2016年08月10日
『起業の成長論(DHBR2016年8月号)』―「社員300人の壁」を超えるにはどうすればよいか?、他
ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2016年 08 月号 [雑誌] (起業の成長論) ダイヤモンド社 2016-07-09 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
(1)上図(何度も言い訳をして申し訳ないが、未完成である)については、以前の記事「森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』―私のアメリカ企業戦略論は反知性主義で大体説明がついた、他」などをご参照いただきたい。アメリカは左上の象限に強い(日本が強いのは右下の象限である)。アメリカのリーダーがイノベーションを起こす場合、一般的な市場調査はしない。なぜなら、イノベーションとは、まだ誰も欲したことがないものを創造することだからである。代わりに、リーダーは自分自身を最初の顧客と見立てて、自分が心の底からほしいと思うものを創り出す。そして、「私がほしがっているものは、きっと世界中の人がほしがっているに違いない」と考え、イノベーションを世界中に普及させることを自分の使命とする。
アメリカはキリスト教圏の国である。リーダーの決意は、リーダーが唯一絶対の神と”契約”を結ぶことと言える。神との契約であるから、リーダーは絶対に履行しなければならない。ただし、人間は神とは違い不完全な存在であるため、契約内容が本当に正しいか(つまり、リーダーが考案したイノベーションを本当に世界中の人がほしがっているか)は解らない。それを知っているのは神だけである。どのリーダーも、自分の契約こそが正しいと強く信じ、フォロワー(信者)を集める。一方で、別のリーダーとその支持集団を敵と見なして徹底的に攻撃する。こうして、アメリカのイノベーションの世界では、しばしば敵VS味方という二項対立的な構造が出現する。
チポトレが好業績を維持していくには、製品や公式声明を通して”火種”となりそうなテーマで世論をリードしていく必要がある。
(ダグラス・ホルト「ブランデッドコンテンツへの投資は意味がない クラウドカルチャー:SNS時代のブランド戦略」)
こうしたチャンスに気づくためには文化的なブランディングという眼鏡をかける必要がある。調査研究によって自社の属するカテゴリーにふさわしいイデオロギーを見つけ出し、そのクラウドカルチャーの支援を得て弾みをつけるのだ。(同上)本論文によれば、イノベーターは自社の製品・サービスを支え、信者=顧客を心理的に束ねるイデオロギーを形成しなければならないという。イデオロギーとは闘う思想的道具であるから、論文の著者は必然的に、イノベーションの世界における二項対立を想定していると言える。
左上の象限は、製品・サービスの欠陥が顧客の生命や事業に与えるリスクが比較的低い。端的に言えば、それほど高い品質水準は要求されない。そもそも、イノベーションの初期段階においては、顧客も自分が何をほしがっているのか正確に理解していないため、企業に対してニーズを上手に伝えることができない。以上のことから、左上の象限は参入障壁が低い。よって、イノベーションが世界に普及し始める初期の段階では、多数のプレイヤーが一気に参入してくる。どのイノベーターも、自分なりのイデオロギーを掲げて競合他社を攻撃する。
しかし、世界中の人々に広く受け入れられる製品・サービスというのは、そうそう滅多にあるものではない。多数のプレイヤーによる乱闘状態からは、次々と脱落者が現れ、最終的に生き残るのはわずか数社である(唯一絶対の神だけは、何が真か、すなわちどの企業が生き残るかを知っている)。では、残った数社は、仲良く世界市場を分け合うのかと言うと、そうではない。むしろ逆に、さらに激しく競合他社を攻撃するようになる。顧客は、競合他社が攻撃されているのを見て、「自分が使っている製品・サービスこそが本物だ」と信じ、イノベーターへの忠誠心を高める。アップルが競合他社の製品を酷評すればするほど、アップルファンは盛り上がる。
ここで重要なのは、二項対立の世界では、相手に勝つために攻撃をするものの、本当に相手が倒れてしまうと実は困るということである。というのも、自社のイデオロギーは競合他社のイデオロギーの否定によって成り立つという依存関係にあるからだ。イノベーターは、ファンのロイヤリティを高めるために競合他社を利用する。その競合他社が消えてしまえば、企業はどのようにして顧客の求心力を保てばよいのか解らなくなる。そういうわけで、コカ・コーラとペプシコは、未だに相手を攻撃し合っている(しかも、相手がぶっ倒れない程度に)。
世界で勝利するイノベーションは、世界中に一気に普及する。ということは、企業も急成長、いや爆発的なスピードで成長することを意味する。冒頭の図の右下や左下の象限では、マネジメントの手法がある程度確立されている。ところが、左上の象限は世界で初めての取り組みであるため、どのように経営すればよいのかがイノベーターにも解らない。しかも、市場規模と組織だけは急激に大きくなるから、次から次へと湧き上がる経営上の課題に対して即答を求められる。
当時の我々は、顧客サービスの大混乱をごく短期間で見事に解決する手法を、自分たちで見つけ出さねばなりませんでした。どう振る舞うべきかを指示してくれる定石集などなかったのです。いまでもありません。
(リード・ホフマン「【インタビュー】ネットワーク時代は「組織の拡大」が肝になる ブリッツスケール:劇的な成長を遂げる唯一の方法」)
私が身近に見てきたブリッツスケール中の組織は、ほぼ例外なく内部に多くの不満を抱えていました。職務と責任は曖昧、きちんと定義されたシミュレーション用のサンドボックスもなし。「ああ、まるでカオスだ。この会社はめちゃくちゃだ」。ペイパル、グーグル、イーベイ、フェイスブック、リンクトイン、そしてツイッター。みんなそうです(同上)リード・ホフマンはペイパルの創業に関与した後、2002年にリンクトインを創業した人物である。そのホフマン氏が語るように、左上の象限には定石はないのである。
日本企業は、アメリカ企業のようにイノベーション力を高めるべく、引用文に列挙されているような企業の戦略やビジネスモデル、組織構造や人事制度、ITシステムなどの中身を必死で研究する。しかし、これらの企業の仕組みは、その企業の製品・サービスが、特定の時期において、特定の社会・経済環境の下で普及した際に機能したにすぎない。しかも、どれか1つの施策が決定的に重要だったわけではなく、複数の取り組みが有機的に関連し合ってその企業の成功を生み出している。簡単に言えば、特殊要因が多すぎるのである。だから、左上の象限の事例研究からは、さほど得るものはない。これは、他社事例が大好きな日本企業への忠告である。
(2)
我々は、急成長企業に関する多数のケーススタディや75年に及ぶ組織研究をもとに、ベンチャー事業をうまく拡大していくうえで重要な、4つの取り組みを探り当てた。すなわち、①事業を飛躍させるために各職能の専門家を雇い、②人員増に対応しながら社内のインフォーマルな人間関係を保つために、マネジメント体制を築き、③プランニングや予測の能力を培い、④事業を支えるために企業文化や理念を詳しく説明し、訴求するのである。
(ランジェイ・グラティ、アリシア・デサントラ「成熟企業に脱皮するフレームワーク 事業をスケールさせる4つの方策」)
この論文を読みながら、私は次のようなことを考えていた。上図は非常にアバウトだが、企業が創業したばかりのころは、顧客の期待水準はそれほど高くない。新しい製品・サービスにすぐに飛びつくアーリー・アダプターは、「新しいものを買っている」という点に価値を見出す傾向があり、製品・サービスの品質そのものには多少目をつむってくれる。一方、創業期の社員はやる気と能力に満ち溢れている。どんな問題でも自分で解決してやるという気概を持っており、実際に問題を解決してしまう。顧客の要求水準を社員の平均能力が上回っていると、利益が出る。
ところが、企業が成長するにつれて、多様な顧客を相手にする必要が出てくる。彼らはアーリー・アダプターとは異なり、純粋にその製品・サービスを欲している。そのため、品質に対する要求水準が上がる。これに対して、社員数を増やせば増やすほど、優秀な人材の採用は難しくなる。創業期のメンバーほどのモチベーションもない。よって、放っておけば、いつの間にか社員の平均能力が顧客の要求水準を下回るようになる。こうなると、企業は赤字に転落する。
私の感覚でしかないが、企業が黒字から赤字に転ずるか否かの分水嶺は、社員数が300人ぐらいのところにある気がする。300人というのは、社長が社員全員の顔と名前が覚えられる限界である。300人までのマネジメントのまま300人以上に社員を増やすと、非常に危険である。300人前後の段階で、それまでのマネジメントのやり方を変えなければならない。単なるマネジメントの改善では全く足りない。マネジメントの刷新が必要である。
では、どうすればよいか?顧客の要求水準が上がるのを抑えることは非現実的である。変えられるのは社員の平均能力しかない。何よりも重要なのは、技術力の向上と品質管理に投資することである。顧客の要求水準を常に上回る製品・サービスを安定供給できるようにする必要がある。ここで、顧客は企業のことを製品・サービスの品質のみで評価するわけではない点にも注意を要する。顧客が接する営業、サービス、コールセンターの担当者の態度も、顧客満足度を大きく左右する。したがって、顧客接点で働く社員の能力開発にも力を入れなければならない。
以上の2つは”攻め”の施策である。一方、”守り”の施策としては次の2つが挙げられる。まず、社員の業務を効率化して本業に集中させ、能力を最大限に発揮できるようなITインフラ基盤を構築することである。創業間もない企業は、IT投資への余裕がないため、人海戦術で業務を回すのが普通である。しかし、それは優秀な人材だから可能だったにすぎない。組織規模が大きくなり、凡庸な人材も入ってくると、そのやり方では通用しなくなる。ピーター・ドラッカーも述べたように、凡庸な人間に凡庸ならざる仕事をさせるのがマネジメントの役割である。
もう1つは、論文の内容と重複するが、ビジョン、戦略、計画がトップから現場まで十分に浸透するようなマネジメント構造、組織体制を構築することである。一橋大学ビジネススクールの「組織の<重さ>」研究でも明らかになっていることだが、公式なチャネルを通じてこれらの情報が流通する企業は組織が<軽く>、業績も高い。
ビジョンの浸透というと、創業者の武勇伝を紹介することが多いと思う。しかし、本論文には興味深いことが書いてあった。それはつまり、創業者の武勇伝は必ずしも有効ではないということである。確かに、創業者が猛烈に働いて修羅場を潜り抜けたという話はインパクトがある。しかし、社員の誰もが創業者のようになりたいわけではない。彼らが望んでいるのは、自分の企業を通じて社会に貢献することである。だから、創業者の過去の話ばかりに頼るのではなく、我々は何をすべきかという未来志向の話をしなければならない。
これら4つの施策を有効に実行した企業は、社員300人の壁を越えて、下図(荒っぽい図でご容赦いただきたい)のように継続的に利益を上げ続けることができるだろう。
(3)
(グルーポンの)ローンチは2008年。その16カ月後の2010年には、未上場ながら時価総額14億ドルをつけた。上場は翌2011年。わずか3年で公募価格で127億ドルをつけるIPOとなり、時代の寵児となった。(中略)グルーポンの失敗は本号の別の論文でも触れられていた。グルーポンが数年前に日本に上陸した時、日本でもクーポン共同購入サービスへの新規参入が相次いだ。私はそのうちの1社を少しだけご支援させていただいたことがあるのだが、このビジネスモデルは本当に機能するのか懐疑的だった(もちろん、今だから後知恵で何とでも言えるわけだが)。
(その後)業績の成長は急速に失速し、株価も大きく下落し、いまや時価総額20億ドルという水準に落ち込んでいる。ピーク時より88%も下落したのだ。
(高宮慎一「成功が続くか否かはどこで分かれるか 起業から企業へ:4つのステージの乗り越え方」)
クーポン共同購入サービスは、比較的単価が高く、顧客にとって敷居が高い飲食店・サービス店(エステサロンなど)にターゲットを絞り、通常価格よりもはるかに安いクーポン(半額などはざらで、中には9割引きなどというのもある)を数十枚~数百枚発行する。クーポンには最低購入枚数が設定されており、クーポンの購入を希望するユーザがその最低水準を上回れば、クーポンが発行される。逆に、最低購入枚数に達しない場合は、クーポンは無効となる。
単価が高い飲食店・サービス店は、回転率に課題を抱えていることが多い。また、固定費が大きいビジネスでもあり、顧客が増えても店側の追加コストは少ない。よって、割引クーポンを発行してでも回転率を上げたいと考える店側のニーズに応えるのがクーポン共同購入サービスであった。言うなれば、飛行機の座席販売と同じである。飛行機のチケットは、フライトの時間が近くなると安くなる。航空ビジネスは典型的な固定費型ビジネスであり、顧客が1人増えた時の追加コストが非常に小さい。航空会社は、空席のまま飛行機を飛ばすより、価格を多少引き下げても座席の稼働率を上げたいと考えるから、あのような料金体系を採用している。
ただし、飛行機と単価が高い飲食店・サービス店には大きな違いがある。飛行機はその後何度でも利用する機会があるのに対し、単価が高い飲食店・サービス店は敷居が高いことに変わりはない。今回は安い料金で飛行機に乗れた人が、次は高い料金を払うことになっても、飛行機に乗らなければ目的地に行けないのだから、価格の変動は受容できる。他方、クーポンの利用客は、クーポンで大幅に安くなったからそのお店を利用したのであって、次から正規料金になるならば、やっぱり敷居が高いからもっと別のほしいモノを買いたいと考えるものである。
ちなみに、私が支援させていただいたクーポン共同購入サイトは、昨年に閉鎖されていた。