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【賛否両論】中小企業診断士(コンサルタント)に必要なのは「ドキュメンテーション力」か「プレゼンテーション力」か?
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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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2016年09月23日

【賛否両論】中小企業診断士(コンサルタント)に必要なのは「ドキュメンテーション力」か「プレゼンテーション力」か?


ドキュメンテーション

 今回は賛否両論があるであろう問題を取り上げる。私が所属する城北支部では、数年前から「城北プロコン塾」という、独立プロコンを養成するコースを運営している。城北プロコン塾では、毎回の講義・演習に加えて、それぞれの受講者が”自分の飯のタネ”になりそうなテーマを1つ設定し、1年間かけてレポートを作成する(このレポートは、受講者が将来的に自分の主催するセミナーなどで活用することを想定している)。城北支部の部長以上の役員は、受講者のレポートを評価し、トップ5を決定する(「レポート大賞」)。そして、その上位5人は、城北支部の先生が一堂に会する支部大会でプレゼンテーションのコンテストを行う(「プレゼン大会」)。

 先日、城北支部内で、この「レポート大賞」と「プレゼン大会」の位置づけ、運用方法をめぐってちょっとした議論になった。論点があちこち飛んでしまい(実は、診断士によくありがちである)、途中から私は議論について行けなくなってしまったのだが、本質的な問題は、「城北プロコン塾で養成するのはドキュメンテーション力なのか、プレゼンテーション力なのか?」ということであったと理解している。この問題は、言い換えれば、「診断士に必要なのはドキュメンテーション力なのか、プレゼンテーション力なのか?」という問題でもある。

 私は昔から一貫して、診断士に必要なのはドキュメンテーション力であるとの立場である。プレゼンテーションは、話し手の勢いや迫力、その場の雰囲気によって、何となく相手を解った気にさせられる。言葉は悪いが、口先でごまかすことができてしまう。診断士がプレゼンした改善提言に納得した中小企業の社長が、現場に戻っていざ改善に着手したとしよう。診断士の話の内容をもう一度思い出すために、プレゼンの際に渡されたドキュメントを読み返す。ところが、そのドキュメントに矛盾が含まれていたらどうであろうか?社長は困惑し、改善を断念するだろう。

 私は以前、東京協会が主催する「東京プロコン塾」に所属していたことがある。東京プロコン塾が始まって間もない頃、東京協会のある重鎮の先生が、「診断士は社長を騙くらかすぐらいの口達者になれ」と言ったのに私はひどく驚いた。私にはそんな不誠実なことはできないし、そういうプロコンを育成するのが東京プロコン塾の目的であるのならば、私の価値観とは全く相容れない。そのため、私は早い段階で東京プロコン塾を辞めることにした。

 (もう1つつけ加えると、その先生は、「飲食店の経験がない人が飲食店のコンサルティングをしたければ、数か月間でも飲食店でアルバイトをすればよい。そうすれば、飲食店の店長と対等に話ができる」とも言っていた。そんな中途半端な職務経験で店長と張り合えると考えるのは、かえって失礼である。そういう考え方を私は採ることができない。これも私が東京プロコン塾を辞めた一因である。私の経験上、ある業界でコンサルティングをする際に、その業界での業務経験は必須ではない。もちろん、業界経験があるに越したことはないが、業界経験がなくても、適切なコンサルティング技法があれば、コンサルティングは可能である)

 プレゼンテーションはごまかしがきくのに対し、ドキュメントはごまかしがきかない。内容に矛盾があれば、それを隠すことはできない。ドキュメントには非常に高い完成度が求められる。ところで、私はパワーポイントで納品することが多いが、コンサルティングの成果物としてのパワーポイントは、例えばスティーブ・ジョブズがアップルの新製品を発表する際に用いるものとは全く別物である。後者はインパクトが勝負であるのに対し、コンサルティングの成果物としてのパワーポイントは、それぞれのスライドで言いたいこと(キーメッセージ)が簡潔な文章で明確に打ち出されており、その内容をサポートする情報が図表などを用いて整然とまとめられているものである。そして、スライド間で内容に齟齬がなく、全体を通じて一本の筋が通っているものである。

 コンサルティングの成果物としてのパワーポイントは、見た目は重視されないのかと言うと、それは違う。全くの逆である。見た目も重要である。テキストボックスの大きさが揃っている、図の位置がずれていないといったことも、ドキュメントの価値を決める大きな要素である。私は様々な診断士のパワーポイントを見てきたが、見た目に無頓着な人が何と多いことか。スライドタイトルのテキストボックスの位置がページごとに違っていたり、フォントやサイズがバラバラだったりと、お粗末なスライドが多い。中小製造業は、毎日10ミクロン単位の公差で勝負をしている。その社長に、テキストボックスや図が何ミリもずれたドキュメントを出して笑い者にされたいか?

 1回ぽっきりの機会を何とか乗り切ればよいプレゼンテーションとは異なり、ドキュメントは社長が必要に応じて何度も読み返し、社長が社員に対して改善策を説明して回り、社員もまたその資料を何度も読み返すのに耐えうるレベルのものでなければならない。そのためには、ロジックを細部まで詰める必要があるし、そのロジックがすっと頭に入ってくるよう、ビジュアルにも細心の注意を払うべきである。ドキュメントは診断士の”作品”である。

 プレゼンテーション力重視派は、役所の無料窓口相談の担当者をしていたり、都や区の予算で商店街などの個店に派遣されて経営相談をやっていたりする人に多いように思える。確かに、こういう仕事ではドキュメントを作成する機会は少ないだろう。だが、はっきり言って、この手の仕事は診断士にとってほとんど儲けにならない。年金収入があるいわゆる”年金診断士”であればよいのだろうが、私のような年代の診断士にとっては全く魅力がない。それに、私の思い込みかもしれないが、企業が身銭を切らないコンサルティングは、企業側が本気にならない。本気でない企業を相手にコンサルティングをしても、コンサルティング能力は磨かれない。

 独立診断士が食えるようになるためには、1回あたりの仕事で数十万~数百万円になる案件をいくつも獲得する必要がある。この規模になると、口頭のアドバイスだけで済ますわけにはいかない。必ず、何かしらのドキュメントを成果物として残すことになる。よって、食えるプロコンになるには、ドキュメンテーション力が必須なのである。なお、売上高が数億円、数十億円あっても、当期純利益は数百万円程度しかない中小企業は非常に多い。そういう企業から、コンサルティングフィーとして数十万~数百万円をいただくわけだから、相手も必死である。必死な相手から何度もダメ出しされながらドキュメントを作成していくと、診断士としての力が磨かれる。

 しばしば、「人間は論理だけでは動くとは限らない。最後に人間を動かすのは情理だ」と言われる。この言葉を根拠に、診断士に必要なのはプレゼンテーション力だと述べる人もいる。しかし、この言葉をよく読めば、人間は論理だけで動くこともあることが解る。逆に言えば、情理だけで動くことはない。情理は論理を補完することはあっても、それ単独で相手を動かすことはできないのである。論理はドキュメンテーションによってこそ最も効果的に完結する。したがって、診断士に必要不可欠なのはプレゼンテーション力ではなく、ドキュメンテーション力の方である。

 私は、まだプロコンとしてはひよっこなので、他の診断士に仕事をお願いできるほどたくさんの案件を抱えているわけではない。だが、私が仕事を依頼する場合には、絶対に相手のドキュメンテーション力を重視すると決めている。プレゼンテーションが上手いかどうかは関係ない。むしろ、私の場合は、プレゼンテーションが上手ければ上手いほど、その人のコンサルティング能力を疑う。これは、前職のコンサルティング会社で、口だけのコンサルタントがクライアントや上司からボロカスにこき下ろされていたのを何度となく見てきたことも影響している。

 私は日頃から、どの診断士がどんなメールの文章を書くか、ワードやパワーポイントでどんな資料を作るかを注意深く見るようにしている。そして、どの診断士なら仕事を頼めそうか、それとなく当たりをつけている。ドキュメントが作れない診断士には、絶対に仕事を依頼しない

 《余談》
 ドキュメンテーション力重視派の中には、ここ数年中小企業向けの補助金が増えており、補助金の申請書類作成を支援するためにドキュメンテーション力が必要だと言う人もいる。私も本ブログで「【シリーズ】「ものづくり補助金」申請書の書き方(例)」のような記事を書いてきた手前、あまり大きな声では言えないのだが、実は補助金に群がる中小企業や診断士が嫌いだ。

 補助金は、市場の失敗をカバーするための例外処理にすぎない。言ってしまえば、生活保護のようなものである。生活保護を堂々ともらおうとする人はいない(はずである)。どうしても生活に困っているので、今回だけ生活保護に頼るという人が大半だ。補助金も同じで、どうしても経営に困っているので、今回だけ補助金に頼りたいという謙虚な姿勢を持たなければならない。それなのに、補助金が出ると嬉々としてそれに飛びつく中小企業を見ると、その経営姿勢を疑う。また、補助金を受けたことを自社のHPで堂々とアピールすることも、私には全く理解できない。

 補助金を積極的に中小企業に勧める診断士にも私は一言言いたい。補助金は返さなくてもいいお金だと言って補助金をどんどん受けさせるのは、経済原理に反した行為である。企業は、株主や金融機関から調達した資金を活用して、彼らが期待する以上のリターンを上げ、彼らにリターンを支払ってなお残る利益を将来のために投資し、持続的な成長を実現するものである。「株式会社」が、近代経済を大きく発展させた最大の発明品と言われるのはこのためだ。ところが、補助金を使いすぎると、株式会社としての機能が麻痺する。当の診断士はよかれと思って補助金を勧めているのかもしれないが、実際には経済の破壊につながると知るべきである。


2016年07月02日

中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由(2)【独立5周年企画】


勉強

 【シリーズ】中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由
  1.中小企業診断士という資格を知ったきっかけ(7月1日公開)
  2.中小企業診断士を勉強しようと思ったきっかけ(7月2日公開)
  3.ベンチャー企業での苦労(7月3日公開)
  4.長い長い病気との闘いの始まり(7月4日公開)
  5.増え続ける薬、失った仕事(7月5日公開)
  6.点と点が線でつながっていく(7月6日公開)
  7.これから独立を目指す方へのメッセージ(7月7日公開)
 2.中小企業診断士を勉強しようと思ったきっかけ
 生協食堂のコンサルティングなどをしているうちに、就職活動の時期を迎えた。実のところ、最初は大学院に進学するつもりだった。法学部に在籍しており、サークルでビジネスのことを勉強したのだから、せっかくなら会社法の研究をしようかと考えていた。しかし、私が卒業するちょうど翌年から、法科大学院(ロースクール)が立ち上がることになっていた。従来の大学院の教授のほとんどは法科大学院に移ることとなり、私が狙いをつけていた会社法の教授もその中に含まれていた。法科大学院は、弁護士などを育成する大学院であり、私が思い描くような研究はできないと感じた(単なる私の勘違いだったのかもしれないが)。そのため、就職に切り替えた。

 サークルでビジネスのことを勉強したといっても、当時の自分の知識は浅はかなもので、どの業界に進むか迷った。ただ、せっかくコンサルティングチームを長くやったのだから、コンサルティング会社がいいのかもしれないと考えた。しかし、大手コンサルティングファームに就職した諸先輩方ほどの適性があるとも思えなかった。それに、報告書以外に何も形に残らないコンサルティングよりも、何かモノが残るコンサルティングがしてみたいというのが本音であった。

 色々業界研究をしてみると、情報システム業界が私の希望に近い業務をしていることが解った。当時はちょうどERPパッケージが全盛の頃で、ERPパッケージ導入のコンサルティングと、その後のシステム開発をともに手がけるSIerが多かった。そういう企業を集中的に受けた結果、「SCSアビームテクノロジー」という企業から内定をいただいた。同社はアビームコンサルティングと住商情報システムが合弁で立ち上げたベンチャー企業であった。アビームコンサルティングや住商情報システムにもシステム開発部隊はいるのだが、両社では手がけることができないような専門的な領域のシステムを担うのだと、同社の人事担当者の鼻息は荒かった。

 ところが、入社式で驚きの事実が社長から発表された。住商情報システムが合弁から抜けるというのである。これに伴い、社名もアビームシステムエンジニアリングに変更された。アビームコンサルティングの100%子会社となった同社は、人員を拡大し、独自の戦略領域を開拓する意欲を失ってしまったようだった。同社は、親会社が受注したシステム開発案件の単なる下請けとして扱われた。事実、社長が全社会議で自社のビジョンを発表した時、「我が社は親会社であるアビームコンサルティングのために高品質のシステムを提供する」と宣言したぐらいである。

 私に言わせれば、社長の発言はビジョンと機能を混同している。社長の言葉は企業としての機能を説明したにすぎない。ビジョンとは、最終顧客(第一義的にはシステムを使うユーザ企業、加えてそのユーザ企業が取引している顧客)を想定し、その最終顧客に対してどういう価値を提供し、どのような世界を実現するのかを語るものでなければならない。

 アビームコンサルティングは3,000人を超える大所帯である。それに対して、アビームシステムエンジニアリングは、私が入社した時点で300人もいなかった。アビームコンサルティングの3,000人は、全員が純粋なコンサルタントではない。9割ぐらいは、コンサルタントを名乗るシステムエンジニアであり、実質的にSIerである。となると、アビームコンサルティングとアビームシステムエンジニアリングは、機能的にオーバーラップする。違うのは人件費だけであり、顧客企業からコストカットの圧力がかかった時に(もしくは、親会社が利幅を高めようとする時に)、アビームシステムエンジニアリングの社員が都合よく使われるわけである。

 ただ、上記の通り、両社の人数バランスがあまりに悪いため、どこまでコスト削減の効果があったのかは疑問である。それに、両社が結果的に同じ業務をやっていることから、両社を分けておく意味がほとんどなかった。一番嫌だったのは、親会社の新入社員と同じプロジェクトで同じようにプログラミングをしているのに、基本給は親会社の方が高く時間外手当もつくのに対し、子会社は年俸制で深夜手当しか出ないことであった。私は、”この会社には未来が感じられない”という若者のお決まり文句を吐いて、1年ちょっとで会社を退職した(なお、アビームシステムエンジニアリングはやはり存在意義が曖昧という理由で、私が退職した後に親会社に統合された)。

 私の失敗の原因は2つある。1つ目は、当時の私は企業分析が甘かったということである。ベンチャー企業はただでさえ戦略が不安定になりがちであるのに、ジョイントベンチャーともなれば、利害の異なる親会社に挟まれて戦略が大きく変化するリスクがあることに気づかなかった。私は専門的なシステム領域を担うのだという人事担当者の言葉をあまりにも簡単に信じ込んでしまった。アビームコンサルティングも住商情報システムも、当時はERPパッケージの導入を強みとしていたが、ジョイントベンチャーが親会社とどのような領域で差別化していくのか、私は面接で突っ込んで質問をしなかったし、自分でも十分に勉強しなかった。

 もう1つは、SIerが作る小規模の子会社がどういう運命をたどり、社員がどんな待遇を受けるのかについて、私の理解が不十分だったことである。情報システム業界に限らず、本社の人件費を抑えるために、一部の業務を子会社化することはよくある。親会社は、建前上は独立採算でやっていくためだとか、経営意識を植えつけるためなどと言うものの、実際にはコストカットである。親会社より待遇がよい子会社など、ほとんど聞いたことがない。仮に住商情報システムが合弁から抜けていなかったとしても、住商情報システムが受注したプロジェクトの人件費を抑えるために、ジョイントベンチャーの社員が都合よく使われたに違いない。

 私は、転職先を決めてから退職したわけではなかった。会社を辞めてさてどうしようかと考えた時、純粋に「もっと経営のことが勉強したい」と思った。その時に思い出したのが、学生時代に教えてもらった中小企業診断士の資格である。実は、アビームシステムエンジニアリングに在籍していた時に、診断士の通信講座の教材だけは購入していた(なぜ購入したのかは、今となっては全く思い出せない)。だから、診断士試験に合格してから次の企業に転職しようと決めた。退職直前にもらったなけなしのボーナスと失業手当があれば、何とか食いつないでいけそうであった。

 そう決めたのは5月のことであった。診断士の1次試験は8月である。私は失業期間を長引かせたくなかったため、一発で合格する計画を立てた。当時の診断士試験は、企業経営理論、財務会計、運営管理、経営情報システム、経営法務、新規事業開発、経済学・経済政策、中小企業経営・中小企業政策・助言理論の8科目であった。ただし、3か月間毎日目一杯勉強すれば何とかなるのではないかと思った。というのも、企業経営理論と新規事業開発に関しては学生時代からドラッカーなどの経営学を勉強していたし、財務会計については簿記2級を取得済みであった。経営情報システムは前職の知識が、経営法務は学生時代の知識が活かせる。だから、残りの3科目をどうにかすれば合格できるのではと、楽観的な見通しを立てていた。

 私はどうも自宅で勉強するのが苦手なタイプなので、今はカフェで勉強することが多い。当時も最初の頃はカフェにこもって勉強していたものの、少しでもお金を節約するために、途中から近所の区立図書館に通うようになった。だが、区立図書館に通うようになって初めて解ったのは、区立図書館がホームレスのたまり場になっているということであった。私が試験勉強をしていたのはちょうど夏場である。夏場に1日中涼しい空間にいられるという意味では、区立図書館は最適だったのだろう。ただし、彼らの体臭にはほとほと悩まされた(夏場であっただけに余計にひどかった)。早く試験に合格してこんな環境から脱出したいと思っていたことを覚えている。

 幸い、1次試験も2次試験も一発で合格することができた。こういう話をすると、そんな短期間で合格できたのはすごいと言われるのだが、私の場合は諸条件が揃っていた上に、無職ゆえに勉強に集中できたことが大きい。だから、私の勉強方法はあまり参考にならないと思う。それに、何も特殊な勉強をやっていたわけではない。まずは通信教育のテキストを一通り読み、次に3種類ぐらいの問題集を買い込んでひたすら解きまくっただけである。ただ、短期間でたくさんの知識を詰め込んだ反動で、知識を忘れるスピードも速い。恥ずかしい話だが、今もう一度試験問題を解けと言われたら、きっと散々な結果になるに違いない。

 2次試験に合格したのは2005年12月、私が24歳の時であった。最近でこそ20代で診断士になる人にお会いする機会が増えたが、当時は例外的な存在だったのではないかと思う。


2016年07月01日

中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由(1)【独立5周年企画】


コンサルタント

 【シリーズ】中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由
  1.中小企業診断士という資格を知ったきっかけ(7月1日公開)
  2.中小企業診断士を勉強しようと思ったきっかけ(7月2日公開)
  3.ベンチャー企業での苦労(7月3日公開)
  4.長い長い病気との闘いの始まり(7月4日公開)
  5.増え続ける薬、失った仕事(7月5日公開)
  6.点と点が線でつながっていく(7月6日公開)
  7.これから独立を目指す方へのメッセージ(7月7日公開)
 2016年7月1日で、私が中小企業診断士・コンサルタントとして独立してちょうど5年になった。帝国データバンクが調べた「企業の生存率」によると、5年後の生存率は82%である。とりあえず、私は8割の仲間に入ることができたようだ(もっとも、この数字には諸説あり、実際のところどれが本当なのかよく解らない)。私は元々自前主義が強い方で、何でもかんでも自分でやってしまい、それで上手くいけば自分が頑張ったからだとうぬぼれる傾向が強かった。しかし、ここ数年は、周りにいる本当にたくさんの皆様に支えられて生きていると実感することが増えた。私もようやく人間らしくなってきたと思う。この場を借りて、皆様には心の底から御礼を申し上げたい。

 さて、独立診断士として活動していると、「なぜ診断士の資格を取ろうと思ったのか?」、「なぜ診断士として独立したのか?」とよく聞かれる。私は29歳で独立したためか、「企業勤めの方がよかったのではないか?」とも言われる。そこで、独立5周年というこの節目に、これらの質問に答えてみたいと思う。なお、今回のシリーズは非常に長文の「自分語り」である。そういうのがお好みではない方は、読み飛ばしていただいて結構である。また、途中で色々な失敗談などが出てきて、「それはお前のせいではないのか?」、「単なる甘えではないのか?」と思われる箇所があるかもしれないが、私も決して完全な人間ではないということでお許しいただきたい。

 1.中小企業診断士という資格を知ったきっかけ
 私が最初に中小企業診断士という資格を知ったのは、大学生の頃である。当時の私は、京都の大学らしく、能楽サークルに入っていた(本ブログのプロフィール写真はその時のもの)。それと同時に、ビジネスや経営のことを勉強するサークルでも活動していた。今で言えば、意識高い系のサークルだったかもしれない。主たる活動は、大企業の最前線で活躍中の方をお呼びして、勉強会や講演会を行うことであった。ただ、勉強だけでは面白くないということで、生協食堂の協力を得て、生協食堂に対してコンサルティングを行う実践の場を提供してもらったりもした。

 私がサークルに入った直後、右も左も解らない状態で、このコンサルティングチームに入ることになった。私が「コンサルティング」、「マーケティング」、「ロジカルシンキング」などの言葉を知ったのは、この時が初めてである。メンバーは非常に頭が切れる先輩たちばかりで、毎回議論が白熱した。ところが、いかんせん私の頭が全くついて行けず、私だけ黙り込んだまま時間が過ぎることが非常に多かった。悔しいという感情も湧かず、ただ純粋に、どうすればよいのかが全く解らなかった。この切れ者の先輩は、後に大手コンサルティングファームや外資系金融機関の投資部門に就職していった。やはりすごい人たちばかりであった。

 私を含め残ったメンバーでコンサルティングを続けることになったのだが、ブレーン的な存在を失ったこともあり、チームとしての方向性を見失いつつあった。そんな時、チームメンバーではなかったサークルの先輩が、「生協食堂は中小企業のようなものだから、中小企業の経営を理解するには中小企業診断士を勉強した方がいいのではないか?」とアドバイスしてくれた。この時、初めて中小企業診断士という資格があることを知った。ただ、結局その時は診断士の資格を勉強するまでには至らず、頭の隅にそういう資格があるということだけが残っていた。

 私は相変わらずマイペースでコンサルティングの資料を作っていた。ある時、その資料をチーム外のサークルメンバーに発表する機会があった。私は自分なりに筋の通った資料を作ったつもりだったのだが、メンバーからはボロカスに批判された。同学年のメンバーに「グロービスの本でも読んでもっと真剣に勉強しろ」と、あまりにも基本的なことで怒られた時は、さすがに骨身にこたえた。正直な話をすると、当時の私は、講義で指定された教科書以外で、自発的に本を買って読むという習慣が全くなかった。その私を、今のような多読家(もちろん、私の上にはもっとすごい多読家がたくさんいる)に変えたのは、他ならぬ彼である。

 私はいつまでも個人的な成果が出せないままコンサルティングチームに居続けたのだが、そんな私でも最後の方で2つだけ小さな成果を上げることができた。1つは営業時間の延長による売上増である。私が通っていた大学には3つの生協食堂があった。そのうち最も業績がよかった店舗の閉店時間が20時であった。この店舗の特徴は、周りにはサークルの部室が数多く存在したことである。そして、どのサークルも、たいていは夜遅くまで活動をしていた(私がいた能楽サークルも、21時頃まで活動して、その後皆で晩御飯を食べに行くのが慣例になっていた)。

 そこで、営業時間を21時に延長すれば、周辺の飲食店に流れていた学生を取り込めるのではないかと考えた。この仮説を検証するため、店舗でアンケートを実施し、学生の夕食の実態と、生協食堂が営業時間を延長したら利用したいと思うかという意向を調べた。そして、統計学に強い理系のメンバーの協力を得て、営業時間を1時間延長した場合の期待効果を試算した(これは私にはできないことだったので、当時の理系のメンバーには感謝している)。店長は我々の提案を受けて、営業時間の延長を決断した。その結果、月の売上高が200万円ほど増加した。

 今振り返ると、当時のシミュレーションは非常に精度が粗い。それに、売上増しか試算しておらず、コスト面を無視している。21時まで営業時間を延長すると、店舗スタッフのシフトが変わり、それに伴い人員を増やす必要があったかもしれない。また、21時の閉店後、後片づけに入るわけだが、学生は大体21時半頃まで普通にだらだらとご飯を食べているから、後片づけはその後になる。すると、スタッフの中には勤務時間が22時を超える人が出て、深夜手当の支払いも生じる。そういうコストアップ要因を全く考慮していないという点で、今の私から見れば非常にプアな提案であった。しかし、月の売上高が実際に増えたという結果が、当時の私には嬉しかった。

 もう1つの成果は、大規模な顧客満足度調査の実施である。3つの店舗の中で、一番席数は多いが、一番学生からの評判が悪い店舗があった。店長も万策尽きたかのように困り果てていた。我々のチームが提案したのは、学生は食堂に対して具体的に何を期待しており、半面何に不満を抱いているのか、ウェイトづけをしようということであった。当時は「真実の瞬間」という言葉など知らなかったが、学生が店舗に入って注文し、席で食事をし、食器を返却して店舗を出るという一連の行動の中で、学生の満足度を左右すると思われるポイントを洗い出した。そして、それぞれのポイントについて、重要度と満足度を尋ねる顧客満足度調査を設計した。

 もちろん、この店舗でも従来から学生の声を聞くアンケートは実施していた。随分前に「生協の白石さん」がブームになったが、学生が店舗内に置いてあるカードに意見を書くと、店長がそれにコメントを書いて店舗内に掲示するというものである。だが、この店舗では、最も利用する学生の数が多いにもかかわらず、月に10件前後のカードしか集まっていなかった。

 我々のチームは、食堂の全てのテーブルにアンケート用紙を設置し、アンケートへの協力を呼びかけた。このアンケートはA4両面で30問ぐらいある面倒なものだったので、学生から敬遠される恐れがあった。ただでさえ満足度が低いこの店舗が、厄介な調査をやっているという理由でさらに不評を買うリスクもあった。ところが、いざふたを開けてみると、2週間で150枚ぐらいの回答が集まった。回収したアンケートを集計すると、「学生が重視しているのに、満足度が低いポイント」が明らかになった(もう10年以上前のことなので、具体的にどんなポイントだったかは忘れてしまったが)。集計結果を見た店長は、改善点の優先順位が解ったと喜んでくれた。

 その後、問題点をどのように改善するか、施策を立案して実行をフォローするのが本来のコンサルタントの役割である。しかし、学生の甘さゆえ、当時はそこまでできなかったのが心残りであった。ただ、どちらの件も反省点はあるものの、チームに入ったばかりの頃は全く使い物にならなかった自分が、小さな成果ではあるとはいえ2つの点で生協食堂に貢献できたことで、少しだけ自信を持つことができた。私のコンサルタントとしてのキャリアの原点はここにある。



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