2017年07月30日
【城北支部国際部】「ここがポイント!”地方のインバウンド誘致”と”越境EC”」 ~現場での支援事例に基づく現状、課題、未来~(セミナーメモ書き)
私が所属する(一社)東京都中小企業診断士協会国際部で、診断士向けにセミナーを開催した。主催者側の私が言うのもおこがましいが、正直に言って、東京協会の理論政策更新研修よりも面白かったと思う(先日受講した理論政策更新研修のひどさは「東京都の中小企業向け補助金・助成金など一覧【平成29年度】」で書いた)。セミナーで勉強になったことのメモ書き。
【講演①】非観光地域におけるインバウンド誘致の取り組み
(東京都中小企業診断士協会 城北支部国際部 小沢智樹会員)
・人口に対する外国人観光客数の比率は、フランスが134.5%で群を抜いているが、先進国の多くは大体40~50%となっている。2016年の訪日外国人旅行者数は2,403万9,000人であり、人口に対する比率は18.9%である。ドイツの人口に対する外国人観光客数の割合は42%であり、仮に日本がドイツの比率を目標にすると、訪日外国人旅行者数は5,300万人となる。現在、政府は2020年までに訪日外国人旅行者数を4,000万人に増やすという計画を立てているが、必ずしも非現実的な数字とも言えないようである。
旅行収支の対GDP比を見ると、アメリカやドイツが1.1%となっている。2016年の日本の旅行収支は1兆3,391億円であり、GDP約537兆円に対する割合はわずか0.2%である。これを、アメリカやドイツ並みに引き上げるとすると、旅行収支は約5兆4,466億円となる。政府の目標は2020年時点で8兆円であるから、こちらはかなりストレッチした目標であると言える。
・政府は2014年度から「地方創生関係交付金」を設けており、2016年度は「地方創生推進交付金」(1,000億円、事業費ベース2,000億円)を実施した。本交付金の目的は、①しごと創生、②地方への人の流れ、③働き方改革、④まちづくりの4つであり、①の一環として観光に注力することとなっている。いわゆるゴールデンルートと呼ばれる東京、京都、大阪(+富士山)に加えて、地方への観光を促進するのが目的である。具体的には、地域の「稼ぐ力」向上のため、様々な連携を図りながら地域経済全体の活性化につながる観光戦略を実施する専門組織として、日本版DMO(Destination Marketing/Management Organization)を確立し、これを核とした観光地域づくりを行う。また、地場産品を戦略的に束ね、安定的な販路開拓・拡大に取り組む地域商社を核に、地場産品市場の拡大、地域経済の活性化を目指している。
交付金の額が大きい都道府県は、上位から順番に、北海道(65億円)、長野県(37億円)、熊本県(29億円)、茨城県(28億円)である。北海道の交付金が高いのは、市町村の数が多いためだ。熊本県、茨城県の交付金が多いのは、震災復興の意味合いがあるのかもしれない(ただし、東北地方の交付金はそれほど大きくないので、震災復興という観点のみで交付金の多寡を判断することは難しい)。都道府県民1人あたりの所得に対する都道府県民1人あたりの交付金の割合を見てみると、上位から順番に、高知県(20%)、鳥取県(18%)、東京都(16%)、富山県(13%)となっている。意外なことに、地方創生と言いながら、東京都の交付金も多い。
・現在、観光庁には「日本版DMO候補法人登録制度」というものがある。これは観光庁を登録主体として、日本版DMOの候補となり得る法人を「登録」し、登録を行った法人、およびこれと連携して事業を行う関係団体に対して、関係省庁が連携して支援を行うことで、各地における日本版DMOの形成・確立を強力に支援する制度である。登録を目指す法人は、日本版DMO形成・確立計画(形成計画)を作成し、地方公共団体と連名で観光庁に提出する。形成計画は、科学的アプローチによる観光地域づくりを重視している。すなわち、戦略に基づいてマーケティング/マネジメントを実施し、効果をKPI(Key Performance Indicator:重要業績指標)を用いて測定するということである。観光庁の審査を通ると、日本版DMOとして登録される。現時点で、広域連携DMO6件、地域連携DMO67件、地域DMO72件の計145件が登録されている。
・本講演のテーマは”非観光地”におけるインバウンド誘致である。観光地の定義は難しいが、Wikipediaの「日本の観光地一覧」によると、384市区町村が観光地に該当するそうだ。日本の市区町村は全部で1,741であるから、残りの1,357市区町村が非観光地ということになる。近年はニューツーリズムがブームになっており、エコツーリズム、スポーツツーリズム、グリーンツーリズム、メディカルツーリズムなど、様々な旅行形態が存在する。言い換えれば、地域の資源は何でも観光資源になり得る可能性を秘めている。
講師はある自治体において、田園、大きな橋、サッカー、モニュメント、特攻機という資源に注目した。ところが、インバウンダーの約8割はアジア人(その大半は中国人)である。田園風景はアジア人にとって珍しいものではない。大きな橋に関しては、中国の方がよっぽど長けている。サッカーはアジアではあまり人気がない。モニュメントを見ても、観光客はそれに特別な価値を感じない。特攻機は、アジアでは歴史のタブーに触れてしまう。逆に、インバウンダーにとって受けがよかったのは、神社、嫁入り船、海岸線、お祭りだったそうだ。
・講師が非観光地でインバウンダーのニーズ調査を行った結果解ったのは、彼らは実は純粋なインバウンダーではないということであった。調査対象者の中には、もちろん欧米人もいたが、日本に住んでいる留学生や研修生が多かった。そして、彼らが本国から家族や親戚を呼び寄せているケースもあった。初めて日本を訪れる外国人を、いきなり非観光地に向かわせるのは非常にハードルが高い。そうではなく、日本に住んでいてある程度日本のことを解ってる人をまずはターゲットにする。そして、彼らの家族や親戚と一緒に来てもらうことで、徐々に観光客を増やすのが有効ではないかというのが講師の見解であった。
なお、講師はその非観光地をPRするのに、「日本政府観光局(JNTO)」のHPを利用した。合わせて、観光案内所にチラシを配布した。HPに関して言うと、外国人向けのHPは観光地の特徴を解りやすく伝えようとシンプルにしがちであるが、外国人旅行客は事前にディープな情報を研究して訪日するケースが多いため、情報は惜しみなく出した方がよいとのことであった。
【講演②】越境ECの現状と今後の課題について
(越境EC総研合同会社 代表 中川泰氏)
・講師は越境ECのコンサルティングで数多くの企業を支援してきた方である。越境ECは今ブームになっているが、越境ECで儲かっている企業は実はほとんどないという。儲かっているのは、モールを運営するAmazon.comと、商品を運ぶ日本郵便だけだそうだ。だから、越境ECを始めようと思う方は、もう少し慎重に戦略を練った方がよい。
講師のところに相談に来る方は、「中国で商品を売りたい。売れれば何でもよい」、「とにかくAmazon.comに出店したい」と言うケースがあまりに多いらしい。国・地域やチャネルを決める前に、何を売るか=商品を決めるのが先である。時折、「日本で売れないから海外で売りたい」という方もいるのだが、日本で売れないものは海外でも売れない。日本で売れるものがやはり海外でも売れる。だから、日本で自信を持って販売しているものを、越境ECでも扱うべきである。越境ECで売れる商品には3つの特徴がある。①差別化ポイントが解りやすい、②商品のメンテナンスがしやすい、③商品名の発音がしやすい、の3つである。
①については、国によって顧客が何を重視するかが異なる。「商品のスペックが全く同じだとしたら何を重視するか?」というアンケートを取ると、アメリカ人は「安い価格」、ヨーロッパ人は「エコへの配慮」、アジア人は「ブランド」(中国人にとっては「その商品を持っていると周囲に自慢できる」ことが重要)と答える。よって、ターゲット顧客ごとに訴求ポイントを上手く変えることが大切である。なお、アメリカ人について補足すると、彼らは低価格の商品ばかりをほしがっているわけではない。低価格も重要だが、スペックの高さも重要である。つまり、コストパフォーマンスを評価している。アメリカ人は、「その商品を持っていると作業が楽になる」といった利便性を重視する。③については、日本語の商品名をそのまま海外で使用すると、その国の隠語に近い発音になることがあるので要注意である。その場合は、日本と海外で商品名を使い分けるとよい。
・越境ECを行う場合には、SNSとの導線を意識する必要がある。マーケティング理論にはAIDMAモデルに代わるAISASモデルというものがあるが、今時の外国人(特に若者)は、欲しい商品がある時にgoogleで検索しない。SNSで友達がある商品を使っている写真を見て、それがほしいと思うと、すぐにAmazonで検索する。アメリカ人の約50%は、気になった商品は直接Amazonで検索するという調査結果もあるという。よって、例えばアメリカに越境ECで商品を売りたい場合には、まず在米日本人に商品を使ってもらって、写真をInstagramに英語でアップしてもらい、アメリカ人のフォロワーに浸透するような仕掛けを行うとよい。
・商品を選んだ後に、販売先の国を決める。まずは、①その商品を使う文化がある国を選ぶ必要がある。ある企業は、和包丁を越境ECで販売しようとしたが上手くいかなかった。というのも、和包丁は定期的に砥石で研ぐ必要があるが、外国人にはその研ぎ方が解らないためである。それから、②大きなモールがあって、インターネットで商品を買う文化がある国でなければならない。さらに、③郵便事情のいい国を選択するべきである。商品の運送状況を配達先までトレースしている国は、日本を含めて世界で8か国しかない(実はアメリカは入っていない)。
インドネシアは人口が多く、ECが急成長しており、クレジットカードも普及しつつあるので、インドネシアで越境ECをしたいという人が多い。しかし、この手のマクロ指標は全くあてにならない。インドネシアは島国であり、物流事情が非常に悪いため、商品が届かないリスクが高い。よって、こういう国は除外するべきである。越境ECサイトで顧客の住所を入力させる際に、国名だけは、配達可能な国をプルダウン形式で選ばせるようにするとよい。
・商品、国、ターゲット顧客を決めたら、最後は販売サイトをどうするか決めなければならない。自社サイトで販売するという方法もあるが、自社サイトで成功している企業はほとんどないという。となると、モールに出店する方が成功確率が高い。ただし、テンセント(京東全球購〔JD Worldwide〕)やアリババ(天猫国際)は保証料や年会費で何百万円もかかる。これは、両社が出店企業からお金を取るモデルで成り立っているビジネスであるからだ。講師は、中国に越境ECで商品を売りたいと相談に来られる方に「予算はいくらですか?」と聞くのだが、大体500万円ぐらいという答えが返ってくる。その場合は、中国に進出するのは止めた方がよいとアドバイスするそうだ。これに対して、Amazon.comは、Amazonプライム会員(アメリカに約6,500万人)を収益源とするモデルであるため、出店企業はコストを抑えることができる。
・越境ECで頭を悩ますのが運賃の設定方法である。アメリカ人の約78%は、サイトに運賃が表示された瞬間に購入を諦めるというデータがある。運賃には、①送料込、②従量制、③定額制、④従価制という4つがある。①送料込は日本人には良心的に見えるものの、海外では送料が非常に安いか、商品が非常に安いかのどちらかだと思われる。よってお勧めできない。②従量制も顧客からは敬遠される傾向がある。よって、③定額制か④従価制にする。③定額制は、購買層が若い場合に有効である。④従価制は、購買層の所得が高い場合に有効である。