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【うつ病の治し方】うつ病を治すために実践すべき簡単な「7つの習慣」
DHBR2017年9月号『燃え尽きない働き方』―バーンアウトでうつになったら日記をつけてみよう
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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
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◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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2018年04月11日

【うつ病の治し方】うつ病を治すために実践すべき簡単な「7つの習慣」


うつ病

 本ブログをお読みの方はご存知の通り、私は双極性障害Ⅱ型という精神疾患を患っている。先日、マライア・キャリーが告白して話題になった、あの病気のことである。双極性障害とは、躁状態(簡単に言えばハイテンションの状態)とうつ状態が交互に現れる障害である。躁状態の時は、本人もよもや自分が病気だとは思っていない。むしろ絶好調だと思っているので、医療機関にかかることがほとんどない。うつ状態になって初めて診療を受けるため、医師も当初はうつ病と診断してしまうことが多く、診断が難しい疾患である。私も最初の診断名はうつ病であったが、発症から4年ほど経って双極性障害という病名に変わった。

 うつ病は、十分な休息を取り、適切な治療を受ければ寛解する。だが、双極性障害は再発率が高く、うつ状態は90%の割合で再発すると言われている。マライア・キャリーも言っていたように、一生つき合っていかなければならない病気である。そこで今回は、うつ状態を少しでも早く脱するために必要な7つの習慣について書いてみたいと思う。双極性障害の患者が、うつ状態を脱するための方法について書いているため、正確に言えばうつ病の患者がうつ病を治すための方法とは必ずしも一致しないかもしれない。ただ、今回の記事がうつ病で苦労している方にとって、何かの参考になれば幸いである。また、この6年間で3回も入院した私がこんなことを言っても説得力に欠けると思われるだろうが、その点もどうかご容赦いただきたい。

 なお、これから述べる習慣の中には、食習慣は入っていない。うつ病の時に食べる/飲むとよいもの、食べる/飲むのを控えた方がよいものというのは一応ある。だが、ある人は「これを食べた/飲んだ方がよい」と言っているのに、別の人は「これは食べては/飲んではいけない」と言っていることがあり、どの情報を信用してよいのか私自身解らないことが多い。例えば、うつ病の人はコーヒーを飲まない方がよいとされる。カフェインの過剰摂取により、ストレスに反応するアドレナリンという脳内物質が放出されるためである。ところが、ある研究によると、コーヒーを入れる時の香りが脳内のα波を増やし、リラックス効果をもたらすと言う。

 万事こんな具合なので、個人的な見解を言えば、「食べたい/飲みたいものを口にすればよい」のではないかと思う。ただでさえうつ病で苦しい思いをしているのに、食べたい/飲みたいものまで我慢してしまったら、余計にストレスを感じてしまう。だから、食事に関してはあまり心配しなくてもよいというのが私の実感である。ただし、抗うつ薬の中には食欲を増進する作用があるものがあり、過食の傾向が表れることがあるため、この点だけは注意が必要である。

 ①思い切って人を頼ってみる
 うつ病になる人は責任感が強く、自分で何でもやらねばという義務感に駆られることが多い。だが、あなたの周りには頼りになる人がいくらでもいることに気づいてほしい。1人で全てを抱え込むのではなく、思い切って他人に任せてみる。あなたの普段の頑張りを見ている人は、あなたに何かあったら助けてあげたいと思っているものである。私も3回入院した時はいずれも、その時に抱えていた仕事を全て他の中小企業診断士に依頼した。迷惑だったかもしれないが、お願いした先生方は皆、クオリティの高い仕事をしてくださった。先日、診断士の会合に出席したところ、ある先生からは「谷藤先生に何かしてあげられることはないものかと皆言っていますよ」というありがたい言葉をいただいた。自分は1人ではないのだと実感することができた。

 また、障害者手帳を取得するための煩雑な手続きや、入院費の支援を家族にお願いしたこともある。家族はやはり頼りになる存在である。実は私は、義理の両親には病気のことを伝えてあったが、以前の記事「『致知』2018年3月号『天 我が材を生ずる 必ず用あり』―素直に「感謝」ができない私は人間的にまだまだ未熟」で書いたように、実の両親とは長く不仲であったため、病気のことを黙っていた。3月に入院した際(以前の記事「【精神科】閉鎖病棟とはどういうところか?【入院】」を参照)、意を決して実の両親に打ち明けたところ、たいそう驚かれたが、入院費を支援してくれることになった。この点では両親に本当に感謝している。「もっと早く教えてくれたら色々としてあげたのに」とも言ってくれた。この歳になって親の脛をかじるのは恥ずかしいかもしれないが、病気は一時的なものである。病気がよくなったら親孝行すればよい。

 ②大きな声で挨拶をする
 うつ病の人は失敗をひどく恐れる。そのためか、コミュニケーションが億劫になってしまうことが多い。「こんなことを言ったら自分は頭が悪いと思われるのではないか?」、「相手を傷つけてしまうのではないか?」と過剰に心配してしまう。すると、日常生活の中で他人と言葉を交わす機会が減少し、ますますうつ状態がひどくなるという悪循環に陥る。そこで、最低限のコミュニケーションとして、挨拶ぐらいはきちんとしたい。それも大きな声でするのがポイントである。挨拶は定型文であるから、失敗のしようがない。相手が挨拶を返してくれないという失敗はあるが、それは相手の問題であって、あなたには何の落ち度もない。

 3月に入院した時、私はできるだけ大きな声で挨拶するように心がけた。朝起きたら他の患者さんや看護師さんに「おはようございます」と言う。清掃担当の方が病室を掃除してくれたら「ありがとうございました」と言う。食事後に看護師さんが下膳しに来た際には「ごちそうさまでした」と言う。これだけでいい。それに、大きな声を出すと気分もスッキリとする。もちろん、①で書いたように、他人に何かをお願いする時には「よろしくお願いします」と言い、お願いごとをしてもらった時には「ありがとうございました」と言うことも欠かせない。②はあまりにもベタなことであるが、ベタなことでも恥ずかしがらずに行うことが大切である。

 ③朝起きたらカーテンと窓を開ける
 うつ病の人は朝が苦手である。あなたも朝になると気分がふさぎ込んだり、不安になったり、恐ろしくなったりすることだろう。だが、朝起きたら思い切ってカーテンと窓を開けるようにしてほしい。日光はうつ病を改善する効果がある。うつ病の人は、気分の安定や心のバランスに寄与する脳内物質であるセロトニン不足している。に日光を浴びると、脳内でセロトニンが分泌される。朝日光を浴びれば、寝起きの身体を覚醒させて、活動的な状態にしてくれる。

 それから、カーテンを開けて空気を入れ替えることも重要である。1日中締め切ったままの部屋の空気はどんよりと沈滞している。そんな空気の中で生活していれば、自ずと気持ちもどんよりとしてしまう。そこで、朝になったら朝の新鮮な空気を部屋に取り込む。すると、気分をリフレッシュすることができる。ただし、うつ病の大敵である雨の日には、無理してこれを行う必要はない。うつ病の人は几帳面な人が多いので、これをすると決めたら毎日それをしなければならないと思ってしまいがちである。だが、雨の日には日光は取り込めないし、窓を開けたらよどんだ湿り気のある空気が部屋に入り込んでしまう。この辺りは、ある程度いい加減でよい。

 ④背筋を伸ばし、前を向いて歩く
 精神科の病院に入院しても、手術などをするわけではなく、基本的には薬物療法のみであるから、日中ははっきり言って暇である。だから、3月に入院した病院では、患者さんがよくフロア内を散歩していた(閉鎖病棟であったため、フロア外には原則として出ることができない)。その様子を見て思ったのは、具合の悪そうな患者さんほど、うつむき加減でとぼとぼと歩いているということである。これでは余計に気分がふさぎ込んでしまう。歩く時は背筋をしゃんと伸ばし、しっかりと前を向いて、少し大股で歩くのがよい。堂々としていれば、自ずと気持ちも前向きになってくる。気持ちが姿勢を作るのか、姿勢が気持ちを作るのかという問題は、鶏が先か、卵が先かという問題である。ここでは姿勢が気持ちを作るという因果関係を信じてみようではないか。

 入院しておらず自宅で療養している場合、外出の機会がどうしても減ってしまう。その場合、自宅の周りを毎日5分でもよいから散歩する習慣をつけるとよい。特に、朝の散歩が有効である。③で述べたように、日光を浴びることによるプラスの効果が見込める上、朝一旦外に出てしまえば、1日中家に閉じこもっていようという気分が起きなくなる。朝の散歩は思考をクリアにするという効果もある。偉業を成し遂げた人の中には、朝の散歩を日課にしていた人が多い。例えば、哲学者のキルケゴールは「重要なアイデアの多くは朝の散歩の中で生まれた」と振り返っている。もっとも、雨の日には、無理に散歩をする必要はない。この点は③と同じである。

 ⑤決断しないという決断をする
 病気で療養している間にも、何か物事を決めなければいけないというケースに直面することがある。私の場合、入院中に「退院後の仕事をどうやって受注しようか?」、「もうフリーランスは辞めて一般企業に転職した方がよいのだろうか?」、「退院後は収入が下がるから、家賃の安い家に引っ越した方がよいのだろうか?」などといった問題が次々と襲ってきた。だが、うつ病の状態にある時は普段と比べて判断能力が鈍っているので、無理にこのような問題に結論を出さない方がよい。「決めない」ことを「決める」のも重要である。どうしても決める必要があるのであれば、①で書いたように、思い切って他人に決めさせればよい。

 一般の人でも、意思決定は十分な時間をかけて慎重に行うべきだと言われている。選択肢の数が十分に机の上に並んでいるのかを確認する、それぞれの選択肢が立脚している仮説が正しいかどうかちょっとしたテストをする(これを「ウーチング」と言う)、自分とは別の利害を持つ他者の立場に立ったとするとどのような決断をするか想像してみる、10分後・10時間後・10日後・10か月後・10年後にその決断を振り返った時に「後悔しない」と言い切れるかどうかよく考えるなど、アドバイスには事欠かない。これと同じことをうつ病の患者に求めるのはあまりにも酷である。だから、あなたも無理して意思決定をする必要はない。そして、たいていのことは、それほど急いで決める必要がないと後から気づくものである。

 ⑥できなかったことではなく、できたことに目を向ける
 うつ病になると、何をするにも気乗りがせず、仕事をするスピードが落ちたり、趣味に没頭できなくなったりする。うつ病の人は元々責任感が強く、几帳面で、頑張り屋であるから、できないことが増えてくると、以前の自分の姿とのギャップに苦しむ。そして、「自分には何も価値がない」、「もう死にたい」(「希死念慮」と言う)と思うようになる。だが、本当に1日中何もできなかった日というのは案外少ないものである。できない、できないと言いながら、何かしらのことはしている。それがたとえ些細なことであってもよい。そのできたことに着目することが重要である。あなたがもしここまでに書いてきた①~⑤のことをできたのであれば、できた自分を褒めてあげてほしい。今日この記事をここまで読んだことも、できたことに含めてよい。

 私が3月に入院する直前は、読書が困難になっていた。年明けから本が読めない兆候があったのだが、2月末にはとうとう全く読書ができなくなった。年間200冊以上を読むことを目標としている私にとっては、これは苦痛であった。入院の目的の1つは、休養してまた本を読めるようになることであった。とはいえ、いきなり今まで読んでいたような1冊200~300ページの本を読むのは無理である。そこで、たまたまデイルームに置いてあった『月刊PHP』という小冊子から読み始めた。これなら内容も簡単だし、1時間弱で読める。月刊PHPを何冊か読み切ったことが自信となって、入院生活中盤からは、今まで読んでいたような本を読むことができるようになった。

 ⑦日記をつける
 うつ病の人は、落ち込んだ気分を自分の中にため込んでしまう傾向がある。そういう場合には、以前の記事「DHBR2017年9月号『燃え尽きない働き方』―バーンアウトでうつになったら日記をつけてみよう」でも書いたように、日記をつけることをお勧めしたい。1日3行程度でよい。まずはその日の気分を書きなぐるだけでよい。極端な話をすれば、「死にたい、死にたい、死にたい、・・・」と書いてもよい。すると、不思議なことに自分のネガティブな気持ちが「外部化」され、落ち着きを取り戻すことができる。これを心理学では「ジャーナリング効果」と呼ぶそうだ。

 負の感情をありのままに書きだすと同時に、①~⑥で述べてきたような、「できたこと」も日記に書くとよい。そうすると「できたこと」が形になって残り、前向きな気持ちを取り戻すことができる。日記というのは不思議なもので、マイナスの内容を書けばそれを忘れることができる反面、プラスの内容を書けば記憶に残る。この日記の効用を活かして、あなたの頭の中をネガティブモードからポジティブモードに切り替えていくとよいと思う。


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2017年09月19日

DHBR2017年9月号『燃え尽きない働き方』―バーンアウトでうつになったら日記をつけてみよう


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 09 月号 [雑誌] (燃え尽きない働き方)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 09 月号 [雑誌] (燃え尽きない働き方)

ダイヤモンド社 2017-08-10

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 『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2017年9月号の特集は「燃え尽き症候群」。私は医学的なことは詳しく解らないのだが、燃え尽き症候群には大きく分けて2つのタイプがあると思う。1つは、「野心的な目標を掲げてそれを達成した後、次の目標が見えなくてモチベーションを失ってしまう」というタイプであり、スポーツ選手や企業経営者に多い。もう1つは、「自分では精一杯努力しているつもりなのに、一向に小さな成果さえも出せず、ついには何をやっても無駄だという無力感に襲われる」というタイプである。社会が成熟し、かつてのような高い成長が見込めなくなった現代では、後者のタイプの方が多いのではないかと思う。

 後者の燃え尽き症候群は、「心のエネルギーが枯れ果てて、ガス欠車のようにアクセルを踏んでも動かない状態」であり、うつ病との共通点が多い。燃え尽き症候群もうつ病も、「献身的な人、使命感の強い人、頑固で意思が強く思考や感情の切り替えが柔軟でない人、対人関係に不調和がある人、上昇志向が強く能力が高い人」、あるいは「感受性が強く周囲に気を遣いすぎる人、物事の受け止め方の柔軟性に乏しく、几帳面で神経質な人、責任感は強く何事も完璧にこなそうとするが、不器用で一つの物事に過剰にこだわりやすい人」がかかりやすいと言われる。ただし、うつ病の人は、昔のことをくよくよと思い出しては悔んだり、自分1人が犠牲になっていると感じたりする自責的な傾向が強いのに対し、燃え尽き症候群の場合は、他責感が強く表れ、怒りや嫌悪などの攻撃的な感情が他者に対して表れる。

 以前の記事「双極性障害で入院したところ40日の予定が1週間で退院してしまった事の顛末」でも書いたように、私自身もうつ病⇒非定型うつ病(後で知ったことだが、非定型うつ病という病名は医学的に確立されていない)⇒双極性障害Ⅱ型とコロコロと病名が変わってもう9年も治療を続けている。私の場合、双極性障害と言っても、自責的なうつ病の症状が現れるというよりも、前職のベンチャー企業で経験したひどい事柄を思い出しては「あの会社のせいでこうなった」と思うことが多々あり、他責的になりやすいという燃え尽き症候群の方に合致する。

 ただ、病気が発症した時は確かに長時間労働だったものの、燃え尽きるほどの長時間労働ではなかったから、燃え尽き症候群と言うには無理があると自分でも思っている。最近では、先ほどの記事でも書いたように、自分がどういう病気なのかはどうでもよくなっていて、これは私の性格の一部なのだと受け止めて、上手くつき合っていくしかないのだろうと腹を括っている。

 私は医療の専門家ではないので、燃え尽き症候群に関して何かを書くことはできない。しかし、まがりなりにも9年間、うつ病に関連する治療を受けてきたから、ここからはうつ病に関して私の思うところを書いてみたい(本号の特集からは外れるが・・・)。うつ病は一般的に、「脳のエネルギーが欠乏した状態であり、憂うつな気分や様々な意欲(食欲、睡眠欲、性欲など)の低下といった心理的症状が続くだけでなく、身体的な自覚症状(全身倦怠感、頭痛など)を伴う病気」とされるが、一義的な定義は学術的にも確立されていない。つまり、うつ病の症状は患者によってバラバラである。そのため、製薬会社はありとあらゆる抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬を販売している。うつ病の患者の中には、複数種類の薬を服用している方も少なくないだろう。

 しかし、これらの薬には問題もある。通常、新薬販売の認可を得るためには、被験者を2つのグループに分け、一方のグループには新薬を、もう一方のグループにはプラセボ(偽薬)を投与し、新薬を投与したグループのみに効果があったことを証明しなければならない。だが、一部の薬については、この試験に問題があったことが告発されている。
 2002年には複数の厳密な調査によって、製薬会社が薬の認可を得るためにFDAに提出したのと同じデータが再検討され、パキシル、プロザック、ゾロフト(※いずれも、現在主流の抗うつ薬)を初めとするSSRIにはプラセボ〔偽薬〕と比べてほんのわずかな効果しかないということがわかった。
(クリストファー・レーン『乱造される心の病』〔河出書房新社、2009年〕)
乱造される心の病乱造される心の病
クリストファー・レーン 寺西 のぶ子

河出書房新社 2009-08-22

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 私は今年に入ってから「光トポグラフィー検査」というものを受けた。これは、脳活動に伴う大脳皮質の血中ヘモグロビン濃度変化を計測することで、うつ病かどうかを判定する検査である。その結果、私は「典型的な双極性障害である」と言われたのだが、それ以上に衝撃を受けたのは、「抗うつ薬の効果があるのは、うつ病患者のうち全体の3割ほどにしかすぎない」という医師の言葉であった。前述の通り、抗うつ薬の中には効果が怪しいものがある。「薬が効かないのだが・・・」という患者の訴えを聞いた精神科医は、患者を放っておくわけにもいかず、何か手を打たねばとの思いから、新たな薬を次々と追加する。こうして、患者は薬漬けになっていく。

 さらに困ったことに、抗うつ薬などの効果は限定的なのに、服用を止める時には「離脱症状」と呼ばれる副作用を伴う。詳しい説明はこちらに譲るが、具体的には頭痛、倦怠感、眠気、めまい、吐き気、ふらつき、ふるえ、冷や汗、血圧低下などの症状が出る。私も今年8月の入院中に、それまで服用していた抗うつ薬を医師から一度に止めさせられた結果、ひどい離脱症状に苦しんだ。以上のことから言える1つ目の教訓は、「薬に頼りすぎてはならない」ということである。

 抗うつ薬などの薬の効果が限定的である場合、次に選択されるのは認知療法である。人は成長するにつれて固定的なスキーマが形成され、それに基づいて歪んだ思考方法や考えが自然に浮かぶ自動思考が起こる。これがうつ病などの精神病の引き金となる。そこで、そうした認知の歪みに焦点を当て、認知を修正することで症状の改善を目指すのが認知療法である。しかし、この認知療法は、薬による治療よりも難しい。というのも、回復プロセスが患者によって実に多様であるからだ。間違った薬を投与しても効果が出なかったで済まされるが、間違った認知療法を施すと、患者の認知の歪みをさらに強化してしまうことになりかねない。患者の多様性に対応できる医師が日本にどれだけいるのか、私には解らない。このことから言えるもう1つの教訓は、残念なことだが「医師に頼りすぎてもいけない」ということである。
 うつ病の治療に当たってきた臨床医は長い間、認知療法(心理学の一般的な治療法)を受けている患者は、回復に至るまで標準的な経路をたどると想定していた。その経路は、多くの患者が回復した経験を平均して確認されたものだ。ところが2013年、平均ではなく個人が回復する結果に注目した研究者チームは、回復までの標準的な経路が患者の30%にしか当てはまらない事実を発見したのだ。
(トッド・ローズ『平均思考は捨てなさい―出る杭を伸ばす個の科学』〔早川書房、2017年〕)
平均思考は捨てなさい──出る杭を伸ばす個の科学 (早川書房)平均思考は捨てなさい──出る杭を伸ばす個の科学 (早川書房)
トッド ローズ 小坂 恵理

早川書房 2017-05-25

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 それでも私は一応、7年ほど同じかかりつけの医師にお世話になっている。ただし、これはあくまでも気休めであって、結局のところ、「自分の精神病に責任を持つのは自分しかいない」というのが私の正直な実感である。うつ病と向き合うということは、自分の感情と向き合うということである。そのための有効なツールとして、私は「日記」をお勧めしたい。もちろん、繰り返しになるがうつ病の症状は多様であるから、日記が万能な解決策になるとは私も思っていない。私の場合は日記が役に立ったというだけにすぎない。

 日記には、「自分が何で苦しんだか、悲しんだか、腹が立ったか」ということをつらつらと書いていく。とりとめのない文章でも構わない。うつ病の人は几帳面なのできちんとした文章を書かなければならないと思いがちだが、そういうことは全く気にする必要はない。日記を書くと、自分の中に溜め込んでいた負の感情を外部化することができる。それだけでも、心理的な負担は随分と軽くなる。ちなみに、私が「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓」という記事をわざわざ1年かけて書いたのも同じ理由である。一部の人からは、「前職の企業から訴えられるかもしれない」と批判も受けたものの、私はあくまでも自分の治療の一環として行ったまでである。前職の企業の名誉を守るのと自分の健康を守るのとを比べれば、後者の方がはるかに重要である。

 また、日記をつけるという習慣を持つことにも意義がある。定年退職した人が認知症にならないようにするためには「きょういく」と「きょうよう」を持つことが効果的であると言われる。これは、「今日行くところ」と「今日の用事」を持つことが大切であるという意味である。同じようなことはうつ病の人にもあてはまる。さすがに、うつ病の人は外出するのもおっくうになりがちであるから「きょういく」までは要求できない。しかし、「きょうよう」の一環として日記をつけることは、とかく乱れがちな日常生活にリズムをもたらす効果があると考える。

 私は2012年夏に入院した際、治療期間がまだ長引きそうだと感じたため、途中から「5年日記」に切り替えた。これは、中小企業診断士の大先輩から教えてもらったものである。5年日記では、1ページに5年分の日記をつけることができる。この日記の利点は、例えば2017年9月19日の日記を書く時には、2016年、2015年、2014年、2013年の9月19日の日記を読み返すことができ、そこから新たな気づきが得られるということである。そこには、過去の自分が何で苦しんだか、悲しんだか、腹が立ったかが書かれている。それを読み返すと、意外とちっぽけなことで悩んでいたのだと思うことが多い。つまり、自分の感情を客観的に直視できる。すると、少しずつだが自分の心理的な成長が感じられ、うつ病の改善に効果がある。参考までに、私の5年日記の写真を掲載しておく。赤線が、私が過去の日記を読み返した時に気づきを得た箇所である。

5年日記
 (※)画像はモザイク処理してある点をご了承いただきたい。

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 なお、今回の記事を書き始めた時、本当は「バーンアウトでうつになった人には、他者からのフィードバックが効果的である」という内容を書くつもりであった。冒頭で述べた通り、燃え尽き症候群の人々の大半は、自分では精一杯努力しているのに、一向に成果が出ず、ついには何をやっても無駄だという無力感に襲われている。彼らは、何をしても周囲から認めてもらえないと感じている。そこで、周囲の人が積極的なフィードバックを与えることが重要ではないかと考えた。

 しかし、以前の記事「【議論】人材マネジメントをめぐる10の論点」で、企業内の人、特に上司は基本的に部下を動機づける理由がないと書いた。というのも、上司は部下に対して給料を支払う立場である。お金を払う立場の人がお金をもらう人を動機づけることが不自然であることは、企業に対して代金を払う顧客がわざわざ企業のことを動機づけようとはしないことを考えれば自明である。読者の皆さんも、企業で何か製品・サービスを購入した時、形式的に「ありがとうございました」と言うだけでなく、「いやぁ、この製品・サービスは本当に役に立ったよ。特にこの点がとてもよかったね」と踏み込んだフィードバックをする機会が何度あるだろうか?もちろん、こういう評価が企業内でも盛んに行われることに越したことはない。しかし、そういう機運が期待できない以上、うつ病には結局のところ本人が責任を持つしかないという見解に至ったわけである。


2016年07月04日

中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由(4)【独立5周年企画】


精神・誠心誠意

 【シリーズ】中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由
  1.中小企業診断士という資格を知ったきっかけ(7月1日公開)
  2.中小企業診断士を勉強しようと思ったきっかけ(7月2日公開)
  3.ベンチャー企業での苦労(7月3日公開)
  4.長い長い病気との闘いの始まり(7月4日公開)
  5.増え続ける薬、失った仕事(7月5日公開)
  6.点と点が線でつながっていく(7月6日公開)
  7.これから独立を目指す方へのメッセージ(7月7日公開)
 4.長い長い病気との闘いの始まり
 結論から言うと、最初に診てもらったクリニックは”外れ”であった。そのクリニックの先生は、人見知りで対人関係が苦手な私から見ても、さらに人見知りで対人関係が苦手そうな先生で、コミュニケーションが上手く取れなかった。先生は私との会話が途絶えると、しばしば深いため息をついた。朝一番の診察では、先生が控室から白衣を着ながらあくびをして入って来ることもあった。先生のそのような一挙手一投足が、私にとっては非常に苦痛であった。

うつ病の経過グラフ

 (※)「どのような経過をたどるの? | 理解する | うつ病 | メンタルナビ」より。

 毎回、上のようなグラフ(実際には、もっと単純な放物線のようなグラフであった)を見せられ、「一番調子がよかった時の状態を100%とすると、今は何%ぐらいですか?」と聞かれた。私が「50~60%ぐらいです」と答えると、「それでは引き続き薬を飲んでください」と言われて診察が終わってしまった。私の判断で病気の具合が決まるのであれば、医師は何のために必要なのかと疑念が生じ、だんだんと通院するのが嫌になった。通院を中止したい私は、「もう100%です。治りました」と主張することにした。そして、自分で勝手に抗うつ剤の服用を止めてしまった。

 会社の人事部長には、クリニックで書いてもらった診断書を提出した。医師からは仕事量を減らすように言われていると告げると、その人事部長は「へぇー、そうなんだ。とても調子が悪そうには見えないのにね」と、こちらの神経をやや逆なでするような発言をした(彼もまた、原稿の締め切りを守らない1人であった)。人事部長は、「ひとまず診断書を預かって、社長と話をしておくよ」と言ったものの、その後社長からは何の話もなく、2009年を迎えた。

 2009年は私にとって一番大変な年であった。以前から担当していたコンサルティングの案件に加えて、夏に人事担当者向けの大規模な展示会に出展することになった。実は、この展示会には、過去にも3回出展していたが、そこから受注につながった案件は1件もなかった。マーケティング担当の私は、費用対効果がゼロであるし、過去の失敗分析をしないまま出展するのはよくないと思っていた。ところが、営業部長が勝手に出展を申し込んでしまった。後から聞いた話によると、展示会出展はバーター取引であったらしい。しかし、社内の数字をどのように分析しても、展示会主催企業からいただいた仕事より、展示会への出展料の方がはるかに高かった。

 4回目の出展も失敗であった。これは私の言い訳になってしまうが、失敗の原因は2つある。1つ目は、自社の教育研修サービスの中身が明確に定まっていなかったことである。恥ずかしいことに、どの教育研修サービスを取ってみても、そのプログラムを受けると受講者はどんな能力や知識が身につき、現場で何ができるようになるのかを具体的に説明することができなかった(だから、教育研修事業はずっと大赤字だったのだろう)。

 2つ目は、展示会に出展すれば商談が生まれると過度に期待していたことである。展示会は、たまたま通りかかった人と商談をする場ではない。特に日本の場合、展示会には担当者レベルの人が情報収集目的で来ていることが多いため、ほとんど商談にならない。だから、私がやるべきだったのは、事前にターゲット顧客を絞り込み、決裁権限者に招待状を送って自社のブースに来てもらうよう、仕込みをしておくことであった。当時の私はそれが解っていなかった。展示会のコマ料以外にかかった人件費なども含めて展示会のコストを計算したら、何と2,000万円であった。私は、自分がコンサルティングで稼いだお金を自分で捨てているような気がして切なくなった。

 もう1つ私を苦しめたのが、産学連携による新しい教育サービスの開発である。当時、教育研修業界で共通の課題となっていたのは、研修の投資対効果をどのように把握すべきかということであった。研修終了後にアンケートで満足度を調査することが慣例となっているが、社員に研修を提供する企業側、人事部側としては、個々の社員が満足したかどうかよりも、自社のビジネスに業績面でどの程度のインパクトがあったのかということの方が重大な関心事であった。

 社長はある大学から、携帯電話を活用して子どもの学習を促進するシステムを研究・開発している教授を連れてきた。そして、教授から言われるがままに、今度は成人向けに携帯電話で研修後の現場学習を促進するシステムを構築することになった。詳細な説明は割愛するが、簡単に言うと、研修終了後に各受講者が立案したアクションプランを携帯電話を通じて登録し、定期的にアクションプランの達成度を記録する。受講者は他の受講者のアクションプランや達成度合いを見ることができ、進捗が進んでいる人には「すごいね!」、進捗が芳しくない人には「頑張ってね!」などとメッセージを送信できる一種のSNS機能も持たせるものであった。

 教授の関心事は、①携帯電話システムを活用すれば、システムを使わない場合に比べて、受講者の現場学習は本当に促進されるのか?②受講者同士のコミュニケーション密度は、アクションプランの達成度合いにどの程度影響を与えるのか?③アクションプランの達成度合いの高さと、個人や部門の業績の間には因果関係があるのか?ということであった。研究目的としては、まだほとんど誰もやったことのない面白いものだとは感じていた。

 しかし、教授側ではなくこちら側に2つの大きな問題があった。1つ目は、展示会の話と重複することだが、当時はまだ教育研修プログラムの中身が曖昧で、どういうアクションプランを立案させるのかがはっきりしていなかったことだ。それなのに、そのアクションプランの進捗をモニタリングするシステムを作ろうとしていた。例えるならば、自動車の本体ができていないにもかかわらず、目的地へのナビゲーションをするカーナビだけを先に作ろうとしていたわけだ。私は順番が逆だと強く主張したが、受け入れてはもらえなかった。

 もう1つの問題は、システムの開発体制にあった。この産学連携プロジェクトのプロジェクトリーダーは、私の元上司、つまり私を慰留しておきながら取締役から”逃げた”人であった。業務委託契約の範囲内でプロジェクトリーダーを引き受けたようだが、彼はもはや外部の人間である。その人間に、それなりの規模のシステム開発に対するコミットメントは期待できないし、まして責任者をやらせれば絶対に失敗すると思った。私は決して、「そんな市場ニーズは存在しない」、「我が社には難しすぎる」といった、イノベーティブな社長なら一蹴するような理由で反対していたのではない。ただ単純に、実現ストーリーが論理的に破綻していると言いたかっただけである。

 この状況で仕事を続けるのは非常にしんどかった。2009年に入って、夏頃までは何とか持ちこたえていたが、秋口になると再び体調が悪くなった。まず、過眠がひどくなった。平日は毎日10時間ぐらい寝ていたし、休日は15時間ほど寝るのが当たり前になっていた。夕方になると偏頭痛に襲われると同時に、強いイライラを感じるようになった。だから、当時の私は夜の会議の後にノートを投げ飛ばしたり、帰り際に階段のドアを蹴飛ばしたりしていた。周りにいる年上の無能な人間のせいで自分はこんなに苦しいのだと他責的になった。

 通常のうつ病では、不眠、不安、自責の念、罪悪感、希死念慮などが生じる。しかし、私の症状はうつ病と逆のものが多かった。調べてみると、通常の「定型うつ病」に対して、「非定型うつ病」というものがあることを知った。そこで、非定型うつ病を専門とするクリニックで診てもらったところ、典型的な非定型うつ病だと診断された。うつ病の場合はすぐにでも休むべきだが、非定型うつ病の場合は、多少なりとも外出をして仕事を続けた方がよいと言われた。

 実は、この「非定型うつ病」という診断は誤りであることが後に判明するのだが(後述)、「外出をして仕事を続けた方がよい」というアドバイスはある程度正しかったと思っている。というのも、別に仕事でなくてもよいのだが、時には外出して外の空気を吸い、日光を浴びることがうつ病の治療では重要だからだ。そうでないと、うつ病から引きこもりとなり、社会復帰が困難になる。

 医師の言葉に従って仕事を続けていたが、2010年に入ると、私の変調ぶりを見かねた社長がとうとうストップをかけてきた。「すぐにでも休め」と言われて休職することになった。しかし、当時の私が担当していた案件は、コンサルティング事業時代から続いていたものであり、教育研修事業の中で引き継げる力のあるメンバーがいなかった。そのため、社長は「会社は休め。ただし、今担当している仕事は続けろ」と言った。しかも、休職扱いだから給与は6割減にするという。私はこの精神状態ですぐに転職活動などできるはずもなく、社長の命令を呑むしかなかった。

 私はオフィスには出勤しないが、自宅で仕事をし、顧客企業先との往復を繰り返すという仕事スタイルに変わった。だが、この状況はどうも納得がいかない。当時、それぞれの社員がコンサルティングプロジェクトや教育研修の講師として毎月何日稼働しているかを社内システムで見ることができた。それを見てみると、私の稼働日数は、休職中のため多少稼働日数が減っているにもかかわらず、週5日普通に出勤している他の社員と大して変わらなかった。私より稼働率が低い社員も何人かいた。これでは、給与を6割減らされている私だけが大損である。だから、私は夏前ぐらいから、職場に戻してほしいと何度も社長に訴えるようになった。

 しかし社長からは、「君が休職して以来職場の雰囲気がギスギスしているから、戻るなら君が彼らとのコミュニケーションを円滑にすることが条件だ」などと、耳を疑うようなことを言われた。当時の社員は、皆私より職位も年齢も上の人たちばかりである(若手の一般社員がほとんどおらず、ほぼ全員が管理職といういびつな組織だった)。そんな彼らが、私がいなくなったことでコミュニケーション不全に陥ったというのがまず理解できなかった。その上、その問題を私に解決させようというのがさらに意味不明であった。

 とはいえ、ここで簡単に引き下がってはいけないと思い、社長と4回ほど交渉して、職場復帰に至った。これはかなり心理的負担が大きかった。最初の頃は面談で交渉をしていたのだが(この時だけオフィスに顔を出した)、完全に膠着状態に陥ったので、最終手段として手紙を書いた。そうしたら、すんなりと職場復帰が認められた。そんなに簡単に認めてくれるのならば、今まで頑なに反対していたのは一体何だったのかと、かえって社長に対する不信感が高まってしまった。



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