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【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)
『イノベーションのジレンマ(DHBR2016年9月号)』―イノベーションの組織は既存組織と分けるべきか否か?
戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(2/2)

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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2017年08月21日

【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)


戦略オプション

 以前の記事「戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(1)(2)」の焼き直し記事。敢えて図を使わなくても7つの戦略を説明できると思い、書き直すことにした。企業は持続的に成長を続けるために、常に新しい戦略機会(ビジネスオポチュニティ)を模索しなければならない。戦略機会を抽出するためのフレームワークとしてよく知られているのが、ロシアの経営学者イゴール・アンゾフが考案した「成長ベクトル」である。

 アンゾフの成長ベクトルでは、横軸に「顧客(既存―新規)」、縦軸に「製品・サービス(既存―新規)」という2軸を取り、マトリクス図を作成する。左下の象限は、既存の顧客に対して既存の製品・サービスを販売するものであり、「①リピート購入戦略(アンゾフの言葉では「市場浸透戦略」)」と呼ぶ。右下の象限は、新規の顧客に対して既存の製品・サービスを販売するものであり、「②市場シェア拡大戦略(同「新市場開拓戦略」)」と呼ぶ。左上の象限は、既存の顧客に対して新規の製品・サービスを販売するものであり、「③ウォレットシェア拡大戦略(同「新製品開発戦略」)」と呼ぶ。ウォレットシェアとは、顧客の財布に占める自社のシェアという意味である。最後に、右上の象限は、新規の顧客に対して新規の製品・サービスを販売するものであり、「④多角化戦略」と呼ぶ(アンゾフの用語でも同じ)。

アンゾフの成長ベクトル

 ①リピート購入戦略と②市場シェア拡大戦略は、既存事業の強化である。事業機会を抽出する場合、既存事業も候補の1つであることを忘れてはならない。①リピート購入戦略においては、製品・サービスの改善、技術改良、リピート購入を促すプロモーションなどが展開される。②市場シェア拡大戦略においては、差別化要因の強化、魅力的な価格の提示など、競合他社からの乗り換えを促すプロモーションが実施される。

 ③ウォレットシェア拡大戦略と④多角化戦略は、新規事業にあたる。③ウォレットシェア拡大戦略には2つの方法がある。1つ目は、既存の製品・サービスと類似カテゴリの製品・サービスを開発するというものである。例えば、清酒メーカーであれば、ワインや焼酎の製造・販売への進出が思いつく。2つ目は、顧客が既存の製品・サービスを消費するプロセスの前後を押さえる、つまり、顧客が既存の製品・サービスと一緒に消費する製品・サービスを開発するというものである。清酒メーカーの場合、清酒と一緒に消費される惣菜や酒のつまみを開発する、あるいは清酒が消費される飲食店を経営するという選択肢がある。自動車メーカーの場合、アフターマーケット市場への進出は、顧客の消費プロセスの「後ろ」を押さえることになる。さらに、自動車の出発点と到着点に該当する住宅と商業施設、観光施設の開発に乗り出すのも一手である。

 ④多角化戦略には、大きく分けて、外部環境アプローチと内部環境アプローチの2つがある。外部環境アプローチはさらに3つに分かれており、ⅰ)成長市場に着目する、ⅱ)労働力が不足している業界に注目する、ⅲ)海外で流行しているものを日本に輸入する、という視点がある。ⅰ)に従えば、医療・介護業界に進出するというオプションが出てくるし、ⅱ)に従えば、建設業界や飲食チェーン業界に進出するというオプションが導かれる。

 一方の内部環境アプローチも同じく3つに分かれており、ⅳ)経営理念から導かれる領域、ⅴ)自社の強みを活かせる領域、ⅵ)経営陣がやりたいと思っている領域、という切り口がある。例えば、バイオ研究に力を入れている清酒メーカーは、化粧品分野に進出することがある。また、人間の鋭敏な味覚は、最新の分析機器でも検出できない何億分の1レベルの微量物質を感知する能力を持つため、清酒メーカーは分析機器の精度を超えたレベルの酒質設計を行っている。このノウハウを活かして、分析測定機器の開発・販売に乗り出すという手も考えられる。

アンゾフの成長ベクトル(拡張版)

 ただ、個人的には、この4つだけでは事業機会としては不十分だと思う。そこで、「⑤新市場開拓戦略」、「⑥代替品開発戦略」、「⑦完全なるイノベーション戦略」という3つを加えた。⑤新市場開拓戦略では、既存の製品・サービスを非顧客に販売することを目的とする。考え方としては、まず、既存顧客と反対の属性を持っている人々に販売するという方法がある。例えば、男性向けだったものを女性向けに、若者向けだったものを高齢者向けに、BtoC向けだったものをBtoB向けに提供するということである。アメリカは、軍需品を民生に転換することを得意としている。

 女性向けだったものを男性向けに販売している例として、生理用ナプキンが挙げられる。男性は痔に悩んでいる人が多い。そこで、出血を抑えるために生理用ナプキンを使用している人がいるという。また、長時間座って運転をしなければならない物流業界のドライバーは、お尻が座席との摩擦で痛くなるのを防ぐために生理用ナプキンを使っているらしい。さらに、医療現場では、お尻を手術した患者に対し、出血や膿を吸収する目的で生理用ナプキンを用いている。

 ⑤新市場開拓戦略の2つ目の考え方として、既存の製品・サービスを意外な方法で使用している人々に着目するというものがある。例えば清酒の場合、調味料の代わりとして清酒を使用する人がいる。もちろん、既に料理酒は存在するが、お米をふっくらと炊き上げたり、お餅をふっくらと焼き上げたりするために清酒を使っている人がいるらしい。こういうニーズに着目すると、既存の料理酒とはまた違った調味料が生まれるかもしれない。また、清酒を入浴剤代わりに使っている人もいる。ここから、清酒の成分を含んだ入浴剤の分野に進出するということも考えられる。

 ⑤新市場開拓戦略の3つ目の考え方は、既存の製品・サービスを海外に展開するというものである。しかも、単に海外展開するのではなく、まだその製品・サービスが一般的になっていない国・地域に持っていくことで先行者利益を狙うというものである。⑤新市場開拓戦略は、非顧客に着目することで、市場のパイそのものを拡大することを目指している。

 ⑥代替品開発戦略は、文字通り既存の製品・サービスを脅かす代替品を、先手を打って開発する戦略である。1つ目として、技術的に非連続的なイノベーションが挙げられる。自動車業界で言えば、燃料電池自動車(FCV)がこれに該当する。FCVが完成すると、既存のガソリン車とは全く異なる部品構成やビジネスモデルが必要となり、業界構造が一変する。既存の市場や業界を丸ごと吹き飛ばすほどの威力を持つ非連続的なイノベーションは、代替品である。

 2つ目は、クレイトン・クリステンセンが提唱した「破壊的イノベーション」である。再び自動車業界に目を向けると、電気自動車(EV)は破壊的イノベーションになり得る可能性があると言われている。破壊的イノベーションとは、既存の製品・サービスに比べると技術的には”劣る”が、コストパフォーマンスが高いため、顧客の期待水準を大幅に上回ってしまった既存の製品・サービスに顧客が見切りをつけて、市場の大多数が破壊的イノベーションに流れ込むというものである。破壊的イノベーションも、既存の製品・サービスを駆逐するから、やはり代替品である。

 3つ目は、顧客のニーズを別の手段で満たす製品・サービスの開発である。顧客はその製品・サービスそのものがほしいのではなく、その製品・サービスによって何かを実現することを欲している。マーケティングの格言に「顧客が欲しているのはドリルではない。ドリルの穴だ」というものがある。もし、ドリルよりも効率的に穴を開けられる製品が登場したら、ドリルにとって脅威的な代替品となるだろう。清酒の場合、清酒を飲むのはストレスを発散するためである。よって、「ストレス発散ドリンク」のようなものを開発すると、清酒にとっての代替品となる。また、自動車の場合、顧客が欲しているのは「移動すること」である。よって、バスやタクシー、鉄道、飛行機は自動車にとっての代替品となる。「ワープ技術」が完成したら、自動車にとって相当の脅威になるだろうが、物理学ではワープ技術は不可能という結論に達しているらしい。空間を歪めて近道を作るのに、宇宙に存在する全エネルギー以上のエネルギーが必要だというのがその理由である。

 私が思うに、代替品には意外と十分な注意が払われていない。代替品が現れると、既存の製品・サービスの市場は一瞬で消える。そのぐらい過激な存在である。だから、代替品が現れてからどうしようかと慌てふためくのではなく、普段から自社の製品・サービスにとっての代替品とは何かを熟考し、対策を打っておく必要がある。代替品開発戦略を考えるには、次のような問いを発するとよい。「今、我が社を潰すとしたら、どんな製品・サービスを開発すればよいか?」

 最後が「⑦完全なるイノベーション戦略」である。技術的に全く新しい製品・サービスを開発したり、今まで存在していなかった市場ニーズを掘り起こしたりする。ただ、これはほとんど発明に近い領域であるため、私もどういう論点で検討をすればよいかアイデアがない。1つだけ例を挙げるとすれば、清酒メーカーの場合、「酔っぱらうが判断能力は落ちない日本酒」なるものを発明すると、飲食業界は大喜びするかもしれない(危険ドラッグのような製品だが・・・)。

 以上、7つの戦略を見てきたが、①から⑦の順で難易度が上がる。また、繰り返しになるが、①リピート購入戦略と②市場シェア拡大戦略が既存事業の強化であるのに対し、③ウォレットシェア拡大戦略から⑦完全なるイノベーション戦略は新規事業の開発にあたる。さらに、①リピート購入戦略から④多角化戦略は、既に存在する市場シェアの拡大を目的としている点でマーケティングであるのに対し、⑤新市場開拓戦略、⑥代替品開発戦略、⑦完全なるイノベーション戦略は、新しい市場を創出するイノベーションである。これまで述べてきた観点で自社の事業機会を検討すると、非常に幅広いチャンスがあることに気づく。次は、それらの事業機会のうち、どれに着手するかを決めなければならないが、その方法については機会を改めることとしたい。


2016年09月12日

『イノベーションのジレンマ(DHBR2016年9月号)』―イノベーションの組織は既存組織と分けるべきか否か?


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2016年 9 月号 [雑誌] (イノベーションのジレンマ)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2016年 9 月号 [雑誌] (イノベーションのジレンマ)

ダイヤモンド社 2016-08-10

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 本号は、クレイトン・クリステンセンが「破壊的イノベーション」を発表してから20年経ったことを記念して企画されたものである。クリステンセンは、「破壊的」という言葉が「画期的」という言葉と混同されていることに警鐘を鳴らし、改めて「破壊的イノベーション」の定義づけを行っている。その内容は20年前とほとんど変わっていない。そして、この定義に従うと、最近話題のUberは破壊的イノベーションには該当しないという(ただし、Uberがタクシー業界ではなく、リムジン業界に参入すれば破壊的イノベーションになりうるとも述べている)。

 《参考記事》
 戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(1)(2)
 『小さなイノベーション(DHBR2015年6月号)』―イノベーションをめぐるよくある4つの問いに対する私見、他

戦略を立案する7つの視点

 今回の記事では、以前書いた「戦略を立案する7つの視点」について、簡単におさらいをしたい。通常、戦略立案のフレームワークは、単一の事業の戦略を構想するものが多い。しかし、実際の経営者は複数の戦略を同時進行で考えているし、また考えるべきでもある。それを上手くまとめることができないものかと考案したのが上図である。難易度が低い順に概説する。

 ①リピート購入戦略
 既存の製品・サービスをもう一度既存顧客に購入してもらうためにはどうすればよいか?という戦略である。CRM(顧客関係マネジメント)などが重要となる。

 ②市場シェア拡大戦略
 既存の製品・サービスを、競合他社の顧客に購入してもらい、市場シェアを拡大するにはどうすればよいか?という戦略である。競合他社よりも品質を高める、価格を安くする、競合他社にはない付加価値をつける、といった手が典型的な施策として考えられる。

 ③ウォレットシェア拡大戦略
 既存顧客が自社の製品・サービスを使用・消費するプロセス(行動)に注目し、自社がカバーしているプロセスの前後のプロセスに対応する製品・サービスを追加することで、ウォレットシェア=顧客の財布の中における自社のシェアを拡大する戦略である。具体例は、旧ブログの記事「【第5回】顧客の隣接する消費行動を押さえる―ビジネスモデル変革のパターン」、「【第6回】顧客のライフステージを押さえる―ビジネスモデル変革のパターン」をご参照いただきたい。

 ④多角化戦略
 全くの新規顧客に全くの新規製品・サービスを提供する戦略である。ただし、自社にとっては新規であっても、他社にとっては既知の領域である。多角化戦略には、大きく分けて(ⅰ)外部環境アプローチと(ⅱ)内部環境アプローチの2つがある。

 (ⅰ)外部環境アプローチとは、客観的な統計データなどから事業機会を見出すことである。
  (a)急成長している市場・業界に参入する。
  (b)輸入超過に陥っている市場・業界に参入する(輸入超過であるということは、国内企業だけでは国内のニーズを十分満たせていないことを意味する)。
  (c)労働力不足に陥っている市場・業界に参入する(労働力不足とは、言い換えれば供給不足であり、さらに言えば需要過多である)。
  (d)海外で話題になっている製品・サービスを日本市場に持ち込む。

 (ⅱ)内部環境アプローチとは、組織内部のリソースに着目する方法である。
  (a)経営者が個人的にやってみたいと思う市場・業界に参入する(これは実にあやふやなやり方であるが、実際には結構行われていると思う。ソフトバンクがARMを買収したのは、IoTの成長性に注目したということもあるだろうが、孫社長自身の個人的思い入れも大きいと推測する)。
  (b)自社のビジョンや価値観から導かれる市場・業界に参入する(たいていのビジョンは抽象的に書かれており、様々な製品・サービスをカバーできる可能性を秘めている。「我が社のビジョンを実現するためには、顧客に対してどのような製品・サービスを提供するべきか?」ということをゼロベースで問うと、既存の製品・サービスにとらわれない答えが出ることがある)。
  (c)自社の組織能力(技術、ノウハウ、社員の能力)を活かせる市場・業界に参入する(富士フイルムのフィルム事業がデジタルカメラの登場によって急速にしぼんだ時、フィルム事業で培った技術を活かして化粧品事業に参入したのはその一例である)。

 ⑤代替品開発戦略
 既存顧客に対し、どの企業にとっても未知の製品・サービスを提供する戦略である。この戦略のうち、企業が最も気をつけなければならないのは代替品の存在である。代替品は、既存事業を急速に破壊する。代替品が登場したことに気づいてからでは遅い。これを防ぐためには、企業が自ら代替品を開発するしかない。すなわち、「我が社を5年以内に倒産させるためには、どんな製品・サービスを開発すればよいか?」と問うてみるのである。苦しい問いではあるものの、自社が問わなければ、見知らぬ第三者が必ず数年以内に答えを出す。

 代替品には、大きく分けて(ⅰ)技術的に全く異なる代替品と(ⅱ)ニーズの充足手段が全く異なる代替品の2つがある。前者の例としては、ガソリン自動車に対する電気自動車、燃料電池自動車が挙げられる。後者の例としてはスマートフォンがある。スマートフォンは様々な市場を破壊しているが、その中でも顕著なのが「電車の中の暇つぶし」という市場である。従来、この市場には新聞、大人向けマンガ雑誌、書籍などが参入していた。ところが、今やこれらの市場は、スマートフォンアプリに組み込まれることで何とか延命しているだけであり、もはや虫の息である。

 ⑥新市場開拓戦略
 既存の製品・サービスを、それを今まで全く使っていなかった人々に提供する戦略である。(ⅰ)既存の製品・サービスが高性能になりすぎて顧客が取り残されたローエンド市場や、無消費市場を狙う破壊的イノベーションは、この⑥に該当すると私は考える。破壊的イノベーションに成功すると、今までは要求水準の高い一部の顧客だけで構成されていた市場が急拡大する。

 (ⅱ)(ⅰ)以外に、未知の市場を発見するヒントは、至ってシンプルである。すなわち、従来の顧客層の属性と反対の属性を持つ人々を狙えばよい。例えば、男性⇔女性、若者⇔高齢者、富裕層⇔一般庶民、BtoC⇔BtoB、人間用⇔ペット用、民生用⇔軍事用などといった具合に、属性をひっくり返してみる。そして、例えば男性向け製品・サービスを女性に見せて、「仮にあなたがこの製品・サービスを使うとしたら、どう使いますか?」と質問する。こんな質問は、最初は全く相手にされないかもしれない。だが、ドラッカーもしばしば言っていたように、市場においては顧客よりも非顧客の方が圧倒的に多い。だから、非顧客の声を粘り強く収集する努力が重要である。

 最後に、⑥の戦略として、(ⅲ)日本の製品・サービスを海外に展開する、というものも挙げておきたい。典型例は、外国で日本食レストランを開くことである。(ⅰ)~(ⅲ)いずれの戦略であっても、ひとたび成功すると、既存の製品・サービスがターゲットとしていた顧客属性に、今までは全くの未知だった別の顧客属性が加わり、市場が爆発的なスピードで広がる。

 ⑦完全なるイノベーション戦略
 全く未知の顧客に対して、全く未知の製品・サービスを提供する戦略である。世界を変えるほどのインパクトを持つ発明がこれに該当する。残念ながら、どうすれば発明を効果的・効率的に生みだすことができるのかについて、私は何の知見も持っていない。

 イノベーションをめぐってよく問題になるのは、「イノベーションを行う組織は既存組織と分けてマネジメントすべきか?」という点である。ドラッカーは、イノベーションは別組織で実行するべきだと断言している。クリステンセンも、破壊的イノベーションに限っての話であるが、イノベーションを行う組織は別組織にしなければならないと主張している。ただ、冒頭で紹介した以前の記事「『小さなイノベーション(DHBR2015年6月号)』―イノベーションをめぐるよくある4つの問いに対する私見、他」では、⑥新市場開拓戦略に関しては既存組織の中で行った方がよいのではないかと書いた。そして、前述の通り、⑥の中に破壊的イノベーションが含まれている。

 クリステンセンが破壊的イノベーションを別組織でマネジメントすべきだと主張したのは、イノベーションの時間軸が既存事業と異なり、収益化までに時間がかかるため、同じ業績評価指標を適用できないからである。この点はドラッカーと共通する。クリステンセンはこれに加えて、破壊される側の既存製品・サービスの組織が破壊的イノベーションに抵抗するからという心理的な理由を挙げた。だが、⑤代替品戦略のように、既存製品・サービスが代替品によって完全に消滅するケースとは異なり、⑥の場合は成功すれば市場が広がる。

 確かに、未知の属性を持つ人々に製品・サービスを提供することで、既存の製品・サービスのアーキテクチャが大幅な変更を強いられることに対する心理的抵抗はあるかもしれない。しかし、総合的に見れば、既存製品・サービスを扱う社員にとっても活躍のフィールドが広がるわけだから、決して悪い話ではない。破壊的イノベーションという言葉が登場した当初は、まさにそのコンセプト自体が破壊的であり、従来のマネジメントからはかなり警戒をされた。だから、別組織で保護するべきという主張につながったのかもしれない。だが、現在では破壊的イノベーションのメカニズムもかなり解明されており、既存組織にもたらすメリットも見えている。だとすれば、いたずらに破壊的イノベーションを別組織にする理由もないのではないかと考える。

 こればかりは、どちらが正しいのか実証することができない。というのも、クリステンセンによれば、1990年代以降日本で破壊的イノベーションが生まれていない(玉田俊平太「破壊的イノベーションは「足るを知る」から生まれる」より)という悲しい現実があるためである。

 本号を読んで、破壊的イノベーションに限らず、組織論はなかなか一般論が通用しない世界だということを改めて感じさせられた。先ほど紹介した富士フイルムは、フィルムからデジタルへと事業転換を行う際に次のような決断を下した。富士フイルムもまた、イノベーションは別組織でマネジメントすべきという一般原則に反している。
 富士フイルムのR&Dへの取り組み方も、競合企業のそれとは大きく違っていた。たとえば、同社のデジタルイメージング部門は主要なR&D部門と統合された(ポラロイドの場合はR&D部門とは別個にあった)。これにより、富士フイルムのデジタル部門は社内で正当性を与えられ、フィルムからデジタルへの移行時の内部対立を最小化できた。
(ジョシュア・ガンズ「企業が生き残る3つの処方箋 「供給サイド」の破壊的イノベーション」)
 イノベーションから話は外れるが、我々は通常、部門間の協業を促進するために、タコツボ化した部門間の壁を取り払おうとする。例えばこんな感じだ。
 ムラリーが直面したのは財務の問題だけではなかった。同社(フォード)を立て直すためには、経営チームをより協調的に働かせる必要があった。同社の社風は無慈悲で攻撃的なことで知られていた。各部門を率いる幹部は情報を共有せずに隠し合った。(中略)

 ムラリーはボーイングでの経験を活かし、いくつかの職位が集まって自部門の最新情報を提供する定例会議を開始した。彼らはカラーコード(緑は良好、黄色は注意、赤はトラブル)を用いて、多様なイニシアティブについてのフォードの全体的な業績を素早くかつ包括的に評価した。
(ジェイ・W・ローシュ、エミリー・マクダグ「結果を出した4人の経営トップが語る 「組織文化を変える」を目標にしてはいけない」)
 だが、敢えてそうしないと決めたCEOもいる。ノバルティスのダニエル・バセラである。
 成長途上にある企業では部門間の協調や調整を強制すべきではないと考えたバセラは、意思決定を分散し、従業員にそれぞれの各部門にとっての最善策を行う権限を与えた。(中略)彼は「社外、つまり競合相手や顧客に集中すべきだというのが私の考え方です。社内の相手と協調できているかを心配して―成果を上げるために協調が必要な相手ではないにもかかわらず―行動を自制したりペースを緩めたりするべきではありません」と述べた。(同上)
 「組織は戦略に従う」とはアルフレッド・チャンドラーの名言であるが、組織は戦略以外の要因にも従う。特に、社員に対する深い理解が不可欠である。組織を分化すべきか統合すべきかという問題1つを取ってみても、社員の能力、性格、価値観、組織の権限、風土、リーダーシップなどを総合し、分化あるいは統合した場合のメリットとデメリットを比較評価しなければならない。


2015年06月25日

戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(2/2)


 (前回の続き)

 《参考記事(旧ブログ)》
 【シリーズ】ビジネスモデル変革のパターン(全20回予定)

戦略を立案する7つの視点

 ⑤新市場開拓戦略とは、既存の製品を活用して、新規の市場を切り開く戦略である。ただし、既存の製品がそのまま新規の市場に通用するとは考えにくいため、既存の製品を多少変更する必要はある。新市場開拓戦略としてまず挙げられるのが、「破壊的イノベーション」で知られるクレイトン・クリステンセンの「ローエンド型破壊」や「新市場型破壊」である。企業は製品の付加価値向上を狙い、こぞって性能アップを目指す。ところが、あまりに性能が上がりすぎると、そこまでのレベルを期待していない顧客層が生まれる。彼らをターゲットに、既存製品の性能を落としたり、機能を絞り込んだりした製品を販売すると、一気に受け入れられることがある。

 「ローエンド型破壊」や「新市場型破壊」は、個人的には意外と高度な戦略であると思う。もっと手軽にできる方法としては、旧ブログの記事「【第4回】全く異なる属性の顧客を狙う―ビジネスモデル変革のパターン」で述べたように、反対の属性の顧客に狙いを定める、というものがある。非常に安直な発想だが、男性向けの製品を女性向けに、若者向けの製品を高齢者向けに販売する、といった具合だ。だが、中には比較的成功しやすい逆転の発想のパターンもある。

 例えば、BtoBから始まった企業がBtoCでも成功することがある。一般的に、法人顧客は個人顧客に比べて要求水準が厳しいため、製品の完成度が高くなる。それを、個人顧客の要求レベルに合わせて上手く調整すれば、個人顧客にも受け入れられるようになる。日本通運は、陸運元会社として創業し、法人向けの貨物輸送・物流業務を得意としていたが、一方で1977年に開始した「ペリカン便」でも成功した(その後、JPエクスプレスに移管)。もちろん、顔の見える限られた顧客とじっくりビジネスを行うBtoBと、不特定多数の顧客を相手に迅速にビジネスをしなければならないBtoCでは、求められるビジネスモデルが異なる点は言うまでもない。

 富裕層向けの製品を一般消費者向けに展開するという方法もある。リチャード・コニフ『金持ちと上手につきあう法』(講談社、2004年)によると、富裕層の「顕示的消費」が人々の生活を豊かにしたという。富裕層は、プラスティック、水洗トイレ、陶器、ガラス、自動車などの最初の購入者となった。それをうらやましく思った多数の一般消費者からのプレッシャーによって、数多くの高級技術が実用技術へと変容し、やがて一般消費者にも手が届くようになったというのだ。よって、今は富裕層しか消費していない製品の中に、将来のヒット製品が隠れている可能性がある。

金持ちと上手につきあう法  「ザ・リッチ」の不思議な世界へ金持ちと上手につきあう法 「ザ・リッチ」の不思議な世界へ
R・コニフ

講談社 2004-03-16

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 軍事技術を民生技術に転用するという道もある。コンピュータはもともと弾道計算が目的であったし、電子レンジはアメリカのレイセオン社のレーダー開発が発端である。インターネットについても、ソ連からの核攻撃を想定し、仮に核攻撃を受けても指揮能力を喪失しないようにするために、分散処理システムとしての現在のインターネットの原型が誕生したという俗説がある。アメリカは財政赤字などを理由に軍事費を削減しているが、軍需産業を手放すことは絶対にないだろう。軍事技術から重要なイノベーションが生まれることをよく知っているからだ。

 既存の製品を未知の市場で展開する方法には、海外展開も含まれる。ただし、日本ではよく知られた製品でも、海外では初めて見る製品であるから、それが受け入れられるには長い時間がかかるし、場合によっては大幅なローカライズも必要である。日本のコンビニは今や世界各国に進出しているが、現地の習慣に合わせてカスタマイズされている。例えば、インドネシアでは家族で買い物に出かけ、お店で買ったものをその場で食べる習慣がある。そこで、インドネシアに進出したコンビニは2階建てとし、2階を食事スペースとしている。

 逆に、インドネシアに進出したある100円ショップから、1つ失敗談を聞いたことがある。この100円ショップは、オペレーション効率を優先し、日本とほとんど同じ製品ラインナップにした。ところが、その中にはカブトムシ用の虫かごと虫取り網が含まれていた。現地のインドネシア人によれば、インドネシアにはカブトムシはいないし、昆虫を捕まえて家で飼うという習慣もないという。

 ⑥代替品開発戦略は、新規市場開拓と同時に既存市場を破壊するという意味で、非常に危険な戦略である。しかし、放っておけば誰かが代替品を開発して、自社のビジネスを破壊するに違いない。よって、痛みを伴うとしても、着手せざるを得ない領域である。最も予測しやすい代替品は、大幅な技術革新によって、性能などが飛躍的に変化するものである。ガソリン自動車から電気・水素自動車への転換は最たる例だろう。顧客層自体は変化しないが、技術的には全く別物となる。しかも、電気・水素自動車は、ガソリン自動車に取って代わる存在である。

 2つ目のパターンは、顧客の同じニーズを別の手段で満たすような代替品の開発である。以前、マンガ雑誌社の人から、「社会人男性に雑誌が売れなくなった」という嘆きを聞いたことがある。雑誌不況も一因なのだが、一番の原因は「スマホが普及したこと」であると分析していた。結局、電車でマンガ雑誌を読んでいる大人にとって、マンガの中身が重要なのではなくて、目的地に着くまでの暇つぶしができることが重要だったわけだ。そして、スマホは暇つぶしの道具として最適であり、マンガ雑誌を駆逐してしまった。この教訓から学ぶことは多いと思う。

 ここまでの2つの話は、既存顧客のニーズをいわば対処療法的に解決するものである。代替品開発戦略の3番目は、顧客ニーズを根源的に解決する。最近、電車で髭剃りの広告をよく見かけるのだが、髭剃りの広告は10年前から切れ味のよさを訴求するだけで、内容的にはあまり変わっていないように感じる。髭剃りは、「伸びた髭を剃る」というニーズを解決するものである。しかし、顧客の根本的なニーズは、「髭が生えないようにする」ことかもしれない。よって、髭を毛根から死滅させる塗り薬が発明されたら、髭剃り市場は一気に縮小するのではないだろうか?

 未知の市場を今までに存在しなかった製品で開拓するのは、⑦完全なるイノベーションである。この分野ははるかに難易度が高く、どんなアプローチがあるのか、私には十分なアイデアがない。顧客の潜在ニーズから出発するか、先行する技術シーズから出発するか、そのどちらかなのだが、具体的にどう検討すればよいのか、今後もっと詰める必要がある。ただ1つ、完全なるイノベーションとは言えないかもしれないけれども、「日本には存在しないが海外に存在する製品を日本に持ち込むことで、日本国内の市場を切り開く」という方法があることを指摘しておきたい。


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