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『人事再生(『一橋ビジネスレビュー』2016年SUM.64巻1号)』―標準化しなければ例外は発見できない、他

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2016年08月07日

『人事再生(『一橋ビジネスレビュー』2016年SUM.64巻1号)』―標準化しなければ例外は発見できない、他


一橋ビジネスレビュー 2016年SUM.64巻1号: 特集 人事再生一橋ビジネスレビュー 2016年SUM.64巻1号: 特集 人事再生
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2016-06-10

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○ミドルマネジャーの戦略的役割(西村孝史、西岡由美)
 本論文は、ミドルマネジャーの役割を①組織運営、②部下育成、③情報伝達、④例外対応という4つに分け、企業業績への影響を分析したものである。その結果、財務パフォーマンスを有意に高めるのは、③情報伝達のみであったという。これは、我々の直観とはやや反する見解である(なお、②部下育成は、若手社員の離職率を有意に抑制することが判明している)。

 また、論文の著者は、マイケル・ポーターの3つの競争戦略について、戦略実現のカギを握る最も重要なミドルマネジャーの役割を1つずつ想定している。その仮説とは次の通りである。
 (A)コストリーダーシップ戦略=組織運営(組織を効率的に運用することでコストを低減する)
 (B)差別化戦略=部下育成(競合他社と差別化された高品質の製品・サービスを製造・提供するには、社員の能力を高める必要がある)
 (C)集中(ニッチ)戦略=情報伝達(限られた経営資源を特定の分野に集中投下するためには、ビジョン、戦略、計画などに関する情報が素早く伝達されなければならない)

 だが、この仮説についても、支持されたのは(B)だけであったと結論づけられている。①組織運営に関しては、次のように述べられている箇所がある。
 特に今回の分析で取り上げた企業が1部上場の大企業であることから、組織管理による巧拙が影響を与えるということはないのであろう。組織管理の役割は、どの企業や組織にとっても必要な基礎的な役割であり、組織パフォーマンスを向上させるための必要条件であることを想定させる。つまり、競合他社と比べて同程度である必要はあるが、一定以上に組織管理を向上させても組織パフォーマンスに結びつくわけではない。
 そもそも、本論文における①組織運営の定義は、あまりはっきりしていない。私なりに解釈すれば、①組織運営とは、「社員の能力をレバレッジする仕組み」、「社員に能力以上のことをさせる仕組み」を構築することである。このように考えると、①組織運営と②部下育成は完全な独立関係にあるのではなく、前者が後者を下支えしている関係になる。言い換えれば、①のレベルによっては、②は大きく促進されることもあるし、逆に大きく阻害されることもある。

 ポーターの3つの競争戦略も、個人的にはあまり出来のよい分類だとは思わない。低コストも差別化の一種であるし、ニッチ市場で勝負するのも、競合他社との明確な差別化によって強力な参入障壁を作ることである。結局、企業は競合他社と差別化するために戦略を立てるわけである。上記の(B)が支持されたのであれば、企業はすべからく②部下育成に注力しなければならない。そして、その②部下育成は、①組織運営とは切っても切り離せない関係にある。よって、①組織運営はマネジャーの重要任務である。必要条件ではなく、成否を分ける条件である。

 『一橋ビジネスレビュー』に寄稿する研究者は、ミドルマネジャーの役割のうち、③情報伝達をとりわけ重視する傾向があるように思える。例えば、『一橋ビジネスレビュー』2014年SUM.62巻1号では、一橋大学が長年行っている「組織の<重さ>」の研究結果が紹介されていた。その要点を簡単にまとめると、以下のようになる。

一橋ビジネスレビュー 2014年SUM.62巻1号: 日本企業の組織と戦略一橋ビジネスレビュー 2014年SUM.62巻1号: 日本企業の組織と戦略
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2014-06-13

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 (ⅰ)ミドルマネジャーはトップマネジメントからのビジョンや戦略を現場で実行可能な計画に落とし込んで伝達する時、組織が<軽く>なる(=組織パフォーマンスが高くなる)。
 (ⅱ)情報の伝達には公式なチャネルを使い、非公式なチャネルはあくまで補完的に用いる必要がある。非公式なチャネルが増えると組織が<重く>なる(=組織パフォーマンスが下がる)。
 (ⅲ)業務を標準化することで、組織を<軽く>することができる。
 (ⅳ)ミドルマネジャーが新規事業やイノベーションのアイデアを主体的に考えて上層部に提案する行為は、組織を<重く>するリスクがある。

 一橋大学の研究者たちは、トップが命令を出し、それをミドルマネジャーが咀嚼・具体化して現場に伝達し、現場社員は標準化された業務を行う、という組織を高く評価しているように見える。しかし、これはまさしく、官僚組織のことではないだろうか?

 私も本ブログで組織の多重構造を支持し、業務の標準化や仕組み化を推奨しているから、官僚組織を擁護する立場ではないかと思われるかもしれない。だが、私は山本七平の言葉を借りて、日本の組織では部下が上司に「下剋上」を行うと書いてきた。部下は上司に向かって堂々と代案を提案する。とはいえ、部下には上司を蹴落とす意図はない。むしろ、部下の立場にあるからこそ、自由に提案ができる。欧米では、部下が上司に意見することは、上司の立場を脅かすことを意味するから考えにくい。他方、日本の場合は、部下が「こうした方がいいのでは?」と提案すると、心ある上司は「じゃあ君がやれ。責任は自分が取る」と言ってポンと任せてくれる。

 欧米の組織論では、ワンマン・ワンボスが大原則とされる。しかし、根回しや合意を重視する日本組織の場合、下剋上を果たそうと思ったら、様々な部門に話を持っていく必要がある。だから、ワンマン・ツーボス、場合によってはワンマン・スリーボスなどが出現することも珍しくない。欧米から「マトリクス型組織」という組織形態が日本に輸入された時、欧米がそれまでのワンマン・ワンボスの原則を捨てて、ワンマン・ツーボスのルールを導入したことが話題になった。ところが、日本ではそれよりも前から普通に複数の上司を持っていたのである。

 官僚組織は、セクショナリズムが横行するという弱点がある。だが、日本組織では新卒一括採用による同期社員のつながりや、ジョブローテーションなどの慣行によって、横の関係も保たれている。部門間の連携も比較的頻繁に行われる。縦方向への移動の自由度の高さに加えて、横方向にも自由に移動できるのが日本組織の大きな特徴である。

 それなのに、欧米の方が経営の合理化が進んでいるという理由で新しい組織形態を採用し、社員の専門化を進め、個人プレーを助長する成果主義を導入したために、日本企業はおかしくなったと思う。ある中堅製造業では、企業の成長に伴い、それまでの組織から事業部制に移行した。ところが、事業部制になった途端、収益性が悪化したという。移行前は、ある製品の製造ラインで人手が足りなければ、別の製造ラインに応援を要請することができた。しかし、事業部制になったことで、社員をライン間で動かすには人事部の決裁が必要となり、自由がきかなくなった。この企業は、よかれと思ってやった経営改革で、自社の強みを消してしまったのである。

 本論文が④例外対応を軽視している点も引っかかる。新しい戦略やイノベーションの構想には、従来の業務では対処しきれない例外の発生がヒントとなることが多い。ピーター・ドラッカーは『イノベーションと起業家精神』の中で7つのイノベーションの機会を挙げているが、最初に登場するのが「予期せぬ成功/失敗」であり、これが最もリスクが低いと指摘されている。

 何が予期せぬ成功/失敗であるかを判断するためには、組織としての標準が確立されている必要がある。それがなければ、何が想定外なのかを識別できない。先ほどの「組織の<重さ>」研究では、標準化の重要性が強調されている。ただし、その標準化は、単に組織を軽くする=業務を効率化するのではなく、創発的な戦略の発生を促すものでなければならないと思う。

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○「すりかえ合意」行動と高年齢者・障害者の労働力均衡(高木朋代)
 「すりかえ合意」とは、本当は「自分はこうしたい」という欲求を持っているにも関わらず、周囲が自分に期待していることを汲み取って、本意ではない合意を結び、その後にその合意が社会的な視点から見て合理的であったと理由づけするような合意のことである。

 例えば、60歳を迎える社員が就業規則通り定年退職するか、再雇用してもらうかを選択するケースを想定してみる。その社員の評価は、長年に渡るその企業内での仕事を通じて様々な人の頭の中に蓄積されている。仮に本人が再雇用を望んだとしても、その人が周囲の社員の顔を思い浮かべ、自分がそれほど社内で評価されていないことを知っていたら、定年退職を選択するだろう。その後、会社は社員の若返りを図っている最中だったから、自分が定年退職して後進に道を譲ったのは正しかったと正当化するわけである。

 自分の希望よりも周囲の評価を気にして意思決定をするというのはいかにも日本人らしいが、本論文によれば、イギリスでも同様の「すりかえ合意」が見られるという。しかも、高齢者の再雇用をめぐる局面だけでなく、障害者雇用においても「すりかえ合意」が観察される。「すりかえ合意」によって、図らずも再雇用されることになった高齢者や、当初の自分の希望とは異なる職種に就いた障害者の例が紹介されている。著者は、このような「すりかえ合意」をネガティブに評価してはいない。むしろ、「すりかえ合意」があることによって、高齢者や障害者の雇用に関して、労働力均衡が図られると期待してる。ただし、1つ問題がある。
 これらの日本の高年齢者、イギリスの高年齢者・障害者に共通することとは何であろうか。要点をまとめると、それは、職場、学校、家庭で「手を尽くしてもらってきた、自分は大切にされてきた」と実感しており、ここに至るまでの自分のキャリアに関する自己肯定的なイメージを持っていることである。そうした心性が、野心や利己心に基づく行動ではなく、公正理念やバランス感覚に基づく協調的な行動を導いていると考えられる。
 職場、学校、家庭で自分は大切にされてきたと感じている高齢者や障害者は果たして多いのか少ないのか?家庭で虐待を受けている障害者はどのくらいいるのか?学校でいじめを経験した障害者はどのくらいいるのか?勤め先でいじめに相当する扱いを受けた中高年社員はどのくらいいるのか?これらの数値をインターネットで検索したものの、すぐにはいい情報が見つからなかった。仮にこれらの数字が高ければ、著者の前提条件は崩れてしまう。




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