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斎藤環『「ひきこもり」救出マニュアル<実践編>』―企業内のこじれた人間関係を修復するヒントが得られた
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トロンペナールス&ターナーによる「文化の基礎次元」の補足

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
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◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

NPOビジネスサポート特定非営利活動法人NPOビジネスサポート
(監事を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

Experian海外企業信用調査 海外企業信用調査(Experian)
(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

中小企業診断士の安い通信講座なら「資格スクエア」資格スクエア
(以下の資格の講師をしています。
 ―ITパスポート
 ―情報セキュリティマネジメント
 ―経営学検定(初級・中級)
 ―中小企業診断士(企業経営理論、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策)
 谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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2015年02月09日

斎藤環『「ひきこもり」救出マニュアル<実践編>』―企業内のこじれた人間関係を修復するヒントが得られた

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「ひきこもり」救出マニュアル〈実践編〉 (ちくま文庫)「ひきこもり」救出マニュアル〈実践編〉 (ちくま文庫)
斎藤 環

筑摩書房 2014-06-10

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 本書では、ひきこもりの原因を主に「コミュニケーションの欠如」に求めている。よって、その解決策は自然とコミュニケーションを円滑にするための方法が中心となる。最近、企業でもコミュニケーション不全がよく問題になるが、本書は家族内だけでなく、企業内の人間関係を改善するヒントにもなるように思えた(さすがに、家庭内暴力などの部分はひきこもり固有の問題だが)。
 聴き方の原則論としては「話している間はけっして遮らない」「結論が見えていても、それは本人に言わせる」「反論があっても、それを本人から求められない限り沈黙を守る」「いい加減な態度で聴かない」「家事をしながら、テレビを見ながら、といった、”ながら聴き”はしない」「誠実な態度で、相槌を打ちながら耳を傾ける」ということが大事になります。
 「家事をしながら、テレビを見ながら」の部分を、「資料を読みながら、メールを打ちながら」などと書き換えれば、そのまま企業内のコミュニケーションにもあてはまる。
 極論ですが、治療者としての私は、会話以外のものはコミュニケーションの名に値しないと考えています。電話、メモ、メールなども一応はコミュニケーションですし補助的な効果はありますが、会話に比べたらずっと影響力は少ないからです。
 現在では様々なITツールが発達しているが、ITを導入すればコミュニケーションが活性化するというのは大きな間違いである。何年も前の話になるが、コミュニケーションの活性化を図って、社内ブログや社内SNSを導入しようという動きがあった。だが、実際に効果があったのは、「既にある程度リアルのコミュニケーションが活発に行われている企業」であった。普段の対面コミュニケーションに問題がある企業では、社内SNSなどを導入しても書き込む人がおらず、すぐに使われなくなってしまった。結局、ITは対面コミュニケーションの補助的な役割しか果たせない。

 顧客のニーズをよく理解するためにソーシャルメディアを活用する場合も全く同じである。普段から顧客と頻繁に接して顧客の生の声に触れている企業がソーシャルメディアを活用すれば、ニーズの深掘りができるだろう。そうではなく、営業やアフターサービス、コールセンターなどの顧客接点機能が弱い企業がソーシャルメディアを導入しても、大した効果は得られないと諦めた方がよい。そういう企業は、まずは顧客接点で働く社員の能力向上などに投資するのが先決である。
 「コミュニケーションの変化」は、まずご両親の間からなされなければならないということです。ご両親がそれぞれ、てんでにご本人と会話する機会を持っていたとしても、それでは不十分です。
 上司と部下とのコミュニケーション不全に悩んでいるマネジャーは多いと思うが、ここで私が問いたいのは、「部下とコミュニケーションをとる前に、マネジャー同士が十分に意思疎通を図っているか?」ということである。私の前職の企業は、「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓」からもお解りいただけるように、社内が常にギスギスしていた。精神疾患や、ストレスに起因する病気にかかった社員が2割ぐらいいた。私も何とか頑張っていたのだが、体調を崩して一時期休職していたことがある(その点では、会社に迷惑をかけてしまった)。

 だが、何分ベンチャー企業で人手不足のため、私が担当していた仕事を代わりにできる社員がおらず、休職中も普通に働いていた。これでは休職している意味がないので、職場に復帰させてほしいと当時の社長に訴えた。すると、驚くべき答えが返ってきた。「君が休職した後、残った社員同士の仲が悪くなってしまった。だから、復職するのであれば、君の方から社員とコミュニケーションを取って、人間関係を修復してほしい」 1つつけ加えておくが、「残った社員」というのは全員私よりも年上で、1人を除いて管理職のポストにあった。

 そんな彼らのコミュニケーションがおかしくなった責任を、私に転嫁させるのは全く納得がいかなかった。マネジャー同士のコミュニケーションの問題は、マネジャー同士で解決するのが筋ではないだろうか?その姿勢を見せてくれたら、私の方からも彼らに働きかけができるようになるはずだと主張したが、当時の社長は聞く耳を持ってくれなかった。
 よく無害な質問のつもりで親御さんが「あなたは本当に何がしたいの」と聞くことがありますが、これは非常に本人を傷つけます。理解ある、開かれた態度のようでありながら、実はご本人を追い詰めるだけの質問だからです。そもそもひきこもっている最中に、将来の具体的な目標など、持てるはずもありません。
 ただ「どうして?」「どういうこと?」と尋ねるだけでは誠実な対応とは言えません。原因の究明をご本人に丸投げしてしまうのでは、いくら誠実に耳を傾ける姿勢があったとしても十分とは言えないのです。
 数年前から「対話(ダイアローグ)」という手法が注目されていて、将来のビジョンや、企業が抱える大きな経営課題について、経営陣と社員が一緒になって考えようとする企業が増えている。ここで、コーチングなどをかじっているマネジャーがいると、つい社員を質問攻めにしてしまう(旧ブログの記事「上辺だけのコーチングが空回りする5つのシチュエーション」を参照)。

 コーチングはアメリカ、すなわちキリスト教圏で生まれた手法である。キリスト教では、個人はその人の人生のゴールを完全な解の形で内包した状態で生まれると考えられる。もちろん、生まれたばかりの本人はその解の内容を知らないわけで、人生とは、長い時間をかけて自助努力でその解を発見し、現実のものにするプロセスであると考えられる(以前の記事「内田樹『日本辺境論』―U理論の宇宙観に対する違和感の原因が少し解った」を参照)。よって、コーチングというのは、相手が生来的に持っている完全な解を引き出すのを手助けすることである。

 一方、日本の場合はそういう考え方をしない。むしろ、誰もが不完全で流動的な解しか持ちえないというのが前提である。加えて、自分が持っている解の内容を自力では知ることができず、必ず他人の力を必要とする。不完全で流動的な解を持つ自分と、同じく不完全で流動的な解を持つ相手が対峙し、自分と相手はどういう点で考え方が似ているのか、あるいは違うのかを、まわりくどいコミュニケーションの積み重ねで明らかにしていく。そういう作業を通じてようやく、自分が持っている解の一部を知ることができる。それでもその解は固定的ではないから、常に様々な他者との交流を持っていなければ、自分を保つことができない。

 抽象的な話になってしまったが、先ほどの引用文の話に戻ると、親は子どもを質問攻めにするのではなく、「お父さん(お母さん)はこう思うのだけれど、あなたはどう思うの?」と、まずは自分の見解を提示した上で、相手の考えを促すのが望ましい。企業においても、マネジャーは部下の見解を知りたければ、まずはマネジャー自身の考えを明らかにするべきである。

 もちろん、上下関係が影響するので、子どもや部下が親やマネジャーに遠慮して、迎合的な意見しか述べない可能性はある。だが、むやみに質問攻めにして、全く回答が得られないよりは、少なくとも言葉のキャッチボールが成立している点では評価できるのではないだろうか?
 (子どもが親のお願いに)応じてくれた場合は、必ず「ありがとう」とお礼を言うだけではなく、してくれたことをきちんと評価していただきたい。
 日本はおもてなしのサービスが発達しているせいか、どこへ行ってもお客様が店員から「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言われる。そのため、「お礼を言う人=お金をもらう人」という図式が知らず知らずのうちに成立している。本来であれば、お金を払った人も、自分が受けたサービスに対して、ちゃんとお礼を言うべきではないだろうか?

 企業で言えば、お金=給与を払うのは経営者であり上司であるから、部下が仕事を完成させても、お礼を言うのはもっぱら部下の方であり、上司が部下にお礼を言う機会が減っている気がする。上司にとってみれば、「自分には指揮命令権があり、部下が自分の指示で仕事をするのは当然だ」という思いもあるだろう。しかし、上司も部下にちゃんとお礼の意を示すことで、社内のコミュニケーションがぐっとよくなるのではないかと思う。仕事をしても何の反応もない職場より、お礼を言ってもらえて「報われた」と思える職場の方がいいに決まっている。

 やや話は逸れるが、私も日常生活の中で、「お金を払っている立場だから特にお礼を言わなくてもいいだろう」という考えは捨てなければならないと反省した。カフェや飲食店で頼んだメニューが出てきたらお礼を言い、コンビニやスーパーで会計が済んだらお礼を言い、自宅に宅急便で荷物が届いたらお礼を言い、病院で診察が済んだらお礼を言い、薬局で薬を出してもらったらお礼を言い・・・ということを心がけたい。

2014年08月27日

私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(3/3)

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 (前回の続き)

(7)嘘やごまかしの効かない書き言葉によるコミュニケーションを重視する。
 以前の記事「中小企業診断士が断ち切るべき5つの因習」で、顧客を口先でちょろまかせばよいと豪語する診断士を断罪した。その人が話し言葉重視ならば、私は徹底した書き言葉重視である。話し言葉は一過性のものなので、その場の勢いで何とか乗り切れるし、多少つじつまが合っていなくても、聞き手を何となく解った気にさせることも可能だ。しかし、形も残らない、内容も不完全なものに対して顧客からお金をいただくというのは、どうも不誠実に思えてならない。

 これに対して、書き言葉は形に残り、多くの人に繰り返し読まれるから、絶対にごまかしが効かない。だからこそアウトプットの品質にこだわるわけで、高い品質のアウトプットを提示することができれば、胸を張ってお金をいただける。私は、他人のアウトプットも割と厳しく見ている方だと思う。個人的には、自分で提案書を書いたことのない営業担当者や、企画書を書き上げた経験のない本社スタッフは信用していないし、報告書の中身がプアーなコンサルタントや、セミナーの配布資料がお粗末な講師の価値も低く見積もっている。

 私が前職の企業で開発したアセスメント(診断)の中に「コンサルティング能力診断」というものがあった。その中に、「論理的飛躍があっても口頭で上手に説明することができるか?」という設問があり、「はい」と答えるとコンサルティング能力の得点が高くなる仕様になっていた。この設問は、当時このアセスメントの開発責任者であったマネジャー(彼はどちらかと言うと話し言葉重視であった)の意向で入れられたのだが、当時も今も、この設問は誤りだったと思っている。

(8)模倣されることを恐れない。ナレッジはオープンにして全体の底上げを図る。
 (7)と関連するが、書き言葉を重視するということは、成果物が目に見える形で残るということである。成果物がはっきりと残ることには、メリットもあればデメリットもある。組織内で事例を横展開できるという利点がある半面、ノウハウが何らかの形で外部に流出するリスクを背負うことになる。例えば、コンサルティングのフレームワークを転職先に持っていかれる、セミナーの配布資料を別のセミナーで転用される、といった具合だ。もちろん、知財保護の規定は設けるものの、全ての流出を止めることは不可能に近い。

 だが、私はノウハウの流出に目くじらを立てるべきではないと思う。知的財産に対する意識が甘いと言われるかもしれないが、私は自分のナレッジに対してそれほど執着心はない。事実、本ブログではノウハウ(大したノウハウではないが・・・)がダダ漏れ状態である。私のノウハウが外部に流出したところで、競合他社が私のビジネスを完全に潰しにかかるとは思えない。それよりも、自分の考え方を知ってくれる人が増えることの方が嬉しい。仮に競合他社が私のノウハウを盗んだとしても、私がさらに新しいナレッジを開発すればよいだけの話である。

 コンサルティング会社や研修会社が主催するセミナーなどに参加しようとすると、申込ページに「同業他社の参加はお断りします」と書かれていることがほとんどである。私はこのルールが嫌で嫌で仕方ない。ノウハウが持っていかれたところで、自社のビジネスが決定的なダメージを受けるのだろうか?旧ブログの記事「研修業界はまだまだ未熟な業界かもしれない」でも書いたが、この業界のプレイヤーは中小・零細企業がほとんどである。そんなプレイヤーにノウハウが流出しても、大した痛手ではないはずである。私は、このルールがあるために、業界に良質なナレッジが浸透せず、業界全体の底上げがなされないのではないか?とさえ疑っている。

 最近、いろんな中小企業の経営者とお話をさせていただいて、1つ気づいたことがある。中小企業の経営者は、自分の事業にのめり込んでいるので、話し出すとたいてい止まらなくなる。だが、事業がうまく行っている経営者とそうでない経営者では、話の内容が全く違う。

 業績が好調な企業の経営者は、未来志向で話をする。将来のビジョンはこうで、こういう市場にこういう製品で打って出たいとストーリーを語る。一方、業績不振の企業の経営者は、過去の出来事に執着する。特に、外部の関係者から”攻撃”されたことに対して、異常なまでの反応を示す。その”攻撃”の中に決まって入っているのが、知財の侵害である。彼らは、知財を侵害した相手を徹底的に憎む。しかし、いつまでも相手を憎んでいても仕方がない。シャープの創業者は、「他社に真似される製品を作れ」と社員にハッパをかけたそうだ。経営者はそういう気概で臨んだ方がよいと思うし、私自身もそうありたい。

(9)時間は万人に平等に与えられた宝。宝を壊す人を許してはいけない。
 これは当たり前すぎるし、「【ベンチャー失敗の教訓(第40回)】ダメ会社の典型=遅刻や締切遅れが当たり前の体質」など多くの記事で書いたことなので、簡単な説明にとどめておく。「(6)信賞必罰に頼らない。相手の成長を見守ることで相手を動かす」で、相手を怒ったりしないと書いたが、時間にルーズな人に対してだけは私もさすがに怒ると思う。極端な話だが、私はお金を盗まれても怒らないけれども、時間を破壊されたら怒るに違いない。そのぐらい、時間に対しては自分に対しても他人に対しても厳しいつもりでいる。

 アポイントの時間に遅れる、締切を守らないといった行為は明白な破壊行為であるが、会議というものは破壊行為が横行する場である。必ずしも全員が参加する必要がなかったり、参加者の顔ぶれにそぐわない議題が話し合われたりする。先日、中小企業診断協会の支部の役員会議に出席する機会があった。会議には、企業で言うところの部長・副部長クラス以上のメンバーが20人ほど参加していた。

 そこで話し合われたことは、支部のメーリングリストの運用ルールをどうするか?支部でプロジェクター(8万円ぐらい)を購入してもよいか?といったことであった。これには正直がっかりした。どれも、担当者が5分で決められそうなことばかりである。それを、大の大人が2時間近くも議論しているのだから、怒りを通り越して笑うしかなかった。会議は相手の貴重な時間をいただく行為である。いただいた時間に見合うだけの、中身のある会議をあらかじめ設計できないのであれば、いっそ会議を開かない方がましである。

(10)仕事に楽しみを求めない。わずかな楽しみのために多くの苦しみがある。
 よく、「仕事を楽しめ」と言う。しかし、私が社会人になってちょうど10年が経過したが、仕事を楽しいと思った記憶がない。むしろ苦しみの連続でしかなかった。どこかに楽しい仕事があるだろうと期待を寄せてみたものの、どんな仕事をしても苦しみにぶち当たった。シリーズ「【ベンチャー失敗の教訓(全50回)】」は、そんな苦しみの結晶である。そのため、最近では、「仕事は楽しいものである」という思い込みの方が間違っているのではないか?と思うようになった。

 元阪神の金本知憲氏は、引退会見で「僕の21年間のプロ野球人生は、大袈裟でなく70%が辛い苦しいものだった」と語った。元ヤクルトの宮本慎也氏も、引退時に「最近は『楽しみたい』と言うけど、僕は野球を楽しむなんてできない」とコメントしている。引退の間際になってようやく、「苦しかっただけのグラウンドで自分は幸せ者だったと気づいた。すべてが報われたと感じた」そうだ。イチローは、日米通算4,000本安打という偉業を達成した試合後のインタビューで、「4,000のヒットを打つには、僕の数字で言うと、8,000回以上は悔しい思いをしてきている」と答えた。こうした大打者と自分を並べるのはあまりにもおこがましいが、私もこの3人の考え方に深く共感する。

 サービス業などのマーケティングにおいては、インナー・マーケティングを実施して社員満足度を上げれば、顧客満足度の向上につながるとされる。端的に言えば、仕事を楽しんでいる社員が増えれば、顧客満足度は上がるというわけだ。だが私は、この説は正しくないのではないか?と思う。エンターテイメントの要素が強いサービスであれば、顧客接点で働く社員が楽しんでいることで、それが顧客に伝染することも考えられるだろう。

 しかし、世の中の大半の製品・サービスは、エンターテイメント的なものではない。私が生業としているコンサルティング業や研修サービス業もそうである。その上、顧客からは高い要求を受ける。その結果、顧客のニーズに応えようと、もがき苦しむことになる。

 だが、私が苦しんでいるからと言って、顧客満足度が下がるとは一概には言えない。事実、私が苦しんで開発した研修を実施したところ、研修後のアンケートでは受講者ほぼ全員から5段階評価で5の評価をいただいたことが何度もある。「社員満足度向上⇒顧客満足度向上」ではなく、「社員の苦しみ度向上⇒顧客満足度向上」というロジックが成り立つかどうか?今は私の単なる価値観・信念でしかないが、その妥当性を検証することが今後の私の研究課題である。


《2014年9月13日追記》
 『致知』2014年10月号の「対談 日本の次世代に託す夢 泥を肥やしに花は咲く」(鍵山秀三郎、上神田梅雄)という記事で紹介されていた下村湖人の言葉が印象に残ったので引用する。
 私は不満のない人生をおくりたいとは思わない。私ののぞむ人生は、不満が平和をみだす原因とならず、創造への動機となるような人生である。私は苦悩のない人生に住みたいとは思わない。私の住みたい世界は、苦悩が絶望の原因とならず、勇気への刺激となるような世界である。
致知2014年10月号夢に挑む 致知2014年10月号

致知出版社 2014-10


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2014年02月27日

トロンペナールス&ターナーによる「文化の基礎次元」の補足

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 (一社)東京都中小企業診断士協会・国際部が主催する交流会に参加してきた。テーマは「外国人のワークライフ・スタイルと価値観の理解」。基調講演では、フォンス・トロンペナールスとチャールズ・ハムデン・ターナーが開発した文化比較のモデルに基づいて、日本人と外国人の価値観の違いが紹介されたが、講師の体験談が非常に興味深かったのでまとめておく。講師は、日本在住を希望する外国人に対し、不動産を斡旋する事業に従事した経験を持つ。当然のことながら顧客は外国人であり、部下にも外国人が多い職場であった。

 なお、トロンペナールス&ターナーのモデルについては、過去ブログの記事「(メモ書き)人間の根源的な価値観に関する整理(2)―『異文化トレーニング』」を参照のこと。

(1)普遍主義―個別主義
 普遍主義は基準を守ることによって問題は解決すべきと考え、個別主義は規則の一律的な適用より状況や人間関係を考慮すべきという考え方である。日本人はどちらかというと個別主義的だが、講師は日本人よりももっと個人主義的な人の応対に苦労した経験を持つ。

 まずは中国人。3週間の商談を経て、ようやく契約までたどり着いた。双方が契約書へのサインを終えると、中国人の顧客は「家のカギを渡してほしい」と言い出した。まだ契約開始日よりも前である。日本のルールに従えば、もちろんカギなど渡せるわけがない。しかし、中国人はカギを渡せと言って聞かない。根負けした講師は、大家とも交渉をして、「今この場で契約金を払ってくれれば」という条件つきでカギを渡すことにした。

 ところが、中国人は「契約金を払うことはできない。まずはカギを渡してほしい」と驚きの要求をしてきた。中国人の言い分は、「あなた(=講師)と出会ってまだ3週間だから、あなたのことを全面的に信用することはできない」というものであった。結局のところ、中国人にとって契約書は紙切れ同然であり、それよりも今自分の目の前にいる人との関係の方が重要なのである(中国人にとって講師は出会ってからまだ3週間の信用するに足らない人間であるならば、逆もまたしかりなのだが、その辺は中国人は気にしないようである)。

 次にトルクメニスタン人の夫婦。夫がトルクメニスタンから講師の会社に電話をしてきて、日本で家を探したいという。しかし、妻は日本語も英語も話せないらしい。そんな人が商談に同席しても、いろいろと厄介なだけだと判断した担当者は、まずは夫が1人で来日することを提案した。ところが、夫はその提案をかたくなに拒否する。全く話がかみ合わずに困り果てた担当者は、講師に電話応対を代わった。講師が理由を聞くと、「妻1人を国に残して私1人だけ日本に行けば、私の家と妻の家の両方にとって、未来永劫消えない恥となるだろう」という回答が返ってきた。

(2)個人主義―共同体主義
 日本人は共同体主義であり、アメリカ人は個人主義である。こんなケースを想定してみよう。あなたはあるメーカーの工場責任者である。今日は仕入先の都合で、部品の納品が2時間遅れることになってしまった。作業を遅らせたくないあなたは、部下に今日だけ2時間の残業をお願いしたいと考えている。さて、どのようにして部下を説得するだろうか?

 日本人ならば、「残業代はちゃんと払うから、今日だけ会社のために残業をしてくれないか?」と説得するのが普通だろう。だが、この質問をアメリカ人にすると、「それ(=仕入先の都合で2時間残業しなければならないこと)は私の責任ですか?」と逆質問されてしまう。しまいには、「私の昇給や評価に影響するのではないですか?」とまで聞いてくる。徹底した個人主義である。ただ、同じ個人主義でも、フランスの場合は少し違う。「私だって残業をしたくないのだから、部下に残業をせよとはとても言えない」というのが彼らの言い分である。

(3)感情中立的―感情表出的
 日本人は感情中立的で、あまり感情を表に出さないことがよしとされる。これに対して、感情がすぐ表に出るのがラテン系やヨーロッパの大陸系の国である。東日本大震災で被災地の様子が世界に報道された時、悲しみをぐっとこらえて避難所で生活する日本人の姿に、欧米人はびっくりしたそうだ。講師の知り合いのアメリカ人は、「日本人は泣き叫んだりしないのが信じられない」と言ったという。イタリア人に至っては、「あの映像はマスコミによるねつ造ではないのか?あれはいいところだけを切り取っているのであって、本当は裏で皆泣いたり騒いだりしているのではないのか?」とマスコミ陰謀説を抱いていた。

(4)関与特定的―関与拡散的
 仕事とプライベートは完全に分離していると考えるのが関与特定型、仕事で関わりができるとプライベートな関係も必然的に生まれてくると考えるのが関与拡散型である。「上司が休日に家のペンキ塗りをするという。あなたは手伝いに行きますか?」という質問を世界中ですると、ヨーロッパの国は「行かない」という回答の割合が圧倒的に高くなる。つまり、関与特定型である。対照的に、「行く」という回答の割合が高いのが中国であり、関与拡散型である。

 日本はアメリカと同様、中位にランクインする。ただ、日本にはペンキ塗りの習慣がないため、回答に困ったのではないか?というのが講師の推測であり、仮に「上司の引っ越しを手伝いに行きますか?」という質問だったら、「行く」という回答がもっと多かっただろうと分析していた。

(5)達成型地位―属性型地位
 地位は何かを行って獲得するものなのか、あるいはその人の年齢や社会的階級、性別、学歴などに付随するものとして捉えられているか、という問題である。日本人は年功序列制に見られるように属性型地位を重視し、アメリカ人は結果主義に見られるように達成型地位を重視する。

 あるアメリカ系の金融機関では、達成型地位が徹底されている。廊下で社員同士がすれ違う時は、営業成績の悪い方がよい方に道を譲ることがルールとなっている。仮に、営業成績にほとんど差がない2人がすれ違った場合には、2人の顔がくっつくほどに接近するまで、お互いに道を譲らない。ギリギリまで駆け引きをして、「これは自分の負けだ」と認めた方が仕方なく道を譲る。

 講師は不動産業の他に、広告代理店でも働いていた経験がある。ある顧客企業が、優れた海外向け製品に贈られる賞を受賞し、海外のメディア関係者を招いて記者会見を行うことになった。会見の30分前になって、社長が読む予定だった原稿に目を通した講師は唖然とした。「高い壇からお話しさせていただくことをお許しください」という文言から始まって、「我が社の製品はいろいろな関係者のおかげで完成させることができた」と関係各位に対するお礼の言葉で埋め尽くされ、終始謙遜の態度に徹した原稿になっていた。

 講師は、「これでは海外メディアの関係者は、なぜ自分たちが呼ばれたのか解りませんよ。もっと製品のPRをしてください」と助言し、急遽原稿を書き直した。日本企業は、周りの人たちのおかげで受賞できたと考えていた。しかし、達成型地位の考え方に立つと、賞は自力で獲得したものであり、自分がどれだけ優れているかを積極的にアピールしなければ損だ、ということになる。

 ((6)順次的時間観―同期的時間観(7)内的コントロール志向―外的コントロール志向については、講演の中で言及がなかったため省略)


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