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フレデリック・ラルー『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』―ティール組織をめぐる5つの論点(1)
【城北支部青年部】元Hondaの企画屋がやってきたコミュニケーション(勉強会報告)
『致知』2017年9月号『閃き』―大きな声を出す経営で社員を健康に

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年09月21日

フレデリック・ラルー『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』―ティール組織をめぐる5つの論点(1)


ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現
フレデリック・ラルー 嘉村賢州

英治出版 2018-01-24

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 著者によれば、組織は長い歴史を通じて、受動的、神秘的、衝動型、順応型、達成型、多元型、ティール(進化)型へと進化するという。現在、多くの組織は達成型の段階にいる。達成型では、まずは明確な戦略を策定し、売上高、利益、市場シェアなどの定量的目標を設定する。利益を確保するためのビジネスモデルと、戦略を実現するためのビジネスプロセスや組織、経営慣行を論理的に設計する。社員を飴と鞭の使い分けによって動機づけし、目標を達成することができたら、それに見合う業績給を与える。これが達成型の経営である。多元型については本書ではほとんど述べられていないが、要するに多様なステークホルダーの利害のバランスを取る経営のことである。そして、その後に待っているのがティール型である。

 本書を出版しているのが、C・オットー・シャーマー『U理論―過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』(2010年)やジョセフ・ジャウォースキー『源泉―知を創造するリーダーシップ』(2013年)などを取り扱っている英治出版であるため、『U理論』や『源泉』のように、物理学者デイビッド・ボームが提唱した「内蔵秩序」(我々の目に見える世界の背後にある統一的な無意識の世界。我々が目にしている世界のことをボームは「顕前秩序」と呼ぶ)というコンセプトを下敷きとして、人々がダイアローグ(対話)によってつながり合えば、私とあなたという境界線は消滅し、無意識のレベルで1つになって自ずと変化が生まれるといった内容だったらどうしようかと思った(『源泉』に至っては、ダイアローグの相手はもはや人間でなくてもよく、動物であっても意識を昇華させることが可能だとされている)。

U理論[第二版]――過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術U理論[第二版]――過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術
C・オットー・シャーマー 中土井僚

英治出版 2017-12-20

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源泉――知を創造するリーダーシップ源泉――知を創造するリーダーシップ
ジョセフ ジャウォースキー Joseph Jaworski 金井 壽宏

英治出版 2013-02-22

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 人間には古代から「普遍」に対する憧れがあるらしく、統一的な価値を中心に、人間が皆平等で、個人が個人であると同時に全体に等しいような集合を志向するようである。啓蒙主義はその憧れの実現を一気に推し進める運動であった。だが、これは言い換えれば全体主義であり、その暴力性は歴史が証明してきたところである。だから、ピーター・ドラッカーは、特にジャン・ジャック・ルソーに代表されるフランス啓蒙主義に対して、キャリアの初期から批判的であった。私も、人間の理性が完全であるというのは決して叶わぬ夢であり、理性が限定されているからこそ自由で多様な思想が生まれると信じている。世界がその自由に寛容であることが真の保守的なリベラリズムであって(日本のガラパゴス化したリベラルは、「保守的なリベラリズム」などという言葉を理解できないであろう)、私はそれを支持したい。

 ティール組織は全体主義につながるような危険なマネジメント思想ではなかったので、私としてはひと安心した。ティール組織とは、簡単に言えば、大きな存在目的に向かってそれぞれのチームが自主経営を行う組織である。ティール組織は流動的なチームによって経営され、各チームに大幅な権限が与えられている。なお、ティール組織では、権限は経営陣から移譲されるものではなく、最初からチームが保有しているものだとされるため、権限委譲という言葉は使われない。ティール組織には、全社的な戦略も定量的な目標もない。

 まず、目の前にいる様々な顧客に対して何ができるかを全社員が考える。その顧客に提供可能な価値が全社的な存在目的と合致するならば、その顧客のために働く。それぞれの顧客が抱える課題が明らかになったら、その課題を解決するのにふさわしいチームが自発的に結成される。チームは成果と目標を掲げるが、定量面よりも定性面が重視される。「我々は顧客に対して、社会に対してどのような貢献をすべきか?」といった具合だ。チームは、顧客の課題解決に必要な経営資源を自力で調達する。社員はチームで採用し、育成・評価もする。原材料・機械などの購入権もチームにある。ITシステムの構築もチームが主導権を握る。原材料購入やシステム構築の予算は、チームが本社から獲得しなければならない(ティール組織では、現場の権限が大きい反面、本社の規模は非常に小さい)。それぞれのチームメンバーは、こうしたタスクを含め、マネジャーや他のメンバーの役割を積極的かつ大幅に引き受ける。

 チームだけで課題を解決することが困難な場合は、他のチームと調整することができる権利がある。タスクや経営資源の融通をめぐっては、チーム間のコミュニケーションを通じて自由に決定される。あるチームが他のチームに相談する権利を有する代わりに、他のチームから相談を持ちかけられた場合にはそれを断ってはならない。現場の問題は基本的に現場で解決するというのがティール組織の基本スタンスである。どうしても現場では問題が解決できない場合に限って、経営陣に対してその問題がエスカレーションされる。もちろん、チームは課題解決のパートナーを社外に求めてもよい。ただし、社外のパートナーとの契約上のやり取りやパートナー関係のマネジメントに関しては、そのチームが全責任を負うことになる。

 ここまで見ていくと、ティール組織とは、全社員が経営者となることを目指している組織であると言える。ドラッカーはかつて『経営者の条件』の中で、「時間をマネジメントする者はエグゼクティブ(経営者)である」と述べた。ティール組織の社員は、時間だけでなく、あらゆるタスクや資源をマネジメントしている、正真正銘の経営者である。

ドラッカー名著集1 経営者の条件ドラッカー名著集1 経営者の条件
P.F.ドラッカー

ダイヤモンド社 2006-11-10

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 ドラッカーは戦後のGMを研究する中で、「分権化」という概念を提唱したことでも知られる。ここからは私の勝手な解釈だが、アメリカはマズローの欲求5段階説で最上位の欲求に位置づけられる「自己実現」を目指す社会である。しかし、いくら自由と平等を標榜するアメリカでも、全員が自己実現をすることはできない。自己実現ができるのは、企業の経営陣ぐらいであろう。残りの人々は、自己実現を目指す経営陣に利用され、運がよければ4番目の承認欲求が得られるという状態であった。しかし、分権化を通じて経営の責任が各事業部のマネジャーに下りてきたことで、彼らもまた経営を手に収め、自己実現が可能になった。そして今、ティール組織によって全員が経営者となることで、全員が自己実現の機会を獲得したと考えられる。

 このように書くと、ティール組織はいいことづくめのように思える。しかし、本書は解を提示した書ではなく、問題提起をした書であると思うから、この本を手がかりにいくつかの問題を検討しなければならない。さしあたって私が考えついた問題を5つ列挙する。

 ①本書を読むと、ティール組織がある課題に直面した場合、その課題を解決するための諸々のチームが即座にでき上がって、連携しながら迅速に仕事を完遂するような印象を受ける。本書には明確に書かれていないが、これはおそらく複雑系の理論の影響を受けていると思われる。ブログ別館の記事「マーガレット・J・ウィートリー『リーダーシップとニューサイエンス』―秩序と変化を両立させる複雑系」でも書いたように、複雑系においては、組織が環境からある変化を受けると、場を通じてその情報が組織内の連関要素に伝わる。ここで言う場とは、組織の価値観と言い換えてもよい。組織が価値観によって十分に充填されているほど、情報の伝達スピードは上がる。組織の諸要素は情報を好きなように解釈するため、カオスが生じる。だが、組織全体で見てみると、一定の秩序を保って変化している。これを自己組織化と呼ぶ。

 複雑系の理論は実験でも確認されていることであるし、ティール組織を日本も取り入れることができたら望ましいであろう。ただし、個人的には、本書に書かれているティール組織を日本企業がそのまま実装すると、かえって大変な問題を生むことが危惧される。ティール組織は、端的に言えば、全ての物事をインフォーマルなやり方で進めようとする組織である。ところが、日本人はこのインフォーマルというものに滅法弱い。フォーマルなやり方を軸として、それをインフォーマルなやり方で補うのが日本人の性に合っている。

 仮に、日本企業が今すぐティール組織を導入した場合、すぐに予想されるのは、仕事のやり方をその都度チーム内やチーム間のコミュニケーションを通じて決定することによって、業務の属人化がさらに進んでしまうことである。ただでさえ「重い」と言われる日本企業は、ティール組織でスピードが上がるどころか、むしろスピードが下がるに違いない。私は、良品計画のように立派なマニュアルを作るべきだとまでは思わないが、ティール組織においてもマニュアルというフォーマルな標準を上手に活用することが重要ではないかと考える。

無印良品は、仕組みが9割 仕事はシンプルにやりなさい無印良品は、仕組みが9割 仕事はシンプルにやりなさい
松井 忠三

角川書店 2013-07-10

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 マニュアルは全てのケースを網羅する必要はない。近年多くの企業が採用しているペルソナマーケティングに関して言えば、代表的なペルソナを持つ顧客に対して製品・サービスを製造・販売するプロセスを標準プロセスとして規定すればよい。大切なのは、ペルソナから外れる個別の顧客に対する個別の対応プロセスを、誰がいつどのようにしてマニュアルに反映させるかを前もってはっきりさせておくことである。これを公式化しておかないと、マニュアルの改訂が属人化するという意味不明な事態になる(最近私が見た企業では、同じ業務に対してほぼ同時期に4種類のマニュアルが作成されており、マニュアルが意味をなしていなかった)。

 社会人類学者の中根千枝氏が分析した通り、日本はタテ社会である。ティール組織は、U理論のような完全にフラットな組織は志向していない。最小限の階層は認める。しかし私は、日本企業は階層構造を残すべきだと考える。多少コミュニケーションパスが長くなっても、タテのフォーマルなラインを保った方がよい。日本は儒教の影響を強く受けている。下の階層の者は上の階層の者を尊敬しなければならない。尊敬は社会の秩序を維持する上で大切な感情である。それを確認するには、尊敬がない社会を想定すればよい。尊敬がない社会では、誰もが自分の実力がNo.1だとアピールし、争いが絶えないだろう。とはいえ、下の者は上の者に唯々諾々と従うだけではない。『貞観政要』などが教えるように、上の者が誤っていれば、下の者は礼に従ってそれを正すことができる。いや、正さなければならない。上の者も下からの諫言を受け入れなければならない。こうした緊張感のある上下関係が、組織を適切に機能せしめる。

タテ社会の人間関係 (講談社現代新書)タテ社会の人間関係 (講談社現代新書)
中根 千枝

講談社 1967-02-16

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 山本七平は、日本陸軍に所属していた頃のことを思い出して、ある時組織改編で階層が少なくなったところ、上の者による下の者へのリンチが多発するようになったと述べている(『一下級将校の見た帝国陸軍』〔文藝春秋、1987年〕)。また、近年様々な組織でパワハラが問題となっているが、これは組織のフラット化によってマネジャーが大きな権限を持った結果、権限と権力をはき違えたマネジャーが部下に対してハラスメントを働いている現象だと言える。日本の場合、タテのコミュニケーションパスを縮めると、あまりろくなことが起きないようである。

一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)
山本 七平

文藝春秋 1987-08-01

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 そもそも、ティール組織と日本企業とでは、コミュニケーションの目的が違う。ティール組織では、ほぼ完成された1つの経営体であるチームが自らの経営を「確定」するためにコミュニケーションが行われる。日本企業の場合は、伝統的に職務定義が曖昧で、社員が他の社員やマネジャーの仕事の一部を分担していることが多い。しかし、この点をもって、彼が完全なる経営者であるとまでは言えない。松下幸之助がよく諭していたように、経営者のように発想することは重要だが、一社員が単独で経営者として完成することは決してない。その日本人が経営者に少しでも近づくには、他の社員とのコミュニケーション、特により経営に近い立場にある上司との重層的なタテのコミュニケーションによって、経営的な意味合いへの理解を深める必要がある。つまり、日本組織では、一社員の経営を「補完」するためにコミュニケーションが行われる。

 日本企業の場合、このフォーマルなマニュアルとタテのコミュニケーションが価値観と相まって場を強化し、複雑系の理論に従った組織変化を加速させると考える。

 ②前述の通り、ティール組織の経営陣はほとんど権限を有していない。経営陣の役割は、存在目的を掲げること、ティール組織のインフラを整えること、そして、チームが現場でどうしても解決できない問題が生じたら、その解決に乗り出すことである。どんな製品・サービスを開発するのかも、それぞれのチームに委ねられている。

 ブログ別館の記事「河合忠彦『戦略的組織革新―シャープ・ソニー・松下電器の比較』―3社のその後の命運を分けた要因に関する一考察」でも書いたように、市場が競争的変化のただ中にあり、現場発の創発的戦略が求められている場合はそれでもよいだろう。しかし、市場が構造的変化を迎えていて、包括的戦略が必要な場合には、やはり経営陣が動かなければならないのではないかと感じる。別の言い方をすれば、イノベーションに関しては経営陣が主導的役割を果たすべきだと思うのである。この点については、ブログ本館の記事「DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要」、ブログ別館の記事「ゲイリー・ハメル『リーディング・ザ・レボリューション』―イノベーション=自己否定ができない人間をトップに据えてはいけない」でも書いたので、ここでは繰り返さない。

 (続く)


2018年02月07日

【城北支部青年部】元Hondaの企画屋がやってきたコミュニケーション(勉強会報告)


コミュニケーション

 城北支部青年部では、2か月に1度のペースで勉強会や懇親会などのイベントを開催しています。「中小企業診断士を取得し、城北支部に入ったが、何をしてよいか解らない」という方は、まずは青年部イベントへのご参加をお勧めします。青年部は「40歳以下または登録5年以下の診断士の先生」を対象とした活動を行っています。ただこれは建前でして、実際には「気持ちが若ければ誰でもOK」です。青年部のイベントで支部活動への参加のきっかけを作り、人脈を広げて、その後の診断士活動につなげていただければと思います(僭越ながら、私が青年部長を務めております)。
 1月の青年部勉強会では、ホンダで経営企画を担当していた熊谷一宏先生をお招きして、コミュニケーションに関する講義・ワークショップを行った。ホンダは世界を日本、中国、アジア/オセアニア、欧州、北米、南米という6つの地域に分ける「グローバル6極体制」を敷いているが、熊谷先生は日本本部で経営企画を行っていた方である。

 【1.《ワークショップ》内的傾聴と集中的傾聴】
 このワークショップは私も体験したことがあり、また、私自身研修やセミナーにおいて講師の立場で実施したこともあるので、私の経験で話をさせていただきたい。コーチングの普及に伴って、傾聴という言葉が使われる機会が増えているが、傾聴には「内的傾聴」と「集中的傾聴」の2種類がある。内的傾聴というのは、簡単に言えば自分自身のことを考えながら相手の話を聞くことであり、反対に集中的傾聴とは、相手に最大限の関心を寄せて相手の話を聞くことである。

 ここで、こんなワークショップをやっていただきたい。2人1組になり(Aさん・Bさんとする)、「最近楽しかったこと」を3分間で相手に話す。まずはAさんがBさんに対して話をする。その際、Bさんはまずは「内的傾聴」モードでAさんの話を聞く。具体的には、

 ・真剣に聞く(自分に自問自答し、評価とアドバイスを考える)。
 ・相槌を打たない。表情を変えない。
 ・目線を合わせない。
 ・真剣に考えられるよう、腕と脚を組む。
 (・途中で相手に質問をしてもよい)

死んだ魚の眼というルールに従ってAさんの話を聞く。ワークショップであるから、大げさにやるのがポイントである。端的に言えば、Bさんは「死んだ魚のような眼」でAさんの話を聞く。イメージで言うと右図のような感じである(この絵は熊谷先生に教えていただいた)。3分経ったら攻守交代し、今度はBさんがAさんに対して「最近楽しかったこと」を3分間で話す。Aさんは「内的傾聴」モードでBさんの話を聞く。

 お互いの話が終わったら、今度は再びAさんがBさんに対して3分間で同じ話をする。ただし、今度はBさんは「集中的傾聴」モードで聞く。具体的には、

 ・真剣に聴く(相手のために聴く。感想・アドバイスを考えない)
 ・相槌は10倍(バリエーションとトーン)。
 ・表情は笑顔。
 ・相手の目をしっかりと見る。
 ・前のめりになって聴く。
 (・途中で相手に質問をしてもよい)

というルールに従ってAさんの話を聞く。ここでもポイントは、ワークショップであるから大げさにやることである。決して、恥ずかしがってはならない。3分経ったら、次はBさんがAさんに対して3分間で同じ話をする。Aさんは「集中的傾聴」モードでBさんの話を聞く。

 このワークショップをすると、相手が「内的傾聴」モードで聞いている時は、話し手は3分間話がもたないことがほとんどである。また、「話しながらどう感じたか?」と質問すると、「苦痛だった」、「本当に聞いてもらえているのか解らなかった」という回答が返ってくる。逆に、相手が「積極的モード」で話をしている時は、話し手にとって3分間が短く感じられる。話したいことが次から次へと出てくる(もちろん、同じ話を2回しているわけだから、1回目よりも2回目の方が話しやすいわけだが)。「話しながらどう感じたか?」と質問すると、「楽しかった」、「自分に興味を持ってくれているように感じた」といった感想が聞かれる。

 ここでもう1つ、「『内的傾聴』と『集中的傾聴』の2つのモードで相手の話を聞いた時、相手の話の内容をよく覚えているのはどちらか?」と聞くと、受講者はほぼ100%「集中的傾聴」モードの時と答える。先ほどのルールを振り返ってもらいたいのだが、「内的傾聴」モードでは「自分に自問自答し、評価とアドバイスを考える」、「集中的傾聴」モードでは「相手のために聴く。感想・アドバイスを考えない」とある。相手の話に対して評価やアドバイスを考えながら話を聞くと、相手の話が頭に残らないのに対し、頭の中を空っぽにして相手の話を聞くと、かえって相手の話がよく覚えられる。私もワークショップで体験したが、「集中的傾聴」モードの時は、頭の中は空っぽなのに自然と質問が湧いてきて、相手の話がよく理解できるという不思議な現象が起きる。

 ここでさらに受講者に対して、「普段の業務では、自分は『内的傾聴』と『積極的傾聴』のどちらのモードに近いか?」と質問すると、大半の人は「内的傾聴」モードに近いと答える。これには様々な理由があるだろうが、日本人は一般に同質性が高いと思われているため、相手の言いたいことは聞かなくても解ると考えてしまうことが一因ではないかと思う(本当は日本人は決して同質性が高いわけではないのだが、これについては後述する)。だから、上司は部下が報告に来ても、パソコンを操作する手を止めず、不機嫌そうな顔でパソコンの画面をのぞき込み、ろくに相槌や質問もせず、部下の話が一通り終わると「解った」と言って部下を帰してしまう。

 ただ、興味深いのは、主に日本国内で仕事をしている人に対してこの質問をすると、「『内的傾聴』モードに近い」という回答が返ってくるのに対し、海外事業に携わっている人にこの質問をすると、「『積極的傾聴』に近い」と回答する人が結構いるということである(講師としては「『内的傾聴』モードに近い」という回答を期待しているため、ここで研修のシナリオが狂って戸惑ってしまう)。海外事業で外国人を相手にコミュニケーションをする時には、相手がどんな価値観を持っていて何を考えているのかが全く解らないから、頭の中を白紙状態にして相手の話を聞くという習慣が自然と身についているのではないかと考えられる。

 【2.《ワークショップ》褒める】
 2つ目のワークショップについては、今回の勉強会で実践した内容を書く。2つ目は、「ひたすら相手を褒めちぎる」というものである。同じように2人1組となって、まずはAさんがBさんのよいところ(外見、性格、考え方など何でもよい)を1分間でひたすら褒めまくる。それが終わったら、今度はBさんがAさんのよいところを1分間でひたすら褒めまくる。1分という非常に短い時間であるにもかかわらず、日本人は普段から相手を褒めることに慣れてないため、このワークショップは難しかった。私も恥ずかしながら1分間話がもたなかった。ただ、世の中には褒め上手の人もいる。勉強会の参加者の1人が、「石田純一さんはどんな女性でもよいところを10個褒めることができるらしい」という話をして、「だから女性にモテるわけだ」と全員で妙に納得してしまった。

 褒められて悪い気分になる人はいない。アメリカには、選手のことをひたすら褒めまくることで選手のモチベーションを上げるコーチも多いと聞く。特に、能力の高いスーパースター集団を率いる監督やコーチは、トレーナーというよりもモチベーターとしての役割を果たす。ただ、日本人の場合は、あまり褒められすぎると、「この人は自分に媚を売っているのではないか?」と疑心暗鬼になる傾向があるように思える。

 アメリカ人と日本人のこの違いは、遺伝子の違いである程度説明できると考える。遺伝子の中には、ストレス耐性を決定する「セロトニントランスポーター遺伝子」というものがある。セロトニンは、その量が十分ならば安心感を覚え、不足するとうつ病の原因となる。この遺伝子には、不安を感じやすい心配性のS型と、大らかで楽観的なL型がある。遺伝子は両親から半分ずつ受け継ぐため、S/S型、L/L型、その中間となるS/L型のどれかになる。アメリカ人の場合、楽観的なL/L型が30%を超えるのに対し、日本人のそれはわずか1.7%しか存在せず、この値は世界最低である。裏を返せば、日本人の約98%は心配性のS型を持っており、根がネガティブなのである(『週刊ダイヤモンド』2017年4月15日号より)。

週刊ダイヤモンド 2017年 4/15 号 [雑誌] (思わず誰かに話したくなる 速習! 日本経済)週刊ダイヤモンド 2017年 4/15 号 [雑誌] (思わず誰かに話したくなる 速習! 日本経済)

ダイヤモンド社 2017-04-10

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 根がポジティブな人は褒められて育つ。逆に、根がネガティブな人は叱られて育つと私は思う。野村克也氏は「無視⇒賞賛⇒非難」の3段階で選手を育成することを持論としていた。まず、入団したてで箸にも棒にも掛からぬ選手は無視する。その選手が少し実力をつけると褒める。さらにその選手が成長してレギュラークラスになると、今度は逆に徹底的に非難する。野村氏の非難は時に人格否定を含む過激なものであったようだが、それでも「野村チルドレン」という言葉があるように、野村氏に育成してもらい、今でも野村氏を慕う選手や元選手は非常に多い。

 京セラの創業者・稲盛和夫氏も、部下の経営幹部をボロクソに批判するらしい。ただ、それでも自分について来てくれる部下に対して、「なぜ自分について来るのか?」と尋ねたところ、「稲盛さんの部屋を出る時、最後に必ず稲盛さんが『ありがとう』と言ってくれるからだ」と言われたそうだ。日本人の場合は、「9叱って1褒める」ぐらいがちょうどいいのではないかと感じる。だから、私も以前の記事「『致知』2017年12月号『遊』―「社員満足度がモチベーションを上げる」という理屈にどうも納得できない」で、社員に不満足を覚えさせてモチベーションを高めるための1つの方法として、「上司や顧客からの厳しいフィードバックを与える」というものを書いた。

 【3.ホンダの「ワイガヤ」について】
 ホンダのコミュニケーションと言うと「ワイガヤ」が有名である。ワイガヤは「わいわいがやがや」の略である。何かのテーマについて他の人と議論をし、新しいアイデアを得たい時には、「ちょっとワイガヤしようよ」と周囲の人に呼びかける。呼びかけられた側もそれを決して断らず、ワイガヤに応じることがホンダの企業文化として染みついている。

 ワイガヤには3つのルールがある。それは、①共通の目的(A00)、②異質な人々、③コミュニケーションである。A00とはホンダ独自の言葉であり、別の言葉で表すならば「コンセプト」である。議論が迷走、暴走した時には、「この議論のA00は一体何なのか?」という問いが発せられる。この点で、A00とはコミュニケーションの原点と呼んでもよいかもしれない。ホンダはコンセプトの議論に過剰なまでの時間をかける。例えば、NSXのコンセプトは「Original Must Be Done(ホンダにしかできないことを)」であるが、「オリジナルとは何か?」を徹底的に議論する。N-BOXのコンセプト「日本の家族のしあわせのために」に至っては、「家族とは何か?」、「しあわせとは何か?」ということを愚直なまでに真面目に議論する。

 近年、企業組織は1つのジレンマに直面している。企業には共通の目的が必要であり、社員は共通の価値観を持たなければならないというのが伝統的な見解である。一方で、最近はダイバーシティ・マネジメントの重要性も高まっており、社員の多様性を尊重することも強調されている。組織が共通の目的・価値観を持ちながら、個々の社員は多様であらねばならないというのは大きな矛盾である。だが、この矛盾を乗り越えるヒントがホンダのワイガヤにあると思う。

 ホンダは、まずA00=コンセプトという形で共通の形式知を掲げる。次に、その形式知を解釈する。と言っても、明文化されたコンセプトの文言を要素還元主義的に分解していくのではない。その形式知に接触した人が、各々の物の見方、考え方に従って解釈を行う。解釈は1人で行うよりも、複数人で行う方が望ましい。日本人は同一性が高いようでありながら、実は考えていることは結構バラバラである。だからこそ、日本の意思決定では「稟議」、「根回し」なるものが重要な意味を持つ。仮に日本人が皆同じ考えを持っているならば、稟議も根回しも不要である。稟議や根回しが必要であることは、日本人の考え方が多様性に富んでいることを示唆している。

 こうして、コンセプトをめぐり深い議論を重ねることで、その背後に重層的な意味=暗黙知が蓄積されていく。暗黙知は、時に重複、冗長、矛盾、対立を含む。しかし、形式知という枠組みの中において、それらが共存することを敢えて許す。ただし、あまりにも深刻な葛藤が生じた時には、我々が立脚している形式知とは何だったかと問い、原点に立ち戻る。ホンダはこれを繰り返している。つまり、形式知と暗黙知との間を頻繁に往復し、統一性と多様性を調和させている。

 私は本ブログでよく「二項混合」という言葉を使うが、ホンダのワイガヤは形式知と暗黙知の二項混合である。私は語彙が貧弱なので、この二項混合を未だに上手に説明できないのだが、野中郁次郎氏は、「二項動態」という言葉を使って、私の言いたいことを代弁してくれている。
 二項が実は1つでありながら、その両極あるいは両面を構成していて、それらをつないでいる幅のある中間(中庸あるいはメソ)では2極の性質を持ちながら(白と黒の2極の間のグレーのグラデーションのように)連続的に変化しており、二項は中庸の部分でダイナミックに相互作用しながら、状況変化にあわせて時々刻々ダイナミックにバランス(動的均衡)を維持している。
(野中郁次郎、梅本勝博「アメリカ海兵隊の知的機動力 組織的知識創造論から二項動態論へ」〔『一橋ビジネスレビュー』2017年AUT.65巻2号〕
一橋ビジネスレビュー 2017年AUT.65巻2号一橋ビジネスレビュー 2017年AUT.65巻2号
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2017-09-15

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 このように見てくると、ホンダという組織はコミュニケーションの負荷が非常に高い組織であると言えそうである。一橋大学では「組織の<重さ>」という研究も行われており、<重い>組織、つまりコミュニケーションの経路が煩雑で、コミュニケーション負荷が過剰な組織はパフォーマンスが低いという結果が出ている。だが、ホンダの例を見ると、<重い>組織=パフォーマンスの低い組織という単純な図式は成立しないように感じる。

 コミュニケーションには「早い―遅い」、「重い―軽い」という2軸があると私は考える。「早い―遅い」は情報の伝達速度を、「重い―軽い」は情報の密度・質感を表している。早くても軽い組織は、コミュニケーションが効率的になされているが、その内容は表面的なものにとどまる。遅くて軽い組織は、情報伝達が鈍い上にコミュニケーションが浅いため最悪である。早くて重い組織が最も効果的・効率的なコミュニケーションを行っていることになるが、そのような組織はなかなか存在しない。最も理想的かつ現実的なのは、実は遅くて重い組織ではないかと思う。これはちょうど、野球において、投手の球が速くても軽ければ簡単に打者に打ち返されてしまうのに対し、遅くても重ければ打者を抑えることができるのと似ている。


2017年09月05日

『致知』2017年9月号『閃き』―大きな声を出す経営で社員を健康に


致知2017年9月号閃き 致知2017年9月号

致知出版社 2017-09


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 やや古い調査レポートになるが、独立行政法人 労働政策研究・研修機構の「職場におけるメンタルヘルスケア対策に関する調査」によると、16%弱の事業所でメンタルヘルスに問題を抱えている社員がおり、その人数は増加傾向にあるという。また、厚生労働省の「平成27年「労働安全衛生調査」(実態調査)」によれば、「メンタルヘルス不調により連続1か月以上休業または退職した労働者の状況」は、休業者が0.4%、退職者が0.2%であった。さらに、「現在の仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、ストレスになっていると感じる事柄がある労働者」の割合は55.7%と、平成25年調査より3.4%増加している。

 メンタルヘルス不調者が増加している要因は様々あるだろうが、個人的にはデスクワークが増えて、1人で黙々と仕事をする時間が長くなっていることが影響しているのではないかと思う。職場で言葉を発する機会が少なくなると、どうしても気分が憂鬱になるものである。よって、メンタルヘルス対策の第一歩としては、非常に凡庸な解決策だが、「職場で大きな声を出す機会を増やす」ことが有効であると考える。実際、「大声健康法」なるものも存在するそうだ。

 大声を出すと、身体に「オフ」の状態を作ることができる。大声によって心がすっきりするだけでなく、血行が良くなり、腹筋が収縮してお腹の働きもよくなる。すると、お腹と反対側の腰にもよい影響を与え、腰痛を和らげる効果もあるという。また、大声を出すと呼吸が深くなり、筋肉への血流も増加する。そして、ストレスホルモンのアンバランスさも低下し、ストレスが溜まりにくい身体になる。さらに、大声を出すと横隔膜の上下運動が激しく促進され、それに伴って胃や腸、肝臓などの内臓にマッサージ効果が起こって動きも血行もよくなり、身体も温まると言われている。

 大声健康法からはやや外れてしまうのだけれども、『致知』2017年9月号には、教育の現場に「速音読」を取り入れている教師の記事があった。
 速音読は、指定された範囲をできるだけ速く読む音読法ですが、速く読もうとする中で、素早く言葉のまとまりを掴むことができるようになり、また読む範囲の少し先を見る力もつきます。速く読めるようになると、普通の速さで読む時に余裕を持って音読できるようになりますし、脳科学的にも速音読は前頭前野を活性化させる度合いが高いそうで、短い時間で集中力や学習意欲を引き出せるのを感じています。
(山田将由「音読で子供たちの未来を開く」)
 大声健康法にも、ひょっとしたら脳を活性化させる効果があるのではないかと思う(そういう研究データをご存知の方がいらっしゃったら是非教えていただきたい)。かつて、日本の多くの企業では、朝礼で社員が皆揃って自社の企業理念を唱和する習慣があった。朝礼は企業理念を社員に浸透させ、社員の結束力を高めるのが主目的であるが、実は朝から全員で大きな声を出すことで、社員の脳や消化器の健康のために役立っていたのではないかと感じる。

 最近は、裁量労働制やフレックスタイム制の導入によって社員の出勤時間がバラバラになったこともあり、朝礼を行う企業が減少している。その影響かどうか解らないが、自社の経営理念を覚えていない人も増えている。先日も、ある研修で「自社の経営理念を覚えていますか?」と質問したら、誰も手が挙がらなかった。これは非常に残念なことである。難しいことかもしれないが、朝礼をもう一度復活させることは検討に値すると思う。朝礼では、経営理念を何度か繰り返し唱和するとよい。最初はゆっくりと読み上げ、経営理念に書かれた言葉の1つ1つの意味をかみしめる。そして、段々と唱和のスピードを上げ、脳の前頭前野を活性化させる。すると、社員は朝から経営理念を意識しながら全開モードで仕事に取り組むことができるだろう。

 朝礼はどちらかと言うと一方通行のコミュニケーションである。社員の健康をより高めるには双方向のコミュニケーションが効果的である。「コミュニケーション活発な人は健康度も高い かんぽ生命調査」によると、日常的な話ができる「知人・友人が11人以上いる」という人の53.5%が「現在、体調はよい状態である」、64.6%が「精神的な癒しやリラックスする時間を持つようにしている」と答えたのに対し、「知人・友人が0人」という人はそれぞれ36.5%、40.4%にとどまっている。知人・友人の数が多いほど、身体の健康だけでなく、心の健康への意識も高い。これは職場の人間関係においてもあてはまることだと思う。
 齋藤:最近、私が感じているのは、笑っている瞬間にアイデアが生まれることが非常に多い、ということです。昔、研究を1人でやっていた時はひたすら本を読んだり、思索に耽ったりしていたわけですが、いま学生と一緒にいる時は、とにかく爆笑できるくらいのものでなくては閃きは生まれないということを強く言うんです。それでニーチェの「祝祭的空間」という言葉にあやかって、それを授業でも実践しています。

 くだらない発言でも拍手をしハイタッチをしようと決めていて、どよめく練習までやるんですね。「おおーっ」って(笑)。誰が何を言っても盛り上がるように安全ネットを張った上で、私自身自分が思いついたことを喋り続け、彼らにもそれをやってもらう。
(川口淳一郎、齋藤孝、石黒浩「閃き脳をどう創るか」)
 こういうコミュニケーションは社員の心身を健康にするとともに、新しいアイデアを生み出すのに有益である。最近は、職場内にオープンスペースを設けて、社員のコミュニケーションの活性化を試みる企業が増えている。私はここで、2つのことに注意するべきだと思う。1つ目は、オープンスペースは誰でも自由に出入りできるものの、プライバシーは保護しなければならないということである。オープンスペースで話している内容が、外部で仕事をしている同僚に筒抜けであっては、突飛な意見を自由に言うのもはばかられる。もう1つは、いくら親しい同僚との間の会話であっても、また上司と部下という上下関係があるとしても、お互いに丁寧な日本語を使うべきだということである。粗雑な言葉遣いは知性を低下させ、ひいては心身の健康をかえって損なう。

 本号では、占部賢志氏が将棋の藤井聡太四段や卓球の張本智和選手などのインタビューに注目して、次のように述べている。
 中学生というと、中途半端な時期で影が薄かった。それが、ここにきて俄然注目されるようになったことは、いいことだと思いますよ。これだけ人気があるのは、彼らが以前のヒーローやヒロインに比べて言葉遣いが正しく、しかも内容も聞かせるものがあるでしょ。その点が際立っているからだと私は見ています。
(占部賢志「天晴れ中学生に拍手 「敬意」と「感恩」の教育」)
 確かに彼らは非凡な才能の持ち主である。だが、大人が中学生に負けているようでは恥ずかしい。何も高尚な言葉を使う必要はない。相手に敬意を払い、相手に対して解りやすい言葉を使って、大きな声ではっきりと語りかけることが重要である。相手のことを慮る気持ちもまた、心身を健康にするのにプラスではないかと考える。

 私は以前、中小企業向けの補助金事業の事務局員をしていたことがある。採択された中小企業について、補助金で何を購入したのか伝票類をチェックし、補助金を適正に支払うのが主な仕事である。事務局員は総勢60名ほどいたが、約6割が私と同じ中小企業診断士であった(残りの4割は大手企業のOBなど)。だが、大半が50~60代であり、私のような30代の人間はほとんどいなかった。50~60代の中小企業診断士には、大手企業出身者の人も多かった。大企業で経験を積んでいるのだからさぞ仕事もできるだろうと思いきや、中には中小企業の経営者に対して大声で乱暴な口を叩く人もいた。「こんな書類で補助金がもらえると思うなよ」、「この書類をこういうふうに直せと何回言ったら解るんだ」といった具合である。彼らはこんな態度で何十年も仕事をしてきたのかと驚くと同時に、彼らはきっと早死にするに違いないと思ったものである。

 社員の心身の健康を高めるために、大きな声で双方向のコミュニケーションをとる機会を設けようと言っても、いきなり実践するのは難しいかもしれない。そこで、取っ掛かりとして、「失敗分析」をお勧めする。どんな企業でも、製品開発や製造、マーケティングや営業で何らかの失敗をするものである。何か失敗が起きれば、関係者の間で原因を分析し、解決策を議論する。青森大学の男子新体操部で監督を務める中田吉光氏は次のように述べている。
 自分から発信する子は強いですね。人工知能が目覚ましい発達をしているような時代ですから、自分というものを持たない人間、それを発信しない人間は必要とされなくなると思うんです。ですから指示待ちも絶対に許さない。練習中に何か失敗をしたら、なぜ失敗したのか、じゃあどうすればいいのか、必ず本人に喋らせるなどして、少しでも発信する機会をつくるようにしているんです。
(中田吉光「男子新体操で人の心を揺さぶりたい」)
 ここでも、決して感情的になって乱暴な言葉を使ってはならない。また、失敗した人の人格を攻撃してもならない(日本人はよくこれをやりがちである)。失敗の原因を人に求めるのではなく、組織の制度や仕組みといったシステムに求めなければならない。こうした前向きなコミュニケーションをとることができれば、失敗からの立ち直りも早いであろう。

 私の前職の人事・組織コンサルティング&教育研修サービスのベンチャー企業は、業績が非常に悪かったのに、営業で失注してもその原因を全く分析していなかった。コンサルティングと自社のマーケティングを兼務していた私は、本来は営業会議に出席する権限を与えられていなかったのだが、社長にお願いして何度か営業会議に出席させてもらったことがある。すると、驚くべきことに、会議では営業担当者が手持ちの案件の進捗を淡々と報告するだけであった(以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第28回)】営業で失注しても「敗因分析」をしない」を参照)。

 当時、前職の会社では、Salesforce.comを使って商談管理を行っていた。ITの管理も部分的に任されていた私は、営業担当者に失敗分析の意識を植えつけるために、システムで案件のステータスを失注に変更する際には、失注の理由を入力しなければ更新できないように仕様を変えたことがあった。しかし、今振り返ってみると浅はかな策だったと思う。システムに向かって1人で失敗の分析をすれば、余計に気分が落ち込むばかりである。やはり、会議の場で、まずは失注した営業担当者自身の口から失注の原因を発言させ、それに対して他の営業担当者がどのように考えるか意見を引き出し、参加者の見解を集約して受注確率を上げるための方策を建設的に議論できる方向へ持っていくべきだったと反省している。

 企業によっては、人間関係が非常にギスギスしていて、失敗分析を行おうものならば、失敗した人が周囲からつるし上げられてしまうことがあるかもしれない。社員の心身の健康が極度に損なわれた企業において、それでもなお大きな声でコミュニケーションをとり、社員の健康を取り戻そうとするならば、最後に残された手段は「挨拶」だと思う。出社したら「おはようございます」と言い、それを聞いた他の社員も「おはようございます」と言う。退社する時は「お先に失礼します」と言い、それを聞いた他の社員は「お疲れさまでした」と言う。挨拶は定型化されており、絶対に失敗がない。決められた言葉を元気よく発すれば、それだけでコミュニケーションが成立する。

 もちろん、コミュニケーションが機能不全に陥っている企業では、最初は挨拶すらまともに返ってこないだろう。それでも、企業のトップが率先して挨拶をする。これを最低でも2~3か月は続ける。心理学には「返報性の原理」というものがある。人は、相手から何かをしてもらうと、相手に対して見返りを与えたくなるという心理を説明したものである。社長から毎朝のように大きな声で挨拶をされる社員は、最初はうるさいと感じるかもしれないが、やがては返報性の原理に従って社長に挨拶を返さねばと思うようになる。こうして、社員が皆大きな声で挨拶をするようになれば、心身の健康の回復の糸口が見えてくるに違いない。



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