2016年09月12日
『イノベーションのジレンマ(DHBR2016年9月号)』―イノベーションの組織は既存組織と分けるべきか否か?
ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2016年 9 月号 [雑誌] (イノベーションのジレンマ) ダイヤモンド社 2016-08-10 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
本号は、クレイトン・クリステンセンが「破壊的イノベーション」を発表してから20年経ったことを記念して企画されたものである。クリステンセンは、「破壊的」という言葉が「画期的」という言葉と混同されていることに警鐘を鳴らし、改めて「破壊的イノベーション」の定義づけを行っている。その内容は20年前とほとんど変わっていない。そして、この定義に従うと、最近話題のUberは破壊的イノベーションには該当しないという(ただし、Uberがタクシー業界ではなく、リムジン業界に参入すれば破壊的イノベーションになりうるとも述べている)。
《参考記事》
戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(1)|(2)
『小さなイノベーション(DHBR2015年6月号)』―イノベーションをめぐるよくある4つの問いに対する私見、他
今回の記事では、以前書いた「戦略を立案する7つの視点」について、簡単におさらいをしたい。通常、戦略立案のフレームワークは、単一の事業の戦略を構想するものが多い。しかし、実際の経営者は複数の戦略を同時進行で考えているし、また考えるべきでもある。それを上手くまとめることができないものかと考案したのが上図である。難易度が低い順に概説する。
①リピート購入戦略
既存の製品・サービスをもう一度既存顧客に購入してもらうためにはどうすればよいか?という戦略である。CRM(顧客関係マネジメント)などが重要となる。
②市場シェア拡大戦略
既存の製品・サービスを、競合他社の顧客に購入してもらい、市場シェアを拡大するにはどうすればよいか?という戦略である。競合他社よりも品質を高める、価格を安くする、競合他社にはない付加価値をつける、といった手が典型的な施策として考えられる。
③ウォレットシェア拡大戦略
既存顧客が自社の製品・サービスを使用・消費するプロセス(行動)に注目し、自社がカバーしているプロセスの前後のプロセスに対応する製品・サービスを追加することで、ウォレットシェア=顧客の財布の中における自社のシェアを拡大する戦略である。具体例は、旧ブログの記事「【第5回】顧客の隣接する消費行動を押さえる―ビジネスモデル変革のパターン」、「【第6回】顧客のライフステージを押さえる―ビジネスモデル変革のパターン」をご参照いただきたい。
④多角化戦略
全くの新規顧客に全くの新規製品・サービスを提供する戦略である。ただし、自社にとっては新規であっても、他社にとっては既知の領域である。多角化戦略には、大きく分けて(ⅰ)外部環境アプローチと(ⅱ)内部環境アプローチの2つがある。
(ⅰ)外部環境アプローチとは、客観的な統計データなどから事業機会を見出すことである。
(a)急成長している市場・業界に参入する。
(b)輸入超過に陥っている市場・業界に参入する(輸入超過であるということは、国内企業だけでは国内のニーズを十分満たせていないことを意味する)。
(c)労働力不足に陥っている市場・業界に参入する(労働力不足とは、言い換えれば供給不足であり、さらに言えば需要過多である)。
(d)海外で話題になっている製品・サービスを日本市場に持ち込む。
(ⅱ)内部環境アプローチとは、組織内部のリソースに着目する方法である。
(a)経営者が個人的にやってみたいと思う市場・業界に参入する(これは実にあやふやなやり方であるが、実際には結構行われていると思う。ソフトバンクがARMを買収したのは、IoTの成長性に注目したということもあるだろうが、孫社長自身の個人的思い入れも大きいと推測する)。
(b)自社のビジョンや価値観から導かれる市場・業界に参入する(たいていのビジョンは抽象的に書かれており、様々な製品・サービスをカバーできる可能性を秘めている。「我が社のビジョンを実現するためには、顧客に対してどのような製品・サービスを提供するべきか?」ということをゼロベースで問うと、既存の製品・サービスにとらわれない答えが出ることがある)。
(c)自社の組織能力(技術、ノウハウ、社員の能力)を活かせる市場・業界に参入する(富士フイルムのフィルム事業がデジタルカメラの登場によって急速にしぼんだ時、フィルム事業で培った技術を活かして化粧品事業に参入したのはその一例である)。
⑤代替品開発戦略
既存顧客に対し、どの企業にとっても未知の製品・サービスを提供する戦略である。この戦略のうち、企業が最も気をつけなければならないのは代替品の存在である。代替品は、既存事業を急速に破壊する。代替品が登場したことに気づいてからでは遅い。これを防ぐためには、企業が自ら代替品を開発するしかない。すなわち、「我が社を5年以内に倒産させるためには、どんな製品・サービスを開発すればよいか?」と問うてみるのである。苦しい問いではあるものの、自社が問わなければ、見知らぬ第三者が必ず数年以内に答えを出す。
代替品には、大きく分けて(ⅰ)技術的に全く異なる代替品と(ⅱ)ニーズの充足手段が全く異なる代替品の2つがある。前者の例としては、ガソリン自動車に対する電気自動車、燃料電池自動車が挙げられる。後者の例としてはスマートフォンがある。スマートフォンは様々な市場を破壊しているが、その中でも顕著なのが「電車の中の暇つぶし」という市場である。従来、この市場には新聞、大人向けマンガ雑誌、書籍などが参入していた。ところが、今やこれらの市場は、スマートフォンアプリに組み込まれることで何とか延命しているだけであり、もはや虫の息である。
⑥新市場開拓戦略
既存の製品・サービスを、それを今まで全く使っていなかった人々に提供する戦略である。(ⅰ)既存の製品・サービスが高性能になりすぎて顧客が取り残されたローエンド市場や、無消費市場を狙う破壊的イノベーションは、この⑥に該当すると私は考える。破壊的イノベーションに成功すると、今までは要求水準の高い一部の顧客だけで構成されていた市場が急拡大する。
(ⅱ)(ⅰ)以外に、未知の市場を発見するヒントは、至ってシンプルである。すなわち、従来の顧客層の属性と反対の属性を持つ人々を狙えばよい。例えば、男性⇔女性、若者⇔高齢者、富裕層⇔一般庶民、BtoC⇔BtoB、人間用⇔ペット用、民生用⇔軍事用などといった具合に、属性をひっくり返してみる。そして、例えば男性向け製品・サービスを女性に見せて、「仮にあなたがこの製品・サービスを使うとしたら、どう使いますか?」と質問する。こんな質問は、最初は全く相手にされないかもしれない。だが、ドラッカーもしばしば言っていたように、市場においては顧客よりも非顧客の方が圧倒的に多い。だから、非顧客の声を粘り強く収集する努力が重要である。
最後に、⑥の戦略として、(ⅲ)日本の製品・サービスを海外に展開する、というものも挙げておきたい。典型例は、外国で日本食レストランを開くことである。(ⅰ)~(ⅲ)いずれの戦略であっても、ひとたび成功すると、既存の製品・サービスがターゲットとしていた顧客属性に、今までは全くの未知だった別の顧客属性が加わり、市場が爆発的なスピードで広がる。
⑦完全なるイノベーション戦略
全く未知の顧客に対して、全く未知の製品・サービスを提供する戦略である。世界を変えるほどのインパクトを持つ発明がこれに該当する。残念ながら、どうすれば発明を効果的・効率的に生みだすことができるのかについて、私は何の知見も持っていない。
イノベーションをめぐってよく問題になるのは、「イノベーションを行う組織は既存組織と分けてマネジメントすべきか?」という点である。ドラッカーは、イノベーションは別組織で実行するべきだと断言している。クリステンセンも、破壊的イノベーションに限っての話であるが、イノベーションを行う組織は別組織にしなければならないと主張している。ただ、冒頭で紹介した以前の記事「『小さなイノベーション(DHBR2015年6月号)』―イノベーションをめぐるよくある4つの問いに対する私見、他」では、⑥新市場開拓戦略に関しては既存組織の中で行った方がよいのではないかと書いた。そして、前述の通り、⑥の中に破壊的イノベーションが含まれている。
クリステンセンが破壊的イノベーションを別組織でマネジメントすべきだと主張したのは、イノベーションの時間軸が既存事業と異なり、収益化までに時間がかかるため、同じ業績評価指標を適用できないからである。この点はドラッカーと共通する。クリステンセンはこれに加えて、破壊される側の既存製品・サービスの組織が破壊的イノベーションに抵抗するからという心理的な理由を挙げた。だが、⑤代替品戦略のように、既存製品・サービスが代替品によって完全に消滅するケースとは異なり、⑥の場合は成功すれば市場が広がる。
確かに、未知の属性を持つ人々に製品・サービスを提供することで、既存の製品・サービスのアーキテクチャが大幅な変更を強いられることに対する心理的抵抗はあるかもしれない。しかし、総合的に見れば、既存製品・サービスを扱う社員にとっても活躍のフィールドが広がるわけだから、決して悪い話ではない。破壊的イノベーションという言葉が登場した当初は、まさにそのコンセプト自体が破壊的であり、従来のマネジメントからはかなり警戒をされた。だから、別組織で保護するべきという主張につながったのかもしれない。だが、現在では破壊的イノベーションのメカニズムもかなり解明されており、既存組織にもたらすメリットも見えている。だとすれば、いたずらに破壊的イノベーションを別組織にする理由もないのではないかと考える。
こればかりは、どちらが正しいのか実証することができない。というのも、クリステンセンによれば、1990年代以降日本で破壊的イノベーションが生まれていない(玉田俊平太「破壊的イノベーションは「足るを知る」から生まれる」より)という悲しい現実があるためである。
本号を読んで、破壊的イノベーションに限らず、組織論はなかなか一般論が通用しない世界だということを改めて感じさせられた。先ほど紹介した富士フイルムは、フィルムからデジタルへと事業転換を行う際に次のような決断を下した。富士フイルムもまた、イノベーションは別組織でマネジメントすべきという一般原則に反している。
富士フイルムのR&Dへの取り組み方も、競合企業のそれとは大きく違っていた。たとえば、同社のデジタルイメージング部門は主要なR&D部門と統合された(ポラロイドの場合はR&D部門とは別個にあった)。これにより、富士フイルムのデジタル部門は社内で正当性を与えられ、フィルムからデジタルへの移行時の内部対立を最小化できた。イノベーションから話は外れるが、我々は通常、部門間の協業を促進するために、タコツボ化した部門間の壁を取り払おうとする。例えばこんな感じだ。
(ジョシュア・ガンズ「企業が生き残る3つの処方箋 「供給サイド」の破壊的イノベーション」)
ムラリーが直面したのは財務の問題だけではなかった。同社(フォード)を立て直すためには、経営チームをより協調的に働かせる必要があった。同社の社風は無慈悲で攻撃的なことで知られていた。各部門を率いる幹部は情報を共有せずに隠し合った。(中略)だが、敢えてそうしないと決めたCEOもいる。ノバルティスのダニエル・バセラである。
ムラリーはボーイングでの経験を活かし、いくつかの職位が集まって自部門の最新情報を提供する定例会議を開始した。彼らはカラーコード(緑は良好、黄色は注意、赤はトラブル)を用いて、多様なイニシアティブについてのフォードの全体的な業績を素早くかつ包括的に評価した。
(ジェイ・W・ローシュ、エミリー・マクダグ「結果を出した4人の経営トップが語る 「組織文化を変える」を目標にしてはいけない」)
成長途上にある企業では部門間の協調や調整を強制すべきではないと考えたバセラは、意思決定を分散し、従業員にそれぞれの各部門にとっての最善策を行う権限を与えた。(中略)彼は「社外、つまり競合相手や顧客に集中すべきだというのが私の考え方です。社内の相手と協調できているかを心配して―成果を上げるために協調が必要な相手ではないにもかかわらず―行動を自制したりペースを緩めたりするべきではありません」と述べた。(同上)「組織は戦略に従う」とはアルフレッド・チャンドラーの名言であるが、組織は戦略以外の要因にも従う。特に、社員に対する深い理解が不可欠である。組織を分化すべきか統合すべきかという問題1つを取ってみても、社員の能力、性格、価値観、組織の権限、風土、リーダーシップなどを総合し、分化あるいは統合した場合のメリットとデメリットを比較評価しなければならない。