2014年04月15日
ギアポンプの「大東工業株式会社」―「人に人格、製品に品格あり、品格すなわち人格に通ず」(2)
(前回からの続き)
(4)【経営革新計画】大東工業は平成23年に経営革新計画を取得した。当時はリーマン・ショックの影響で売上高が2割ほど落ちており、そこから回復するためのシナリオを描いたものである。ただ、井上社長によれば、経営「革新」と言っているが、実際には経営「改善」であるそうだ。
当時の石原慎太郎知事は「革新」という言葉が非常に好きであり、一獲千金の匂いがするものでないと認定されないと言われていた。関係者の間では、東京都では「魚屋がフルーツパーラーを始める」という計画なら認定が下りるけれども、「果物屋がフルーツパーラを始める」という計画では認定が下りないと、まことしやかにささやかれていた。
井上社長は、「革新」という言葉に対してやや懐疑的である。本当にダメなところまで落ちた企業には革新が必要だろう。例えば、富士フィルムのように自社がターゲットとしていた市場が消滅したようなケースがそうである。また、革新の代表例として挙げられるビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグは皆、学生の時に起業しているが、彼らは失うものがないからこそ思い切ったことをやることができた。しかし、社員を食べさせなければならないというプレッシャーの中で、そこまでのリスクを冒すことが本当に得策かどうかは疑問だと井上社長は言う。
(5)【海外の競合他社】圧力の標準は10kg単位であり、JISにも「JIS10kg」というものがある。日本のメーカーは、10kg、20kg、30kg・・・の圧力に対応できるポンプを、1品ものであっても顧客の要望に合わせて作る。ところが、アメリカには10kgの圧力に対応した汎用品しかない(汎用品を中国の工場で安く製造している)。20kgの圧力に対応したポンプを作ってほしいとお願いすると、「そんなものは設計ミスだ」とメーカーから突き返されてしまうという。
もうちょっと話を聞いてくれるメーカーであっても、「何個ほしいのか?500台か?」と聞かれて「いや、1台だけです」と答えようものなら、「今すぐここから出ていけ」と言われてしまうそうだ。日本人は、「お客様は神様」と当たり前のように考えるけれども、アメリカ人にはそこまでの意識はない。日本人は「そこを何とかお願いします」と言ってメーカーと交渉するが、英語には「そこを何とか・・・」にあたる言葉がない。
スイスにも有力なギアポンプメーカーがあり、極めて精密な製品を作っているが、日本ではあまり販売されていない。スイス人の国民性なのか、彼らはあまりあくせくと働かない。カタログに載っているものしか生産せず、融通の利かない計画生産に従っている。だから、この製品がすぐにほしいとお願いしても、「納期は6か月先です」ときっぱり言われてしまう。アメリカもスイスもこんな状態なので、大東工業はほとんど海外のライバルがいない状態で戦うことができている。
(6)【社員教育】大東工業のモットーは、「高仕様、短納期、高価格」である。売上高に占める原材料費・外注加工費の割合は約3割であり、粗利率が非常に高い。同社は1人あたりの付加価値額が世界一になることを目指しており、しかも付加価値額をできるだけ社員に還元している。退職金は勤続40年で約2,000万円に上り、昨年の冬のボーナスは約80万円であった。この金額は、中小企業としては異例である。井上社長は、「社員の待遇をよくして、優秀な人材を集めて定着させ、大変な仕事をさせる(笑)」と述べており、この戦略を昨今何かと話題の「ブラック企業」の逆ということで、「ホワイト企業戦略」と呼んでいる。
社歴は79年と長いが、社員の平均年齢は30代である。井上社長は、「リーマン・ショックで就職難の時代にいい人材を採用することができた」と振り返っている。ただし、いたずらに規模を追うことはしない。リーマン・ショックの時にも、1人採用するのに100枚以上の履歴書に目を通した。井上社長によれば、現在は優秀な人材を採用しやすい環境にあるという。景気回復に伴う買い手市場であることに加え、ハローワークの全国ネットワークが完成したことで、全国から人材を集めることが可能になったのがその理由だという。