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DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要
DHBR2018年7月号『アジャイル人事』―日本の製造業がアジャイルを実践するために人事部がなすべき5つのこと

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年09月14日

DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要


DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年10月号 [雑誌] DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年10月号 [雑誌] DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2018-09-10

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 「競争戦略より大切なこと」という特集でありながら、競争戦略論の大家であるマイケル・ポーターの論文「『何をすべきか』、そして『何をすべきでないか』 戦略の本質」という論文を再掲し、それに対して、「いやいや、競争戦略やポジショニングよりも業務効果(オペレーショナル・エクセレンス)が重要だ」と主張する論文「1万2000社超の大規模調査が明かす 競争戦略より大切なこと」(ラファエラ・サドゥン、ニコラス・ブルーム、ジョン・ヴァン・リーネン)を載せて、結局は「戦略もオペレーションもどちらも大事である」という、至極まっとうなことを述べた「強い会社が持つ4つの要因 『学習優位』の競争戦略」(名和高司)という論文から構成される特集である。

 そもそも、ポーターが競争戦略論を提唱したのは、次の理由による。縦軸に「買い手に提供された価格以外の価値」、横軸に「相対的に見たコストポジション」を取ってグラフを描くと、生産性の限界線ができるのだが、この曲線の内部に位置する間は、品質と低コストの両方を同時に追求することが可能であった。1980年代に日本の自動車業界が競争力を持ったのはこのためである。ところが、生産性が向上し、生産性の限界線上に位置するようになると、品質と低コストの二兎追いが難しくなる。両者はトレードオフの関係になる。だからポーターは、品質を追求する差別化戦略か、低コストを追求する価格戦略のどちらかしか企業は採用できないと主張したわけである(もう1つのニッチ戦略と合わせて、ポーターの3つの基本戦略と呼ばれる)。

 だが、私が思うに、生産性の限界線は固定的ではない。企業が成長し、多様な顧客を取り込み、様々な製品・サービスを取り扱うようになると、企業活動は複雑性を増す。その分、生産性を向上させる余地が生まれる。つまり、生産性の限界線は右上へとシフトする。もちろん、企業も生産性向上の努力をするものの、それ以上のスピードで生産性の限界性は右上へと移動していく。その結果、企業は未だに生産性の限界性の内側に取り残される。だから、品質と低コストの両方を追求することは可能である。いやむしろ、昨今の競争環境の厳しさを考えれば、両方を徹底的に追求し、遠ざかる生産性の限界線に追いつかなければならない。この点で、オペレーション重視の伝統は死んでいない(むしろ、ますます重要になっている)と言える。

 とはいえ、企業はオペレーションだけを一生懸命磨いていればよいというわけではない。ブログ別館の記事「ゲイリー・ハメル『リーディング・ザ・レボリューション』―イノベーション=自己否定ができない人間をトップに据えてはいけない」で書いたように、イノベーションの脅威があるからだ。私はアンゾフの成長ベクトルを拡張して、①非顧客に着目して既存製品・サービスの新しい使い道を発掘する「新市場開拓戦略」、②全く新しい市場に全く新しい製品・サービスを供給する「完全なるイノベーション戦略」、③代替品や破壊的イノベーションなど、既存の産業・市場構造を抜本的に刷新する「代替品戦略」という3種類のイノベーションを想定している。

 このうち、「新市場開拓戦略」と「完全なるイノベーション戦略」は、新しい市場を追加するものであるから、既存事業にとっての脅威は(ないとは言わないが)それほど大きくない。怖いのは「代替品戦略」である。というのも、代替品は既存事業を完全に吹き飛ばす威力を持っているからだ。そして、これだけ社会が成熟してくると、完全に新しい需要を一から生み出すことは非常に難しく、イノベーションの大部分は代替品戦略になると予測される。経営陣は自社の既存事業を潰さないように、代替品戦略というイノベーションを先取りしなければならない。これは、ブログ別館の記事「河合忠彦『戦略的組織革新―シャープ・ソニー・松下電器の比較』―3社のその後の命運を分けた要因に関する一考察」で書いた「包括的戦略」に該当する。

 経営陣は包括的戦略を主導する。現在の経営陣は、既存事業で成功したから現在の地位があるわけであって、過去の成功を自ら否定することには後ろ向きになる。だが、イノベーションの脅威に目をつぶった結果自社を苦境に陥れて経営責任を取るはめになるならば、裏を返せば、イノベーションを先取りして自社の事業を革新することも経営責任だと言えるはずだ。

 経営陣はまず、新しいミッション、ビジョン、価値観を掲げる。そして、それらに基づく新しい製品・サービスコンセプトを構想する。その上で、その製品・サービスを顧客に提供するためのビジネスエコシステム(生態系)を設計する。近年は、自社の利益を中心に据えたビジネスモデルという言葉よりも、多様なパートナーと一体となって顧客価値を提供するという点を重視して、ビジネスエコシステムという言葉が使われる。ビジネスエコシステムは、複雑な顧客価値を企業が単独で提供することが難しく、他社との協業が不可欠であるという前提に立っている。とりわけ今後重要になるのが、異業種との連携である。過去の代替品によるイノベーションを見ると解るように、代替品は予期せぬ異業種からやってくる。据え置きゲーム機、CD、DVD、メール、デジカメ、書籍、漫画、雑誌、クレジットカードなどは、スマートフォンという異業種によって破壊された。だから、異業種からの参入には、異業種との連携で対抗するのが効果的である。

 また、ビジネスエコシステムでもう1つ重要になるのが、競合他社との連携である。ポーターの競争戦略論は、競合他社を叩くことを主眼に置いている。本号に収録されている論文はポジショニングに関するものであったため、競合他社叩きは影を潜めていたものの、ポーターの大著『競争の戦略』は、有名なファイブ・フォーシズ・モデルを用いて、いかにして業界内で自社のパワーを保ち、競合他社を排撃するかについて多くのページを割いている。しかし、そのようなやり方はもう時代に合わなくなってきているということであろう。

競争の戦略競争の戦略
M.E. ポーター 土岐 坤

ダイヤモンド社 1995-03-16

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 ブログ本館の記事「岸見一郎、古賀史健『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』―現代マネジメントへの挑戦状」で、アドラーは垂直的な競争を否定し、各々がそれぞれのやり方で前に向かっていくような水平関係を構築しなければならないと主張していることを書いた。私はこの意味をまだ十分に咀嚼できていないのだが、1つの解釈として次のような見方が成立すると考える。以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で書いたように、日本企業が強いのは、右下の「必需品である&製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoC)・事業(BtoB)に与えるリスクが大きい」という<象限②>である。

 この象限は必需品であるから、何としてでも全ての顧客のニーズを満たさなければならない。しかも、顧客のニーズは多様化かつ高度化している。すると、どの企業も単独では個別の顧客のニーズに完全には対応できない恐れがある。一方で、各企業には、長年にわたって獲得された精緻で微細かつ多彩な組織能力が蓄積されている。自社のターゲット顧客でありながら自社の組織能力では十分に対応できない場合は、競合他社の組織能力の一部を借りる。逆に、他社のターゲット顧客でありながらその企業の組織能力では十分に対応できない場合は、自社の組織能力の一部を提供する。こうして、競合他社間で細かく組織能力を調整し、市場の全顧客のニーズに応える。これが競合他社との連携の1つのあり方ではないかと考える。

 ビジネスエコシステムの設計の後には、研究開発・製品開発チームの編成、ビジネスプロセス・組織体制の見直し、人材育成の実施、評価制度の再構築などが続く。(外部のコンサルタントである私が言うことではないが、)外部のコンサルタントにこうした一連の経営改革の支援を依頼すると、論理的には筋の通った案を作成してくれる。ただ、注意しなければならないのは、製品・サービスコンセプト、ビジネスエコシステム、研究開発・製品開発チーム、ビジネスプロセス、組織体制、人材育成、評価制度に、自社の新しい価値観を丁寧に織り込んでいくという情理面の作業が欠かせないということである。これを怠ると、頭では理解できるが気持ちがついていかないという改革になって、最悪の場合改革が計画倒れになってしまう。

 イノベーションに関してよく問題になるのが、「イノベーションの組織を既存事業と分けるべきか?」という点である。イノベーションはすぐに成果が出ない。それに、既存事業とは異なる仕事のやり方が求められる。よって、既存事業と同じマネジメントを適用したり、同じ業績指標で評価したりするとすぐに潰れてしまう。だから、イノベーションの組織は既存事業から分けるべきだというのが一般論である。古くはピーター・ドラッカーがそのように主張していたし、破壊的イノベーションを提唱したクレイトン・クリステンセンもドラッカーを支持していた。

 この点に関しては、以前の記事「『イノベーションのジレンマ(DHBR2016年9月号)』―イノベーションの組織は既存組織と分けるべきか否か?」で論じたことがある。先ほど挙げた3つのイノベーションの類型のうち、①新市場開拓戦略は、既存事業の延長線上に新市場を創造するから組織を分けない方がよい、②完全なるイノベーション戦略は、既存事業とは全く異なることを行うから組織を分けた方がよい、③代替品戦略は、既存事業にとって脅威となり、既存事業から妨害を受ける恐れがあるから組織を分けた方がよい、というのが当時の結論であった。今、この記事で中心的に取り上げているのは代替品戦略であるから、それに絞って話を進めると、果たして組織を分けた方がよいのかどうか、最近は私の中で考えが揺れている。

 というのも、仮に代替品戦略が成功して既存事業がお払い箱になった場合、既存事業の社員を簡単に捨て去ってよいのかという疑問が生じるからである。よく考えてみると、既存事業と代替品は完全なる対立関係にあるとは限らない。既存事業の社員は、顧客が代替品へとシフトすることを支援することもできる。よって、両方の組織を分けずに、代替品の浸透に伴って、徐々に既存事業の社員を代替品事業へと移行するという手もあるのではないかと思うようになった。もっとも、代替品の普及スピードなど様々な要因に左右されるため、代替品戦略だからといって既存事業と組織を分ける/分けないと杓子定規に決められる問題でもないのが難しい。

 もう1つ、イノベーションに関する論点としてよく挙がるのが、「イノベーションはアジャイルで完成できるのか?」というものである(本号には、アジャイルに関する論文もあった)。個人的には、イノベーションにアジャイルを適用することには懐疑的である。とりわけ、日本企業が強い<象限②>は、モジュール化が進んだとはいえ、未だに擦り合わせがものを言う。だから、部分的なアジャイルの導入はできても、完全なるアジャイルは難しいと考える。そもそも、アジャイルは、製品・サービスを完結したモジュールやコンポーネントに分解し、開発者は自分が担当するコンポーネントの完成に集中すればよいという考え方である。その意味で自己実現的であり、誤解を恐れずに言えば自己満足的、利己的である。しかし、日本人の強みは利他的であることとチームワーク重視である。アジャイルの原則は日本人の精神と相容れないように感じる。

 話は変わるが、現在経済産業省は、日本企業の競争力を回復・強化するために、あらゆる産業で合併・経営統合を進めている。だが、私はあまり好ましい傾向だとは思わない。経産省は、企業が合併すれば経営が合理化されてコスト減につながると安易に考えている節がある。しかし、マーク・L・シロワー『シナジー・トラップ―なぜM&Aゲームに勝てないのか』(プレンティスホール出版、1998年)を読めば解るように、シナジー効果というのはそう簡単には表れない。まして日本の場合、企業同士が大きすぎて合併することが難しく、持ち株会社を作って経営だけを統合し、傘下の企業には独立運営を認めるというパターンが多い。この場合、コスト減などのシナジー効果はかなり限定されてしまうと考えた方がよい。

シナジー・トラップ―なぜM&Aゲームに勝てないのか (トッパンのビジネス経営書シリーズ)シナジー・トラップ―なぜM&Aゲームに勝てないのか (トッパンのビジネス経営書シリーズ)
マーク・L. シロワー Mark L. Sirower

プレンティスホール出版 1998-06

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 最も危険なのは、産業の川上に位置する企業を合併・経営統合することである。川上の企業は川下の企業に比べて取り扱っている製品が少ないから、合併・経営統合すればスケールメリットが得られると思われがちである。だが、川上の企業が合併・経営統合されると、実は、川下の企業の戦略が同質化する。解りやすい例で言うと、近年食品メーカーが季節ごとに発表する新製品が似たり寄ったりになっている。ある年はどのメーカーもイチゴを使った製品を出し、ある年はどのメーカーも梨を使った製品を出す。これは、食品産業における川上の企業が集約化されているためである。市場の多様なニーズに対応し、川下の企業が幅広い戦略的ポジショニングを取れるようにするためには、川上の企業こそバラエティに富んでいなければならない。川下の企業は、川上の企業の独自性あふれる製品を活かして、競合他社と差別化された製品を作る。だから、川上の企業を集約するなどというのは禁じ手である。

 経産省は、縮小する国内市場を埋め合わせる形で、合併や経営統合によって海外の需要を取り込もうと息巻いている。しかし、海外の需要を獲得するということは、その分だけ現地国企業の売上を奪うことでもある。私は経済音痴なのでまたおかしなことを言っていると思われるかもしれないが、これは新しい経済植民主義とでも呼ぶべき現象である。日本は世界各国から評価されているから、日本企業の進出は海外で諸手を挙げて歓迎されると思ったら大間違いである。どの国も、最初に考えるのは自国民の雇用を確保することである。よって、新興国をはじめ、外資企業の参入を規制している国は決して少なくない。

 日本の人口が減少するということは、需要も減るが供給も減る。経産省がなすべきことは、いつまでも成長神話にとらわれて企業を合併・経営統合し、企業を巨大化させることではなく、逆に、減少する需要に合わせて供給力を調整することである。とはいえ、その過程で余剰の人員はどうしても発生する。しかし、幸いにも新しい産業が生まれているし、人手不足の産業も存在する。余剰人員をこれらの産業にシフトさせるよう、職業訓練を施したり、セーフティーネットを整備したりすることこそ、経産省に求められる仕事である。

 最後に、経産省の仕事についてもう1つ注文をつけておく。経産省の仕事は、産業・企業に介入することだと思われている。だが、私が本ブログで何度か示している日本社会の多重構造「神⇒天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/NPO⇒学校⇒家庭(国民)」という図式に従えば、行政府の一部である経産省がまず介入するべきは市場/社会である。つまり、有限の資源を上手に分け合って国民が物質的・精神的に恵まれた生活を送るために、よき消費者/市民として振る舞うよう導かなければならない。先ほどの構図は、階層構造の上に行けば行くほど利他的でなければならず責任が伴い、下に行けば行くほど利己心が許され自由が認められることも示している。「市場/社会」は階層構造のちょうど中間に位置し、利己心/自由とともに利他心/責任も要求される。顧客は神様だから、また自由市場経済だから、消費者は自由に振る舞ってよいとは私は考えない。消費者/市民には一定の社会性が要求される。

 かつて経産省は、大型スーパーの台頭に伴って、「安く、早く、高品質のものを購入するのが賢い消費者」というイメージを国民に吹き込んだ。その結果、企業は過度な価格競争に巻き込まれ、高品質への対応に苦慮し、モンスターペアレントに手を焼くことになった。消費者が勝手気ままに企業に要求を突きつける⇒業績が悪化した企業は社員の給与を下げる⇒社員が消費者側の立場になった時に苦しい生活を強いられ、暴走する⇒企業はさらに社員の給与を引き下げる⇒社員は消費者となった時にもっと暴徒化する―現在起きているのはこうした悪循環である。経産省はこの悪循環を断ち切る新しい消費者/市民像を提示しなければならない。例えば、製品・サービスの価値を正しく評価する、価値に見合う価格を支払う、1人の人間として道徳的・倫理的に行動する、企業のCSRを意識する、ほしい製品・サービスがない時は我慢するなどといった像である。経済産業省は、市場経済省などと名前を改めた方がよいと思う。

2018年06月18日

DHBR2018年7月号『アジャイル人事』―日本の製造業がアジャイルを実践するために人事部がなすべき5つのこと


DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年07月号 [雑誌]DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年07月号 [雑誌]
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2018-06-09

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 「アジャイル(Agile)」とは「俊敏な」という意味であり、近年IT業界で使われるようになった用語である。端的に言えば、要求仕様の変更などに対して、機敏かつ柔軟に対応するためのソフトウェア開発手法のことである。従来は、要求仕様を満たす詳細な設計を行った上で、プログラミング開発や試験工程に移行する「ウォーターフォールモデル」が主流だったが、開発途中での仕様変更や修正が困難で、技術革新や企業環境の変化に即応することが難しいという問題を抱えていた。アジャイルでは、仕様や設計の変更があることを前提に開発を進めていき、徐々に擦り合わせや検証を重ねていく。途中経過の成果を早い段階から継続的に顧客に引き渡すことで、開発途中での確認や仕様変更などに対応する。また、仕様書だけに頼るのではなく、顧客や開発チーム内でのコミュニケーションを重視することを原則としている。

 今月号の論文「伝統的な組織を俊敏に変える3つのステップ 日本企業が『アジャイル』を実践する方法」(桜井一正、高部陽平)では、アジャイルが適用できるための条件として、①トライ・アンド・エラーが許容される、②短期間で成果を可視化できる、③最大20人の単位でチームが成り立つ、④リーダーの力量、⑤ジュニアメンバーの自律性という5つが挙げられている。

 私はこの論文をパッと読んだ時、日本企業にはアジャイルを導入する余地がほとんどないのではないかと感じた。というのも、以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で使用したマトリクス図に従えば、日本企業は「必需品である&製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoCの場合)・事業(BtoBの場合)に与えるリスクが大きい」という<象限②>に強いからである。この象限では品質上の欠陥は絶対に許されない。自動車業界では、最終組立メーカーが系列の部品メーカーに「不良ゼロ」を要求するぐらいである。この象限では、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら、別の言い方をすれば、顧客に対して不良を含むかもしれない試作品を提供しながら開発を進めることは不可能に近い。

 欧米、特にアメリカでアジャイルが実践されているのは、アメリカ企業が前述のマトリクス図のうち、「必需品でない&製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoCの場合)・事業(BtoBの場合)に与えるリスクが小さい」という<象限③>に強いからである。特に、アメリカ企業はWebサービスやソフトウェアに強い。これらの製品・サービスでは、多少のバグがあっても顧客に許される。むしろ、バグの発見によって製品・サービスがどんどんグレードアップしていくのを顧客が歓迎しているくらいだ。こういう領域であれば、企業はアジャイル開発で素早くベータ版を市場に投入し、顧客からのフィードバックを得ながら品質を上げていくことが有効であろう。

 今月号では、オランダの金融機関であるINGがアジャイル経営を行っていることが紹介されている(ドミニク・バートン、デニス・ケアリー、ラム・チャラン「フィンテック時代のING全社改革 世界的金融グループはアジャイル手法で組織を変えた」)。INGでは、従来型の組織の大半が「トライブ(部族)」、「スクワッド(分隊)」、「チャプター(支部)」と呼ばれるアジャイル組織に変更された。まず、住宅ローンや証券、プライベートバンキングなど個別の事業領域に対応して、13のトライブが設けられた。各トライブの最大人数は150人である。各トライブにはトライブ・リーダーがいて、トライブ内に9人以下のメンバーからなるスクワッドを作る。スクワッドは自己管理型のチームであり、新製品・サービスの提供やメンテナンスなど具体的な顧客ニーズに応える。

 スクワッドはマーケティングの専門家、製品の専門家、データアナリスト、IT技術者など、部署横断的に多様な人材で構成され、メンバーのうち1人が「製品責任者」に指名される。チャプターは、多くのスクワッドに分散する同一分野(例えば、データアナリティクスやシステム開発工程など)の人材をまとめる役割を果たす。ここまで読んで、これは製品別/顧客別事業部制組織と何が違うのだろうかと私は疑問に感じた。トライブを事業部、スクワッドを製品別/顧客別のチーム、チャプターをスタッフ部門と読み替えれば、従来の組織論で説明することができてしまう。一般的な金融機関は前述のマトリクス図で言うと<象限②>に該当するのだが、やはりアジャイルは<象限②>と相性が悪いのではないかと思った。

 ただ、これで話が終わってしまっては何の面白みもない。確かに、不良を含むかもしれないベータ版を提供し、顧客と擦り合わせながら製品・サービスの品質を上げていくというアジャイルは日本企業には不向きかもしれない。しかし、アジャイルの別の側面、すなわち、PDCAサイクルを細かく回すことで不良を出さないようにするという点は取り入れることができると思う。

 ウォーターフォールモデルでは、最後の統合テストを行うまでバグが解らず、バグが見つかった時には大幅な手戻りが発生するという問題があった。製造業でも、ラインで製品が完成してから品質保証部門(品証)が検査を行うため、やはり不良が見つかった場合には大幅な手戻りが生じるか、不良品を破棄しなければならないという問題を抱えていた。近年、日本の製造業の品質神話が崩れつつある。昔は、品証が問題を発見すると、「こんなもの出荷できるか!」と最後の番人役を務めていたのだが、次第にそういう人はいなくなり、同時にラインでは非正規社員が増えたことで、総合的な現場力が劣化したことが原因のようである。よって、現場でPDCAサイクルを細かく回し、不良を発見するタイミングを増やすことが重要である。不良の発見は、製造工程の初期段階であればあるほどよいと、インテルのアンドリュー・グローブは述べている。

インテル経営の秘密―世界最強企業を創ったマネジメント哲学インテル経営の秘密―世界最強企業を創ったマネジメント哲学
アンドリュー・S. グローヴ Andrew S. Grove

早川書房 1996-04

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 まず、何を作るか計画を立てる。そして、少し作ってみる。その後、第三者にチェックしてもらい、問題があればそれを改善する。目的物そのものが変われば、計画の段階から見直す。これを細かく繰り返すのがアジャイルである。このプロセスは何かに似ていると思わないだろうか?そう、日本企業に特有の「稟議」プロセスである。

 稟議では、利害関係者に根回しをして、ある人からフィードバックをもらっては企画書を修正し、その後別の人からまたフィードバックをもらってはさらに企画書を修正する。途中で、「こんな企画ではダメだ」と言われたら、企画を練り直す。そして再び、利害関係者の意見をうかがう。こうして、様々な立場の人たちの多角的な意見を反映させて企画を作り上げていく。利害関係者が集まる意思決定会議では、ほとんど異論が出ずに企画が承認される。表面的に見れば、まさにアジャイルである。しかし、稟議の問題は、アジャイルという言葉とは裏腹に、時間がかかりすぎることである。これは、稟議が非公式、偶発的、暗黙知的に行われるためである。だから、アジャイルを実践するには、細かいPDCAサイクルを公式化しなければならない。

 そのために人事部がなすべきことは、以下の5つである。

 ①製造現場の業務プロセスの設計を支援する。
 日本では、業務を遂行する現場が強く、業務プロセスにヒト・モノ・カネ・情報といった経営資源を投入する人事部、購買部、経理部、情報システム部は現場に従うという主従関係が成立しているように思える。例えば、人事部は製造現場から言われるがままに人材を採用し、ラインに配属する、という関係である。だが、私はこうしたスタッフ部門はもっと現場に介入して、現場の業務プロセス構築を支援するべきだと考えている。

 製造現場はスループットを最大化するという目的のために製造工程を設計するが、人事部はヒト、購買部はモノ、経理部はカネ、情報システム部は情報の視点から製造工程を最適化する。4部門が連携して、最適化の精度を上げることも重要である。さらに、製造工程は高度に技術的なプロセスでもあるから、設計部や製造工程部との連携も欠かせない。ここでのポイントは、先ほど述べたように、製造工程の早い段階でチェックのプロセスをできるだけ多く設定することである。上司から部下へのフィードバックの機会をあらかじめ業務プロセスに埋め込んでおく。こうしたフィードバックは、運用段階になるとややもすればおろそかにされがちであるから、きちんと文書化しておくことが欠かせない。アジャイル開発では文書が不要と言われることもあるが、基本指針を関係者間で共有するための文書は必須である。

 ②経営戦略、経営目標が変更になったら、素早く現場にブレイクダウンする。
 アジャイルでは、事業環境の急激な変化に伴って経営戦略や目標が頻繁に変わることを想定している。多くの企業では目標管理制度が導入されているが、年に1回の目標設定では環境変化に適応できない恐れがある。人事部は経営陣と緊密に連携し、戦略が変更されたら新しい経営目標を各部門や各社員の目標に落とし込むことができるようにしなければならない。もちろん、単に人事部が上から目標を押しつけるのではなく、人事部が提示した目標が腹落ちするように、上司と部下の間で対話を行うことが重要である。そして、現場の目標が変われば業務プロセスも変更になるから、①で述べたように人事部は現場の業務プロセス再構築をサポートする。

 ここで問題になるのが報酬である。近年は成果主義が浸透し、給与全体に占める業績給の割合が上昇する傾向にある。今月号の論文「採用、評価から育成まで アジャイル化する人事」(ピーター・カッペリ、アナ・テイビス)では、個人の貢献に応じて報酬を細かく調整するべきだと述べられている。だが、この点に関して、私は異なる考え方を持っている。それは、個人の業績、部門や会社全体への貢献度を厳密に測定して金額に変換することは不可能だということである。経営戦略の変更に伴って頻繁に個人目標が変わるならばなおさらである。だから私は、報酬に関しては以前の記事「比較的シンプルな人事制度(年功制賃金制度)を考えてみた」で述べたような簡素な制度を保持するべきだと考える。そうすれば、個人の貢献度合いをめぐって、社員と人事部との間で不毛な議論を呼び、そのために業務が停滞することもないだろう。

 ③上司から部下へのフィードバック情報を蓄積する。
 アジャイルでは、①で設計された業務プロセスに従って、上司から部下に対して頻繁にフィードバックがなされる。人事部は、そのフィードバック情報を蓄積する仕組みを情報システム部門と一緒になって構築するとよい。大がかりなシステムは不要である。チャット機能と、上司のフィードバックコメントから部下の強み・弱みを抽出できるテキスト分析機能がついていればよい。このシステムを使うことで、定期的な人事考課のために上司が部下の仕事ぶりに関する過去の記憶を遡って、人事考課シートに評価コメントを記入するという面倒な作業から解放される。

 上司から部下に対してフィードバックを行う際には注意点がある。それは、何か問題が生じた時に、すぐさま、対面でフィードバックをするということである。問題発生から時間が経てば経つほど、フィードバックの効果は薄れていく。また、メールやチャットのみでフィードバックをするのも望ましくない。川島隆太『スマホが学力を破壊する』(集英社、2018年)によると、対面で会話をした場合には、思考や創造性を担う脳の最高中枢である前頭前野が活性化するのに対し、PCで文章を書いた場合には前頭前野が活性化しないそうだ。だから、アジャイルが目指す効率化に反するように思えても、上司から部下へのフィードバックに関しては対面で行うべきである。その上で、そのフィードバック内容を先ほどのシステムに入力する。

スマホが学力を破壊する (集英社新書)スマホが学力を破壊する (集英社新書)
川島 隆太

集英社 2018-03-16

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 ④人材の柔軟な配置を実現する。
 業務プロセスが頻繁に変更になれば、人材の入れ替えも頻繁になる。人事部は、③のシステムを活用して、それぞれの社員の能力、技術、強みをデータベース化する。そして、現場と緊密に連携して、どのラインで人材が不足しているのか、逆にどのラインで人材が余剰になっているのかをリアルタイムで把握しておく。人材が不足しているラインには、ラインが要求する人材要件にフィットする社員をデータベースの中から検索する。逆に、余剰人材に関しては、その人の能力などが活かせる現場がないかを探す。人事異動は製造部門内だけで完結する場合もあれば、製造部門以外の部署が関係してくる場合もある。現在はこうしたデータベースが充実していないため、欠員が出るとその場しのぎで非正社員を採用しているケースが多いように感じる。

 ここでのポイントは、1年ないしは半期に1回の異動にとらわれてはいけないということである。期中で戦略も目標も業務プロセスも変化するのだから、それに合わせて人材も変化させなければならない。日本企業の場合はゼネラリストを育成するという方針が強いため、職種や部門の転換を伴う異動は比較的受け入れられやすい。一方、欧米の場合、社員はスペシャリスト志向が強く、職種や部門の転換には反発する傾向があるそうだ。また、部下の職種や部門が変わることを快く思わない上司も多いらしい。上司にとって部下は業績を上げるための手段であり、それを取り上げられると自分の業績に響くからだという。この点、日本企業は柔軟な人材配置が実現しやすいと言えるだろう。この利点を活かさない理由はない。

 ⑤必要な技術・能力を素早く習得できる学習環境を整える。
 環境が変化し、戦略が変化し、業務プロセスが変化すれば、必要となる技術や能力も変化する。その技術・能力を社員に習得してもらうために、人事部が伝統的な集合研修に頼っているようでは遅きに失する。かといって、現場のOJTに任せると社員の能力レベルに差が生じる可能性がある。ここで、昔の私ならば、社員が自ら最新の技術・能力に関する動画を撮影して、社内のイントラネットに自由にアップできる環境を構築したらどうかと提案していただろう。だが、最近はどうもこうしたe-Learningの効果に懐疑的であるし、③で紹介した『スマホが学力を破壊する』の論理を拡張すれば、オンライン講座を見ても前頭前野が活性化しない恐れがある。

 最も効果的なのは、社員同士の勉強会であろう。①とも関連するが、定期的な勉強会を業務プロセスの中に強制的に組み込んでおくのも1つの手である。人事部は、最新の技術・能力を持つ社員の暗黙知を引き出し、それを形式知化する支援を行う。また、その形式知がどうすれば他の社員にも伝わりやすくなるか、学習コンテンツ制作のアドバイスをする。さらに、ワークショップを交える場合には、参加者同士の間で新たな学習が生まれるようなファシリテーションの方法についてもサポートする。勉強会も、アジャイルの目指す効率化を短期的には犠牲にするものの、中長期的に見れば職場の活性化につながり、それが生産性向上をもたらすと考える。




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