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【ベンチャー失敗の教訓(第10回)】自社ができていないことを顧客に売ろうとする愚かさ

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2013年03月24日

【ベンチャー失敗の教訓(第10回)】自社ができていないことを顧客に売ろうとする愚かさ


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 前回の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第9回)】額縁に飾られているだけの行動規範」で紹介した5つの行動規範のうち、「体現主義を貫くことで深い信頼を築く」だけは表面的にすら実行できていなかった。X社は様々な研修を提供していたが、「体現主義を貫く」と言うからには、研修で教えている内容がX社でも実践できている必要がある。だが、実態はそうではなかった。

 「組織営業研修」ではチームセリングの重要性を説いていたが、たった4、5人ぐらいしか営業担当者がいないにもかかわらずお互いの仲が極端に悪く、個人プレーに走っていた。また、この研修では、自社にとって重要な顧客についてアカウントプランを作ることを勧めていたが、X社のクライアントについてアカウントプランを作ったことはない。ある時、X社の売上に対して大きな比重を占めるクライアントから、「我が社についてのアカウントプランをX社の方で作ってくれないか?」と逆提案を受けたことがあるにもかかわらず、A社長はそれを無視するありさまであった(ちなみに、そのクライアントを担当していたのは私だった)。

 X社は世代別の「キャリア開発研修」を売りにしており(といっても、実際のところ売上に占める割合は低かったが)、講師陣はほとんどキャリアカウンセラーの資格を持っていた。しかし、彼らがX社の若い社員を対象にキャリア開発の支援を行ったことはない。コンサルティングファームの出身者が前職で使っていたキャリアパス説明用のA4の用紙1枚をX社用に少しだけ手を加えたものが、標準的なキャリアパスとしてX社の社員に提示されただけである。ある時、人事部長の発案で四半期ごとの面談制度が導入されることとなり、キャリア開発支援の絶好のチャンスになるはずであったが、肝心の制度自体がわずか1四半期で頓挫してしまった。

 「キャリア開発研修」がキャリア開発を行う本人を対象とした研修であるのに対し、キャリア開発を支援する側の人を対象とした研修として「メンタリング研修」があった。だが、ここまでの流れから察しがつく通り、メンタリング制度などX社にはなかったし、非公式にメンターが存在したことすらない。それにもかかわらず、X社はメンタリング制度の設計・導入・運営のコンサルティングをクライアントに提案し、そこからメンタリング研修の受注につなげようとしていた。

 うつ病の増加が社会問題化し、メンタルヘルス・マネジメント検定試験が実施されるようになったことに合わせて、「メンタルヘルスマネジメント研修」がeラーニング形式で提供されたこともある。ところが、私の5年半の在籍期間中に、3社合計で少なくとも4人のうつ病患者を出してしまった(そのうち1人は退職後に自殺している)。3社の社員数は最大で50人ちょっとであったから、罹患率は約8%である。なお、うつ病の”生涯”罹患率は6.5~7.5%とされているから(※)、5年半で約8%という数値がいかに高い数値であるかお解りいただけるだろう。

 私が知る限り、うつ病以外にも、ストレスが原因と思われる腎臓結石で入院した人が3人、同じくストレスに起因すると考えられる気管支炎に長い間悩まされた人が2人、自律神経失調症になった人が1人と、メンタルヘルスマネジメントは全く行われていなかったと言ってよい。

 私は、どんな製品・サービスであっても、その最初の顧客は自社の社員であるべきだと思う。自社の社員が納得し、愛用し、価値を感じることができてこそ、顧客にも自信を持って提案できるというものだ。アップルが新製品を発表する時にいつも自信満々だったのは、競合他社の既存製品に不満タラタラであったスティーブ・ジョブズが、自分だったらどういう製品がほしいかを徹底的に考え抜き、シンプルで解りやすい答えを発見したからであろう。そして、多くの人がジョブズのプレゼンテーションに惹きつけられ、実際に製品を手にしたのである。これとは逆に、自社でできていないことをクライアントにやらせようとするのは、効果が実証されていないサービスを「効果があります」と言い切って押しつけるようなものであり、はなはだ詐欺的である。

 私自身は5年半の間に、これまで述べてきた研修をクライアントに提供したことはない。私がクライアントに提供していたのは、実は「ビジネスプロセス改革(BPR:Business Process Reengineering)研修」1種類しかない。

 私が入社後に最初にアサインされたコンサルティングプロジェクトが、ある製造業のBPR案件であった。しかし、マイケル・ハマーの『リエンジニアリング革命』で読んだ程度の知識しかなかった私は、現場でその知識をどうやって使えばよいのか戸惑っていた。私が失意のままプロジェクトを終えた頃、実はX社にBPR研修があることを知り、その中身をのぞいてみた。すると、まさにプロジェクトで必要だったノウハウが詰まっていたのである。「この研修を受けていれば、プロジェクトでもっと高い成果が上げられたのになぁ・・・」という後悔が私を襲うと同時に、私はこのBPR研修にすっかり惚れ込んでいた。だから、BPR研修”だけ”を売り続けたのである。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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(※)厚生労働省「うつ対策推進方策マニュアル-都道府県・市町村職員のために-」を参照。




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