2014年12月19日
佐藤秀夫、山本武利編著『日本の近・現代史と歴史教育』―高橋是清とアベノミクス
日本の近・現代史と歴史教育 佐藤 秀夫 松本 三之介 李 鍾元 北岡 伸一 山本 武利 区 建英 シオドル・F. クック 築地書館 1996-02 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
本書には、高橋是清と井上準之助を対比させた論文が収録されていたのだが、高橋是清の政策はアベノミクスそのものだと今さらながらに認識した。以下、かなり長いが引用する。
金輸出再禁止の後、つまり井上準之助の政策が失敗したのちに高橋が乗り出したときの財政家としての高橋第二の時期にお話を移したいと思います。このときは最初に高橋は井上財政と金解禁への相当強烈な批判をしましたうえで、新しい方法を取ります。まず通貨を増大させるのが大事である。そのためには財政支出を増やさなければいけない。ところが不景気で財源がありませんから公債を発行する。公債を発行するとしても、それを引き受けてくれるところがありませんので、まず日本銀行に公債を引き受けさせる。通常、不景気の時期に政府が実行できる経済政策は、財政出動か金融政策のどちらかであって、両方を一気にやろうとするアベノミクスは無理があるという批判もあった(だから、”アベノミックス”などと揶揄されていた)。ところが、今から約80年前の日本では、高橋是清が両者の組み合わせによる政策の効果を実証していたわけだ。
つまり政府は公債を刷って日本銀行に渡すと日本銀行から日銀券が政府に来る。その日銀券を政府は予算を使って全国にばらまく。そしてばらまくとそのお金がめぐりめぐって、いろいろな工場に行き、銀行に戻ってくる。そこでその銀行が日銀が持っている公債を買い取って消化してくれればよいという、赤字国債の日銀引き受け発行という方式を取りまして、まず政府がお金を出して景気をよくしようと財政支出を増やす政策を1ついたします。
もう1つの措置は金利を安くする、どんどん低金利にする。不景気なときにはなるべく金利を安くして資本の負担を軽くして事業のやりやすいように努めるべきであるという政策です。国債の利率を5分から4分半、4分というように下げ、預金協定利率も4分7厘から3分7厘に下げる。公定歩合もどんどん下げて、1932年(昭和7)の8月が日歩1銭2厘、これは1910年(明治43)以来の低い利率であります。33年7月には日歩1銭というところまで下げます。低金利にしてなるべく景気をよくしよう、これが国内の金融面での政策です。
対外面では、金輸出を再禁止しますから、当然為替相場が下落いたします。為替相場の下落をそのまま放任しておく、実力に応ずるところまで下がるに任せる、当然国内では物価が上がりますが、海外から見ますと為替相場が下がった分だけ日本の製品の価格は低く見えますから、だんだんと輸出が延びてくる。こういう3つの方法を使って景気の回復に努めました。(中略)
これらの政策が成功いたしまして、日本は世界で一番早く不景気から脱却してまいりました。高橋は31年の12月から、こういう政策を取りまして、じつはこれはケインズよりも早い。
高橋是清はその後、積極的な財政出動がもたらした国家予算の膨張に対する批判を受けて、軍縮に乗り出した。特に、陸軍に対する圧力は相当なものだったらしい。これに反発した陸軍の皇道派は1936年2月26日、高橋是清を暗殺した。いわゆる二・二六事件である。
高橋財政とアベノミクスの違いは、アベノミクスが第3の矢として掲げている「成長戦略」である。成長戦略は、第1の矢(異次元の金融緩和)と第2の矢(積極的な財政出動)によって市中に大量にもたらされた資金が、新たな産業に投資されることを狙っている。先日の記事「野村総合研究所2015年プロジェクトチーム『2015年の日本』を2015年の到来を前に読み返してみた」でも書いたように、それぞれの地域が「地域版成長戦略」を策定し、重点産業を定めている。
ただ問題なのは、産業の育成には何十年という長い時間がかかる、ということだ。産業を確立するためには、競争ルールを策定し、人材を育成し、技術開発に投資し、大学などの研究機関と連携し、裾野産業・関連産業を誘致するなどして、産業集積を形成しなければならない。これは、第1の矢、第2の矢のようにすぐに効果が表れるものではない。第3の矢の具体策としては、法人減税やGPIF改革、日本版ステュアートシップ・コードの導入などが議論されている。もちろんそれはそれで必要なのだが、産業振興という本来の目的からすると短期的であり傍論にすぎない。
2014年7-9月期の実質GDPが民間の予想を裏切ってマイナス成長になった要因は色々あるだろうが、個人的には、第1の矢・第2の矢という短期的な施策と、第3の矢という非常に長期的な施策との間がすっぽりと抜け落ちており、アベノミクスが息切れを起こしてしまったのではないか?と思う。時間軸を埋め合わせる施策、具体的には地域版成長戦略で定めた各産業の中長期的なロードマップを、国と地方が一体となって描くことが急務であると感じる。