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飯田順『目指せ!経営革新計画承認企業』―中小企業診断士が策定する戦略に対する5つの疑問(後半)
ギアポンプの「大東工業株式会社」―「人に人格、製品に品格あり、品格すなわち人格に通ず」(2)

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2014年06月03日

飯田順『目指せ!経営革新計画承認企業』―中小企業診断士が策定する戦略に対する5つの疑問(後半)


目指せ!経営革新計画承認企業―中小企業新事業活動促進法目指せ!経営革新計画承認企業―中小企業新事業活動促進法
飯田 順

税務経理協会 2009-10

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 (前回からの続き)

(3)戦略の方向性が「高品質化」、「低コスト」に偏りすぎ
 仮に戦略が立てられていたとしても、この2つに偏っていることが非常に多いという印象を受ける。私は、高品質化と低コスト(低価格)は「ジリ貧の戦略」だと思っている。どんな製品であっても、無限に品質を高めることはできないし、無限にコストを下げることはできない。

 物理的に限界があるというのももちろんだが、無限に品質を高めると過剰品質になり顧客がついてこられなくなる。また、無限にコストを下げると、競合他社も値下げで対抗し、利益の出ない不毛な争いに突入してしまう。高品質化と低コストは、一見すると戦略を立てたようであって、実は中小企業診断士が戦略を十分に練ることができなかった時の逃げの口実なのだ。

 本当の戦略とは、顧客にとっての価値を明確にすることであり、顧客価値を実現するための機能を取捨選択することである。別の言い方をすれば、顧客のニーズでまだ満たされてないホワイトスペースを発見し、そのスペースを埋める新機能を開発することである。このような戦略から生み出される製品・サービスは、競合他社のものと単純に機能を比較することができない。そもそも、競合他社の製品・サービスの機能から”ずれた”機能で勝負しているのである。そういう差別化要因をひねり出すことに、中小企業診断士の価値があるのではないだろうか?

(4)戦略を実現するための施策の数が多すぎる
 戦略を画餅に終わらせないためには、具体的な施策=戦術に落とし込む必要がある。経営革新計画でも、施策を列記し、実施時期、評価指標と評価方法、評価の頻度などを一覧にすることが求められる。ただ、本書でもそうだったが、施策の数が多すぎるような気がする。いくら3~5年計画とはいえ、10も20も施策を並べるのは非現実的ではないだろうか?リソースが限られている中小企業には荷が重すぎるはずだ。

 以前の記事「中小企業診断士が断ち切るべき5つの因習」でも書いたが、中小企業診断士は施策だの提言だのをやたらとたくさん並べ立てるきらいがある。その結果、レポートが膨大な枚数になることもしばしばだ。たくさん提案をすれば、仕事をした気になるのかもしれない。

 しかし、10の提案をして1つも実施されないのであれば、10の提案は無価値である。それよりも、提案は3つだけだが、3つとも実施される方がよっぽど価値が高い。私の知り合いに、中小企業診断士ではあるが診断士活動からは距離を置いているコンサルタントがいるのだが、彼は「クライアントに提案する施策は2、3個に絞っている」と言っていた。私も彼の意見に賛成である。

(5)「付加価値額の増加率が年率3%以上、経常利益の増加率が年率1%以上」は革新的か?
 これは中小企業診断士が責められる問題ではなく、中小企業庁の問題なのだが、経営革新計画の数字面での要件が緩すぎるのではないか?ということである。下表は財務省の「法人企業統計」に基づいて、過去10年間の1社あたり付加価値額、経常利益の増加率をまとめたものだ。

 もちろん、この表の数字は大企業によって上振れしている可能性があるし、株主の期待に応えるため経常利益をできるだけ稼ごうとする上場企業と、節税のために経常利益を低く抑えたがる中小企業を一緒くたに論じるのは乱暴かもしれない。ただ、平均的な企業であっても、「付加価値額の増加率が年率3%以上、経常利益の増加率が年率1%以上」を達成するのはそれほど困難ではないように見えるのである(特に、2003年~2006年はそう感じる)。

1社あたり付加価値・経常利益(法人企業統計)
(※クリックで拡大表示)

 「経営革新」というからには、もっと高い目標を課すべきではないだろうか?優遇措置によって一時的に金融機関の利率が下がったり、政府の税収が減ったりするが、それ以上に認定企業の事業が中長期的に拡大することで、新たな資金需要が生まれ、多くの税収が見込めるようになる、というのがこの制度の狙いのはずである。「付加価値額の増加率が年率3%以上、経常利益の増加率が年率1%以上」という数字は何を根拠に設定されたのか?優遇措置による企業への”先行投資”を回収できる目標値になっているのか?かなり疑問が残るところである。

2014年04月15日

ギアポンプの「大東工業株式会社」―「人に人格、製品に品格あり、品格すなわち人格に通ず」(2)


 (前回からの続き)

 (4)【経営革新計画】大東工業は平成23年に経営革新計画を取得した。当時はリーマン・ショックの影響で売上高が2割ほど落ちており、そこから回復するためのシナリオを描いたものである。ただ、井上社長によれば、経営「革新」と言っているが、実際には経営「改善」であるそうだ。

 当時の石原慎太郎知事は「革新」という言葉が非常に好きであり、一獲千金の匂いがするものでないと認定されないと言われていた。関係者の間では、東京都では「魚屋がフルーツパーラーを始める」という計画なら認定が下りるけれども、「果物屋がフルーツパーラを始める」という計画では認定が下りないと、まことしやかにささやかれていた。

 井上社長は、「革新」という言葉に対してやや懐疑的である。本当にダメなところまで落ちた企業には革新が必要だろう。例えば、富士フィルムのように自社がターゲットとしていた市場が消滅したようなケースがそうである。また、革新の代表例として挙げられるビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグは皆、学生の時に起業しているが、彼らは失うものがないからこそ思い切ったことをやることができた。しかし、社員を食べさせなければならないというプレッシャーの中で、そこまでのリスクを冒すことが本当に得策かどうかは疑問だと井上社長は言う。

 (5)【海外の競合他社】圧力の標準は10kg単位であり、JISにも「JIS10kg」というものがある。日本のメーカーは、10kg、20kg、30kg・・・の圧力に対応できるポンプを、1品ものであっても顧客の要望に合わせて作る。ところが、アメリカには10kgの圧力に対応した汎用品しかない(汎用品を中国の工場で安く製造している)。20kgの圧力に対応したポンプを作ってほしいとお願いすると、「そんなものは設計ミスだ」とメーカーから突き返されてしまうという。

 もうちょっと話を聞いてくれるメーカーであっても、「何個ほしいのか?500台か?」と聞かれて「いや、1台だけです」と答えようものなら、「今すぐここから出ていけ」と言われてしまうそうだ。日本人は、「お客様は神様」と当たり前のように考えるけれども、アメリカ人にはそこまでの意識はない。日本人は「そこを何とかお願いします」と言ってメーカーと交渉するが、英語には「そこを何とか・・・」にあたる言葉がない。

 スイスにも有力なギアポンプメーカーがあり、極めて精密な製品を作っているが、日本ではあまり販売されていない。スイス人の国民性なのか、彼らはあまりあくせくと働かない。カタログに載っているものしか生産せず、融通の利かない計画生産に従っている。だから、この製品がすぐにほしいとお願いしても、「納期は6か月先です」ときっぱり言われてしまう。アメリカもスイスもこんな状態なので、大東工業はほとんど海外のライバルがいない状態で戦うことができている。

 (6)【社員教育】大東工業のモットーは、「高仕様、短納期、高価格」である。売上高に占める原材料費・外注加工費の割合は約3割であり、粗利率が非常に高い。同社は1人あたりの付加価値額が世界一になることを目指しており、しかも付加価値額をできるだけ社員に還元している。退職金は勤続40年で約2,000万円に上り、昨年の冬のボーナスは約80万円であった。この金額は、中小企業としては異例である。井上社長は、「社員の待遇をよくして、優秀な人材を集めて定着させ、大変な仕事をさせる(笑)」と述べており、この戦略を昨今何かと話題の「ブラック企業」の逆ということで、「ホワイト企業戦略」と呼んでいる。

 社歴は79年と長いが、社員の平均年齢は30代である。井上社長は、「リーマン・ショックで就職難の時代にいい人材を採用することができた」と振り返っている。ただし、いたずらに規模を追うことはしない。リーマン・ショックの時にも、1人採用するのに100枚以上の履歴書に目を通した。井上社長によれば、現在は優秀な人材を採用しやすい環境にあるという。景気回復に伴う買い手市場であることに加え、ハローワークの全国ネットワークが完成したことで、全国から人材を集めることが可能になったのがその理由だという。




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