2014年12月10日
『発想力(『致知』2014年12月号)』―「バッタ営業」でも「人間力営業」でもいいじゃないか?
発想力 致知2014年12月号 致知出版社 2014-12 致知出版社HPで詳しく見る by G-Tools |
今月号の中では、マーケティング戦略アドバイザーとして活躍する山本康博氏(ビジネス・バリュー・クリエイションズ代表)の記事が面白かった。山本氏は伊藤園、日本コカ・コーラ、日本たばこ産業で様々なヒット商品のマーケティングに携わった経験を持つ。山本氏は、最初に入社した伊藤園で「ぎゅっと搾ったレモン水」を開発した時の裏話を次のように語っている。
創業者・本庄正則会長からは「販促費は大ヒットしたら考えてやる」という条件がつけられました。要は販促費ゼロでヒット商品をつくれというのです。それこそ最初はマーケティングの本を買い漁ったり、MBA講師からの学びを得たりしましたが、なかなか頭が受けつけません。そこでいったん本を横に置いて、何のために商品をつくるのかと考えているうちに思い至ったのが、「お客さんに喜んでもらえる物をつくろう」というものでした。(中略)新しい製品・サービスは、定量的な市場分析を行ってもなかなか発見できない。企画者が自ら現場に出向いて行って、潜在顧客をつぶさに観察し、不満や隠れたニーズを丁寧に拾い上げることが必要だと思う。その潜在顧客が見つからないならば、自分自身を潜在顧客に見立てる。自分が心の底からほしいと強く思うものは、自分と似たような属性、価値観、ライフスタイルの人も同様に欲する可能性がある。
(「ぎゅっと搾ったレモン水」の)発端はあるレストランで出されたコップの水にありました。人気店だけに料理には満足していたのですが、なぜかレモンを搾ったお冷がいただけません。「私だったら暑い夏にさっぱりとした、飲みごたえのある飲料水にするのに・・・」会社に帰ってすぐに手書きで商品企画書をまとめ上げると、その足で上司を説得、ここから商品化に向けて私の全力疾走が始まりました。
その後、山本氏は日本コカ・コーラへ転職する。コカ・コーラがマーケティングに非常に力を入れていることは有名である。同社は、定量的な分析を重視する社風がある。当時、日本コカ・コーラのマーケティング統括だった魚谷雅彦氏の下で、山本氏の新たな挑戦が始まった。
それまでの私はマーケティングのロジックを屁理屈だといって馬鹿にしてろくに勉強もせず、現場での働きだけが豊かな発想力を養うことに繋がるのだと考えていました。その後、山本氏は日本たばこ産業を経て独立するわけだが、コカ・コーラ的な考え方に染まっているかというと、そうではなさそうだ。山本氏は、記事の最後で次のように述べている。
ところが、魚谷さんからは思いつきや直観だけではいずれ行き詰まるからと、それらを裏付ける理論的な思考やデータ分析、リサーチの知識をはじめ、企画の立て方から企画の通し方など基礎的なことまでをみっちりと教え込まれたのです。
市場調査というものは、それが仮説の検証のためのものならばとにかく、ニーズの掘り起こしを目的としたものとすれば、自分たちの仕事を放棄しているに等しいとさえ言えるでしょう。結局は、潜在顧客を直接じっくりと観察せよ、という考え方に戻ってくるのである。私は、これは非常に日本的な考え方だと思う。アメリカ企業であるコカ・コーラは、データ分析を強みとするアメリカ文化の代表格のような存在である。一方、日本は、どちらかと言うと統計的な分析が苦手な方だ。よって、日本企業がいわゆるビッグデータにマーケティングの秘策を求めても、おそらくうまく行かないように思える。それよりも、特定の顧客に寄り添って、顧客に密着したマーケティングを展開すべきである(以前の記事「イアン・エアーズ『その数学が戦略を決める』―ビッグデータで全世界を知り尽くそうとするアメリカ、観察で特定の世界を深く知ろうとする日本」を参照)。
ではどうすれば潜在ニーズを探ることができるのでしょうか。私はその手法の一つとして、特定の商品に関するお客さんの不満や文句を引き出します。多くの場合、その中に何かしらの不足を感じていることを示唆する「心の声」が潜んでおり、それらをぶつけ合わせて「化学反応」させることで、潜在ニーズが見えてくるのです。
私はかつて、ITベンダーの営業担当者向けに、コンサルティング営業の研修を提供していたことがある。研修で教えていたのは、特定のパッケージを押し売りするのではなく、「顧客企業の経営課題からIT課題を導いて、自社のITソリューションの中から最適なものを選択せよ」ということであった。受講者である営業担当者はコンサルだの経営分析だのと聞くと、決まってこう返してきた。「うちの会社はバッタのように這いつくばって営業をしているから、コンサル営業は難しいですよ」、「私は、左脳を使うコンサルよりも、右脳的な人間力で勝負していますから」
どうやら、コンサルティングと言うと、左脳が発達した人間が、密室に閉じこもって膨大な定量データを分析し、本質的な課題とその解決策を緻密な論理で導くものだと思われているようだ。データ分析を重視する本家アメリカのコンサルティング営業はそうなのかもしれないが、私は日本のコンサルティング営業はちょっと違うと思っている。
IT課題を掘り起こすにあたっては、顧客企業のIT部門の担当者からいろいろとヒアリングをしなければならない。とはいえ、IT部門の担当者も、外部の人間に自社の課題をそうそう簡単には話してくれない。本家のコンサルティング営業に忠実に従い、膨大な資料を抱えて、いきなり「御社の本質的な課題はこれですよね?」などと提案しようものなら、日本の場合は絶対に嫌われる。日本人は、自分の弱みに土足で踏み込まれることを非常に嫌がる。
営業担当者がなすべきことは、普段からIT部門の担当者とこつこつコンタクトを取ることである。ただし、相手も自分にメリットがなければ営業担当者と会ってくれない。だから、営業担当者は毎回、相手にとって有益な情報を用意する必要がある。その情報は、最新の製品情報かもしれないし、競合他社の導入事例かもしれない。とにかく、頻繁に顧客企業に足を運んで、少しずつ情報を引き出すしかない。こうして、徐々にIT部門の担当者と人間関係を構築していく。
これだけでも大変な労力がかかるのだが、ヒアリングだけで本質的な課題にたどり着くのは難しい。やはり、顧客企業のシステム構成図や業務プロセス図、システム/業務マニュアルなどを見せてもらわないといけない。しかし、こういう情報を外部に開示してよいかどうかは、IT部門の担当者では判断できない。したがって、営業担当者はIT部門の担当者だけでなく、上位の責任者ともパイプを作る必要がある。その際もやはり、責任者の元に足繁く通うしかない。
業務マニュアルなどを見ると、実際の現場がマニュアル通りなのか、違う運用がされているのかも知りたくなる。そうすると、今度は業務部門の担当者などにもヒアリングをする必要が出てくる。IT部門は、ITベンダーが頻繁に売り込みに来ることを理解しているから、営業担当者を受け入れることにそれほど抵抗はないかもしれない。ところが、日常業務で忙しい業務部門は、わざわざ時間を割いて営業担当者のヒアリングに応じようとはしないだろう。
よって、営業担当者は、業務部門の人にとってどんな有益な情報を提供すればヒアリングに協力してくれるのか?誰にお願いすれば業務部門のキーマンを紹介してもらえるのか?業務部門のキーマンとはどのように交渉すればよいのか?などといったことに心を砕く。顧客企業に嫌な顔をされても頻繁に足を運び、ある人に会っては別の人を紹介してもらい、その人に会ってはさらに別の人を紹介してもらう、ということの繰り返しである。
先ほど、コンサルティング営業とは経営課題からIT課題を導くことであると書いた。ということは、これまで述べてきた作業でIT課題を認識するだけではまだ片手落ちであり、経営課題も把握しなければならない。それはすなわち、経営陣とリレーション構築をすべきだということを意味する。経営陣は業務部門以上に忙しい。よって、そう簡単には営業担当者に会ってくれない。それでも、何度も何度もトライして、30分でもいいから時間を作ってもらう。その30分で営業担当者のことを信頼してもらい、経営陣の口から事業戦略について語っていただく。こういう営業のやり方は、論理的に説明できるものではなく、一種のアートである。
ただ1つ言えることは、これまで見てきたことからも解るように、コンサルティング営業においては、顧客企業のあらゆる関係者や関係部門にべったりと張りついて、深い人間関係を築かなければならない、ということだ。つまり、バッタ営業や人間力営業がモノをいう世界なのである。だから、世の営業担当者は、そういう営業スタイルをもっと誇らしく思ってよいと私は考える。
(※)何だか、結果的に以前の記事「『速効!「営業」学(『週刊ダイヤモンド』2014年3月22日号)』―コンサルティング営業とはつまり御用聞き営業である」と同じような内容になってしまった(苦笑)。