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フレデリック・ラルー『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』―ティール組織をめぐる5つの論点(2)
『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)
【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年09月22日

フレデリック・ラルー『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』―ティール組織をめぐる5つの論点(2)


ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現
フレデリック・ラルー 嘉村賢州

英治出版 2018-01-24

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 (前回の続き)

 ③ティール組織の場合、伝統的な正社員という概念が崩れる。1日何時間、1週間に何日働き、どこで仕事をするかについて、メンバー間のコミュニケーションを通じて決定する。私はそれはそれでよいと思う。実際、オランダではそのような働き方が認められており、法律にも労働者の権利として明記されている。問題は、ティール組織ではフリーランスを活用する局面が増えるだろうとされている部分である。チャールズ・オライリー、ジェフリー・フェファー『隠れた人材価値』で紹介されている企業が正社員比率を高めているのとは正反対の現象である。

 確かに、経営課題の解決に必要な人材を、ジャスト・イン・タイム方式のように調達できれば、非常に効率的な経営が実現されるかもしれない。だが、企業にとって効率的であるということは、フリーランスにとっては企業に搾取されることを意味する。私も長くフリーランスをやっているので、これは身に染みて解る。もちろん、中には顧客企業との交渉に長けていて、会社員時代よりも高い年収を獲得している人もいる(私も、もう少し営業が上手だったらよかったのにと思ったことが何度もある)。しかし、大半のフリーランスは非常に年収が低いことが中小企業庁の『小規模企業白書』でも明らかにされている。実際、ランサーズなどを覗いてみるとよい。「こんな報酬で生活できるか」と怒りたくなるような案件がごろごろ転がっている。

 日本に限った話になるが、フリーランス(個人事業主)は国民健康保険と国民年金に加入する。国民年金の毎月の保険料はそれほど高くないものの、その反面、老後の年金額は非常に少ない。国民健康保険に関しては、今まで健康保険料が会社と個人で折半されていたものが全額個人負担になるため、保険料が非常に高くなる。しかも、国民健康保険は年金暮らしの高齢者や無職の人の割合が高く、さらに医療費もかさむことから、余計に高い保険料が課される。一方で、雇用保険が存在しない。そのため、万が一病気で仕事ができなくなっても、傷病手当金が給付されない。育児休業給付金も介護休業給付もない。個人事業主が廃業しても、失業手当はもらえない。このように、フリーランスを取り巻くセーフティーネットは非常に脆弱である。

 仮に、このようなセーフティーネットの問題が解消されたとしても、フリーランス頼みの経済や経営は非常に危険であると考える。まず、フリーランスは所詮個人であるから、大きな仕事ができない。現在、政府は働き方改革の一環としてフリーランスを増やそうとしているが、フリーランス中心の経済は、ちまちまとした仕事が集合したつまらないものになるだろう。

 たとえ企業がフリーランスをかき集めて大規模な仕事をするとしても、よほど契約をしっかり結んでおかない限り、プロジェクトの終了とともにフリーランスのノウハウは雲散霧消し、企業に蓄積されない。正社員中心の企業であれば、社員のノウハウは企業に属することになっているから、ノウハウがちゃんと残る。そのノウハウを活かして別の社員が仕事をし、ノウハウを膨らませる。さらに別の社員がそのノウハウを活用して仕事をし、ノウハウを発展させる。この繰り返しによって、強力なコア・コンピタンスが形成される。これが正社員中心企業の決定的な強みであり、社会的に意義のある大規模な仕事をやり遂げる競争力の源泉となる。

 私は、人間が1人では決して携わることができなかったような大型の仕事に加わるチャンスを与えられるという点でも、社員に対して十分な社会保障を与えられるという点でも、現代の会社という形態が最強だと思っている。つまり、会社は資本主義的にも社会主義的にも優れているのである。個人的には、フリーランス社会を歓迎することはできない。

 ④ティール組織は達成型組織と違って、定量的な目標を追っていないと書いた。だが、本書で紹介されているティール組織は皆、通常の組織よりも高い業績と成長率を達成しているという。私は、何だかんだ言っても、ティール組織は成長の幻想を未だに追いかけているのだと思う。以前、「上原春男『成長するものだけが生き残る』―日本企業は適度に多角化した方がよい」などと呑気な記事を書いてしまったが、現代の成熟社会においては、成長に代わる新しい発想が必要とされている。アメリカは日本と違って人口が増加しているからまだ成長が見込めると思われるかもしれない。だが、そのアメリカでも、GDP成長率は2018年で2.93%(予測)にとどまる(ちなみに、日本は1.21%)。成熟社会に適した新しい経営のあり方が必要である。

 経済が順調に成長を続けている時代においては、毎年新入社員を採用し、その数も年々増加させることができた。しかし、以前の記事「平井謙一『これからの人事評価と基準―絶対評価・業績成果の重視』―「7割は課長になれない」ことを示す残酷な1枚の絵」で書いたように、採用した社員から、転職した人や業績不振の人を除いた大半の社員を順調に上のポストに昇進させるには、業績を猛スピードで伸ばす必要があり、どうしても限界がある。企業の規模が大きくなればなるほど、その難易度は上がる。これまでは子会社を作ったり、関連会社に出向させたりして何とか雇用を維持できたものの、最近はその手も使えなくなっている。

 近年、成長という言葉に代わって持続可能な経営という言葉が使われるようになっている。この言葉には2つの意味があって、1つは自然環境に配慮し、自然と共存できる経営を目指すという意味である。もう1つは、これまでの高い成長を諦め、低成長で満足するという意味である。しかし、後者の場合、低成長を続けた結果、ある日突然人員過剰に耐えきれなくなり、大規模なリストラを行うという爆弾が隠されている。私は、そんな爆弾の爆発を将来に先延ばしにするくらいなら、いっそ最初から企業規模の縮小も視野に入れ、経済の成熟度合いに合わせた経営を行うことを社員に対して宣言しておいた方が親切であると思う。

 現在の雇用を守るために、新卒採用を抑制する企業も少なくない。だが、若年層の失業率が高いと社会が深刻な不安に見舞われることはヨーロッパ諸国が証明済みである。新卒採用は続ける。しかし、雇うことができる社員数には限りがある。となれば、後は中高年社員に退出してもらうしかない。以前から主張しているように、私は年功序列は支持するものの、終身雇用は支持していない。だから、今後は解雇権の条件緩和を議論する必要があると考える。

 今までは、成長が見込める事業機会を発見し、その機会を獲得するために最適な組織や人員配置を検討するという手順を踏んでいた。しかしこれは、その事業機会に手を出せば、大部分の既存社員を昇進させ、さらに新卒採用もできるほどに高い成長が期待できることが前提であった。ところが、その前提が崩れて以降、企業は事業機会の期待成長率だけしか見なくなった。そして、数年後に人員過剰が判明すると、慌ててリストラに走るのであった。ひどいコンサルティング会社になると、将来的に人員過剰になることに薄々気づいていながら、さもその事業機会に手を出せば業績が上向くかのように見せかけてまずは事業機会のみを提案しておき、いざ社員が過剰になったら今度はリストラを提案して、同じ顧客企業で2度儲けるというビジネスをしていた。事業会社もコンサルティング会社も、従来のやり方を改める時期に来ている。

 戦略立案に先立って、仮に既存社員の大半を昇進させ、さらにマネジャーやリーダーの数に見合うだけの新卒採用を行った場合の人員構成と人件費総額を明らかにしておかなければならない。その次に、外部環境アプローチでも内部環境アプローチでもよいのだが、成熟社会においてもなお成長が見込める事業機会を必死に探す。その事業機会の候補の中から、できるだけリストラを最小限に抑えることができる事業機会を選択する。

 従前の戦略プロセスでは、事業機会を選択し、結果的に余剰となった社員に対しては、ある日突然「ハイ、サヨナラ」と告げていた。だが、これからの戦略プロセスはもっと温かみのあるものにしなければならない。誰が余剰人員になるのかを慎重に見極めなければならない。特に中高年社員について、本人のキャリア志向、本人と組織の価値観の重なり具合、これまでの経験や知識・能力、過去の人事考課の結果、周囲の社員に与えている影響、周囲の社員から支持されている度合い、モチベーションの高さ、今後のポテンシャル、キャリアの予定などに関して、1人ずつ丁寧に評価する。その評価を踏まえて、どうしても自社から溢れてしまうと判断した社員に対しては、早い段階、できれば退職(解雇)の2~3年前にその可能性を伝える。

 社員には、その2~3年の間に次のキャリアをどうするのか考えてもらう。企業側は、社員の次のステージに向けた準備をバックアップする。異業種へ転職するというのであれば新しい能力の開発や知識の習得を支援し、起業するというのであれば資金の融通や経営ノウハウの提供を行い、Uターン・Iターン転職するというのであれば転居資金の手当てや転居に関わる諸々の手続きのサポートをする。ここまでが、新しい戦略のカバーする範囲である。

 (ちなみに、私はこれから40代のミドル世代の起業が急増すると予測している。ミドルが興した企業は、最初の数十年は順調に成長し、社員数を伸ばすだろう。だが、やがて既存企業と同じように成長が頭打ちを迎える。その際、昇進のポスト数が限られてくる60代ぐらいのシニア社員が退職〔解雇〕の対象となる。一昔前であれば、もうここでリタイアとなるところだが、最近のシニアは元気であるし、また医療費の抑制という社会的な要請もあって、まだまだ働き続けることになる。だから、長い目で見ると、シニア世代の起業も増える。働ける人は80代ぐらいまで働く。この辺りについては、前掲の記事「平井謙一『これからの人事評価と基準―絶対評価・業績成果の重視』―「7割は課長になれない」ことを示す残酷な1枚の絵」で書いた)

 本当は、雇用保険がこうした支援をしてくれればよいのだが、ハローワークの職業能力開発は硬直的であるし、ハローワークが起業支援をするにしても、ハローワークに事業の可能性を評価できる能力があると思えない上、お役所仕事的に大量の書類を要求するだけだろう。だから、こうした取り組みは企業自身が行った方がよい。当然のことながら、これらの取り組みには相応のコストがかかるから、新しい戦略を事業計画に落とし込む際には、そのコストも考慮した予測損益計算書、予測貸借対照表を作成しておかなければならない。企業が単独で対応することが難しければ、産業全体で雇用保険とは別の基金を作ってもよいと思う。

 人口減少によって国内の需要が減るのであれば、国内の供給も減る。過去の日本経済の栄光にすがって、いつまでも成長を追いかける必要はない。これからは、需要と供給の減少に合わせて、企業をダウンサイズすることも選択肢の1つに入ってくるだろう。ここで、国内の需要が減るならば、新たな成長源を求めて海外に進出するべきだという意見も聞かれる。だが、日本企業が海外で売上を獲得するということは、その分現地企業の売上を奪うことに等しい。その国のGDPは増えても、GNPは減ってしまう可能性がある。これは、新しい経済植民主義になりはしないかと私は心配している。現在、安倍政権は中小企業の海外進出を強力にプッシュしているけれども、日本企業がこぞって海外に進出するまでもないと思う。

 幸い、需要が減ると言っても、代わりとなる新しい産業や市場は生まれているし、供給が急激に減りすぎて困窮している産業もある。企業は、余剰社員と簡単に縁を切るのではなく、彼らがそのような産業へとスムーズに移行できるように支援することまでがその責任範囲となるだろう。ただし、退職(解雇)の2~3年前にその可能性を告げられた社員のモチベーションをどうやって保つか、退職(解雇)の妥当性をめぐる法的問題にどのように対処するか、彼らのモチベーション低下が周囲の社員に悪影響を与えないようにするにはどんな策を講ずればよいか、退職する社員が起業という道を選択した場合、今までとは全く能力やマインドセットが要求されることになるが、その習得を具体的にどう後押しするのか、といった問題が想定される。

 ⑤存在目的に向かて経営を行うティール組織は、価値観重視の経営を行っていると言える。価値観重視の経営については、以前の記事「チャールズ・オライリー、ジェフリー・フェファー『隠れた人材価値』―「価値観重視」の経営は重要だが、ちょっと油断すると簡単に崩壊する」でも書いた。だが、肝心の価値観の具体的な中身については深掘りをしてこなかった。旧ブログで「なぜリーダーにはリーダー固有の「価値観」が必要なのか?」などといった記事を書いてきたが、私の怠慢でそれ以来ほとんど進歩が見られていない課題である。

 経営陣は何に関する価値観を重視し、それを「組織に練り込」めばよいのか?まず考えられるのは、顧客や製品・サービスのレベルに関する価値観である。「顧客はこういうニーズを持っているはずだ」、「顧客はこういう暮らし(BtoC)、事業(BtoB)を実現したいと思っているはずだ」、「我が社の製品・サービスはこういう価値を実現しなければならない」などといった価値観である。こうした価値観は、経営陣が実際に顧客に会って個別のニーズを拾い上げ、それをアブダクティブ・アプローチ(仮説的推論)によって一般化することで導かれる。

 しかし、顧客や製品・サービスに関する価値観は、時代や社会の変化に伴って変質する可能性が極めて高い。先ほど紹介した旧ブログの記事では、書籍に対する日本人とアメリカ人の認識の違いを述べた東京電機大出版局長の意見を引用したが、これとて決して固定的なものではない。いつ日本人とアメリカ人の認識がひっくり返るか解らない。また、今まで多くの企業は「安さ」、「早さ」を重視してきたものの、近年は環境意識の高まりや自然災害・企業不祥事の増加を受けて、「自然との調和」、「安全性」を重視する方向へと舵を切る企業も多い。よって、顧客や製品・サービスに関する価値観は、経営のベースとするには柔らかすぎる。

 次に考えられるのは、企業の成長や変化に関する価値観である。「我が社はスピーディーな成長を追求している」、「我が社は常に変革に挑戦しなければならない」といったものである。GEはジャック・ウェルチ時代に「スピード、スピード、スピード」というスローガンを掲げていたことがある。ところが、市場の成長が鈍化すると、この価値観は途端に無効になる。そもそも、こうした価値観は、④で述べたような成長への幻想にとらわれたものであるから、危険をはらんでいる。GEはとうの昔にウェルチのスローガンを捨て去った。現在のGEは、ジョン・フラナリー体制の下で、社員の創造力を重視する人間中心の価値観に転換している。

 事業環境の不確実性が高まると、変革への挑戦という価値観も多く見られるようになる(実は、事業環境の不確実性が高まっているという認識は、既に1970年代の新聞に掲載されていたことを私は確認している。よって、変革への挑戦という価値観も、その当時から存在したと推測する)。だが、価値観重視の経営の目的は、社員が人間としての叡智を結集した結果、自ずと変化に適応できるような強い組織を作ることであり、最初から変革を目的とした組織を作ることではない。目的と結果を混同してはならない。変革への挑戦という価値観は、明らかに変革それ自体が目的と化するリスクを帯びている。もはや笑い話だが、富士通が1990年代後半に、変革する組織への脱皮を目指して成果主義を導入した際、目標管理シートに「今季の目標は、○○部門の組織名を△△へと変えることです」と書いた社員がいたそうだ。

 私は、価値観重視の経営が重視すべき価値観とは、結局のところ働く社員に関する価値観なのではないかと考える。言い換えれば、人間の存在とは何かに関わる価値観である。これは、時代が変化しても簡単には変わらない。「人間は何を得ると安心するのか?逆に、人間を苦しみに追い込む状況とは何か?」、「人間は何を動機として生きているのか?」、「人間は仕事を通じて何を実現したがっているのか?」、「人間はどのような家庭生活を望んでいるのか?」、「人間は総合的にどのような人生を歩みたいと思っているのか?」、「人間は他の人間とどのような関係を構築したいのか?」 ここまでは人間の本源的な欲求に関する問いである。

 同時に、人間の社会性に関する問いも発しなければならない。「人間は社会に受け入れられるためには、どのように振る舞うべきか?」、「人間はどうすれば社会との絆を強められるのか?」、「人間は社会や共同体に対してどのような貢献をすべきか?」、「人間が『人間』、つまり和辻哲郎の言うように人と人との間に生きる社会的動物となるためには、いかなる道徳、規範、倫理に従う必要があるのか?」、「それらの道徳、規範、倫理はどのような社会的背景、人々の合意の下に成立したものなのか?」などといった問いである。これら両面の問いに答えることで、人間の存在に対する理解を深め、人間の欲求とその人間の集合体である組織の規律を調和させながら、組織が目指す成果を上げるためのマネジメントの原理原則を導く。

 これらの問いに答えることは、言わば人間学を極めるということである。現在の日本の経営者で最も人間学を極めているのは稲盛和夫氏だと思うのだが、人間学の極みに達すると、その価値観は非常にシンプルになる。これは、ブログ別館の記事「稲盛和夫『生き方―人間として一番大切なこと』―当たり前の道徳を実践することの重要性」を見るとよく解る。だがここで注意が必要なのは、皆が同じような価値観に到達してしまうと、結局それは普遍的価値となり、せっかくのティール組織も、私が前回の記事で恐れていたような全体主義的な経営論になってしまうということである。それを避けるには、価値観の解釈を多義化することである。そして、多義化された価値観を複数組み合わせることで、多様性を確保することである。

 先ほど挙げたどの問いも、その答えは1つに収斂するとは限らない。前掲の記事「チャールズ・オライリー、ジェフリー・フェファー『隠れた人材価値』―「価値観重視」の経営は重要だが、ちょっと油断すると簡単に崩壊する」でも書いたように、基本的によほどのことがない限り、価値観に善悪はなく、ある価値観とは正反対の価値観が成立することがある。例として、X理論とY理論がある。X理論は、人間は本質的に怠け者なので、飴と鞭を駆使して強制的に働かせなければならないという価値観に立脚している。一方、Y理論は、人間は本来的に成長を志向する存在であり、適切に動機づけをすれば自律的に創意工夫を凝らして仕事を遂行することができるという価値観に立つ。X理論の信奉者は随分減ってしまったものの、途上国で人材の能力がまだ十分に開発されていないような環境では、未だに有効であると言われる。

 ある価値観を思いついた時、それとは正反対の価値観が成立しないか検討することには大きな意義がある。仮に正反対の価値観が発見された時、当初思いついた価値観とどちらが優れているかを慎重に検討する。あらゆる経営者がこのような知的作業を行えば、価値観の選択肢が増え、その組み合わせのパターンも広がり、価値観重視の経営が多様化する。

 人間学を学ぶには、経営者が実際の人間に会い、彼らから学習することが第一の方法である。しかし、経営者個人が会うことのできる人間の範囲には限界がある。そこで、人間学を学ぶ格好の材料となるのが歴史である。歴史には、その時代を生きた人々がどのような価値観に基づいて人生を送ったのかが膨大に記録されている。その記録を読み解き、どういう価値観は上手く機能し、どういう価値観は失敗へと至るのかを自分で考え抜く。歴史は、リアルネットワークの限界を突破する。経営者に歴史好きが多いのは決して偶然ではない。ただ、最近は過去を振り返りもせず、歴史の価値を軽視し、自分がどれだけ儲かったを自慢する世俗的で刹那的な人生に埋没している経営者が増えているような気がしてならない。


2018年04月16日

『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)


一橋ビジネスレビュー 2018年SPR.65巻4号: 次世代産業としての航空機産業一橋ビジネスレビュー 2018年SPR.65巻4号: 次世代産業としての航空機産業
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2018-03-19

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 以前の記事「土屋勉男、金山権、原田節雄、高橋義郎『革新的中小企業のグローバル経営―「差別化」と「標準化」の成長戦略』―共著と中小企業研究の悪癖が両方とも出た1冊」で、技術的に突っ込んだ話がなかったことに不満を表明したが、今月号の『一橋ビジネスレビュー』は東京大学航空イノベーション研究会とタッグを組んで、これでもかと技術的な話をつぎ込んできたため、技術音痴の私の頭には論文の内容があまり入ってこなかった(わがまま)。それでも、従来の私のアイデアを修正するヒントが得られたので、今回はそれを記事にしてみたい。

 前々から、「必需品か否か?」、「製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoCの場合)・事業(BtoBの場合)に与えるリスクが大きいか否か?」(別の言い方をすれば、「製品・サービスに高い品質基準が要求されるか否か?」)という2軸でマトリクスを作って、世の中の製品・サービスを4つのカテゴリに分類できないかと考えてきた。これまでの最新版は、以前の記事「「製品・サービスの4分類」に関するさらなる修正案(大分完成に近づいたと思う)」で示した図①であったが、本号を読んで図②のように修正することとした。

○図①
製品・サービスの4分類(②各象限の具体例)

○図②
【修正版】製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 <象限④>について、2つの修正を行った。1つ目は<象限②>に位置づけていた「航空」を<象限④>に移動させたことである。@niftyニュース「飛行機についてのアンケート・ランキング」によると、2013年4月~2014年3月の間に1回も飛行機に乗ったことがない人の割合が61%であったため、航空は必需品とは言いがたい。2つ目として、「テーマパーク・遊園地」を<象限④>に追加した。これは今まで全く欠落していたのだが、テーマパーク・遊園地というのは必需品ではないものの、設備トラブルがあれば顧客の生命を脅かすため、<象限④>に入れた。ディズニーランドが重視する4つの価値観のうち、最上位に位置しているのは実は「安全」である。

 (※)この修正に伴い、以前の記事「『顧客は何にお金を払うのか(DHBR2017年3月号)』―USJ、Supership(nanapi)、ユニリーバの戦略比較」でUSJを<象限③>としていたが、今後は<象限④>に位置づけることとする。

 まず、<象限①><象限②>と<象限③><象限④>の違いについて、改めて説明したいと思う。<象限①><象限②>は多神教的世界、<象限③><象限④>は一神教的世界であり、<象限①>は新興国が、<象限②>は日本が、<象限③><象限④>はアメリカが強い。<象限③><象限④>は必需品ではなく、ニーズを一から掘り起こす必要があるイノベーションの世界である。ニーズが存在していないないから、伝統的な市場調査は役に立たない。そこで、リーダーは自分自身を最初の顧客に見立てて、「自分はこういう製品・サービスがほしい」と構想する。そして、「自分がこれだけほしがっているのだから、世界中の人も同じようにほしがるはずだ」と考えて、その製品・サービスを世界中に普及させることを唯一絶対の神と契約する。リーダーがエバンジェリスト(伝道者)となって世界中に布教すると言ってもよい。

 以前の記事「『正論』2018年2月号『本誌に突きつけられた朝日新聞”抗議書”に言論で答える/ワシントンを火の海にする狂気』―「朝日新聞に社是はない」で笑ってしまった」で書いたように、イノベーションとはリーダーがこれだと思うルールを世界に適用する演繹的な取り組みである。リーダーはトップダウンでイノベーションを推進する。イノベーションは必需品ではないため、購入・利用しない人は全く見向きもしないが、熱狂的なファンはその製品・サービスを必要以上に購入・利用する。そのため、市場規模が読みづらい。後者の顧客の存在を前提として、リーダーは野心的な目標を設定する。ただし、契約が正しいかを知っているのは神だけである。契約が正しければイノベーションは全世界で成功し、リーダーは巨万の富を得る。契約が間違っていればイノベーションは静かに死を迎える。そして、間違っている契約の方が圧倒的に多い。

 海外の航空機産業では、国がリーダーとなり、トップダウンで事業を進めているという。
 アメリカにおいては、大統領の決定による、省庁横断の政策文書「国家航空研究開発政策」により、航空研究開発におけるアメリカ政府の役割を明確に定義し、NASA(アメリカ航空宇宙局)は研究開発を実施している。また、欧州においては、「Flightpath 2050」という航空ビジョンに基づいて、戦略研究イノベーション計画が制定され、これにのっとり、DLR(ドイツ航空宇宙センター)、ONERA(フランス国立航空宇宙研究所)ともにトップダウン形式での研究開発を行っている。
(岩宮敏幸、大貫武、白水正男「日本の航空技術と国際競争力」)
 さらに言えば、たとえ成功したとしても、多くのイノベーションは短命である。中には世界中の人々の必需品となって<象限①>や<象限②>に移動するものもあるが、多くは流行が過ぎ去れば急激に市場がしぼんでいく。そうなる前に、リーダーは自社株買いによって株主に利益を還元しながら事業を縮小したり、自社を他の企業に売却してエグジットを図ったりする。いずれにしても、その過程でリーダーは大きな富を手中にし、後は悠々自適な生活を送る(ただし、航空機産業は国家の安全保障とも関連しているから、航空機メーカーが勝手に店じまいすることは国が許さない。航空機メーカーは数十年単位のサイクルで新型機を投入し続ける)。

 イノベーションのプロモーションは、世界中の人々に「この製品・サービスを使え」と迫るような、半ば脅迫的なものである。そしてリーダーは、そのプロモーションに対する市場の反応を数字で追っている。リーダーは、全世界に配置したプロモーション担当から、各種プロモーションに関する情報を報告してもらう。リーダーはそれを分析し、A地域でイノベーションを受け入れてもらうためにはどうすればよいか、B地域で受け入れてもらうにはどうすればよいか、などと考える。つまり、リーダーはインテリジェンスを重視する。A地域やB地域の顧客ニーズの違いを考慮して製品・サービスをカスタマイズしようとはしない。カスタマイズするのはプロモーションの内容の方であり、A地域やB地域の人々の心理的特性に応じて、発信するメッセージを変える。

 リーダーのモチベーションの源泉は、「自分が考案したイノベーションを全世界に広めたい」という「自己実現」の欲求である。そのために自らに高い目標を課す。そして、その目標を達成するのに必要な要件をCSF(Critical Success Factor:重要成功要因)として演繹的に特定し、KPI(Key Performance Indicator:重要業績指標)を紐づける。つまり、成功の条件をごく限られた数の指標に帰結させる(その中には前述のプロモーションに関する指標も含まれる)。イノベーティブな組織の業績管理や人事考課は全て、このCSFやKPIと結びつけられている。

 リーダーは、そのKPIの達成に向けて、世界中から優秀な人材をかき集める。ただし、前述のようにイノベーションは短命であり、リスクが高いので、あまり多くの正社員を抱え込もうとはしない。たいていは外部の優秀なクリエーターたちを集めてプロジェクトを結成する。正社員に関しても、プロジェクトの特性に応じて最高の人員配置を追求するため、上を下への人事異動が頻発する。プロジェクトが終われば外部のクリエーターはその企業を離れて別の企業を探し、正社員はまた乱高下の激しい人事異動を経て別のプロジェクトへと移っていく(航空機に関しては、優秀な開発者は開発が終わるとメーカーを渡り歩くが、メーカーの中には囲い込みのためにそのような渡り歩きを禁止しているところもあるそうだ)。

 競合他社との関係について言えば、最初は市場を創造するという必要性から、協調的であることが多い。普及を妨げる旧来の規制を破壊したり、市場の確立に必要な標準や規格を一緒に構築したりする。ところが、ある程度市場が成長すると、競合他社との関係は敵対的になる。プロモーションでは競合他社のことを公然と攻撃する(日本やEUでは敵対的CMが規制されているため、目にする機会はない)。あるいは、標準や規格に組み込んでもらった自社の標準必須特許をめぐって、法外な使用料を請求したり、差止請求を起こしたりする。

 とはいえ、競合他社がいるからこそ自社が差別化できることを踏まえれば、競合他社は自社のアイデンティティ確立のために必要不可欠な存在だと言える。よって、競合他社を完膚なきまでに叩きのめそうとはしない。その点では、常に敵チームを必要とするスポーツに近い。そう言えば、スポーツもエンタメの一種として<象限③>に位置づけられるものであった。

 <象限①>や<象限②>は、既に市場ニーズが存在している世界であり、マーケティングやマネジメントが武器となる。過去の経験上、こうすれば成功できるという法則がある程度解っているため、一見すると演繹的に事業を行えばよいように見える。しかし、顧客のニーズは時間の経過とともに微妙に、時には急激に変化するから、顧客に密着したニーズの調査が欠かせない。そして、顧客の直接的な観察を通じて得られた知見から、今回はこうすれば上手くいきそうだという仮説を立てる。よって、<象限①>や<象限②>は帰納的であると言える。ただし、帰納的に導かれたルールが全世界で通用するというわけではなく、あくまでもその企業が活動するフィールドや文脈においてのみ有効であるという点に注意しなければならない。

 <象限①>や<象限②>は多神教的な世界であると書いた。この2つの象限は、<象限③>や<象限④>が全世界をターゲットとするのに対し、市場を細かくセグメンテーションする。<象限①>の場合、「○○地域に住んでおり、年収は○○万円ぐらいで、○○という価値観を重視している、○○歳~○○歳ぐらいの女性」に対して日用品を販売する、といった具合だ。そして、この日用品メーカーは、同じ顧客をターゲットとする他の企業、例えば、アパレルや食品スーパー、飲食店などと連携する。特定の顧客に対してあたかも多角化をしているかのように事業を展開するのが<象限①>であり、これが多神教的であることの意味である。この形態はショッピングセンターや商店街に見られる。新興国の場合は、財閥が力を持っており、同じ財閥が日用品メーカー、アパレル、食品スーパー、飲食店などを傘下に収めていることが多い。

 <象限②>の場合、製品・サービス面での多様な広がりではなく、顧客面での多様な広がりが見られる。<象限②>の企業は細かくセグメンテーションしたその全てに対し、各セグメントの特性に応じて異なる製品・サービスを提供しようとする。古い話になるが、トヨタが「いつかはクラウン」というキャッチコピーで若者からシニアに至るまで異なる車種を展開したのが解りやすい例である。つまり、<象限②>では、特定のジャンルの製品・サービスを全ての顧客に合わせて提供するという意味で多神教的である。<象限③>や<象限④>も同じように全ての顧客をターゲットとするが、前述の通り、この2つの象限に属する企業は、顧客ニーズに合わせて製品・サービスをカスタマイズしようとは考えない。この点で<象限②>とは大きな違いがある。

 顧客志向が強いマネジャーのモチベーションの源泉は、「他者貢献」の欲求である。プロモーションも、<象限③>や<象限④>に比べると抑制的である。<象限③>や<象限④>のプロモーションが強烈なプッシュ型であるのに対し、<象限①>や<象限②>はプル型重視へと移行している。利他に徹することで、自分の目の前にいる顧客に何としてでも満足してもらいたいというのがマネジャーの願いである。「自分が考えたイノベーションを全世界に普及(布教)させたい」と「自己実現」を狙っているイノベーターとは対称的である。

 マネジャーは顧客から「こんな製品・サービスを作ってくれて本当にありがとう」と言われるとモチベーションが上がる。同時に、「こんな製品・サービスを作りやがって」とネガティブなフィードバックを受けても、かえって燃え上がるというマゾヒスティックな一面もある。

 <象限①>や<象限②>のマネジャーは現場を重視する。顧客と直接会って話をする、顧客を観察する、工場に足を運ぶ、といった具合だ。こうして得られた情報に基づき、ボトムアップ的に目標を設定する。ここからが<象限①>や<象限②>の不思議なところだが、ボトムアップでトップに上げた目標をトップから再び現場に展開する際、上位階層と下位階層の目標の因果関係が複雑になるという特徴がある。別の言い方をすると、上位階層の目標の達成に必要な目標以上の目標が下位階層には課される。具体的には5Sや挨拶の重視や能力開発の実践といった細かい目標である。一見すると、上位階層の目標の達成には無関係に見える目標でも、重要な目標とされる。<象限①>や<象限②>の目標管理は往々にして総花的である。

 市場ニーズが読めずリスクが高い<象限③>や<象限④>では、フラットなプロジェクト型組織が見られるのに対し、<象限①>や<象限②>では、市場の成長がある程度計算できることから、伝統的な階層型組織が採用されるのが一般的である。<象限③>や<象限④>では上を下への人事異動が頻発すると書いたが、<象限①>や<象限②>ではそのような人事はレアケースである。多くの場合は、段階的に出世の階段を上がっていくことになる(ただし、市場が成熟している場合は、永遠に階層型組織を拡大することができず、全員を昇進させることは不可能になることは、以前の記事「平井謙一『これからの人事評価と基準―絶対評価・業績成果の重視』―「7割は課長になれない」ことを示す残酷な1枚の絵」で書いた)。

 競合他社との関係を見ると、表向きはもちろん激しく競争するが、裏では協調的な行動を取り、共存共栄を図っている。日本は業界団体の数が多く、競合他社の戦略がある程度共有されている。だから、どの企業も似たような新製品・サービスを同時に発表するし、必要とあれば競合他社と組んで新製品・サービスを開発することもある(自動車業界はメーカー間の協業関係が非常に複雑である)。ただし、共存共栄が行き過ぎると建設業界のような談合が起きるし、斬新なアイデアで市場に切り込もうとする新規参入企業をのけ者扱いするという悪癖が出る。

 <象限①>と<象限②>、<象限③>と<象限④>はいずれも競合他者の存在を必要としているが、どれくらい本気で必要としているかは、競合他社が経営不振に陥った時に見えてくる。<象限①>や<象限②>では、その競合他社がいなくなるとその企業から製品・サービスを買っていた顧客が困るから、あるいは業界の輪が乱れて困るから救済に乗り出すことが多い。これに対し、<象限③>や<象限④>では、競合他社の不振につけ込んで、その企業が持っている技術やノウハウを獲得しようという利己的な動機で救済に乗り出す。

 ここからはそれぞれの象限の違いを述べてみたいと思う。まずは、産業のバリューチェーンについてである。<象限①>は、製造の階層が少なく、流通・サービスの階層が多い。例えば、家電には自動車ほどの多重下請け構造はない。一方、流通に関しては、食料品や日用品において多重流通構造が存在する。<象限②>は、製造の階層も流通・サービスの階層も多い。自動車や建設、IT(BtoB)業界は多重下請け構造となっている。工作機械、機械器具の流通は多段階である。<象限③>は、製造の階層も流通・サービスの階層も少ない。映画には主に制作会社、配給会社、映画館という3種類のプレイヤーが存在するだけである。<象限④>は、製造の階層が多く、流通・サービスの階層が少ない。航空機は100万点の部品を必要とする、裾野が非常に広い製品である。一方、フライトに関しては、航空会社という1レイヤーしか存在しない。

 ただ、この産業のバリューチェーンについての記述は、まだ粗い仮説であることをご了承いただきたい。<象限②>の流通・サービスの階層は、実は短い方が多いのではないかと考えている。自動車や金融は販売チャネルが多段階になっていないと思う。「<象限②>は製造の階層も流通・サービスの階層も多い」と言うことができれば、4象限それぞれの違いがはっきりとするのだが、現時点でそのように断言できないのが私の中でもどかしいところである。

 規制に関しては、<象限①>では雇用を守る規制が多い。参入障壁が比較的低く、雇用の受け皿となっているためである。よって、大規模資本の参入は規制されやすい。日本で言えば、かつての大店法(大規模小売店舗法)がそうであった。新興国は、経済発展のために海外からの直接投資を積極的に受け入れているが、小売業に関しては自国民の雇用を守る目的で参入を規制しているケースが多々見られる(例えば、インドは外資の小売業を受け入れる意向がないことを明言している)。<象限②>は、欠陥が顧客の生命・事業に及ぼすリスクが大きいので、顧客を守る規制が多く策定されている。<象限①>や<象限②>ではこうした規制を前提として事業を行う必要があるが、<象限③>のプレイヤーは規制を破壊する。googleは著作権のルールを変えてしまったし、Airbnbも宿泊業の規制に真っ向から対立した。<象限④>は<象限③>のように敵対的ではなく、規制や規格を官民共同で策定しようとする傾向が強い。

 航空機産業では、この規格作りに参加できるかどうかがカギとなる。
 FARでは、安全上重要な要素に関しては10の9乗時間(約11万年)に1回の故障しか認めていない。これを実際の試験で証明するのは不可能に近いため、高度な解析が要求される。実際には、民間の非営利団体(アメリカのSAEやRTCA)において、業界関係者、研究者などがガイドラインを制定し、それをFAAなどの規制当局が引用する傾向にある。さらに、複雑な大規模システムの認証や、ソフトウェアの認証には、その開発プロセスや検証プロセス自体を規定するガイドラインも策定されている。こうしたガイドライン作りに参加しなければ認証方法を理解することが困難委であり、そのためには、その業界の一員でなければならない。
(鈴木真二「航空機産業を俯瞰する」)
 三菱重工業はMRJを開発するにあたって、このようなルールを策定する会議に参加していなかったため、頻繁な設計変更を余儀なくされたと述べられている。
 どういうデザインが許容されるか、あるいはされないのか、どこにも情報は公開されていないが、後述するように、航空局を含む世界の専門家が集まって、基準のドラフト作成、解釈や運用変更を協議する規則制定(ルールメーキング)の場が分野ごとに多数存在する。継続する旅客機開発からの経験の蓄積に加え、これらの会合に出席していれば、背景にある課題認識や適用範囲などに関する専門家の意見や合意事項を的確に理解し、こうした設計変更を最小限に抑えることも可能だっただろう。しかし、こうした協議の場の重要性は、MRJ開発までは明確には認識されていなかった。
(伊藤一彦、佐倉潔、小林真一、田浦伸一郎「MRJの取り組み 課題と展望」)
 最後に、異業種との関係であるが、これは<象限①>と<象限③>、<象限②>と<象限④>で違いが見られる。<象限①>と<象限③>は異業種に対して比較的開かれている。<象限①>が異業種に対して開かれているのは、前述の通り、特定セグメントの顧客に対し、様々な業種と連携して製品・サービスを提供するからである。日常品や食料品のメーカーは、協力しながら小売店を育てていく。<象限③>については、そもそもイノベーションというものが異質の組み合わせによって生じることが関係している。<象限③>では、異業種連携は大歓迎である。それが如実に表れているのが、昨今のオープン・イノベーションブームである。

 これに対して、<象限②>と<象限④>は異業種に対して閉鎖的である。要求される品質基準が高く、特定のジャンルの製品・サービスに高度に特化しなければならないことがその理由の1つだと考えられる。ただし、<象限②>に関して言えば、例えば自動車×IT(自動運転)、金融×IT(Fintech)、医療×ITといった具合に、IT業界が旗振り役となって異業種連携を推進する動きが現れている。<象限②>と<象限④>における新製品開発は、どちらも製造段階の多重下請け構造を特徴とすることから、垂直方向の擦り合わせによってなされる場合が多い。


2017年08月21日

【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)


戦略オプション

 以前の記事「戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(1)(2)」の焼き直し記事。敢えて図を使わなくても7つの戦略を説明できると思い、書き直すことにした。企業は持続的に成長を続けるために、常に新しい戦略機会(ビジネスオポチュニティ)を模索しなければならない。戦略機会を抽出するためのフレームワークとしてよく知られているのが、ロシアの経営学者イゴール・アンゾフが考案した「成長ベクトル」である。

 アンゾフの成長ベクトルでは、横軸に「顧客(既存―新規)」、縦軸に「製品・サービス(既存―新規)」という2軸を取り、マトリクス図を作成する。左下の象限は、既存の顧客に対して既存の製品・サービスを販売するものであり、「①リピート購入戦略(アンゾフの言葉では「市場浸透戦略」)」と呼ぶ。右下の象限は、新規の顧客に対して既存の製品・サービスを販売するものであり、「②市場シェア拡大戦略(同「新市場開拓戦略」)」と呼ぶ。左上の象限は、既存の顧客に対して新規の製品・サービスを販売するものであり、「③ウォレットシェア拡大戦略(同「新製品開発戦略」)」と呼ぶ。ウォレットシェアとは、顧客の財布に占める自社のシェアという意味である。最後に、右上の象限は、新規の顧客に対して新規の製品・サービスを販売するものであり、「④多角化戦略」と呼ぶ(アンゾフの用語でも同じ)。

アンゾフの成長ベクトル

 ①リピート購入戦略と②市場シェア拡大戦略は、既存事業の強化である。事業機会を抽出する場合、既存事業も候補の1つであることを忘れてはならない。①リピート購入戦略においては、製品・サービスの改善、技術改良、リピート購入を促すプロモーションなどが展開される。②市場シェア拡大戦略においては、差別化要因の強化、魅力的な価格の提示など、競合他社からの乗り換えを促すプロモーションが実施される。

 ③ウォレットシェア拡大戦略と④多角化戦略は、新規事業にあたる。③ウォレットシェア拡大戦略には2つの方法がある。1つ目は、既存の製品・サービスと類似カテゴリの製品・サービスを開発するというものである。例えば、清酒メーカーであれば、ワインや焼酎の製造・販売への進出が思いつく。2つ目は、顧客が既存の製品・サービスを消費するプロセスの前後を押さえる、つまり、顧客が既存の製品・サービスと一緒に消費する製品・サービスを開発するというものである。清酒メーカーの場合、清酒と一緒に消費される惣菜や酒のつまみを開発する、あるいは清酒が消費される飲食店を経営するという選択肢がある。自動車メーカーの場合、アフターマーケット市場への進出は、顧客の消費プロセスの「後ろ」を押さえることになる。さらに、自動車の出発点と到着点に該当する住宅と商業施設、観光施設の開発に乗り出すのも一手である。

 ④多角化戦略には、大きく分けて、外部環境アプローチと内部環境アプローチの2つがある。外部環境アプローチはさらに3つに分かれており、ⅰ)成長市場に着目する、ⅱ)労働力が不足している業界に注目する、ⅲ)海外で流行しているものを日本に輸入する、という視点がある。ⅰ)に従えば、医療・介護業界に進出するというオプションが出てくるし、ⅱ)に従えば、建設業界や飲食チェーン業界に進出するというオプションが導かれる。

 一方の内部環境アプローチも同じく3つに分かれており、ⅳ)経営理念から導かれる領域、ⅴ)自社の強みを活かせる領域、ⅵ)経営陣がやりたいと思っている領域、という切り口がある。例えば、バイオ研究に力を入れている清酒メーカーは、化粧品分野に進出することがある。また、人間の鋭敏な味覚は、最新の分析機器でも検出できない何億分の1レベルの微量物質を感知する能力を持つため、清酒メーカーは分析機器の精度を超えたレベルの酒質設計を行っている。このノウハウを活かして、分析測定機器の開発・販売に乗り出すという手も考えられる。

アンゾフの成長ベクトル(拡張版)

 ただ、個人的には、この4つだけでは事業機会としては不十分だと思う。そこで、「⑤新市場開拓戦略」、「⑥代替品開発戦略」、「⑦完全なるイノベーション戦略」という3つを加えた。⑤新市場開拓戦略では、既存の製品・サービスを非顧客に販売することを目的とする。考え方としては、まず、既存顧客と反対の属性を持っている人々に販売するという方法がある。例えば、男性向けだったものを女性向けに、若者向けだったものを高齢者向けに、BtoC向けだったものをBtoB向けに提供するということである。アメリカは、軍需品を民生に転換することを得意としている。

 女性向けだったものを男性向けに販売している例として、生理用ナプキンが挙げられる。男性は痔に悩んでいる人が多い。そこで、出血を抑えるために生理用ナプキンを使用している人がいるという。また、長時間座って運転をしなければならない物流業界のドライバーは、お尻が座席との摩擦で痛くなるのを防ぐために生理用ナプキンを使っているらしい。さらに、医療現場では、お尻を手術した患者に対し、出血や膿を吸収する目的で生理用ナプキンを用いている。

 ⑤新市場開拓戦略の2つ目の考え方として、既存の製品・サービスを意外な方法で使用している人々に着目するというものがある。例えば清酒の場合、調味料の代わりとして清酒を使用する人がいる。もちろん、既に料理酒は存在するが、お米をふっくらと炊き上げたり、お餅をふっくらと焼き上げたりするために清酒を使っている人がいるらしい。こういうニーズに着目すると、既存の料理酒とはまた違った調味料が生まれるかもしれない。また、清酒を入浴剤代わりに使っている人もいる。ここから、清酒の成分を含んだ入浴剤の分野に進出するということも考えられる。

 ⑤新市場開拓戦略の3つ目の考え方は、既存の製品・サービスを海外に展開するというものである。しかも、単に海外展開するのではなく、まだその製品・サービスが一般的になっていない国・地域に持っていくことで先行者利益を狙うというものである。⑤新市場開拓戦略は、非顧客に着目することで、市場のパイそのものを拡大することを目指している。

 ⑥代替品開発戦略は、文字通り既存の製品・サービスを脅かす代替品を、先手を打って開発する戦略である。1つ目として、技術的に非連続的なイノベーションが挙げられる。自動車業界で言えば、燃料電池自動車(FCV)がこれに該当する。FCVが完成すると、既存のガソリン車とは全く異なる部品構成やビジネスモデルが必要となり、業界構造が一変する。既存の市場や業界を丸ごと吹き飛ばすほどの威力を持つ非連続的なイノベーションは、代替品である。

 2つ目は、クレイトン・クリステンセンが提唱した「破壊的イノベーション」である。再び自動車業界に目を向けると、電気自動車(EV)は破壊的イノベーションになり得る可能性があると言われている。破壊的イノベーションとは、既存の製品・サービスに比べると技術的には”劣る”が、コストパフォーマンスが高いため、顧客の期待水準を大幅に上回ってしまった既存の製品・サービスに顧客が見切りをつけて、市場の大多数が破壊的イノベーションに流れ込むというものである。破壊的イノベーションも、既存の製品・サービスを駆逐するから、やはり代替品である。

 3つ目は、顧客のニーズを別の手段で満たす製品・サービスの開発である。顧客はその製品・サービスそのものがほしいのではなく、その製品・サービスによって何かを実現することを欲している。マーケティングの格言に「顧客が欲しているのはドリルではない。ドリルの穴だ」というものがある。もし、ドリルよりも効率的に穴を開けられる製品が登場したら、ドリルにとって脅威的な代替品となるだろう。清酒の場合、清酒を飲むのはストレスを発散するためである。よって、「ストレス発散ドリンク」のようなものを開発すると、清酒にとっての代替品となる。また、自動車の場合、顧客が欲しているのは「移動すること」である。よって、バスやタクシー、鉄道、飛行機は自動車にとっての代替品となる。「ワープ技術」が完成したら、自動車にとって相当の脅威になるだろうが、物理学ではワープ技術は不可能という結論に達しているらしい。空間を歪めて近道を作るのに、宇宙に存在する全エネルギー以上のエネルギーが必要だというのがその理由である。

 私が思うに、代替品には意外と十分な注意が払われていない。代替品が現れると、既存の製品・サービスの市場は一瞬で消える。そのぐらい過激な存在である。だから、代替品が現れてからどうしようかと慌てふためくのではなく、普段から自社の製品・サービスにとっての代替品とは何かを熟考し、対策を打っておく必要がある。代替品開発戦略を考えるには、次のような問いを発するとよい。「今、我が社を潰すとしたら、どんな製品・サービスを開発すればよいか?」

 最後が「⑦完全なるイノベーション戦略」である。技術的に全く新しい製品・サービスを開発したり、今まで存在していなかった市場ニーズを掘り起こしたりする。ただ、これはほとんど発明に近い領域であるため、私もどういう論点で検討をすればよいかアイデアがない。1つだけ例を挙げるとすれば、清酒メーカーの場合、「酔っぱらうが判断能力は落ちない日本酒」なるものを発明すると、飲食業界は大喜びするかもしれない(危険ドラッグのような製品だが・・・)。

 以上、7つの戦略を見てきたが、①から⑦の順で難易度が上がる。また、繰り返しになるが、①リピート購入戦略と②市場シェア拡大戦略が既存事業の強化であるのに対し、③ウォレットシェア拡大戦略から⑦完全なるイノベーション戦略は新規事業の開発にあたる。さらに、①リピート購入戦略から④多角化戦略は、既に存在する市場シェアの拡大を目的としている点でマーケティングであるのに対し、⑤新市場開拓戦略、⑥代替品開発戦略、⑦完全なるイノベーション戦略は、新しい市場を創出するイノベーションである。これまで述べてきた観点で自社の事業機会を検討すると、非常に幅広いチャンスがあることに気づく。次は、それらの事業機会のうち、どれに着手するかを決めなければならないが、その方法については機会を改めることとしたい。



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