっきり言って異常である。日本の生産性を上げるためには、中小企業の営業力の強化こそが不可欠である。
(※)中小企業庁『中小企業白書2016年度版』「第2部 中小企業の稼ぐ力 第6章 中小企業の稼ぐ力を決定づける経営力」より。
(※)中小企業庁『中小企業白書2015年度版』「第2部 中小企業・小規模事業者のさらなる飛躍 第1章 中小企業・小規模事業者のイノベーションと販路開拓」より。