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『一橋ビジネスレビュー』2018年AUT.66巻2号『EVの未来』―トヨタに搾り取られるかもしれないパナソニックの未来
【出版(共著)のお知らせ】神谷俊彦、滝沢悟、茂木君之、谷藤友彦『図解でわかる品質管理 いちばん最初に読む本』(アニモ出版)
武田修三郎『デミングの組織論―「関係知」時代の幕開け』―日米はともにもう一度苦境に陥るかもしれない

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年10月15日

『一橋ビジネスレビュー』2018年AUT.66巻2号『EVの未来』―トヨタに搾り取られるかもしれないパナソニックの未来


一橋ビジネスレビュー 2018年AUT.66巻2号: EVの将来一橋ビジネスレビュー 2018年AUT.66巻2号: EVの将来
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2018-09-14

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 旧ブログで随分昔にエルピーダが破綻した原因を分析したことがあるのだが、今振り返ってみると、文量が多い割には大したことを言っていなかったと反省している。下記の参考記事の中では、エルピーダが破綻したのは、顧客に接している川下のメーカーでさえ気づいていないような顧客のニーズを先取りし、そのニーズに合致した製品アーキテクチャを提案するようなことをしなかったがゆえに、川下のメーカーに強い影響力を及ぼすことができず、むしろ川下メーカーの言いなりになって利幅が極端に縮小してしまったことが原因だとしている。

 《参考記事》
 今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(1)~円高説は違う
 今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(2)~シナリオなきPC分野への進出
 今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(3)~スマイルカーブの嘘
 今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(4)~産活法という縛り
 今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(5終)~復活のカギは”インテル化”?
 《メモ書き》DRAM、パソコン、ノートブック、タブレットPC、スマートフォン関連の市場規模データなど

 だが、実際には、様々な用途に展開できる素材メーカーを除いて、特定の部品を製造する川上のメーカーが川下のメーカーに対して強い影響力を及ぼすことができるというのは稀である。それこそ、(もうこの言葉はすっかり古くなってしまったが)ウィンテル連合ぐらいしかない。それに、川上のメーカーが強くなりすぎると、川下のメーカーの戦略が同質化してしまう。なぜなら、川下のメーカーはどこも、川上のプレイヤーの同じ部品を使い、その部品が想定する製品アーキテクチャに従って製品を製造するからだ。川下のメーカーの戦略が同質化しても構わないのは、最終顧客が皆同じものを所有・消費していても問題ない場合に限られる。

 最近で言うと、電子マネーぐらいしか思いつかない。ソニーの子会社がFeliCaチップを製造しており、これが現在ほぼ全ての電子マネーで採用されている。日本は電子マネー大国であり、電子マネーが乱立している。だが、電子マネーのビジネスモデルは、加盟店と消費者を結ぶプラットフォーム型であり、クレジットカードと共通である。通常、プラットフォーム型のビジネスモデルは、小売におけるAmazon、スマートフォンアプリビジネスにおけるGoogleやAppleのように、ごく少数のプレイヤーに収斂する傾向がある。実際、海外では、保有する決済カード枚数が2枚程度以下というところが多い(経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」〔2018年4月〕を参照)。私は、JR東日本が本気を出せば、Suicaで電子マネー市場を制覇できると思っていたが、JR東日本に商売っ気がないため、現在のような電子マネー百花繚乱の状態になっている。

 話をエルピーダに戻そう。私は、エルピーダが破綻した原因を3つに整理し直した。

 ①エルピーダは産業活力再生特別措置法(産活法)の適用により公的資金の注入を受けることで、「DRAM市場で世界一になる」という縛りをかけられ、多角化によるリスク分散ができなかった。当時の半導体市場は、NAND型フラッシュメモリ(東芝が強かった)など利益率が高く急成長している分野があったのに、エルピーダが産活法の適用外の分野に進出するためには経済産業省と折衝をしなければならず、手を出すことができなかった(※)。
 ②PC向けDRAMにせよ、モバイル(スマートフォン)向けDRAMにせよ、需要の伸びが急すぎる上に先行きが不透明であり、適切な設備投資を行うことができなかった。
 ③エルピーダはNEC、日立製作所、三菱電機の3社のDRAM事業を統合して作られた企業であるが、3社それぞれに設備投資や生産工程に関する”思想”があっていちいち調整に時間がかかり、なお一層設備投資が遅れた(湯之上隆氏は『日本型モノづくりの敗北―零戦・半導体・テレビ』の中で、この思想のことをを「秘伝のタレ」と呼んでいる)。

 (※)ちなみに、経営破綻したエルピーダは2013年にアメリカのマイクロンによって買収され、マイクロン子会社のマイクロンメモリジャパンとなったわけだが、マイクロンメモリジャパンはDRAMに加えてちゃっかりNAND型フラッシュメモリも製造している。

 ここからがようやく本号の話である。EV(電気自動車)の肝となるのはリチウムイオン電池(LIB、以下「LIB」と表記する場合は車載用リチウムイオン電池を指すものとする)である。トヨタ自動車はパナソニックと提携して、パナソニックの子会社からLIBを調達することにした。個人的には、このトヨタ―パナソニック連合に、かつてのPC/スマートフォンメーカー―エルピーダの関係を重ね合わせてしまうのだが、以下の3つの理由により、パナソニックが直ちにエルピーダの二の舞になる可能性は低いだろうと考えている。

 ①LIBを製造するパナソニック・オートモーティブ&インダストリアルシステムズ(AIS)社は、コックピットやADASシステムなどを手がけるオートモーティブ事業、電子部品・電子材料・半導体などを手がけるインダストリアル事業、車載用LIBを中心に、産業用蓄電システムや民生用電池などを手掛けるエナジー事業という3グループで構成される。それぞれの2017年度の売上高は、オートモーティブ事業が9,288億円、インダストリアル事業が9,452億円、エナジー事業が5,625億円と、エナジー事業の規模は他の2事業より小さい。当然、パナソニックの連結決算に占めるLIBの割合は非常に低い。DRAM一本足打法であったエルピーダとはまるで違う。

 ②エナジー事業の2021年度の売上目標は、2017年度比で約2.5倍の1兆4,000億円となっており、AIS社全体の過半数を占める。同じ期間にオートモーティブ事業は10数%増、インダストリアル事業は約30%増の成長率が見込まれていることと比較すれば、エナジーの伸び率は圧倒的である。だが、EVの需要は各国の政策や規制(例えば、アメリカのZEV規制、ヨーロッパのCO2規制、中国のNEV規制など)の影響を強く受けるため、需要の伸びを予測することは、PCやスマートフォンのそれを予測するよりははるかに容易である。

 ③AIS社は、オートモーティブシステムズ社、デバイス社、エナジー社、マニュファクチュアリングソリューションズ社が合併してできた企業である。これらの企業は全てパナソニックの社内分社であり、NEC、日立製作所、三菱電機という全く異なる3社が合併してできたエルピーダとは違う。もっとも、大企業ともなると、同じグループ会社であっても、会社が違えば別会社のように見えることも少なくない。ただ、AIS社の場合、LIBの製造を含むエナジー事業はエナジー社から引き継がれたものであり、その生産計画や設備投資をめぐって、他の社内分社からの出身者との間で軋轢を生んだり、面倒な調整が必要になったりすることは考えにくい。

 とはいえ、パナソニックにもリスクはある。下図は、以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で用いたものの再掲である。

○図①
製品・サービスの4分類(②各象限の具体例)

○図②
【修正版】製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 <象限①>に位置する家電は、今や圧倒的に新興国の企業が優勢であり、日本のメーカーはどこも壊滅的な状況に陥った。そこで、<象限②>に移行することで生き残りを図っている。ただし、日本の家電メーカーは家電事業を完全には捨てていない。少なくとも、日本市場においては、現在も各社が新製品を市場に投入し続けている。

 おそらく、日本の家電市場を担当しているのは若手のマネジャーが中心だと思われる。日本市場という成熟した市場は、よく言えば市場規模が読みやすいが、悪く言えばこれ以上の顧客ニーズがどこにあるのかが解りにくい。こうした状況に若手マネジャーを置くことで、顧客ニーズを深耕するというマーケティングの難しさを実感させるとともに、製品企画から設計、製造、販売、アフターサービスまでの一連のマネジメントを経験させる。そして、将来的には家電以外の事業でのマネジメントを任せるというキャリアプランを描いていると推測される。

 また、以前の記事「『構造転換の全社戦略(『一橋ビジネスレビュー』2016年WIN.64巻3号)』―家電業界は繊維業界に学んで構造転換できるか?、他」で書いたように、海外に工場を作った場合には、ある事業から撤退すると決めても、現地社員の雇用を維持しなければならないなどの理由から、工場を簡単に閉鎖できるわけではない。繊維業界に倣えば、10年単位という長いスパンで物事を見なければならない。この点も、中国を中心に、製造のほとんどを海外で行っている日本の家電メーカーが依然として家電事業を続けている理由の1つであろう。

 多くの家電メーカーは<象限②>に移行した際、IT、金融、原発、インフラ系を選択した。その中で、自動車に注力しようとしているパナソニックは異色である。パナソニックにとっての第一の関門は品質管理である。自動車業界は<象限②>の中でおそらく最も品質管理が厳しく、その自動車業界の中でも最も品質管理に厳しいトヨタをパナソニックは選択した。パナソニックがトヨタの要求する品質レベルにどれだけ耐えられるかがポイントとなる。

 もちろん、家電でも品質管理は重要である。しかし、家電と自動車では品質管理の厳しさが段違いである。家電が不良品であっても、せいぜい発火してユーザーが火傷を負う程度である(それでも重大な問題ではある)。たまに家電が爆発するケースが報告されるが、これは経年劣化や、消費者による誤った使い方が原因であることがほとんどである。ところが、自動車が不良品の場合は人の命にかかわる。だから、自動車業界は、不良品率を100万分の3.4以下に抑えるシックスシグマを超えて、「不良品ゼロ」を要求してくる。さらに、自動車がユーザーによって改良されても事故を起こさないというレベルの品質を実現しなければならない。

 LIBはEVの心臓部である。仮に、LIBの欠陥が原因で大量リコールが発生すれば、AIS社は巨額の損失を負うことになる。AIS社は、LIBの製造を含むエナジー事業の2021年度の売上目標を、2017年度比で約2.5倍の1兆4,000億円に設定している。もしこの計画が実現するならば、なおさらリコール時の損失リスクは拡大する。パナソニックの2017年度の連結営業利益は3,805億円である。グループ全体で2021年度にどの程度の営業利益を目標としているかは解らないが、4年で大きく伸びる予測を立てているとは考えにくい。よって、急成長したLIBがリコールの原因となった場合、リコールによる損失がパナソニックの連結営業利益を全部食いつぶす可能性すらある。だから、パナソニックの各事業は、収益力を少しずつでもよいから高めて、その積み重ねでリコールのリスクを吸収できる財務基盤を作っておかなければならない。

 第2の関門は価格である。トヨタ―パナソニック連合では、AIS社がセル製造を、トヨタがセルのパックを担当する関係にある。東洋経済オンラインの「パナソニックの車載電池がなぜ世界の自動車メーカーに選ばれるのか」という記事では、次のような社員の声が紹介されていた。
 「電池開発は、システム全体が最適化するように調整をとりながら進めていく、いわば究極の『すり合わせ工業製品』です。そこに難しさと同時に、『付加価値の源泉』があります。世界の自動車メーカーが電気自動車へと舵を切っていますから、今後ますます車載電池の重要性と市場が高まっていくことは間違いありません(以下略)」
(※太字下線は筆者)
 だが、トヨタの認識は違う。本号から引用する。
 寺師(※トヨタ取締役副社長):1個1個の電池そのものは、たぶん電池会社のほうが強いのですが、これをパックにして車に搭載し、どう制御するかという領域では、自動車会社の技術なしには成り立たないでしょう。効率良く電池を並べつつ、うまく冷却していかに劣化を食い止めるかなど、パックの部分はかなり技術力の勝負になると思います。
(寺師茂樹、米倉誠一郎、延岡健太郎、藤本隆宏「利用シーンに適した電動車で多様なモビリティサービスを展開する」)
 つまり、トヨタはセルはモジュール化すると見越して外部調達する一方で、セルのパック化は制御系との擦り合わせが必要だと考えている。これは当然と言えば当然で、EVの価格の大部分を占めるのがLIBである。LIBの本体=セルが擦り合わせを必要とするならば、LIBの価格ならびにEVの価格はいつまで経っても高止まりしたままで、EVが普及しない。だから、トヨタをはじめとする自動車メーカーは、セルをモジュール化して価格を下げてほしいと願っている。

 こうした事情に、トヨタ特有の取引慣行が加わる。本ブログで何度か書いたことがあるが、トヨタは部品の製造を下請企業に外注する際、いきなり下請企業と交渉には入らない。まずは、自社でその部品を作ってみて、部品の製造にいくらかかるのか計算する。そして、下請企業にはそのコスト以下の価格で作らせる。このやり方がうかがえる記述が本号にあった。
 寺師:ある電池を使えと一方的に言われるよりも、「こんな電池をつくると、電動車の燃費がもっと良くなる」と、車側の視点でモノを言うためにも、最初のうちは自分たちで電池をつくらないといけません。(同上、太字下線は筆者)
 だから、AIS社はトヨタに価格面で相当叩かれているに違いない。トヨタは品質に対して非常に厳しいのと同時に、車の価格が大衆の手の届くものになるかどうかをものすごく気にする。AIS社はこのような厳しい状況の中で利益を確保しなければならない。

 ところで、本号の「自動車の電動化を取り巻く業界動向と問われる競争力」(佐藤登)という論文に「スマイルカーブ」が登場し、LIBに関しては電池製造、モジュール化がカーブの底にあたるため最も利益率が低く、パックシステムはカーブの右上にあり利益率が高いという説明があった。だが、このスマイルカーブは恣意的に操作できるため、あまりよいツールではない。LIBを単体で取り上げれば前述のようなカーブになる。しかし、部品製造から最終組立までにフォーカスしてスマイルカーブを描けば、LIBは部品であるからスマイルカーブの左上に位置し、利益率が大きいことになる。自動車メーカーに関しても同様で、部品製造から最終組立までのスマイルカーブにおいては、自動車メーカーは右上に位置するから利益率が高い。ところが、自動車産業全体、すなわち、部品製造からアフターマーケットまでを視野に入れてスマイルカーブを描くと、自動車メーカーはカーブの底に位置し、利益率が低いことになってしまう。

 値下げの圧力は海外からもやってくる。注意すべきは中国のCATL(寧徳時代新能源科技)の存在である。AIS社はトヨタにとってのファーストサプライヤであるとともに、ホンダのセカンドサプライヤである(ホンダのファーストサプライヤはBEC〔ブルーエナジー:ホンダとGSY[ジーエス・ユアサ・コーポレーション]の合弁〕)。それ以外の自動車メーカーにもLIBを納入しており、その数は2018年3月時点で12社74モデルに上るという(CarWatch「パナソニック AIS、2021年度には売上高2兆5000億円。自動車部品メーカートップ10へ」〔2018年6月1日〕より)。

 一方で、CATLは中国で生産を行う自動車メーカーを中心にLIBを納入している。中国企業だから安かろう悪かろうと侮ってはならない。日産自動車の中国工場もCATLを調達先としている。つまり、CATLの品質は日本企業も認めている。調査会社テクノ・システム・リサーチによると、2018年度のLIBの出荷量シェアは首位のAIS社18%に対して、CATLは17%になる見通しである(日本経済新聞「電池競争、新星は臆さない 中国CATLが台頭」〔2018年3月14日〕より)。今後、両社の激しい競争が予想されるが、AIS社は高付加価値化で差別化するという(電子デバイス産業新聞「車載電池に賭けるパナソニック」〔2018年8月10日〕より)。だが、日産が既にCATLの品質を認めているという現状で、それ以上の高付加価値化が何を意味するのかは定かではない。EVを普及させたい自動車メーカーのニーズは、むしろ低価格化である。

 価格を下げるには生産量を拡大する必要がある。しかし、PCやスマートフォンが急速に世界中に普及し、DRAMの生産量も急増して価格が急落したのに比べると、EVは前述の通り各国の政策に強く制約されることから、それほど急速には普及しない。つまり、大量生産でコストを下げるという方法だけでは限界がある。となると、セルの製品アーキテクチャを擦り合わせ型からモジュール型へと抜本的に変更し、コストを大幅に下げるしかない。

 怖いのは、東京大学大学院経済学研究科教授の藤本隆宏氏が著書『日本のもの造り哲学』(日本経済新聞社、2014年)で指摘したように、中国企業は擦り合わせ型の製品をモジュール型に換骨奪胎するのが上手いということである。もちろん、中国も全ての擦り合わせ型製品をモジュール型に変換できるわけではない。擦り合わせ型の代表である自動車は、まだ換骨奪胎に成功していない(それでも、中国の自動車市場のうち、地場系は約4割のシェアを占めるに至っている)。だが、仮にCATLがLTBのモジュール化に成功したら、AIB社は行き場を失う可能性がある。AIB社が擦り合わせ型や高付加価値化にこだわって価格を下げようとしなければ、それはかつて本業=家電事業がたどった道であり、再び中国企業に敗北を喫するかもしれない。

日本のもの造り哲学日本のもの造り哲学
藤本 隆宏

日本経済新聞社 2004-06

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2015年10月11日

【出版(共著)のお知らせ】神谷俊彦、滝沢悟、茂木君之、谷藤友彦『図解でわかる品質管理 いちばん最初に読む本』(アニモ出版)


図解でわかる品質管理 いちばん最初に読む本図解でわかる品質管理 いちばん最初に読む本
神谷 俊彦 滝沢 悟・茂木 君之・谷藤 友彦

アニモ出版 2015-10-14

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 10月14日に、アニモ出版より『図解でわかる品質管理 いちばん最初に読む本』(共著)を出版させていただくこととなった。品質管理と品質保証の違い、ISO9001、QC7つ道具、新QC7つ道具、測定器の使い方など、初めて品質管理担当になった人が知っておくべき基礎的な知識を網羅的に盛り込んだつもりである。私は、一応人材育成が専門であることから、「品質管理者に求められる資質とスキル」について執筆した。以下、一部を本書より引用する。
【責任感・正義感をもって業務に臨む】(※本書p144-145より)
 「責任感・正義感」とは
 品質管理者に共通して求められるもう1つの資質として「責任感・正義感」をあげました。特に、製品の品質に対しては、会社を代表して責任を負っているという意識をもたなければなりません。

 品質管理者の責任感・正義感が最も必要とされるのは、製造ラインで不良が発生したときです。製造ラインの担当者は、「これぐらいの不良はよいではないか?」というかもしれません。その意見に屈せず、製造ラインを止められるかどうかが、品質管理者の資質が最も問われる瞬間です。

 売上高10億円の企業が、製造ラインを1時間止めると、約50万円の売上高を失うことになります。そのため、責任感・正義感のない品質管理者は、目先の売上高を失うのが怖くて、製造ラインを止められません。

 しかし、品質不良を出し続けた結果、顧客からの信頼を失ってしまえば、中長期的には売上高が億単位で減少するかもしれません。そのリスクを見越し、社内の反対を押し切って製造ラインを止められるのは、品質管理者しかいないのです。

 責任感・正義感を高めるにはどうする?
 品質管理者が責任感・正義感を高めるためには、以下のことを実践するとよいでしょう。

 ●自社の製品に愛着をもちましょう。そのためには、営業担当者の商談に同行し、顧客が自社の製品を使用する場面を見せてもらうとよいでしょう。
 ●日頃から、社内の小さなルールの逸脱を見過ごさないようにしましょう。大きな問題は、小さな問題を放置した結果生じることがほとんどです。

品質管理


2015年07月27日

武田修三郎『デミングの組織論―「関係知」時代の幕開け』―日米はともにもう一度苦境に陥るかもしれない


デミングの組織論―「関係知」時代の幕開けデミングの組織論―「関係知」時代の幕開け
武田 修三郎

東洋経済新報社 2002-11

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 20世紀は物質の時代であったのに対し、21世紀は精神の時代になると言われる。本書から2つの時代の違いを表すキーワードを拾い上げてみた(個々のキーワードの説明は割愛させていただく)。なお、21世紀は精神の時代というのは、厳密に言えば20世紀の物質の時代が全否定されるのではなく、物質に精神を統合しなければならないということを意味する。

物質の時代から精神の時代へ

 20世紀までの物質の時代は、西洋を震源とする近代化、自然科学の発展の歴史であった。この時代を特徴づけるのは「分割知」である。すなわち、あらゆる物質をそれ以上分けられないほどに分割すれば、物質の本質を理解できるという考え方である。分割知の発明者はデカルトなのかニュートンなのかという議論があるそうだが、著者はニュートンに軍配を上げている。
 ケンブリッジ大学の著名な歴史学者バターフィールドは、13世紀にさかのぼって近代科学の胎動を探索し、発明者をデカルトやガリレイにすこしおくれて現れたニュートンと特定している。(中略)

 ニュートンにも深い見識をもつ物理学者湯川秀樹も、ニュートンとデカルトの知を比較し、大意「対象をはっきり限定し、現象の範囲も限定した上で考察するだけ、ニュートンの方が近代的」とした。この思考には還元法、原子主義、分析主義、専門主義という呼び方がされている。
 20世紀の分割知、要素還元主義に対して、21世紀で重要になるのは「関係知」である。これは、分割知によってバラバラにした要素を再び統合し、全体として知覚することである。
 関係知とは、20世紀に明らかになった精神世界の性質が、分や孤立ではなく、相互関係(ネット・ワーク、システム、プロセス、コンテクスト)を重視することに起因している。

 わたしは、この知の特徴をもっとも明確に議論した人物はさきの思想家ベイトソンであると思っているが、ここで、ボーアやハイゼンベルグたちが明らかにした精神世界の性質を紹介しておきたい。(以下略)
 分割知においては、観察できるものこそが全てであり、観察できないものは考察の対象からは除外されていた。これに対して、関係知においては、目に見えないものが重要なカギを握る。目に見えないものも含めて、システムの構造を統合的に理解することが求められる。

 著者が本書で品質管理の父エドワーズ・デミングを取り上げているのは、デミングの考え方がいわゆるQC7つ道具のような品質管理の手法にとどまらず、関係知の本質に迫るものであるからだ。デミングは、メンバー間の「協力」によって成果を志向する組織システムを重視した。その意味で、デミングの理論は品質管理論を超えて、組織論であった。
 デミングは、お茶の水コースの2日目、7月11日に、「自分は日本人にシステムと協力を教えた」というメモを書き残している。受講者がどう受けとめたかは別として、デミングは「システムと協力の概念」を説いたと考えていたのである。誤解をおそれずにいうと、かれの品質管理手法や資材調達の技術の話はそのための便法にすぎなかった。
 本書によれば、アメリカには関係知に関する優れた研究を行っている人がたくさんいるらしい。だが、現実のアメリカは21世紀にもう一度苦境に陥るような気がする。アメリカは自由を強く信奉し、ヒト、モノ、カネが自由に行き交うシステムを世界中に張りめぐらせている。この点だけを取り上げれば、アメリカは最も進んだシステム思考の持ち主かもしれない。

 ところが、ヒト、モノ、カネのシステムは、それらの要素を全てデータに還元する情報システムによって支えられている。また、本来のシステム思考は、システム全体の調和を目指すべきであるが、アメリカのシステムはアメリカの国益を最優先する。最近流行りのビッグデータはそのための方便だ。そういう意味で、アメリカの関係知はエセ関係知であり、いつかシステム内で亀裂が生じて、憂き目を見ることになるかもしれない(以前の記事「ドネラ・H・メドウズ『世界はシステムで動く』―アメリカは「つながりすぎたシステム」から一度手を引いてみてはどうか?」を参照)。

 一方の日本も、21世紀中に再び停滞を味わうに違いない。日本の場合は、今頃になって要素還元主義に回帰する傾向が見られる。最近は下火になったかもしれないが、私が就職活動をしていた2000年代前半は、ビジネス界でロジカルシンキングが大流行していた。就活生もビジネスパーソンも、ロジックツリーを一生懸命作っていた記憶がある(企業の利益を増やすためには、売上高を増やすか、コストを減らすかのいずれかである。そして、売上高やコストを構成する要素は・・・といった具合に)。だが、ロジックツリーは、まさしく要素還元主義的な手法である。

 もともと日本人は、現象を分割することが苦手であり、要素がごちゃごちゃに混ざり合った状態のままで認識する傾向がある。西欧人はこの世を二項対立で把握するのに対し、日本人は二項「混合」のままで把握する(以前の記事「齋藤純一『公共性』―二項「対立」のアメリカ、二項「混合」の日本」を参照)。これを著者は「根本知(伝統知)」と呼び、分割知よりも前時代的だとする。
 禅者鈴木(大拙)は著書のなかで東洋と西洋の区別をベースの思考の違いでとらえていた。後者の知は、きちんと「ものをわけて知ろう」とする「分割的知性(分割知)」であり、一方、前者の知は、できごとを明確に知ることに重点がおかれるのではなく、「あいまいなままで理解しよう」とする「根本知」であるとした。
 根本知と関係知は、区別が非常に難しい。いずれも、物事を全体としてとらえる点では共通している。しかし、根本知は事象の分割を最初から諦めているのに対し、関係知は事象をいったん分割した上で、それらを再統合する。両者が決定的に異なるのはこの1点である。現在の日本は、実は未だに根本知の社会であって、今さらながら分割知を経ることで、関係知に至る準備をしているのかもしれない。だとすると、分割知の期間は日本が苦しむことになるだろう。

 話がかなり脱線するが、今年のプロ野球はセ・リーグとパ・リーグの実力差が如実に表れた。交流戦ではセ・リーグがパ・リーグに大きく負け越した。パ・リーグでは西武・秋山やソフトバンク・柳田など、強打者が次々と台頭しているのに、セ・リーグの各チームは貧打にあえいでいる。セ・リーグはパ・リーグの2軍とまで言われている。セ・リーグがここまで弱体化したのは、実は何でもかんでもデータに還元する分析主義のせいではないかと思っている。

 データ偏重になると、練習量が減る。データ野球というと野村克也氏が思い浮かぶが、野村氏が楽天の監督だった頃、楽天のキャンプを見た落合博満元中日監督は、楽天の練習時間が短いことに驚いた。かたや中日の練習時間は、12球団一長かった。落合氏は、選手の身体を極限まで動かすことで、自分の身体がどういう状況の時にどんな反応をするのか、選手に文字通り身体で覚えさせようとした。このように、野球には、データにはならないが大事なことがたくさんある(私は野球未経験者なので、それが具体的に何かを表現できないのが残念だが)。

 本当のことを言うと、データ主義で先行したのはパ・リーグである。日本ハムには、選手のパフォーマンスを定量的に評価するシステムがある。年俸の割にパフォーマンスが高い若手選手を発掘し、逆に年俸が高止まりしているベテランをFAやトレードで放出して、チームの新陳代謝を図っている。また、ソフトバンクの選手は全員がiPadを持ち、対戦相手のデータを常にチェックしている。だが、パ・リーグの強さの秘密は、データ主義ではないと思う。そこに何かプラスアルファの要因を統合しているから強いのである(またしてもその「何か」を上手く説明できないのだが)。




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