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『正論』2017年10月号『日本は北朝鮮と戦わないのか/傲る中国』―朝鮮半島の北が資本主義国家、南が社会主義国家になる可能性?
【ドラッカー書評(再)】『ネクスト・ソサエティ』―ドラッカーが「資本主義よりも自由市場経済を支持する」と述べた理由

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2017年10月03日

『正論』2017年10月号『日本は北朝鮮と戦わないのか/傲る中国』―朝鮮半島の北が資本主義国家、南が社会主義国家になる可能性?


月刊正論 2017年 10月号 [雑誌]月刊正論 2017年 10月号 [雑誌]
正論編集部

日本工業新聞社 2017-09-01

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 《参考記事》
 ○日本にとっては、朝鮮半島は南北分裂の現状維持がベスト。
 『「慰安婦」戦、いまだ止まず/台湾は独立へ向かうのか/家族の「逆襲」(『正論』2016年3月号)』―朝鮮半島の4つのシナリオ、他
 『トランプ大統領/進まぬ憲法改正/「生前退位」でいいのか/「死刑廃止」宣言(『正論』2017年1月号)』―朴槿恵問題は一歩間違えば朝鮮半島の”革命”を引き起こしていた、他

 ○朝鮮半島が社会主義国として統一される可能性がある。
 『巨頭たちの謀事/朴槿恵政権崩壊(『正論』2017年2月号)』―ますます可能性が高まった「朝鮮半島統一」に対してどう対処すべきか?
 『愚神礼讃ワイドショー/DEAD or ALIVE/中曽根康弘 憲法改正へ白寿の確信(『正論』2017年7月号)』―日本は冷戦の遺産と対峙できるか?

 ○アメリカが中国と手を組んで日本のはしごを外したら、ロシアと手を結ぶべき?
 『非立憲政治を終わらせるために―2016選挙の争点(『世界』2016年7月号)』―日本がロシアと同盟を結ぶという可能性、他
 『小池劇場と不甲斐なき政治家たち/北朝鮮/憲法改正へ 苦渋の決断(『正論』2017年8月号)』―小池都知事は小泉純一郎と民進党の嫡子、他

 一介の経営コンサルタントが書くアジア情勢に関する記事など、上記のように矛盾だらけで取るに足りない内容が多いのだが、その矛盾をさらに複雑にしかねない記事をこれから書くことをどうかご容赦いただきたい。ブログ別館の記事「牧野愛博『金正恩の核が北朝鮮を滅ぼす日』―アメリカも北朝鮮も本気で戦争をする気はないと思う」では、アメリカが北朝鮮の報復を抑えるために制圧すべき拠点、ミサイル基地などが膨大な数に上るため、アメリカは本気で北朝鮮を攻撃することはできないと書いた。しかし、本号には次のような記述があった。
 主戦論の民間における主唱者、ジョン・ボルトン元国連大使は、作戦計画をある程度知る立場から、ソウルに向けた北の高射砲群を大部分一斉破壊することは、「なしうる」(doable)と強調している。
(島田洋一「アメリカの深層 第26回 まさに開戦の時―」)
 現在、韓国には20万人強のアメリカ民間人や在韓米軍人の家族が滞在している。そのことを理由に米軍の攻撃開始はない、という見方をする向きも少なくない。自国民間人の命を危険にさらしてまで、米軍は攻撃を始めないし、始めるときは、彼らを退避させるはずだ、という理屈だ。また、日本に住む在日米軍人家族を含む米国人も退避させない限り、軍事攻撃はないと見る人もいる。

 本当だろうか。筆者は、彼らの退避はなくとも攻撃は始まり得ると考える。そのための手段があるからである。簡単に言えば、奇襲攻撃だ。(※この後、具体的な奇襲攻撃の説明が続くが、軍事面の詳細な話に入るため割愛する)
(香田洋二「アメリカが北朝鮮を攻撃しない理由は初めからない」)
 以前の記事「『北朝鮮”炎上”/日本国憲法施行70年/憲法、このままなら、どうなる?(『正論』2017年6月号)』―日本はアメリカへの過度の依存を改める時期に来ている」で、アメリカは北朝鮮の軍事力が上がるのを敢えて待っているのではないかと書いた。北朝鮮の軍事力が中途半端なままでは、インテリジェンス頼みのアメリカは十分な情報が収集できず、適切な対北戦略が立てられない。北朝鮮の軍事力が上がってくれば、巨大化した北朝鮮の基地を衛星写真で正確に知ることができるし、またサイバー攻撃を仕掛けて北朝鮮の機密情報を大量に入手することも可能になる。これらの情報に基づいて、様々な選択肢を検討しながら、北朝鮮を短時間で一気に潰す戦略を構想する。上記の引用文は、その戦略が相当程度まで完成していることを意味し、同時にやはりアメリカはこれまで時間稼ぎをしていたのだと私は感じた。

 朝鮮半島をめぐる各国の思惑を私なりに整理してみると以下のようになる。

 ・アメリカ・日本=北朝鮮を非核化する。南北分裂はそのままとし、現状維持を目指す。

 ・北朝鮮=核の恫喝によってアメリカから体制の維持を認めてもらう。というのは建前であって、実際には、アメリカをICBMで牽制しながら韓国を攻撃し、最終的には朝鮮半島を社会主義国家として統一したいと目論んでいる。

 ・韓国=北朝鮮を非核化する。だが、これもまた建前であって、左傾化が著しい韓国は、実は北朝鮮と一緒になりたいと願っている。文在寅大統領が、国連の制裁決議が通った後で、北朝鮮に対して人道支援を行ったのは、文大統領が左傾化していることの表れである。統一国家は親中国家となる。アメリカとの同盟は放棄する。北朝鮮の核に韓国の資金を投入して、強力な核保有国となる。共産主義の38度ラインを朝鮮半島の南まで押し下げて日本と対立する。

 ・中国・ロシア=香田洋二「アメリカが北朝鮮を攻撃しない理由は初めからない」では、中国・ロシアも北朝鮮の非核化には賛成しており、金正恩体制を崩壊させないのであれば、アメリカの軍事攻撃をギリギリ容認するだろうと書かれていた。しかし、中ロは、金正恩体制が存続さえしてくれれば、国際世論のほとぼりが冷めた頃に再び北朝鮮の核開発支援を再開するに違いない。日本では、北朝鮮の暴走に中ロが手を焼いていると報道されることが多いものの、中ロとしては、朝鮮半島に核保有国を作り、将来的には日本を奪取したいというのが本音である。

 こうして見ると、朝鮮半島に核保有国を誕生させたがっている国の方が多いことが解る。朝鮮半島の核保有国を容認すると、いわゆる「核ドミノ」が発生する恐れがある。具体的には、まず朝鮮半島の核に反応して日本が核を保有する。それにつられて、東南アジア諸国も朝鮮半島や中国の核に対抗するために核の保有を目指す。こうなると、核拡散防止条約(NPT)は事実上骨抜きになる。NPTに関しては、既にインドという例外を作ってしまっている以上、さらなる例外の発生は避けたいところである。それに、核保有国が増えることは、先般成立した核兵器禁止条約の流れにも逆行することになる。だから、何としてでも北朝鮮を非核化しなければならない。

 北朝鮮を非核化するには、①外交による解決と②軍事的手段の2つがある。まず、外交による解決だが、アメリカと北朝鮮が直接対話をする。アメリカは北朝鮮に対して核の放棄を迫る代わりに、北朝鮮はアメリカに対して金正恩体制の維持を約束させる。だが、北朝鮮の要求はこれだけにとどまらないであろう。前述の通り、北朝鮮の真の狙いは南北統一であるから、北朝鮮は韓国との戦いを優位に進めるため、在韓米軍の撤退を要求する。これは、アメリカとしては到底呑める条件ではない。ただ、韓国の文大統領がアメリカの意向に反して左傾化している現状を踏まえると、アメリカが韓国を捨て石にする可能性もゼロではない。朝鮮半島の非核化の価値と、米韓同盟の価値を天秤にかけた場合、アメリカは前者を選択するかもしれない。

 しかし、そもそもこの交渉は決裂するリスクが高い。
 仮に外交交渉等の非軍事的手段で北朝鮮の核ミサイル開発と使用を一時的に合意した場合、続く核ミサイル放棄交渉において北朝鮮が全面放棄に同意すれば本件は一件落着であり、正に万人の望む結果となる。問題は北朝鮮が同意しない場合であり、その際に次の交渉カードは最早残っていない。

 今述べた、交渉にこぎつけたものの核ミサイル廃棄交渉が決裂した場合及び現在の状況である北朝鮮との対立が続き、問題解決の糸口が見つからない場合の両ケースにおいて、米国をはじめとする国際社会が何もしない場合には、「ズルズル」と北朝鮮の核ミサイル開発と実戦化を黙認してしまうこととなる。
(香田洋二「アメリカが北朝鮮を攻撃しない理由は初めからない」)
 それに、仮に交渉が成功して北朝鮮の核放棄に成功したとしても、繰り返しになるが、金正恩体制が続く限り、中国とロシアが再び北朝鮮の核開発の支援を行う恐れがある。

 よって、北朝鮮を完全に非核化するには、金正恩体制を完全に崩壊させるしかない。つまり、トランプ大統領が発言したように、「北朝鮮という国を完全消滅させる」しかない。アメリカは、北朝鮮がアメリカ本土に届くICBMを完成させた頃を見計らって、自衛戦争と称して北朝鮮に攻め込むであろう(日本にとっては、集団的自衛権の行使が問われる初のケースとなるだろう)。冒頭の引用文のように、短時間で北朝鮮のミサイル基地や核関連施設を封じ込める作戦が本当にあるならば、アメリカの勝利の可能性が見えてくる。アメリカが気をつけるべき点は、100万人を超えるとされる北朝鮮の人民解放軍とのゲリラ戦にズルズルと巻き込まれることだ。アメリカがゲリラ戦に弱いことはベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争で経験済みである。

 アメリカが北朝鮮を攻撃すれば、北朝鮮VSアメリカ・韓国となる。当然、中国とロシアが出てくるから、中国・ロシア・北朝鮮VSアメリカ・韓国となる。だが、左傾化した韓国はアメリカを裏切って(米韓同盟を破棄して)北朝鮮側につくことも考えられる。すると、中国・ロシア・北朝鮮・韓国VSアメリカとなり、自ずと日本はアメリカを支援しなければならない立場に置かれる(ここで集団的自衛権の行使が問われる)。中国・ロシア・北朝鮮・韓国VSアメリカ・日本の結果がどうなるかは私には予想がつかない。仮に前者のグループが勝利すれば、朝鮮半島は社会主義国家として統一されるであろう。さらに悪いことに、朝鮮半島の非核化は達成されないままとなる。

 アメリカ・日本が勝利した場合、アメリカは北朝鮮の跡地に新たな国家を建設する。朝鮮半島では、北側にアメリカ主導で新しい資本主義・民主主義国家であり非核化された国家が生まれる一方で、南側には左傾化しアメリカを裏切った韓国が存在するという構図になる。つまり、朝鮮半島は、北側が資本主義国家、南側が社会主義国家という、現在とは正反対の配置になる。そして、北側の資本主義国家は中ロと南の韓国によって抑え込まれ、南の韓国は北側の資本主義国家と日米によって抑え込まれるという図式が成立する。

 ここで留意しなければならないのは、左傾化して中ロ側についた韓国が核開発に乗り出す可能性である。韓国と中ロの間には新しい資本主義国家が存在しているため、韓国と中ロのつながりは地理的には一応分断されており、中ロが北朝鮮に対してしたような直接的な支援はやや困難になる。しかし、韓国ほどの資金と技術があれば、中ロの支援をそれほど受けなくても、独自に核を開発することが可能かもしれない。とはいえ、韓国にとって核開発は一からの開発になるから、韓国と言えども一定の時間が必要になる。アメリカや日本をはじめとする国際社会としては、北朝鮮の核開発を20年以上も放置して現在の問題を招いた過去を反省し、韓国の早期封じ込めに注力することが今後の重要な課題となるのかもしれない。

2016年09月09日

【ドラッカー書評(再)】『ネクスト・ソサエティ』―ドラッカーが「資本主義よりも自由市場経済を支持する」と述べた理由


ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまるネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる
P・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2002-05-24

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 本書は1997年から2002年にかけて各種雑誌に掲載された論文を収録したものである。ドラッカーは1909年生まれであるから、88歳から93歳の頃の論文ということになる。高齢になってもなお衰えない筆の勢いには、ただただ脱帽するばかりである。
 ある大手消費財ブランドメーカーが着手した新しい事業もある。このメーカーでは製品の6割を150の小売りチェーンを通して販売している。さらに現在、eコマースによって世界中の消費者から直接注文を取り、近くの小売店に取りにきてもらうか、小売店のほうから配達するシステムを構築中である。
 もっとも想定される流通システムは、販売のためのeコマースと配達のためのスポットとの組み合わせである。今日おそらく世界最大の小売業者は日本のイトーヨーカ堂である。セブン・イレブンをもっている。日本全国で1万店近くある。この店舗網がeコマースの配達システムとなりうる。
 2000年前後と言えば、ようやくeコマースというものが人々に認知され始めた頃である。当時、大半の論者は、eコマースの登場によって既存の小売店舗が消えると読んでいた。ところが、ドラッカーはeコマースと既存の流通チャネルが統合されると指摘した。現在の言葉で言うところの「オムニチャネル」の登場を予測していたのである。「未来学者」ドラッカー、恐るべしである。

 ドラッカーがeコマースに注目したのには理由がある。それは、1940年代半ばにコンピュータの登場によって始まったIT革命が、約半世紀の時を経て、いよいよ世界のあり方を一変させると見たからである。もちろん、この半世紀の間にも、IT革命は様々な恩恵をもたらした。だが、その大半は、従来人が手作業でやっていたことを自動化したに過ぎない。これに対して、eコマースは、モノと情報が国境を越えて自由に移動することを意味し、経済の地図を書き換える。

 最初の発明から実用的なインパクトが生まれるまでに約半世紀のタイムラグが生じるということには、過去の事例がある。18世紀後半に発明された蒸気機関である。蒸気機関は1820年頃まで、さしたる変化をもたらさなかった。既存製品の生産の機械化を可能にしただけであった。注目に値するのは、1807年に蒸気船が生まれたことぐらいである。それが一変したのは、1829年に鉄道が登場してからだ。鉄道によって、人とモノの移動範囲が大幅に広がった。

 ドラッカーは、人、モノ、金、情報、知識といった経営資源が自由に移動することを可能にするイノベーションを重視しているようである。現在、eコマースはほぼ我々の日常生活に定着したと言えるが、IT革命の本番はまだまだこれからのように思える。IoT(Internet of Things)は、世界中のあらゆるモノにセンサーを埋め込み、モノの配置、稼働、運用、保守を最適化しようとしている。そして、ここからは空想の域を出ないのだが、IT革命にはさらに続きがあると考える。それは、経営資源の中で最も動かしにくいとされる知識の移動の自由化である。

 具体的には、ある人の脳内に蓄えられた知識を、電気信号などを用いて別の人の脳にコピーするという技術が生まれるかもしれない。また、親の知識を子どもに遺伝させる技術が開発されるかもしれない。こんなものは所詮SFだと一蹴してもらっても構わない。だが、科学に疎い私ごときの人間が簡単に思いつくことであるから、世界のどこかにはこの課題について真面目に研究している人がいるかもしれない。もしもこれらの技術が実用化されれば、教育の役割や学校のシステムは大幅な見直しを迫られる。企業における訓練も変わる。我々の人生の意味も変わる。もちろん、生命倫理上の大きな、致命的な問題をはらんでいることは言うまでもない。
 私が支持しているのは資本主義ではなく自由市場経済である。うまく機能してはいないが、他のものよりはましである。資本主義に対しては重大な疑念を抱いている。経済を最重要視し偶像化している。
 ドラッカーはあるインタビューの中でこのように答えている。科学だけでなく経済にも疎い私などは、資本主義も自由市場経済も大して変わらないのではないかと思ってしまうのだが、よくよく考えるとこの2つは大きく違う。ドラッカーは第2次世界大戦中に出版した『産業人の未来』(1942年)の中で、機能する社会とは個人に「位置」と「役割」を与える社会であると述べている。

ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)
P・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2008-01-19

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 《参考記事》
 【ドラッカー書評(再)】『産業人の未来』―機能する社会は1人1人の人間に「位置」と「役割」を与える
 【ドラッカー書評(再)】『産業人の未来』―人間は不完全だから自由を手にすることができる

 位置と役割を与えるだけならば、封建制や奴隷制のように身分が固定された社会も該当するように見える。しかし、ドラッカーはここでもう1つ条件を加える。位置と役割を与えられた人間は、「自由」を発揮して成果を出すと同時に、その成果に対して「責任」を負わなければならない。この条件に照らせば、封建制や奴隷制は自由を封じられているから、機能する社会とは言えない。

 ドラッカーは、現代のように企業が中心となるより前の商業時代には、自由市場経済が社会を機能せしめていたと述べている。具体的にどう機能していたのかは『産業人の未来』の中にもそれほど記述がないのだが、私は次のような単純な話ではないかと考えている。自由市場経済においては、あらゆる人が買い手となるだけでなく売り手となる。売り手は自分が生産したものを市場で販売する。売り手は買い手に直接選ばれることによって、自らの位置と役割を確認できる。売り手が何をどのように生産するかは、その人の自由である。しかし、市場でものが売れたかどうかという結果に対しては、全ての責任を持たなければならない。

 自由市場経済に対して、資本主義では資本家が生産手段を独占する。社会において意味を持つのは資本家のみである。労働者は自由に働くことができず、資本家が設定した生産量のノルマを達成できなければ厳しい罰が与えられる。資本家自身は自由に振る舞う一方で、労働者を極限まで搾取しては、責任を全て労働者に転嫁する。それでいながら、富は資本家が囲い込む。労働者は社会から疎外されている。これでは機能する社会とは到底呼べない。マルクスの共産主義は、このような資本主義の弱点につけ込んで、労働者に位置と役割を与えようとした。

 しかし、共産主義は成功しなかった。ドラッカーによれば、20世紀に成功したのはマネジメントの方であった。マネジメントは、単に企業の経営者を意味する言葉ではなく、企業が中心となった現代の組織社会において、1人1人の労働者に位置と役割を与える社会的機関(器官)であるとされた。さらに、働く者にとって追い風となる重要な出来事があった。1つ目は、企業の社員が年金基金に給与の一部を拠出し、さらにその年金基金が企業に投資することによって、社員が企業を所有する資本家となったことである。この点は『見えざる革命』に詳しい。

見えざる革命―来たるべき高齢化社会の衝撃 (1976年)見えざる革命―来たるべき高齢化社会の衝撃 (1976年)
P.F.ドラッカー 佐々木 実智男

ダイヤモンド社 1976-06-24

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 《参考記事》
 【ドラッカー書評(再)】『見えざる革命』―本当に「社会主義」的に運用されてしまったアメリカの企業年金(1)(2)

 ただ、参考記事でも書いたように、社員兼資本家となった人が、投資先の企業に対してどのように影響力を及ぼすことが可能になるのかについては、あまり十分に論じられていないと感じる。日本でも、厚生年金と国民年金の運用を年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が行っており、安倍政権の意向で、日本国内の上場企業に対する投資の割合を増している。しかし、この動きによって、我々日本人がそれらの企業に対して、何かできるようになったわけではない。

 それよりも重要なもう1つの変化は、知識という資本が重要になったことである。知識労働者は労働者であると同時に、正真正銘の資本家である。知識労働者は、自らの資本である知識を自由に使うことができる。ただし、その使い方や成果に対しては責任を持たなければならない。ドラッカーはあらゆる著書で、この点を何度も強調している。

 知識労働者は、自由市場経済のように、自ら成果を生み出す主体となれる。自由市場経済と異なるのは、知識労働者は単独では何ら成果を生み出すことができず、必ず組織を必要とする点である。組織の他の知識労働者と協業して成果を創出し、組織を通じて顧客にそれを提供する。よって、知識労働者は他の知識労働者に対して責任を負い、組織に対しても責任を負う。こうして知識労働者は、自由と責任を手にしながら、社会の中で位置と役割を獲得していく。

 商業社会においては、社会のニーズを集約して売り手の位置と役割を調整するのは、自由市場の機能であった。現代社会においては、社会のニーズを集約して組織にその充足を命じ、さらに組織の成員たる知識労働者の位置と役割を調整することこそがマネジメントの使命である(もっとも、前述のように、人間の知識を自由自在に他者に移植できる技術が発明された時、知識労働者の位置づけはどうなるのか、人間に位置と役割を与えて社会を機能せしめるのは何なのかといった難題が生じるわけだが、今の段階で私にそれを論じるだけの力量はない)。




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